対処・解消法

「人に興味が持てない」のは光明。悩みではなく幸せの基だった

自分と向き合って生きていく世界。

人と人が関わり合って生きていく社会。

コミュニティが小さければ小さいほど他人との関わりに意味と利益があり、人に興味を持つことが善となり、興味がなければ悪となります。

しかし、コミュニティが大きければ捉え方は真逆かもしれません。

私事ですが最近、ドライブしながら野営地を巡り、ソロキャンプを一週間続けていました。

自然の中で一人ポツン。
黒目を点にしてキャベツをムシャムシャしながら火を凝視する森の中。
まるでヤギになった時空間。

気づいたのは、「人に興味が持てないと、とんでもなく幸せになれるんだ」ということでした。

ここでは、「人に興味が持てないことは、幸せの基かもしれませんよ」というお話をお伝えします。

  • 人に興味を持てないことが悩みになっている

他人への興味は必要な人もいれば、不必要な人もいます。

興味を持てないからこそ幸せになれる理解がありますので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

人に興味が持てない悩みの本質

人に興味が持てないのはなぜ?

初めに明確にしたいのは、「どうして人に興味が持てないか?」の答えです。

この答えを出すために必要な別の疑問がこちら。

「そもそもどうして人に興味を持つの?」

一人で生きられないから(または生きたくないから)だと考えられます。

家族や集団や社会があるように、コミュニティのサイズを変えながら人間同士で関わり合う環境を作り、一人ではなく集団で、国で、世界で、そして地球で生きています。

昔のヒト科ヒト属ヒトは自力での生き方がわからず、隣人のにんじんを奪い取り、バイキングのようにハチャメチャに生きていたようです。

自力で衣食住を得ることができると、人生が暇であることに気づき、やたらに強さを誇示したり、名声を得るために戦ったり、「この俺が俺じゃ、グワッハッハッハ」と自らを際立てるためにも他人に干渉し始めたようです。

今ではこの在り方は流行りませんが、力ではなく知性でグワッハッハッハとする名残りがあるようです。

そして、「干渉するな」と不可侵条約すら必要になった、進化途上真っ只中の私達人間。

こんなことを考えると、人に興味が持てない答えはシンプル。

自力で生きられるから、または他人の干渉が邪魔(不要)だからです。

 

自力で生きられる人、心に余裕がない人

自力で生きられるさまが強いと、周囲はなかなか放っておきません。

この人ならなんとかしてくれる、利用できる、助けて、恵んで、ヒーローだ、みんなを守って、私に利益を、ワーワー。

例えば、野球上手な人がいれば教えてもらうために集まるように、生きるの上手な人がいれば周囲は干渉します

不安や恐怖が多く、一人で生きることを怖れるメンタルや、将来への危惧が多い環境では、自力で生きられる人や寄りかかれる対象は目立ち、執着や依存される率が上がります。

これとは別の形でも、精神やメンタルが自力で保たれている場合、人と関わらずとも生きていけるため、人からの押し付けや決め付け、強要に抑圧などの干渉は無用な抵抗の基となり、邪魔に感じやすくなります。

 

心に余裕がないと、自分の望む時にだけ人に興味がある

一方、自力で生きられずとも、人に興味がなくなることもあります。

心に余裕がない状態です。

人と関わることに不安や恐怖があり、関わりが不利益になる危惧があると、思うように関われなければ(相手の動向が読めない、不利益回避がしにくいと)関わるのが嫌になります。

人に興味が持てないけれども寂しくなる心理です。

実際は人に興味を持ちますが、関わることでの不利益(嫌なことや傷を負う可能性)の対処がしにくい状態と考えられるので、ここでの内容には含めません。

 

人に興味を持てないことが悩みになる社会的干渉

自力で生きられる、または他人からの干渉が邪魔になる場合、生存上の人との関わりに意味や目的があまりありません。

むしろ関わることでの弊害や損失、一方的に利益を与えなければならない状況が多くなります。

「それじゃあ、人と関わらなくても問題ないね」と思えますが、社会ではそういう訳にはいきません。

私達は衣食住に余裕があるので、生存ではなく社会的な意味を持って生きています

社会的には人と人が助け合い、調和と共存を図り、平和に生きていく理想を掲げています。

人と人が関わり合ってこそ構成される社会であり、見えないところで何かしら関わっているからこそ、スーパーでお金を払うだけで今日もキャベツを食べられます。

自力ではできないからこそ助け、協力し、執着と依存し、興味関心を持ち合うことで不安と恐怖をなくし、利益を作り合い、時に一方的に利用搾取、時に調和と協調の愛、時にヘドロとゲロの憎しみ合い、退化と進化を場所毎で繰り広げます

