方法

心の声を聞くとは│意志を知る頭と体との連動。魂を含めた意味がある

心に声があり、頭に声があり、体に声がある。

一体どの声を聞くのが良いのか?

その答えを知っているのが意志です。

何の声を聞いてもそれは自分であることに変わりありません。ですが、「これは良い、これは悪い」と判断する際には、他者や過去の自分との比較が必要になり、その際に使用するのが“記憶”です。

頭の声は記憶を基にジャッジをしてくれます。

そこに何も悪いことはありません。ですが、「悪い」と判断して決定した場合、頭の声を他の声より優先する自分でいることを決めたことになります。

声がたくさんあるために少しわかりにくいものですので、ここで明確にしておきましょう。

心の声を聞くための理解として、心の声の意味と正体をご覧ください。

心の声を聞くとは

心の声とは

チュンチュン、チュンチュン。小鳥のさえずりは今朝も裏の森から聞こえてきます。

お布団の中で目覚めたあなたは、鳥達の声を聞いて思います。

「うーん、もっと寝たい、むにゃむにゃ」と。

しかし、仕事のために朝8:15には家を出なければなりません。ちなみに今、7:55です。

「今日は大切な取引先のお客さんがやってくるから、遅刻は絶対にダメだ!ガバッ」と目覚めるあなたがいます。

今、上半身だけ起きて、下半身は未だお布団の中。

あなたならどうします?

心の声は人それぞれに答えが違います。

この状況で、「まぁ、いいや、寝よー」となった場合心の声です。そして、仕事のために急いで起き上がる場合も心の声です。

しかし、仕事に向かう場合、「なんで仕事に向かうのか?」への目的によって心の声以外に頭の声が加わります。

心の声に必ず共通していることがあります。それは、“自分の喜び”に繋がることです。

心の声とは : 自分の喜びのための声

仕事に向かう目的が、自分の喜びのためなのか。

会社に損害を加えない=社長のために貢献することが自分の喜びなのか、電話して別の人に取引先の対応をしてもらうことは自分の喜びにならないのか、評価が下がることを守るのが喜びなのか、常識や世間体に従うことが喜びなのか。

自分の喜びの意味に心の声があります。

 

心の声の意味

自分の喜び。これは完全に千差万別です。

ですが、喜びには共通して、満足やうれしい気持ちがあり、悲しいとは反対の意味として使用されます。

辞書を調べるとこのようになっています。

喜びとは : 満足やうれしい気持ち、思い、心

上述の仕事に行く例ですと、

  • 社長のために業績の貢献をすることが嬉しい
  • 仕事が好きだから、仕事に行くことが嬉しい
  • 取引先の人と会いたいから
  • 自分がいないとがっかりさせてしまうから、取引先の人に喜んでもらうことに満足がある

などに自分の喜びがあります。

しかし、喜びではなく、悲しみや辛さのない状態に満足することを求める場合、喜びの意味が少し変わります。

 

悲しみや辛さのないことを喜びにすると心の声を優先しない

  • 仕事に行かなければ家族に文句を言われる
  • 迷惑をかけて嫌な思いをしたくない
  • 評価を下げられて給料が下がってほしくない
  • 会社内での周囲からの評判を下げたくない
  • 常識やルールを守れない自分になりたくない
  • 取引先に不穏な思いをさせて次回会う時に気まずくなりたくない

「ネガティブにならないことが喜び」=「恐怖を味わわないことが自分にとって利益」

この考えがあることで“喜び”の意味が変わり、他者や過去の自分に蔑まれない、馬鹿にされない、否定されないことが利益となります。

これができるのは頭の声だけです。

頭の声は自分の喜びを見出す時に、「自分の喜び」と主観を自分にしません。主観を他者の目や反応、過去の自分の記憶にするために、今現在の現実として存在する自分にとっての喜びではなくなります。記憶の照合による納得です。

心の声は頭の声とは違い、自分の喜びのための意志であり意見です。

心の声とは : 自分の意志
※自分の喜びを目的にして行動と思考をする意識

※心の声を聞くために必要な理解があるので、心の声に従うことの真意│実はどうでもいいそんな声の秘密。をご覧ください。

心の声に従うことの真意│実はどうでもいいそんな声の秘密。心の声を聞き、そこに耳を傾ける際、何を思いますか? 心の声は思考ではなく意志から生み出されるために、頭の声とは違います。 心...

