人生哲学

人生の目的とは何か│生きている意味からわかるシンプルな事実

人生には、生きている意味があることで目的を持つことができます。

そのため、意味と目的は全くの別物です。

ここでは、人生の目的についてをお伝えします。

人生があることで生きている自分がいるため、生きている意味や、何をするために生きているのかを知りたくなるものです。

実際に自分の人生には果たすべく目的や、達成したいと思う目的があるかを考えてみると、「うーん、何だろう…ピカーン!」という具合に一つの答えが見出されます。

おそらく、誰しもが同じ答えになるのではないかと思います。

そんな答えを紐解きながら、人生の目的についての話を共有できれば幸いです。

詳細を見ていきましょう。

人生の目的とは何か

人生、目的

初めに、言葉から紐解いていきたいと思います。

人生の目的には、“人生”“目的”の二つのワードがあります。

人生、それは苦労と忍耐による神秘の修行と幸福への道、なーんてカッコいいこと言いたいですが、人それぞれですので、人生とは“人が生きる世”という具合の解釈になります。

千差万別の人生があるために、苦労する人もいれば、一生困ることも辛いことも味わわない人もいます。

一生辛い人もいれば、一生楽な人もいます。何でも手に入る人がいれば、何にも手に入らない人もいます。

その違いは何か。

物事をどのように見て捉えるかの”認識”です。

人それぞれに、天気が晴れることでパニックになるくらい昇天的な幸福を感じる人もいれば、日焼けクリームを舌打ちしながら塗って太陽を睨む人もいます。

喜びなのか悲しみなのか、同じことでも人によって認識が違い、人生に対する認識も違います。

そのため、人生とは”人が生きる世”という具合の回答になります。

 

人生とは人が生きる世であり、自分が生きる世界

“人が生きる世”という言葉には明確な理解があります。

人生にあるもの、それは”自分”、”時間”、”空間”です。

「人生とは何なのか?」を考えると真っ先にわかることは、一人一人に人生があることです。

自分の人生は自分にしか認識できないので、認識する自分がいて、人生のタイムリミットとなる時間があり、存在する空間となる世界があります。

自分の認識、自分の時間、自分の世界と、全て”自分”という主観が前提にあります。

認識とは自我意識のことで、脳の思考や感情、肉体の運動機能や感覚、心の気持ちがあり、その根底に基盤となる”意志”があることで、変えられない自分の核となり軸となる”自由意志”を持ちます。

そして、時間とは本来存在せず、時間間隔は相対的で自分にしかわかりません。地球と太陽の自転と公転周期や時計にてルールとして設定していますが、それは記憶による認識ですので、”幸せとは”の辞書にある答えのようなもので、大まかな枠組みでしかありません。

人生における時間とは肉体維持できる”寿命”のことで、一人一人違う時間の感覚と長さがあります。

さらに、空間となる自分の認識の区域や範囲の世界があり、認識を持って自分色の世界を持つことで人によっては夏を良いと言い、冬を良いと言い、個性や独自性を持ちます。

人生とは何かを理解する際に最も重要なことが、”自分”という主観が全てであることです。

「うわー、この花ー」と言う人が隣にいて、その「うわー」がどういう「うわー」なのかは本人以外にはわかりません。できるのは真意を訪ねて、「こういうことだろう」と何となく解釈したり決め付けたり思い込むことで、自分以外に本人の認識や人生を理解することはできません。

人生とは自分のみを対象にした認識、寿命となる時間、自分色の世界
=自分が生きる世界(または、自分が創る世界)

認識を作り、寿命として時間を持ち、自分の世界を持って生きるのが”人生”です。

自分によって人生の基盤を作り、認識によって世界を作り、世界の在り方によって肉体維持の管理や調整、生死の取り扱い方を変えて時間も作ります。

物事をどう見て捉えて感じて考えての認識を基盤にしても、寿命を基盤にしても、世界を基盤にしても、人生の基盤は全て”自分”。

 

目的とは喜びを求める行動と動機

目的とは達成するための行動であり、行動動機となるねらいや的です。

辞書にはこのように書いてあります。

目的とは : ※引用 コトバンク

 実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。「当初の目的を達成する」「目的にかなう」「旅行の目的」
 倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの。

目的のために行動するからには動機があり、「達成したい」「叶える」と抱く意志があります。

目的を持つことを考えると、「誰も見ていない上に、お金もかかって、苦しいだけで、本当はこんな食べたくないけど、お店のメニューを全部注文して地獄のような苦しみを味わってやるぞ」と、ただ苦しみを得ることが目的になる人はなかなかいないと思います。

すると、”達成感”や”肯定”や”受容”として、「やってやるぞ」「みんなに褒めてほしい、認めてほしい」「自己価値を高めるぞ」「自分を愛するぞ」「たくさん食べられるように能力上げて成長だ」など、何かしら自分にとっての喜びや利益があるからこそ目的を持ち、行動動機には自分にとっての喜びを求める意志や意思があります。

