スピリチュアル

恐怖との関わり方が重要|正体を知るとわかる恐怖必要説

あはははは。楽しくて無我夢中、ワクワクしたからジャンプしてみたら、それは崖だった。

同じことに対して、恐怖を感じる人と感じない人がいます。

一体恐怖とは何なのでしょうか?

閉所恐怖症や高所恐怖症、対人恐怖症や異性への恐怖症など、さまざまに恐れを抱く症状も感情もあり、肉体的な恐怖や精神的な恐怖があります。

それらの恐怖には共通している正体があります。

ここでは、スピリチュアルな概念を含めた”記憶”からわかる恐怖の正体をお伝えします。

恐怖を知ることで、それは必要で大切なものだとわかります。

そのため、恐怖は打ち勝ったり克服する以上に”関わり方”を知ることが重要ですので、そちらも一緒にご覧ください。

恐怖の正体とは

恐怖とは何?

ネガティブが好きな人はたくさんいますが、恐怖が好きな人はあまりいないかもしれません。

なんせ恐怖とは、心地悪い気持ちになる、嫌な感覚、味わいたくない感情、もはやパニックといった、不快・嫌悪・不愉快が勢揃いです。

「こんなもん、しっしっ」です。

そんな距離を置きたい恐怖って一体何なんでしょうか?

人それぞれに恐怖を感じることがたくさんあると思います。

  • 崖の先っちょに立つ
  • 人の目を見る
  • 自分を否定される
  • 異性と一緒に居る
  • 沈黙
  • 自分で解決できない状況の対処
  • 虫や動物
  • 真っ暗闇に一人で行く
  • 夜中のお墓
  • 丑三つ時(うしみつどき)に目が覚めた時

怖いと感じることには、恐怖症としての高所恐怖症、閉所恐怖症、対人恐怖症、異性恐怖症、パワハラ恐怖症、ランチタイム恐怖症、虫恐怖症、プールの時間恐怖症、海の底見えない恐怖症など、私が勝手に名前を付けたものも含めてたくさんあります。

恐怖症になると、他者が理解できないようなことや危険性のないことに関しても恐怖を抱くために”症状”としていますが、恐怖を感じることには共通していることがあります。

恐怖とは、”自分自身をコントロールできない”ことです。

 

恐怖とは自分のことを知らない事実と直面することで起きる反発

恐怖症の理由はスピリチュアルやトラウマなど、過去の記憶にあります。

ですが、真っ暗が怖い、虫が怖いなどの恐怖心と同じで、恐怖を感じることには心地悪さや嫌悪感があり、とにかく距離をとって味わいたくないと思わせます。

それは、今の自分にとって最も合わないものであり、人それぞれに恐怖の矛先が変わります。

自分に最も合わないものとは、拒否や反発や抵抗が生まれるもので、認めたくない何かです。

それは、「あなた、あなたじゃないよ」と言われ、それが事実であることです。

恐怖は、自分のことを自分で認識できなくなると感じる
※「自分をコントロールできない」という合図であり、それを知ることで感じる拒否感

 

エゴのない子供に恐怖はない

自分のことを自分で認識するとは、「今空気を吸っているのが私」「今卵焼きを食べて幸せだと感じているのが私」と理解することです。

それは、自分の目的があるから行動していること、行動するから体感すること、体感するから感受すること。自分の意志を持って行動して結果を受け入れることです。

それができなくなる場合、他者と区別や比較して自分のことを認識します。

それを”エゴ”と言います。

エゴによって、あの人より仕事が遅いのが私、あの人より可愛いのが私というように比較して理解します。

すると、自分一人しかいない場合、自分のことを理解できません。

それは、自分をコントロールできないことであり、”自分のことを知らない”ということです。

エゴがあることで恐怖を感じます。言い方を変えると、自分のことを自分で認識できなくなると恐怖を感じます。

それが恐怖だと教えてくれるのが子供です。

子供の頃を思い出してみるとわかりやすくなります。

あはははは、あはははは。アアアーー!!

