スピリチュアル

普通の私がおかしくなったスピリチュアル不思議体験|世界が広がる物事の見方

スピリチュアルを現実的に捉えるか、特別視するか、神秘で羽が生える力と取るか。

人それぞれに解釈が異なるのがスピリチュアルだと思います。

それがスピリチュアルの不思議で奇怪で面白い所かと思いますが、私は現実的に捉える人間なので、いたって遠目から眺めていました、「スピリチュアルとは変な世界だ」と。

しかし、実体験することで現実を見ざるを得なくなり、思いました。

「スピリチュアルとは不思議だけど現実的だ」と。

ここでは私の体験したスピリチュアルな不思議話をお伝えします。

人それぞれの認識があると思いますので、スピリチュアルとはどんな世界なのかをより知る一助であれば幸いです。

それでは、不思議な世界のご案内をさせていただきます。

スピリチュアルな不思議体験 前半

私は幼い頃に心霊体験は極稀にはあったのですが、特にスピリチュアルな意識はなく、興味もありませんでした。

特別な認識や能力があるわけでもなく、いたって普通の人間です。

ですが、生育と共に不思議な経験が増え、少しずつスピリチュアルな認識が広がるように私はおかしくなっていきます。

そんなスピリチュアルな不思議体験、順番にご覧ください。

 

スピリチュアル体験①:霊に乗り移られる

18歳の時に初めて、霊との直接的な関わりとなるスピリチュアル体験をしました。

私は都内で一人暮らしをしていました。

家に入った瞬間に、「誰か居る」と感じますが何も人は見えません。そして、布団で寝ようと仰向けで目を瞑ると、“金縛り”にあいます。

誰か居ると感じたその気配が、ジワジワと体の上に近付いてくるのがわかり、仰向けの顔の目の前に来ます。動かない私の顔の目の前に誰か居るのがわかります。

怖すぎるましたが金縛りで体は動かず目は閉じていました。

「目が開くのかわからないし、開けたくもない、でも開けないと」という思いがあり、目を一気にグワッと開けてみると、白いもやで目の前に顔があり、叫んでいるような顔が私の右側から中に入ってきました。

体に乗り移られる状態で、体を占領されることが怖くて体を動かしまくり叫びまくりますが、動かない、声もでない。

全力であがきもがき、体に半分くらい入ってきたところで金縛りが解け、その瞬間にシュッと体から抜けていきいました。

初めての直接的な霊とのスピリチュアルな不思議体験でした。

その数日後に突然、暮らしていたアパートの建て替えが決まり、即日で別のアパートに移動させられるということが起こり、それ以降はそのような体験はなくなりました。

強制退去のように強引に移動させられたので、まるで助けられたような気分でした。

スピリチュアルに興味も関心もなかったのですが、この件を機に霊が周囲に居るかどうかが体感にてわかるようになってしまいました。

常に体感の感覚が変わるので、「めんどくさいな」と思いましたが、新鮮な体感だったので、「良いお化けだ」「悪いやつだ」と区分けをよくするようになっていきました。

 

スピリチュアル体験②:光を体感する

私がおかしくなる最も大きなきっかけがこのスピリチュアル体験です。

私は家庭環境や家族が少し変わっていたために、普通を目指して就職し、会社員になって働き続けました。

ですが、25歳の時にある気づきと共に退職して海外への5年間の旅が始まります。そして、27歳の時にある覚悟をしました。

「アラスカの森で一人で暮らす」という謎の行為です。

私は自分を見失っていたために、自分ではない自分として生きている違和感を突き止めるために模索していました。

そして、アラスカの森にて野生動物と共に60日間の生活をします。

30日目が過ぎた頃のある日、私は辛過ぎて窮地に立たされますが、その状況を克服した時に“光”を体感します。

私の人生を一変するスピリチュアル体験となり、光を自分の中で見ます。

すると、もう一人の私が目の前に出てきます。

その私は、これまで私の体の主観として生きていた自分でしたが、その時には目の前にいました。

「今の主観は誰?」となり、それが今の私自身でして、言い方を変えると“エゴの自分”と分離された瞬間=自分の意識を理解する体験でした。

とても不思議な感覚があり、自分と自分が対話して契約します。

同じ体の中で共存するための契約として、在り方の割合やルールを定め、契約成立した瞬間に、私の主観は今の自分としてスイッチします。

これまでとはまるで別人のように、感じる感覚も考え方も捉え方も認識も変わりました。

ずっとこの瞬間を待ち望んでいたかのような、とても自然で受け入れられる感覚があり、探していた違和感を見つけるスピリチュアル体験となりました。

この体験によって、私の人間性も人生も変わり、スピリチュアル体験が一気に加速されていきます。

※スピリチュアルを信じるようになった体験は、スピリチュアルを信じる人と信じない人の心理│信じるようになった体験談 をご覧ください。

 