目的とは、自分にとっての喜びを求めようとする自分がいることで抱く行動動機

心でも脳でもどちらでも自分にとっての喜びを求めるために目的が作られます。

そのため、自然と自分にとっての喜びを求める目的もあれば、意識的に喜びを見出して作る目的もあります。

どちらも自分にとっての喜びであることには変わりなく、人生の目的は自然と生み出されるか、あえて作り出すかの両方があると、言葉の紐解きからは考えることができます。

※人生を知るこの世の仕組みは、人生の価値観でわかるこの世の仕組み|みんな変態的に俳優なんだ をご覧ください。

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人生の目的とは

これまでの内容から、人生である”自分が生きる世界”の、目的である”自分にとっての喜びを求める行動動機”が人生の目的です。

人生の目的とは : 自分が生きる世界で自分にとっての喜びを求める行動動機

言葉の意味から理解するとこのようになり、”自分”と言っても、自分を明確に持つ人もいれば見失っている人もいれば、自分だと思い込んだり、自分をあえて消して生きる人もいるので、“自分にとって”というニュアンスが丁度良い塩梅かと思います。

 

人生の目的は人生の意味とは違う

人生の目的として、生きている狙いや達成したい何かがあることで、「目的を達成するために生きている」というのが人生の意味になるので、人生の目的がわかれば人生の意味も同時に見えます。

しかし、しかしです。

人生の目的と人生の意味は全く違います。そして、人生の意味が初めに見出され、その後に人生の目的が見出されるという順序もあります。

順序なんてなくてもいいのですが、人生の意味を知らないと目的を見出すことはありません。

「達成したいこと?」
「うにゃ~、人生に意味がなければ要らなくね?」という感じで、実際には考えることすらありません。

そのため、初めに人生の意味で、その後に目的となります。そういうもんなの、という思い込みでも決め付けでもなく、自然にそういう順序になります。

原始人がかき氷を見て、目の前の人にぶん投げるみたいなものです。意味がわからなければ、その後を考えることはありません。

※人生の意味がわかるどうでもいい話は、人生どうでもいいことの真意│人生の意味から見える本当の捉え方 をご覧ください

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人生の意味がわかると人生の目的がわかる

人生の意味とは前述した人生の紐解きではなく、生きているリアルに対する理解です。

生きている以上、生まれてから今この瞬間までが自分にとっての”人生”なので、意味を見出せるのは“今”しかありません。

そして、今また新しい意味を、また今、さらに今…と一生続きます。今は常に移り行くので、人生の意味を今考えても一瞬で過去になります。

「あなたの人生の意味は何ですか?」
「はい、それは、」
「はい、もう遅い、新しいの考えて」
「はい、人生の意味は」
「はい遅い、次のは」
「はい、人…」
「遅い、次」
「…このやろう」という具合です。

もうおわかりかもしれませんが、人生の意味などありません。

意味は思考的に見出せず、”今生きているという現実”がそのまま意味になります。

「人生の意味は何ですか?」
「今、以上」

“生きている現実”ということです。

人生の意味がわかると、次のステップとして人生の目的に向かうことができます。

人生の目的は、今生きている現実を認識することで見出される。

原始人がかき氷の冷たさを理解して、ほっぺにピト、冷や、あへぇという具合で、意味を知ることで目的を持つことに繋がります。

※今を生きる意味と目的は、今を生きるとはどういうこと?│以外に知られていない意味と目的 をご覧ください。

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人生の目的を見つける

人生の目的を見つける方法

目的は人生の意味がわかることで見出せる段階に入ります。

あとは、”自分にとっての喜び”を求める行動動機があれば、目的を見つけることができます。

ここで疑問があります。
「行動動機は何によって作られるの?」

ここに必ず必要となるのが”自分”です。また出てきました。

人生の紐解きをする際も自分のみが主観なので、自分が人生そのものとなります。さらに、人生の目的を見つけるためにも”自分にとっての喜び”を求める必要があり、それをするのも自分です。

そのため、人生の目的とは言い方を変えると、自分が自分にとっての喜びを求める行動動機となります。

わかりにくいですね、どういうこと?

