対処・解消法

子供の気持ちがわからない理由と親│誰もが子供だった身近で遠い世界を知る

幾分か、子供ではなくなってから月日が経ち、子供の気持ちがわからなくなることがあります。

まるで、自分が子供だったことを忘れるように…。

子供と大人を区分けすることで、子供の気持ちと大人の気持ちが別々に認識されます。

すると、大人の気持ちがわかるように子供の気持ちがわからなくなり、等価交換のように一つを得て一つを失うことが起きます。

ここでは、子供だった頃を思い出すことでわかる、子供の気持ちがわからない理由と親、そして子供の気持ちをご紹介します。

ここでの内容にて一休み、大切なことを思い出されてください。

そんな一助となることを願い、子供の気持ちと、子供の気持ちがわからない時に知りたいことをご覧ください。

子供の気持ちがわからない理由と親

子供の気持ちがわからなくなる理由

子供は心を主体にしていることから感覚と感性豊かです。

感情と気持ちをふんだんに使用するため、物事一つ一つの中身を彩るように認識します。

例えば、風が吹いただけでも1ヒューヒューの個性を見て、風にもたくさん種類があると認識したり、別ヒューヒューの温度の違いがわかり、名前を付けたくなるほど一つ一つをはっきり識別します。

子供の気持ちがわからないのは、子供の認識している世界がわからない状態が考えられます。

誰しもにあることですが、思考や他の情報にフォーカスすることで自分の感覚と感性を忘れることがあります。

忘れることで物事の中身を作らない認識をするようになり、外枠だけを捉えることが起きます。

すると、子供の認識の外枠はわかるけど、中身がわからなくなる可能性があります。

 

子供の認識の中身を理解しようとしないと、気持ちを知る材料がなくなる

子供はアイデンティティを基に感覚と感性から意見を作り、物事の中身に入れようとします。

外枠ではなく中身を作ることに重きを置きます。

子供は物事をただ見ているのではなく、作ります。

外枠は情報として、「これは透明なカップ」と記憶するだけですが、中身を作って認識するために、感覚・感情・気持ち・感性からの意見・個としての理解を基に彩ります。

「これはいつもお母さんが使って人気のカップ。だけどおじいちゃんは使用しないから若い女性用、お年寄り男性に不人気だね」という具合で、その内にカップの性格が作られて名前が付いたりします。

子供は感覚と感性優位であることから外枠以上に中身に重きを置くため、中身を理解しようとしないと気持ちがわからなくなります。

 

子供の気持ちがわからない理由は自分の認識の中身による

自分以外の他者の認識の中身を知ろうしても困難です。

その人にはその人の世界があり、世界を色付けるアイデンティティ、パーソナリティ、体質に気質、生まれてから今日までの経験、スピリチュアルを含めると過去世の影響やカルマなど多岐に渡ります。

気持ちや意見、考えていることなどがわかるかのように振舞うことはできますが、実際に中身を理解することは困難で、できることは中身に近いものを理解するために子供のことを知ることです。

言い方を変えると、自分以外の他者の世界を知る努力です。

しかし、これをする場合に必要なのが、自分の認識の中身があるかどうかです。

子供の気持ちがわからない理由は、自分の認識の中身がないことが考えられます。

 

子供の気持ちがわからない親

私が子供の頃を思い出すと、親が私を理解しようとすることはありませんでした。

常に一方的にエゴを与え、時に本人も知らない愛を与えてきます。常に一方通行のやり取りがあり、コミュニケーションがあり、放任があり、恐怖がありました。

「あの子は何も知らない、話さない、感情がない」と思い込まれ、それをジーっと観察しているのが私でした。

顔色を伺い、自分の気持ちを自ら表現することはなく、強引に引き出される恐怖の反応ばかり。

小さな私にとって、大人とはとても難しい生き物でした。

しかし、大人も同じように思っていたことでしょう。この子はわからないと。

子供が気持ちを表現しない場合には、わかりたくてもわかる機会がありません。

万が一、恐怖を植え付けて、押さえつけて、押し付けて、支配して、私物化して、干渉して、無視している場合には、子供が気持ちを表現しないのではなく、表現できません。

あからさまな虐待などはわかりやすいですが、そうでなくとも、表現できないようにしている要因には、子供の立場で物事を考える余裕のなさがあります。

親は無視していると思っていなくても、子供の声を聞いて、意見を話すまで待って、自己表現を自らするまで待てなければ、子供は無視された、否定されたと理解します。

子供が気持ちを表すためには、干渉するのではなく、表現の邪魔をしない環境提供が大切です。

子供が気持ちがわからない親は、一個人として関わる敬いの尊重と尊敬にて、そのままを受け入れて許し敬う許容がない可能性があります。

 