気付けば遠くへ行ったもんだ。崖から落ちています。

崖の先に立っても怖くないんです。

ですが生育と共に怖くなっていきます、それがエゴです。自分のことがわからなくなっていくことで恐怖を感じます。

それは死への恐怖であり、飛んだらどうなるかがわからないから怖いと同時に、飛んだ時の自分を知らないから、コントロールできるかわからないから怖くなります。

自分のことを認識できなければ自信も勇気もなくなります。

防衛本能と生存本能が私達にはあることから、死に関わることを恐怖で避ける働きがありますが、崖から落ちたことがなければ本能も何も、死に関わっているかどうかを脳は知りません。

そのため、社会性や情報が多くなる前の子供は、自然と自分のことは自分の持っている情報のみで認識して、崖に立つ時には恐れる以上に喜びます。

なぜならば、新しい経験にて自分を知れるからです。自分を認識する情報が増えるからです。

 

恐怖の正体

自分をコントロールできていない合図として恐怖を感じます。

コントロールできていないとは、自分を知らない事実を目の当たりにしたくないという状態です。

他者と比較して自分を見出すことで自分がわからなくなります。しかし、エゴによって存在価値をなくさない対処や、存在意義を見出す対処をします。

そのため、エゴは言い方を変えると、”自分を保つための意識”です。

自分のことを他者と比較しなければどうなるか?

  • 存在価値を見出せず、生きている意味がわからなくなる。
  • 存在意義を見失い、自分が何者か一体何なのか喪失する。

生きる意志を見出すことが難しくなります。

自分をコントロールできず、自分を知らないことを認めないためにエゴがいます。

エゴは必要であるから作られます。

これが人間の防衛本能です。

恐怖は心地悪く、嫌悪感を抱き、味わいたくない感情です。それは、自分にとって最も知りたくない見たくないことである、自分を知らない事実を見せつけられることへの反発であり抵抗です。

自分を知らないことに直面せざるを得なくなる、どうしても見たくない、自分を消して、エゴを作ってまでも認めずに対処していた事実と直面しなければならない。

そこに恐怖の正体があります。

恐怖の正体とは : 知りたくない事実を認めず拒否する自分自身
※最も知りたくない事実をまざまざと見せつけられることへの拒否と反発と抵抗

知りたくないこと、見たくないこと、認めたくないこと、それらは”拒否を続けて事実を曲げて認めない自分”を知ってしまいます。

自分を知らない事実を認めざるを得なくなると感じるのが恐怖です。

恐怖とは目を瞑って誤魔化したり、嘘をついて偽り、事実を湾曲させてなかったことにしようとする自分自身を見せる”鏡”。
自分自身で作る、事実を認めないための方法が恐怖。

※不安も恐怖である話は、不安を取り除く方法は言語化と創造性|明確な存在の真実の姿がある をご覧ください。

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恐怖の正体とは スピリチュアル

恐怖の原因にある過去世の記憶

恐怖症など、恐怖の原因がわかりにくいものは多くあると思います。

私自身、閉所恐怖症が小さい頃からあり、狭い空間に入ると大人しい子供の頃の私でも、パニックになり大暴れでした。

訳も分からず考えられないほどの恐怖を感じ、その状態を一瞬でも早く切り抜けないといけないアラームが体全体に流れるように、火事場の馬鹿力を何度も経験するほど、何をしてでも対処します。

そんな原因のわかりにくい恐怖症には過去世の記憶に原因があるというスピリチュアルな見方があります。

 

過去世の記憶で認められない拒否がある

スピリチュアルな理解では、魂の記憶として今が存在する認識があります。

それは、輪廻転生の過去世を全て含めて、過去の記憶の集大成として今の自分が存在します。

そのため、今が過去最も記憶を持ち、過去のあらゆる記憶を基に、今世のフレッシュな記憶を含めて自分という存在を構築します。

自分とは”認識”のことであり、知り、理解し、考え、感じ、思い、想い、判断し、という認識があることで自我意識にて「私は私」、またはエゴにて「あの人がこうだからこれが私」という具合に自分を見出します。

そんな認識は過去の記憶によって構成されるために、過去世の記憶も今世同様に大切なものです。

過去世がなんなのかを憶えている人はあまりいませんので、無自覚の思考と行動を作る”潜在意識”の記憶として過去世での経験や出来事を無意識に認識します。

すると、「恐怖症にて訳が分からないけど怖い」という無意識の認識があり、過去の記憶から見出される恐怖になります。

過去世の記憶にて恐怖を感じても、今世の記憶にて恐怖を感じても、それは顕在意識か潜在意識かの自覚ありか自覚なしの違いです。

共に、事実として認めない拒否の記憶であり、エゴによって認められない自分を守るための対処として恐怖を作ります。

私を例にすると、閉所恐怖症は数多くの人に上から押し潰された過去世の記憶があり、人が山積みのようにされる中に居て、外の景色が少しずつ見えなくなり、徐々に暗くなっていく記憶があります。