スピリチュアル体験③:命を助けられる不思議

同じくアラスカの森の中での出来事です。生まれ変わったように生きる時間が始まりますが、森の奥地へ来ていたこともあり、人里へ戻るルートを進みます。

しかし、食料もなく、植物や虫を食べる生活が続き、石も投げられないガリガリガリクソン状態となりました。

そんな時に川を渡らなければならない選択があり、覚悟を決めて渡りますが、川の真ん中になんとか辿り着いた時に、膝を超える水位と水流、そして体力のなさから命の終わりを悟ります。

一歩でも足を地面から離すことで川に流され、抵抗できない状態が一目瞭然となり、自然と涙が出てきました。

すると、時間がスローモーションに。

さらに、私の体を誘導する人(男性のような感覚)が自分の内側に表れ、足を動かす場所を一歩一歩教えられます。

涙でもやがかかった光景を驚いて見ながら、足を一歩一歩動かされているような、川を歩き進める自分を別人として観察する状態になります。

川を渡りきるまで誘導され、その人の存在は消えていきます。

14日間歩き続けて辿り着くような森の奥地だったので、到底人が居る場所ではなく、不思議なスピリチュアルな理解にて命を助けられる体験でした。

※体験の詳細は、自分がわからない時に読む本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ をご覧ください。

 

スピリチュアル体験④:オーラが見えるようになる

アラスカの件にて、私はスピリチュアル認知のようなものが出てくるようになりました。

その後も旅を続け、オーストラリアに居た際に“サンゲイジング”という太陽を食べる実験を一人でしており、その時にオーラの色が見えるようになりました。

オーラには見方があり、見るための練習をしていたことで少しずつ色が出てくるようになり、毎日練習を続けていたら見方を習得し、「おぉ、綺麗だな」と自己満足で使用しています。

オーラは見る方法があり、誰でも見ることができると思っています。

ここで一旦前半終了です、一休みされてください。

※スピリチュアルの意味は、【スピリチュアルとは一体なに?】簡単に言うと意識。深掘りすると宇宙。をどうぞ。

 

スピリチュアルな不思議体験 後半

スピリチュアル体験⑤:テレパシーを使う

同じくオーストラリアに居る際に、テレパシーをするスピリチュアル体験が三度ありました。

相手の感情と情動を感じるようになり、声としても聞こえます。しかし、実際の周波数のある声とは違い、自分の内側の頭の方から聞こえる声で、今ではそれが波動だと理解しています。

波動受信することで相手の思念を理解します。それは言語として手紙を一字一字読んで理解するのではなく、相手の意思表示にあるエネルギーとして中身をパッと見るように受け取ります。

その後もスピリチュアル体験を重ねることで、テレパシーは幼少期の私達は日常的に使用していることを知ります。

邪念やエゴがなければないほどにテレパシーは使用可能で、子供や赤ん坊は常に使用していると理解しています。

※テレパシーのスピリチュアル体験の詳細は、体験から知るテレパシーと波動の関係|言語のない世界は意外に身近 をご覧ください。

 

スピリチュアル体験⑥:明晰夢状態を作る

瞑想によるスピリチュアル体験です。

瞑想は18歳の時に始め、その後は独学で続けていたのですが、ネパールとインドにて瞑想の修行をして、さらにインドのパンジャブ州に滞在している際に、瞑想であの世へ行く人がいることを知り、瞑想の方法を模索し始めます。

瞑想にて幽体離脱の意識状態と、明晰夢の周波数状態を知り、明晰夢状態を瞑想にて作れることを体験します。

明晰夢状態になると潜在意識とアクセスし、思い出せないことでも過去の記憶は鮮明に思い出せます。さらに、経験したことであれば何でも好きに現実かのように創ることが可能です。

スピリチュアル体験として、瞑想にて周波数を変えるというものです。

※夢についての話は、【夢を見るスピリチュアルな意味】魂・ハイヤーセルフ・守護霊・神様が入り混じる夢物語 をご覧ください。

 

スピリチュアル体験⑦:あの世へ行く

全てそうですが、気楽に読まれてください。

臨死体験をする儀式に参加し、あの世となる四次元と五次元の世界を主に体験しました。

私の認識では十次元までを知覚しまして、さまざまな世界が宇宙の中のように一つの中に収まっていることを体験する儀式でした。

その儀式はアマゾンにある『アヤワスカ』を使用したもので、人それぞれにさまざまな体験をさせてくれる植物による恩恵があります。

アヤワスカによるスピリチュアル体験にて、スピリチュアルな世界への認識が広がり、理解と意味を紐解く“哲学”がスピリチュアルだという理解をしています。

※アヤワスカのスピリチュアル体験の詳細は、アヤワスカの神髄とシャーマンの力|自分を観る儀式が夜な夜な始まる をご覧ください。

 

