人それぞれ

子供の気持ちを忘れない世界の見方|誰もがみんな子供だったと思い出す

この世には、年齢によって態度や身分や生き方が変わる仕組みがあるようです。

すると、大きくなるにつれて子供の気持ちがわからなくなっていき、“子供は、大人は”と区分けして、「子供だから」「子供のくせに」「子供のうちは」という言葉を使用します。

実際、子供の目線と思考と感情、そして想いでは、世の中や大人との接し合いはどのように起きているのでしょうか?

私は、子供の頃の記憶があり、赤ん坊の時の記憶もあります。今でも頻繁に、子供の頃の記憶が鮮明に蘇ります。

すると、大きくなった今、子供の気持ちを勝手に決め付けて、思い込みにて理解していると勘違いしていることに気付きます。

子供の気持ちがわからない親というのがいるのも納得するほどに、子供の気持ちを持っていた自分を忘れ、何かをはき違えてフィルター後の世の中を見ているような気がします。

ここでは、子供の頃を思い出すとわかる、“子供の気持ち”と、“子供の世界”をお伝えします。

自分自身が子供だった時の気持ちを思い出す機会となり、より物事や子供の認識が広がることを願います。

子供の気持ち

子供が見ている世界

子供の気持ちを感じる基盤として、“子供の認識”があります。

どのように物事を見て、感じて、考え、想うかの認識があり、そこには大人が忘れてしまう世の中の見方があり、子供の世界が広がります。

 

子供の認識は、脳、肉体、心を全て使用する

物事や人や出来事を認識する際に、自分の持っているものを全て使用するのが子供です。

私達人間は、自我意識を持って生きています。

自我意識とは自分の記憶情報によって構成される“自分”の意識で、脳の思考や知識や感情の記憶、肉体の反応や運動の記憶、心の感覚や気持ちの記憶を持ちます。

その自我意識にある記憶であり、自分を構成していく脳・肉体・心をバランスよく全て使用するのが子供です。

大人になっていくと、自我が拡大され、エゴも生まれていきます。すると、脳の使用割合が大きくなり、肉体感覚や心の気持ちの認知が薄れていきます。

そして、水の味がたくさんあるように、空気の味や大気の密度、風の種類がたくさんあることを認識しなくなっていきます。

 

子供は潜在意識を使用して自我を育む

自我意識には、顕在意識と潜在意識があります。

顕在意識を使用することで意識的に自覚した行動や思考しかしなくなります。それは脳の中にある認知した情報のみという制限があり、記憶情報全体の10%以下と言われています。

子供は潜在意識を多く使用します。

潜在意識は記憶情報の90%以上と言われており、99%とも考えられるほどにほとんどの記憶を蓄えている記憶保管庫のようなもので、自覚のない行動や思考をする意識です。

子供は自覚なく行動や思考をすることが多く、潜在意識を主体にして行動や思考をする際に、自分で行動を認識して学び、楽しむことをします。

その際に肉体の感覚と脳の思考と心の気持ちを認知するために、鮮明に記憶が作られ、自我意識を構成する材料として蓄えられていきます。

※潜在意識については、潜在意識とはスピリチュアルな脳と心の連動|ハイヤーセルフが知る関わり方 をご覧ください。

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子供は感受性が高く、感覚過敏

子供の頃を思い出すと明確にわかるのが、感覚や感性が鋭いことです。

五感の感受性が高く、全てが強烈で激しく響くように感覚を感じます。さらに、情動や心情を感じ取る感受があり、第六感や虫の知らせのような感覚を毎日のように感じています。

頻度は子供それぞれですが、自分の中で起きていることと、外で起きていることの両方に対する感受が常にあり、物事の認識の幅がとても広いです。

まずいものは驚くほどにまずく感じる

例えばご飯を食べて、「まずい」と味覚が感じた場合、驚くほどまずくて吐くほどです。

その際に、「食べなさい!」と強制されると、その情動や心情の攻撃性が心臓を刺されるようにえぐり、「ぐはぁ」と何か赤いものを吹き出しそうなほどに激しい心地悪さを感じます。

