行動したいのに一歩踏み出せない。
「くっ、なんだこの歯止めしてくる縛りは?!」
まるで何かに縛られて、前のめっている態勢から動けず、モモモと元に戻されるような。
勇気が出ない時、私達の心身内部では一体何が起きているのでしょうか?
ここでは、勇気が出ない原因と勇気を出す方法を、私の体験談と共に見ていかれてください。
- 勇気が出ないのはなぜ?
- 勇気を出す方法を知る体験談とは?
- 勇気を出す具体的なポイントとは?
これらを紐解き、「勇気って一体何なの?」の答えを知っていただく内容となっております。
勇気とは何ともわかりにくい「気」のお話。勇気がないのに強引に出そうとすると、大きく道を逸脱する危険性があるので、勇気を出すためには知る大切さがあります。
体験談にてわかりやすくなれば幸いです。奇妙なお話ですので、一つの考え方として楽しんで読まれてください。
Contents
勇気を出すための理解

勇気が出ないのはなぜ?
行動する勇気、決断する勇気、変化する勇気、行動しない勇気。
どうして勇気が出ないかを考える際に、「勇気ってそもそも何?」を知る大切さがあります。
勇ましい意気。物事を恐れない強い気力。
※コトバンク 引用
元気、覇気、殺気、活気、やる気など、たくさんの気の中の一つが勇気。
気とはエネルギーであり、心と身体両方の内部を巡る動力。肉体・精神・意識を維持し、管理し、守り、強化する力。血の見えないバージョンというイメージです。
気は本人が自ら作ったり、貰ったり、共有したりするため、人それぞれ気の吸排気循環システムが異なります。
勇気は勇ましい気であり、恐怖に打ち負けないためにも多くの気を要します。
心身を循環させることで気を流し、停滞がないと巡りやすく、気の量も増えます。
勇気を出すためには気を停滞させず、循環させるのが好ましく、反対に、循環されず気が停滞すると、勇気が出せなくなります。
気の停滞=自分をどれほど認めているかのバロメーター
勇気が出なくなる原因は気の停滞と考えられます。
血をイメージするとわかりやすくなります。血が流れにくい、または血を作る基盤が活発でない場合、体内に多くの抵抗がある状態です。
これと同じように、自分に対して抵抗が多いと気が流れにくく、勇気を出すための気がなくなってしまうという考え方です。
抵抗は自らが自らをどれほど認めているかを表し、自らに対して拒否が多いと抵抗が増え、認めたり受け入れると抵抗がなくなります。
勇気が出ない場合、目の前のシチュエーションでの自分を認めておらず、拒否していると考えられます。
極端な例ですと、スカイダイビングで空にジャンプ。
飛び立つ自分を認めていれば、「はいいきまーす」
拒否すれば、「いや無理ー」となります。
拒否する理由は不安や恐怖(恐怖心:危険や苦痛や拒否)です。
恐怖心を抱く自分を認めず、拒否すると勇気が出なくなります。
勇気を出しにくい自己ルール
「勇気が出ない=恐怖心を乗り越えていない」というイメージです。
例えば、退職したい時、辞める旨を伝えるのが嫌だ、怖い、億劫。退職後の未来が不安、予測できない、安心できない。
入社する時は初めてのことでも勇気を出して面接を受け、採用され、仕事を覚えて、人間関係に揉まれながら行動したと思いますが、時と場合によって勇気が出るか出ないかは変わります。
どうしても恐怖心はさまざまなシチュエーションで出て来ます。
ここで着目したいのは、恐怖心を乗り越えず、認めないでも平気な価値観です。
「嫌なものは嫌、ネガティブは不要、怖いものは拒否していい」と恐怖心を不要なものとして遠ざける観念や価値観があると、乗り越える動機がなくなります。
「それじゃあ、今からでも乗り越えていきましょう」と言うのは難しいです。
乗り越えずに来たことが経験そのものですので、経験によって観念は作られ、自らの考えや行動指標を作っています。
