生き方

自然体で生きるとは地球が教えるあるがまま│良い悪いのある意味と方法

「自然体で生きる」と言葉で聞くと素敵な響きがあるかもしれません。

木々や川の自然であるような、ナチュラルと言われて悪いことはないように思います。

しかし、木々や川や海が汚染されて刈り取られ漂白されているように、自然体で生きることには良い面も悪い面もあります。

ここでは、「自然体で生きるとはどういうことなのか?」という視点から、自然体で生きる意味と方法ご覧ください。

自然体で生きる際の一助として、ここでの内容をご活用いただければ幸いです。

自然体で生きるとは

初めに、「自然体とは?」を紐解き、自然体で生きるとはどういうことかを見ていきましょう。

自然体とは

自然体とは、

①柔道で、自然なままで立った基本的な姿勢。右自然体・左自然体がある。
②身構えたり、先入観をもったりしないあるがままの態度。 「今回の審議には-で臨む」

※引用 コトバンク

辞書で調べると上記のようにあり、日本では柔道や剣道などで使用されることの多い言葉です。

自然体は自然な状態と在り方を表し、“あるがまま”がキーワードになります。

 

あるがままとは

少し勉強会のようになりますが、あるがままの意味を知ることで自然体の意味がわかりやすくなります。

あるがままとは、その状態のまま、現状のままということです。

「何がままなの?」とままの意味が気になります。

あるがままの、“まま”とは、

①成り行きに従うこと。他のものに任せ従うこと。
②思いどおりであること。
③元のとおりで、変えてないこと。そっくりであること。
④状態が続いていること。
⑤成り行きにまかせて、結果に頓着しないこと。どうなってもよいこと。ままよ。
⑥ある理由によってそのような事態になったこと。
⑦書物の校訂などで、原本どおりであること。

※一部引用 コトバンク

成り行きにまかせてそのまま。

結果に期待や執着せず、他の影響があってもそのまま。

変えようとする行為なく成り行きのまま、結果にも頓着なく状態が続いていく様とは、木々や草花、川や海などの自然そのもののことで、“まま”の意味には、“流れ”があることがわかります。

それは雨が降ることで川ができ、川が山から流れ、海へ向かう。

なぜ?

「知らない、なんか流れていくから」という具合で、重力があり、地球の核からの引力があるからそのまま。

作為なく、執着も期待もない。起きることはそのままにすることで、自らの思考ではなく起きる影響や作用によって、そのままフワ~と。

すると、何事にも偏らずすがらず、出来事をただ受け入れる自然。

あるがままを知ることで、自然体の意味がわかります。

自然体とは、起きることをそのまま認識して流れ続ける様

※そのままをそのままにすること

 

自然体で生きるとは

私達が生きる状態に“自然体”の意味を組み合わせることで、自然体で生きることになります。

“起きることをそのまま認識して流れ続ける様”とは、捉え方を変えると、現実を見ることです。

例えば、お腹が空けば何かを欲します。満たされなければ欲し、満たされれば欲しません。それは食欲だけでなく、あらゆる欲望は駆り立てられて満たされることで落ち着きます。

そのため、欲望を抱く場合にはそれに忠実に従って行動して欲を満たそうとすることが自然体になります。

起きることをそのままに、流れるように自然体で生きることは、そのような自分の動機や行動に対して“抵抗を作らない”ということでもあります。

抵抗とは拒否して認めずに現実をあるがままにしないことで、現実を見ないで事実を曲げたり、都合を作り自分なりの解釈でのみ受け入れ、思い込みや偽り誤魔化すことです。

拒否がなければ起きることは現実として流れ、それによって自分に変化や影響があり、退化や成長の動きがあり、物事は流れ続ける自然な状態になります。

自然体であることは、起きることや在るものに“抵抗を作らない”ことが主になります。

「仕事なんてしたくない!」と言うことが自然体ではなく、仕事をしない自分が自然体ということです。

 

自然体で生きるとは地球のように生きること

“抵抗なし”“流れる”

