自分を知る

褒める人が嫌いで苦手な理由。気持ちのない褒めに気付いちゃうと…ね。

褒められると嬉しいものですが、「それって何のために褒めてるの?」という着眼は真意を垣間見せます。

世の中にはたくさんの人がいます。

自分のために褒める人もおり、他者のために褒める人もおり、自分と他者両方のために褒める人もおり…。

褒めることには思考的な褒め策略と、心の気持ちを込めた純粋褒めがあり、それらを組み合わせる洞察との合わせ技一本、褒め力なるものもあります。

そこには常に、「何のために褒めているの?」の真意の矛先に、見ている対象が明確にあります。

自分か他者か。

褒める人が嫌いで苦手と、違和感や嫌悪を感じる場合、褒める人の見ている対象は己自身。

すると褒め行為に混ざり込むドロ味色。

褒める人や褒められることが嫌いで苦手だと思う方へ向けて、褒められる側ではなく褒める側にフォーカスを向けることでわかる理由と心理をお伝えします。

「どうして褒める人に嫌悪を感じるか?」を知り、改善へと繋がる一助となれば幸いです。

褒める人が嫌いで苦手

褒める人が嫌いなわけ

嫌い、苦手、気持ち悪い、違和感、不調和、心地悪い、苦しい、ウエェ。

褒める人には、本当に素敵で心休まる体感を与えてくれる人がいます。

褒める人には、本当に最悪で心沈める憤りを与えてくれる人がいます。

ここには、“褒める”という行為の分散があり、人によって褒める意味や解釈が違います。

少しわかりやすくするために、ここでは“褒め行為はアイテム”としてお伝えします。

人によって褒めることは盾になり、剣になり、弓になり、回復魔法、透視術、宝箱を開ける鍵になり…。

盾や剣や弓、罠となるロープや落とし穴、覗き用眼鏡、心理探り魔法として“褒め”を使用する場合、「ちょっとうざい」なんてことになりかねません。

これは、自分のために褒めているからです。

褒める行為はとても大切なコミュニケーションツールであり、他者を喜ばせてモチベーションを与え、集団の結束や、活力と能力向上、中には才能開花を促し、たくさんの利益や恩恵を作ります。

これは他者のために褒めています。

“褒め”を、自分のためにフォーカスして使用することに何も悪いことはありませんが、どうしても起きてしまうことがあります。

自らが利益を得るために目の前の他者を利用する。

「この人、私を利用して、自分だけ利益(納得や満足)を得ている(または得ようとしている)」と気付く人は、褒める人を嫌い、苦手になります。

 

褒める人を嫌う理由:仮面の偽り

「この人自身のために私は使われている」

このように思う状態には、「嘘偽りで私を騙し、ニタニタと薄ら笑いを隠して我蜜を吸ってやがる」という気付きがあったりなかったり。

ちょっと言い過ぎですね。

言葉は違えど、褒めアイテムを自分だけのために使用すると、仮面を被って蜜を吸おうとする行為に見えます。

これは嫌悪を抱く理由になっちゃいます。

褒める行為はアイテムであるために、使い方次第で人のためとなり、自分のためとなりますが、人のために使用する場合には同時に自らのためにもなります(一石二鳥)。

ですが、自分のために使用する際には必ず策略や企みや目論見といった思考にて、相手を観察・様子見することが起きます。

そこで、特段目論まず、自分のためにも他者のためにもなるようにすれば、嫌悪を抱かせることはないのですが、仮面を被っちゃう。嫌われちゃう。

 

褒める人を嫌う理由:観察されることへの気持ち悪さ

さらに褒める人を嫌う理由には、気持ち悪さがあります。

仮面は仮面でいいでしょう、被りたいなら被りなさい。先方にも何か仮面を被らなければならない理由があるのかもしれません。

「ですが、仮面を被る前にどうして望遠鏡で私を観察していたのですか?」

この答えはしっかり聞きたいところです。

人を見ることは自由でしょうが、観察してマジマジと見続けることには、既に一歩仕掛けてきている節があると捉えてしまいます。

探り。

何か弁明としてこちらが納得できることがあればいい。それが洞察の場合です。

洞察は観察から意味を見出し、本人や観察対象の人に対する気付きや新しい発見の見出し、または成長や学びがあります。

しかし、観察とはただの自己満足であり、観察させてもらった対象の人に与える利益がなく、納得できる弁明になりにくいです。

すると、自分のみが利益を得るための探りとして観察し、ジロジロと望遠レンズをクルクル調整しながら、褒めポイントとなる内側を観てくる、己のために。

「はい、じゃあ見物料出せ」とまでは行きませんが、何か納得させてくれないと嫌いになっちゃう。
「だってあんた純粋に嫌なやつじゃん」と。

 

