悩み

人間関係がめんどくさい理由と心理│改善は言語のアイテム化

この世で一番めんどくさいこと。

それほどまでに思ってしまう人間と人間の戯れ、ままごと、じゃれ合い、馴れ合い、面倒さ。

どうしてめんどくさいと思うのでしょうか?
そう感じている?自然と?ルール的に?反射的に?

どうしてめんどくさいと思うかの理由を知ると、意外にめんどくさいのは悪くないことに気付くかもしれません。

ここでは、人間関係がめんどくさい理由と心理をお伝えし、めんどくさいことを活用した改善方法をお伝えします。

生真面目な話はめんどくさいので、気楽に適度な内容となっています。

めんどくさいと思う理解によって自分を知り、人間関係の見方を変え、めんどくさいことの改善へ繫げる一助となることを願います。

人間関係がめんどくさい理由

人間関係の何がめんどくさい?

そもそもの話なのですが、人間関係がめんどくさいとはどういうことかを明確にしたいと思います。

「人間関係ってめんどくさいよね」
「だよね~」

誰もが知っていることなので会話にもなりません。

それを種に、「最近職場でこんなことがあってさ、最悪じゃない?」
「いや、もうあんたがめんどくせー」と。

人と人の関わりでは、自分しか知らないこと+相手しか知らないことが混ざり合わさる空間と時間になるため、それぞれの考え方、認識の調和度合によって良くも悪くも結果が作られます。

両者の共同創作、調和や協力、干渉に利用し合いの共有反応が人間関係。

そのため、最高な空間創作にも、楽しい時間共有にもなる反面、最低な空間のぶち壊し、反吐が出る時間消費となり、もう嫌、めんどくさいともなります。

人間関係とは理科の授業の実験のようなものです。

電気の(-)と(-)をくっ付けたらバチバチっと火花が飛んでショート、ボンッ。

実験している側は特に影響は少ないですが、実験されている電気の(-)側はこう思います。
「最悪、ボロボロや、痛-し、もう嫌だ、やめて、つまんねぇ、めんどくせぇ、もうやりたくねぇ」と。

(-)と(+)だったら、「最高か」と。

人間関係がめんどくさいとは、自分と他者との共同創作が上手くできていない結果から抱く理解です。

 

一方通行は人間関係をめんどくさくする

相手に利用され、無駄な時間消費をさせられ、ストレスを作られ、労力を使わなければならず、気を使わせられて自分を変えられ、苦しめられと、何かしら“不利益”を被ることでお互いの関係性は不良だとわかります。

「うちの職場の人間関係まじでめんどくさくてさ、ブラブラブラ」
「えーマジで最悪じゃん、こっちもさ、ブツブツブツ」

ただの愚痴でも文句でも、関わり方がどんな形でもお互いの創作があれば、ストレス発散や感情発散、エネルギーの奪い合いや一時凌ぎ、喜びや楽しみ、自己表現や自分らしくなる時間など、人それぞれに実りある人間関係が築かれます。

そこには、相互交流があります。

しかし、一方通行の場合には、相手が何考えているかわからない、何がしたいのか謎という理解できない相手の影響が関係性不良に+追加、もう最悪なことに。

さらに、依存や執着をされた時にはどうしましょう。

元々の反発にドロドロ感を加えて、どす黒いドブの臭いを漂わせます。BGMは唾を吐く音でも流します?と。

これもある意味共同作業か?

一方通行では“関係”という”何かと何かの繋がり”にはならず、人間関係がない状態です。

一方通行によって人間関係すら作られず、わからない、つまらない、めんどくさくなります。

 

人間関係がめんどくさい理由

「めんどくさい」とはとても使いやすい言葉ですので、一つの表現にさまざまな理解が含まれます。

わからない、つまらない、疲れる、煩わしい、イラつく…さまざまに憤りが募り、対処不能になり、関わる意欲がなくなる。

「人間ってめんどくさい」

どうでもいい、興味ない、重要でないという納得を促す言葉にもなり、相手に非を押し付け、自分を正当化する使い方にもなります。

そのため、人それぞれに人間関係がめんどくさい理由はさまざまにあります。

そんなさまざまな理由を一覧にまとめると、こうなります。

人間関係がめんどくさい理由
  1. 人間関係を築く気がない
  2. 相手のことがわからず思い通りにいかない憤り
  3. 自分らしくあれないことで疲れる、ストレス
  4. 支配する、される関係性が煩わしい
  5. 執着と依存の関係性が気持ち悪い
  6. 人と関わっている時の素ではない自分を認めたくない反抗
  7. 人と関わることに恐怖を抱く記憶の滞留と引っ掛かり
  8. 人に興味がない
  9. 孤独が好きで人と関わるメリットがない、少ない

