悩み

才能がない、わからない人こそ理解できる│透明な努力には気付きにくい

才能がない凡才は気付かぬ無知か、諦めの感嘆か。

才能がないことや、才能がわからないことで自分の非力さを噛みしめるのはちょっと早いかもしれません。

ここでは、才能がないからこそわかる才能の意味と知る方法をお伝えします。

才能がないことでお悩みの方や、才能の見つけ方を模索中の方は少しお立ち寄り、私のわかる少しばかりのお話ですが、ご覧ください。

才能がないと思うからこそ理解できる大切なことがあり、その気付きによって才能開花としての始まりの合図が鳴ります。

才能に気付くか否かの選択を見出すために、一役買えれば幸いです。

才能がない、わからない

才能とは

才能の意味は辞書ではこのようになっています。

才能とは、

生まれつきの能力。また、その働きのすぐれていること。才幹。

コトバンク引用

調べると辞書によって意味がバラバラでしたが、一番わかりやすい内容が上記の意味です。

生まれつきの“能力”と、才能には能力が含まれます。

ちなみに、能力の意味はこちらです。

能力とは、物事を成し遂げることのできる力

能力とは、努力次第でいくらでも付けられるものです。

能力であることから、才能の幅は努力次第でいくらでも変わることを意味しています。

それでは、才能は能力なの?なんなの?
少しわかりにくいかもしれませんが、意味は明確です。

才能とは生まれつき持っている優れた能力を得るための力

言い方を変えると、努力や力を発揮するための肉体や、脳や、心といった基盤。

誤解を恐れずに言いますと、病気でも障害でも健常でも個性でも気質でも体質でも何でも、力を育む基盤となるアイデンティティによって優れた能力を得る力のことです。

アイデンティティとは、自分のことを自分自身で認識すること、またはそのための材料。

アイデンティティによって、自分にしかない肉体や細胞、免疫や抗体に対する変化や在り方があり、経験や知恵があり、価値観や観念があり、自分にしかない個性、らしさ、独自性を認識します。

それが能力を得る力となり、才能となります。

まだよくわかりにくいので、より掘り下げていきましょう。

 

才能がないとは

才能がないとは、能力を発揮するアイデンティティがないことが考えられます。

能力とは、練習や鍛錬など日々の経験と努力の積み重ねで育むものですが、能力=才能ではありません。

能力とはシンプルに物事を成し遂げる力のことで、才能とは他より秀でているかどうかの評価査定が加わるため、才能と能力は関係性がありますがそれぞれは全くの別物です。

才能と能力の違い
  • 才能とは、アイデンティティにて能力を得る力(先天的な自己認識の活動にて得る力)
  • 能力とは、物事を成し遂げるための力(練習、鍛錬、努力など後天的な活動にて得る力)
  • 才能とは、他より秀でて優れているか=他者が価値を見出さなければ能力で終わる
  • 能力とは、あることを成し遂げること=自分だけいればOk、他者からの評価・判断不要

才能は、「他より凄いぞ」と評価や比較によって見出される“価値”ですので、能力発揮した結果に価値がなければ才能になりません。

すると、紛れもない才能だとしても才能がない、気付かないということが起きます。

価値となれば努力なくとも才能になり、価値にならなければ能力としての力、または自己満足になる、そんな変化者が才能。

環境や周囲の人々の価値観次第で非凡はたちまち才能に、才能はたちまちスルメイカ。田舎では才能をもてはやされて、都心で現実を見るということも起きます。

 

才能には他者の存在なくして気付かない

才能にアイデンティティが関係するのは、才能がないと思う重要ポイントです。

他者によって自分を認識する場合には、自分をあえて見出すことになるので、努力にも練習にも能力にも自覚しようとする意識があります。言い方を変えると、他の目や反応を気にしている状態です。

しかし、自分で自分のことを認識する場合、自分であることが当たり前なので、才能として能力を得るための努力をしていても自覚がなくなります。

何気なくしている当たり前の行為に、努力だと自覚しない努力があり、気付いたらふとした行為が他に影響を与えて価値になっているということもあります。

私なんかは鼻ほじの才能があり、自覚のない努力によって鼻の中の構造把握と指のスライド具合は天下一品ですが、誰も価値を見出してくれないので能力か自己満足でしかありません。

どちらにしろ影響力があれば価値が見え、才能だと思わなかったものが突然才能になったりします。

他の存在なくしては、才能があっても気付く機会が乏しく、「才能がない」とはただ気付く環境や機会がない可能性が大いに考えられます。

 

才能は自分のためか、他者のためか?

