方法

【変化を恐れない方法をドゴン族に学ぶ】変化を嫌うと疲れちゃう

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著名なメンタルセラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生による養成講座。
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変化を恐れる部族は戦いを余儀なくされる。

私が西アフリカのドゴン族を訪れた際、周辺ではたくさんの部族が今なお戦いを継続していました。

ドゴン族は部族から民族になり、戦わないためにも変化に柔軟な姿勢を見せた典型的な例かもしれません。

変化とは何なのか?

変化を楽しむ人もいれば、嫌う人もおり、適応できる人もいれば、受け入れられない人もいます。

ここでは、「変化は恐れない方が自分のためになる」というお話を見ていかれてください。

  • 変化を恐れるのはなぜ?
  • 変化を恐れない人とは?
  • 変化を恐れない方法とは?

これらを紐解き、「変化の恐れは心に核があるんだ」と知っていただく内容となっております。

変化を嫌う恐れには心が大きく関わる、そんな考え方がご参考になれば幸いです。

個人的には、「みんなドゴン族みたいになろうよ」というお話ですので、気楽に読まれてください。

変化を恐れて嫌うor好む心理

変化を恐れるのはなぜ?

「人間は変化を嫌う生物だからむにゃむにゃむにゃ」

脳が変化を嫌い、怠惰欲を糧にカールをバリバリ食べ、現状維持とコンフォートゾーンをキープする自己保存に勤しみ、心理的バイアスが稼働して、ホメオスタシスが生理的・本能的に変化を拒む。

こういった内容は全てピューンと投げちゃいます。

私達人間は変化を嫌う人がいれば楽しむ人もいます。

変化を恐れる理由には、恐怖心に対する怖れがあり、「わからない、めんどくさい」と怠惰があり、「このままでいいんだ」と頑固があり、「私は正しいんだ」と正当化があり、人それぞれにあらゆる自己無知によるエゴが関わると考えられます。

自分がいない(ない)意味です。

自分がいないのは誰しも同じですので、「自分がいないと自覚できていない」がより明確かなと思います。

 

自分がいないと変化を嫌いにも楽しみにもなる

変化への恐れには、心配、怖さ、不安、怠惰、正当化、執着、無知など、人それぞれに変化への拒否があります。

「変わるのが怖い」という場合には、恐怖心との向き合いへの拒否を表します。

「変わるのが心配」という場合には、執着や不安があり、現実との向き合いへの拒否を表します。

なにかしら変化に対して拒否する心理があり、拒否したいか、拒否しないとやってられないか、拒否するつもりがないのにしてしまうかは人それぞれですが、共通して自分がいないことに自覚が薄い点があると考えられます。

まるで今存在している自分が自分という何か、何者かであるような。

「この私が私という私」

そう認識させる社会で生きていますので、当たり前になっている人もいると思います。

しかし、実際は自然になるのではなく、他によって自分を見出そうとする意識(エゴ)によって、自分を主張して正当化する在り方をあえてしていたりします。無意識に。

[自分がいないと自覚がない=エゴが強い]

エゴが強いと変化への拒みとなる恐れが強くなり、変化を嫌います。同様に変化をあえて好んだりもします。

原因となるのがエゴ、自分がいないことに自覚がない自我、または自意識の主張状態です。

エゴを原因にすると、変化の恐れは自己責任になり、「脳の働きだからしょうがない」「ホメオスタシスだから」という言い訳ができなくなります。

変化を恐れない目的を持った内容としての考え方です。

※変化を怖がる心理は、【変化を怖れる目的】変わるのが怖いと本当に必要なことがわかる をどうぞ。

 

変化を恐れると疲れる

変化を恐れると嫌うか好むかの両極端になると知っていただきました。

  • 嫌う拒否状態
  • 好む肯定状態

両者は疲れを作ります。

変化とは現実。本来は拒むものでも肯定するものでもありません。

しかし、私達人間は都合主義、脳の仕組みを主体にした社会性で生きています

・利益があり、無駄がなく、認め難くない、認めやすい

この四拍子は欠かせません。

利益がなければ拒み、利益があれば肯定。

変化を恐れると利益がないので、「そんなのは嫌だ」と拒否。

利益があれば、「変化最高」と肯定。

 