エゴにて愛を見失った親は子供の気持ちを考える余裕がない

子供の頃は、「なんでこの人達、私のことを理解しようとしないのに、理解した振りしているの?」「なんで理解していないのに、自分の理解が間違っていると思ったらショックなの?怒るの?」と謎だらけでした。

子供の頃を大人になってから思い出すとわかることの一つは、親自身が自分を見失っていると、子供の気持ちを考える余裕がありません。

見失っているというのは、自分を自分で認識するのではなく、自分を他者と比較・区分けして見出そうとする状態で、それをエゴと言います。

エゴが強くなると愛がなくなります。

言い方を変えると、自分を認識して理解する余裕がないと子供を敬うことはできず、子供の気持ちを自分の目線でのみ理解しようとします。

愛がなければ、愛を他から感じると若干パニックになったり、自分を否定されているように感じたり、涙が出てくる自分を認めたくないために怒りでなかったことにしたり、自己防衛で気持ちを隠したりします。

子供は自分の存在を守るために一人一人のやり方で必死に生きています。

自分の価値や存在意義を見出すことに忙しければ、子供の気持ちを理解することなどできませんし、わかりません。

しかし、社会的な常識の他の目や体裁を気にして、子供と接し、注意したり、親のように振舞ったり、私物化して生意気を言わせないように、自分を否定されないように押し付けたりします。

余裕がないと大変です。

 

子供の気持ちがわからないと自分のために子供を利用する

自分の愛すら見失うほどエゴが増長することで、他の目や体裁が全てと言っていいほどに思考や行動が作られます。

すると、子供の気持ちを考える余裕がない上に、子供を自分のために利用し始める親もいます。

例えば、しょんぼりして子供が学校から帰ってきます。

「ちょっと何があったのよ?」と聞く場合にエゴか愛か明確に分かれます。

「気になる、私が解決してあげる」と、子供のためではなく自分が納得するために干渉する場合。

「この子の心境を理解して協力したい、見守ったりサポートしたい」と、子供を主体に問題解決や協力の見守り、成長を促す助力のために関わる場合。

愛とエゴは見かけが同じでも中身が真逆です。

子供の気持ちを理解するのであれば、子供の目線になってタイミングが良い時に、子供が話したい時に話せるように、相談しやすい雰囲気や環境を作るように、声をかけたり、時間を置いたり、見守ったり、環境提供ができます。

目線を自分にするか子供にするかで、明白に自分のためか子供のためかが見え、行動や表情や声にて、エゴか愛かを子供は認識しています。

※子供の気持ちを知る人の詳細は、子供に好かれる人の明確な理由|小さな大人は仕事の協力者になる をご覧ください。

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子供の気持ちがわからない時に知りたいこと

子供の気持ちがわからない時には子供の世界を知ることが大切ですので、子供が見ている世界をご覧ください。

子供の気持ちを作る世界

子供はさまざまに感覚を感じ、思考を作り、感情を作ります。

普段感じている気持ちはとてもシンプルで、「心地良い」か「心地悪い」、「満足」か「満足しない」がほとんどです。

そこには、自分の喜びを求め、追及する生き方があります。

そんな子供の気持ちを知るために、特に特徴的な子供の世界を順番にご覧ください。

 