コミュニティを小さくしていけばいくほど、人と人の繋がりがより大切になります。

同じフロアより同じ部署、同じ学校より同じクラス、同じ血筋より同じ囲いの家族。

小さなコミュニティ、繋がりがあるからこそ成り立つ集団環境では、人に興味が持てないことはバッテン、テストだと0点。

「ああしなさい、こうしなさい、これはこういうもの、ルールなの、常識なの、ベラベラベラ」

「人に興味を持たないといけない」
「私は良くないんだ、周りが正しいんだ」
「人に興味を持てないのは社会不適合者なんだ」

悩みになります。

 

悩みの本質:生きている意味

上述の悩みは外面、表皮の部分です。

本質的には悩みの詳細が別にあります

社会的に生きている私達人間、自力で生きられないからこそ人との関わりを重要視でき、より助け合いや調和を図り、干渉し合い切磋琢磨しながら向上できる。

だからこそ適度なストレス、エゴ、人との繋がりによる利益取得(喜びや安心)、不利益回避(不安や恐怖なし)が重要になります。

しかし、そもそものお話があります。

社会的に生きているのはなぜ?

これを考えた時、出て来る答えはこれかもしれません。

「暇つぶし」

人生の暇を如何につぶして生きるか。

他に流されてレールの上を歩き続ける人、生存本能や物欲に身をまかせる人、嗜好や娯楽のために邁進する人、経験や学びを増やす自己理解を励む人、社会貢献や幸福度を高めるために生きる人。

中にはインドのサドゥ(修行者)やグルー(師)のように、人生を精神修行に費やす人もいてさまざま。

自力で生きられるからこそ、他人からの干渉を邪魔(不要)に思えるからこそ、人生を生きる意味や目的を持たなければ自分を保てなくなります。

社会的に生きている人生の意味や目的がないと、人に興味を持てないことが悩みになります。

自分が明確化されていても、生きている土台は社会であるため、社会の中で生きる意味付けが必要です。

意味付けができると、人に興味が持てないことは善悪で区分けるルールを超え、光になります。

そんなおかしな内容、さらに深掘りしていきましょう。

 

人に興味が持てないのは幸せ

人に興味を持てない時は持たなくていい

お伝えしたい主旨は、「人に興味が持てないのは悩みではなく幸せの基」という考え方です。

常識やルール、美徳や道徳観では、「人に興味が持てない=冷酷、心がない、冷えた八宝菜」と思われがちです。

が、実際は自力で生きられれば人に興味を持つ理由がなく、自力で生きられない(または生きたくない理由がある)からこそ他人と関わる動機を持ち、自らの精神を満足させるために調和や執着をして、中には私物化や支配というとんでもないことが起きます。

人に興味が持てないのであれば、持つ必要はありません。

自力で生き、他人にすがらず、自らの精神は自らで満足させられ、余裕があれば人を助けることもでき、選択肢が幅広くなります。

着目は人ではなく自分です。

重要なのは、「自分とは?」

人に興味が持てない場合、「自分」とは何なのかの理解が幸福に欠かせません。

 

一瞬で悩みではなくなる方法

悩みをなくすには、社会的に生きている意味を見つけます。

社会的に生きている意味とは、暇つぶしの人生をどう自分らしく過ごすかの理解であり、他と他の繋がりによって生きていることをどれだけ知っているかです。

私達人間は一人では生きられませんし、生きてもいません。

おそらくこれは絶対的であり、宇宙の原理です。

「自分=自分のみ」ではなく

「自分+他=自分」

あまりに昔の記憶なので忘れてしまいますが、私達は顕微鏡で見ないとわからないくらい小さかったです。

母親からエネルギーを頂いてオギャーと外に出て、地球の大気と空気を貰いながら、あらゆる自然物とカラフルなチョコとグミ、化学調味料をふりかけながら、ストレスというチューイングガムを喫食してスクスク育ちました。

直接人と繋がっていたのは母親くらい。あとは全て“他の物、事、意識、存在、原理”との繋がりで構成されています。

に対して自然と興味を持つのは母親くらい。それ以外は主に人ではない他との繋がりです。

興味を持つ対象は人ではなく、自らに影響を与えた“”。

人でもありますが物事でもあり、特に自然(地球、素、現実、原理)が対象になります。

人に興味が持てない場合、自然に興味を持つと社会的に生きている意味が実感としてわかり、悩みが悩みではなくなります。

 

