対象を下にする、敵にする、区分けする。もしこの行為が自分のために必要であれば、悪口ばかり言うようになります。
悪口ばかり言う人を傍から見たり聞いたりすると、棘が刺さるように痛く、なるべく距離を取りたいと思うかもしれません。
ここでは、悪口ばかり言う人を詳しく分解していきます。
分解の先に現れるのは羊か狼。
そんな奇妙なお話は、『意識』というスピリチュアルな精神と心理を基盤に進めてまいります。
悪口ばかり言う人の詳細を知ると、関わり方や対処を見出すことができますので、関わりを気楽にする知識となれば幸いです。
それでは分解を始めましょう。
Contents
悪口ばかり言う人の心理

悪口ばかり言う人とは?
集団での共存環境となる社会性の中では、悪口を言うのは自然です。
悪口を一切言わないのは自らルール作って固執し、違和感を周囲に与える可能性があります。
しかし悪口ばかり言う場合、人を悪く言うことが癖になっているため、度を越えた違和感となります。
悪口にはいろいろあります。侮辱、陰口、誹謗、中傷、攻撃、非難…。
悪口に共通するのは、悪意を持って他を否定すること。
悪口ばかり言う人とは、他を否定ばかりする人と考えられます。
癖になっているのは他の否定が好き、趣味、休日のストレス発散などといったレベルではなく。仕事、口を開けば、生き方。
自ら進んで行為しているので、「悪口を言いたい」と欲求による喜ぼうとする意図があります。
悪口ばかり言う人とは、暇さえあれば他を否定したい人です。
悪口ばかり言う人の心理
他を否定したいという意図、意思、欲求には心理があります。
自分にとっての満足や納得(利益)があるために他を否定する心理は、誰かを対象にすることで自らの利益を得ようとする在り方です。
自分だけでは利益を得られない、自ら作れない状態。
この心理にはいくつかの人間性が見られます。
- 自分のことを自分で認識できない
- 創作ができない
- 他への執着心が強い
- 他と自を区分けできない
- 自己受容、自己肯定できない
- 集団帰属にて自分を構成する
- 孤独を恐れる
心理として大きな特徴は二つあります。
「エゴ」「集団帰属への執着」
一つずつ見ていきましょう。
1,エゴにて悪口が必須アイテムになる
悪口ばかり言う人はエゴに苛まれる状態です。
エゴとは、自らを他と区分けして見出す意識。自らを自らで認識できないために誕生するもう一人の自分です。
自分のことを認めたり評価したりができず、他者との比較、優劣、上下区分け、他にて認めてもらおうとします。
他者との照合や投影や比較なしでは存在できないことで、自己受容や肯定がなく自己評価が低くなり、他を劣・下・負にして、自らを正当化するために悪口を使用します。
自分を見失っていればいるほどにエゴを主体にするため、他の影響にて自分が構成されていればいるほどに、悪口にて他と区分けして“自分”という存在をなんとか認知しようとする傾向があります。
悪口ばかり言う人は他を下げることで自分の価値を得ようとする、「自分のことしか考えられないほどの余裕のなさ」が心理に表れます。
※エゴの詳細は、エゴの意味とはスピリチュアルな契約|エゴがない人が教える活用方法 をどうぞ。
2、集団帰属への執着
集団にて自分を構成している心理です。
他者との関係性にて自分を存在させることで執着必須となり、他者の存在なくして生きられない心理があります。
自己受容と自己肯定がない、創作して自ら作り出せない状態です。
不安や恐怖などネガティブな情動にコントロールされている可能性があり、創作がなくなると話に面白みを作れず、その事実を誤魔化して自覚しないようにするために悪口が有効的になります。
エゴによる自己支配があり、恐怖など嫌なことを味わわないために、他を排他し攻撃し、蔑み否定します。
創作意識がなければ、自らが対処する意志も勇気もやる気も行動できなくなり、見る先は常に恐怖のない集団の中にある保身、安全、変化のない状態です。
怖がり、寂しがり屋、孤独拒否、変化のない安泰を求め、集団に属し、他を下げて己を上げる。
自分を見失った羊というイメージがわかりやすいかと思います。
※悪口を言わない人の心理は、悪口を言わない心理と友達が少ない関係性│無関心と怖さは距離を離す をご覧ください。
悪口ばかり言う人のスピリチュアル
悪口ばかり言う人の意識(スピリチュアル)
私達が自分のことを私と言ったり、我と思ったり、自分と感じたり、認識する意識があります。
悪口ばかり言う人は、この意識状態に大きな特徴があります。
自意識がない or あり過ぎる
※自意識とは自己に気づく能力であり、自と他を区分けする意識