才能は価値によって見出されるので、他者から価値をもらうための見せ物にするか、自らが価値を与えるために使用するかが分かれます。

例えば、生まれつき穴掘りの才能がある二歳児の男の子がいます。彼はシャベルを夜な夜な削って刃先を整えることが趣味。

実際の穴掘りは両親が寝静まった深夜二時スタート。早いもので二年後、四歳の時に実家のペット小屋の底から、隣のおばあちゃん家の庭は繋がりました。

人に気付かれていないので、誰も才能だと思いません。掘っている本人も、「やってやったぜ」と自己満足して終わり。

穴掘ったらそれが才能なの?
誰も知らなかったら才能にならない?
本人は才能だと知らない?

才能があるかないか、これは本人が決められません(能力は決められます)。才能を能力として他者から評価・判断されることで初めて、「才能だ、あんたタレントだらけだよ」と言われます。

この穴掘りさんが二十五歳の青年だったら、「ふーん、夜な夜な穴掘ってたんだ」とバレた時には、「埋めろ」と一蹴、終わり、チーン、ただの趣味。

ですが、二歳がなんと二年もかけて穴を掘る。
夜に音を消して掘る匠な技。
静粛性を重んじる筋肉と関節技。
スーパー夜型キッズ。
家を取られても吠えないペットの手なずけよう。
隣のばあちゃんはなぜ気付かない?

考えられない才能の持ち主、もはやどれほどの才能がこの穴掘りから見出されることか想像が難しいほどです。

他者に気付かれなければ才能はないと同じ。ですが、本人は自己満足できて最高。

普通のことを子供が言えば、「ブラボー、天才だ、哲学者としての才能だ」となったりします。

才能とは何なのか、不公平に思えるかもしれません。

ですが上述の二歳児のように、他者から価値をもらうための見せ物にしなければ不公平と思うことはありません。

才能とは自分のために使用する価値観でもあります。自分のために価値を見出せば自己満足の良い時間を自らに与えられます。

その価値観を変えることで、価値として良き影響を他者に与えることができます。

才能は自分のために使うことで自らや他者に価値を与える道具となります。

ですが、才能を評価されるために使用すると、道を逸脱します。

 

才能がないと思う理由

価値を見出してもらうことで能力は才能になります。
価値を与えることで能力は才能になります。

他者が才能を引き出すか、自らが才能開花するかの違い。

どちらも、才能とは価値になる能力です

人に良き影響を与えることが価値で、人に良き影響を与える力が才能です。

才能がないと思わないためにも、忘れてならないのが力を発揮する基盤、アイデンティティ。

自らが自らを認識する材料を忘れた時、才能は身売りの能力として飼われる可能性を作ります。それに反発することで才能がわからなくもなります。

才能には能力も大事ですが、才能とは何かを知ることがとっても大事です。

才能がないと思う理由はいくつかありますので、一覧をご覧ください。

才能がないと思う理由
  1. アイデンティティを失った
  2. 他者から価値を見出してもらおうとする
  3. 才能を身売りする
  4. 自らが自らの能力と価値を評価しない
  5. 才能に気付かない
  6. 才能を見出す周囲の環境がない
  7. 才能を閉ざす環境に今居る

才能と能力は切っても切り離せない関係ですが、両者は全くの別物です。

才能に気付かない要因があることで才能がないと思う理由になります。

※価値がないと思う話は、誰しも自分の価値なんてわからない│改善方法は価値を知って共同創作 をご覧ください。

誰しも自分の価値なんてわからない│改善方法は価値を知って共同創作自分に価値なんてありません。 「えっ?!」 突然ショッキングな事実をお伝えしましたが、ここにはお伝えしたい真意があります。 ...

 

才能がない、わからない時に知りたいこと

才能がない、わからない時に知りたいポイント

才能は秘められ、隠れ、気付きにくいです。才能がないと思う場合は、気付けていない状態です。

これまでの内容からわかる才能の方程式をぜひ、知識としてお役立てください。

才能とは、アイデンティティ+価値を与える意識+能力によって発揮される自分。

才能の方程式
【アイデンティティ+価値を与える意識+能力=才能】

※何か欠けると才能がない、わからないことが起きます

これらの仕組みや詳細を知ることで、才能開花への方法が見えてきますので、ここではポイントを抑えたいと思います。

才能には上述の三元素(要素?)として、“アイデンティティ+価値を与える意識+能力”があります。

生育と共にアイデンティティ(自分から見える自分らしさ)からパーソナリティ(他から見える自分らしさ)にフォーカスシフトすることで、才能はしぼんでいく仕組みがあります。

そして、環境次第で才能は埋もれ、自分だけで気付くことが困難であるため、才能を自分のために持つ意識をして、価値を与えることで身売りと才能の見失いを防ぎます。

さらに、才能には自覚のない努力があると知ることで、才能に気付く道を開きます。

抑えたいポイントは五つです。

才能がない、わからない時に知りたいポイント
  1. パーソナリティではなく、アイデンティティを明確にする
  2. 評価されるためではなく、自分のために才能を使用する
  3. 価値を見出してもらう以上に、自ら与える意識を持つ
  4. 努力している認識のない努力を見つける
  5. 才能とは能力だけでなく、認識と価値意識と見えない努力を組み合わせた“自分”だと知る