スピリチュアル体験⑧:メキシコのペヨーテ

メキシコのペヨーテというサボテンによる儀式でも、スピリチュアル体験をしました。

ペヨーテでのスピリチュアル体験では、この世に居ながら別の周波数帯を認識することでの現実を、肉体で感受し体感します。

それは、地球の三次元周波数に、四次元以上の自分の意識状態を置くことでのさまざまな体験があり、テレパシーやオーラ体験、ヒーリングやリーディング能力の体験、さらに植物や石や雲にも意識が宿り、繋がっていることを知る機会となりました。

視覚的に見えるこの世の世界には幾何学模様が張り巡らされている六次元の見え方があり、それは障害者やダウン症の方々の意識の高さを理解することに繋がりました。

旅の途中から、知的障害者やダウン症の方々と関わることが増え、物事の捉え方や視野が広がるスピリチュアル体験となりました。

※ペヨーテのスピリチュアル体験の詳細は、ペヨーテの効果に9つの神秘|鹿が誘う魂は本当の自分の能力を教える をご覧ください。

 

スピリチュアル体験⑨:見えない存在の認識

見えない存在として見守ってくれる守護霊、ハイヤーセルフ、指導霊を認識するスピリチュアルな体験がありました。

私が海外を旅する中で、突然荷物が全てなくなる体験がありました。

それはもう、「ポカーン、アヘ?」という目が点でしたが、そこで生き残る時間を過ごすことで、私は絵描きへと変貌するための良き時間となりました。

そんな日々を過ごす中では、ひらめきとなる衝撃を感じる感覚を感じたり、絵を描く際のエネルギーを感じる理解が伴いました。

すると、「自分の中に誰かいるぞ?!」という謎の状態になりまして、瞑想にて内観したり周波数を変えることで、知らない人が自分の中に居ることがわかり、それはこの世で指導霊と言われる人々でした。

その内に守護霊やハイヤーセルフを認知するようになり、見えない存在はただ視覚的、物理的に見えないというだけで、「見る」という言葉にも、「スピリチュアル」と同じように捉え方が全く違うものがあることを知る体験となりました。

※スピリチュアルの見方については、スピリチュアルにハマる人に知って欲しい│特徴と心理に心鷲掴まれる共通点 をご覧ください。

 

スピリチュアル体験⑩:時間の概念を知る

「この世には時間がない」ことを知るスピリチュアル体験です。

さすがにおかしな話が多くなってきたかと思いますので、この辺で終了します。

時間の概念を知る体験は、私が中米のパナマに居る際に起きました。
突然五人組に襲われまして、ピュンピュンするものを持っていたので、ギリギリ逃げることで難を逃れます。

しかし、その出来事は試練的なコースの枠組みに入っていて、私は戦うというシナリオが含まれていました。

狂った私は五人相手に戦いまして、その際に時間がスローモーションになる、アラスカの森での出来事と同じ状態になりました。

時間がスローモーションになるスピリチュアル体験です。

この経験は過去に何度もしていたことから、スローモーションの状況と状態を観察することで見えるものがありました。

それが、この世には時間は存在せず、一人一人に相対的に時間の概念があり、時間を作ることが可能という理解です。

スローモーション体験によると時間と同時に空間も存在しないことがわかり、自分の認識にて創造することで現実が起きていることを体感します。

さらに、窮地に陥るとリミッター解除として、“火事場のバカ力”というものをアイテム的に使用することができまして、五人では到底抑えられないほどの力を手に入れるという、サービス的な特典もありました。

そんなスピリチュアル体験でした。

※時間が止まるスピリチュアル体験の詳細は、時間が止まると起きるスピリチュアル|突然起きた時間の概念がない常識 をご覧ください。

 

スピリチュアル体験からわかること まとめ

以上がスピリチュアル体験の話でした。

日常的にスピリチュアルな体験を誰しもがしているかもしれません。

それを認識しているかどうか、意識的か無意識的かの違いと、認識をどこまで把握しているかの違いがあると思います。

子供や動物は感覚や感性を主体に生きているので、“今この瞬間”に起きていることを感じて、自分に起きていることを認識します。

私の幼少期の保育園や小学校の帰り道、一人で帰っている際、「ん?誰かに声かけられたかな?」と周りをキョロキョロすることが頻繁にありました。

周囲には誰もいないので、「気のせいか」と毎回やり過ごしていましたが、それは植物や虫から声を掛けられていたという気づきも、スピリチュアル体験をすることで気づいたりしました。

スピリチュアル体験全てに共通していることを見出すと、「全てのことには意味がある」ということです。

起きることや見えないことや感じることなど、自分が認識しているものを含めることで、全てのことにはあらゆる意味が見出せます。

スピリチュアル体験からわかることは、スピリチュアルとは現実的な哲学であり、物事の意味を紐解く理解ということです。

と言っても、人それぞれに認識があるために、現実的に見ても、神秘的でも、特別で魅惑的な力でも、胡散臭い信仰でも形が変わり、結局何でもいいと思います。

体験することで見える確実なことは、スピリチュアルは楽しい不思議な現実です。

そんな話が何かに役立つことを願います。

ありがとうございました。

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