私自身、家庭環境や気質によって、恐怖を嫌がり怖れ、距離を置いて向き合わなかったたくさんの経験が積み重なり、勇気が出せない時が多々ありました。
勇気が出ない人は自信がない
恐怖心は嫌なものですが、「嫌だから何ですか?」というのが大切な理解になります。
「嫌だから拒否していい」なのか、
「嫌だからむしろ良い」なのか、
「嫌だから成長のために使える」なのか何なのか。
正解も不正解もなく、本人にしか良い悪いはわかりません。
しかし、明確に一つわかるのが、自らが認めて行為しているかどうかです。
もし、「嫌だから拒否していい」と思っても、自らがそう思った自分を認めていれば、恐怖心と向き合う状態ですので、乗り越えはしませんが自分の在り方に抵抗は作られません。
もし、「嫌だから拒否していいもの、それが常識、そう言われて育った」など、自らではなく他に認めてもらったり、他のルールに意思なく従う場合、恐怖心を乗り越えないだけでなく、自らの在り方に抵抗を作ってしまいます。
他人や他のルールや情報を用いて、他と比較し、責任が希薄になり、意思がなくなり、考えずにルールに従うようになり、自分で自分を見つめなくなる可能性があります。
自分との向き合いがなくなり、信じることができなくなり、自信がなくなります。
勇気が出ない時、自信がない自分になっていると考えられます。
勇気を出すためにはどうすれば?
ここでお伝えしたい主旨は、勇気とは気であるため、心にも身体にも気(エネルギー)を持ち、循環させる必要があるという考え方です。
心身への抵抗をなくす意味であり、抵抗となるのが自分を認めないこと、自らに対する拒否(自信がないこと)です。
※健康管理の運動や食生活も、身体面の気の循環に重要
例えば、都心部に住む場合には、無意識の潜在領域で人々が干渉し合う傾向の日本。人込みの中を歩くだけで不安や恐怖を抱く要因が多く、環境適応するために恐怖を乗り越えるのではなく、無意識に感じ続ける恐怖を認識しないようにする人が多いかもしれません。
誤魔化しの蓄積はいつの間にか自らへの抵抗を作り、自信がなくなって、勇気が出なくなります。
中には、自信がなくなるのを防ぐために、強引に自信を持っているように自らを騙して振る舞い、勇気を無理に出すために、恐怖との戦いを知らぬ間に自己内部でしている人もいます。
私が都内で会社員として働いていた時は、まさにこの状態でした。
勇気を出すためには、自信を持つことが大切です。
「できる、自分にはできるんだ!」というのは強引な自己騙し。これは自信でもなんでもありませんのでポイッ。
自信を持つとは、自らに抵抗を作らないことであり、自らを拒否しない(または認める)ことです。
※認める難しさは、自分を受け入れることがわからない│受け入れない大切さと方法 をどうぞ。
勇気を出す方法を知る体験談

これまでの内容をわかりやすくするために、体験した勇気ストーリーをご覧ください。
全くカッコイイ勇者話ではなく、「勇気ってこれだったのね、ヘロヘロ~」という奇怪なリアリティ話です。
アラスカの森で知る勇気
初めに知った勇気は、アラスカの森に住んでいた時でした。
テントと寝袋を背負って人里離れた森に入り、野生動物と縄張り争いをする体験。私は熊が怖くて仕方ありませんでした。
森の中にあるのは人間以外の生物の生活模様。動物の足跡にてできた轍があり、その上にはしばし大量のうんこ。日に日に量が増えていくので、「ありゃ、熊のだべ」「あぁ、ちげぇねぇ、んだんだ」と一人会話を始めていました。
怖いので自分を誤魔化す行為です。
「怖い」と認めてしまうと自分の弱さが露呈し、「もう嫌だ」と途中放棄する確信があったので、絶対に認めたくありませんでした。
常にキョロキョロしてアラームを巡らせる臨時態勢が続く日々、もう進む勇気がなくなっていました。