 

頭の声とは

心の声を聞くためには、自分の喜びを求めることが必要です。

そんな声を聞くためには、“頭の声”を知ることで区分けが容易になります。

頭の声は過去の記憶を使用して物事を思考します。その際には、認識して思い出せる記憶を基に思考するので、“顕在意識”を使用します。

  • 顕在意識とは自覚して行動と思考をする意識

顕在意識の記憶を基にして、ネガティブにならないことを喜びとして物事を考えます。

目の前に500円玉が落ちていたら、ネガティブにならない喜びも、ネガティブもどちらの答えも出します。

「500円くらいならもらっていいっしょ」と自分の常識を破っていない認識をして、常識人のような振舞をしながらポケットに口笛を吹きながら入れます。
また、悪い自分を作らないために交番に届けたり、他者に責任を委ねたりします。

これが心の声だと答えは一つしかありません。
私であれば、「お、ラッキー!」とそのままコンビニに行って全部使います。一緒に居る人がいれば、「天からのお恵みだよ」とおごります。

人によっては、「あ、交番に届けよー」の人もいれば、他の人に教えて他者に譲ったり、一切無視したりします。全部、自分の喜びです。

声は行動や思考をする動機や理由となるので、「それ、本当に喜びなの?」と聞いた時の答えに大きな違いがあり、心の声は一切躊躇のない、「YES!」です。ほんの一瞬でも躊躇したら頭の声です。

 

頭の声は記憶が主観

頭の声の場合は答えをいくらでも無限に作れます。

「ん、なんか汚れているから、これは実は500円玉ではないのかも?」と言いながら拾ったり、「さっき、美味しくないジュース買っちゃったから、その分のお返しだ」と何でもありです。

交番に行く場合も、自分の常識やルール、世間の評価や体裁を第一に考慮します。キョロキョロと周囲を見回したり、良いことしている感をムンムンさせながら届けます。

物事を考える時には、思い出して認識できる記憶(顕在意識)を材料にして、意見や考えを作るのが頭の声です。

そのため、常に記憶が主観で、“思い出して認識できることのみ”を対象にした記憶にて声を作ります。

すると、頭の声には大きな特徴が生まれます。

記憶との比較、思い込み、良い悪いの判断をすることです。

頭の声とは、比較と思い込みと良し悪しの判断をする思考
※その中でネガティブではない喜びを作る

頭の声は物事をジャッジする時には必要不可欠なものですが、自分の喜びに関してはひねくれています。

頭の声は思考として、さらに他者との共存環境にて大切なものだが、喜びを求める際にはネガティブな喜びを作るので、自分のために生きていることや、自分の喜びを見失う。

 

頭の声にある特徴一覧

頭の声は思考なのでとても優れた脳機能として、普段の生活で活躍して自分を守ってくれています。

ただ、喜びを求める際には、喜びではないものを喜びにするために、少しトリッキーな特徴があります。

そんな特徴の一覧はこちらです。

頭の声の特徴
  1. ルール設定した上で答えを出すので思い込みをする
  2. 社会の常識やルールを完全無欠の答えとして決め付ける
  3. 過去の記憶と比較するため、他者の反応と体裁を気にした意見になる
  4. 過去の自分の思い込みと比較するため、柔軟性と寛容性が乏しい
  5. 良い悪いの判断が付く答えを出す
  6. 物事を評価・判断する
  7. 自分に恐怖のない様を利益として意見を出す
  8. 攻撃されず排他されない在り方を作る

頭の声は、「怒りながら笑う」などのルール設定がないものを出しません。
映画のシリアスなシーンで笑ったりしません。

全て既にある材料を基にするので新しく創り出す概念はなく、過去の記憶を引っ張り出したり、その記憶と今認識した目の前のことを比較します。そして、その比較をしている時に比較材料の今は過去になり、今目の前で起きていることを見逃し、全ては過去の記憶の中で生活するような状態になります。

 

心の声を聞くスピリチュアル

スピリチュアルな概念を含めることで、心の声の正体が見えやすくなるので、心の声を魂として捉えた解釈をご覧ください。

 

