人それぞれ

自分を愛する方法はスピリチュアルな自己中心|自分勝手とは違う認識

自分を愛するとは気付くことかもしれません。

自分を愛することは、環境を活用した上での完全なる自由を与える生き方であり在り方です。

それは自分勝手とは違い、私達人間の基本認識としてただ存在することです。

そんな自由な自分を理解するためにスピリチュアルな認識を含めると、自分を知り、魂を成長させて自分を取り戻す話になります。

物事は自分なりに理解することで進んでいきますので、自分を愛することの意味を知り、方法を見ていきましょう。

自分を愛するとは、実は何もないそのままのことかもしれません。

自分を愛するとは

自分を愛する意味

“自分”を”愛する”ために知っておきたいことは、二つです。

  • 「自分って何?」
  • 「愛するって何?」

この二つを知ることで自分を愛する方法が自然と見えてきます。

初めに、”自分”を知ることで、愛を与える矛先を明確にしていきます。

 

自分とは脳と肉体と心

考えて感じて想う。

私達は、『脳+肉体+心』を組み合わせて成り立ちます。

そこに、「私は私」と自分を認識する”自我意識”を持つことで自分が完成します。

自分とは : 脳 + 肉体 + 心にて構成された自我意識
  • 脳…思考や感情や記憶の出し入れ
  • 肉体…運動記憶や感覚感受
  • 心…波動や気持ちを認識する

 

自分とは拒否しないそのままのこと

自我意識には三つも認識の基があるためにバランスを崩してしまうことがあります。

すると、脳の思考や感情に偏ったり、肉体の感覚に偏ったり、心の波動や気持ちに偏ったりと、過不足が作られて自分らしさに差が発生し、自分がわからなくなります。

過不足が起きても何でも、「これが私」と考えたり感じたり想ったりして認識すれば自分そのものです。

しかし、「これは受け入れない」「こんな現実は嫌なので拒否する」「こんなことが起きるはずがないから信じない」という、目をつむって現実を拒否する人間性や認識があると、「これが私」と思っている自分自身に対して、不信感や心を開けなくなります。

それが、自分で自分を信じられず、自尊を持っていない状態です。

信じられなくなることで現実を偏って認識するようになり、脳だけの思い込み、心だけの思い込みとして不自然な状態になります。

自分とは存在することをそのままに認識することであり、不自然な状態をなくした時に在る自分です。

それは、“拒否”がなく、自然に起きること、あることをそのままにする自分です。

自分とは、拒否のないそのままの自然な様
※拒否、受け入れない、疑いをせず、現実をそのまま認識する

 

愛するとは

自然な自分は、起きること、あることをそのまま認識します。

お腹が空けばお腹空いたと考え、何か食べたいと感じ、行動して食べ、幸せだと想います。

本当にただそれだけです。

そんな自分を愛するとは、実はただそのままです。

愛するために必要な行為はなく、自分として生きることが既に愛する行為になります。

詳細を見ていきましょう。

 

愛するとは受け入れること

愛という言葉はさまざまに利用されます。

誰かを愛し、最愛の人を持ち、無上の愛を感じ、愛を失い、愛に彷徨う。

愛に男女関係や性行為が必要なルール設定はなく、親への愛、子供への愛、ペットへの愛、自然や地球への愛と、人それぞれに愛を抱きます。

愛は一方通行では成り立たず、そこに愛すると好きの違いがあります。

好きであることや恋は一方通行で自分の喜びがあれば成り立ちますが、愛とは相互認識にてお互いが繋がるために、成長や共有や調和など、お互いの喜びとなります。

そんな愛とは、“敬い”という意味です。

敬いとは自分への敬いと同時に他者への敬いが含まれ、”自他への敬い”が愛です。

そんな敬いは自分も他者も尊重して尊敬する意味ですので、そこに拒否や疑いの”受け入れない”という行為も認識も気持ちもありません。

言い方を変えると、受け入れることが敬いであり、何をしてもそのまま認め、迎え入れる受け入れができることで愛することができます。

愛するとは、認めて迎え入れる“受け入れ”。

 