それが続くと心に傷として残り、苦しくて辛い心地悪さを感じ続けます。それを無表情で耐え続けることはできないほどの強烈なものです。

おいしいものは最高に幸せを感じる

その反面、「おいしい」と味覚が感じるものは、最高の至福があります。

思考的に過去の料理との比較や、見栄えやロケーションなどにて、「おいしい」と評価する判断とは違い、肉体の味覚を感じ、脳の思考と感情を巡り、最後に心の気持ちにて心地良さを感じます。

食べるものや好き嫌いによって変わりますが、お菓子や動物性脂やうま味の成分があるものによって、脳の幸福ホルモンがドバーっと分泌されるのを感じ、トリップします。

納豆や発酵食品やエネルギー量の多い命を食べると、腸から幸福ホルモンが出ることで肉体が喜ぶ感覚を感じます。

そして、愛情やエネルギー量の多い命を食べることで、心から心地良さを感じて幸せな気分に浸ります。

感受が鋭く、自我意識全てを使用するために、さまざまに良いも悪いも認識する機会が日常にたくさんあります。

※食事と子供の関わりは、食事に興味がないのは自分を理解する喜び|偏食も少食も自然なこと をご覧ください。

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子供の気持ちと生き方は自分の喜び

さまざまに感覚を感じ、思考を作り、感情を作りますが、子供が普段感じている気持ちはとてもシンプルに、「心地良い」か「心地悪い」、「満足」か「満足しない」がほとんどです。

そこには、自分の喜びを求め、追及する生き方があります。

 

子供の優先する認識の基は自分の喜び

「心地良いと心地悪い」は心の気持ちです。
「満足と満足しない」は脳の思考と感情です。

そこにあるのは、“自分の喜びを尊重する生き方”です。

子供は、自分が喜ぶことをとにかく優先して生き方を作ります。そのためにお腹が空いたらご飯を食べます。

「ちょっと待って」なんて悠長なことは言ってられません。今お腹が何かを欲しているので、今食べるんです。

お腹が空くのは生存維持の本能で、自分の体にはビタミンB2とD、あとはカリウムとミネラルだから、「じゃあポカリちょうだい」みたいなことは考えません。

「生きたい意志があるの、肉体がエネルギー不足にてお腹が減る感覚を出しているの」
「じゃあ何かをお腹に入れて肉体を満たそう」
「はい、グミ」というシンプルな気持ちを持ちます。

その際に、子供にとって“我慢・忍耐”をすることは、「私はこれから私を苦しめます」という意志になります。

それは、自分の喜びに反するためにできません、しません、やりたくありません、やる意味がわかりません、ありません。

 

自分の喜びとは心を主体にした心地良さ

子供の頃を思い出すと、「なんやこいつ、メチャクチャ自分勝手じゃないか?!」と思うかもしれません。

自分の喜びを尊重し、そこに脳の思考による計算や俯瞰性がないために、「ここで我慢して、もう少しお腹を空かせてからのカレー目玉焼き乗せは、喜び倍増だぜ」とかはありません。

子供は心の気持ちを優先するために、“今を生きる”生き方をします。

過去や未来に生きることがなく、今起きている現実のみを認識して、物事を考えて感じて、想います。

すると、自分の喜びを今与えるのか、与えないのかになり、それは、「自分を本当に喜ばせたいんですか、ねぇわたし?」「じゃあ、今でしょ!我慢とかナンセンスだろ」となります。

心を主体にして喜びを求めるために、今を生きて、後先考えないのが子供の気持ちです。

 