心の声を聞くとは体の声との繋がり

心の声を聞くために、体の声の理解が大切になります。

私達は自我意識を持ち、体と脳と心を基盤にしていることから繋がり合っている認識があります。

体の声は心の声と同じように、“自分の喜び”のために声を出す共通があります。

 

体の声を聞くと心の声と繋がる

私達には肉体と脳と心があり、さらに魂があります。

肉体+脳+心の三位一体で自我意識となり、自分のことを自分だと認識することができます。

そのため、一つでも欠如したりバランスを崩すと自分への認識に変化が起きます。

その最たる変化が、“自分の喜び”への理解です。

上述の脳の声を主体にすることで、喜びがネガティブにならない喜びという、「幸せじゃなくていい!でも貧乏にならないで!」「同情するなら金をくれ!」と叫びます。

それは現状維持や安泰、恐怖のない状態を良しと捉える思考で、自分の存在を守る自己防衛です。

そこに心の声を入れることで、「はい、もっと喜ぶために働きます」となり、さらに体の声を入れることで、「より健康的で活力的に、ご飯も食べるし、寒ければ洋服を着るよ」となります。

体の声を聞くと、
お腹が空いたら、「ご飯を食べたい」と言ってきます。
眠ければ、「眠い」と言ってきます。
寒ければ、「寒い」と言い、暑ければ、「暑い」と言います。

それは顕在意識だけでなく、無意識の行動や思考となる潜在意識として、呼吸を吸いたければ呼吸を吸います。
内臓器官を動かしたければ心臓をドクドクさせ、臓器を動かし、腸内活動をしたりとさまざまに働きます。
眠ければ目を閉じて、脳を休め、脳波を変えて睡眠状態を作り、夢も見ます。
寒ければ血流を促進して温めたり、血管を収縮させて体温を逃さないようにします。

体の声を聞くとわかるのは、全て“生きるため”の行動ということです。

体の声とは : 生きるための行動を作る動機
※行動の基として顕在意識と潜在意識を使用する

体の声によって、私達は意識的にも無意識的にも体を守ります。

それは、“自分の喜び”のためです。

体の声の目的は心の声と同じ、自分の喜びのため。

 

体の声は潜在意識を使用するために魂としての行動と思考をする

体の声を聞くと太ることはありません。

お腹いっぱいになると喜びを超えて苦しみになります。それ以上食べることは自分の健康や満足を害するために、目的はストレス発散や満たされない気持ちをぶつけるように、満足ではなく満たされない状態をなくすためのネガティブにならない喜びになります。

体の声を聞くと生き方がとてもシンプルになります。

お腹が減るからご飯を食べるので、お腹が減らないのにご飯を食べることはありません。すると人それぞれに1日3食必要なくなり、体の身長や体重、脂肪率に筋肉量、血液量やリンパ液量、生活習慣や仕事の内容などの基盤や環境にて、食べるものも量も全てが変わります。

寒いから洋服を着て、暑いから服を脱ぎ、生きたいから呼吸をして、喜びと満足のために眠ります。

行動が顕在意識と潜在意識を共に使用していることから、無意識の行動がたくさんあり、「何でこれをするの?」ということがたくさんあります。

それは潜在意識の記憶に理由や動機があり、スピリチュアルな認識では過去世やハイヤーセルフの記憶も含まれるためにさまざまな影響があります。

体の声は潜在意識を使用しているために、過去世やハイヤーセルフの記憶情報も含まれ、行動をする理由と動機がわかりにくいけどある。

例えば、朝型と夜型の人がいます。生まれた時間による影響があるとも言われていますが、過去世での生き方にて朝の仕事をしていたり、夜に活動することが多いなど、強く刻まれた記憶があることに行動の基があります。

「なんだか知らないけどイギリスに行きたくなる、フィジーに行きたくなる」など、人それぞれに無意識に抱くことがあると思います。

それは過去世でイギリス人だったりフィジーや島出身だったり、寒いところの生まれや、暑い地域での生活に慣れていた記憶があります。

例えば、私はインドに初めて行った時には、「こんな国、二度と来るか、ボケぇい!」と思っていましたが、今ではどう考えても大好きという状態です。
それは、私がインドでヨガ行者としてクネクネダルシムみたいな過去世があり、何だか惹かれてしまいます。