拒否のないそのままが自分を愛すること

認めて迎え入れる受け入れは、認めるだけではありません。

迎え入れることで受け入れることができ、完全に拒否のない様が必要です。

そのため、受け入れるとはするかしないかではなく、できるかできないかです。

そんな受け入れを自分に対してすることが自分を愛することです。

自分を愛するとは : 自分であることを受け入れること
※そのままの自分に拒否しないこと

どんな自分でも受け入れることができれば自分を愛しています。

それは、どんな自分でも拒否しないことと同じ意味であり、そのままの自分であることを敬うことができると、自分を愛することになります。

※愛についての詳細は、愛とは何かを紐解くスピリチュアルと哲学|想いに種類と意味がある をご覧ください。

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自分を愛すると悟りの関係性

自分を愛するために、そのままを受け入れ、そのままであることに拒否しない。

言葉で言うのは簡単ですが、なかなかできることではないかもしれません。

拒否のない受け入れとは、言い方を変えると“悟り”の状態です。

悟りとはエゴと言われる我と自分が分離することでして、字の如く、我という認識から、自を分ける自分に移行することです。

  • 我は我・・・エゴ
  • 自分は自分・・・エゴと自が分離

エゴとは自分を認識できない意識のことで、我とも言います。この状態では、自分を認識するために他者と区別して比較します。

「あの人より私は優れている、そんな優れているのが私だ」
「あの人より全然ダメ、そんなダメなのが私だ」と認識するのがエゴです。

このエゴと分離することで自分を自分で認識し、そのままの自分を認めて迎え入れ、拒否しません。

自分として存在することが当たり前の状態では認めるも受け入れるもなく、拒否しない自分がいることで、受け入れるも受け入れないもない、敬うも敬わないもない、受け入れのみ敬いのみの認識になります。

なぜならば生きていることが既に受け入れの結果だからです。

人生は意志と選択でいつでも終えることができるので、常にご飯を食べて、休息して、物事を見て・感じて・考えている時点で既に敬いだらけです。

生きていて自分を認識することは常に自分を愛することとなり、悟りを開くことで自分を愛することが当たり前の状態になります。

悟りを開くことで自分を認識して拒否のない在り方となり、常に自分を愛する状態

「よっしゃ、それじゃいっちょ悟りますか!」となれば気楽なものですが、なかなかそういうわけにはいきません。

受け入れること同様にできるかできないかでして、自分を自分で認識して、拒否のない在り方を基本ベースにすることが簡単なら誰も苦しまず、みんなハッピーハッピーです。

しかし安心してください。悟りは開かずとも、自分を愛することができます。

 

悟りは「自分を愛する」とも考えない

悟り状態では、自分を愛することが当たり前で、そのままであることなので、「自分を愛そうかな」と思うことはなく、生きているそのままが常に自分を愛する状態です。

そのため、「自分を愛そう、愛したい」と思う認識は、自分を愛していないことを認めている状態を教えます。

自分を愛することを目的にするのは、自分を愛することに近付く意味でして、目的のために行動して継続することで気付けば自分を愛している在り方になっています。

実際、悟りを開いているかどうかは重要なことではなく、「自分を愛する」ことを目的にする意識が大切となり、そのための行動動機や継続する活力や意志が重要になります。

拒否しないことが愛することとなるのは悟りによって得る認識ですので、まずは、認めて迎え入れる受け入れができるようになるかどうかが、自分を愛することができるかどうかを分けます。

