本当の自分

本当の自分がわからない時のより大切な話│一つの彷徨いは無限への始まり

“本当の自分がわからない”と思うことには、ある大きな意味があります。

今の自分を否定していることです。

故意の自己否定か、無意識の自己否定かが人によって分かれますが、共通して“拒否”の認識があります。

そのため、本当の自分がわからないことは、自分を認められないことだという見方がここにあります。

ポジティブに自分を知りたいと思うのか、ネガティブに自分がわからないと思うのか、人それぞれに本当の自分に求めることや目指すものが違うので、一概に「こうすればいい」とは言えません。

ですが、「自分を認められないことが真意かも」と少しでも思い当たる方はここで一休み、内容をチラッとご覧ください。

本当の自分を求めて止まなかった私の経験から、少しばかしですがわかることが参考になることを願います。

本当の自分がわからないとは

本当の自分とは

「本当の自分って何?」
哲学の話?スピリチュアル?潜在意識?

思い描くのは、「何だか良さげな自分」のことかもしれません。

おおまかなニュアンスですが、“本当”とは真正、素、純粋、天然、ありのままのThe myselfと。

本当の自分とは何かを考えると、今生きている自分そのものかもしれません。

今の自分以外に“本当の自分”が存在してしまうと、生き方が既に本当ではないことを意味します。

本当の自分以前に知りたい本当の人生、本当の認識、本当の価値観、本当の感情、本当の思考…と過去は全てなかったかのような、初めから生まれていなかったかのような…。

しかし今の自分を本当とは認めたくない、「今は本当の自分じゃない」「これが本当の自分なの?それじゃ本当って何?」と振り出しに戻ります。

するとわかることは、本当の自分という何か良さげな偶像を持っていること。

それは、今の自分をそのまま見たくないこと。

今の自分を認められないことで、より良い、より苦しみのない、より満足と納得がある“良さげな自分”が作られます。

本当の自分とは、今の自分を認められれば表れる自分です。

 

本当の自分がわからないことの意味

なんだか回りくどい伝え方をしましたが、本当の自分がわからない理由を簡潔にするためです。

本当の自分がわからないのは現状を認められないため、とそのままです。

本当の自分がわからないことは、本当の自分を知りたい、取り戻したい、探したいこと以上に、自分を認められないことを表す意味です。

今の自分を認められれば、素の自分、本物、真正、天然、ありのまま、あるがままとさまざまな本当の自分が表れ、現状以上の良さがもたらされます。

実際、本当の自分なのかどうかは、言葉以上に如何に苦痛がなく、満足と納得があるかが生きる上では重要です。

ここでの内容にて、本当の自分がわからないことから見える大切なことは、認められない自分が居ることの自覚だと理解してもらえれば幸いです。それが自分のためになります。

※スピリチュアルや哲学の話になると、それぞれの定義付けとしての理解に、“本当に自分とは何か”が見出されます。
興味のある方は、本当の自分がわかるスピリチュアル|本物は自分だと認識してくれないんです をご覧ください。

 

本当の自分がわからない理由

「本当の自分がわからない」と思っていても、人それぞれにそのように思う動機がさまざまにあります。

  • より自分を理解して成長したいから
  • 改善して向上したいから
  • 苦痛が嫌で対処したいから
  • 現状を否定したいから
  • 悩みたいから
  • 誰かに助けてほしいから
  • ……

さまざまな動機がありますが、大きく二つ、ポジティブな動機とネガティブな動機を持つ人間性に分かれます。

  1. 自分を知りたいと喜びや向上を求める人
  2. 自分がわからないと否定や拒否の認識を増やす人

両者はそれぞれに、本当の自分がわからない理由を別に持ちます。

 

自分を知りたい人の本当の自分がわからない理由

自分を知りたい人は現状に何かしら認められない人間性があり、それを改善するために、「本当の自分がわからない」=「今以上の自分を知りたい」と真意があるかもしれません。