「勝手にやってよ、そんなこと」ということです。

全部自分の話で、他の誰にも介入できないのが”人生の目的”です。

自分以外にわかるこたぁありません。自分だけがわかります。

すると、人生の目的を見つける理解が生まれます。

自分がわかれば人生の目的がわかります。

※自分を知る話は、自分を取り戻す方法はあるのか?|ない、から作る。自分はここにいる をご覧ください。

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自分とは人生の源であり、喜びの源

そもそもの話に少し戻ります。

人生の紐解きをすると、認識があり、時間があり、空間があります。

そして、それらは全て自分によって見出される見方や捉え方、肉体維持の寿命、認識による自分色の世界です。

物事を自分なりに考えて感じて想う自我意識があることで”自分”と思うことができ、見方や捉え方、肉体維持の敬いや快楽ドーパミン主義、自分色にするか他人色にするか、はたまた他人色を自分色だと思い込むかなどのさまざまな認識を作ります。

「その認識、どうやって作られるの?」と、自分の根底を知りたくなります。

すると、生まれてから今日までの記憶があり経験があり、生活環境にある情報とインプット方法からの人間性や在り方にて、認識の基盤である自分が作られていることがわかります。

ここで疑問があります。
「え、じゃあ、自分いないじゃん。全部誰かや環境で作られているってこと?」

作られていようが何だろうが、生きている以上は今の自分は自分でしかなく、作られていると認識するのも、作ったと認識するのも自由で、自分は自分です。

これが人生の意味です。

 

自分の存在そのものが人生の意味

人生とは自分そのものですので、”人生の意味”=”自分の意味”です。

前述の通り、人生の意味は今この瞬間にしか見出せないので、生きている現実が意味になります。

=生きている現実が自分そのものとなります。

意味を見出す際には納得や理解できることを答えにします。それは脳によって作り出すためで、過程や理論がないと納得しないのが脳ですので、既に社会性の中でのルールに準じた意味の見出し方になります。

しかし、人生や自分の理解をする際に他者の介入はできず、主観は自分のみです。

さらに、自分とは自我意識によって”これが私”と認識するため、脳だけが自分ではなく、自我意識にある脳も肉体も心も全てを含めたバランスがあります。

全て含まれる自分が、今この瞬間の現実を認識する自分でして、どう現実を見ようが捉えようが思おうが感じようが、認識は完全な個人の自由であり本人にしかわかりません。

以上から、人生の意味は自分そのもので、人生の目的とは自由に認識する自分そのものが行動したい、達成したいと思う行動動機です。

 

自分にとっての喜びは今か過去か未来か

目的となる自分にとっての喜びを求める行動動機。

喜びには人それぞれにさまざまなものがあります。幸せを望む人がいれば、望まない人もいます。

すると、人によって幸せが喜びにもなり、幸せでないことが喜びにもなります。

仕事していて、つまらなく辛い仕事でも辞めないのはなぜでしょうか?

常識やルールに従うことが喜び?
常識やルールに従わないことが喜び?

仕事することでお金をもらえる安泰があり、お金をもらえなくなることでの恐怖を味わわない安泰があり、家族を養える安心があり、家族を養えない時の自分に起きる否定や批判や心地悪さの恐怖のない安堵があります。

喜びとして嬉しく満足することと同時に、辛くない恐怖のない状態に安堵するものがあります。

言い方を変えると、ポジティブな喜びと、ネガティブにならないことの喜びです。

自分にとっての喜びとは
  • ポジティブな喜び
  • ネガティブにならないことの喜び

※ポジティブな喜びは、嬉しくて満足した瞬間に認識される
※ネガティブにならない喜びは、起きてほしくない現実が起きない時=起きていない未来の空想物語として頭の中で作る短編ストーリー

喜びは人それぞれに、今認識される喜びと、過去の記憶を使用して未来に空想した嫌なことが起きないことへの喜びがあります。

「未来の起きていないことが実際に起きなかったことに喜び?」

と、不思議な話で疑問かもしれません。

ネガティブにならない喜びは未来に対することなので、空想はできても現実に起きていないので自分として認識ができません。さらに、現実ではないので喜びを抱くこともありません。

実際に起きているのは、起きていないことに対する頭の中での自己完結であり、喜びではなく恐怖から逃避できた安堵でして、自分ではなく脳だけでの一時凌ぎの解釈です。

これまでの人生の意味や目的の話から、人生の認識は今であり、意味も今生きている自分です。

未来の空想にてネガティブにならないことを喜びにする場合、今を認識する自分がいなくなります。

意味や目的を持つ主観がいない、そして人生そのものがない。

自分に聞いてみるとわかります。
「誰のために生きているのか?」

「私のため」
これ以外の答えがある場合、人生の意味も目的も見つけることはできません。

目的となる行動動機、そこには今認識できる喜びを求める自分が必ず必要です。

すると、人生の目的とは何なのかへの最終的な理解が判明し、同時に人生の目的を見つけることの意味がわかります。

※喜びがわかる話は、意志が強い人と弱い人の特徴│自由なる意志を高くする曇りなき口癖 をご覧ください。

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人生の目的とは何か 最終結論

最後に、人生の目的とは何かの結論をお伝えして終了します。

人生の目的を見つけるキーワードは、“自分”“喜び”“今”です。

今というのは現実のことで、過去や未来は脳の記憶と思考の世界となるために自我意識のバランスを崩し、肉体と心が逸脱してしまいます。

人生とは自分そのものであることから、脳だけが自分になることはなく、思い込みや決め付けにて解釈することで、人生の目的を理解する前に”人生”を認識できなくなってしまいます。