悟らずとも悟りの状態を知ることで、自分を愛するためのヒントが見出されます。

悟りによって理解できる自分を愛する豆知識

  1. 拒否しない様ではなく、受け入れられるようになる人間性が大切
  2. 「自分を愛したい」と認識していることは、“自分を愛していない現状”を認識している意味

これらの二つが、自分を愛する方法のヒントになります。

※悟りのスピリチュアルについては、スピリチュアルな目覚めの兆候にエゴとの対談|光と共に覚醒の始まり をご覧ください。

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自分を愛するスピリチュアル

自分を愛する方法をお伝えする前に、スピリチュアルな認識にて自分を愛することの意味がよりわかりやすくなると思うので、ぜひ見ていきましょう。

自分を愛するスピリチュアルな意味

これまでの内容にある、拒否なく、受け入れられる自分がいることは、“赤ん坊”のことです。

誰しもが赤ん坊だったことを考えると、そんな過去の自分の状態になることが自分を愛することであり、愛して生きていたことになります。

赤ちゃんにはエゴどころではなく自我意識がありません。

「自分を自分だと認識すらしていない…最強か?!」という感じですが、ベイビー最強です。

自我意識がないことは覚醒にてワンネス意識にて生きていることを意味し、悟りどころの騒ぎではありません。

覚醒とは悟りにてエゴと分離した後に、自我意識と分離することです。

それは、“全ては一つ”というワンネス意識に所属して、「私もあなたも同じ」という全体の認識になります。

スピリチュアルな認識を含めると、自分を愛することは赤ちゃんの時に認識していた自分を取り戻すことであり、魂を成長させる意味があります。

 

自分を愛する赤ちゃんが自分を愛さない経験をする意味がある

私達赤ちゃんは生育と共にこの世のルールや常識を他者からインプットされ、自分を見失う時間が始まり、エゴを増やしていきます。

「なんでそんなことするの?」という感じですが、エゴにて自分の認識ができなくなることで、魂を成長させることができるためです。

単純に何も苦労せず、困らず楽な場合、「めっちゃ良いじゃん!」と思いますが、認識がとても薄く狭くなります。

思考も使用せず、感覚感受も弱く、心の認知も薄く、自分という存在を認識する力が低いために、幸せを自分で作ることができなくなります。

他者と比較し続けることで喜びを見出す人生であれば良いと思いますが、自分の意見を持って、自分の人生を生きる場合にはどうしようもなくつまらなくなります。

そのため、自分を愛せない状態になることは、自分の喜びの機会づくりであると同時に、目的を大きく持って行動する動機を生み出し、一生懸命に切磋琢磨して自分の認識を見つけて、努力して認識の幅を広げる自分の人生を新しく創ることができます。

さらに、目的を達成した時には喜びも人一倍大きくなり、過程にて育んだ行動と経験にて成長にも繋がります。

そこには、能力の成長もあり、人間性や精神性を高める成長にもなる経験があります。

自分を愛していた状態から、自分を愛さない状態になることに意味があり、そこから自分を取り戻すように自分を愛していた状態に戻すことで、大きく成長して頬に傷を作り、迷彩のアーミー服とヒビの入ったグラサンをかけて、「バブッ(ようっ)」と最強ベイビー帰還です。

 

自分を愛することと自分勝手の違い

自分を愛するために赤ちゃんの時を思い出します。

「できるかっ!」と聞こえてきますので、赤ちゃんの大きな特徴を考えてみましょう。

“自己中心”です。

最強ベイビーは完全に自己中心ですので、自分を愛するヒントとなる人間性と在り方を教えてくれます。

しかし、自己中心とは、“自己中”、“自分勝手”、“かまってらんない”、“ちょっともうこの人とやってらんない”というネガティブなものとは違います。

ここでお伝えする自己中心とは、「自分の世界には自分しかいない」と気付くことです。

自分を愛するための自己中心とは : 自分の世界と主人公を明確に認識すること
※自分の世界には自分一人しかいないことに気付く

一人一人に自分の世界があり、自分の認識があります。

そのため、自分の世界に他者が存在することはあり得ません。

しかし、他者が介入したり干渉することで自分の世界をぶち壊され、崩壊され、口からビームで街をグッシャングッシャンされてきたかもしれません。

そんな怪物野郎は追い出し、赤ちゃんのように自分の認識を物事の中心点にすることで、受け入れられる主観となる主人公が蘇り、「この世界は私のものだ」と確固たる決意と意志を持つ受け入れ準備の整った自分になります。