あえてわからないと認識することで目的を定め、自らの向上と成長を求める糧とし、今の自分には見えていない“忘れてしまった自分”、“隠れた自分”、“秘めた自分”を見出そうとします。

この状態、現状の見えていない自分を認められないことが、本当の自分がわからない理由です。

言い方を変えると、潜在意識の自分を認められないことで、本当の自分がわからなくなります。

 

自分がわからない人の本当の自分がわからない理由

もう一つの理由は、自分の見失いです。

現状を認めた時に表れる本当の自分は、今この瞬間も目の前に居ます。

しかし、目隠しにて自分を見ないようにしているために認められず、本当の自分がわかりません。

事実を知ることが恐いという人もおり、現実をそのまま見ることを恐れて認識を偽る何かがあると考えられます。

それは、自分に嘘をつくこと。

世間的な常識やルールに飲み込まれ、他からの支配、または自らの支配にて縛り、自分を嫌い、拒否し、他者を否定し、拒否したら悪いと世間体を気にして気を使い、嘘をついて体裁の演技、他者と違うことを指摘されて人との関わりが苦手、怖い、めんどくさい。

他者と比較して区分けして、自己否定に他者否定、優越感に劣等感を重要視し、苦痛を嫌がり、人からの否定を恐れ、自らの認識や自分自身を認められなくなります。

言い方を変えると、目の前にある顕在意識の自分を見たくない拒否にて、本当の自分がわからなくなります。

※自分がわからないと人のこともわからなくなる話は、人の気持ちがわからないのは当たり前│でも言われたからには意味がある をご覧ください。

人の気持ちがわからないのは当たり前│でも言われたからには意味がある人の気持ちがわからないのは当然であり、ごく自然なことです。 人の気持ちがわかる、わからない。そんなものは何だっていいのかもしれませ...

 

本当の自分がわからないタイプ

上述の二つの本当の自分がわからない理由から、潜在意識の自分を認められないか、顕在意識の自分を認められないかの違いが表れました。

本当の自分がわからない理由は人それぞれに二つに分かれます。

本当の自分がわからない二タイプ
  1. 潜在意識の自分を認められないのか
  2. 顕在意識の自分を認められないのか

潜在意識とは無自覚の行動と思考を司る記憶領域です。
顕在意識とは自覚のある行動と思考を司る記憶領域です。

自覚できない自分、それは無意識に内臓器官を動かし、何も考えずに自転車をこいだり、会話したり、食事を噛んで、飲み込んで、癖になってなど、行動と思考の90%以上を占めると言われる領域です。

自覚できる自分、それは意識的に呼吸したり、目の前のことを見て考えて、計算式を用いるように過程を認識しながら、「ご飯はたくさん噛まないと」と数えながら食べるなど、行動と思考の10%以下を占めると言われる領域です。

どちらが多いかは一目瞭然です。

 

潜在意識か顕在意識かにて本当の自分の概念が変わる

顕在意識は自覚がないので意識的に認められず、本当の自分がわからないのは当然です。

顕在意識は目の前にあって意識できるので、認めるか否かは自分次第で、本当の自分を見出すかどうかは選択です。

ですが、認めたくない、認められない過去の記憶や周囲の影響、自らの縛りなどによって、目隠しを取るか否かが人それぞれに分かれます。解決法は、目隠しを取ることです。

意識状態の違いにて、今以上の向上や改善を求めているのか、現状の苦痛回避や恐怖のない様を求めているのかの人間性が明確に分かれます。

“本当の自分”に対する概念も両者は全く異なります。

目の前にある意識下の情報から見出す本当の自分とは、既に自分の中の思考にて作り出す制限です。

目の前にない意識下の情報から見出す本当の自分とは、作り出すのではなく既に存在する、限りなく解放的で制限のない自分です。

どちらの本当の自分を知りたいのかによって本当の自分は変わるために、本当の自分がわからないと思うこと以上に、如何に自分を認めるかが大切というのがここでの主旨です。

※本当の自分がわからない時には、自分がわからない時に読む本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ をご覧ください。

自分がわからない時に読む本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ幸せになりたかったのか、苦しみから解放されたかったのか。 目的も持たずとも、ただ目の前の道を歩き進むことは彷徨いではありません。 ...