子供は無責任ではない

自分の過去を思い出すと、“自分勝手でわがままで無責任な鼻垂れっ子”だと思うかもしれません。

自分の喜びを求めて、今この瞬間に喜びを与えようとします。そこで他者の手を利用しようとするかどうかは子供の生活環境次第です。

親や周囲の人がなんでも与えて育つことで、「求めれば貰えるもの」と学びます。当然、そのように実際の行動で教えられたので、そのように認識します。

毎日ご飯が何も言わずとも出てくれば、それが当たり前だと思って生きていきます。

子供は自分の喜びを主体にするので、言葉で、「あんまり人から物をもらっちゃダメだよ」と言っても、実際に物を与えてくれる人がいればもらいます。

言葉より物があった方が喜ぶからです(※しかし、愛があれば別:後述)。

そのように認識するのは周囲の影響なくはできません。そのため、少し大きくなった時に物が貰えなくなると、「えっ、どういうこと?意味がわからなすぎる???」と若干パニックになります。

既に求めれば貰えると思っているので、自分で何かを作り出すことがなければ、他の人に求めるようになり、自分で責任を負えなくなります。責任すら親や誰かが負うと思っています。

ですが、そういう環境でなく、責任は自分で負うものだと認識する環境や経験や学びがあれば、子供はもの凄く責任感があります。

石で遊んでいて、他人の家の車のフロントガラスにヒビが入ってしまったら、謝り、代償の話になれば、自分で話を進めます。

初めての体験であれば緊張や恐怖でパニックになり、怖くて涙も出ますが、車を持つ人のためにお手伝いをして代償の代わりにしたり、誠意で許してもらうという子供それぞれの責任の取り方をします。

そこで誠意がなかったりすると、「親を呼べぇい、おやを!」と相手を怒らせることになりますので、生活環境での認識が物を言います。
「まぁまぁおやっさん」といきましょう。

 

子供はアイデンティティを持つ

生活環境にて物事の認識となる“脳の思考”を育みますが、そこには既に“自分”という認識があります。

子供は、自分で自分のことを認識する意識があり、他と区別することで自分を見出して認識するような意識(エゴ)がありません。

生育と共にエゴが生まれていき、大人になると自分で自分のことを認識する人はほとんどいなくなり、他者の目や反応や評価が何よりも大事になっていく傾向があります。

アイデンティティとは : 気質や価値観などにて自分を自分と認識すること
※自己同一性、自己認識の確立

「自分のことは自分で知っている」「だってこれが私だよ、体があって、声があって、こうやって動くよ、指をこう動かすのが私のアイデンティティ」みたいな感じです。

アイデンティティがあり、感覚感受が鋭く、自我意識を育むために切磋琢磨して生きるのが子供です。

すると、他者の影響力がとても大きく関与し、子供の気持ちを増長したり、メチャクチャにしたり、ぶち壊したり、人生やり直しみたいにさせられることがあります。

※子供から大人になることの話は、大人になるって何なんだ?子供の時を思い出すとわかる大きな人 をご覧ください。

大人になるって何なんだ?子供の時を思い出すとわかる大きな人大人になることはとても大きなことだと思っていたことを、今でもよく思い出します。 大人への憧れがあり、子供から大人になる時がいつかわ...

 

子供の気持ちがわからない

子供ではなくなることで、子供の気持ちや認識がわからなくなり、子供の世界を忘れていきます。

子供の気持ちがわからない時には、子供の生き方を知ることが重要になりますので、ぜひご覧ください。

子供の気持ちを知るための理解

子供は心を主体にしていることから、感覚と感性があります。それは誰しもにあることですが、どこにフォーカスして認識するかによって感覚と感性を忘れることがあります。

心を主体にする生き方から、子供には仕事のような生き方が作られ、そこに子供の気持ちが作られる仕組みがあります。

 

子供は自分を知ることがとにかく楽しい

自我を育む際に肉体も脳も心も全部使用します。その内の脳は、知識情報を増やすために使用するのではなく、“自分を知るため”の材料として使用します。

その基盤には、“自分の喜びを尊重する生き方”があり、自分の得意・不得意、好きなこと・そうでないことなど、自分を理解していく作業に脳を使用します。

例えば、幼少期で勉強をすることが嫌いな人はいないと思います。勉強は、自分の知らないことを知る喜びです。

子供は絵本が好きでも辞書が好きな人はあまりいません。

それは、知識を頭に詰め込むために脳を使用しているわけではなく、新しい色を知ったり、自分が心躍るような感覚のあるもの(好きなもの)を知ったり、楽しく喜びのあるものを知るための勉強が、辞書以上に絵本にあります。

