人生哲学

人生を変える経験は誰もいない森生活|おすすめはしない最高の幸福

人生を変えることにはさまざまな解釈と意味がありますが、自分を変えることでいつでもどこでも人生を変えることができるようになります。

そこにあるのは、「変えようとする意志」です。

ここでは、私の人生を変える経験を一つの参考例としてお伝えします。

「自分とは何者か?」「幸せってなにかね?」という疑問を解消することを目的とした行動にて、誰もいない森の中で大切なことに気付きました。

そこは、アラスカの北極へ向かう道中の森の中、人里も道もない奥地へ潜り込み、自分を見失って彷徨う私は道も彷徨うという、「彷徨い作り」をする謎の矛盾をしていました。

しかし、最終的には大きな気付きと共に、全ての疑問を解消して森から出てきて、人生は大きく変わりました。

その際、「変えたい」と思うだけで、いかようにも人生が変わることを知りました。

そんな人生を変える経験、多少極端な話ですが、娯楽として、人生を変える仕組みとして、気楽にご覧ください。

人生を変える経験

人生を変える森の生活

私はUSAのアラスカ州にて、森の生活をしていました。
当時は2015年6月、北極方面へヒッチハイクにて北上しながら向かい、道中で見つけた川から森へ入り、60日間の生活をしていました。

アラスカは広大で雄大な自然の土地がそのまま残っています。
私が訪れた街、Fairbanks(フェアバンクス)から北極までの道は一本のみ。

街から山々の景色が広がり、街を出るとそこには大の付く自然のみ。
とてつもなく雄大で尊大な光景から強力なエネルギーを感じ、植物もどれも大きくて固くて色鮮やかに強靭。

この地図を北上した場所にある川沿いから森へ入り、生活が始まりました。

登山用のバックパックを背負い、お米や小麦粉などの食料を持ち、テントでの生活。川沿いを川の源流である山の麓まで14日間歩き続け、森の奥地での生活をスタート。

水は川の水を頂き、持参した食料は直ぐになくなり、植物や虫を食べたり、そして川の魚を食べて過ごします。

それはまるで動物と化した鶏がらガリガリ妖怪。笑うを通り越してヘロヘロのブリブリでした。

動物が多く、熊はグリズリーからブラウンベア、ブラックベア、バッファローや鹿にトナカイにムースにヤギ、ウサギにリスにカモメにアヒル。川には大きなピンクサーモンやビーバー。空にはたくさんの鳥、トンビに大きな鷲がいます。

蚊とハエは日本の1000倍はいるのではないかと思うほどで、周囲は常に真っ黒です。
虫も植物も豊富ですが、致死量の毒植物がたくさんあり、とにかく強い。
果物もあり、ラズベリーを見つけることが一度できました。それ以外にもブルーベリーがあり、熊の巣窟です。

ここで私は人生を変える経験をします。そして、人生を変えることの意味を知りました。

 

人生を変える動機

「なんでそんなことをしたのか?」という話ですが、完全に自分の見失いがきっかけでした。

「この人何者ですか?」という謎が自分に対してあり、なーんも自分のことなのにわかりません。

仮面が何枚あるかも数え切れず、「本当にお祭りの仮面でもかぶって会社に行こうかな?」などと考えて過ごしていました。

そんな私は都内で一人暮らしをしている会社員でした。

働きまくりました。評価をしてもらうためにこびへつらい、元々変人として生きていたので、「まともに、そつなく」をモットーに、「金だ金だ金だ!」と内心吠え続けてパソコンをカタカタして仕事します。

そして、「これだけ仕事しているんで給料上げてください!」と喧嘩腰で上司にクレーマーのように言い続ける、そんな人間でした。

えぇ、自分の内側と外側はメチャクチャです。ですがやることはしっかりしていました。

そして、25歳のある日、大きな昇給が決まり、私が求め続けた物を手に入れました。

 

人生を変えるきっかけ

上司から昇給のフィードバックとして面談があり、「やったね、一気に給料UP!」と言われた瞬間でした。

「あ、辞めよう」と決めました。

そして、会社を辞めて海外への旅が始まります。

人生を変えるきっかけは、単純な気付きでした。

一生懸命にストレスを貯めながら頑張っていた目的は、目的ではないと気付いた瞬間、それが昇給が決まった時でした。

「自分の欲しいものすら自分でわかっていない」と気付いた時、「自分を知ろう」という意味での人生を変えるきっかけができました。

 

