生き方

本気で生きる人生を覚悟│恥も体裁もない子供と動物が教える生き方

日々の生活の繰り返しがあると惰性で流れていく時間があり、本気で生きることを忘れる可能性があります。

本気で生きることを忘れることは、自分の存在を忘れていくことと同じ意味を持ちます。

悪いことは何もなく、人生には人それぞれの意味があり、「本気で生きるべきだ」という思い込みは特に必要はないと思います。

ただ、本気で生きると自然に人生が楽しくなる仕組みがあることを、ある時に知ることができました。

そんな本気で生きる生き方を見本として教えてくれたのが、子供と動物です。

子供と動物が教えてくれる人生を本気で生きる意味と、そこにある覚悟について、私の体験にて理解したことをお伝えします。

本気で生きることを求める方に役立つ知識であることを願います。

 

本気で生きるとは

本気で生きるとは裸で生きること

本気で生きるためには、本気で生きてもらう対象の『自分を把握する』ことが大切になります。

自分とは何かを考えてみると、裸で生活をする状態がまさに“自分”です。

裸で生きている自分の状態に、道具や権利や保障、見栄や肩書や思考やエゴを持つことで、自分を外側から装飾します。

着飾りながら生きていくことで、物質的な安泰や不安感の除去の効果を見出すことができるので、人それぞれの喜びとは別の“思考の納得”をもたらして満足します。

同時に、自分が確立されていない状態でアイテムを使用して着飾ることで、自分を見出す前に依存や執着が生まれ、自分の力で生きていることを忘れる可能性があり、本気で生きることをしなくなります。

そのため、本気で生きるとは自分の意志を持って、裸の自分として生きることです。

 

全てを自分の責任の基に生きる

裸で生きることは、起きる出来事は自分の意志と選択でしかできなくなるので、必ず責任が伴い、自分の責任の基に生きていることを自然と理解します

これは極論です。
この状態をゼロ状態として自分なりに調整して、生きている意味のために装飾を活用して生きていきます。

生きる上で自分の意志による選択があり、根底には自分という裸の存在がおり、そこには自分の生きる力があり、それを個性と言う。

 

本気の意味とは自分に嘘をつかないこと

本気で生きることには、初めから終わりまで“自分”以外の存在はありません。

登場するのは自分だけで、自分に対して使用する言葉で、自分の状態を表す言葉で、自分という存在を表現する言葉としての意味があります。

本気で生きることの理解にあるのは、“自分”に対する意味であることと、言葉にある“本気”の意味です。

「本気」の言葉としての意味はこのようになっています。

本気とは : 引用 コトバンク

冗談や遊びなどでない、本当の気持ち。真剣な気持ち。また、そのような気持ちであるさま。 「 -を出して頑張る」 「彼の言ってることはどこまで-なのかわからない」

本気とは真面目な気持ちで、語源からは“物事の大切なこと”“中心にある気持ち”を表しています。

本気の対義語 : 冗談、戯れ、嘘ん気

引用 反対語大辞典

本気の対義語は、冗談や戯れや嘘であり、本気で生きるとは冗談や偽りなく真剣な気持ちで生きることとなります。

自分に嘘をつかないで自分として生きることであり、偽らなければ本気で生きているのが当たり前である標準状態があります。

その為、本気で生きることが当たり前で、偽る必要性や本気では生きたくない理由や原因があることで本気で生きることをしなくなります。

※嘘をつくと自分を見失う話は、虚言癖を治すにはジーっと感じる|子供から始まる嘘をつく癖とお別れ をご覧ください。

虚言癖を治すにはジーっと感じる|子供から始まる嘘をつく癖とお別れ口から出る出るでまかせが。 虚言癖の嘘は止まりません。なぜならば、嘘をつきたいとかつきたくないとかの概念はなく、「嘘は私の身体機能...

 

本気で生きる覚悟

本気で生きるために自分を知る必要がある

私は完全に自分を見失って生きていたので、本気とは程遠い空間を彷徨っていました。

しかし、ある時に呪縛を解くように会社員を辞めて、自分の意志に従って、「もう我慢の限界だ、自分がやりたいと思ったことをやってやるぞ!エイエイオー」と一人で何やら張り切っていました。

私の場合はある気付きがありまして、ずっと「お金と安定が大切なものだ」と思い込んでいたのですが、一生懸命に働いてやっと大きな昇給が決まった際に、「ありゃ、いらないじゃん、それ」となったんです。