絵本を見ても絵本の内容なんてどうでもいいんです。色使いや、絵本を書いた人の気持ちが本にあり、絵の描き方やお話を読む人の情動や心情を感じ取る楽しい時間です。

お話の内容にて、絵本を読む親などの心情が変わることに内容の意味があり、自分の好きな色がわかり、描き方やタッチにて“自分がどう感じるか”がわかりやすいので、絵本や紙芝居は結構人気です。

内容だけではなく、絵本としての在り方に意味があり、絵本を書いた人から読む人、そして聞いて見る自分を全て含めた世界として、絵本の時間を認識する。

※感受性の高さにある、感覚や気持ちの受信があり、絵本作家の気持ちが波動として伝わる見えない世界が広がり、子供ならではの気持ちがある。

 

脳は自分を知るための材料

絵本以外にも、生育と共に勉強をする機会が増えていきます。小学校で五教科を勉強するのには、新しいことを知る喜びがあります。

自分の好き嫌いが判明することに喜びがあるために、自分が算数が好きということがわかったり、社会はつまらないと知ることが喜びです。

つまらないと思うことを続けることは、我慢となるためにしません。しかし、そこで強制して我慢をさせ続けることで勉強が嫌いになります。

子供の気持ちとしては、勉強は自分を知るためであり、喜ぶための材料です。そのために、勉強は楽しいもので、我慢してする概念は一切ありません。

ジャングルジムから落ちて足を骨折した時には、落ちる際の感覚や、骨折の痛みや感情を知り、ジャングルジムが得意なのかどうかを知る機会になり、怪我を負うとどうなるのかの自分を知る喜びがあります。

ですがその際に、「骨折してもう、危ないじゃない、もうジャングル禁止!」「あんなあぶないことをしてはいけません!」と親などが強制することで、「親にとって良くないことをしたんだ」と思い込み、自分を知る喜びもどこかになくなり、親のために生きる人生が始まっていきます。

子供が自分を知ることは子供の仕事
※楽しみ、自我を育むことが仕事

子供の仕事を邪魔する存在は、子供への戦い宣告のようにもなります。しかし、子供は自分を抑えて苦しめる選択をしがちです。

※子供への理解は、子供に好かれる人の明確な理由|小さな大人は仕事の協力者になる をご覧ください。

子供に好かれる人の明確な理由|小さな大人は仕事の協力者になる子供に好かれる人と嫌われる人には、子供の仕事に対する貢献度と邪魔さ加減があります。 子供は大人とは全く違う目線で物事を見て、感じ、...

 

子供の気持ちは愛が主体

感覚と感性を感じながら今を生きることで起きるのが、自分の愛の感受です。

それは、自分の喜びを尊重する動機となる生きる源になります。

そのため、子供の気持ちは愛を全ての主体にします。

愛とは、自他を敬う気持ち
※喜び、楽しみ、感謝、慈しみ、愛するなど、さまざまに含まれる

子供が素敵なのは、自分を敬う愛と同時に、他者を敬う愛を持つことです。

子供の頃、自分がチョコボールの苺味を食べていて、目の前でお菓子を買ってもらえずにウギャウギャ泣いている子がいたら、きっと一個あげます。

子供によっては一箱あげます。

それは、「可哀そう」という思考も何もなく、単純に愛の気持ちとして、「あげる」となります。

理由も理論もなく、「お菓子が欲しい子、辛いことが起きた、愛で喜びをあげよう、ほれ受け取れ」という感じです。

愛を主体にすることで自分の喜びを求め、周囲に愛があれば喜びだらけの最高な時間を生きます。

ご飯の時間に愛情のあるご飯があり、食卓の雰囲気に家族の愛があれば、味覚がどうかも吹っ飛ぶほどに心の心地良さを感じて、幸せの認識に忙しくなります。

人から何かを学ぶ時や教えてもらう時に愛があれば、「うるせぇ」とか思わなくなり、メチャクチャ素直になります。
「あなたを想っているの」か「私が納得するためにこれをしなさい」かは、言葉にせずとも全て感じ取って理解しています。

