人それぞれ

家族のあり方を見直す。家族に対する特別視のルールに気付く

家族とはとても身近な存在で、とても大切な存在です。
その理由はなんでしょうか?
「家族だから」でしょうか?

家族とは一緒に過ごす時間が長く、よりお互いのことを理解するべく共に生活する環境があり、幼い頃からの思い出を一緒に作った身近な存在です。
身近であるからこそ、家族への接し方を考え、家族への想い方を考察するべく悩みが生まれます。

私がカウンセリングをする中で、家族のあり方として、「どのように接すればいいかわからない」「大切に想いたいけど想えない」「家族だと思いたくない」「家族にどう思われているかわからない」などの悩みを持つ方がいます。

家族それぞれに、幸せな環境があったり、地獄のような環境があったりします。
そのため、家族のあり方とは千差万別であり、秩序や子孫繁栄を維持するためのルール以外にもさまざまです。

家族のあり方について考える上で大切なことは、家族に対する自分の想いと、社会的な家族へのルールである考え方を知ることです。

家族のあり方で悩み、苦しむ状況がある方の一助となることを願い、家族のあり方についての考え方を共有します。

 

家族のあり方 家族とは何かの考え方

家族とは

家族とは何かの定義が社会的にあります。

家族とは : 引用 コトバンク

婚姻によって成立した夫婦を中核にしてその近親の血縁者が住居と家計をともにし,人格的結合と感情的融合のもとに生活している小集団。家族は原始的群居の状態から次第に血縁的秩序の分化を経て今日の小家族へと段階的変化をとげてきた。

時代背景や生活環境によって常に移り変わる家族への定義があり、婚姻契約によって夫婦となった配偶者関係と、血縁関係によって結ばれた人格と、情緒を含んで成立したコミュニティを家族と謳います。

そこにあるのは、人口統計や秩序や法律、そして子孫繁栄による経済活動への配慮など、現状維持と同時に、社会基盤と生活基盤の向上を鑑みた定義があります。

しかし、家族とは人や環境それぞれに在り方が変わるので、「家族とは何か?」に対する、家族の定義は存在せず、あるのは“保証人”と“権利”と“関係性”などを明示する法律であり、それ以外は社会的な常識や思い込みとしてのルールで、守る必要も何も自由に個人が決めます。

法律以外の定義付けをフォローするかどうかは自由な意思に基付き、家族とは何かの人それぞれの考え方があり、統一の定義は存在しません。

家族の定義とは : ない

家族の定義がないのですが、これは「定義がないのが定義」と解釈できるので、家族に対する考え方がさまざまに作られます。

例えば、同じ生計を共にする上で婚姻届を出すかどうかは、子供が生まれた時、法律上の保証人や相続などの権利主張、各種諸々の手続きへの手間、体裁への配慮などであり、それは完全な個人の自由な意思と責任に基づきます。

 

家族とは何か

常識や思い込みの考え方によって、家族のあり方を社会的にルール設定します。

家族とは何かの考え方には、同じ屋根の下で暮らし、小さい頃からお風呂に一緒に入り、あるがままの自分だった時を知っている親が居り、一緒に遊び、一緒に出掛け、親を敬い大切にしてくれる子供が居り、親戚付き合いもして、さまざまなイベントを一緒に楽しみ、共に泣き、笑い、育ててもらい、育ててあげた、誰にも与えることのできない大きな愛と慈しみを持って、思い出を作った関係、という具合に、まるで他人ではないかのように家族を特別視するかもしれません。

そこに社会的に、家族は敬うべきだ、家族とは愛の象徴だ、家族に恩がある、恩を仇で返すことはできない、見捨ててはならない人、大切にしなければならない人、などのルールを常識として設定することで、家族とは何かの考え方が作られます。

家族とは何かの考え方によって、家族のあり方が作られ、家族のあり方を決定付ける動機となります。

家族に対する想いと、社会的なルールを自分の考え方にすることによって、家族のあり方が作られる。

家族に対する想いと、考え方となる社会的なルールや思い込んだ常識によって、家族のあり方が作られますが、そこに家族に対する想いがない場合、家族のあり方を作ることができなくなります。

家族とは何かを考えると、ポジティブな印象と同時に、ネガティブな印象も家族それぞれにあります。

家族への印象によって、存在をどのように大切に捉えるかの考え方が作られ、地獄を与えた憎い対象となり、成長や強さを与えてくれた感謝の対象にもなり、恐怖の対象にもなり、社会的な生活知識を付ける糧をもたらす対象にもなり、幸せをもたらす対象にもなります。

 

家族間の愛

家族としての括りや配偶者関係と血縁関係が定義付けられることで、家族間に愛が生まれます。

家族は同じ場所に住むことで生活模様や生活習慣が同じになり、遺伝子によるDNAの類似があり、血が同じだと物理的に認識することで、家族はまさに自分の一部であるかのように思い込みます。

