対処・解消法

許すことなど存在しない│許さない思いと事実を知ると見えるジーザスな自分

許す、許さないという言葉を使うと、何だか許す側に主導権があるように聞こえます。

実際に何を許すのでしょうか?

自分?他者?あの人?この人?過去の自分?過去の他者?

生まれた時の自我意識がない状態では自分とも認識していないため、許すも許さないも概念がないことを赤ちゃんが教えてくれます。

すると、私達には許すも許さないもない前提があります。

そこから“許すこと”が作られる仕組みを知ることで、許す意味がわかります。

意識や意志の真意を紐解くために、解釈がわかりやすくなるので心理やスピリチュアルを含めて、許すことの意味をご覧ください。

許すことの事実を知ると、知りたくない自分も忘れていた自分も知ることになり、許す許さないは全て自分次第であることがわかります。

ここでは、許す方法ではなく許すことの意味をお伝えするので、私の知っていることを言いたいようにお伝えします。
許せない思いを抱えている人は、「このー!」となるかもしれないので見ないことをおすすめします。

許すことの意味

許すことが生まれる仕組み

冒頭でもお伝えしましたが、生まれた時には、「あなたを許す」「いいや、生まれた私を許さない」とはおそらくなっていません。

しかし、その後の生育と共に、「許せない」「まぁ、今回は許してあげましょう」などと許すことが平然と起きています。

生育の過程で一体何があったのでしょうか?

それは、「許せない」と思えることが起きたためです。

初めに、“許せない”が作られます。その後に、「じゃあ許そう」と“許すこと”が作られます。

以上から、許すこととは、許せないことをなくすことだとわかります。

許せない気持ちや思いが生まれることで、許す気持ちや思いが生まれる
※許すことは許せない気持ちや思いをなくすこと

 

許せない気持ちや思いとは

次に、「許せないわ」と抱く状態を紐解きましょう。

許せないには気持ちや思いがあります。言い方を変えると、感情や思考です。

ここにポイントがあります。

感情とは心ではなく脳が作り出す表現と肉体反応です。許せないと抱く状態を紐解くと、心の気持ちではなく、脳の思いであることがわかります。

【感情、気持ちって何?】

  • 感情は脳によって作り出す自分の中の思いを出す方法、または肉体反応 = 自己表現
  • 気持ちとは心によって生み出す今この瞬間に感じる心情 = 心地良いか悪いかを感じる認識

感情は喜怒哀楽にて自分の状態や状況を表現します。

「心地良い、心地悪い」と体感するのが気持ちです。愛とエゴにて心地良いか悪いかが分かれるので、愛かエゴかの認識にもなります。

感情は脳による働きで、さらに思考も脳によるものです。そのため、脳によって許せない思い(感情や思考)を作ります。

許せないと抱くのは気持ちではなく思い(感情と思考)
※心の気持ちではなく、脳の感情と思考が許せない思いを作る

脳は新しく何かをクリエイトする以外は、過去の記憶を引き出したり、組み合わせたり、思い込むことで思考を作ります。

そのため、「許せない」と抱く記憶を基に脳の感情をあてはめて、「許せない」という思いを作ります。それも過去の記憶です。

全ては過去の記憶の中にあり、過去の記憶をデコレートして許せない思い(感情と思考)を抱きます。

それは、過去の記憶である一コマ一コマの写真を画像編集して、泣いている自分の顔を怒りや憤りの感情として顔を少し吊り上げ、吹き出しを付けて、「許せない」と文字入力するようなイメージです。

 

許す際の主観は自分、対象に他者はいない

「許せんぞ」という気持ちや思いをなくすことが許すことなので、許すことに愛を与えることや見逃すことなど、敬いや許諾や隠蔽はありません。

「許す」と聞くと、許す側と許される側がいるように思えますが、許す側と許される側を存在させるには共に同意しなければ成り立ちません。

それは契約です。

「私は許されないことをした」「私が許されないことをされた」という両者の合意があり、そこに償う、許してほしい、許されないと辛いことになるなどの概念があることで、許す側と許される側が作られます。

それは社会の中で法律を犯した場合や合意をぶち壊した時です。
両者の契約があり、権利が定義されて厳格にルール設定されてある状況下では、許す側が優位な立場になります。

しかし、両者の契約がない場合、このルールは全部なくなります。皆無です。許す側も許される側もありません。

許すかどうかの主観は自分、対象も自分。誰かを許すかどうかの概念はなくなり、許せない思いを持つ側の記憶の話になります。

記憶は自分にしかわかりません。そこに他者の介入は不可能となり、自分の認識で物事を脳内にインプットする“自分”のみが対象となるので、許す相手はいません。

対象は過去の記憶、そこに居る過去の自分です。過去の相手が居たとしてもそれは自分の記憶の中での相手なので、相手の記憶でも相手の事実でもなく、あくまで自分が解釈した過去の自分の記憶です。