ずっとそれを求めて頑張っていたのですが、実際に体感したのは、「いらないんかーい」と自分につっこんでいる自分でした。

そして、ポイポイッとこれまで信じてきたものを捨てることにして、退職して海外に出て、五年間グルグル海外を周って、森で生活したり、さまざまな人と出会ったり、シャーマンと生活したり、宇宙人と会ったり、民族や都会での暮らしをしたり働いたりして、気付くと変人と化していて、絵を描いて売りながら旅をしていて、絵描きになりましたという状態です。

この道中、メチャクチャいろいろなことがありました。
ですが、全ては自分を知るための経験で、気付くと本気で生きている自分がおり、その際に『本気で生きる覚悟』というのが実に気楽なものだと気付きます。

本気で生きる際には、自分の意志と選択があり、全ては自分の責任の基に認識をすることになります。

そのため、本気で生きる覚悟がとても大切になります。

覚悟とは何なのか?

【覚悟】の意味を辞書で調べるとこのようになっています。

覚悟とは :  引用 コトバンク

・危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすること。
・迷いを脱し、真理を悟ること。(仏語)

覚悟とは、不安感や恐怖心を克服したり、打ち負けない意志を持つように解釈できますが、仏教用語として、「迷いを脱し、真理を悟ること」とあります。

それらを総合すると、不安感などのネガティブな思いを悪とするのではなく、“自分を確立することで、物事が起きる前から不安感を感じない自分になること”と解釈できます。

覚悟とは、生きる上で常に持っている“自分の力と責任を信じる気持ち”です。

本気で生きるには常に覚悟がつきものとなりますが、覚悟は本気で生きていなくとも常にあるもので、生まれた時からあるものだとわかります。

・本気で生きることは、自分の人生は自分のものであり、自分の責任の基に生きていることを認識すること。
・覚悟なく生きている状態は自分を見失っていることを表す。

※覚悟をすると悟る話は、悟りを開くとはみんな知っている目覚めの意味 をご覧ください。

悟りを開くとは自分を知る光明│全員悟ってる仕組みに方法とポイント悟りを開くことで人生を自分のものとして認識し、人生の始まりとなります。 生命を宿した肉体を持ちながら自分の人生の時間が流れ、自分の...

 

本気で生きる覚悟は気楽な幸福願望だったりする

覚悟をすることで、自分の人生は自分のものであることを認めます。
そして、自分を確立し、自分の力を信じて生きていきます。

なんだか自分探しのようなにおいがプンプンしますが、実は覚悟とは誰しもが常にしていることで、とても気楽なものです。

それはラーメン屋に行ってラーメンを食べることです。
パラシュートで上空10,000mからダイブすることです。
毎日ご飯を食べることです。

どれも自分の意志があり、ラーメンを食べたいからラーメン屋へ行き、空を飛びたいから上空まで行って飛び落ち、生きていたいからご飯を食べます。

自分として生きる意志があり、自分として生きているが故に行動します。

意識すると、常に自分の意志で自分のために行動をしていることがわかります。

 

本気で生きる覚悟とは自分を喜ばしながら幸せになる決意

自分を喜ばすための動機があり、行為に及ぶので、覚悟をして本気で生きることは自分を幸せにする意味だとわかります。

ラーメンを食べて喜びたいからラーメン屋へ行く決意をします。
空を飛んで、経験をしたり楽しい想いを味わいたいからダイブします。

本気で生きるとは、自分を喜ばし幸せになることで、“生まれてから一番初めにする意志表明が覚悟”です。

「私は私の人生を生きて、私を幸せにする」

本気で生きるとは、一瞬一瞬を認識し、自分を喜ばせると覚悟することです。

道具やアイテムは、より自分を喜ばし幸せにすることを促しますので、活用をします。
しかし、覚悟を忘れてしまうことで、アイテムや人に依存して頼り、責任転嫁を始めます。

それは、エアコンを付けたまま過ごすことで、自分の体で体温調節ができなくなり、体が弱って風邪をひいた時に、エアコン会社を訴えるようなものです。

覚悟を忘れないことで、アイテムを自分のために活用します。エアコンは自分の付けたい時に決意をしてスイッチオンで、心地良さを味わいます。

・本気で生きるとは認識のこと
・本当は誰しも常に本気で生きている
・覚悟を忘れずに生きていること、自分を喜ばしていること、自分は幸せなことを認識することが、本気で生きること

 

本気で生きるとは自分を確かめること

本当は本気で生きています。しかし、自分の行動や意志や決意を認識していないと、そのように思えなくなります。

それは何のためにご飯を食べているかを認識しないことと同じで、1日3回ご飯を食べる場合には、3回食べる理由があり意味があり理解があります。

「みんなが3回食べるから」という答えは答えではありません。
「食べたいから食べる」と自分を喜ばし、満足して幸せになりたい意志が答えであり、その自分を認識することで、本気で生きることになります。