そこには距離感が近いことからの親近感があり、小さな頃から一緒であれば、一緒に思い出を作りながら生活をし、性格や考え方が同じようになっていく環境があるので、自分のように接っすることができます。

その距離感によって、愛が生まれ、愛が頻繁に発生する環境があります。

愛とは心地良い想いなので、そこに嫌悪感を感じる人間は存在しません。その為、愛を与えることは愛で答えられます。

愛を抱き共有することに疑問がなければ、そこに愛のある家族としての家族のあり方が生まれ、幸せな家族生活が作られます。

しかし、そこにエゴを持つことで、愛のある家族や、家族間での愛の共有に対して、周囲との差を見出し、社会的な見解を自分に当てはめようとします。

家族とはへの定義は法律以外には自由に決められますが、家族へのあり方に社会のルールを考え方としてインプットすることで、エゴにより他の全く違う家族と比較をして、「みんなと違う」などと考えて愛を抱かなくなることで、愛の共有が終ります。

家族間には物理的な距離感の近い認識によって、愛を育む条件がもたらされます。
そこには、「距離感が近いから愛を与える」という差別化を図る思考があり、距離感が近くない人には愛を与えないという条件を作ります。

そこで、家族間の愛を特別視するルールを作り、家族間の愛は他の人への愛とは違うものとして認識し、より家族間の関係を強めようとする動きをします。

家族間の愛を特別視することで、より一層愛を強める思考が家族間で作られ、周囲との差を見出し、家族のあり方を特別に考える方法となる。

家族だから愛があるというルールはありませんので、家族間に愛があるかどうかは、家族それぞれ違います。

家族だから愛がない場合もあり、愛を抱き育み共有するかどうかは、完全な個人の意思による自由です。

「家族だから愛がなければいけない」というルールを設定している場合は、「家族なのに愛がないのはおかしい」と、家族のあり方に疑問を抱き、苦しみと悩みを作ります。

家族とは完全なる他人であり、血が繋がっていることが何か大切なことなのかどうかは、自由に決められます。

夫婦に血への考え方が適応されていないことからも、「血が同じだから」「唾液が同じだから」というのは、不思議なルールと捉えることもできます。

※愛の詳細は、愛とは何か。哲学とスピリチュアルからわかるシンプルな本物の想い をぜひご覧ください。

愛とは何かを紐解くスピリチュアルと哲学|想いに種類と意味がある愛にはさまざまな意味付けと種類があり、それぞれに愛の度合や上下のレベル分けにて、とても壮大な愛の世界が広がります。 2000年ほど...

 

家族のあり方を考える

家族のあり方

家族のあり方に疑問を抱く理由は、家族との接し方がわからないことや、家族とは何かがわからないこと、家族への疑心暗鬼や愛とは反対の思いを抱いていることや、家族とは何かの考え方に反した自分がいることが挙げられます。

そこにあるのは、家族に対する愛がないことと、家族とは何かの社会のルールに反している自分がいることです。

家族のあり方に疑問を抱く理由

・家族に対する愛がない
→ 家族に対する愛がないのは、家族からの愛がないことと同義。
愛の一方通行は成立しないので、自分が愛していないと同時に、愛されていない状況があり、家族の存在意義に疑問を抱く。
「家族って必要?」「一緒に居る必要ある?」

・家族への観念に反した自分がいる
→ 社会的な常識だと思い込んだルールを自分に設定しており、そのルールにそぐわない自分の考えや、素直ではない自分がいることで違和感を感じ、無理矢理に家族を大切にしようと振る舞ったり、なんとか関わってみようと試みる自分に疑問がある。それによって、嫌悪感を感じたり、自己否定に陥る。
「家族は大切にするべきだから、悪く思ってはいけない」「これまで大切に愛されて育ててもらったのに、それに応えることができない」

