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【努力できないのはなぜ?】原因も改善もおそらく一つ

努力できるできないの違いには、日本人の癖が表れているかもしれません。

努力して勉強、練習、鍛錬に励む人がおり、努力している見かけ作りに励む人がおり、言われたことを努力だと信じて励む人がおり、努力できない人がいます。

努力できないと行動がないので、行為の結果が作られなくなります。

努力している人との線引きがはっきりし、努力できないことを蔑み嫌う自己否定になってしまうかもしれません。

努力できない原因がわからずに悩まれる場合、ここで一つの考え方を知っていかれてください。

  • 努力できないのはなぜ?
  • 努力できない人とはどういう人?
  • 努力とは一体何?

これらの紐解きにて、努力できない原因の解明をお伝えする内容となっております。

日本人ならではの観念体形が大きく関わっている可能性があるので、考え方としてご参考になれば幸いです。

努力できないのはなぜ?

努力できない原因は一つかもしれない

努力とは、目標や自己実現のために心身を労してつとめることを意味します。

少しトリッキーでわかりにくいものでして、自分では認識しずらく、「したいからしている」という行動継続を努力と言うのか否か、本人ではわかりません。

したいからずっとし続けている行為の結果から、「あなたは努力しているよ」「そんなに普通はできないよ」などと周囲が評価して価値が表れた時に、「私は努力しているんだな」とやっと知れるイメージです。

自らでは有無がわからないにもかかわらず周囲が判断できることに、努力とは何かをわかりにくくする原因があり、できないと思えてしまうことに繋がります。

 

周囲が判断すると努力の意味が変わる

努力を周囲が判断する時の基準となるのは、他との比較です。

自分、もしくはそれ以外の人や社会的常識にある行動量と継続量と比較して、「この人は私よりはるかに行動し、継続している」となれば、努力している人という評価になります。

この段階で本来の努力の意味はどうでもよく、ポイッ。周囲がどう思うかが努力になります。

見栄えが大きく関わり、実際に努力しているか、努力していると思われる何かをしているか、努力していないかの違いが作られます。

周囲の判断によって努力とは何かが定義されると、「努力していると思われる何かをしている」も努力になります。

学校の成績を良くすれば周囲から肯定されて否定されない、社会的に安泰を狙えるので大学へ行くための努力をするなど、他の反応や評価を気にした体裁や見栄えによって誕生する努力という何か。

他者や世間や常識と比較して自分がどれほど行動しているか、継続しているかであり、他を介入させた行動継続が努力になります。

これを日本では我慢(または常識)と言います。

 

他を介入させる努力は我慢になる

他からどう思われるか、他と比較してどうか、大衆と照合してどうか。

他を介入させる努力に、「したいからしている」という自分の意思や意志はなし、または後付けとなり、心身を労するという自己認知に基づく状態が空虚になります。

「一体何のために行動して、継続しているの?」に対する明確な自分の答えや目的がない状態です。

体裁や見栄えや他からの評価だけでなく、誰か他者から言われたことに従って行動する、いい大学に行くといい、大きな企業に入りなさいなど、社会観念や常識など他の情報フォローも含めた“他の介入”です。

これを努力だと信じると、意思や意志がないのはもちろん、嫌々行動し、継続する(またはしたいと動機も目的もないのにする)我慢になります。

努力できないが我慢できないにいつの間にか入れ替わります。

ここに努力できない原因があると考えます。

 

努力できないのは努力を知らないから

努力は「苦労」と似ており、解釈を間違えると努力していると思っていても全く努力ではない、苦労ではないとなりかねず、努力や苦労の経験値が習得されなくなります。

我慢した経験によって辛く嫌なものをした自負になり、周囲を蔑んだり、自らを過大評価して持ち上げる、他を主体にした自己喪失が起きかねません。

努力できない人は「他を介入させた我慢という努力」ができないのであり、我慢できないのだと考えられます。

根底にあるのは努力とは何かを知らない。これが原因の一つであり、唯一かもしれません。

 

努力できない人の特徴11選

上述に該当する場合、いくつかの共通した特徴が表れますので、思い当たるものがあるかどうかを確認されてみてください。

1,嫌なことはしたくない

自己愛と自己防衛に基づく気持ちへのフォローが強く、自分を信じる特徴です。

他からの影響以上に、自分が主観で主体のさまです。

 

2,我慢できない

我慢という嫌々自らを耐えさせる行為をしない特徴です。

嫌なことになるので、「嫌だ」と思う意思を他に従う以上に優先します。

 

3,飽き性

直ぐに飽きます。

あれこれ手を付けますが、最終的に継続できているものは、怠惰か現状維持を促進するものになる特徴です。

変化への拒否感(恐怖)が強い可能性を潜めます。

 

4,欲求コントロールが苦手

欲による衝動を制御できず、得たいと思ったら直ぐに得たい欲求せっかちです。

自らの思考と行動自制が苦手な特徴であり、「無理だ」と思ったら石のように無理だと思い込む極端な自制です。

 