生きていると物事や目の前のこと、そして自分自身を感じて、考えて、思うことがあります。

一つ一つの自分に起きていることを認識して生きることが本気で生きることです。

※一人で生きる際の覚悟の話は、一人で生きるのは覚悟ではなく選択│自分がいるから一人が良いの をご覧ください。

一人で生きるのは覚悟ではなく選択│自分がいるから一人が良いの一人で生きることは、「一人で生きていけますか?」という質問に対して、一人で生きたいか生きたくないかの答えが意味する生き方です。 そ...

 

子供と動物が教える本気で生きる生き方

本気で生きることを教えてくれる完璧な見本は、子供と動物です。

子供と動物は、本気で生きることの意味を“生き様”として示します。

子供と動物は思考する自我の情報が少ないことでより感覚的に生きることになり、潜在意識に従う無意識な状態でありのままに生きます。

言い方を変えると、何も考えていません。ただ、全てを“感じることで認識”しています。

 

思考以上に感性優位で生きる子供と動物

無意識での生き方となることで自然発生的に成される行為や、心に従った行為と本能で生きることになり、脳の思考以上に感覚や感性を心で感じます

子供や動物は、目の前のことを自分で認識することから生きる行為を始めます。

事前に知識としての情報がないので、自分の知恵を作るために、「どうしてそうするのか?」「なんでそう言うのか?」「何のための行為なのか?」と目の前のことに質問しながら経験します。

それが他人による行為であれば、他人に、「どうしてその行為をしたのか?」の理由を訪ねて、脳に知識としてインプットしていきます。

・子供と動物は自我に蓄積している情報が少ないので、他の情報ではなく自分自身の知恵を基に日々を生きていく。
・知恵を蓄積するために、日々の生活で起きることや自分のする行為を、見て、感じて、経験して、理解して、受け入れて、認識する。

“生きるには本気でないと生きられない”というのが自然界の前提ルールとなります。

幼少期や赤ん坊、生まれて間もなければ間もないほど自我とエゴが少ないので、生きるための本能を駆使しながら、一瞬一瞬の経験を繰り返します。

話せるようになれば、行為をより深く認識するために周囲の人に、「どうして?」とその行為を選択した理由や意味を訪ねます。

そして、自分がより良いと想える知恵を育み、物事を認識しながら生きていきます。

 

心を主体にする生き方

感覚や気持ちを感じることで一瞬一瞬を認識するので、物事や目の前のこと、自分のことを認識して生きるのが子供と動物です。

感覚や感性の感じるものは、今この瞬間にしか認識できません。
今認識しなければ、あとは“記憶”として、「こんな感じだった」という思考が出てきて過去になります。

  • 感覚と感性を感じる心は今を認識する
  • 思考にて考えるのは過去か未来の記憶を捉える

過去のことを認識することは、今この瞬間に起きている感覚や感性を見過ごすことを意味しており、「幸せだなぁ」「嬉しいなぁ」と喜びを認識するのは感覚からの気持ちであり、心です

思考を基に生きることは、今感じる喜びを認識できなくなり、今幸せだと感じていた気持ちを見過ごしてしまい、「今、おばあちゃんの荷物を階段の上まで運んであげて、良いことをしたなぁ」と認識することとは別に、「今日、良いことをした、ピピピ」という知識情報となり、そこから喜びを見出すには、「良いことをしたら認められる」「褒められる」「評価される」などの他者の反応が必要となり、自分の人生の主観が他になります

「今、おばあちゃんのために良いことをして、喜んでもらったなぁ」という時の気持ちを感じて生きるのが子供と動物で、今を認識することで感覚と感性の心を主体に生きることとなり、自分を認識するので本気で生きることになります。

一瞬一瞬の判断は感覚的に選択をしており、体が覚えていたり、心が感じたひらめきや直感に順じます。

心と体が感じる感覚と感性を主体にすることで、今を認識して生きることになり、気持ちや直感を認識しながら自然と本気で生きることになる。

※本気で生きると別人になる話は、別人になる方法は森が教えてくれた|人生を変える計画 をご覧ください。

別人になる方法は森が教えてくれた|人生を変える計画「幸せになりたいなぁ」と森を彷徨っていたようないなかったような。そんな時、森の自然は別人になるきっかけをくれました。 自分の中に自...