それを認めて受け入れることができず、叫び暴れ、拒否を続ける自分がいました。

結局、その状況を受け入れることはできず、認めたくない事実として記憶になりました。

それは、認めることができなかった=自分のことをまだ知らなかった、知らないということを認めることができなかったという事実でして、知りたくないことを見せつけられることへの反発であり抵抗として恐怖を感じます。

そのように、過去世にて認められない記憶が残っていると、記憶に触発する出来事によって無意識に恐怖を感じます。

 

過去世でも今世でも拒否して事実を認めないと恐怖を作る

事実は事実です。

嫌なことをされても、辛い状態で朽ち果てても、それは事実です。

その事実を変えるのは出来事が起きる前であり、そのために意志や思考、防衛本能や生存本能があります。

起きたことに対する恐れではなく、恐怖の根底は自分を知っているか知らないかの自分にあり、恐怖の矛先は事実を認めるか認められないかの自分にあります。

真っ暗な中に居るのが怖い、夜中のお墓が怖い、虫が怖いなどの恐怖も、自分を否定されることが怖い、存在価値がなくなることが怖い、生きている意味を喪失することが怖いなどの恐怖も、全ては拒否の認識です。

  • 真っ暗では一人で生きることができない自分を知ってしまいます。
  • お化けが怖いのは驚くことで自分をコントロールできないことを知ってしまいます。
  • ホラー映画を見た後にシャワー浴びることができない自分を知ってしまいます。
  • 自分を否定されることは、自分で自分を見出せないことを知ってしまいます。
  • 大勢の前に立つのが怖いのは、否定されたり、認めたくない事実を知ってしまいます。

恐怖とは全て自分から始まり、自分に向かうもので、自分自身で作っていると考えられます。

※恐怖によって常に笑うようになる話は、いつも笑っている人の過去に笑顔を作る心理|人間には正当な企みがある をご覧ください。

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恐怖と怒りは同じ

恐怖は自分を知らないことから始まり、認めたくない事実を見せつけられる際の拒否ですが、実は怒りも恐怖と同じ仕組みがあります。

怒りは憤りや不満足のストレスから抱くものや、幼少期の環境から作られた認識にて自分らしくいられないこと、また、心の傷やトラウマに触発することで自制なくキレたりします。

そこには、”自分を知らないこと”と”過去の記憶”を今の現実に投影することから、否定や批判される恐怖を事実かのように思い込む認識があります。

すると、実際に目の前の人に恐怖も何も感じていないにも拘わらず、「怖いもんだ」と思い込み、その対処に怒りを使用します。

怒りとは恐怖への対処法の一つであり、エゴによって認められない自分を守ります。

手がガタガタと震え、そんな自分を認めたくないことで恐怖が生まれ、その恐怖を味わいたくないために怒鳴ったり、悲しんだり、愁いたりと事実を見ないで過ごす方法をとります。

怒りとは : 恐怖を味わわないための対処法
※実際に恐怖を感じた際に怒りを使用する

手が震えているのは、涙が出てくるのは、自分を知らないことへの憤りであり、対処法がわからないことへの違和感と不調和です。

※怒りの正体は、怒りのスピリチュアルはエネルギー|愛と表裏の関係を持つキレる訳 をご覧ください。

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恐怖との関わり方

恐怖は大切なものである理解と共に、恐怖との関わり方を見ていきましょう。

恐怖は大切なもの

恐怖やエゴという言葉にはネガティブなイメージがあるかもしれませんが、とても大切で生きる上ではなくてはならないものです。

エゴがあることで恐怖を使用し、恐怖があることで防衛本能があり、自分を知らずに事実を拒否する在り方があることで生存を図る生き方をします。

さらに、恐怖から派生して怒りがあり、悲しみがあり、辛さや苦しみがあります。

それらがなければ私達がこの地球で生きている意味があるのかどうか疑問です。

なぜならば、恐怖がなければ感情のレパートリーが減ります。それはどうでもいいかもしれませんが、おそらく直ぐ死にますし、喜びを見出す認識が乏しくなります。

何も怖くないので無鉄砲、猪突猛進、壁にぶち当たるまで突っ走ります。

しかし、恐怖を理解して関わることで、自分らしい人間性が作られ、生き方が構築されます。

そんな関わり方の詳細を見ていきましょう。

 