家族に対しての愛と、家族からの愛がない場合、家族を大切に想うことはできません。

そこに過去の良い思い出を持ち出して、無理矢理に家族を想うことを試みても成し得ません。そこには、偽善や建前のエゴが誕生し、自分をより苦しめてしまいます。

家族のあり方は、重要ではありません。
家族の定義がないので、家族とは何かがありません。

その為、家族のあり方は自分で決めるものとなり、友人でも知人でも初対面でも、お互いの共通意識があれば家族です。

しかし、「家族だからなんなのか?」という話であり、家族の定義も家族のあり方も自分を納得させるためのルール設定でしかありません。

ルール設定をしても、そのルールを本質的に理解していなければ紙の上に書いただけの状態となり、中身がない状態なのでないものと同じです。それは本人が一番理解します。

その為、家族のあり方には、外見としてのルール設定があると同時に、家族のあり方の中身があります。

家族のあり方を考える上で大切なことは、家族のあり方の中身を作ることであり、それは、家族を想う気持ちと、家族と接している瞬間瞬間のその時の経験でのみ作られます。

家族のあり方とは

①家族とは何かに対するルール設定
②家族と接している時の経験で作られる想い

・・・以上の二つにて構成される考え方が『家族のあり方』

※家族のあり方とは他人です。家族は他人、全員他人、自分以外他人。そして全員家族。をご覧ください。

自分以外は他人、家族は他人。主人公は一人だけだからこそ全員家族他人ではない考えがあることで、家族や友人やパートナーとして枠を設けることになります。 それは人と関わる際のルールとなり、関わり方が...

 

家族のあり方を考える

家族のあり方を考えたい方は、自分のためでも誰のためでも、現状を変化させようとする自己の成長と変化を望む人であり、そのような方にはポジティブな進歩が必ずもたらされます。
そのためにも、この記事での考え方が少しでも参考になることを願います。

家族のあり方を考える際に大切なことがあります。

家族のあり方を考える際は、自分のみの利益を考えることが望ましい。
家族のあり方はルールであり、あくまで外側の見てくれ。本質的な中身は、自分の心の中の想いであり、実際に家族と接っしているその瞬間瞬間の経験によって作られる。

家族と接する際に家族への愛を抱けない場合、過去は関係なく、今に新しく愛を抱くことで家族を大切に想い、家族のあり方を新しく作る。

家族のあり方がわからなくなった場合、過去の記憶を使用して、その当時の家族のあり方を適用することはできません。

その為、今この瞬間に新しく家族のあり方を作り直す必要があります。

家族への愛を抱けない理由は、家族から愛されていないからです。家族から愛されていれば、必ずそこには愛が生まれ、愛で返します。

例えば自分が子供で、親に対する愛を持っていないとします。それは、親からも愛されていないことを感じているので愛を持っていません。親がどんなに優しい顔をしていようが、愛を感じなければ愛で返答はできませんので、その顔は偽善や取り繕いの嘘です。
※その顔で何十年も生きていて、仮面が同化してしまっている可能性もあります。

愛されていないので、新しく愛を抱いて家族を想うことで家族のあり方を作ることとなりますが、家族から愛されることで愛を抱くのではなく、自分から家族を愛して、愛の返答がある順番となります。

現状を変えたいと思う人が変えていかなければ、状況は何も変わりません。
ただそれは、自分の意思で本当にしたければです。家族のあり方を考える際に、今の家族で継続しなければならないルールはありません。

 

家族のあり方を見直す

家族のあり方を考えるために、家族とは何かの考え方として設定しているルールや思い込みの常識を見直すことで、家族のあり方を見つけることが容易になります。

考え方によって苦しみが生まれている場合は、思い込みの常識であり、固定観念であることを表します。
自分に設定した考え方を洗い出すことで、固定観念は紐解かれていきます。
単純に、自分の考えに対して、「どうして?」と自問することで、その設定している理由を知ります。

思い当たる家族とは何かの考え方を並べてみます。

・家族は敬うべき存在
・家族は大切にするべき存在
・家族は愛すべき対象
・家族は自分を育ててくれた大切な人
・家族は自分を愛して、見捨てない存在
・家族は見捨ててはいけない存在
・家族は最も身近な存在
・家族は恩返しをしなければならない存在
・家族は裏切らない
・最後に助けてくれるのは家族

赤の他人と言われる人と結婚して、紙の上で契約をすることで家族となります。
それは社会の紙の上でのルールであり、中身は何もありません。

中身は実際に結婚する人と時間を過ごすことで作られていきます。そして、その中身とは想いのことです。

「どうして、家族は敬うべきで大切にするべきなのか?」
「育ててもらった恩を返さなければならないのはどうしてか?」
「どんなことをしても最後は裏切らないと思っているのはどうしてか?」

自分に設定している考え方は自問することで、紐解かれます。
その答えが明確であれば、本質的に理解をした上で受け入れてルール設定していることとなり、それを見直す必要はありません。
答えが明確になければ、理解をしていないこととなり、それは受け入れていないことを意味します。そこにあるのは、「みんながそうしているから」「そういうものだから」という答えのない答えで取り繕った一時凌ぎです。

自分が納得すればそれでいいので、自分の裁量で家族のあり方を見直すことができます。
家族のあり方を見直しをしていくと、最終的には1つに辿り着きます。

それは、家族に対するルール設定は自分の利益のためだということです。

家族であろうと、家族でなかろうと外側のルール設定は重要ではなく、何の区別も特別視も固有名詞も人間にはなく、分け隔てない関係性が全ての人間にはあるのですが、家族にルール設定をすることで家族間の依存を作り、依存によって助け合いが生まれ、自分の喜びのために共存する小さなコミュニティとして、社会環境の中で生き延びる手段であることを知ります。