 

許すことの意味

これまでの話から、許すことの意味が表れます。

脳の過去の記憶を常に目立つ場所に保管して、直ぐに記憶にて引き出せるようにすることで許せない思いを抱きます。

その状態をなくすことが許すことになり、過去ではなく今を生きるようにすること、または受け入れて過去の記憶を記憶のままにすることが許す意味です。

許すこととは : 過去の記憶に依存と執着する自分を受け入れること
※記憶を記憶のままにするために受け入れる

 

許すことは見たくない自分を知ることになる

依存と執着することは、記憶をなくしたくないという意味です。

「許せない記憶なのに、なくしたくないとはどういうこと?」という感じですが、「その記憶をさっき食べたお昼ご飯の記憶と同じようにしてください」と言われてできれば、許さない気持ちがなくなって許す必要はなくなります。

記憶がなくなればいいのですが、憶えている以上なくなりません。そこで、他の日常と同じレベルで記憶を扱えば、許すも許さないもなくなります。

それができれば、自分が困ることや嫌な気持ちを抱き思い出すことがなくなりますが、同じレベルで扱うことを拒む思考があると、記憶に依存と執着をしている意味になります。

その理由があります。

許せない記憶を基に今の自分の考え方や生き方や在り方が構成されているので、その記憶を他の記憶と同じようにすることは、これまで生きてきた自分の在り方を否定するように思えてしまいます。

許せない記憶が強ければ強いほどに、その記憶によって今の自分が明確に作られていることを自覚して、許せないと思っている人間によって生かされているように思えてしまいます。

それを自覚することは、否定している相手を認めてしまうような気持ちになります。

許せない記憶をなくしたくないのは、自分の今の在り方を否定して、受け入れない自分を自覚して、見たくない自分を認識してしまい、許せない人間によって作られている自分を認めたくない気持ちを抱くからです。

それは、恐怖です、心地悪さです。

過去の許せない記憶をなくしたくない理由
  1. 今の自分の在り方を否定したくないため
  2. 受け入れないで物事を曲げる自分を自覚したくないため
  3. 依存や執着をしている自分を見たくないため
  4. 許せない相手によって今の自分が作られていることを認めたくないため

許すことで事実を受け入れると、今の自分を明確に知ることになり、そこには受け入れられない拒否をする自分が表れます。

 

許すとは他者ではなく自分が対象

これまでの話からわかることは、許すも許さないも自分の頭の中の話で、自分しか登場しないことです。

さらに、記憶を基にしているので全て過去の話で、今起きている現実ではありません。

許すことの意味は、自分の頭の中にある過去の消えてほしくない記憶を受け入れることで、言い方を変えると、自分の記憶を受け入れることです。

同時に、記憶を受け入れると自分を知ることになるために、今の自分の受け入れが伴います。

  • 許すことは過去の記憶を受け入れること
  • 許すことは記憶を受け入れない自分(過去の記憶に依存と執着をする自分)を受け入れること

受け入れることで許さない思いがなくなる

許すことの言い方を変えると、今を生きることです。過去の記憶を受け入れることは今の自分を受け入れることになり、過去への依存や執着がなくなるために今を生きることになります。

許すも許さないも元々はないので、過去に生きるのを止めることで許さないことを止めることになり、元のフラットな状態に戻ります。

許すことの対象は自分のみで、相手を許すという概念は後にも先にも存在しない。
あくまで、許さない自分をなくすことが許すことの意味で、相手を巻き込んで敬ったり、愛したり、「許す」と認識したり、相手に言ったりすることは許すことの意味ではない。

※過去に生きることを止める話は、今を生きるとはどういうこと?│以外に知られていない意味と目的 をご覧ください。

今を生きるとはどういうこと?│以外に知られていない意味と目的今を生きなければいつを生きるのか。 過去と未来? “今”の概念とは時間のことなのでしょうか? 「今を生きる」の意味を自...

 

許すことのスピリチュアルな意味

スピリチュアルな理解を含めると、より許すことの意味がわかりやすくなるので、ぜひご覧ください。

 

許せないことのスピリチュアルな解釈

許すも許さないもないのが前提です。そこに許さない思いが作られるには出来事があります。

自分を中心点として、受け入れられないことが起きた時に憤りの思いが作られます。

それは、怒りや悲しみ、辛さや愁い、感嘆に郷愁などさまざまです。

「受け入れられない!」と思えることであればあるほどに許せない思いを作ります。言い方を変えると、心地悪いという気持ちであればあるほどです。

「何それ~、寝ぐせとか受け入れらんないんだけど~」という思考的な認識ではなく、心から受け入れられないことで許せない状態になるので、“心が愛に反発していればいるほど”という意味があります。