そして起きてしまいました。
私は熊に襲われ、熊除けスプレーにて難を逃れます。
猛ダッシュで逃げまくり、逃げ切った時にこれまでの恐怖を認めない拒否の蓄積は爆発しました。
「はぁ怖ぇ!!怖えよ!怖い!はい怖い!もう絶対怖い!なんだよこれ怖えぇ!」
100%自分の中にある恐怖心を認めた瞬間。正確には認めない意味が皆無になった瞬間でした。
自分の弱さを認めた時、気が巡り始めた
熊に襲われたことで、認められない現実から逃げ続けていたと気づきました。
「自分の弱さを認めたくない」
プライドや見栄は、自信のなさを誤魔化して偽るためでした。
自分に対する拒否があり、弱い自分を認めたくない恐怖心からの逃避、誤魔化しです。
熊さんのおかげで、「私は完全に弱い!もう怖くて怖くて仕方がない!」とはっきり認めました。
自分の弱さを認めると、勇気が出ない自分を拒否せず認められます。
「自分は弱い、できない」と認めた時、心身内部で何かが稼働した感じがありました。
ゴゴゴゴゴと水が押し寄せるように、心身内部のスタックがボンボンッと跳ね除け、抵抗がなくなった瞬間でした。
自分の弱さを認めると行動するかどうかは選択になる
熊事変でわかったのは、勇気が出ない時は初めに気を巡らせるという順番の大切さです。
気が巡ると、勇気が出ないのではなくなかったことに気づきます。ないと思っていないのも誤魔化しによる作用です。
勇気がある状態になり、あとはそれを出すか否かの選択になります。
- 怖いからやめる
→勇気を出さない選択 - 怖いけどやりたい
→勇気を出す選択
「この選択を左右するのは何か?」を知る体験談があります。
次へ向かいましょう。
オーストラリアのヒッチハイク旅で知る勇気
オーストラリアにいた際、私は約3,000㎞の距離を14日間かけてヒッチハイクで旅していました。
所持金なしで挑戦しようと考え、初めは不安で怖くて、「できるかな?やっぱやめようかな?」と勇気が出ませんでした。
熊事変によって、「やりたいけど、やっぱ怖いなぁ」という自分の弱さは認めており、勇気の気はあるが出せない状態。
勇気を出す動機となったのは、変わりたいかどうかの自分の意志有無でした。
- 変わりたい
→向上心を動機に勇気が出る - 変わりたくない
→安泰欲求(または怠惰欲、自己防衛)を動機に勇気を出さない
喜びを得たいか、恐怖を味わいたくないかの選択であり、どちらも人それぞれの利益です。
未知の体験をする際には自然と怖くなるのが私達人間です。
そこで未来を見ると喜びを得たい欲求があり、希望を持つので楽しもうと行動します。
過去を見ると怖れたくない自己防衛があり、安泰を得るために行動せず不変となります。
「未来か過去か」
「喜びたいか、嫌なことをなくすか」
「変わる向上か、変わらない安泰か」
向上心は必須ではないことです。
ここで明確にしておきたいのは、向上心があると勇気は出しやすくなりますが、安泰を求める選択は状況や状態によってとても重要です。
本当に重要なのは、自分の頭で考えて、何か怖いのかを知る知性です。
前提に自分の弱さを知っていると、自分のできることとできないことがなんとなくでもわかります。
「できないことはできない」
「できなそうだけど、少し努力すればできるかも」
できないことを無理矢理する必要があるのか否か。これは何が怖いのかわかっていない状態ですので、勇ましさを強引に振り切ると自分とのバトルと抵抗を作ってしまいます。
自分で物事を捉えて、自ら考えて意見を持ち、理解して決定するためにも、自分の弱さや怖い詳細を把握すると、勇気を出しやすくなります。
所属感が勇気を出す
実際にヒッチハイクを始め、次々と乗せてもらって降り、乗せてもらって降りを繰り返します。
初日は約10人に乗せてもらい、田舎町を過ぎたハイウェイ沿いで止めてもらいました。