 

本当の自分がわからない時に知りたいこと

本当の自分がわからない時の考え方

潜在意識でも顕在意識でも共に、“自分を認めていない”ことに変わりありません。

ですが、潜在意識領域では認めたくても自覚できなければ認められません。

その際には、自己分析や洞察にて自分の価値観や気持ちを知ることが大切で、如何に自分を自分で理解しようとするかがポイントになります。

この潜在意識での本当の自分がわからないと抱くことに、ここでお伝えしたい核が見出されます。

それは、

「本当の自分がわからない」と思うことは、潜在でも顕在でも何でも、自らを支配しようとする心理がある。

今以上に良さげな何かがあると、過去の記憶や周囲との比較にて思います。

それは潜在意識にある、「子供の頃はもっと自由だったなぁ」「何にも恐れずに活き活きしていた私が居るんだ」という無意識の記憶への執着や、顕在意識にある現状の周囲と自分との差、テレビや動画など疑似現実への空想との比較による縛りとなります。

何も悪いことはありませんが、本当の自分がわからない時に大切なことは、作ろうとしないことです。作ることで執着と制限を増やし、「本当の自分という良さげな何か」という現実から離れた世界へ向かう可能性があります。

そこは、天使が羽を広げて待ち構える闇という矛盾の世界です。天使なら光にしましょう。

本当の自分がわからない時は、自分を作ろうとしないことが重要。

 

本当の自分は作るのではなく、知る

潜在的か顕在的かにて理解が少し異なりますが、本当の自分は知るものです。

潜在領域の本当の自分がわからない場合は、過去の記憶に執着せずに、無意識の自分を知ることが本当の自分として向上や改善がもたらされます。

それが自己分析や洞察理解、セミナー等の理解が深い人との関わりや支援を受けることで促されます。

より高みへ向かうように、忘れていた自分、隠れた自分、秘められた自分を知ることは、未知の理解と能力発揮を見せ、気付かなかっただけで既に存在する本当の自分を、新しい領域にて知ることができます。

顕在領域では、現状の自覚が全てのポイントですので、今を如何に認めて目隠しを外すかが大事です。

目隠しや認めないことは制限や抑圧や支配に起因するため、他者からの影響を受け過ぎていることや、自らの保身や正当化のために嘘や誤魔化しをすることの自覚が必要です。

改善以上に認める自覚がものを言うため、勇気とやる気を持って如何に自分を大切にしたいのか=恐怖から逃避して安堵すること以上に、喜びや楽しみを自ら作る意欲を持って行動するかがカギです。

どちらも自己分析に洞察、自覚や認めるといった今の自分を知ることが本当の自分を見出し、さらに他者との協力としてセミナーやカウンセリングなど行動して気付きを得ることが、本当の自分の理解を促進させます。

今の自分を知ることと行動による気付き。それは既に今の自分に全ての答えがあることを意味し、作らずに知ることの意図するものです。

※自分を知るための価値観の話は、自分の価値観を知ることの幅広さと真意│自分らしさの宝探しにルールあり をご覧ください。

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本当の自分がわからない時に知りたいこと

最後に、本当の自分がわからないと思うからこその理解をお伝えして終了します。

私がそうだったのですが、自分がないと思えば思うほど思い込みとして固着していき、個性になります。

そのため、本当の自分がわからないと思うことが個性になります。

もちろん本人はそんな自覚なく、自覚がないからこそ自分がわからなくなっていくので、本当の自分がわからないことで自分がわからず、その自分がわからないから自分を見失い、「じゃあ今の自分は誰ですか?」と訳わからない方向へ。

それを周囲から見ると、自分がわからないキャラが確立しています。

それに反発して個性を強めるキャラを作ろうとする人もいます。独自性を強めようと故意に働き、有耶無耶にするように現実をあらがい、他者からの評価を欲するために否定心を強めて、「普通なんてしょうもない」と他を蔑むことで自らの価値をなんとか見出そうと努力したり。