流れるとは変化することでもあります。

この二つが自然体で生きるキーワードになります。

自然体で生きる見本例は、木々や水、植物や虫、そして地球そのものです。

地球は私達に何をされようが何も言ってきません。

木々を切り取ろうが、植え付けようが私達がどう思いどう感じるかを主体にしています。

「地球がどう思っているか?」という目線が既に脳を持つ人間本意であり地球目線ではなく、地球が何をどう認識しているかはわかりません。

自然に溢れる地球の前は、火星のように何もなかった時があることが私達人間の知識として知られており、何が地球の標準状態かは私達が決められることではありません。

自然破壊に環境汚染、地殻変動に温暖化。何が起きても地球はそのまま、自然現象や過去の蓄積による仕組みや摂理として起きることはそのままに起こします。

地球がなにをどう認識しているかはわかりませんが、一つ私でもわかることは、蚊も人間も同じ命ということです。どちらが死んでも生きても同じということです。

もちろん蚊にとっては、「同じなもんか、蚊の方が大事だろ」と。
人間にとっては、「人間の方が大事だろ」と両者の世界の認識がそれぞれにあると思います。

そんなことを考えると、蚊がどうなろうが、人間がどうなろうがどうだっていいと。地球はそんなことすら認識していないかも。

地球を見本にすると、自然体に生きるとは余計な思考があってもなくてもどちらでもよく、起きることをそのままにできるかどうかだとわかります。

人が何をしようが考えようが、自分が何をしようが考えようが、それを他に押し付けたり干渉するのではなく、自分の中でその行為が自然体かどうか。

そのキーとなるのが、“自分の中に抵抗がないか”、“物事は流れていくか”です。

いわゆる、蚊も人間も同じとか違うとかではなく、存在をそのままにして現実を認識できるかどうか。そして、流せるかどうかです。

 

自然体で生きるとは力まない気楽さ

抵抗を作らないためには“流す”ことがポイントです。

流れに身を投じるように、川にドボンと飛び込み、あとは大の字になって仰向けで空でも見ている。そんな感じ。

その状態で、「あぁ、流れが強いから石にぶつかっちゃうかも、アタフタ」「体が沈んでいくから浮けないよ、どうしよう」「このままだと知らない所に行っちゃうよ」と考えることは全て抵抗になります。

すると、抵抗とは現実である“今起きていること”そのままに見ない自分であることがわかります。

言い方を変えると、未来に執着して思考や期待を持ち、現状を見ずに嫌なことが起きない状態にフォーカス。

この状態、体が沈みます。力が入っているためです。

海でも川でも、気楽に力を抜いてふわぁ。空気を吸い込んでゆっくりフ~と吐けばゆっくり体は沈み、空気を吸えばフ~と体は浮き、それを繰り返します。

考えると体に力が入り、怖がると体が硬直します。すると呼吸が浅くなり血の流れが遅くなり、それが続くと滞ります。沈んでも浮いてこなくなります。

考えに恐怖が入り混じると悩みや不安になり、血が流れにくくなるように流れがなくなり、その際の自分は思考も体も抵抗が多くなります。

自然体で生きるとは、力まず、力を抜いてフ~です。

深呼吸。

呼吸する時に抵抗があるかどうかが明確にわかります。抵抗がなければ長くゆっくり吸い、長くゆっくり吐くことができます。

力が抜けることで気が楽になる気楽。そして、呼吸にて血が流れるように、物事へも流れが作られ、抵抗が作られない。

自然体で生きるとは力まないこと

※今起きている現実にフォーカスし、抵抗となる思考や悩みや恐怖に飲み込まれないこと

※自然体な人の特徴は、自然体な人の特徴は蝶か風か│なりたい場合は自我と無我の選択 をご覧ください。

自然体な人の特徴は蝶か風か│なりたい場合は自我と無我の選択を自然体とは蝶であり、風であり、自然の様であり。 「人間ではない?!」という自然体な人。 そんな人には特徴があり、仕組みがあり...