人間関係がめんどくさい理由はさまざまですが、共通していることは一つだったりします。

自分が得る利益より不利益が多い。

※利益とは、喜びや楽しみ、恐怖や苦痛のなさなど、自分にとっての満足や納得のことです。

人と関わるよりも独りで居ることに利益が多ければ、孤独を選ぶと思います。または動物や自然と関わります。

私達人間は自分の利益のために生きているので、人と関わることに利益を常に求めます。

「この人と関わって何か利益があるのか?」

利益がなければ世間話すらしないかもしれません。

何かしら満足や納得を求めて人と関わろうとすることで、利益追従は迅速かつ円滑になりますが、同時に起きることがあります。

それが、人間関係がめんどくさい理由の核。

人間関係に意味を求めることです。

 

人間関係に意味を求めるとめんどくさくなる

「この人と関わる意味は?」
「この人と話している理由は?」
「この人と今居酒屋にいる目的は?」

意味や理由や目的が見出せなければ、相手が関わろうとしてもこちらからは関わらない。

「ねぇねぇ、あの人なんか気に食わないよね」と言ってくる人の目的がわかれば、自分と合わないことがわかり、利益が得られないから関わらない。

しかし、良い人そうだから関わってみたら、過去のことまで深掘りしてきた。くそっ、この人と関わる意味を見失った。

利益がないとわかって関わりをやめれば、相手は利用だけされて価値がないから捨てられたと思う人もいます。

当然嫌われ、よりめんどくさいと思うことが起き始めます。

人間関係がめんどくさい理由は、人間関係に意味を求めることが考えられます。利益を求めて見定めて損得勘定をし、区分け作業をしているのかもしれません。

 

関係が良好な人には意味をわざわざ求めない

めんどくさいと思う対象と、そう思わない対象を比較すると上記の内容はわかりやすくなります。

夫婦やパートナー、恋人や友人、家族や知人など、関係が良好な人に対しては関わりの意味や理由や目的を見出すことは少ないと思います。

関わる時間が長くなればなるほどに意味を求めることはなくなり、自然な相互交流が起きます。

しかし、めんどくさいと思う職場の同僚、上司、知人、近所の人、親戚、家族、隣のプーなどは、関わる空間や時間の存在意義を求めます。

「どうしてこの人と?」
「なぜ言うことを聞かないといけない?」
「こんなやつが上司だと?」
「この人といる影響がこれだ」
「自分を変えられた、支配されている」
「やっぱイライラする、ストレスを感じる」
「なんでこんな人を好きになったの?」
「プーってなに?」

関わる理由、目的、気持ち、動機、利益、不利益、結果、現象…あらゆる意味を見出そうと思考を働かせます。

そこには、人間関係がめんどくさいと思う心理が潜み、理由を作る自分の在り方があったりします。

詳細は次の章をご覧ください。

 

人間関係がめんどくさい心理

人間関係をめんどくさいと思う心理

人との関わりに意味を求める。

ここには心理があります。

関わる意味を求めることは、「自分が納得しなければ関わらない(または関わりたくない)」という心理です。

理解して納得できなければ関係性に意味がなくなる状態を心理が作ります。

意味がなくなれば関わる必要がないと自然に認識。

その状態で、仕事や常識などのルールにて関わらなければならない環境があると、無理強いをされていると思う材料となり、「めんどくさい」と思い、感じ、もはや心からめんどくさいと認識します。

この心理は、自分が人との関わりの主導権を放したくない願望が潜み、その根底には恐怖があると考えられます。

主導権を握って人間関係を築きたいのではなく、主導権を手放して相手に握られることを恐れる心理。

人間関係をめんどくさいと思う心理には、人との関わりに恐れを持つ過去の記憶が起因します。

 