仕舞には、苦労や被害者は救済されるものという社会性を思い込み、日本ならではの思考を固めて海外志向などといった謎と矛盾が多くなります。

この状態で起きることは、限りなく視野と認識が狭くなる自らの支配と縛りです。

自ら支配している認識なく、疑似現実と空想と妄想と思い込みにて現実を生きることすらしなくなり、そんな自分を認めなくないことで拒否して自分がわからないと。

今の時代ならではかもしれないので、体験できてよかったと私は思います。

ですが、それで終わったら現実逃避。

本当の自分がわからない体験を自分を知るために使います。

 

本当の自分がわからなくなれた体験を自分のために使用できる

これは特権です。

使い方は自分の理解のため=「自分とは何か」を知るためです。

自分を知るためには、顕在意識と潜在意識の両方を知ることはもちろんですが、ネガティブとポジティブの両理解が先決です。

本当の自分がわからないことは、向上を求めるが故の現状を認めないこと。
または、現状を拒否するための現実否定、あらがい、認めないこと。

どちらも認めないことを体験することになります。そこでわかることは、認めない=ないものを作ろうとすることです。

ここでお伝えしている、「作らずに知る」とは、既にあるものを認めることです。

認めない=ないものを作ろうとすることで、本当の自分がわからない

認める =作らずに知ることで、本当の自分がわかる

を体験してを理解する

失敗は成功のなんちゃらというやつです。ですが、失敗がないと成功もない一心同体。

認めないと認めるの意味がわかると、自分を知る本当の意味がわかります。

それは体験した時にわかりますのでお楽しみに。

既にある自分の可能性は無限です。潜在意識の理解を深めることはあらゆる無自覚の自分が表れ、どれだけの制限をしてきたか、そしてまだまだ縛っていることか、底が知れません。

自分を知ることは全ての認識を一変するほどに奥が深く、私には到底まだまだ知り得ないことだらけです。

ただ一つだけ確実にわかることは、自分を知ることは楽しいということ。

それは制限も縛りもない自由の体感が、どこまでも続き終わることのない探求心と洞察力の開花を得て、自らの能力発揮と才能開花が止まらないことでもあります。

知らないってことを知れる。
そりゃ楽しい。

そういう道を進むことができるのが、本当の自分がわからないことの大切さであり、自分を知る始まりを意味する合図という話です。

※本当の自分を見つけるための話は、自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を見つける機会 をご覧ください。

自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を見つける機会自分とは何なのか? 迷子なのか? 彷徨い人なのか? 演技なのか? 自分がわからないとはどういう意味か? 本当の自分がいるのか?...

 

本当の自分がわからない まとめ

何が本当の自分なのかは本人にしかわかりませんが、限りなく奥深い自分を知る中では、本当の自分はどんどん出て来ます。

これも本当、あれも本当、またまた本当。

「まぁ、考えても意味がないから、全部本当の自分ね」と言う日はそう遠くないでしょう。

全ては今の自分の中に答えがあります。まずは顕在意識を終わらせて潜在意識へ向かいましょう。

潜在意識で本当の自分を探して、自らの認識の領域、才能や能力の限界を見ていきましょう。

そこにはスピリチュアルな認識としての別意識が加わるかもしれません。そうなったらもう広すぎて何でもよくなりますので、自らの方向性という意味で制限することも大切になります。

それほどに無限の中に身を投じ、自ら道を作るように現実を創造し、意識の幅を広げて際限ない世界を知る。

それが本当の自分がわからないことの意味であり合図、物語の始まりは今からです。

自分を知る上での良き理解があれば幸いです。

では、ありがとうございました。

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忘れている大事なことを思い出し、自分らしく人生を生きるための経験と知恵を詰めた内容です。何か興味を感じた方は、ぜひ始まりの合図を受け取ってください。

 

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