自分を知り始めた時に決意する人生を変える行動

訳も分からず、海外での生活が始まりました。英語も話せずニュージーランドへ行き、仕事探しをしながら、毎日クネクネダンスをしているようにジェスチャーゲームです。

頭パンパンで爆発を続ける日々でしたが、さまざまな経験があり、多くの国の人と関わり過ごすことで、自分を少しずつ見出していきます

それは、他人と区別してではなく、自分自身で自分を認識することでした。

自分を観察すると、他人の反応や体裁を気にして、何かを守り続けていることに気付きます。

それは、“恐怖を味わわないこと”でした。

他の目を気にして、評価を気にして、否定されないことを求め、褒められ認められることを求めて人と接している自分に気付いた時、恐怖から逃げ続けていることを知ります。

自分の胸ぐらを掴んだ瞬間でした。
「ちょっと待って、どこ行くの?」「えっ…?逃げるんだよ、いや、でも、これは逃げではない、活用であって、ベラベラベラ」

言い訳と嘘を平気でつく自分でした。

それは、他を敬いもせず、嫌悪を持ち、文句を言って否定・批判しているにもかかわらず、他に依存して執着して利用している自分です。

これに気付いた時、「ふざけんな」と自分に思いました。

そして決意します。
「自分を知ってやる」と。

 

人生を変える森生活

人生を変える出来事

「なんで森なのか、アラスカなのか?」
今でもわかりません。ただひらめき、「これだ!」と感じる謎の衝動です。

人生初となるヒッチハイクをして、北極へ向かって行きます。

森へ向かう際に明確だったのは、“誰もいないところに行く”“自分を知るための時間”ということでした。

それ以外はフリー、なんでもありです。

ヒッチハイクで道を間違えたり、「ここどこですか?」みたいなことを繰り返し、さらに全く人が通りませんでしたが3日後についに目的の森を発見します。

街を出れば森しかないのがアラスカですのでどこでも良かったのですが、できるだけ人里から離れることを考え、北極へ向かい続ける道中で、「ここだ!」と何となく思ったので降ろしてもらいました。

そして、川沿いを14日間歩き続けて川の始まる山の麓に辿り付きます。

 

ありのままの自分を知る

所持していたバックパックが小さかったために食料や服が少なく、ご飯は白米二口分を一日の食料としていました。

「馬鹿垂れ」と思いましたが、生き抜くためには仕方がなく、儀式みたいな神聖な食事体験をしていました。

「ははぁ、お米様、今日も二口ものご飯をありがとう」

カルト教でも始めようかなと思いましたね。

そんな日々を過ごしていると、自然な自分が出てきます。何より自分に嘘をつくことができませんでした。

「もう少し頑張って進もう」と思っても、本音が直ぐに、「何言ってんだよ、辛すぎ、ストップストップ、今すぐ街に戻れ」と言ってきます。

ここで、ありのままの自分とエゴの自分を区分けすることができました。

嫌でも明確に出てきますので、二人いることを認知します。

 

恐怖との対面が凄まじい

森を歩くと、熊の足跡がどでかいんですね。

「くぅ、馬鹿垂れだな、どんなんが居るんだよ」と思いますが、誤魔化せません。体がガタガタして、常に周囲をキョロキョロしながら森の奥、川沿いを歩き続けます。怖いんです。

毎日5時間以上は歩き続けて川の始まりを目指していましたので、体の衰弱は酷く、ヘロヘロくんです。

日に日に熊の足跡が増え、ムースなどの動物を見るようになっていきます。

すると動くのが怖くて、帰れコールが自分の中で起きます。

「早く戻れ、怖いぞ、この先なんて熊だらけ、今なら戻れる、早く道路に出て、街に戻ろうぜ」「はい、かえれ、かえれ、帰れ、帰れ、か・え・れ」

エゴの自分はしゃべるのを止めません。

そして、ついに起きてしまいました。

 

熊との遭遇で襲われる

ガシャンガシャン!!