家族とは何かの考え方によって家族のあり方を作ることで、社会環境に適応した共同意識として、助け合いながら生きることができます。

家族のあり方にあるルール設定は宗教と同じです。
生きるための基盤を設けることで、生きやすくなります。
それは自分1人で生きられずとも、人々と助け合いをすることで、自分に利益をもたらす恩恵が生まれます。

同様に、自分が確立されている場合には縛りや抑制ともなります。
ルール設定をすることで、ルールによって作られている社会で生きる手段となります。ルールに準ずることで、不安感や恐怖心への対処となります。

家族のあり方にあるルール設定を全て取り払うことは、何の縛りもない解放状態となり、そこに自分が納得して喜びや苦しみの解消などの利益をもたらすために、バランスを見ながら自分に見合った考え方としてのルール設定をすることが、家族のあり方の見直しとなり、違和感なく自分との調和を成し得る。

※家族の捉え方は、家族とは何か?問題やトラブルの原因にエネルギーとカルマの大切な意味 をご覧ください。

家族とは何か?問題やトラブルの原因にエネルギーとカルマの大切な意味家族を特別視して、さまざまなルール設定をすることで、家族の存在は大きなものになっていきます。 常識やルールの観念を取り払い、真っ新...

 

家族のあり方 まとめ

家族のあり方は人それぞれです。
そして、家族のあり方はあくまで自分が喜び納得し、違和感なく過ごすためのルール設定です。

大切なことは、自分が経験することで生まれる想いです。
家族のあり方を作るのは、自分が家族と接する今この瞬間の経験です。
そこにどんな想いを含み、相手をどのように想い接するかで、家族のあり方は決まります。

本質的には、家族とは何でもよく、誰でも家族である考えが基盤にあります。
そこから、家族のあり方としてルール設定を思い込むことで、自分のために生きやすい環境を【家族】という小さなコミュニティとして作ります。

そこに、どれほどのルール設定をするかは本人次第です。

誰でも家族である基盤を持っておくことで、「親だから敬わなければ」「夫だから大切にしなければ」「妻だから裏切ってはならない」「子供だから守らなければ」という、特定の距離感の人を特別視したルール設定の調整が容易になります。

後は自分が納得し違和感なく喜びに繋がるようにルール設定をしていくことで、心から制限なく、人を想いやり大切に敬う愛を与えることに繋がります。

愛がなければ愛を人に与えることはできませんので、自分へのルール設定を知ることで、自分は愛のある人かどうかを知ることになります。
それによって問題への解決が図れず苦しみが生まれるのであれば、問題に応じて周囲の人や、カウンセリングや、弁護士や行政やNPOなどの相談機関にて、「自分は何を求めているのか」を認識することが大切になります。

もし、家族のあり方のルール設定によって苦しみ悩むのであれば、それは家族のあり方の見直しをする時間です。

「家族だから大切にしなければならない」「家族だから愛していなければならない」ということは一切ありません。
それは考え方としての思い込みですので、自分がそう思いたい人がルールとして設定します。

ルールが厳しければ厳しいほど、家族のあり方がわからなくなり、家族の存在意義を必要としなくなるように考えます。

「育ててもらった恩があるから親が納得いかないことはしてはいけない」「親を悲しませてはならない」「期待を裏切ってはならない」などのルール設定を自分のために見直すことで、苦しみから解放されます。

家族という小さなコミュニティを作るのは、そこに参加する一人一人の自分の利益のための行為であり、ルール設定です。
自分のことを優先することに違和感がある場合は、別のルール設定がされています。

家族のあり方には、特別視なく、分け隔てなく全ての人が家族である基盤が常にあります。
お互いの認識によって、友人でも誰でも家族となることができ、そこには愛を与える行為があり、人を敬い大切に想う気持ちがあります。

物事はどのようにルール設定をして、どのように認識するかが重要です。
家族のあり方も自由に決めることができます。
家族のあり方の中身を作るために必要なことは、人を自分から想う愛であり、家族と接する今この瞬間の想いです。

家族のあり方を考えるのは、喜びや苦しみからの解放などの自分の利益のためですので、不要なルール設定を取り、自分のために新しく家族を作る考え方をすることで、幸せをもたらす家族のあり方を自分自身で作る道が開かれます。

親との関係性に苦しみがあるのであれば、家族のあり方を見直すことができます。
家族がいなければならないルールが必要か、新しく家族を作るためには何が必要か。物事は考えることで始まり、受け身や逃避の対処は苦しみを生みます。

全ては自分自身の自由な意思と責任によって、自分から物事は始まります。

それでは、家族のあり方についての共有を終了します。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。

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