辺りは何もなく、一本のハイウェイと周囲は茂み、林が続きます。
茂みに潜むようにテントを張って宿泊し、働いていたファームから持ってきたリンゴを食べて次の日です。
こんな生活を続けて、気づけばテントが囲まれて牛だらけだったり、お金をもらったり、食べ物をもらったり、一緒に旅したり、寝泊まりしたり、たくさんの人々と出会い関わり、12日ほど経ちました。
その日、暑い砂漠地の街の外れでヒッチハイクしていたのですが、一日誰にも乗せてもらえませんでした。
茂みに泊まり、その場二日目になっても乗せてもらえず、疲れも溜まっていたので続けるのがしんどくなりました。
誰も乗せてくれない経験は、失敗として私の脳内に溜まり、認めたくない記憶がレゴのようにボコボコ積まれていきます。
「もう誰も止まってくれないのではないか?」と思い始め、急に恥ずかしくなり、「やりたくない、嫌だ、誰にも見られたくない」と思う自分がいました。
勇気がなくなっていました。
現状を認めずに拒否し、自分を認めておらず、他者も認めておらず、自分を信じられず気が巡らない抵抗を作っている状態です。
ここでわかったのは、他を含めて認めているかどうかの認識力の重要性でした。
「私は一人じゃない、たくさんの人々の中で生きている」
「自分だけでなく他者も拒否せずに認めよう」
自分だけの認識から他者も含めて物事を捉えると、何かに属している感覚を感じ、再び勇気が出て来ました。
孤独な無所属状態であったと気づきます。
みんなから孤立して生きていると思うと、自分の価値や存在意義がわからなくなって自信がなくなってしまいます。
「乗せてくれる人に乗せて良かったと思ってもらえるようにしよう」と、認識が他者へ向き、他者の立場や状況や気持ちを配慮すると勇気が溢れてきます。
その後直ぐに集団グループが乗せてくれて、一気に長距離移動して寝泊まりしながら一緒に旅をする。そんな体験でした。
※やる気が出ない詳細は、やる気が出ない時「自分」がいなくなる│消える意識のスピリチュアル をどうぞ。
勇気を出す方法
体験談の理解をまとめながら、方法論を見ていきましょう。
勇気を出す方法は二段階区分け
勇気を出す方法は、二段階に順序立てます。
- 勇気の気を流す(抵抗を取っ払う)
- 勇気を出す(怖さと向き合う)
初めに、勇気がある状態にして、その後に勇気を出す仕組みです。
勇気を出す方法一段階目:気を流す
最重要パート。気を停滞させる抵抗を取っ払います。
勇気がない状態では何をしても空転してしまいます。
初めは気を流して勇気が心身内部にある状態にします。
方法となるのが、自分の弱さを拒否しないことです。
勇気が出ない時、その自分を拒否しない
勇気が出ない時、「こんな自分は嫌だ、よくない、不甲斐ない、臆病だ」と思ってしまうかもしれません。
そこで自分を認めるのは難しいですが、認めるのではなく拒否しないのがポイントです。
「できないんだ、勇気がないんだ、これが私なんだ」とそのままをそのままにする。
「できない私だから良いんだ、悪いんだ」と肯定・否定するのではなく、勇気が出ない、やりたくてもできない、怖くて行動できない自分をそのままジーッと見て、「ふむふむこれが私ね」とするイメージです。
拒否がなくなると、心身内部の抵抗が減るので気が巡り始めます。少しずつでも巡ると、勇気がある状態になるので、次は二段階目へ進みます。
勇気を出す方法二段階目:気を出す
勇気がある状態になれば、残りは出すか出さないかです。
出す際に現れるのが恐怖心。
なかなかの強者かと思いきや、自分の弱さを拒否しない前提があると、「怖いな、それじゃあどうしよう?」となれます。
弱さを拒否すると、「怖いな、はい無理」と一瞬で終わりかねませんが、「怖いから何?嫌だから何?恥ずかしいから何?」を自分なりに考える隙間ができます。
