スピリチュアル

悪口ばかり言う人は羊か狼?│心理とスピリチュアルにある明確な意識

悪口を言うことで対象を下にする、敵にする、区分けする。

もしこの行為が生きるために必要だったら?

悪口ばかり言うようになります、生きるために、自分のために、苦しまないために。

悪口ばかり言う人、傍から見たり聞いたりすると、棘が刺さるように痛い存在、なるべく距離を取りたいと思うかもしれません。

そんな棘ゾウ甲羅みたいな人ってどんな人なんでしょうか?

ここでは、棘ゾウ、いえ、悪口ばかり言う人を詳しく分解していきます。

そこに表れるのは、羊か狼。

そんな奇妙な話は、『意識』というスピリチュアルな精神を基盤に進めてまいります。

悪口ばかり言う人の詳細を知ると、関わり方や対処法の参考になるかと思いますので、スピリチュアル的な分解として、心理と精神を含めた内容をご覧ください。

それでは、悪口人の分解を始めましょう。

悪口ばかり言う人の心理

悪口ばかり言う人とは?

悪口を一切言わないというのは、自らルール作って固執する可能性があるので、違和感を周囲に与えるかもしれません。

そのため、悪口を言うのは自然かと思います。

しかし、悪口ばかり言う人は、人を悪く言うことが癖、恒常化していますので、度を越えた違和感となり得ます。

そんな悪い口、子供の頃に、「この口はメッ!」と指さされて言われるやつです。

悪口にはいろいろあります。

悪く言う、侮辱、愚痴、陰口、誹謗、中傷、攻撃、非難…。

悪口に共通するのは、他を否定することかと思います。

そのため、悪口を言う人とは他を否定する人。

悪口ばかり言う人とは、他を否定ばかりする人と考えられます。

これが癖になっているのは、他の否定が好き、趣味、休日のストレス発散などといったレベルではなく、仕事的な、口を開けば的な、生き方的な。

癖のようになっている場合、強引に悪口を言わされている真逆、自ら進んで行為しているので、「悪口を言いたい」、I want to~の欲求による自らを喜ばそうとする意図があります。

このことから、頭の中が少し見えます。

悪口ばかり言う人とは、暇さえあれば他を否定したい人。

 

悪口ばかり言う人の心理

他を否定したいという意図、意思、欲求があります。

このことから心理として内側が見えてきます。

他を否定するのは、自分のためになる=自分にとっての価値や利益になると考えられます。

いわば、自分にとっての満足や納得(利益)があるために他を否定する。

ここにある心理は、誰かを対象にすることで自らの利益を得ようとする在り方。

自分だけでは利益を得られない状態です。

言い方を変えると、利益を自ら作れない。

この心理にはいくつかの人間性が見られるので、一覧にまとめます。

悪口ばかり言う人の心理
  1. 自分のことを自分で認識できない
  2. 創作ができない
  3. 他への執着心が強い
  4. 他と自を区分けできない
  5. 自己受容、自己肯定できない
  6. 集団帰属にて自分を構成する
  7. 孤独を恐れる

心理として大きな特徴となるのは、二つ。

「エゴ」「集団帰属への執着」

一つずつ見ていきましょう。

 

1,エゴにて悪口が必須アイテムになる

悪口ばかり言う人といえばエゴ。それぐらいの代名詞かと思います。

エゴとは、自らを他と区分けして見出す意識のことでして、自らを自らで認識できないために誕生する自己防衛意識です。

自分で自分のことを認めたり、評価したりができないので、起きるのが他者との比較、優劣、上下区分け。

自己価値や存在意義、能力や才能など、他者との照合や投影や比較なしでは認識できないことで、自己受容や肯定ができません。

すると自己評価が低いため、他との区分けの際に他を劣・下・負にする必要があり、自らを正当化するために悪口を激化させます。

自分を見失っていればいるほどにエゴを主体にするため、他の影響にて自分が構成されていればいるほどに、悪口にて他と区分けして“自分”という存在をなんとか認知しようとする傾向があります。

エゴの大きな特徴は嘘や誤魔化しが多くなることでして、自らを誤魔化そうとする様が多く、それを自覚しないためにも己の行為に対する正当化を強め、他を下げるか己を下げようとします。

悪口ばかり言う人は己ではなく他を下げる選択をした人でして、他を利用して己の価値を得ようとする、「自分のことしか考えていない様」が明確に表れます。

言い方を変えると、「自分のことしか考えられないので悪口を言う対象を考えずに利用する」というもので、余裕がありません。

※エゴの詳細は、エゴの意味とはスピリチュアルな契約|エゴがない人が教える活用方法 をどうぞ。

 