 

自然体で生きる方法

これまでの内容から、自然体で生きるための方法を見ていきましょう。

自然体で生きる意味

方法を明確にするために、自然体で生きることへの“意味”をはっきりさせたいと思います。

自然体で生きることには良いも悪いも共にあります。

自然体で生きられるかどうかという自分自身の在り方や行動も大切ですが、「本当に自然体で生きたいの?」への真意を持った選択も大切です。

これまでお伝えした、地球のように生きる生き方では起きることをそのままにするため、力まず、抵抗せず、流れがあります。

  • 力まないのは、今にフォーカスして未来に執着や期待を持って悩み不安にならないこと。
  • 抵抗しないのは、緊張せず硬直せず、気楽に現実をそのまま見て偽らないこと。
  • 流れるのは、力まず抵抗しないことでの結果。

全てできれば良い感じ。ですが、このようにも捉えられます。

  • 力まないので、変化を求める情熱もなく、未来への動機によって頑張って汗水垂らせない。
  • 抵抗しないので、現実をそのまま直視し、見たくないことも認めたくないことも認めなければならない。
  • 流れ続けるために、自分のできないこともして、それでいて力まず抵抗なく。

「できるか!」と。

ちょっと叫んでしまいましたが、「変化を自らあえて作らない」ということでもあり、野望や野心があると邪魔になる状態です。

そのため、「本当に自然体で生きたいのか?」への真意がとても重要です。

 

自然体で生きることが良いか悪いかは人それぞれ

川にドボンと飛び込んで、泳いで向こう岸に渡りたい人もいます。

「あーあ、気持ちいいなぁ」とプカプカ浮きながら海まで辿り着く人もいれば、途中でラズベリーを見つけてそこで生活を始める人もいます。さまざまです。

「自然体で生きることは海まで行っちゃう人?」と思うかもしれませんが違います。

自然体で生きる上で大切なことは、“自分にとって”ということです。

そこに自然体で生きる意味があり、良い悪いが人それぞれになる解釈があります。

自分にとって力んでいるか、自分にとって抵抗があるか。そして、流れるかどうかは自分にとってでも誰にとってでも同じ、結果として表れるものです。

そのため、自分にとって力んでいるか抵抗があるかを人それぞれに知り、結果として流れが自然に作られているかどうかにて自分にとっての自然体で生きる方法が見出されます。

以上から、自然体で生きる意味が判明します。

自然体で生きる意味 :

模索しながら自分にとっての力まず、抵抗なく、そして流れが作られる生き方を探すこと = 何が自分にとって最も抵抗ないあるがままかを知る方法

自然体で生きる意味とは、あるがままの自分を探す方法ということです。

ややこしいですが、自然体で生きる方法は、あるがままの自分を探す方法の方法という段々。

その方法を見ていきましょう。

 

自然体で生きる方法

方法は一つ、生きながら、あるがままの自分=自然体な自分を探すことです。

自然体で生きることには、方程式のようなものがあります。

自然体で生きる方程式

力んでいない自分 +-×÷ 抵抗のない様 = 流れていく自然

如何に、力んでいない自分を見つけ、抵抗のない様を捉え、最後はプカァと流れていくかどうかで判断します。

どん・どん・はい。はいで判断して、自然体で生きているかどうかを確認する。

ちょっとわかりにくいと思いますので、詳細を紐解いて見ていきましょう。

 

とにかく探す、試す、結果を見る

自然体で生きるためには自分を知る必要があります。

何が自分にとって力入っていないのか?
何が自分にとって抵抗がない様なのか?

そして、その結果で流れがある自然な状態かの判断を見ます。

そのため、日常生活での自然体ではない違和感を活用しない手はありません。

例えば、実家に住んでいて、「何だかここにいると自然体ではない気がする」と。

親の前で力が入ってしまうのは、余計なことを言われたり詮索されたり、干渉や押し付けをされることで嫌悪があり、見たくない自分が出てきて、自分らしく居られないからかもしれません。