テントの外からひっかく音で目を覚ます私は、シルエットで熊だと理解します。

笛を吹いたり、大声をあげて距離が離れます。私はテントから出て対面します。

そして、声も威嚇も通用せず、襲われます。ですが、熊避けスプレーによって難を逃れ、熊は去っていきます。

そして、私は光の速さでテントを片付けて、無心で走り続けます。

この件ではっきりと認識したのが、恐怖に逃げ続ける自分でした。そして、熊のおかげで怖くて仕方がない自分を受け入れることができました。

それでも、「怖くない、助かったじゃないか」とガタガタ震えた声で言うエゴがはっきり見え、「私はもう、怖くて怖くて仕方ないんだ!」と言い切り、自覚しました。

すると、恐怖への対処が生まれ、逃げなくなりました。怖いことを受け入れているので、怖い上で自分を守る対処をして、「怖くない」と思い込むために恐怖から逃げるのではなくなります。

 

ボコボコになる自分

いろいろなことがありました。

沼にハマり、体が沈んでいきながら何もできなくなり、泣き叫びます。でも誰もいません。

そしたら自分で何とかしようと思い、泣くことを止めます。生きようと、何とかしようとします。

食料がなくなり、草でも虫でも何でも食べます。すると自分の能力開花があり、魚の場所がにおいでわかったり、どれが食べられてどれが食べられないかを口が区分けしてくれます。

瞑想をすることで食欲に対するエゴのもがきがなくなります。

食中毒になり、何も食べられず、動けず、嘔吐と下痢のために外とテントを這います。

雨が降り、寒くて凍えます。火も焚けず、気力もなく、雨に打たれながら仰向けになり空を見ます。

指が動くことがわかると涙が出てきました。息をしている自分を認識して嬉しくてしょうがありません。

泥だらけの顔と服のまま、雨に打たれて凍えます。

何もできない自分を知り、人間の弱さを知り、他の存在を知り、ありがたみを知り、比較するものではないこと、利用するものではないことを知ります。

自然にボコボコにされているようでした。でも、それはボコボコにしてくれている、でした。

自然な自分を知っていきます。ありのまま、そのままの私を目の前で体感します。

「これが私だ」と。

※自分とは何なのか?についての答えは、本当の自分がわかるスピリチュアル|本物は自分だと認識してくれないんです をご覧ください。

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人生を変えるとは

私の経験からの解釈でしかありませんが、“人生を変える”とは、“人生を変える自分になること”だと思います。

自分が何者かを知ることは、どんな自分でも自分を敬い受け入れます。

すると、人生を変えたい理由や意味がわかります。

私の場合は、「幸せになりたいから」というシンプルなものです。ただ、喜びたいから、苦しいより楽しい方がいいから、それができる自分になることが人生を変えることです。

人生を変えるとは : 人生を本当に変えたいかどうかの真意を持つ自分を知ること

人生はそんなに悪いものではないかもしれません。

しかし、自分を見失っている、または受け入れない状態があることで、人生の見たくないところにフォーカスをします。

同時進行で並列的に良いことや幸せなことが起きているのに、それを見ないようにします。

すると、幸せになる材料はそこら中にあることに気付かなくなります。不思議なものですが、それをするのがエゴです。

※エゴの詳細は、エゴの意味とはスピリチュアルな契約|エゴがない人が教える活用方法 をご覧ください。

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人生は変わっても変わらなくてもどっちでもいい

自分を知ると気付くことは、「本当に人生変えたいの?」ということです。

「なんのためにお金が欲しいの?」「なんのために安心感が欲しいの?」「恐怖から逃げたいのは何で?」という答えの先を理解する自分がいることで、自分の行動や思考の真意を紐解くことができます。

すると、お金がたくさんあることもいい、人に囲まれていることもいい、自分がいることが既にいい、と人それぞれに何を求めているかがよくわかります。

自分で自分を認識することができるように、自分で自分を喜ばし、喜びを作ることができると、人生は変わろうが何だろうがどっちでもよくなります。

なぜならば、自分がいることでいくらでもいつでもどこでも幸せを作れるからです。

自分を理解することで自分の喜びがわかり、自分で喜びを作ることができる
※発信者となり、いつでもどこでも自分を主体にして幸せになれる

自分を知り、物事を受け入れた時、人生は既に変わり始めています。

自分の考え方が変わり、生き方が変わることで、物事の何を見て、どう感じ、どう考え、どう想うかが変わります。

それら全てを認識することで、創造性にもなり、自分で作り出すことができます。

すると、雨でも晴れでも認識次第で喜びになり、自分の気分で喜びにしたいかどうかの調整が生まれ、何もかも自由になります。

恐怖に怯えて他と比較したり、周囲の目を気にして抑制されたり、我慢してストレスを溜めることがなく、不満や不納得を抱かない。
自尊にみなぎり、活力が生まれ、自分の体も思考も敬う。
軸が生まれ、浮遊感やグラつきがなく、堂々と自分のしたいことや意志を持つ。