変化の好き嫌いは自分の対処

好きも嫌いも人それぞれに、変化を拒む自らの対処です。

対処しないと嫌な不利益として脳内にはびこり蝕み、心地悪さを作りますので、無意識に自らの拒みに対する尻拭いをします。

そんな対処の一つが、変化をあえて好む在り方・行動です。

「季節が変わるのが好き」「時代が変わると楽しい」

冬から春になった時など、変化によって得られるであろう利益予想がしやすい、「花が見れる、暖かくて過ごしやすい、喜びを作りやすい、違いを味わえる、刺激を得られる」など、自らに与えられる利益が見えやすい喜び。そして実際に行動して喜びを実感、変化を楽しむって最高と認識。

実際には自らの対処であるため、変化の恐れが多ければ多いほど、好むための働きが増えます。

常に楽しまなければ、常に環境を変えて満足しなければ、納得しなければ、ならなければ、やらなければ…。

疲れます。

一方、変化を嫌うと現状維持に入ります。不変は認識の制限になり、経験や成長がなくなります。

それでは脳が納得しませんので、自分にとって良いことだと認識させます。

思い込み、自己正当化、主張、自意識、自己愛が強まり、自己否定するか自信を異常に持とうとするかの極端な在り方になり、自己対処のために自らの在り方が変えられていき、自己コントロールのない変化に対応し続けるようになります。

自己防衛や怠惰欲が見出されやすくなり、より変化を嫌がるサイクルに入ります。

変化を恐れて拒む前提では好むも嫌うも疲れてしまいますが、変化を恐れずに受け入れて楽しむ場合、自らを喜ばせる創意工夫であり疲れません。

 

変化を恐れないとは自分を押し付けないこと

変化を恐れないとは、嫌うでも好むでもなく、起きる現実をそのままにする意味です。

変化とは現実であり、本来は一切干渉すらしない自然現象。「今日は雨、今日は晴れ」みたいなものです。

この世で唯一当たり前と言えるものが、変化かもしれません。

海を眺めて、「あぁ綺麗だな」と思っても、ずっと見ていれば飽きて家に帰ります。

うどんを買ってきてジーッと眺めるのではなく、ゆでたり踊ったり調理したりして食べます。

「火をつけたいなぁ」とライターを見ているのではなく、カチッと押して火をつけます。

細胞が常に生死を繰り返しているように、食べ物を食べて体内で栄養素になるように、肌の角質が剝がれて綺麗な肌に張り変わるように‥‥。

変化は常に起き続けている現実創作です。

本来は好きも嫌いもありません。「現実がある、以上」というシンプルなものです。

このことから、変化を恐れるとは現実に対する違和感や不調和、何かしら拒みを挟み込む行為

変化を恐れないとは拒みの挟み込み行為をやめることです。

 

無意識に自分を押し付けている

寒いから体を温かく保とう、生存維持のためにお腹を空かせようなど、ホメオスタシス(生体恒常性)と言われる生理的・本能的機能があると言われます。

これは無意識な自然行為となり、変化への拒みではなく自らを保つための防衛機能。捉え方を変えると、起きた変化に対して変化を作って対応する、まさに現実創作です。

変化への恐れはこういった現実を受け入れた後の保ちとは別で、現実に対する拒みや抵抗です。

自分では気づかずとも何かしら不安や恐怖を抱き、不納得や不満足があり、反発や抵抗を抱く要因があります。

現実を拒む要因として考えられるのが、現実を受け入れられない、認めたくないこと

「どうして受け入れられないの?」の答えはとても明確です。

「利益がある、無駄がない、認め難くない、認めやすい」を好む脳が納得しないためです。

自分を現実に押し付けている状態です

現実に対して自らをフィットさせるのではなく、自らに対して現実を合わせようとする在り方。

変化のコントロールはできないため、他者や環境や時代や、他からの影響によって自らが変わる時に、現実を受け入れるのではなく、「その現実は私が納得できるものか?」という捉え方をします。

主張、正当化、誤魔化、逃避、執着、自覚しないさま。

これがエゴです。

エゴは現実に対して自らを納得させる無意識の押し付けをし、変化を受け入れられなくなります。

自分の押し付けは変化を拒む結果を作り、変化を恐れる心理を作ります。

 