 

自分を表現することで本気で生きることになる

本気で生きる子供や動物は、ご飯を食べる時も全力で食べ物を認識して味わいます。

好きな食べ物は全力で欲しいと感じ、嫌いな食べ物は全力で食べたくないと感じます。

味を本気で感じ、その時の気持ちを本気で認識し、その時間を本気で生きているので、そのままの反応として“表現”します。

「おいしければ最高においしい」「まずければクソまずい」です。

お肉が嫌いであれば嘔吐をしてまで拒否し、泣き叫ぶほどに辛く過酷な戦いを両親と繰り広げます。

 

自己表現に我慢をしない

自分が認識したものをそのまま表現することが本気で生きる状態で、物事を認識すると自然と表現され、表現方法は完全に人それぞれです。

ですが、表現をしない場合は、「表現しない」と思考しなければできません。

その際には、“我慢”、“体裁”、“嘘”、“取り繕い”などの表現をしないことの方に利益があり、私達日本人の場合は、“恥をかきたくない”、“批判されたくない”、“否定されたくない”という恐怖心と思い込みが理由にあります。

子供も動物も自己表現の抑制をする気はありませんので、独り言をブツブツ言ったり、泣き叫んだり、嫌なものは嫌だと言います。

それは自分勝手ではなく、ただ自分の認識をそのまま表して表現している状態で、本気で生きるとそのようになります。

しかし、社会性のある中で子供のように生きることは難しいので、脳を使用して調整をしながら、自分にとっての本気で生きる姿が生まれます。

我慢や他者の反応をメインに気にかけることで、本気で生きる度合いが減っていく。
「独り言はしてもいいでしょ」というように、自分なりに我慢を減らす調整をすることで、本気で生きる度合いが増えていく。

 

恐怖と依存のない生き方

子供や動物は、遊ぶ時も全力で体力を使い果たすまで動き回り、怪我の心配などは皆無です。

脳を使いだすと、「これ以上動くと脚がヤバイかも」「明日の保育園のジャングルジムでの遊びに支障をきたす」と、体の使い方を調整します。

しかし、子供は脅されて強制されない限りは遊び続けます。
怪我が治りかけでも、全力で遊ぼうとします。

「怪我をしたからなんだ」ということではなく、先のことや現状維持への依存がないので、先を考えません。

先を考えるときりがありません。
車にひかれるかもしれませんので、外に出ることもできなくなります。

恐怖と依存は思考にて作り出す思い込みであり、恐怖心から逃げる方法。
思考が減ることで恐怖と依存が減り、本気で生きることになる。

※自己表現をする話は、自己表現を絵でする、その心は?|娯楽か遊びである。をご覧ください。

自己表現を絵でする、その心は?|娯楽か遊びである。「言葉で自分を表現できないので絵を描く」 私が絵描きとして個展や共展をする際に、良く聞く言葉です。 私はあまり絵の説明や意味...

 

本気で生きる方法

本気で生きるには自分に負けない意志が必要

「どうして偽って生きているのか?」

偽って生きる理由には、自分を出すことへの恐怖と不安があります。
それは他者を主体にした体裁や取り繕いがあり、自分がメインではなく、他者の反応が中核である生き方があります。

本気で生きる方法は自分のみを対象にした意味があるので、他者は完全に不要な概念です。

本気で生きることは標準で当たり前の前提があるので、本気で生きる方法に必要なことは一つだけです。

それは、自分に負けない意志です。

本気で生きる方法 : 自分に負けない

  • 他者を気に掛け体裁を優先する思考の自分に負けない
    → 恐怖や不安を持つ自分に負けない

本気で生きないことの利益にあるのは、“自分と戦わなくていい”、“ネガティブな創造力を養う”ことです。

戦う必要はありません。
“怖気ずく自分を認識することが本気で生きる方法”となり、自分に打ち勝つのではなく、自分に負けないことが重要になります。

そこで、自分に負けない意志を出させないように邪魔をしている存在がいますので、邪魔者を対処しましょう。

 

自分に負けないために依存の手放しと許し

本気で生きる方法に必要な“自分に負けない意志”を出さないように邪魔をするのが、“恐怖”と“依存”と“執着”です。

それらを手放すことで本気で生きる人生が始まり、そのために、“自分への許し”が大切になります。

本気で生きるために必要なこと
  • 依存と執着の手放し
    ・・・自分を偽って生きていた時間に作った環境への思い、周囲を利用して自分の存在価値を見出すことへの依存と、過去の努力と忍耐と苦労と労力の蓄積への執着を手放す
  • 自分への許し
    ・・・自分を偽っていたことで本当の自分に対して行った所業、押し付けや強制を自らに課せた行いに対する怒りの解放と、労りと敬いの愛する気持ち