5,他との比較が激しい

比較癖があり、自分を捉える時にあの人はどうだろう、あの人よりできている、できていないと、他者や社会性の常識ルールを引き出します。

勝負、上下、優劣、正否概念が強く、誰かを上にすれば自分が下になる見方をしがちです。

 

6,恐怖心へのあらがい

恐怖心への抵抗やあらがいがあり、我慢できない原因になります。

恐怖とは自らの中にある認められない現実であり拒否、自らとの向き合いを拒否している特徴です。

 

7,諦め癖

恐怖心の対処に自己防衛を多用する特徴です。

少しでもできないと思った時に、できない結果を真正面から捉えないために、傷を大きくしないように事前ストップをかけます。

できない理由を途中から探し、自らの認識を誤魔化す癖でもあります。

 

8,娯楽や息抜きに向かいやすい

嫌なことをしている時には、如何に嫌なことをしないようにするかを潜在的に意識し続けます。

本心でやりたくないことはしたくない気持ちが強く、息抜きチャンスを伺います。

息抜きになる手頃なスマホやゲーム、SNSや漫画や間食などは、「努力したくないからしない」という認めたくない(嫌なことを自らに強いている)事実をうやむやにして、恐怖心にあらがいます。

 

9,意志が強い

意志という自分の核であり、自ら喜びを作る気持ちや覚悟が強い特徴です。

自らの思考や行動を人一倍自覚しており、自らを苦しめるのではなく楽しませることが得意です。

自覚しているために認めたくない内心も把握し、恐怖心が強まり、逃避や誤魔化しに向かいやすくなります。

 

10,好きなことや得意なことがある

能力や才能は自分自身で見つけられる特徴です。

好きで得意なことがあり、趣味を極めたり、特技を伸ばす思考や行動があります。

 

11,実は努力している

努力とは何かを知らず、本当は気づかないだけで努力している特徴です。

行動が他者の価値になれば直ぐに誰かしら評価してくれるので努力しているとわかりますが、自分の価値になって他者の価値にならない努力をしていると気づく機会がありません。

好きなことや得意なことをしている時がまさに努力中だったりします。

以上が、努力できない人の特徴でした。

 

努力できない人の原因と改善

努力できない原因は恐怖心

努力できない人の特徴は、恐怖心と距離を取るさまが目立ちます。

我慢というジャパニーズ努力は、恐怖心との向き合いを増やす意味があります。恐怖心に向き合いたくない拒否が強いと、努力できない原因になると考えられます。

真意として我慢なんかしたくないものです。

しかし、日本人には習わしがあります。

我慢への正当化や美徳精神をはめ込むひと昔前の価値観があり、今では他者と違うことから周囲にどう思われるかへの恐怖心をなくすために我慢を善とするなど、暗黙のルールがあると思います。

意志があればあるほど、自分を自らの力で喜ばす気持ちがあるので、我慢に抵抗が強くなり、恐怖心が煽られます。

恐怖心と向き合うことが困難な場合には、我慢という努力を継続する動機がないので、自然と飽き性になり、嫌なことは嫌だという真意が優先し、努力できなくなります。

我慢という努力をする場合には、恐怖心との向き合いが最重要です。

 

恐怖心と関わる経験がないと努力が困難

恐怖とは拒否したくなるさまです。

知りたくない、味わいたくない、認めたくないと思えることであり、危険や苦痛など拒否したくなるものです。

自分の内側にしか存在しないもので、自分を拒否するさまそのものが恐怖心です。

例えば、真っ暗闇で怖いと思う時、真っ暗な状況を認められない自分がおり、その自分を認めずに拒否するさまが恐怖心です。

我慢という嫌々な気持ちはまさに恐怖心そのものであり、我慢している自分を拒否すればするほどに強まります。

我慢は拒否する自分と向き合うため、嫌だ嫌だと泣き叫ぶ自分を強引に耐えさせる[自分vs自分]の戦いが起きます。

自分と戦う環境で溢れる社会ですので、恐怖心と向き合う経験値によって努力できるかできないかが変わります。

子供の時は無理矢理我慢させられたり、恐怖と関わらないように周囲が助けたりと、周囲の環境によって恐怖との関わりは変わります。

成育後は自分次第ですが、恐怖とは嫌なものですのでわざわざ嫌なものに突っ込む動機などないのは当然で、経験する機会からなるべく離れるかもしれません。その方法が誤魔化しであり逃避であり、飽き性であり諦め癖です。

もし子供の時に恐怖と関わる経験が少なければ、成育後に経験しようと思う動機を見出すこと自体が困難になります。

ここで一つ明確にしたいのは、この我慢という努力、要りますか?