変化を恐れない方法

変化を恐れないドゴン族

実際に変化を恐れない人々を知っていただくと、この後にお伝えする方法がわかりやすくなると思いますので、ドゴン族と暮らして理解したことをご覧ください。

ドゴン族の詳細は、マリに宇宙人。日本人との不思議な繋がりを知るドゴン族の暮らし をどうぞ。

ドゴン族は西アフリカにある絶壁の中腹に住んでいた民族です。
※今では地上に降りて絶壁沿いで暮らしています

戦いを好まず防戦に徹し、今でも周囲では戦いが勃発していますが、ドゴン族は一切戦いに関与しません。

実際にドゴン族と暮らしてみてわかったのは、とにかく現実を受け入れる文化、不干渉でした。

不干渉は私の執着心と納得を求める自己中心的認識、他力で他責のさまを一瞬で自覚させてくれます。

私の住む場所がなかったのですが、屋根を貸してくれました。こちらから何かを聞いたり、尋ねたり、提案しないと、何も起きずに野放しです。

トイレは穴、シャワーなんかありません。

一ヵ月の短い期間でしたが、私が食したのは粘土みたいな芋のみ。現地の人々も同様です。

宗教は何を信仰してもよく、日本と同じく自然崇拝、アニミズムの思想があり、自然や物には神が宿るとしています。

 

変化を恐れる人と恐れない人が綺麗に分かれる民族

一時、絶壁が世界遺産になり、誰も来ることのないへき地にたくさんの観光客がやってきたそうです。

お金やコーラなど他の文化が流れ込み、起きる変化をそのまま受け入れます。しかし、内戦が始まって外国人は強制退去となり、残ったのはお金を知った現地人達。

彼らは変化を恐れ始めたそうです。

ちょうど私はその頃にお邪魔しており、現地では二つのタイプの人間がいました。

  1. 利益のある変化を知り、変化を恐れるようになった人
  2. 利益のある変化を知っても、変化を恐れない人

変化を恐れる人は近くの社会性のある町へ移り住み、お金を得る生活を選びました。

変わらずに民族の生活を続ける人は、これまで通り変化を恐れずに暮らします。

両者の違いには、現実を受け入れずに自分を押し付けるか否かのさまがありました。

 

自分を押し付けて利益を得ようとする結果、変化を嫌がる

一度変化を受け入れ、さまざまな利益を得た時、利益を欲しがる“自分”が誕生したのかもしれません。

これを私は“エゴ”と呼んでいます。

エゴは自らが自らを認識するのではなく、他によって見出そうとします。

お金やコーラなど他によって利益を得ると、「お金があれば自分を喜ばせられる」などと自我が強まり、利益を欲すれば欲するほど現実に対して自分を押し付け、納得しようと認識を制限します。

エゴが膨らむと一度味わった利益は忘れられず、脳に囚われるように利益を求め、納得を求め、自らが認められる利益に制限して変化と向き合います

こんなことが繰り返されると、制限付きの認める行為はありますが、受け入れる概念が喪失します。

心が見えにくくなり、拒み始めます。

 

変化を恐れない人は自分を押し付けずに受け入れ続ける

一方、自分を押し付けない人は、変化する前の生活に自分を順応させ、変化に対応していました。

「芋だけ?いいじゃない、食べられるんだもん」

「今日はソース付きだよ」
「おうぇ、生魚くせぇ」

そんな類のソースでしたが、みんな喜んで食べます。

変化を恐れない人は柔軟であり、自分を押し付けないで物事を受け入れるシンプルな在り方、現実を現実にする不干渉でした。

柔軟性がある対応力があるというものではなく、ただ現実をそのままにする受け入れ、拒みのない自然は、現実に対して自我を干渉させない尊重でした。

自然に近ければ近いほど変化を恐れずに受け入れる。

自然から遠く離れれば離れるほど変化を恐れて拒む。

そんなことを教えてくれるドゴン族でした。

※彼らの奇怪性は、自由に生きた末路は絶望と希望│本当の自由を知ったアフリカのあの日 をどうぞ。

 

変化を恐れない方法:認識を変える

現実への自分の押し付けは、自分は何者かであり、存在や価値を認識したい欲であり、自己に囚われた自覚の喪失、自己認識の希薄です。

これらは何かが不足したり低下している訳ではなく、物事の認識にポイントがあると考えます。

「現実の中に自分がお邪魔しているのか、自分に対して現実がやってくるのか?」

自分に対して現実がやってくる認識がエゴです。

この認識は社会への従順性の強さであり、「認めて褒めて」などの承認欲求があったり、その傾向が自然と強くなる男性脳の場合、作られやすくなると思います。

もし上記に該当する場合、考え方を変えるだけで疲れをなくし、恐れず、気楽になれます。

 