そのように、スピリチュアルな認識も含めた体の声があり、それはそのまま心の声と繋がるスピリチュアルな理解があります。

※心を知ると理解しやすくなるので、心を知るとモヤモヤの理由がわかる│スピリチュアルな心の働きとは をご覧ください。

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心の声を聞くスピリチュアルな意味

全てが揃うと、自分の本当の喜びが見えます。

頭の声も心の声もあり、そこに体の声を含めて、最終的に自我意識が喜びを求める主観として“意志”を持ちます。

心の声とは自分の意志のことで、意志とは魂のことであるスピリチュアルな心の声の正体があります。

 

心の声を聞くとは意志を聞くこと

心の声や頭の声が出てきたとしても、それを実際に行動するかは自分次第です。

その決定権を持つのが“意志”でして、意志は自然体で物事をあるがままに認識します。

意志 = 魂
※魂は自我意識も顕在意識も潜在意識も含めた自分の記憶全てを持つ

自分の記憶を全て含めた魂は、記憶として全てを受け入れています。

「この記憶は受け入れたくないからなかったことにしよう」と、小学校の遠足写真を選ぶ時に良い感じの顔のしか選ばない、ということはありません。意志は記憶に含まれるものがあれば全部買います。

「えっ、その草みたいなのしか写ってないのも?」
「うん、この草を見てたからね」という具合です。

魂はあらゆる自分の記憶を保管するために受け入れます。受け入れたくない思考があれば、それを含めた記憶としてそのままに受け入れて、吸収するように蓄積していきます。

起きることをそのままに、あるものはある、ないものはないと、完全に自然なままに保管して、それを認識するために意志があります。

意志とは自分の記憶全てを保持する魂そのもの
※全ての自分の記憶を保管する魂には、顕在意識や潜在意識の記憶があり、全てを受け入れていることで記憶をあるがままに持つ

魂には思考がありません。そのため、「これいらない」「これはなかったことにする」という嘘や誤魔化しがないために、事実は事実として全て受け入れます。

さらに、自分を前提にして記憶を認識しているので、「自分、他」という区分けの思考がなく、自分のことを自分だとも思っていません。
※魂状態にて生きる場合には自分のことを自分だとしか思えなくなります。言い方を変えると、自分のことを自分だとも思いません。赤ん坊の状態がその例です。

目がなければ見えません。その自分がいるならばそれが当たり前で、見えないものは見えないと認識するように、ただただ自然にあるがままに受け入れるのが魂であり意志です。

そこに、自我意識である肉体と脳と心があることで、明確に自分を認識するそれぞれの声があり、声を基に行動します。

体も頭も心の声を基にして意志が行動する。
意志は全てを受け入れる自然体のため、体の声は意志と直結して自然に行動する。
頭の声が出しゃばっても、それをそのまま受け入れて行動する。
しかし、出しゃばり過ぎることで自分の意志が見えなくなり、喜びがわからなくなる。

※魂と心の詳細は、魂と心の違いと関係性│自我には心と脳と体、魂は記憶のアクセス場 をご覧ください。

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心の声を聞くとは魂の意志を明確にすること

魂を主観として、そこに“自我意識”を使用して頭の声も体の声も心の声も生まれます。

その中でどの声を聞いて、実際に行動するかは魂の意志次第です。と言っても、意志は全てを受け入れて自然体なので、赤ん坊のように自由であり、悟っているように全てを受け入れて常に、「どうぞ」と寛容と許容です。

意志に基づく行動をする場合、体の声と心の声を自然と聞くことになります。

自分が受け入れられること=自分にとって自然なこと=自分の喜びに繋がることになります。

体の声と心の声は自分の喜びを無意識に求める声であり、拒否や受け入れないという状態がなく、ただ思うままに感じるままに喜びを求めます。

それはお腹が空くからご飯を食べようとする自然な状態と同じで、自分に喜びがあるからそれを求めるというシンプルなものです。

その際に自然なままにならない抵抗となるのが、ネガティブにならない喜びや、事実を変えたり、記憶と照合して認識を変える頭の声です。

例えば、先ほどの小学校の遠足の写真選びがあります。

ずらーっと並んだ写真の中から、自分の写っている写真(記憶)を選びます。

  • 魂である意志は、記憶にある事実を全て購入します。
  • 心の声を聞くと、自分の写っているものを買うことに喜びがあれば購入して、さらに好きな人の写っている写真もウヘヘと購入します。
  • 頭の声を聞くと、変な顔や写りの悪いのは買いません。むしろその場から剥がしたりすることに、ネガティブのない喜びがあります。