そのように自分の世界の中心に鎮座することで、一人一人が世界を持って認識を持ち、それが“自尊”という敬いを自分にも他者にも生み出します。

 

自分を愛すると自分勝手は一生同じにできない

自分を愛するための自己中心は、自分勝手と混合すらできない全くの別概念です。

自分勝手とは、周囲から嫌がられる迷惑や不利益を与える行為ですので、自分の世界に自分しかいないと認識するのではなく、他者の世界に入り込んで自分を中心にする世界滅亡計画の一つです。

「ちょっとすいませんね」「オラオラオラ、ガシャングシャン」と人の世界を踏み潰します。

そいつを踏み潰してやりましょう、というのは冗談ですが、自分勝手とは認めて褒めて評価して主人公にしてと、他者の存在によって自分を見出そうとするエゴの塊が、他者に手を伸ばした段階です。

自分を自分で認識できないので、他者と比較したり区別するに事足らず、直接自分を認めさせようと存在を押し付けて、自分の価値を見出そうとすることで自分勝手となり、自分を愛するとは程遠いエゴの増殖行為です。

このように、自分を認識の中心にするのか、他者を認識の中心にするのかにて、自分に喜びを与えたいのか、恐怖から逃れたいのかの“利益”が大きく異なり、目的が違います。

※自分勝手からわかる自分を愛するスピリチュアルな話は、わがままな人は矛盾に生きる愛の存在|自分を愛するスピリチュアルな見方 をご覧ください。

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自分を愛する方法

最後に、これまでの内容から、自分を愛する方法をご覧ください。

自分を愛していないことを自覚する

一人一人が自分を持って生きています。自分を見失っても肉体がありますので、必ず自分を認識できます。

エゴがあっても自分、愛があっても自分です。

どんな自分であっても、現実を認めてそのままに認識することは、“受け入れるも受け入れないもない”(受け入れのみ)という前提です。

そんな前提を基本として考えると、愛さない意志が明確になり、それを認識することが大切です。

例えば、カレーライスを食べている時に、「あーあ、今日は野菜炒めの気分だったなぁ、ちぇっ」と思ったとします。

するとそれは、カレーを作った人を批判してエゴを生み、心を閉ざして愛と離れると同時に、自分自身に、「納得いかないものを食べている」「嫌々食べている」「自分のために食べていない」などの認識をさせます。

それは“自分を愛さない意志”です。

「自分を愛したい」と思うことは同時に、「自分を愛していない」と認めることを意味します。

このように、自分を愛さない認識がある場合には、自分を愛することはできません。

そこには、“受け入れない”、“拒否”、“認めない”という、現実をなかったことにしようとする逃避があります。

自分を愛することは受け入れることですので、そんな自分を認めることから始まります。

“自分を愛していない現状”を意識的に自覚することで、“自分を愛する目的”を明確にすることができます。

「私は今、自分を愛していない」「だからこそ、自分を喜ばし愛するんだ!」という意志を認識することで、愛していない自分を受け入れることができます。

エゴでも何でも自分であることに変わりありませんので、今の自分を受け入れることで、物事は一歩一歩確実に自分の目指す良きことに進んでいきます。

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自尊心を持つことで自分を愛する

自分を愛するもう一つの方法は、“自尊心”を持つことです。

自尊心とは :
自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度
※コトバンク 引用 

自分の人格・思想・言動を大切にすることは、自分を敬うことになります。

さらに、他からの干渉を排他する態度は自分の世界を尊重することでして、他者の目や反応や体裁を気にしないで、自分の目や反応を気にすることです。

自尊心を持つことは自分を大切にする意志となり、自分を愛することに繋がります。

そんな自尊心を持つためには、自分を褒めることが重要です。

 