子供の優先する認識の基は自分の喜び

「心地良いと心地悪い」は心の気持ち。
「満足と満足しない」は脳の思考と感情。

そこにあるのは、“自分の喜びを尊重する生き方”。

言い方を変えると、自己愛、自分を敬うことです。

この生き方を認識の基準にして、物事を見て・感じて・考えて・想って・知って・育み・理解していきます。

自分が喜ぶことをとにかく優先して生き方を作り、お腹が空いたらご飯を食べます。

「ちょっと待って」なんて悠長なことは言ってられません。今お腹が何かを欲しているので、今食べるんです。

お腹が空くのは生存維持の本能で、自分の体にはビタミンB2とDが必要、あとはカリウムとミネラル、「じゃあポカリちょうだい」みたいなこと以上に衝動と感覚を優先します。

脳以上に感覚と気持ち優位です。

「生きたい意志があるの、肉体がエネルギー不足にてお腹が減る感覚を出しているの」
「じゃあ何かをお腹に入れて肉体を満たそう」
「はい、グミ」というシンプルな気持ちで、健康管理や食事制限等の後付けの情報より目の前のことを優先します。

その際、“我慢や忍耐”をすることは、「私はこれから私を苦しめます」という意志になります。

それは、自分の喜びに反するためにできない、しない、やりたくない。と明確に認識します。

それでも無理強いされると、自我の崩壊にて見失い、エゴを一斉に増長させます。

 

自分の喜びとは心を主体にした心地良さ

子供の頃を思い出すと、「なんだかメチャクチャ自分勝手じゃないか?!」と思うかもしれません。

自分の喜びを尊重し、そこに脳の思考による計算や俯瞰性がないために、「ここで我慢して、もう少しお腹を空かせてからのカレー目玉焼き乗せは、喜び倍増だ」とかはありません。

子供は心の気持ちを優先し、今を生きる生き方をします。

過去や未来に生きること以上に、今起きている現実を認識して行動します。

すると、自分の喜びを今与えるのか、与えないのかの選択が常に起きます。

「自分を本当に喜ばせたいんですか、ねぇわたし?」「じゃあ、今でしょ!我慢とかナンセンスだろ」となります。

心を主体にして喜びを求めるために、今を生きて、後先考えないのが子供です。

 

子供は無責任ではない

自分の喜びを求めて今この瞬間に喜びを得ようとしますが、そこで他者の手を利用しようとするかどうかは子供の生活環境次第です。

親や周囲の人がなんでも与えて育つことで、「求めれば貰えるもの」と学びます。そのように実際の行動で教えられて体感しているので、そのように自然と認識します。

毎日ご飯が何も言わずとも出てくれば、それが当たり前だと思って生きていきます。

喜びを主体にするので、「あんまり人から物をもらっちゃダメだよ」と言っても、言葉より物の方に喜びがあれば選択します(※愛があれば話は変わります)。

子供の認識は周囲の影響と共に構築されていきます。そのため、少し大きくなった時に物が貰えなくなると、「えっ、どういうこと?これまで貰えたのに意味がわからない???」と若干パニックになります。

既に求めれば貰えると認識していれば他の人に求めるようになり、自分で責任を負えなくなります。責任すら親や誰かが負うと思います。

ですが、そういう環境でなく、責任は自分で負うものだと認識する環境や経験や学びがあれば、もの凄く責任感がある子になります。

石で遊んでいて、他人の家の車のフロントガラスにヒビが入ってしまったら謝り、代償の話になれば自分で話を進めます。

お手伝いをして代償の代わりにしたり、誠意で許してもらうという子供それぞれの責任の取り方をします。

それが子供です。創造性に溢れた知性は頭以上に心を使用し、一人一人が自分のできることを一生懸命に本気で取り組み、問題解決でも責任でも対処する力を持ちます。

 

子供はアイデンティティを明確に持つ

生活環境にて物事の認識となる“脳の思考”を育みますが、そこには既に“自分”という認識があります。

子供は自分で自分のことを認識する意識があり、他と区別することで自分を見出して認識するような意識(エゴ)がありません。

生育と共にエゴが生まれていき、大人になると自分で自分のことを認識することはなくなり、他者の目や反応や評価が何よりも大事になっていく傾向があります。

エゴのない、または少ない子供は、アイデンティティを持って自分を認識します。

アイデンティティとは、自分を自分と認識する材料や個性
※気質や価値観にて自己認識を確立する個

アイデンティティがあり、感覚感受が鋭く、自我意識を育むために切磋琢磨して生きるのが子供です。

他者の影響力が大きく関与し、子供の気持ちを増長したり、ぶち壊したり、親の影響はとても強いです。

 