 

子供の気持ちがわからない親

私が子供の頃を思い出すと、親は私を理解しようとすることはありませんでした。

常に一方的にエゴを与え、時に本人も知らない愛を与えてきます。常に一方通行のやり取りがあり、コミュニケーションがあり、放任があり、恐怖がありました。

「あの子は何も知らない、話さない、感情がない」と思い込まれ、それをジーっと観察しているのが私でしたので、自分を見失い、顔色を伺います。

大人とは難しい生き物でした。

エゴが強すぎるために、自分の言動と行動に矛盾を作って行為に及びます。

本人はタバコを吸いたい真意を剥き出しにして、「タバコなんて吸わないよ、体に悪い」と公然と人前で嘘をつきます。

「えっ、みんな嘘だってわかっているのに、なんで何も言わないの?」となりますが、それが当たり前になると、嘘には反応をしないものと認識します。

しかし、みんな嘘に気付いていなかったことは中学生頃にやっと知ります。

そのように、エゴにて真意と行動、または行動と情動に矛盾がある状態を“心地悪さ”の感覚にて子供は理解しています。

嘘つきを理解しようと子供は頑張ります。しかし、それでも強制をし続け、「あれやれ、これやれ、それはダメ、なんでできないの」と言い続け、そのうちにブーン!終了です。オーバー、ボランティア終了です。

 

エゴにて愛を見失った親は子供の気持ちを考える余裕がない

子供の頃は、「なんでこの人達、私のことを理解しようとしないのに、理解した振りしているの?」「なんで理解していないのに、自分の理解が間違っていると思ったらショックなの?怒るの?」と謎だらけです。

小さな子供はそれでも親を理解しようと頑張りますが、自我意識が芽生え、エゴが生まれた時に、そんな親のことがわかるようになります。

それは、自分を見失っているためでした。

エゴが強くなると、愛の認知がなくなります。それを自分が大人になっていきながら知った時に、親が自分の状態と被さり、子供と親の大きなギャップを知ります。

なんで親は子供の気持ちがわからないの?
愛を見失い、それどころではないから

こんな感じです。

エゴが強くなることで愛の認知がなくなり、子供が愛を持って接していても、親からはお返しがありません。というか、できません。

愛がなければ、愛を他から感じると若干パニックになったり、自分を否定されているように感じたり、涙が出てくる自分を認めたくないために怒りでなかったことにしたりします。

意味わかりませんが、自分の存在を守るためにみんな必死に生きています。

他者の反応や評価がなければ自分だと認識できなくなるのがエゴです。誰かに褒めてもらい、認めてもらい、愛してもらい、必要としてもらうことを求めます。

自分のことで忙しいので、子供の気持ちを理解することなどできません、わかりません。
しかし、社会的な常識の他の目や体裁を気にして、子供と接し、注意したり、親のように振舞ったり、私物化して生意気を言わせないように、自分を否定されないように押し付けたりします。

親は余裕ないんです。生きるのに大変です。

 

子供の気持ちがわからないと自分のために子供を利用する

自分の愛すら見失うほどエゴが増長することで、他の目や体裁が全てと言っていいほどに思考や行動が作られます。

すると、子供の気持ちを考える余裕がない上に、子供を自分のために利用し始めます。

例えば、しょんぼりして子供が学校から帰ってきます。

「ちょっと何があったのよ?」と聞く場合、子供を利用しています。

子供を敬う気持ちなどなく、「気になる、何とかしたい」と、子供のためではなく自分が納得するために干渉します。

それは自分の世界の押し付けであり、「はやく私のザワザワする感覚を解消しましょうよ」と子供に言っているようなものです。

子供はそれを感じますので、けっこうへどが出ています。

子供の気持ちを理解するのであれば、子供の目線になって、子供のタイミングが良い時に、子供が話したい時に話したいように、そして、相談をしやすい雰囲気や環境を作るように、声をかけたり、時間を置いたり、スペースを作ります。