※人生観が変わる話は、インドで人生観が変わる理由9選|日常にある変人との修行に仕組み をご覧ください。

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どんな自分でも受け入れて確立することで人生を変える

森生活の中では毎日さまざまなことがあり、物事の認識次第でどこに焦点を当てて見ているか、考えているかがわかります。

すると、自分の周りには常に喜びの材料があり、幸せになる基盤があることに気付きます。

同時に、辛いことがあり、悲しいことがあり、自分の認識で作っていることを知ります。

ポジティブもネガティブも自分が作っていることを知る
  • 喜びは自分を愛する気持ちにて生まれ、心地良い気持ちになる
  • 悲観的で否定的な感情やエゴを含めることで、辛い気持ちになる

全て自分が選択をして、自分に見合うように物事を認識している

ポジティブでもネガティブでも自分が認識をして作り出します。そのため、「自分がそうしたい」という意味です。

人生を変えたいと思う人は、現状に不満や違和感があり、納得しない状態があると思います。

人生を変えたいと思わない人は、現状に満足があり、納得や現状維持への望みがあると思います。

どちらでも、今の自分を受け入れると物事は進んでいきます。受け入れると止まることがありません。

そのため、現状維持や変化を求めない場合には、受け入れない状態を作ることでキープします。

嫌々仕事をしたらつまらなくなることと同じで、受け入れると楽しくなくても嫌々ではなくなり、一生懸命になります。

すると、昇進したり、新しい仕事を任されたりと、何かしら物事が進んでいきます。そして、自分の価値が広がり認められ、経済的にも利益があり、どんどん進んでいきます。

現状の自分を受け入れることで人生は変わる。物事をポジティブに求める認識や意志があれば、良い方向へ変わる。

現状の自分を受け入れないことで人生は変わらない。良くも悪くも自分のためになり、求めている状態になる。

どちらもマルです、どっちでもいいんでしょうね。

人それぞれに真意として求めているものがあり、人生を変えることへの野望や強い意志があり、変化を恐れる恐怖や不安があり、恐怖を感じないことの方に利益があれば、受け入れないことでその人にとっては望み通りとなり、マルです。

※森生活での別人になる方法の話は、別人になる方法は森が教えてくれた|人生を変える計画 をご覧ください。

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人生を変える気付き

人生を変える経験の特典

森生活ではさまざまなことがありましたが、私の人生を大きく変える出来事がありましたので、最後に二つの出来事をご覧ください。

 

自分の中に居る二人を区分けする体験

もうメッチャクチャになった時がありました。たしか森に入ってから30日目くらいだったと思います。

辛過ぎて何もかもが何でもよくなりました。初めはネガティブな状態でそのゾーンに入ったのですが、その内、ネガティブとかポジティブとかの感情がなくなります。

ぼけーっと一点集中です。

雨が降り続け、ご飯もなく、食料調達も火を炊くこともできず、寒いアラスカの氷が残る森の中で、テントに入ってジメジメになって固まっていました。

イモムシのような状態で動かなくなる、孵化する前みたいな感じです。

頭の中はグルグル動いているんですね。初めはネガティブな感情と共にグルグルしていたんですが、その内に感情がなくなり、無心です。

すると、ふと気付きます。
「ネガティブなことを考えている時はネガティブになりたいんだな、私は」と。

声もでません。目も開いているのかどうかも自覚がない状態ですが、感情なく頭の中を眺めていました。

そんな状態で動かずに三日ほどした日の朝でした。スピリチュアルではよく聞くかもしれませんが、“光”をみます。

今まで自分だと思っていた私が目の前にいました。主観が変わり、別人になった瞬間でした。

自分の中に二人いたのですが、認識の基が入れ替わり、これまで私として生きていた自分を目の前にします。主観になったのは、自然でありのままの自分でして、エゴとの分離が起きた瞬間でした。

その後から、別人になったように人が変わり、五感を強く感じ、波動を感じ、心の気持ちを明確に認識するようになりました。

しかし、それは新しい自分ではなく、これまでもいた自分でした。特に森に入ってから頻繁に感じていた感覚で、元々存在する私でした。

出張していたんでしょうね。戻ってきた時、人生は完全に変わる道を歩き始めました。

 