両方とも、悪口ばかり言う人になります。
- 自意識がない
・・・集団帰属して自意識を見出そうと悪口を多用 - 自意識過剰
・・・自己主張・誇示するために悪口を多用
悪口ばかり言う人①:自意識がない
自分と他を区分けできないと集団に帰属して常にみんなと行動し、みんなと同じ意見を持ち、同じように認識するようになります。
恐怖に対処不可、勇気がない、意志や熱意がない、目的がない、独りで生きられない。
自立がなく、独りで立つことを嫌がる状態であり、集団帰属の安全を維持するために、悪口を言うことで孤独になる可能性をなくそうとします。
これをスピリチュアル的に言うと、魂レベルが低い状態です。
※魂レベルとは敬いの気持ちのバロメーター
現実的に言うと、経験が浅い状態です。
自意識がない状態は自らの個・認識の尊重が困難になり、自尊の見出しや作り出しは遠のき、「敬いとは何か?」を知る経験が未だありません。
自意識がない人の悪口は、自己防衛にて恐怖に対処するため
自らを敬い尊重する自尊心。
自尊があると悪口を言う必要がなくなりますが、自尊がない、穢されている、抑圧している場合、恐怖心に対する拒否感が強まり、集団に執着しやすくなります。
悪口を言う人達で固まります。
羊の群れは自然と作られ、みな同じように悪口を言う。
集団での生き方として認識され、集団意識を強めるためにも悪口の対象を決めて敵を作り、みんなで一緒になりたがります。
経験がないために恐怖に立ち向かい、受け入れる対処ができず、自尊を保ち、孤独にならずと、危険や苦痛や拒否されるなどの恐怖を味わわないための対処として、悪口を言うことが術になります。
※悪口を言う人の因果応報は、【悪口を言うと鬼が来る】因果応報がもたらす末路は悪の沼 をどうぞ。
悪口ばかり言う人②:自意識過剰
自意識があるために自分と他者を明確に区分けでき、単独行動もできます。自分の意見や意志を持ち、独りを好む人もいます。
自意識が高いと自尊心を強く持ちます。しかし、周囲からの干渉や影響にて、自尊を押さえつけられ、支配され、抑圧されて穢される、それを払拭しないままでいると、自己を主張するようになります。
「自分自分」
「あいつのせいで私は傷つけられた」
「あの人に言われたこと絶対許さない」
「私はこうしたいのにあんたのせいでできない」
「私とはこの私なんだ」
となります。
抑圧を打破するようにあえて自意識を強めることで過剰になり、他と区分けし、価値や存在確証を得るために他を利用し、悪口という手段に向かいます。
悪口には抑圧に対する反発を込めているため、自意識がない人以上に強気で心からの悲痛を込めた悪口となり、内に秘める悲しみや哀れさを表現します。
自意識がある人の悪口は悲痛の叫び
自意識がある人の悪口は叫び。羊の防衛とは一変します。
羊達は自己防衛にて悪口を言い、結束、ユニット参入のルール的に悪口を共通認識にしてコミュニティ継続しますが、自意識過剰のイメージは狼です。
狼は一匹でもいれば羊達を牛耳ります。
自分を正当化するため、価値を見出し、肯定され、自尊を見出し、自負を持つために誰かしらを対象にして、自らを上、勝、優越を得るために悪口を使用します。
他の存在によって自分を見出すために悪口は必須アイテムとなり、遠い昔のことでもつい昨日のことかのように、「あいつは許せねぇ」と執念を持ちます。
許してしまっては自らを見出す材料が減るので、悪口を言うための材料は記憶庫の一番見えるところに大事にします。
自分を見出すため」という目的があり、他者を利用して目的を果たそうとしますが、他によって見出される自分を本当は求めていないために、悪口ばかり言って得られない目的を求め続けます。
「
本来の自意識の高い自分を探し続けている
私が知る限りでしかありませんが、狼さんは全員根は素敵で良い人です。
魂レベルが高く敬いの気持ちを知っており、経験値が高く、自己を見出して対処したり、生きる意志や動力を持つ強い人です。
しかし、現状は抑圧や他からの影響にて自分を見つけられず、意志が弱わっていると考えられます。
過去の経験や心の傷などが大きく関わり、自己支配にて自らを縛り、強がりを主張するために頑張ります。
過去の記憶を拒否せず受け入れることで、突然別人のように悪口を言わなくなったり、聖人のようになったりと、敬いのある本来の人間性が露になる人です。
※悪口で友達が増える?!そんな話は、【好かれる悪口の使い方】悪口を言うのに友達が多い人の秘密 をどうぞ。
悪口ばかり言う人③:悪口マスター
上述とは別枠、悪口にて攻撃を食らわせ、相手に傷を負わせることに喜びを感じる人もいます。