自分を愛するために褒める自己受容

褒めることで自分を大切に愛することができます。

しかし、注意点がありまして、褒めることは自己肯定ではありません、自己受容です。

褒めるとは

自己肯定
※過去の自分も含めた“他”と比較して自分を認め、褒めること

自己受容
※今のそのままの自分を自分で認め、受け入れること

自己肯定は大切なことですが、自分を愛することは受け入れることであるために、今の自分をそのまま受け入れるお褒めが、自分を愛することになります。

※自尊心と褒めることの詳細は、愛にて動き出す内なる存在。自分を大切にするスピリチュアル をご覧ください。

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楽しいことだけする

最後の自分を愛する方法は特にわかりやすいものです。

“楽しいことだけ”します。

「楽しいことがない」という場合もあると思いますので、その際は“自分を知る”という新しい経験をすることで楽しみを見出してみてください。

この自分の愛し方は、「楽しいことや好きなこと、それだけやっちゃう!」というはっちゃけたものです。

楽しくなくても、「やりたい」「これがいい」「なんとなくこうしたい」などの気持ちを無視しないことが、結果的には楽しいことになります。

少しでも積極的な姿勢や感覚、「なんかわかんないけど、今チョコアイス食べたい」みたいな気持ちを“なかったことにしない”ということが重要な自分の愛し方です。

楽しいことだけの自分を愛する方法
  • 自分を無視しない
  • 自分を大切にする意志を持つ
  • 心の気持ちも、脳の思考も、肉体の状態も敬う意志を持つ
  • 感覚や気持ちを主体にする
  • 幸せになる決意をする
  • 自分を愛さない意志をビュンとぶん投げる

= 自分を愛する

楽しいことや感覚や気持ちを主体にすることで、自分らしく受け入れが容易な行動となります。

受け入れることが自分を愛することなので、受け入れられることをするのが大切です。

※自分を愛する方法については、自分を好きになる方法│そんなものはないという自分を愛する気付き をご覧ください。

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自分を愛するスピリチュアル まとめ

この写真の人を見てください。自分を愛することは子供のように開放的で自由になり、とても素敵な顔をします。

「いや、モデルじゃい!」というツッコミは置いといて。

自分を愛するために、エゴを基にして生きたこれまでの過程や軌跡があることで、より自己の成長が見えやすくなり、より愛を持って物事を認識することができます。

自分を愛する基盤作りが大切になり、物事を拒否せず、受け入れる自分を作ります。

それは悟りを開くことまでせずとも、“拒否を少なくする”や“受け入れを増やす”ことで、自分を愛することに着実と近付くことができます。

自分という存在には、愛する基盤である自分の認識があり、自分の世界があります。

そこには自分以外に中心になり得る存在はおらず、自分が唯一無二の中心であり軸であり核です。

そんな紛れもない事実を受け入れます。

そして、自分を取り戻すように赤ちゃんのようになり、物事の受け入れを増やすために、愛していない自分を認め、愛したい自分を認めます。

後は、自尊を持ち、褒め、楽しいことをすることで自分を愛する方法となり、結果的に波動が高まり引き寄せの法則にもなり、恐怖を味わわないのではなく、喜びを増やす人間性と認識の在り方となり、自分を愛したくなる状態がもたらされます。

そのために、自分の脳を敬い、肉体を敬い、心を敬い、全てを含めて自分であることを理解することも大切になります。

最後のポイントとなりますが、

自分を愛している自覚は必要なく、物事の受け入れを増やしていくことで自然と自分を愛することになります。

それはただ、事実をそのままにです。

「ポジティブにならないといけない」などの思考は、ありのままの自分を見えなくしていきますので、自分として目の前のことを見て、感じて、認識して、理解して受け入れていくことが大切です。

自分を知ることで愛を知り、自然と自分を愛する生き方となり、関わる人も考え方も変わっていきますので、ぜひ自分を愛して過ごされてください。

それでは、自分を愛するスピリチュアルな意味と方法についての話を終了します。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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