2、集団帰属への執着

もう一つの大きな特徴となる心理は、集団にて自分という存在を構成していることです。

他者との関係性にて存在しているので執着必須となり、他者の存在なくして生きられない心理があります。

それが、自己受容も自己肯定もできない、いわば創作という自らの作り出しができない状態です。

自信や自尊、意見や意志、認識の自覚など、自らを持って作ることができないのは、不安や恐怖などネガティブな情動にコントロールされている可能性があり、創作がなくなると話に面白みを作れず、その誤魔化しのためにも悪口が有効的になります。

この状態、エゴによる自己支配。

自らを恐怖にさらさないためなら、他を排他し攻撃し、蔑み否定します。

自らが対処する意志も勇気もやる気も行動も、創作意識がなければできないので、見る先は常に恐怖のない集団の中にある保身、安全、変化のない状態。

自ら恐怖と対峙する状態をとにかく恐れる心理があり、孤独は完全NGです。

怖がり、寂しがり屋、孤独拒否、変化のない安泰を求め、集団に属し、他を下げて己を上げる。

自分を見失った羊というイメージがわかりやすいかなと。

まるで悪口を言っているような内容に私自身が思えてきましたが、ただの解説、これが悪口ばかり言う人の内側の紐解きです。

※悪口を言わない人の心理は、悪口を言わない心理と友達が少ない関係性│無関心と怖さは距離感ツツツー をご覧ください。

 

悪口ばかり言う人のスピリチュアル

ここからスピリチュアルな精神を含めた、“意識”としてバラバラに分解していきます。

悪口ばかり言う人の意識(スピリチュアル)

意識。

自我意識。

私達が自分のことを私と言ったり、我と思ったり、自分と感じたり、己のことを己だと認識する意識があります。

悪口ばかり言う人は、この意識状態に大きな特徴があります。

自意識がないことです。

そして、自意識があり過ぎることです。

悪口ばかり言う人のスピリチュアルな理解
  1. 自意識がない
    ・・・集団帰属して自意識を見出そうと悪口を多用
  2. 自意識過剰
    ・・・自意識が高いが、抑圧されたことから自己主張するために悪口を多用

両方とも、悪口ばかり言う人になります。

[ない or あり過ぎ]

自意識とは自己に気付く能力でもあり、自と他を区分けする意識です。

それがない場合、自分と他者を区分けできず、起きるのは集団帰属への執着、孤独NG、エゴ。

もう一つのあり過ぎる場合、自分と他者を明確に区分けできるので単独行動ができますし、自分の意見や意志を持ち、独りを好む人もいます。

自意識過剰になるには過去の歴史があります。

元々自意識が高く自らを自ら認識し、他と区分けする個の認識もありますが、それを強く押さえつけられ、抑えられ、支配され、などの抑圧を経験し、それを払拭しないままでいると、あえて自己を主張するようになります。

自己主張が凄まじくなり、「自分自分、あいつのせいで私は傷つけられた、あの人に言われたこと絶対許さない、私はこうしたいのにあんたのせいでできない、私は、私は」となります。

そこで自意識の高さから、抑圧を打破するようにあえて自意識を強めることで過剰になり、他と区分けし、己の価値や存在や自分という確証を得るために他の存在を利用し、悪口という手段に向かいます。

悪口には抑圧に対する反発を込めているため、自意識がない人以上に強気で心からの悲痛を込めた悪口となり、内に秘める悲しみや哀れさを自ら表現します。

このようにスピリチュアルな見方をすると、二つの全く異なる意識状態から悪口を癖のように言う人が見出されます。

両者は真逆と言えるほどに全く異なる意識状態のため、分けて詳細を分解したいと思いますので、初めに、自意識がない人を見ていきましょう。

※悪口で友達が増える?!そんな話は、【種類あり】悪口言うのに友達が多い人│人を集める悪口の使い方 をどうぞ。

 

