生き方

「人生とは旅」みたいに生きると良い感じ│そんなことを思った旅の日

人生はいつまで続くのか、どこまで行くのか。

楽しめるだけ楽しみたい、喜べるだけ喜びたい。

だって自分の人生だから。

しかし、終わりが来るかも、突然かもしれない。
喜びを調整し、笑顔を作り、他者のために発言し、気を使い、優しさを取り繕い。

先のことや、周囲のことなど、不確実なわからないことを考えると、人生に迷いや悩みができたりする。

「人生って何なんだろうな?」

そんなことを思いながら、海外を旅していた時があります。

その時の答えはこうでした。

「人生って旅みたい」

旅をしている真っ只中だから、人生のことを考えていたから、そのように思ったのかもしれません。

ですが、日本に戻り数年経った今、同じ質問をしても答えは常に同じです。

人生とは旅。

そんな意味をお伝えし、人生を良きものとして過ごす一助、戯言になれば幸いです。

人生とは旅である

人生は旅の意味

人生って旅。

良く聞く言葉かもしれません。なんと釈迦のブッダもそのように言っていたそうで、そりゃ有名なはず。

これは真理かもしれませんね。

人生は旅であることにはさまざまな意味が集約されているように思います。

私は海外を約五年間旅していましたが、旅をすると確実に起きることがあります。

常に動くこと。そして、目的は持っていないけど確実に持っていること。

ん?
変なことを言いました。

目的はないけどある。

これ、人生っぽい理解があります。

 

旅の目的と人生の目的の合致

旅行や観光地巡りとは違うため、旅をすると目的地はあまりなかったりします。

もちろん人にもよると思いますが、どこに行くかの地点目的以上に、何を経験するか。
何を見るか以上に、何を感じるか。
何を留めるか以上に、誰と出会うか。
何を貰うか以上に、何を認めるか。
何を得るか以上に、何を創るか。

旅をすると、目的は自分の内側にあることがわかります。

あくまで私の認識ですが、旅の目的をまとめるとこんな具合です。

旅の目的とは
  1. 経験を増やす(記憶の彩り増し)
  2. 感覚と感性を磨く(心と思考の組み合わせ力増し)
  3. 認識幅を増やす(認知情報の革命的増し)
  4. 許容を広げる(精神性と自立増し)
  5. 創造性を高める(人生を楽しむ基盤の構築増し)

旅の目的を大きくまとめると、“生きている自分を明確にして、生きる意味を自ら作る”という具合です。

これをするためには経験と知識が重要になります。その両方が一石二鳥的に手に入るのが旅の経験であり、出会いです。

そして何より、旅の目的を得るために最も手っ取り早いのが“行動”です。

そのため、常に動き続けます。

常に行動するのは変化を作るため=生きている自分を明確にするため。
内側を育む目的は創造性を高めるため=生きる意味を自ら作るため。

人生の目的は人それぞれにあると思いますが、根本には喜び満足するため、幸せになるためなどがあるかもしれません。

それは喜ぶ基盤の自分を知ることであり、幸せを味わう、または作ることかも。

すると、旅の目的と人生の目的は合致するため、「人生とは旅なり」なんて言えるのかなと。

 

人生が旅だと思う理由

私が人生を旅だと思ったのは、常に変化していることを知ったからでした。

私達の身体は常に動き続け、血が流れ続けるように循環し、変化し続けています。

未来に何が起きるか、それらしいことは予測できても実際に何が起きるかはわかりません。そのため、人生を決め付けることは自らを抑制して、認識を狭め、生き方や価値観を支配して縛ることを意味します。

旅も同様に縛れません。

アフリカなんか行くと、夜のバス移動中に突然砂漠の中で止まって、乗客全員追い出されたりします。

突然結婚を迫られることも、ゲイに襲われることもあります。
マジで人を殺そうとしたり、喧嘩することも、助けられることも、家に泊めてもらうことも、路上で寝ることも、警察に取り押さえられることも、かくまってもらうことも、なんだか無限にいろんなことが起きます。