人と関わる恐怖がはびこる心の闇

過去の記憶に、人との関わりでの恐怖として、恐れ、不安、逃避、パニック、対処不能、苦痛、危険があります。

※スピリチュアルな認識を含めると、自覚なくとも過去世の恐怖体験という可能性もあります。

おそらく誰しもにある記憶ですが、その記憶によって人間関係がめんどくさいと思う心理になる場合、記憶が滞留している可能性があります。

言い方を変えると、人と関わる恐怖の元となる記憶を認めていない状態です。

恐怖の際の感情が発散されず、自己表現を抑え付け、我慢して堪えて耐える。またはなかったことだと誤魔化して、偽り、自分に嘘をついたまま。

記憶が記憶として存在できず、記憶庫に流れていかないことで、人との関わりを作る心理に。

納得できればめんどくさいと思わず、人間関係を作ります。

それは、納得できる人には心を許すという在り方です。

納得できなければ反旗も反抗も抵抗も強く、疲れもストレスも多くなり、憤りも不満も不利益も増えていきます。

そして、「めんどくさい」と距離を取ります。

ここでわかるのは、めんどくさいと思うことは自己防衛でもあるということです。

それ以上自分に労力消費をさせず、自分らしくあれない現実を作らず、疲れもストレスも抑える。

人によっては孤独を主張するように好み、自己防衛は形を変えて対処法を作ります。

※人間嫌いの面倒さは、人間嫌いでいいじゃない。動物好きな特徴から見える意志と人間性 をご覧ください。

人間嫌いでいいじゃない。動物好きな特徴から見える意志と人間性人間嫌いと人間に興味がない人は明確な違いがあります。 興味のレベルではなく人間が嫌いで大嫌いな場合、闇があり、嫌いになる理由があり...

 

人間関係をめんどくさいと思う大切さ

心理によって現状の在り方、人間性が作られます。

そのため、心理とは今の自分を表します。

今の自分であるために明日は別かもしれません。変わるという意味です。

現状、人間関係をめんどくさいと思うことは、過去の記憶も含めた自分の在り方です。

自己防衛として、これ以上自分を苦しめず、心の傷を深めないための対処にもなるのが、「めんどくさい」と人から距離を取る方法です。

「めんどくさい」は逃避にもなり、自分の正当化にもなり、否定しない在り方にもなります。

人間関係がめんどくさいと認識することは自分を護る術です。

しかし、めんどくさいと思う自分を肯定することは困難です。いえ、しない方が本人のためになると思います。

逃避を肯定することは、人間関係の構築を自らしないことを認めます。

人それぞれなので何も悪いことはありませんが、今後の変化や向上や改善の道を自ら細めてしまいます。

「それじゃあ、めんどくさいは禁止?」なんてことにはなりませんので、ご安心ください。

私は人間関係は超絶にこの世で一番めんどくさいものだと思っている人間ですので、「めんどくさい」を重宝しています。

ここでお伝えしたい主旨は、「めんどくさい」とは現状否定や人との関わりに墨を塗るものではなく、有効的で気軽な対処法となる言語アイテムという話です。

「人間関係なんてめんどくさい」
その通り、これで最高です。

言葉の力はとても強力。アイテム化しましょう。自分のために使いましょう。

煩わしい人間関係の対処法、見ていきましょう。

 

人間関係がめんどくさい 改善方法

人間関係がめんどくさい時の改善方法①

改善方法は、「めんどくさい」のアイテム化。

「めんどくさい」と認識した時に自覚することで、人間関係の煩わしさを自ら改善していく気付きを得ます。

めんどくさいの認識はこうです。

めんどくさい = 煩わしい、厄介、嫌だ

めんどくさい = 人との関わりで意味を求めている、自己防衛が発動している

意味として理由や目的、納得や理解を求めたり、自己防衛にて恐怖が無意識に出ていることを自覚するアイテムとして使用します。

これによって、人と関わる際の自分がわかりやすく理解できます。

すると、目の前の人に対して、自ら関わる気があるのかないのかが明確にわかります。

するとすると、人間関係がめんどくさい理由が相手にあるのか、自分にあるのかがわかります。

自分にあるとわかれば自ら変化を促す動機となるので、関わり方を変えて相互交流を試みると、人間関係は大きく変わります。

 

改善法ポイント

上記の改善方法にはポイントがあります。

人間関係は自分と相手の共同創作であり、両者の共有反応として良くも悪くも変わります。

相手が己の利益のみを考えて、「ねぇ聞いて、あの人って嫌になっちゃうんだよ、この前なんか、むにゃむにゃむにゃ」と同情を求めて文句や愚痴を垂れ流す場合、そこに参加して同情する動機がなければ共同創作は起きませんし、嫌であれば作る必要など皆無です。

人によって、そして自分によって人間関係の必要性も大切さも、煩わしさもめんどくささも変わるため、めんどくさくなる理由がどこにあるのかを知ることが改善法のポイントです。

理由が相手にあれば、「こいつめんど」で終わり、以上です。関わる必要はありませんので、当たり障りなくあしらっておけばOKですし、蹴り飛ばしても良いかな、なんて。

しかし理由が自分にあれば改善する動機になり、関わる相手を考慮する機会ができます。

人間関係を良きものに変えていく方法として、軸を明確にして主体性を持ち、自分のことを敬いながらも相手のことを敬います。

さらに、共同創作の意識を持つことで、相手のことを考えて主導するプロデューサー的な役回りになったり、お互いの共有反応を楽しむ余裕が出て来ます。

めんどくさい関わりになる人がいれば、めんどくさくない関わりになる人もいます。

あくまで人間関係の見方を一側面にしないことで、自分らしく関わりの幅を調整することが、めんどくさいをアイテム化する狙いです。

アイテム化によって、本当にめんどくさいのには、「こいつマジでめんどくせー」と本気で使用することで、関わる人によって区分けや線引きができるので、無駄な疲れやストレスを省くことに繋がります。