目線を自分にするか子供にするかで、明白に自分のためか子供のためかが見え、行動や表情や声にて、エゴか愛かを子供は認識しています。

※エゴの詳細は、エゴの意味とはスピリチュアルな契約|エゴがない人が教える活用方法 をご覧ください。

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子供が最も嫌うこと

子供の気持ちを理解する上で、“最も大切”だと私が過去を振り返る中で明確に感じることがあります。

それは、“嘘をつく”ことです。

なんというか、あらゆる最悪な状態を作られる行為であり、子供が最も嫌います。

 

嘘をつく人との関わり方がわからない

子供と接する機会の多い親や教師は、怒りや悲しみや憂いにて強制や否定をしてくることがあります。

否定をすることは、自分の存在否定となるので、生きている意味を見失う行為を平然としてきます。

怒りによって強要を容易にして、脅しや私物化の奴隷制への道を作ります。

しかし、嘘をつかれると、もう何もかもわけわかりません。子供が自分を守るためには、距離を取るしかなくなります。

嘘とは愛の正反対の行為であり、存在否定にもなり、さらに放任にもなり、嘘をつく本人のため以外の何ものでもない、航海中の海のど真ん中で突然ドーンと放り投げられ、何も言わず船が行ってしまうような感覚になります。

ですが、子供は強いので、その感覚をそのまま感じることへの防衛本能が働き、泣いたり、怒ったり、暴れたりして何とか関係性を繋ごうとします。

愛がなければないでいいのですが、嘘は愛がない+放任+自分を見失うという三拍子揃い、エゴを受ける+気付くと、「私って誰だっけ?」みたいな副作用状態になります。

※嘘つきについては、虚言癖を治すにはジーっと感じる|子供から始まる嘘をつく癖とお別れ をご覧ください。

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子供の気持ち一覧

子供の気持ちと世界を作る認識をまとめるとこのようになります。

子供の気持ちと世界
  1. 脳と肉体と心の自我意識を全てバランスよく使用する
  2. 潜在意識を使用して無自覚の行動と思考をする
  3. 感覚と感性を主体にして心で感じる想いを大切にする
  4. 第六感など見えない認識があり、感覚感受が鋭い
  5. 周囲の感情、情動、心情、波動を感じている
  6. 自分の喜びを何より尊重する認識を持つ
  7. 自分を自分で認識するアイデンティティがある
  8. 自分を知ることが仕事
  9. 脳は知識を蓄えるためではなく、自分を知る材料として使用する
  10. 愛を基にして生きる
  11. 嘘をつかれると関わり方がわからなくなる

 

子供の気持ち まとめ

子供の見ている世界は広いです。

一つの出来事へのインパクトが強く、心にも頭にも刻まれ、自我意識を育むためにさまざまな記憶情報を集めます。

その際には、自分で理解できないことは他者に聞きますので、「どうして?」ということが多くなります。

答えのない答えを答えだと思って認識している大人は、最終的に、「うるさい」になりますので、子供の気持ちは眼中にもない状態になり、否定されないことや自分の認識を邪魔する出来事を排他しようとします。

いつの間にか体が大きくなり、子供の気持ちや世界の見方を忘れていきました。

私は完全に忘れ、見失い、彷徨いました。しかしある時、知的障害やダウン症の子と関わり、たくさんのことを思い出す機会があり、自分で思い出そうとすれば思い出せることを知りました。

「子供とは天使だ」と心から想いました。

そんな子供は愛を強く持ち、それは大人も持っていることを教えてくれます。

大人として生きる材料が子供の気持ちには隠され、子供との接し方や敬いを持つことの大切さを教えてくれる。そんな存在が子供かもしれません。

世の中や子供への理解が深まる一助であることを願い、子供の気持ちについての話を終了します。

子供の頃を思い出すと、自分を知る子供の仕事が再開されますので、楽しいですよ。

それでは、最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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