すると考えることが多くなり、不安が増え、それに対処するために娯楽に走り訳わからなくなる。

自然体で生きる場合、探します。

家を出てみます。しかし、そんな自分に抵抗があるかも、力入っているかも。

なぜならば、実家にいることには自分にとっての利益があるからそうしています。家賃不要とか、仕事を頑張らなくていいとか、時間やお金の使い方を調整しやすいとか、居心地がなんだかんだ良いとか、恐怖がないとか、ペットと離れたくないとか…。

嫌なことを頑張ればそれは抵抗であり、硬直状態でガッチガチの力々。

自然体になるために頑張るとは自然体ではない真逆を突っ走りますので、その選択は違うと。

それでは、実家に居ながら普段は違う場所で時間を費やし、寝床として利用する。

そうかも。いや、なんか違うかも。

探します、模索します。何が自分にとって力が入っていないか、抵抗がないか。

それは何が自分にとって気楽な状態かです。頑張る必要などありません、もちろん頑張りたければ頑張ります、それが自然体なら。

その時に力入っていますか?

入っていれば違う、自然体ではない、別の道がある、探します。

実家の近く、電車で行き来できるところに良い物件があるかもしれません。普段はそこに生活して、たまにペットに会いに来る。そうだ、違う、探す。

資金面であれば、田舎で格安物件を見つけてみる。そうだ、違う、探す。繰り返します。

そして、気楽、力なし、抵抗なしの時が見つかれば、最後に流れがあるかどうかを確認します。

流れとは物事が続いていく様です。自分らしさが継続できる様です。あるがままに物事を見て、拒否しない自分であり、現実を見れる自分として次の動きに続くことです。

実家から離れたい。でも資金面で楽だからここに居たい。どっち?

どっちもで良いんです。どっちも取るならば実家から離れた自分にとっての気楽さを考えます。

では格安物件を見つけて移動。流れなければ別に道があるので探します。

「答えが見つからない」となれば、「本当に自然体になりたいの?」という選択がそこで物を言います。

自然体になるとは良いことだけではありません。現状が自然体でない状態から自然体になりたいのであれば、現状は確実に違うものになります。

変化を求める際には、現状の生活がなくなると考えてください。

そのため、今が変わることでの恐怖や不安があるので、それを拒否しない意志が必ず必要です。

自然体で生きるためには現状が変わることを理解し、変化から逃げない意志が必要。

これによって、自然体で生きることが良いか悪いかが人それぞれに分かれます。

 

今自然体かどうかであるがままの自分を知る

自然体で生きるために探し、試し、結果を見ます。

その際、「これが自然体な生き方だ!」といきなり答えを見つけることは困難です。

あるがままの自分を探すことが自然体で生きる意味であるために、探して模索することでどうやって生きるのがあるがままの自分なのかを知ります。

少しずつでも探していくことで、自然体の自分が見えてきます。

そのようにあるがままの自分を探すことを目的にすることで、自然体に生きる方法が少しずつ明確になり、道が判明します。

その際に大切なことが、自然体で生きることに時間の概念はないということです。

自然体かどうかは、今この瞬間にのみわかります。

今、風を感じてアへアへ~と、気楽、脱力、無抵抗、あるがままの自分であり完全なる自然体。

それによって、「風が吹くと私は自然体になる」とわかります。

大事なのは風が吹いた時の自分、以上。

ご飯を食べる時に箸を使うことに違和感が。それならば、スプーン?手?自分で竹割って作ってみる?

私はご飯を食べる時、大概は立っているか歩いています。裏が森なので、森の中を散歩しながら食べたりもします。それが私にとって自然体だからです。

しかし、誰か人がいれば座って一緒に食べたりします。その時その時で自然体の自分は変わります。

お店で食べればお茶碗を持って外に出たりはしません、私にとって自然体ではなくなるので。

頑張って嫌なことをしても働き続ける自分が自然体かどうか。それは頑張っている自分が自然体かどうかでありながら、そのしている仕事一つにフォーカスして頑張っている自分が自然体かどうかを確認する必要があります。