それぞれが才能開花の方法となりますので、詳細を見ていきましょう。

 

才能を知る方法

1、パーソナリティではなくアイデンティティを明確にする

一つ目の方法です。

生まれつきの能力である才能は、能力を得るための生まれながらの基盤を意味し、アイデンティティにて得る力のことです。

決められた貴族だけが飲める幻のスープ、それはポカリでした。という都市伝説の時代は終わりました。

能力発揮の結果によって価値が露になり才能となることは、生まれた時から決まった才能があるわけではなく、自分次第でいくらでも才能が花開くことです。

それは、理由や意味付けが先で実在が後ではなく、実在が先で理由や意味付けが後である意味。

才能を持つための基盤である自分を確立することが、才能に気付くための方法です。

そのために、自分のことは自分で認識します。他者から自分らしさや個性を見出してもらうのではなく、自らが自らを見て、感じて、考えて、想います。

アイデンティティを明確にすることで、才能を持つための自分が調います。

 

2、価値を自ら与える意識を持つ

二つ目の方法です。

価値を見出してもらえれば有り難くて素敵なことですが、それが行き過ぎると才能が他者のためのものとなり、パーソナリティを強くフォーカスする理由にもなります。

言い方を変えると、自分を見失い才能の基盤が崩れる、ゲシュタルト崩壊。

才能は自分のためであり、価値を与える意識を持つことで、隠れている才能に気付きます。

その際の才能があるかないかは、自分をどれほど敬い愛せるかです。

突然愛の話をしますが、価値を与える意識のためには、自らを大切にすることや自分を知ることが方法です。

自分を敬うことで、生きがいややりがいの天職や適職を見つけることにも繋がります。

※自分の価値観を知る話は、自分の価値観を知ることの幅広さと真意│自分らしさの宝探しにルールあり をご覧ください。

 

3、自覚のない透明な努力を見つける

三つ目の方法は、気付かぬ内に努力していることを見つけます。

才能とは本当に自分だけでは気付きにくいです。「当たり前」と認識しているので努力しているとも思わない癖だったり、熱中や集中して我を忘れるような、透明な努力の下に才能が隠れますので、掘り起こしましょう。

努力が無意識であることに気付くためには、他者に教えてもらいます。特に友人や恋人や家族など、身近な人に聞きます。

「知らずの内に影響(良さげな)を与えていることはある?」

才能とはアイデンティティの個性であるために、わざわざ意識しない人間性だったりもします。

性格や価値観、行動や癖の一つ、ふとした時の仕草や配慮が価値になっていたりします。

 

4、才能とは自分のことだと知る

最後の方法は、才能とは何かを知ることです。

才能とは能力だけではなく、如何に自分のために使用するかの認識、価値として良き影響を自分にも他者にも与える意識、無自覚の領域となる潜在意識の理解を含めた自分のことです。

自分のことを知れば知るほどに才能が見えます。しかし、それだけでは才能にならないのが面白いところです。

価値とするために他者の存在が必要不可欠です。そこには他者との関わり、人間関係におけるコミュニケーション、人の見方や価値観の理解、敬いや愛が関与します。

自分という人間がどれほど人との関わりを持ち、どう認識し、どう接するかの答えとして、才能が表れます。

強引に作り出すものではなく、人との関わりにて表れる姿が結果として才能になります。

「才能がない」という言葉は、「能力がない、恵まれた環境がない」という意味ではなく、「自分がわからない、人との関わりを知らない」という表現にもなります。

これは、才能の意味を理解していないことです。

才能を知るためには、才能がないと思うことがとても大切だと私は理解しています。何事もそうですが、わからないと自覚することで本当に理解が育まれます。

才能がないとは才能を知らないことですので、知るためにも才能に気付かない状態が大切な過程の一つとなり、気付きへの道が開きます。

如何に自覚のない努力を見抜くか、それは他者との関わりや自分を大切にすることでの環境変化、または潜在意識を認知するための自己探求や分析か。

人それぞれに才能を見抜く道は必ず存在します。

自分を知るための支援プログラミングがあります。
潜在能力の開発、コミュニケーション術に自己変容などなど、人生を知り、自分を知る内容が盛りだくさんです。
いつでもどこでも学習できるオンラインセミナーに教材、公開セミナーが揃っています。

人生に自信みなぎる躍動と新しい力を。
やる気のパートナー「やる気研究所」

 