※詳細は人間関係についての、人間関係はわからないから適当がいい│大切なことを取り戻すいい加減 をご覧ください。

人間関係はわからないから適当がいい│大切なことを取り戻すいい加減人と人の関わりほどめんどくさいものはありません。 実際に何がめんどくさいのか? わからないことが多過ぎる、考えることが多過ぎ...

 

人間関係がめんどくさい時の改善法②

二つ目の方法は、人との関わりに意味を求めないことです。

理由や目的なく人と関わることで、めんどくさいと思う理由がなくなります。

方法は思考以上に感覚や感性を主体にします。

すると、関わる意味は考えずとも、喜び楽しみたい、心地良く豊かな気持ちになりたいと、喜びを求めるに準じます。

この状態で人と関わると、相手がめんどくさくなります。

「どこが改善やねーん」という感じですが、自分の人間関係改善にはなります。相手は知りませんが…。

一方的は人間関係がめんどくさい理由や心理を改善することはないので、この方法の場合には関わる人を同じような人にする必要があります。

人を明確に選んでから、同じタイプの時に感覚と感性を主体に何も考えず欲に準ずる。そんな具合です。

子供や団地のおばちゃん的なイメージで、同じように自分の喜びを求めた集団による人間関係は、気楽な共有反応としてそれぞれが個々のためになる良き時間となります。

同じタイプでなければ、ただの迷惑ですので要注意。

また、人との関わりの意味を自分の理解ではなく、相手の納得や利益とすることで、意味を求めたまま人間関係を主体的に築くことができます。

その際は、相手への敬いという気持ちが人間関係を良きものに変えます。

 

人間関係がめんどくさい理由の改善(心理)

めんどくさいと思う心理的要因からは、過去を認め、記憶を記憶として正しくすることが改善です。

恐怖が拭えないことが潜在意識にあると、意識せずとも自然に恐怖が先行した関わりをします。

この状態では、無意識に人を信じていない自分になるため、見えない疑心や猜疑心があり、それは何より自分を信じていないことを表します。

相手に主導権を握られないようにする在り方は、人と人の関係を良きものと捉えていないため、常に負がある前提認識で関わりはマイナススタート。

やっとゼロ地点に辿り着いた状態に安堵や安心を抱くことで、それ以上を求める動機がなくなり、人間関係の素晴らしさを知らずに過ごす、でもそれでもいい、と疑問がなくなります。

人間関係をネガティブではなくポジティブに捉えることが大切でして、その改善方法として停滞する記憶を認めて流します。

方法は自分を許すことです。

自分を許せない記憶が留まることで、人を信じられず恐怖に基づく心理が表れます。

許すことは信じることでもあり、人間関係を作る基盤の在り方が変わり、人との関わりの見方が変わることに繋がります。

※必要に応じて専門家と共に改善されることも大切です。

※人間関係に悩む場合には、悩みを解決する方法で正体が見える│紐解くとわかる解決しない案?をご覧ください。

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人間関係はめんどくさい まとめ

めんどくさいものはめんどくさいです。

この世にはあらゆる煩わしさが存在しますが、知らない人同士の共存環境では、それが当たり前かと思います。

自分の認識以外にわかるものはありませんので、どれだけ近しい人でも人間関係を築くことには困難な壁があり、乗り越えることで見えるハチミツ畑が光ります。

ハチ畑で泳ぐためにも、関わりに意味や理由や目的を求めず、気楽に適当に関わることでめんどくさいと思う理由がなくなります。

それはとても難しいことでもありますが、関わる相手の利益を求めることができれば、関わりに意味を求める在り方をそのままに、人間関係は一変して向上します。

創作は常に作る意志と意欲に基づき、そこには自分を喜ばせる動機があります。

それを人との共有に当てはめると、自分だけでなく相手の喜びを尊重する動機によって、共同創作は勢いを増して良きものを作ることになります。

この世は芸術、創造世界はアートという小さな枠組みを取っ払い、人と人の無限の関わりを広げます。

それは良いも悪いも、光も闇も内包し、如何様に材料を使用するかは作り手次第。個人も楽しいですが、共同も協同も良きものです。

そんなアートな人間関係の話、めんどくさいを活用した関わりをお楽しみください。

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