嫌々な仕事の中でも楽しい時があるかもしれません。ふと安堵する自然体になる瞬間があるかもしれません。

その時その時の自分を知ることで何が自然体なのか、そしてそれを本当に求めているかがわかります。

あるがままの自分になれる瞬間を知ることが自然体で生きる方法です。

その瞬間を一コマ一コマ取りとめるように、コマを連続で続けることで流れが作られていくため、あるがままの自分の一コマの次にどんなあるがままの自分を持ってくるかを選択することが自然体で生きる結果を見出します。

自然体で生きることは、自然体な自分としてどれほど生きていくかを一瞬一瞬選択し続けることであり、真意を持って今は自然体、今は硬直、今は頑張る、今は野心的にと調整していくことで、自分なりの自然体な生き方が見えてきます。

 

自然体に生きることを教える地球の生き物

最後に、自然体に生きることを教えてくれる存在の世間話にて終了します。

蜘蛛は巣を作り、それを壊してもまた直ぐに作り直します。何度壊しても、場所を変えて作り続けます。

それは蜘蛛にとっての自然体な生き方で、ご飯を食べるために巣を作って獲物を捕らえる必要があり、ただ生きるという本能に従います。

「巣を、何度も、壊すなよー」と郷愁的な悲壮感は私には一切見せず、反旗を翻すことなく、起きることに抵抗なくそのまま、そして、自分のすることに忠実に素直にあるがままです。

雑草は人に刈られればまた生え伸び、木を切られれば朽ち果て分解され養分となり、蒸発して大気となり、雨となり植物を生やす力となり、また木となり。

雨が降らなくなれば太陽にて木は枯れ、枯れ続けて緑はなくなり、緑は茶色の土となり、土は砂となり、砂漠となり、枯渇してひび割れ、表面が崩れて地球内部へ向かう。

常に流れがあります。一つ一つが相乗して打消し合い、組み合わさり流れが作られます。

何が起きても流れを作り、抵抗なくそのままにする地球と生物が自然体に生きるまさに代名詞だと思います。

蝶は今日もパタパタと羽ばたき、蜜を求めて草花木々を巡り行きます。綺麗な色を着飾った羽は太陽に反射して私を癒す、それによって私は安らかにお昼寝に入る流れを作り、蝶自体はそのまま流れ続けて自然体で生きる。

良い匂いがする草花を常に行ったり来たり、「あなたは美しいものが好きなのかい?」と問いたところでどこ行く風か、こちらにやってきて頭の上で一つ挨拶をして、またパタパタと良い匂いがするところへ飛んでいく。

あぁ、自然。あぁ、自然体よ。そんな源氏物語的な気分になる自然体で生きる植物があり、虫がおり、自然体で生きることを教える地球で生きている私達。

あぁ、私達、あぁ、私達よ。

 

自然体で生きる まとめ

自然体で生きるかどうか、それは今この瞬間が自然体かどうかです。

常に自然体であることも選択ですが、その際には一切の力なく抵抗なく、物事への拒否なくあらゆることを受け入れて流す自然の一部となります。

それは、“我がない状態”を意味します。

我がないことで、「私は私」という概念はありません。その状態は素直であり、寛容であり、柔軟であり、干渉せず、押し付けず、あらゆる出来事を敬いそのままに。

地球の一部として生存して循環の一部となる。そしてあらゆる出来事や人と人の関係性の中で存在する粒子のように、今日もパタパタと風行くままに、波行くままに、蝶のように舞い、鷹のように飛び、イルカのように遊ぶ。

そんな自然体、良い悪いが分かれます。

そのために調整し、我があっても自分にとっての自然体があり、気楽な気持ちを忘れずあるがままの自分がいることを認識します。

今自然体かどうか?

今日ではなく、この仕事ではなく、この家族ではなく、この場所ではなく、「今自然体かどうか」です。

そんな自分を知り、自然な状態を増やしていくことで生き方は自ずと変わっていきます。

あらゆる力を抜き、呼吸をフー、ハー、スー、プー。ちょっと最後の誰?と。

誰でもいいわい、わしでもいいわい。力は入れずにゆらゆらゆらと。

そんな時間を増やす一助となることを願い、自然体で生きることからわかる意味と方法についての話を終了します。

それでは、最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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