才能がないと思い込んでいた経験

最後に私事ですが、ここでの内容がわかりやすくなればと思うので、才能がないと思い込んでいた時の気付きについてお伝えして終了します。

私は才能が全くないと思っていましたが、自分の価値観や気持ちなど、内面や潜在的な部分を知るにつれて大甘ですが、「これはもしかして才能じゃないか?」と気付くことが徐々に増えていきました。

その一つがこんな話。

会社員時代の私は狂っていましたので、お客さんに平気で「死ね」なんてことを怒鳴り散らしていたことも。

どう考えても自分のことを、「ヤベーやつだな」と思っていましたが、お客さんとの関わりで問題を起こしたことがなく、むしろ仲良くなって飲みに誘われることも多くあり、同僚や上司は、「いったいどんな手を使ってんの?」と猜疑的でした。

私が一番謎でしたが上司に、「才能だね、絶対なんかある」と言われ、さらに同僚にも言われるようになり、自分で観察してみるとあることに気付きました。

それは、相手の行為や短所を長所に変えてもらえるようにする行為として、怒鳴っていることでした。

行為と思惑が全く合致しないので、周囲の人々には到底理解されません。
「何を問題起きないからって調子乗ってんのよ」と。

当然です。自分でも疑います。

ですが、毎回怒鳴っても最終的には謝られ、とても仲良くなり、自分を知れば知るほどに本当は怒鳴る気なんてなくて、相手のことを思って反射的に怒鳴っています。

そこには、子供の時の成育環境も加わっていました。幼少期から押さえつけられて自分を出さない私は恐怖に苛まれて、自己防衛として怒りを多用するようになりました。

実際に怒っているわけではなく、真意を伝えたい時に感情がコントロールできない私は、声を荒げてしまっていました。

その甲斐あってか、私は人間観察や洞察に対して無自覚の努力を日々し続けていました。

相手の声や顔の変化、仕草や言葉使いで、何を考えてどういう状態でどういう人間性か無意識でしたが把握しており、さらに人の恐怖(私と同じ怒りなど)との関わり方がわかります。

そんなことを理解しているとは当初は到底考えもしませんでしたが、他者から指摘してもらうことで、「もしかして」と思うことが多くなり、今ではより深く認識しています。

幼少期の頃を思い出すと、その観察と洞察は既に育まれており、人がゲームや遊びをする時にジーッと観ていることが好きでした。

学童保育に居たある日、年上の子が折り紙にハマって2㎜の鶴を折って自慢していました。喜んでいるのが楽しそうで、折るところを常に見ていた私は1㎜のお相撲さんを折りました。その子に直ぐに壊されましたが…笑

誰かが迷路を紙に描いて作っているのを観て、楽しそうなので描いてみる。その後は持っていたノート全てが細かい脳みそのように敷き詰められ気持ち悪い。食事を食べずに迷路を描き続けるので、強制的に止めさせられましたが…笑

楽しいことは誰でも継続できます。大切なのは楽しみや継続の基を知ることです。

私の場合は観察と洞察癖が才能となり、それによって絵を描けるようになった次第です。このブログも同様です。

才能への気付きは探せばあります。気付くことであとは如何に認識と意識を持つかが価値の提供、しいては才能開花へと続くことを理解しています。

 

才能がない、わからない まとめ

他者の目や反応が気になり、肯定や評価を求める認識も加わることで、才能とは見せ物や優越感誇示、人を蔑む材料にする人もいるかもしれません。

才能を知ることがとても重要です。

才能とは自分自身の基盤材料ですので、主観を明確にして、価値を作り与えるように使用することで、自己表現の一つとして人に影響を与える力になります。

才能は潜在意識領域を理解する力でもあり、潜在意識へ向かえば向かうほどに、秘めた力のように引き出されます。

自分を自分で認識する領域では自覚のない癖や当たり前となり、より深くの領域ではさらに無自覚での能力が見られます。

ですが、自分だけでは気付きにくいものです。

そのため、人に教えてもらうこと、特に人のことを理解しているプロとの関わり、それはセミナーやプログラミングなどの活用にて、自分では到底気付かない才能開花が起こります。

より深い領域での能力であればあるほどに、本当に人生が全く変わるような認識が加わるため、秘められた力を知る楽しみが私達一人一人にあったりします。

ここでの内容が参考になれば幸いです。

また、おすすめのセミナーもありますので、興味のある方はご覧ください。

自分の理解や潜在能力を知るための支援プログラミング。
潜在能力の開花、コミュニケーション術に自己変容などなど、人生を知り、自分を知る内容が盛りだくさんです。
いつでもどこでも学習できるオンラインセミナーに教材、公開セミナーが揃っています。

新たな自分として活き活きとした人生を広げ、自由と自分らしさを手に入れられてください。
やる気のパートナー「やる気研究所」

 

ぜひ、楽しまれてください。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です