※努力したくない気持ちからわかることは、【努力したくない気持ちが教えてくれること】疲れる努力は誰のため? をどうぞ。

 

努力とは自分

我慢は人によって大切かもしれませんが、忍耐を忘れてはなりません。

忍耐は我慢に自らの意思を付け加えたもので、自分の意見や認識を持って自分のために耐え忍ぶ状態で、目的を持った行動です。

努力とは心身を労してつとめることであり、苦労と同じで誰か他によってさせられたり、自らの環境を受け入れずに拒否したまますると、苦しみを労う意味である労いがなくなり経験値にならず、ただ苦しみましたということになりかねません。

努力するには自分の意思と意志が必須だと考えられます。

  • 意思とは自らの意見であり考え
  • 意志とは自らを自らが喜ばす気持ちであり覚悟

これら二つによって起きるのが、「したいからしている行動継続」です。

 

努力を教えてくれる言葉

有名な言葉があります。

『天才とは1%のひらめきと、99%の努力である』

by エジソン

これは、「1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄である」が真意と言われています。

ひらめきとは直観であり、自分のことを理解した自己認識の高まりを意味します。

天才とは常にひらめきを感じ続ける状態ですので、したいことをする動機がわんさか溢れているような人かもしれません。

天才までならずとも、ひらめきとは自分を明確に認識している状態でもたらされるので、努力するための大前提に自分という存在の確立があると考えられます。

他の比較や暗黙のルール従順などは皆無の、自分を自分で認識している状態です。

我慢という嫌々は到底介入せず、あるとすれば忍耐。行動が自分のためになっている自己理解があることで辛くても忍耐にて努力を継続できます。

しかし、「自分のためになっている」と自らの行動の目的や、意味や理由の答えがわからなければ、意思も意志もなく、我慢は忍耐にならず、ただ嫌々なものを無理矢理継続させる自らへの恐怖煽りであり押し付けです。

これが日本人の強さであり異常性かもしれませんので、常識にするかどうかは自分の意思が重要です。

※普通になるために欠かせない我慢努力の件は、普通に生きるのは超能力的に難しい|変人どころの騒ぎではない生き方 をどうぞ。

 

努力できない時は自己認識を高める

努力できない人は意志があるため、喜びや楽しみがある好きなことや得意なことを行動すると、自然と努力そのものになります。

ゲームをしたら何時間でもできる
働く時は一気に働きまくる
楽しいことは何時間でもできる
趣味を極めるほど大好きなことに熱中する
‥‥

無意識な人が多いと思いますが、行動目的を明確に持って自らの意思と意志が組み合わさる行動となり、99%の努力へ向かっています。

問題はネガティブな我慢。嫌だと思えることに対してパッと急激に目的がなくなっている可能性があるので、行動への意思がなくなってしまうさまをどうするかの対処が大切です。

そこで、自己認識を高めて自分自身を理解する大切さがあります。

 

自らの思考と行動の意思を明確にする

社会の中では我慢という努力がたくさんあり、しなければならない時もあると思います。

おそらくできないのは我慢ですので、「努力ではなく我慢できない」と自覚されてみてください。

我慢を自らに強いることは誰でも嫌なもの、重要なことは恐怖心との関わりです。

嫌で認めたくない、拒否してしまう自分との向き合いであり、誤魔化しや逃避する自分を自覚して、我慢してでも行動するのはなぜか、努力したい行動の動機を見つける必要があります。

例えば、仕事を努力したいのであれば、「それの何が自分のためになるか?」を明確にします。

お金を得るためなど、行動動機をはっきりさせると自分の意思が表れ、我慢が忍耐になり努力する動機になります。

意志が元々あるので、忍耐に意味を付け足す意思の工夫として、「今月は40万円稼ぐゲームだ」などと自ら喜びを作ることで、本当の意味で努力に向かいます。

どれほど自分の思考を把握して、感情を理解して、感覚を認知して、心理を知り、精神を捉えと、あらゆる自分を知れば知るほど、他に翻弄されなければされないほど、努力できるようになります。

ただ、それは自分では気づかないというトリックだけお忘れなく。

※努力と同じようにわかりにくい苦労は、同じ苦労した人でこうも違う?特徴からわかる苦労の使い方マスター をご覧ください。

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努力できないのはなぜ まとめ

とても特殊なさまが努力であり、自らでは気づきにくく、他者に定義付けされるといつの間にか我慢になるという不思議なものです。

努力に他を介入させると、努力しているようでしていないことが頻繁に起きます。

努力という形作りによって他から評価を得て、反応を気にかけ、常識に意思なく従う行為は一体何でしょうか?

我慢でありルール順々であり暗黙への同調であり、努力ではなかったりします。

しかし、それらはとても大切な恐怖心との向き合いです。

そんな経験を無駄にせずに吸収するためにも、自らの行為を明確にするのが私達個々の責任であり、それを自責と言います。

自責があるから努力できないと認識できます。

その能力を活かし、恐怖との向き合いを捉え、我慢なのか努力なのかをはっきり区分けし、意思を持って目的を持ちます。

すると元々存在する意志が光る日がやってきます。意思と意志の組み合わせに努力があり、したいことを見つける自分がいて初めて、99%の努力へ向かえます。

私達に大切な自分への責任と、行動という動力を表す努力。人生には努力以外何も要らないと言っても過言ではないほど大切なものだと思います。

努力できないのはなぜかの考え方が一つのご参考になれば幸いです。

それでは、努力できないお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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