依存と執着の手放しも、自分への許しも、今の自分の考え方や生き方、生活状態や環境と相談しながらバランスを取ることができます。

自分の優先を考え、その中で本気で生きる方法への選択を増やしていくことや、環境を少しずつ変えて、本気で生きることができる状態を作ることなど、人それぞれの選択をすることが大切になります。

その際に必要なことは、『今の自分を受け入れること』です。

・どんな自分でも、恐怖があっても依存があっても、自分を大切に敬い、愛することで受け入れることになる。
・本気で生きることは自分を喜ばして幸せにする決意であることから、自分を愛して受け入れることも同義として必要になる。

※本気で生きるための許しの話は、許すことなど存在しない│許さない思いと事実を知ると見えるジーザスな自分 をご覧ください。

許すことなど存在しない│許さない思いと事実を知ると見えるジーザスな自分許す、許さないという言葉を使うと、何だか許す側に主導権があるように聞こえます。 実際に何を許すのでしょうか? 自分?他者?あ...

 

本気で生きることは自分の能力を引き出す

最後に、本気で生きることの良さを共有して終了とします。

本気で生きることはとても楽しいものとなります。

他者を敬う気持ちは大切ですが、本気で生きることに他者の存在はありませんので、自ら強引に入れ込まなければ入ってきません。

子供のイベントやスポーツ大会が楽しいのは、人々の本気で生きて楽しむ姿を見られるからかもしれません。

本気で楽しんで練習したからこそ、甲子園では本気でプレーする姿を出せるように一生懸命に野球します。

そこに苦しみや忍耐があれば、それは本気の意味が変わり、本気でプレーする理由が怖れの対処となり、「監督に怒られないように」「自分の見栄を守るために」という動機になります。

辛さに耐えても最大限の力は出ませんので、競い合いのゲームでは、楽しく本気で生きる人には敵いません。

 

本気で生きることの良さは、自分の最大限の力を引き出す喜び

本気で生きる場合、どれほど緊張をする場面でも自分に焦点を合わせます。
「恥をかきたくない」「うまくできなかったらどうしよう」という体裁や見栄を気に掛けることをしません。

これまでの練習を披露する演奏会があれば、本気で披露するために自分に集中し、不安感も恐怖心も打ち除けて力を出します。

そこに練習による自信や、自分への許しである自分を大切に愛する気持ちがあればあるほど、他者の反応を優先して自分を見出そうとする依存や執着を手放すことを容易にし、勇気という力を生み出します。

すると、自己表現は喜びと解放の意味が加わり、最高に楽しい時間となり、自分の力を最大限に発揮します。

本気で生きることは本当に楽しいものとなり、それは何よりも自分のためであり、幸せになることです。

※今を生きる生き方は自然と本気になる話は、今を生きるとはどういうこと?│以外に知られていない意味と目的 をご覧ください。

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本気で生きる まとめ

「本気で生きる必要があるかどうか」
自分自身に本気で確認をしてみると答えを持っていると思います。
それは、本人のみぞ知ります。

本気で生きることで一瞬一瞬を大切に感じ、時間を敬い、自分を敬います。

本気で生きることは、幸せになることを覚悟することと同じ意味です。

本気で生きる覚悟をすることで自分の行為への認識があり、物事の受け入れと心地良さがあり、生きている意味の実感の理解があり、笑える現実があり、生きている幸せがあります。

自分の思考も生活も幸せさえも他に委ねられる今の時代、全ては自分自身の選択と意志で決まります。

他に依存できるのも、自分を失くせるのも今の時代ならではのことであり、それを経験することにも意味があります。

しかし、経験をして違和感があれば、それは自分に合ってはいないことを意味します。
それならば、人生を本気で生きる時かもしれません。

本気で生きることを止めるものは何もありません。

覚悟をすることはとても気楽なもので、常に一瞬一瞬起こり続ける受け入れの行為で、全ての責任を自分のものとして認めます。

子供のように動物のように自然のように、あるがままに生きる姿は自分だけの自分の時間であり、自分の人生です。

子供と動物が教えてくれる生き方には、“恥と体裁”を気にする概念は一切皆無です。

思考も大切ですが、自分が何をどう感じているかを認識することは、自然と“今を生きる”ことになり、気付くと自己表現にて独り言をブツブツ言っているかもしれません。

それは既に本気で生きている表れとなり、楽しい時間の始まりです。

ぜひ本気で生きて、もっともっと幸せになりましょう。

本気で生きるための参考として役立つことを願い、話を終了します。

それでは、最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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