旅をスケジュール管理して、先行きを予測して、行動を決めて、出会いを決めて、見るものを決めて…、そんなことはできません。

もちろん人それぞれのスタイルがあると思いますが、スケジュール通りであることはイベント企画ですので、旅とはだいぶ違うのは旅人の共通認識かなと思います。

人生と同様に先行きを縛れないのが旅。そして、自分の知らない場所にいて、全ては自己責任になることも人生のよう。

そのため、常に変化するように動き続け、経験し続け、人と出会い続けます。

怖がり続け、悲しみ続け、喜び続け、笑い続ける。旅は常に動き、川のように場所から場所へ流れながら変化し続けます。

まるで自然の摂理のように感じました。

そう感じた理由は明確です。旅をしていると自らを縛るものが一つだけになり、それに屈服するか身をまかせるかが容易に認識できます。

恐怖です。

とてもシンプルにわかります。
「あ、私はここで寝るのが恐いんだ」「お金がないと不安なんだ」「恥ずかしいから自分を押さえつけるんだ」…。

誰にも頼れず、知らない場所では顕著に表れる縛りの元。

恐怖に負けて従えば、変化を拒み行動抑制します。
恐怖を認めたり克服すれば、変化を求めて行動まっしぐら。自分を止めるものはなくなります。

この変化し続ける様が明確に自分の選択によって起きていることがわかると、人生を自分で創り彩っている認知があります。

それが旅。人生を集約させているようです。

※人生の目的の話は、人生の目的とは何か│生きている意味からわかるシンプルな事実 をご覧ください。

 

人生とは旅? 旅とは人生?

旅とは人生だと思う理由

人生とは旅のようだと思いますが、実際には旅とは人生の方がしっくりくるかなと。

「旅によって人生の本来の形がわかる」という具合かと私は理解しています。

そう思う理由にあるのは、旅することで大切な常識を理解するためです。

それは、この世は全て自己責任、自分で責任を持つことが当たり前ということ。

社会性の慣れた場所では、責任を保険や保障といった制度や契約にて他を介入させるかもしれません。しかし、頼れる人もルールも知らない場所を点々とする旅では責任は他ではなく己のみ。

明白な事実。

何が起きても誰のせいにもできません。もちろん好きに人のせいにできますが、すると当たり前が当たり前ではなくなり、軸がなくなり他律となり、意志も意見もなくなり、恐怖に飲み込まれて主体性までもがなくなる可能性が。

言い方を変えると、生きている意味や認識や行動動機を自ら見出せなくなるかも。

「それって何のための旅?人生?」「ん~、さぁ、どうでもよくねぇ」

たしかに、糞ほどどうでもいい。

インドに行って騙されたと日本ルールを押し付けることはできず、インドにはインドの商売のルールがあり、やり方があります。

自己責任はあくまで自分のためです。自らを失わないため、認識を他に頼り、執着にて主観を手放さないように。

「責任は自分で持たないと嫌だ」と思えるほど、根源的な理解であることを旅が教えてくれます。

責任を持つと起きることは、自らを認識して理解しようとします。それがその場その場での対処法であり生き方となります。

 

旅も人生も本当に何があるかわからない

旅していると、本当にたくさんのことが飽きもせず起きます。

アクシデント、ハプニング、良きことも悪しきことも共々どもども。

突然のストーム、辺りの砂漠は洪水の川に変わり、テントごと流されて死ぬ思いをします。
突然の強盗、バスジャック、喧嘩、鉈を掲げて叫んで襲ってくるインド人ばばあ。こえーよ。
急に舞い込む儀式の世界。未知の時間に宇宙人との空間。訳わからないこともしばしば。

旅を続けていれば荷物が増えるかと思いきや、減っていきます。

それは旅に慣れることでの不安感の減少に伴う心理の表れでもあり、単純に物を誰かに譲ることも。そして私のように突然全ての荷物が盗難されてなくなることもあります。

人生も同じだと思います。
突然交通事故に遭うように、突然以外ありません。あるのはルールや思考というスケジュール管理の上。

物事は出来事でも出会いでも何でも常に突然であることがわかると、旅に対する関わり方=人生の向き合い方が表れます。

拒むか受け入れるか。
それは嫌がるか楽しむか。

旅を楽しむ人は、人生も楽しみます。

旅は人生そのものを集約して表しています。

それはまさに千差万別の旅のスタイルがあるように、人それぞれの人生のスタイルとなるように。

※旅に出たくなる理由は、旅に出たくなるのは心からの合図。一人旅にスピリチュアルな喜びがある をご覧ください。

 

旅の意味とは?

旅をしていると、世界中のさまざまな目的を持った人々に会います。

私のような自己探求型の人間もいますし、全てを捨てて日本を出てきた覚悟の挑戦者もいます。
目的を持たない人や、肯定される材料集めの人もいます。
自分探しの人や、恐怖を克服するための人もいます。
チャリ旅やヨット旅など、大きな目標達成としての試練を掲げる人もいますし、縛りなしで完全に楽しみたい人もいます。

たくさんです。

そんな旅とはいわば、人生の時間消費における特別な食卓、好きなものは取っておいたデザートタイム的なもの。

意味を見出すならば、こんな感じかなと。

旅とは、自分の内側に利益をもたらす人生の縮図。

旅することで人生を知るように、人生の肝をギュッとしたように、端的にポイントを散らばらせ経験を促す時間であり空間。

それは自らの内側を成長させ、喜ばせ、楽しませ、はずかしめ、強め、恐怖に気付かせ、自分自身を知らせる。

人生の在り方と生き方を自らに提示するように表す、旅。

旅とは人生、人生とは旅ではないかと思います。

※旅をしてわかる意味の詳細は、自分探しの旅にほぼ意味はないけど少し深みがある|海外旅5年間で気付く真実 をご覧ください。

 