人に興味を持てない人は、自然と繋がることができる

他人から得られる利益と不利益が共に不要な状態、すなわち人に興味が持てない在り方。

「余計なことをしないで」という具合で、自分でできるからこそ干渉が無用な詮索にも、手間を取らせるお節介にもなります。

そんな方は、自らが主体で主軸であるため、得意分野や能力の引出しがあり、自分という存在の構成が特徴的です。

「自分+他(自然)=自分」
※「他」の最たる部分が自然(地球、素、現実、原理)

人と関わらずとも、自然と関わることで社会的に生きている意味を実感できます。

人との関わりはとても大切な社会的意味を持ちますが、自然との繋がりは社会的意味と同時に、自分が構成される中身や現実を知る意味があります

これは私がソロキャンプをしていて強く実感しました。

非日常の創作を楽しみ余計な干渉をなくした自分を謳歌する時空間。

一人の空間を作り、居場所を感じ、自然を感じ、自分を感じる。

人に興味を持てない人が自然と繋がると、無用な干渉のないありのままの自分を知ることができます。

どれほど重荷を積んで生きていたかを知る、強制ギブスをブッリブリに取り外す気分。

自然との関わりによって一切抵抗のない素の自分が現れ、とてつもない解放感と幸福を感じます。

ソロキャンプである必要はなく、海辺で座り、草原でお昼寝し、湖でカヌー、木造の家で空気を吸うなんてのもあると思います。

「これが生きている意味だ!」という気づきとは違い、いつの間にか悩みがなくなって幸せを感じている。そんな答えが自然界にあります。

 

最重要ポイント:「生きていることが幸せ」

社会的には人に興味が持てないと正否の否に思われるかもしれませんが、自分をなくして別物の他として生きる以上に、自分として生きる場合になくてはならないほど重要な意味を持ちます。

人に興味がないことは、他人によって自らの利益・不利益を見出す目的がない、すなわち他によって自らの欲を見出し満たそうとしない在り方です。

あくまで自らによって「あれしたい、こうしたい」という欲を見出し、自らによって満たす。

干渉をされたくない、こちらから干渉もしない。

そんな自力で生きられるさまは、生きていることそのものが幸せになる条件が揃っていると考えます。

「自分+自然=自分」にフォーカスした時、自然を感じるとこうなります。

「あぁ、これが何の抵抗もない自分だ」

なんとも気楽で、解放される感覚は、自由な中で生きていることを思い出す状態。

これにソロキャンプはピッタリはまります。

余計な我欲も干渉もなく、他を主体にした野心も野望も要らず、他によって優越と劣等を感じる気すらなく、ただ自分として生きるための抑圧も抵抗もなくなる時空、繋がりが、自然の中にあります。

「火を見て、ぼけーっとしているのが楽しい」とは少し違います。

「火を見て、ぼけーっとしているこれが私、これこそが自分」となり、最高にフィットする自己一致感覚。

表現を変えると、アイデンティティの確立を認知します。

「ありのままが認知された時、生きていることが幸せになる」

そんな究極的な幸せを感じる材料として、意識や精神やメンタルが既に揃っている、人に興味が持てない人。

人に興味が持てないさまに、本当の意味での解放となる「ありのままの自分」を感じる幸福、生きてるだけで丸儲け状態があります。

 

人に興味が持てない悩みと幸せ まとめ

私事ですが、一週間ソロキャンプをしてみて、人への興味について考えざるを得ませんでした。

毎日場所を変えてさまざまな自然、森、川、海、公園、キャンプ場の自然を味わう日々。

ある場所では猿がおり、ある場所では鹿がおり、ある場所では人がいる。

一人でぼーっと火を眺め、風を感じ、虫の音や、鹿の叫び声を聞いている真っ暗闇の中、夜空には無数の星々が光り、ただただマインドフルネス。

誰もいない森の中では、自然を感じる自分を感じているのが、よくわかりました。

キャンプ場でのキャンプはたくさんの人々がおり、自然と人工の違いがはっきりし、それぞれに楽しみ方や目的が違いました。

「楽しみたい」と欲する際は人と関わる意味があると思いますが、「生きていることが幸せ」な場合、人との関わりは邪魔や抵抗になり、無用な干渉にもなります。

私は人に興味があるもないも両方ですが、今回の経験ではっきりと思ったのは、人に興味を持たないことの大切さです。

どっぷりと自然を感じる時、一切重りのない本来の素が現れ、なんの抵抗も感じなくていい許しが出ます。

私達には人と人の関わりで構成される社会の大前提に、地球や環境と共存し、自分そのものを構成する自然界との関わり、ありのままが存在します。

自己に宿る光であり、自然という自分のなりわいと関わるさまに、個があり、社会性があり、悩みではなく幸せがある。

そんな理解がご参考になれば幸いです。

それでは、人に興味が持てない悩みのお話を終了します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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