褒められるのが嫌いになる心理

嫌われる褒める人の心理

褒める人を嫌い、苦手になるのはおそらく自然なことです。

私達人間は他者にそんなに興味はありませんので、何か行為をする際の着眼は常に己です。

そのため、自分のために褒めることはいたって普通。

ですが、一方通行は会話でもビジネスでも人間関係でも何でも奇形を作ります。成立させるためにはどちらかが犠牲になるので、もはや一方通行はない方が良いと思ってしまうほどです。

Winwinという言葉がありますが、コミュニケーションが相互交流であるように、両者が行き交う流れが欲しいものです。

それをする褒め人は好かれます。
自らが発端となり、他者への利益を与え、それによって結果的に自分も。

「仕事のためにチームのみんなを褒めて伸ばそう、教育のために褒めよう」などと自らの利益を主体にして、他者の利益も得る、そんな流れもあると思います。

「自らは後回しにしてまずは他者の利益となる納得や満足から作ろう」と言う人は好かれます、モテます、重宝されます。自分のためを忘れない所が素敵な人たる所以となります(自己犠牲にならない)。

好かれる褒める人がいれば、嫌われる褒める人がいる。

後者がここの主旨ですね。嫌われるからには嫌われる理由が必ずあり、そこには嫌われる心理があります。

初めに心理の一覧をご覧ください。

嫌われる褒める人の心理
  1. 自らを劣等化させることでの利益追求
  2. 承認欲求を満たすための肯定される材料集め
  3. 自己納得による安泰確保
  4. 自己成長のために他者利用
  5. 価値換算による損得、恩徳計算からの保身目的
  6. 他者への劣等者明示によるマウント
  7. 弱みを狙う支配・コントロール欲
  8. 恐怖・危険回避の付着策
  9. 褒めてもらう快楽欲求

一つずつ見ていきましょう。

 

①自らを劣等化させることでの利益追求

相手を優越させることで自らを劣等化させる心理です。

自分が劣っていると思うことを主体に他者を褒め、自分と他者の間に格差を作ります。

自己否定、自己憐憫、現状納得、変化回避などの求めるものを手に入れる褒めアイテム使用となり、思考的に自らが利益を得ようとするので、褒める対象の人をしっかり着眼しません。

 

②承認欲求を満たすための肯定される材料集め

ルールに則って褒めることで自己評価を高め、さらに行為を他に披露します。

できるだけ褒めている状況を他者に広めることが目的となり、「はい今ー、私はこの人を褒め称えています、この私は、褒めていまーす!」と選挙活動を始めます。

 

③自己納得による安泰確保

自分の立場である役職、肩書、上司や親などの役割を全うするために褒めを使用します。

褒めることで義務を果たしたと思う自己納得に繋がり、「わたしは、上司として、部下をしっかり、ほ・め・た」という行為完了を欲します。

 

④自己成長のために他者利用

褒めることは人によってとても難しく、それが自分のためであっても見栄やプライドが邪魔をして、「恥ずかしい」とできない人もいます。

そんな時、頑張って褒めることで自己成長となる壁の乗り越えを目指し、そのために他者の存在を利用します。

他者は壁を乗り越える材料として認識するため、誰をどのように褒めるか以上に、自分が褒める行為をできたか否かが重要になります。

 

⑤価値換算による損得、恩徳計算からの保身目的

褒める行為を価値換算します。

褒める=「相手に利益を与えた」と認識し、損得、恩徳計算をし、家計簿に書いておきます。
「今日はお隣の○○さんを褒めたので、今日から一週間は褒める必要なし」と。

褒められた記録がある場合には、そのお返しをきっちり期日までにして、自らを追われない立場にします。

 

⑥他者への劣等者明示によるマウント

マウントを取る心理は他者を劣等者にします。

上から物を言う褒め方となり、「こんなに小さいのにスゴイね」「なかなかやるじゃん」と言葉と態度で真意を明示、自らが優越者であることを主体にします。

自分の存在価値や意義の見出しにもなり、我欲を貫くことで他者の存在の上で生きられる利益を得ます。

 

⑦弱みを狙う支配・コントロール欲

褒めすぎな人になる心理で、やたらと褒めだくってきます。

攻撃的なタイプは褒め続けることで、相手が心を許す隙を見計らう目的があり、弱みやつけ入る隙を狙うことで相手の支配を企み、コントロールして牛耳ろうとします。

保身的なタイプもおり、物をたくさん与えたり、褒めちぎることで自分が否定や攻撃されることを防ぐ、隠れた支配を試みる場合もあります。

どちらのタイプからでも、褒められると心地悪く、苦しくなる特徴があります。

 