命を助けらえる体験

もう一つの人生を変える気付きとなる出来事は、単純に命の終わりがわかった瞬間でした。

たしか、森生活45日目を過ぎた頃です。

川を渡らなければならない場所があり、その際の私は体力がなさ過ぎて、鶏がらくんです。

歩くのもままならない中、道路のあった場所へゆっくり戻っている道中でした。石も投げられないほどに弱まり、倒れている木を超えることもできません。

そんな中で膝までの水位がある川を渡らねばならない場所に陥り、川の真ん中で終わりがやってきます。

この後に起きることが容易に予測できた時に、涙が止まらなくなり、川の真ん中で立ち尽くしますが、時間が止まりました。

テキトーに読んでくださいね。

時間がゆっくりになり、スローモーションです。そして、誰か知らない存在に助けられている感覚と共に、動かない足が誘導されて勝手に動きます。

一歩一歩、自分を観察して、目は涙で視界もぼやけているのに、しっかりと確実に川の中を歩き渡る自分がいました。

川を渡り切った時に時間が戻り、無事にいました。

このことで私は、「生かされている」と思うようになり、調子に乗ることがなくなりました。

自然の中では人間の存在は蚊と同じです。そして、全ては対等で同じ見方になります。そのために、物事の線引きや上下の見方はなくなります。

さらに、自分では理解できないことも起きたために、「自分の力で生きているんだ、オラオラオラ」という過信や思い込みがなくなり、自分を客観視して見るようになります。

すると、より自分を理解しやすくなり、自分で喜びを作りやすく、行動一つ一つをしっかり理解して受け入れることができ、人生を変えるために大切な気付きとなりました。

※森での出来事に関する本がありますので、自分がわからない時に読んでほしい本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ をご覧ください。

自分がわからない時に読む本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ幸せになりたかったのか、苦しみから解放されたかったのか。 目的も持たずとも、ただ目の前の道を歩き進むことは彷徨いではありません。 ...

 

人生を変える経験 まとめ

以上が、私の経験した人生を変える森生活についての話です。

森の中では、多くの経験と共に気付きがあり、自分が何か成長したかというよりは、今まで見えていなかった部分を見えるようにした状態です。

それは、自分を知ることでして、そのおかげで人生はいつでもどこでも変えることができる基盤作りと、そのための理解になりました。

人生の主人公は自分のみです。さらに物事の良い悪いの認識は自分がしますので、自分の認識や選択を紐解くと、全てに必ず意味があり、自分の意志が見えます。

それを見ないようにすると受け入れることができないので、人生を変えることができません。

しかし、見るようにすると残りは自分の意志と覚悟次第で受け入れることができるので、人生を変える基盤が明確になります。

どんな状況であっても“一つでも言い訳をする場合”、人生を変える意志はありません。

ですが、それに悪いことは何もなく、人生を変えないことに自分にとっての利益があります。
「困らない」とか、「納得する」とか、「恐怖を感じずに済む」などです。

何を求めて、何を優先して、何を良いと思うかは人それぞれです。みんながみんな幸せになりたいと口で言っていても行動に移さないのは、真意が別にあるからかもしれません。

その真意を知ることで、人生を変えたいのかどうかが見えます。そんな紐解きを知る経験が森生活にはあり、おかしな人間は人生を変えることになりました。

自分で喜びを作り、幸せを作る。それはいつでもどこでも幸せになれることでもあり、他と共有して幸せを増大させることもできます。

それは、自分を中心に人生を生きる人間の基本原理として、最高の幸せではないかと思います。

世の中にはいろいろな人がいますので、その中の一人の出来事として、何か役立つ内容であれば幸いです。

ただ、森で人生を変える行為は超絶におすすめしませんよ。

人生を変える時間は常に目の前です。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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サラリーマンだった人間がおかしくなる、とある森での変人化計画とその全貌。

一人での森生活、襲ってきた熊は忘れていた大事なことを思い出させ、そこで見つけたものはムニュムニュしていました。

一風変わった哲学書であり、森を舞台にした一人の元サラリーマンが自分を探し出す物語。

自分を見失い、人生に疑問を抱き、違和感を感じる時こそ、本当の自分という名のふざけた自分を見つけ出す変貌ストーリーが始まります。

忘れている大事なことを思い出し、自分らしく人生を生きるための経験と知恵を詰めた内容です。何か興味を感じた方は、ぜひ始まりの合図を受け取ってください。

 

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