旅も人生も結局これ

最後に、「両方結局これだね」という理解をお伝えして終了します。

まるで人生ゲームをリアルに体感するような旅の時間であり空間。あらゆることを学び、経験し、知ります。

たくさんの思い出もさることながら、記憶の蓄積による価値観や観念の育みと強化、能力と才能の気付きや促し、自分を知る時間は精神性と自立をもたらし、自分軸と自律を持ち、意志を持って物事を決定する力となる。

中には独自性を思い出すように見出し、解放的に自由に自分を露に、新しい抑制のない人生をリスタート。

人生を集約して縮小したような旅には、あらゆる気付きと行動があり、利益と理解があります。

そこには絶望と希望があり、光と闇があり、陰と陽があり、涙と笑いがあります。

旅で見える自分の裏と表、隠す必要もない表裏。それは始まりと終わり、終わりと始まりの一元化を物語り、旅の今日が昨日と全く違うように、人生の今日も昨日と全く違うように始まり、終わっていきいます。

そして終わって、始まっていきます。

旅も人生も、物事は常に変化し続け、全く同じ事も時もなく進み続けます。

旅をするとこのことが顕著になります。常に動き続けることでさまざまな人と出会い、あらゆることを味わい、毎日本当にたくさんのことが起きます。

それに嫌気がさした時に行動抑制する自分を嫌でも見ます。全ては隠せずにありありと表現され、自分を知る機会はいつでもどこでもあることを教えます。

人生も同じ。

同じ場所に居て、同じことをしている人は存在しません。毎日気温も違えば湿度も、風向きも強さも量も質も大きさも高さも、感情の起伏もストレスレベルによる体感感受も、認識の薄濃も、心の認知度も、疲弊度による肉体感度も‥‥。

何もかもが違う毎日があり、思わず聞きたい。
「昨日出会ったハエかい、君は?」

「違うよ、今日はずいぶん遠くから来たんだ」なんてことを言っているとかいないとか。

毎日いろいろなことが誰しもに起きています。それは外側も内側も何もかもが違う日々。

旅も人生も常に楽しめる。

それは自らが人生を創るか否か。

何を見て、感じ、思い、考え、想い、知り、学び、気付き、経験し、成長し、理解し、認識するか。

結局これ、自分で楽しむかどうか。それが旅であり人生の仕組みであり意味。

そんな話です。

※旅にて知った自由の話は、自由に生きた末路は絶望と希望│本当の自由を知ったアフリカのあの日 をご覧ください。

自由に生きた末路は絶望と希望│本当の自由を知ったアフリカのあの日何も知らずに“自由”だと思い込んで生きていました、あの日のあの瞬間まで。 私は海外を約5年間旅していた時があります。 その旅...

 

人生とは旅である まとめ

人生が旅であるならば、トイレに行くのも旅、ご飯食べるのも旅、自らの責任を持って、認識して体感して、自らの内側の利益を得ようとすることに人生の縮図があります。

生きていることを知り、生きる意味を自ら作る。そんな時間は人生となり、それを明確に表してくれるのが旅かと思います。

インドの釈迦は何を思ったのでしょう。インド中を旅する人生を選び、さまざまな場所であらゆる出会いと経験を得て影響を与え続けたと言われています。

私はインドが好きなので、いくつものブッダ所縁の地を巡りました。

幸運にも場所場所の僧侶の方々と出会い、どこにいくにもあらゆることを教えてもらい、自称ブッダタイムと呼んでいる、関連の経験と知識を育む大切な時間がインドとネパールに居る際にはありました。

その経験によって私の価値観は大きく変わり、ブッダが7年間瞑想に明け暮れた修行の洞窟にて、少し座って考えてみました。

「人生って何だろうな?」

「うーん、わかんなぇ」と私。

ですが、その後にブッダが命からがら助けられてミルク粥を貰ったと言われる場所に歩いている時、ふと思いました。

「私は今ここを元気に歩いているが、2500年ほど前にはここをブッダは死ぬ思いで這いつくばっていたのかな?」

水の干上がった乾燥地の土の上を歩いている自分に対して、「私は今、元気にこうやって歩いている。前に進んでいるようで、人生みたいだ」と感じます。

すると、「人生って旅みたい」と思いました。

常に変化を続け、進み続ける内側の利益であり成長となる旅。素敵で大切な時間を体感し、旅のように人生を生きて良ければいいなと心から想いました。

そんな記憶から、人生とは旅である理解をお伝えした次第です。

何か少しでも役立つ内容であることを願います。

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