恐怖があることで人と共存できる

恐怖には過去世の記憶が大きく関与しています。

恐怖を感じやすい人もおり、過去世の記憶がある以上、恐怖をなくすことは困難です。
※恐怖をなくすためには、過去世を全て思い出し、認めていない記憶を全て受け入れる必要がある

今生きていることには今の意味があり、それは恐怖を感じることに意味があり、必要であることを表します。

極端な例ですが、過去世では一体何をしでかしているかわかったもんではありません。

地球の転生を繰り返している場合、動物のような人間であったかもしれませんので、とんでもない悪事を働いているかもしれません。

しかし、そんな自分に誇りがあり意志を持って行為していれば、カルマとしては残りますが、事実を認めています。

また、辛い経験が多く、生き延びる自分の中の正義としてたくさんの人を傷つけたり、とんでもないヤバい人間性を喜んで認めている記憶があるかもしれません。

そんな記憶を無意識に保持しているので、恐怖を感じなければ今世で何をしでかすかわかりません。

恐怖によって今の社会性に合わせることができ、ヤバい自分を自ら抑制することに役立ちます。

そのように過去世の自分も含めて今の認識や人間性が作られるために、恐怖を感じることや感じやすいことに意味があり、他者と共存して調和と協調しながら生きることができます。

それは、恐怖をなくすために対峙する以上に、関わり方が大切という意味でして、恐怖によって自分を抑制しているように思えても、それが良い結果を自分にも周囲にももたらしているかもしれません。

恐怖を感じる以上、必ず何か自分のためになる意味がありますので、それを知ることが大切です。

 

恐怖を認めて自分を知ると良い塩梅

恐怖は大切である理解があると、恐怖を認めやすくなると思います。

それは恐怖を感じる自分自身を認めることでして、自分を知ることを意味します。

何に恐怖を感じていようが、そんな自分を認めることは自分の理解を促し、拒否や反発の在り方をなくします。

すると、恐怖を感じることも減っていきます。

私自身、閉所恐怖症でしたが、今では狭いところや閉ざされても真っ暗でも何にも怖くありません。

それは、「怖いよー」と思っている自分と恐怖を理解したからです。

閉所に行っても、大ぴろっげで目を閉じても実際同じです。

それは認識が同じになることです。

目を閉じると真っ暗で、ここが閉所なのか開所なのかどうでもよくなります。

しかし、恐怖を認めず、事実を拒否する自分を知らなかった時は、「怖い」と思う記憶にフォーカスして、怖いという自分を作ることに必死になっていました。

目を閉じて、「ちょっと何をあなたパニックになってんの?」と聞いてみたんです。

怖がっている私は、「へっ?あんた誰?」という反応になりますが、「私はあなた、怖いのは誰?何に怖いの?目を開けて」と言ったら終わりました。

気付いたんです、事実に。

 

自分を知らないことを認めて気付く

「怖い怖い」と言っている時、事実にも現実にも気付きません。なぜならば目を瞑っているからです。

拒否は事実をなかったことにしようとしますが、それはただ見ないようにしているにすぎません。

記憶の改ざんは思い込みや誤魔化しで上塗りするしかなく、事実は常に見ようと思えば目の前です。

何に怖がっているのかを理解して、怖がる自分を観察することで、自分を知らないことや、知らないことを認めない自分が表れます。

そんな自分は大切な恐怖を抱えているので、恐怖をなくすことはせずに、自分のことにフォーカスして、自分を知らないことをただ認めます。

すると、目を瞑って怖がっている状態に気付き、「あれ、何に怖がっていたんだ?」となっていきます。

事実に気付くことで自分を知ります。

そのためにも、恐怖を感じる自分を知り、認めます。

恐怖を感じることは大切です。でも、あえて感じる必要はありません、心地悪いので。

 