現実の中に自分がお邪魔している認識にする

認識を自己納得から現実主体に変えるのが、ここでお伝えしたい主旨です。

変化を恐れないとは、現実をそのままにして拒まない」というシンプルなものです。

言葉は簡単ですがなかなか難しいです。私はこの認識を変えるのに時間がかかりましたが、一つ気づければパッと切り替わりました。

気づいたのは、自分は何者でもないことです。

何者でもない、何も知らない、何でもない、小さくも大きくもない、ただ存在する。

この人は空飛ぶことを夢見て、チョコボールが食べたいけど白砂糖が食べられなくて、好きなものはないけど自然と同化する時間が好きで、たまに電車に乗ると変な人ばかりで楽しくて、星空を毎日観て、「今日も生きてんなぁ」と呟くんです。

数十年ぐらいの人生スパン、現実という世界にお邪魔している一人の人間。

「何者かになることも楽しい、自分に期待するのも良い遊び、だけど何者でもないと一切の制限がなくなるからいいなぁ」と思っている一人の人間。

何者でもないと自覚できると、認識を変えて変化を恐れなくなります

変化を恐れない方法は、「自分自分」という自己納得の認識から、現実という大前提の上で存在できていると自覚する認識へのシフトです。

自分を主張しないでお邪魔しているスタンスは、うぬぼれずに謙虚になり、制限を取っ払う認識フリーになります。

 

変化を恐れないポイント:心を使う

恐れないためには、受け入れる意識以上に拒否しない意識がポイントです。

起きる現実、起きた変化を拒否しないためには、不干渉が肝になります。

不干渉とは無関心ではなく、ただ干渉しないことであり、自らを押し付けないさま(または現実の尊重)です。

そのままをそのままにして首を突っ込めない尊重。現実、生きる環境、自分を好きである心があります。

心とは敬い。心の余裕というやつです。

心を余裕にするために重荷をとっぱらいます。重荷とは干渉です。

変化を恐れないことは、これら無意識に起きている認識を知り、自分にフォーカスして干渉すると、知らぬ間に認識を制限していると知る気づきから始まります。

認識の理解は物事の見方を一気に変えます。その際、エゴや価値観などこれまでの在り方は変わりませんので、自分へのフォーカスを自覚して、エゴや自分自身と向き合っていく段階に入ります。

一歩一歩自らが自らの内側に変化を作ると、変化への拒みも怖れもなくなります。

※変われない詳細は、【大前提】変わりたいのに変われない=変わりたいから変われない をご覧ください。

 

変化を恐れない まとめ

現実の尊重は平和を作り、拒否しない心の在り方を見出します。

何が現実なのかわかりにくい世の中です。疑似現実に空想世界、如何に現実から目を背けて脳を納得させるか、そんな遊びが始まっていても乗るか否かは自分次第です。

何が大切なのかは本人にしかわかりません。

現実という大舞台の中に包まれるように私達一人一人が存在していますので、その中で如何に現実を作っていくかが真骨頂です。

そのためにも現実を現実にする受け入れ、拒みのなさが大前提です。

現実を現実にせずに変化を拒む、または作ろうとすると疲れます。前提の舞台ができていない状態での講演は、働きが増します。

年齢に見合わず若い人がいますが、あの人達が若いのは無用な働きがないからだったりします。

ぜひ認識の変容がお役立ちできればと思います。

変化とは現実。起き続けているこの世の常です。

現実の中で生きずに、自分を中心にして現実を取捨選択する時間も大切だと思いますが、この内容を読まれている場合には切り替えるタイミングなのかもしれません。

変化を恐れる必要はありませんので、変化はそのままに、自らが変わり、自らが現実の上で変化を作ることを楽しみましょう。

変わりゆく世の中での気楽な在り方を見出す内容となれば幸いです。

それでは、変化を恐れないお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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全ての物語りは自分を知った後に始まります。
人生を創り、使命を得る機会。現状打破と今後の飛躍。人生を変える際にぜひご活用ください。

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POSTED COMMENT

  1. しろきち より:

    こんばんは、おひさしぶりに来てこの記事が目に入ったので。現実にお邪魔する、ホントにそうだなと思いました。自分の思考をいかに現実にフィットさせて馴染ませていくか、私としては、そう考えてます。変化は怖いこともありましたが今起きてることはまだ許容範囲です。そのうち許容できない事も起きるかも!できるだけ楽しみたいです!

    • 北斗 より:

      現実との調合、大切ですね。
      そうですね、できるだけ楽しんじゃいましょう。
      ネガティブも含めて楽しみですので、許容できないことは考えるチャンスにしちゃいましょう。

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