悪口ばかり言う人①:自意識がない

自分と他を区分けできない状態では、集団に帰属して常にみんなと行動し、みんなと同じ意見を持ち、同じように認識することがノーマル、ここに違和感がありません。

この状態でも、悪口を言う人と言わない人で分かれるため、悪口を言いたいと思うことには何かしら理由があります。

そこで考えられるのが、自意識がない羊の群れの中で恐怖をとにかく恐れる羊性、いえ、人間性です。

言い方を変えると、恐怖をとにかく恐れる、対処不可、勇気がない、意志や熱意がない、目的がない、独りで生きられない。

弱さです。

自立がなく、独りで立つことを嫌がる状態があり、集団帰属の安全を維持するために、悪口を言うことで孤独になる可能性をなくそうとします。

これをスピリチュアル的に言うと、魂レベルが低い状態。

現実的に言うと、経験が浅い状態です。

魂レベルと言っても、何だか崇高で神に近付くという話ではなく、敬いの気持ちがあるかないかのバロメーターと私は理解しています。

自意識がない状態は自らの個・認識の尊重が困難になり、自尊の見出しや作り出しは遠のき、自分を大切に愛する敬いがなくなる可能性があります。

ここには、「敬いとは何か?」を知る経験がないと考えられます。

ここで他者から愛され大切にされる記憶が定着し、恒常化すれば悪口を言う必要がなくなるのですが、それがないと自尊を守られることも自ら作ることもできないので、恐怖への対処のために集団に執着します。

すると、とてもわかりやすい特徴として、悪口を言う人達で固まります。

羊の群れは自然と作られ、みな同じように悪口を言う。

それが集団での生き方として認識されており、集団意識を強めるためにも悪口の対象を決めて敵を作ったりと、みんなで一緒になれるようにします。

経験がないために恐怖に立ち向かったり、受け入れる対処ができず、自尊を保ち、孤独にならずと、危険や苦痛や拒否されるなどの恐怖を味わわないための対処として、悪口を言うことが生きる術になります。

※悪口を言う人が合わない際は、波長が合わない人や場所から離れる?留まる?│対処法は人間の基本原理 をどうぞ。

 

悪口ばかり言う人②:自意識過剰

この人達の悪口は強烈でして、羊のような可愛いものとは一変します。

羊達は自己防衛にて悪口を言い、結束、ユニット参入のルール的に悪口を共通認識にしてコミュニティ継続しますが、自意識過剰はもう狼です。

この狼、一匹でもいれば羊達を牛耳ります。

お局的な、集団の長として悪口のどん、頭。

「くぅー、頭の悪口は棘の鋭さがもう違いますぜ」

「おうおうそうだろ、俺様の悪口は心から相手を下げて自らを上げる目的があるからな」

このように、狼親分と羊子分は夜な夜な酒を注いで注がれてヘラヘラしています。

が、ヘラヘラしちゃうところに弱さが明確に表れている。

この狼さん、傷ついています。

過剰系は悪口に対して明確な目的を持っており、「自分を見出すため」というのが狙いで、相手を傷つけるのが主ではありません。

自分を正当化するため、価値を見出し、肯定され、自尊を見出し、自信を自負に変えるための外部情報ゲット、他からの承認‥‥。

とにかく誰かしらを対象にして、自らを上、勝、優越狙い。

他の存在によって自分を見出すために悪口は必須アイテムとなり、遠い昔のことでもつい昨日のことかのように、「あいつは許せねぇ」と執念のように持ちます。

許してしまっては自らを見出す材料が減るので、悪口を言うための材料は記憶庫の一番見えるところに大事にしています。

この狼さん、私が知る限り全員、根は良い人です。

スピリチュアル的に言うと、魂レベルが高く敬いの気持ちを知っており、経験値が高く、自己を見出して対処したり、生きる意志や動力を持つ、強い人です。

しかし、現状は弱め。

抑制による見失いが強く、そのようになってしまう過去の経験や心の傷などが大きく関わり、自己支配強めと考えられます。

傷を負った狼は強がりを主張するために頑張ります。

私の理解では、過去の記憶を拒否せず受け入れることで、突然別人のように悪口を言わなくなったり、聖人のようになったりと、敬いのある本来の人間性が露になるタイプです。

 

悪口ばかり言う人③:悪口マスター(ヤベーやつ)

上述とは別枠で、悪口マスターが存在します。

ガチ狼。

マスターは悪口にて攻撃を食らわせ、相手に傷を負わせることに喜びを感じる種族です。

このタイプは、陰口や愚痴などコソコソしません。

直接、「あなたの人格を否定します」と言い、その反応を味わうことに喜びがあり、悪口ではなく相手が痛がることに意味があり、それを見て活き活きします。

これはもうただのヤベー奴ですので、距離を取りましょう。

相手が痛むための悪口を言うために心理に詳しい特徴があり、口が悪いとかではなく、心を狙ってくる危険人物です。

このタイプ、普段は笑顔で優しい顔を作っています。別名餌撒きをしているので、明らかな違和感を感じます。

存在は少数ですが、恐怖に身を委ねた闇系は恐怖を与えることが喜びなので、ちょっと別枠としてお伝えしました。

見極めて距離を取るためにも、知っておくといいと思います。

※悪口マスターの詳細は、いい人だけど…。疲れたり嫌いになるのは心身アラーム│裏の顔が怖い人の対処法 をご覧ください。

 