陰口や不平不満などコソコソせず、悪意全開で悪口を使用します。
直接、「あなたの人格を否定します」と言い、反応を味わうことに喜びがあり、悪口ではなく相手が痛がるさまを見て活き活きします。
相手が痛む悪口を言うために心理に詳しい特徴があり、心を狙ってきます。
普段は笑顔で優しい顔を作り、餌撒きをしています。
存在は少数ですが、恐怖に身を委ねた闇系は恐怖を与えることが喜びなので、別枠としてお伝えしました。
危険人物ですので距離を取ることをおすすめします。
※悪口を気にしない方法は、【悪口や陰口を気にしないメソッド3選】一瞬で気にならなくなった体験談 をどうぞ。
悪口ばかり言う意味
悪口はアイテム的に使用できます。
- 自らの恐怖回避
- 抑圧への反発
- 正当化による自己主張
- 他を下げて己を上げる
これら全てに共通しているのは、「自分を見出すために他を使用したい」という願望や欲求です。
自分として生きられないからこそ悪口を言い、自分として生きたい気持ちが強いからこそ悪口を言います。
自分のための対処や自分に対する抵抗やあらがいを解消するために悪口を使用することは、「他への敬いがない」という現状表現です。
「あいつのせいだ」と悪口を言う場合には、「私は他への敬いがないんです」と自らの心に投げかけます。
悪口ばかり言うことは自らを敬わない意味
悪口を言うことでエゴが現れて事実を誤魔化し、自らの思考や行動や感情を自覚しないように恐怖から逃避し、見たくない自らが自らに作る反発を認めないようにします。
自分のために他者を利用すると、「自分として生きたいなら、他へ向かわずに自覚しよう」と合図するように、自分として生きていない状態が表れます。
自分として生きたいのに、生きない選択をするのが悪口に逃げる状態。他者を敬わないのは自分を敬わない意味です。
悪口ばかり言うのは、自虐行為にて自らの心にあらがっているジレンマの合図となります。
自尊心を見出して敬いたいのにできない、そんな自己表現です。
悪口は集団を、悪口なしは個を意味する
悪口が象徴するのは集団意識です。
集団を重んじる社会環境では、悪口にとても大きな意味があるので、悪口言ってはダメなんてことはないと思います。
ただし、自分の意見や自覚をせずに悪口に逃げるように使用すると、羊か狼になります。
- 悪口ばかり言えば、集団に執着して離れられなくなる
- 悪口を言わなければ、個を尊重して個と集団のバランスを得る
- 悪口を言っちゃダメになれば、個に執着して主張する
狼は傷負いにも一匹狼にも、そして優しい狼にもなります。
悪口には集団帰属の大切な意味があります。
言わなければ言わないで個人主義の大切な意味があります。
社会環境にて集団帰属しながらも自立できるのが人間ですので、集団も個も共に大切にできるように、バランスよく悪口を使うと良い塩梅かもしれません。
※悪口ばかり言う人の対処法は、【悪口ばかり言う職場の特徴と対処法】言いたくなる心理と環境を知ると気楽 をどうぞ。
悪口ばかり言う人のスピリチュアル まとめ
悪口ばかり言う人を理解すると、見方や関わり方を変えることができるので、対処の際にご参考になれば幸いです。
悪口ばかり言う人を分解していくと見えるのは二つの意識。自意識がないのかあり過ぎるのかです。
恐怖に対処できないのか、嫌がって自己を主張し、正当化に勤しむのかの心理になります。
他者を利用して自らの利益を得ようとする意識があると、悪口ばかり言うようになります。
どれだけ抑圧されて自尊を傷つけられたとしても、悪口を多用して他を蔑み否定し、下にして劣等させる行為を選択するからには、弱さという自己喪失による見失いと無力さがあります。
悪口は悪いものではないと私は理解しているので、如何にバランスを見て活用できるかが、集団と個のバランス作りになり、そういった見方も大切かもしれません。
自己否定の自分への悪口は自虐だと認識しやすいですが、他者否定の他人への悪口も明確に自虐行為です。
「悪口はほどほどに」と教えてくれるのが悪口ばかり言う人自身の在り方なのかもしれません。
関わる際には相手を把握すると気楽さと余裕が作られますので、悪口ばかり言う人の意識と心理の紐解きにて、悪口の使い方や、悪口を言う人との距離感の保ち方にお役立てください。
それでは、悪口ばかり言う人のスピリチュアルと心理のお話を終了します。
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。
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