二段階目のポイントは、恐怖を自己理解することです。
恐怖を知る知性
- 知性とは自らの頭で思考して考えて決める能力
- 認識力とは起きている現実をそのまま認めて自覚する能力
何が恐怖(危険・苦痛・拒否)なのかは完全に千差万別です。
例えば、「横断歩道は手を挙げて渡る勇気がない」
「子供みたい、みんながやっていないから恥ずかしい、変な人に見られたら嫌だ」という不安や怖れである場合、おそらく知性はありません。
他との比較や社会的な常識従順であり、考えずに従う意思のない怖れは、知性ではなく記憶力、または経験したことがない無知と未知の恐怖に対する防衛本能です。
自分にとっての恐怖が何なのかわかると、「あれ、全然怖くないや」という事柄がたくさん判明します。
恐怖を知ると認識力で勇気を出せる
自分にとっての恐怖を知ると、「私は周囲から一人だと思われるのが恐怖だから、横断歩道はみんなで渡れば手を挙げられる」という具合に集団になってみたり工夫できます。
恐怖がわかるとそのままをそのまま捉える際の邪魔がなくなるので、認識力が高まります。
認識が広がると所属感の見出しができるので、他者と関わったり、所属意識を持ったり、他者に貢献する状態を作ってみてください。
自らの価値や存在意義を見出しやすくなり、自信を持てるので勇気が出せます。
勇気は既に内部にあるので如何に出すかが重要です。
知性による自分にとっての恐怖(危険・苦痛・拒否)理解。
認識力による所属感や他者を含める工夫、一人ではないことを知る意識や工夫が、勇気を出す方法です。
※行動できない時は、【あることが欠けている】不安で怖くて行動できない改善ポイント をご覧ください。
勇気を出す方法 まとめ
私達は日々さまざまなことを経験しています。
経験は自らの価値観や観念を構成する材料ですので、勇気を出すのも出さないのも全て経験としてカウントされています。
勇気を出すか出さないかには恐怖との関わりがあり、如何に恐怖心と向き合っているかが問われます。
恐怖心とは自分そのものです。
気を作るのも、気を出すのも、全ての基盤である主体は紛れもなく自分です。
強引に勇気を出そうとする場合、無意識に自らを強制してしまうため、自然と内部抵抗が作られ、不満や怒りが蓄積してしまうことがあります。
勇気がない時はない。出せない時は出さない意味があります。
これらを知ると、勇気を出すための行動ができます。自らを拒否せず、知性を育み、認識力を高めると、能動的な経験が増え、失敗も成功も共に勇気を出すための知性と認識力の経験値になります。
より自らを認めやすくなり、成功体験が徐々に増えていくと自信が高まり、自尊が高まります。
最終的に、自尊によって勇気の出し入れは自由自在になります。
めんどくさければ勇気は要らない、楽しそうなら勇気リンリンという自由度があり、明確に自信を持って自らを認めています。
そんな勇気の正体は、恐怖と仲良くさせてくれるサポートエナジーなのかもしれません。
勇気を出すためのご参考となれば幸いです。
それでは、勇気を出す方法のお話を終了します。
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。
お手紙でこのサイトを応援する『お気持ちを大切にします』
こんにちは、はじめまして。
今、自分に必要なものは【勇気】だと思ってこのサイトにたどり着きました。
嫌なことを拒否するのが苦手で、あとから不満や悪口が出てくる状態に嫌気がさしています。自分には嫌われる勇気がないのだと思います。問題は山積みですが、少しずつやっていきます。表現が独特で私の解釈もあっているかわからないのですが、文章に優しさを感じました、ありがとうございます。
初めまして。
お役立ちできて良かったです。
一歩ずつ進まれてください♪