悪口ばかり言う意味

これまでの内容から、「自らの恐怖回避」「抑圧への反発」「正当化による自己主張」「他を下げて己を上げる」と、意識状態によって悪口をアイテム的に使用していることがわかります。

これら全てに共通しているのは、「自分を見出すために他を使用したい」という願望や欲求です。

自分として生きられないからこその対処で悪口を言い、自分として生きたい気持ちが強いからこその在り方として悪口を言います。

そこで、悪口という行為へ向かうことには、「他への敬いがない」という現状表現があり、「あいつのせいだ」と悪口を言うことで、「私は他への敬いがないんです」と自らの心に投げかけます。

ここで起きているのは自虐、自らへの敬いがない様です。

  • 心に傷を負っていれば、自らズバズバっと傷を痛めつけます
  • 傷がなければ、自分という存在をより集団の中に埋め込みホワーと自我を曖昧にします

傷が広がらないように、自分がないと自覚しないように、防衛としてエゴが現れて事実を誤魔化し、とにかく自らの発言、行動、感情、認識、想いを自覚しないようにします。

誤魔化して悪口。この繰り返しで起きるのは、自己喪失。

自分を見出すために他者を利用すると、「自分として生きたいなら、へ向かわずに自覚しよう」と合図するように、自分として生きていない状態が表れます。

ここに見出される悪口ばかり言う意味がこちらです。

悪口ばかり言うのは、自分を見失っていることを表現し、自虐行為にて自己喪失している合図。

末路は想像通りです。

 

悪口は集団を、悪口なしは個を意味する

悪口が象徴するのは集団意識です。

集団を重んじる社会環境では、悪口にとても大きな意味があるので、悪口言っちゃダメなんてことはないと思います。

ただ起きるのは明確です。

羊になるか狼か。
傷負い狼か一匹狼か。

  • 悪口ばかり言えば、集団に執着して離れられなくなります
  • 悪口を言わなければ、個を尊重して個と集団のバランスを得ます
  • 悪口を言っちゃダメになれば、個に執着して主張します

羊はずっと羊。

ですが、狼は傷負いにも一匹狼にも、そして優しい狼にもなります。

優しい狼は狼族から離れ、独自の文化を築きながらも集団を尊重し、それを犬と言うとかなんとか。

悪口には悪口を言う集団帰属の大切な意味があります。

言わなければ言わないで個人主義の大切な意味があります。

社会環境にて集団帰属しながらも自立できるのが人間ですので、集団も個も共に大切にできるように、バランスよく悪口を使うと良い塩梅かもしれません。

※悪口ばかり言う人の対処法は、悪口ばかり言う職場に喝!職場は悪口を言う場所!矛盾こその対処法 をどうぞ。

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悪口ばかり言う人のスピリチュアル まとめ

悪口ばかり言う人を分解すると、「自覚のない自虐で心をズタボロにしてるー」という話でした。

分解していくと見えるのは二つの意識。

自意識がないのかあり過ぎるのか。

恐怖に対処できないのか、嫌がって自己を主張し、正当化に勤しむのかの心理になります。

いずれにしろ、他者を利用して自らの利益を得ようとする意識が見られると、悪口ばかり言うようになると考えられます。

どれだけ抑圧されて自尊を傷つけられたとしても、悪口を多用して他を蔑み否定し、下にして劣等させる行為を選択するからには、弱さという自己喪失による見失いと無力さがあります。

悪口ばかり言う人を理解すると、見方や関わり方を変えることができるので、対処の際にご参考になれば幸いです。

同時に、悪口とは悪いものではないと私は理解しているので、如何にバランスを見て活用できるかが、集団と個のバランス作りになり、そういった見方も大切かもしれません。

自己否定の自分への悪口は自虐だと認識しやすいですが、他者否定の他人への悪口も明確に自虐行為ですので、「悪口はほどほどに」と教えてくれるのが悪口ばかり言う人だったりします、良い塩梅でいきましょう。

それでは、私はふざけた自分の在り方に対して喝!喝!喝!

ひぇー、自分への悪口、キツー。

でも今日もウイスキー飲んだくれだー、へへぇ。

そりゃ喝だわ。

チーン。

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