⑧恐怖・危険回避の付着策

ゴマをスリスリ心理です。

他者肯定をすることで、自らが否定される恐怖と危険回避の防御とする褒めの盾使用。

心理的に他者から恩恵を得ようとする接待にもなり、見えないロープで強者をくくり、ぴったり後ろに付いて恐怖なし、そして強者の残り物を頂いて安泰ゲットします。

 

⑨褒めてもらう快楽欲求

自らを褒めてもらうための布石投じ。

見返りとして褒め返しを得る心理応用でして、相手から褒めてもらうことで脳内麻薬をドバッと放出、快楽に浸る喜びを目的に持ち、その足かせとして一旦褒めます。

以上が嫌われる褒め人の心理です。

褒める人それぞれの状態や人間性から心理が違い、目的も策も違いますが、全ては自分のために他者を利用し、褒める対象は標的や物という認識になることから、褒められる側は嫌悪を抱く理由となります。

 

褒められるのが嫌いな人の心理

褒める人の心理があれば、褒められる側の心理もあります。

褒められるのが嫌いな人は、褒められることで得る“喜びや嬉しさ”を認めたくない心理が考えられます。

そこには、「自分が喜んでいることを認めたくない」「他から喜ばせてもらっているとは認めない」といった拒否があり、自己肯定感の低さ、他者への支配欲の強さ、自己概念による己の支配などがあります。

ですが、このような心理がなくても、褒められることは嫌いになります。そんな方を対象にここでの内容をお伝えしています。

褒められるのが嫌いな人の心理としてお伝えしたいのは、洞察が深い人間性です。

言い方を変えると、感覚感受が鋭く、褒める行為の着眼がしっかりしている。

要約するとこうなります。

褒められるのが嫌いな人は、褒める行為の内側を感受し、気持ちを認識している。

人間に内側と外側があるように、褒める行為とは人間の所業なので内側と外側があります。

区分けするとこうなります。

褒める行為の内側・外側
  • 内側・・・気持ち(心)
  • 外側・・・思考(脳)

大きく区分けすると心と脳。二つを組み合わせることもできます。

褒めるとは、相手を対象に優れて良いと思う点を言い、称え、称賛するので、着眼は自然と相手(他)になります。

そのため、気持ちで褒める人は相手のために褒めます。

人と人の関わりで他者を褒め称える場合に関しては、気持ちに勝るものはないように思います。

褒められるのが嫌いな人は、この気持ちの感受性が高いため、気持ちの入っていない褒め行為に対して、中身のない空虚に感じてしまうことがあります。

中身がなければ外面しか見えず、それを見てしまうと嫌悪。見ずとも心理からの企みや思惑を感じ取ることで苦痛。

褒められるのが嫌いな人の心理からわかるのは、感覚や感性優位の人間性であり特徴です。

感覚や直観的に、「何かこの人におうな、くんくん」という具合に、企みにある影や朱色のドス混ざりが臭ってくる。

「同情するなら金をくれ!」という具合に、「褒めるんなら利益をくれ!」と思ってしまうのは致し方なし(私はね)。

 