許せないとは : 自分の愛に反発する受け入れられない気持ちから作られる思い
※愛の裏側となるエゴを感じる

 

許せない思いを作る自分がいる

自分の愛を基準にして、愛から離れる気持ちだと“許せない”、愛に近付く気持ちだと“許す”という受け入れの許容を表します。

それは、好きな相手のしたことは受け入れられて、嫌いな相手のしたことは受け入れられないようなものです。

元々許すの概念はないので、愛に近付けば近付くほど受け入れていることが当たり前の状態となり、許すも許さないもなくなる気持ちになります。

自分を大切にする気持ちが強ければ強いほどに、愛があるために反発が強まり、愛があればあるほどに受け入れる許容があるので、許せないことがなくなります。

ここで矛盾が生まれます。

  • 愛があると反発が強まり、許せない気持ちを抱く。
  • 愛があると受け入れる許容があり、許せない思いがなくなる。

そこには、気持ちと思いの違いがあり、受け入れられない気持ちから、「許せない」という思いを作るか作らないかの違いがあります。

 

許せない思いを作る正体

自分を愛していればいるほどに、受け入れられない心地悪い気持ちを感じることに憤りを覚えるかというとそうではありません。

受け入れられないとは、出来事が起きた時に初めに感じる心地悪い気持ちです。

許せないとはその後に抱く思いです。

許せない思いになるには、受け入れられない気持ちを感じた時に、それをなかったことにしようとする自分がいることで憤りが生まれて作られます。

それをするのが、人を愛する自分です。

許せない人は人一倍愛への認識が強く、自分を愛することからさらに他者を愛する気持ちを持ちます。

そのため、愛する人であればあるほどに受け入れられない気持ちを抱く出来事があると、思考にてなかったことにしたり、「これは事実じゃない」と嘘をついたり誤魔化します。

生まれた時は愛の塊でした。自分を愛して愛してやみません。

成長していくにつれて自覚と共に自分以外の目の前の人を愛そうとします。それが親であり、兄弟姉妹です。

さらに成長していくと、友人も大切にして、恋人も愛そうとします。

愛が強ければ強いほどに、その相手から真逆のことをされると憤り、事実を曲げ、嘘をつき、誤魔化そうと目を瞑る自分を作ってしまいます。

記憶を真実として紐解くと、許せない相手を愛していた自分がどこかにいます。それを知ってしまうのが怖くなり、そんな自分はいないと思いたくなります。

許すこととは自分を受け入れることです。愛とは人を敬うことです。

しかし、誰かを愛していようとなかろうと、許すことの対象が自分であることから、許せない相手、記憶、エゴ、心地悪い、脳、思考、そんなものはどうでもいいんです。

元々居た、自分を愛して人をも愛することができる自分を取り戻すことが許すことに大切で、自分だけを対象にして記憶をあるがままにすることです。

許せない思いを作るのは、人を愛する自分
※人を大切にするが故に見たくなかった事実を認めず許せない思いを作る

人を愛し過ぎました。素直で純粋過ぎました。そんな素敵さが許せない思いを作ります。

※自分を取り戻す話は、自分を取り戻す方法はあるのか?|ない、から作る。自分はここにいる をご覧ください。

自分を失う。自分を取り戻す方法はあるのか?|ない、から作る。自分を失う、彷徨う、わからない。 とはどういう意味か…。 見失う感覚とは? 彷徨う気持ちとは? わからないとは何がわからない...

 

許すことのスピリチュアルな意味

受け入れないという拒否は事実をなかったことにします。

スピリチュアルな認識では、記憶はあるがままに流れないことで未浄化となります。それはエネルギーともなり、カルマにもなります。

未浄化の記憶はあるがままの事実として存在できないために、停滞の基となります。

すると、心が記憶に引っ掛かります。

記憶は海馬から大脳皮質へ行き、顕在意識から潜在意識へ向かいます。その流れを止めてしまうと、記憶は未浄化のエネルギーを生み、自分の心身の停滞を作り、血の流れに淀みができるように流れを止めてしまい、風邪やアレルギーや病気など、形を変えて表現をしようとします。

許すことは自然体な様を作り、記憶やエネルギーをそのままに流す
※許さない思いとなる事実の拒否にて未浄化の記憶を作り、未浄化エネルギー、カルマを生む

許すも許さないもない前提から、自然体にあることをそのまま、起きることをそのままにすることが許すことであり、停滞や淀みを作らないことが許すことのスピリチュアルな意味。

  • エネルギーの滞りを作らないためには自然にそのままです。受け入れには停滞はなく、全ては流れるままに浄化されていきます。
  • カルマとは生み出しと責任です。生み出したからには、「生み出したことを認めて受け入れる」ことで責任となります。