そのため、自分という存在として認識することで思考も感情も感覚も想いも全て使用し、そこには喜びを求める自分がいます。

「どんな人間が自分なのか?」に対する答えは自分以外にはわかり得ないことですが、”今”生きていることを認識することで、誰しもが自分を理解することができます。

そして、今を生きることと同時に、喜びが何かを理解することで人生の目的が定まります。

その喜びとは、ネガティブにならない喜びではなくポジティブな喜びのことで、今を認識することで感じるものです。

喜びを求めて行動することが目的となるのではなく、生きている今を認識してそこに喜びがあればそれが目的として存在します。

見つけ出し、追い求めるのではなく、生きている今を認識することで目的となる。

人生の目的とは探し出すものではなく、生きていて感じる喜びを認識すること

とてもシンプルです。

ぜひ、今日一日、昨日一日を振り返ってみてください。

喜んでいる自分はいましたか?

ご飯を食べていて嬉しかった場合、その時の自分が人生の目的です。

“人生の目的”と”目的”は大きく異なる解釈があり、目的という言葉だけを解釈すると、自然と生み出されるものと、あえて作り出す目的がありますが、”人生の”という言葉が付くことで現実である今の自分が対象となり、自然と生み出される自分にとっての喜びを認識することが”人生の目的”です。

わかりにくいですね、何が言いたいか。

人生の目的は考えることではなく、“喜びを求める自分を知る”ということです。

 

人生の目的を見つけることが目的

ついに答えに辿りつきました。

最終的にはとってもシンプルな、”喜びを求める自分を知る”ことが人生の目的であり、生きている目的であり、達成したい目的です。

どんな喜びでも今を認識することでわかるものですので、今日一日の自分自身を認識してみてください。

仕事している時に喜びを感じている自分はいましたか?
お昼ご飯を食べている時に喜ぶ自分はいましたか?
今この瞬間にしている行動に喜びを認識していますか?

そこに喜びがなければ人生の目的が今はないことを表します。

ですが安心してください。人生の目的とは今この瞬間にしかわかりませんし、人生の意味も今にしかわかりません。

目的は一つだけというものではなく、常に移り行く時間の中で見出す喜びは今、またはこれから起きます。

今現在、人生の目的がない場合、目的を見つけることが人生の目的になります。

言い方を変えると、喜んでいる自分を見つけることが人生の目的です。

それを知った時、「目的あんじゃん」と言っていますよ。

そんな気楽なものが人生の目的です。

※人生の目的のスピリチュアルな理解は、人生の目的はスピリチュアルがおすすめ│終わらない魂に生涯の遊び方 をご覧ください。

人生の目的はスピリチュアルがおすすめ│終わらない魂に生涯の遊び方何をするために生きているのか? するべきことがある人生なのか? 達成やしたいことを目的として人生を過ごす。 そんな人生の目...

 

人生の目的とは何か まとめ

ぜひ気楽に考えてみてください。

目的と言うと設定するものだと思うかもしれません。ましてや”人生の”なんて言うと大それた哲学であり真理のような気がします。

しかし、実際にはシンプルで常に移り行く自然の摂理です。表現がややこしいので難しそうなことはありますが、この世に難しいことはそんなになかったりします。

人生に対する理解や認識は完全に”自分のみ”という前提であり普遍があり、自分にしか存在しない千差万別の目的であり生きている意味があります。

自分という存在を人生の舞台に立たせるためには、脳だけでなく自我意識としてのバランスが必要です。

といっても何か難しいことがあるのではなく、人それぞれに持つ脳の思考や感情、肉体の記憶に感覚、心の想いを基盤にした自分のことです。

それは、物事を拒否したり思い込んで決め付けない自然な状態のことで、偏って物事を決める捉え方ではなく、起きることをそのままに、今いる自分をそのままにします。

脳に偏ることで目的を探し出して求めようとします。それは欲望となり、あるものを得ればより大きなものを求め、欲望は終わることのない欲望を作り続け、最後は全てを得たと思い込み燃え尽きます。

そこに悪いことはありませんが、人生の目的を見つける場合には遠回りになります。

遠回りも良いことですが、それが良いのは成長のためです。

人生の目的とは何かを知るには、自分の喜びを知ります。

ただ、今この瞬間を認識して、喜びのある自分を知る。なければ喜びのある自分を見つける。

それは、幸せになることを自然に促す行動動機となり、目的を見つけた時には嬉しさと満足のある喜びに溢れているかもしれません。

そんな人生の目的です。

素敵な人生を。それは素敵な自分を。

それでは人生の目的とは何かの話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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