褒められるのが嫌いな人は言葉の中身を読む

感受性がある人は中身に対する認識が加わるために、上っ面の行為や言動が見えやすいと思います。

「あなたはなんて美しいんだ、愛している」という言葉の中身がなければ、どれほど演技満載で涙を流し感動的なしわくちゃフェイスをしていても、おそらくこう聞こえます。

「あ・な・た・を、ピピ、ほ・め・て・い・る・ん・だ、ピピ、自・分・の・た・め・に、ピピプ」

褒める人も大変です。

せっかく褒めたのに、見え見えだとただの嫌な奴だとバレバレ。自らケツの穴を汚すようなことはしたくないものです。

褒めることでモテたり好かれたりと、自らの利益を拡大させる無限の可能性があるために褒める側も必死ですが、気付いている人には通用しない上に嫌悪を与えてしまう。

そこで、相手の喜びや全体としての利益を考えられる人であれば、褒めてもらうことに嫌味はなくなります。

自己認識を基に洞察するだけでなく、他者の立場や状態になって物事を考えて褒めることができる他者認識力が高い人は、喜んでもらえるようにと自然に気持ちを含めます。

如何に気持ちを含めるかにて、嫌味ではなく喜びや嬉しさを与える力となり、そこには人間ならではの“心”が表れます。

心の認知をどこかに感じることから、褒められる際に心を感じない場合には嫌悪を抱く理由になるのが、褒められるのが嫌いな人の自然な認識かもしれません。

※詳細は、褒められても嬉しくないのはなぜ。人間辞めた?いや、褒められてないかも をご覧ください。

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褒められ嫌いの改善

褒める人や、褒められる行為が嫌いで苦手なのは、褒める側の心理と、褒められる側の感受性が関わると考えられます。

好きになるか嫌いになるかはお互いの合致度合ですので、嫌いになる場合にはお互いに合致していない状態があります。

そのため、褒める人を嫌いだと思う場合には、相手だけでなく自らの認識を見直す機会にもなります。

そこで、褒められることに対する認識を少し変えると、なにかと自分のためになります。

褒められることが嫌いな場合には、若干なりとも、「褒める=嬉しいもの」という認識があると思います。

これがあると、褒められて嬉しくならなかった時に違和感や嫌悪を感じる“観念”(自分ルール)になります。

ここに何も悪いことはありませんが、この設定があると嫌悪を感じる機会が多くなるので、設定を変えるのも大切です。

それが、「褒める=嬉しいもの」というルールの撤廃です。

褒めるには内側も外側もあるので、人それぞれの褒めアイテムの使用方法があり、人によっては自分のためだけに使用する盾にしたり、剣にして攻撃すらしてくるのもいます。いろんな人がいます。

これらのルール撤廃した例が、お世辞、社交辞令です。

 

社交性の活用にて褒めるのフラット化

お世辞や社交辞令は社交性を高めるためのアイテムとなります。

そこに嬉しいも嫌いもなく、挨拶代わりとなり、コミュニケーションツールとなり、気まずい空間の対処法ともなり、両者のためになります。

お世辞や社交辞令はあくまでルール順守とお互いにわかりきったことですので、嬉しいなどの恩恵に期待するのはご法度。

初めから最後まで、お互いのためという割り切った社交性です。

「あら、お化粧のノリが良くて、お肌のケアを怠らない証拠だわ」
「あらま、ありがとう。あなたこそ髪の艶がキラキラと眩しいわ」

ここに気持ちなどありませんがそれは重要ではありません。

この基盤を念頭に置いておくと、褒めることへのルール化、固定観念化がなくなり、期待しなければ嫌悪も半減、褒められたいと他者へ執着する可能性もなくなります。

このルール化撤廃の恩恵は、自分を主体にできることです。相手に飲まれない、翻弄されない、自律を持って軸を確実に認識する一助となります。

褒められて嬉しくなければそれまで、それだけ。良いも悪いも、それ以上も以下もありません。主体性があると他者に利用されても気軽にあしらえるので、嫌いだと思うこともなくなります。

嫌いという状態は既に相手に飲み込まれたことで抱く感情です。

主体性を持ち、自律が育まれると、中身のない褒めであっても客観的にその行為を見ることができ、「この人は自分のために私を利用したいのかな」「これはお世辞だからお世辞で返しとこう」と冷静に気楽に対処できます。

すると、お世辞を活用して遊んだり楽しむこともでき、自らが気持ちを込めて褒める人になる道が開かれ、褒めることで相手を甘やかさず、怠惰にしない褒め方の理解にも繋がります。

いわゆる褒めることの意味が体感としてわかります。

フラットで偏らない認識はとても大切な在り方となり、常に自らが利益を作る主体と軸をもたらすため、褒められるのが嫌いな状態から改善に繫げることが重要かと思います。

 

褒める人が嫌いで苦手 まとめ

気持ちのある褒めか否か。

どちらも褒めることに変わりありませんが、嬉しいか否か、好きか嫌いかは全く変わってきます。

私達人間は誰しもが心を持ちます。

忘れている人も、見失っている人もいるかもしれませんが、常に自分の内側のどこかでフワフワしていることでしょう。

そんな心は気持ちの受信を担い、人と人の繋がりを体感させる見えない器官です。

繋がり、それは両者の合致を意味し、好きという喜びや嬉しさを味合わせてくれます。

そこにフォーカスを当てる人は、中身のない褒めに対して敏感に反応し、苦しみや気持ち悪さ、違和感に嫌悪として嫌いになる要因を味わってしまいます。

「そんな人は邪魔だから関わんない」というのは簡単ですが、嫌いになることから見える点を捉え、自らが褒められる人になる意識が大切かと思います。

褒める行為を嫌いにならないと、なかなか褒める意味や実情を知る機会はないため、気持ちのない褒めをする人も大切な学びを与えてくれる存在だったりします。

褒める人が嫌いな現状から見える何か、それが良いものであることを願います。

それでは、「褒めるんだったら利益くれ!」という感じでいきましょう。違うか。

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