「どれだけ受け入れているか」「どれだけ自然な自分の行動と思考なのか」に意志との繋がりの強さが見え、心の声を聞くことになります。

※ネガティブや悪事に心からの喜びがあれば、それが心の声になる(心から悪者であれば要らない写真を堂々と喜んで剥がすような感じ)。一切抵抗のない受け入れがあるかどうかにて心の声か頭の声かがわかる。

自分の喜びを尊重して、自分を受け入れて自然なままであることが意志を明確にして、体の声や心の声を聞き、頭の声を排他するのではなく、自分の喜びのために使用や活用します。

※意志の強い人の特徴があるので、意志が強い人と弱い人の特徴│自由なる意志を高くする曇りなき口癖 をご覧ください。

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心の声を聞くとは

最後に、心の声を聞くとはどういうことかをご覧ください。

頭の声は過去の記憶を選別して区分け、評価や判断をして自分を守る在り方をする。
体の声は顕在意識と潜在意識を使用して、生きるための自然な行動をする。
心の声は自分の喜びのための意見として行動と思考の基を生み出す。

意志を明確にすることで、受け入れが容易で自然体な体の声と心の声を聞く無抵抗の在り方となります。

全ては自分の意志を基に行動と思考をしているために、自分として受け入れられること=自然体で喜びのあることほど、意志に沿って無意識に行動されます。

自分に喜びがあり、嘘をつかず誤魔化さず、抵抗なく受け入れられることほど意志に基づいて行動します。

それは完全に人それぞれです。

頭の声があろうが心の声があろうが、体の声にある無意識の行動を第一優先にして、そこからは自由に、心の声を聞いたり頭の声を優先したりします。

自分の喜びを尊重することで、自分が受け入れられる自然な行動と思考であればあるほどに心の声を聞くことができます。

心の声を聞くとは如何に自分の意志を明確にするかという意味で、それは如何に自分を受け入れられる行動と思考かです。

朝起きて、もう少し寝ていたい、むにゃむにゃと。

そのまま寝ていることに喜びがあり、会社に行くことにも喜びがあります。どちらの自分がより自然で自分らしく、受け入れられるかにて、人それぞれに心の声か頭の声かが分かれます。

その際に誤魔化しや嘘があり、ネガティブにならない喜びを求めていれば頭の声です。

意志を明確にすればするほどに気付いていきます。
意志に思考はないことを。ただ受け入れて記憶を増やしていることを。

すると、今を生きることになります。

心の声を聞くとは、今を生きることです。

※今を生きる話は、今を生きるとはどういうこと?│以外に知られていない意味と目的 をご覧ください。

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心の声を聞くとは まとめ

心の声、なんとも自由ですね。

自分の喜びだけを求めて生きられればなんとも気楽です。

そこには社会性があり常識やルールがあり、人それぞれの事実や現実があります。

そのため、頭の声がとても大切で、バランスを持つことが社会性を活用する生き方を作ります。

心の声を聞いてばかりいると、羽が生えて空を飛び出します。それはそれで最高です。
頭の声を聞いてばかりいると、頭が鉄のようになり辞書のようなロボットになります。それはそれで楽しそうです、見ている側は。

体の声を土台にして自分の行動と思考の基を作ります。その後は自分の在り方や人間性を基準にして、心の声と頭の声を聞くことで自分らしさが作られ、自分にとっての喜びを求める時間を作ることができます。

心の声を聞くことでわかるのは、自分がどうしたいかです。

自分の意志にて自分らしさがわかった時には、心の声を聞いて、その場その場で活用する考え方や生き方が作られます。

心の声にて意志を知り、自分を知るための機会にされてください。

そんな気楽な在り方となる一助であることを願い、心の声を聞くことの意味と正体について、スピリチュアルの概念も含めた話を終了します。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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