※受け入れがないとカルマとなり、「認めて」「受け入れて」と返ってくる因果応報。

あらゆることが自然なままであれば、全てを受け入れている状態です。それは受け入れるという認識ではなく、拒否をしないという意味であり、事実を曲げないというそのままの意味です。

それは、許さないというのが事実の拒否であり、受け入れられない気持ちに対する誤魔化しであることを表します。

※許すことはインナーチャイルドを癒すことにもなりますので、インナーチャイルドの癒し方は怒りとエネルギー|愛の浄化で傷を治す をご覧ください。

インナーチャイルドの癒し方は受け入れる│傷なんて負っていない自分の破片「内側に子供がいる」とは少し不思議なことかもしれません。 私達は一つの意識の中にさまざまな記憶を持った別の意識を持ちます。 ...

 

自分を許すために必要なこと

許せない思いを作ってしまうことには愛の認知があり、愛があればあるほどに事実を曲げたくなるような気持ちを味わいます。

親や兄弟姉妹や友人など、人を愛すれば愛するほどに辛く苦しい現実がこの世にはあります。それが生きることであり成長だと思います。

依存も執着も、嘘も誤魔化しも何も悪いことではありません。大切なことは自分に大きな愛がある事実です。

そこには、魂としての意志が明確にあり、自分を強く確立して生きていた記憶があります。

それがあればあるほどにプライドが強くなり、自分を見失っていることや、自分を否定することを許せなくなり、思い込みも激しくなります。

マザー・テレサさんが言う言葉に、『愛の正反対は無関心』というものがあります。

エゴとは正反対ではなく愛の裏側であり愛の一部です。しかし、愛を逸脱すると興味も関心もないので、「許さない」と思うことはなく、「許す」と思うこともなくなります。

それは自分を愛していない意味です。

自分を愛する意志があれば、相手を干渉しません。自分の記憶は自分のものであるように、相手の記憶は相手のものです。

相手を干渉して依存する必要はなく、あくまで自分のみを対象にした話が“許すこと”の意味で、許すために必要なことです。

許すために、自分のみを対象にする理解が必要

 

自分を許すには自分を。相手を許すにも自分を。全部自分が対象。

  • 辛い思いをさせられたから相手より自分が優位ということはありません。
  • 許せないことをされたから相手が謝らなければいけないことはありません。
  • 許せないことをされたから相手が苦しまなければいけないことはありません。

許すことは自分を受け入れ、記憶をあるがままの姿に戻すことです。依存と執着を手放し、自分の問題だと認めることです。そして、自分が愛のある人だと思い出すことです。

相手から嫌なことや辛いことを受けたとして、許す対象は記憶を保持する自分であり、記憶を作った自分です。

相手を介入させて干渉している以上は許す対象が出てこず、許すことができません。

相手が謝ったり、辛い思いを味わっても気が楽になるかもしれません。それは、過去の記憶を受け入れて、依存と執着を手放して自分を受け入れたことによる気の軽さであり、相手を許すも何も起きていません。

相手を許したければ許します。ですがそれは自己満足でしかありません。相手は許されていないことすら知らなかったりします。

自分を許す際には自分のみです。相手を許す際にも自分のみです。全部自分のみが対象の話です。

※自分を愛することを知ると、自分を許しやすくなりますので、自分を愛するスピリチュアルな秘密|完全な自由を与えられますか? をご覧ください。

自分を愛する方法はスピリチュアルな自己中心|自分勝手とは違う認識自分を愛するとは気付くことかもしれません。 自分を愛することは、環境を活用した上での完全なる自由を与える生き方であり在り方です。 ...

 

許すこととは まとめ

許すことのキーワードは、“自分のみ”“過去の記憶をそのまま”“受け入れる”です。

過去の記憶にて拒否や誤魔化しのあるもの、画像編集しているものが対象で、それ以外の対象はありません。

自分のみを対象にして、記憶のままに受け入れます。そのため、対象は必ず“自分の記憶”になります。

そこに許すも何もありません、許さない思いをなくすことのみがあります。

相手に干渉せず、巻き込まない。そのままを作る事実と現実は自分のみが可能で、相手を対象にすると許す意味が成り立たないので、許すことができなくなります。

悲しい記憶はそのままに、「私は悲しい」となります。そこに思考も感想もありません、ただの事実です。

受け入れられない心地悪い気持ちが事実としてあり、それをそのままに受け入れます。

それが許すことの意味です。

許すことの意味を知ることで、自分に合った許す方法を探すことができますので、自分の状態や状況を敬いながら見つけてみてください。

言いたいことを言いました。ここまで読んでくれたあなたの何かの一助となることを心から願います。

それでは、許すことの意味とスピリチュアルな認識の話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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