何に怖いのか自問自答すると恐怖の正体がわかる

恐怖との関わり方は恐怖の正体を自分なりに理解することが、最も大切になります。

恐怖とは自分自身で作り出すものなので、自分なりに理解するというのがポイントです。

虫が怖い場合、何が怖いのか考えてみてください。

虫のことを知らない自分がいます。
虫に危害を加えられると空想している自分がいます。
自分のことを知らないのに知ろうとしない自分が表れます。

これは虫だけでなく他のことにも同じように応用されます。

過去世の影響でも何でも、”自分への危害”と”自分をコントロールできない”ことに辿り着くと思います。

それは共に、”自分を知らない”ことに辿り着きますが、そこに向かうまでの過程にある、「これが怖いんじゃないか」「これが理由じゃないか」という紐解きが大切です。

恐怖は自分にしかわからないために、自分なりに紐解くことで、自分の思考も認識も理解することに繋がり、より事実であり真実を拒否せず認めることができます。

※虫嫌いからわかる恐怖の正体は、虫が嫌いで怖い理由に心理と過去世│恐怖を露わにする虫の影響力 をご覧ください。

虫が嫌いで怖い理由に心理と過去世│恐怖を露わにする虫の影響力虫は真実の姿を引き出す。 虫や動物が嫌いな人はたくさんいます。特に虫に関しては、好きな人より嫌いな人の方が多いかもしれません。 ...

 

本当の恐怖とは

最後に、私の経験から思う本当の恐怖についてをお伝えして終了します。

私の理解では、本当の恐怖とは“自分のことがわからなくなること”です。

苦しみのみの体感や、恐怖のみの体感を臨死体験にてしましたが、それらには感じるという認識の基がありました。

しかし、閉所恐怖症のように真っ暗な状態になっていくと、少しずつ、少しずつ、自分がどこにいるのかわからなくなります。

すると、自分の認識ができなくなり、空間、時間、物質、非物質、あらゆる概念がなくなり、「これは何?」と、何に対して疑問なのかもわからなくなります。

肉体があるのかどうかがわからなくなると、感覚や感情がなくなり、思考にて疑問を抱かなくなっていくと恐怖を感じます。

それは、何もかもなくなり、何もかもわからなくなる=存在が消えることを意味します。

生死の概念とは全く別物です。

生死とは有無で言うと、どちらも”有”ですので認識の基があります。

あくまで私の場合ですが、何もかもなくなっていく時、唯一残るのが”自信”です。

それは疑心を乗り越えた時に現れる自信。

自信とは自分を信じる気持ち。それが自尊であり、意志であり、スピリチュアルに言うと”魂”です。

感覚も感情も思考もなくなると”無”になります。

無に向かう手前では恐怖を感じますが、無になると魂が表れ、恐怖を感じなくなります。

そのため、本当の恐怖とは、恐怖と恐怖ではない有無の両方が含まれ、どっちでもいいという感じです。

それは、恐怖を感じたければ感じて、感じたくなければ感じない。どっちでもいいんです。

なぜならば、恐怖は自分自身だからです。

本当の恐怖とは : 恐怖と恐怖ではない有無の平行世界
※陰と陽ではなく、愛とエゴ=受け入れと拒否の世界

この世は陰と陽の世界です。

そのため、恐怖がなくなることは楽しみがなくなることを意味し、この地球にいる意味を少し逸脱します。

せっかく味わえるなら味わう。

それが恐怖であり、大切なものである理解です。

 

恐怖の正体 まとめ

恐怖とは何かを知ると、全て自作自演であることに気付きます。

しかし、他者との共存にて生きている以上、他者の影響があり恐怖を記憶する過去世も含めたスピリチュアルがあり、自分という記憶には他者の影響が含まれることを意味します。

過去世でも今世でも大きな違いはなく、ただ自覚があるかないかですので、恐怖の根底には事実を認めない拒否があり、自分を知らないことを認めない拒否があります。

それはエゴによるものですが、エゴは自分を認められないがために作られるものなので、エゴがあることに意味があり、エゴが恐怖を使用して事実を拒否する自分を守っています。

自分を知るためにも恐怖を活用し、恐怖を知り、自分を知らないことを認めると恐怖との関係性が作られ、自分らしさを自ら作り、恐怖を活用したこの世での生き方が作られます。

そんな恐怖との関わり方が作られることを願い、恐怖の正体とスピリチュアルな話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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