子供が最も嫌うこと

子供の気持ちを理解する上で、“最も大切”だと私が過去を振り返る中で明確に感じることがあります。

それは、子供が最も嫌うことを知る。

“嘘をつく”ことです。

 

子供は嘘をつく人との関わり方がわからない

子供と接する機会の多い親や教師は、怒りや悲しみや憂いにて強制や否定をしてくることがあります。

怒りや同情誘いによって強要を容易にし、脅しや私物化の奴隷制を作ります。

しかし、嘘をつかれるとわけがわからなくなります。

嘘とは愛の正反対の行為であり、存在否定にもなり、さらに放任にもなり、航海中の海のど真ん中で突然ドーンと放り投げられ、何も言わず船が行ってしまうような感覚になります。

子供は強いので、その感覚をそのまま感じることへの防衛本能が働き、泣いたり、怒ったり、暴れたりして何とか現実の認識との関係性を繋ごうとし、自らの存在を明らかにし、対処不能のパニックを免れようと一生懸命に表現します。

子供は認識に思考だけでなく感覚と気持ち=脳と肉体と心をフル稼働するため、嘘をつかれると直ぐにわかります。

気付かれていないと思って嘘をつく人であればあるほどに、子供は認識の仕方がわからず、頭がグルグル回り、存在否定に価値の喪失、エゴにて愛の喪失で心は傷つき、頭はオーバーヒートと大変です。

それを防ぐために自己防衛が働き、心を閉ざしたり本音を言わない、同じように嘘を返したり無視や演技にて誤魔化すことで対処します。

その結果、純粋な子供は自分を見失ってしまいます。

子供の気持ちを理解するためには、嘘はなんとしても距離を置きたい行為です。

 

子供の気持ち一覧

子供の気持ちを作る世界をまとめた一覧です。

子供の気持ちを作る認識
  1. 脳と肉体と心の自我意識を全てバランスよく使用する
  2. 感覚と感性を主体にして心で感じる想いを大切にする
  3. 物事の外枠以上に中身を作る見方をする
  4. 第六感など見えない認識があり、感覚感受が鋭い
  5. 自分の喜びを何より尊重する認識を持つ
  6. アイデンティティを明確に持つ
  7. 自分を知ることが喜びであり仕事
  8. 脳は知識を蓄えるためではなく、自分を知る材料として使用する
  9. 愛を基にして生きる
  10. 嘘をつかれると関わり方がわからなくなる

※子供から大人になることの話は、大人になるって何なんだ?子供の時を思い出すとわかる大きな人 をご覧ください。

大人になるって何なんだ?子供の時を思い出すとわかる大きな人大人になることはとても大きなことだと思っていたことを、今でもよく思い出します。 大人への憧れがあり、子供から大人になる時がいつかわ...

 

子供の気持ちがわからない まとめ

子供の見ている世界は広いです。

一つの出来事へのインパクトが強く、心にも頭にも刻まれ、自我意識を育むためにさまざまな記憶情報を集めます。

その際には、自分で理解できないことは他者に聞きますので、「どうして?」ということが多くなります。

答えのない答えを答えだと思って認識している大人は、子供の気持ちは眼中にもない状態になり、否定されないことや自分の認識を邪魔する出来事を排他しようとします。

いつの間にか体が大きくなり、子供の気持ちや世界の見方を忘れていきました。

私は完全に忘れ、見失い、彷徨いました。しかしある時、知的障害やダウン症の子と関わり、たくさんのことを思い出す機会があり、自分で思い出そうとすれば思い出せることを知りました。

「子供とは天使だ」と心から想いました。

そんな子供は愛を強く持ち、子供から大人に与えることで、大人が子供に返していることに気付きます。

本当の大人として生きる材料が子供の気持ちには隠され、子供との接し方や敬いを持つことの大切さを教えてくれる。そんな存在が子供かもしれません。

世の中や子供への理解が深まる一助であることを願い、子供の気持ちについての話を終了します。

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