生き方

人生は辛いと結果オーライ?理由を知ると辛さの印象が変わる話

人生が辛いかどうか、実は自分自身で決めているのかもしれません。

辛いと自分以外の状況や状態にフォーカスし、自分を見過ごしてしまうかもしれません。

すると、辛い時に最も認識したいことが薄れゆく。

人生が辛いと思う場合には明確な理由と意味があります。

「理由は自分にある」と、人生が辛い理由はとっても身近にあったりします。

そんな理解を深めると、人生が辛いことの見方が変わり、印象に変化が起きるかもしれません。

そんな一助となることを願い、「人生はどうして辛いのか?」の理由を掘り下げる一つの考え方を、私なりの経験からお伝えします。

人生が辛い理由と意味を紐解き、辛さの捉え方を広げる機会になれば幸いです。

人生が辛い理由

人生が辛い状態とは?

辛いとはどんな状態か考えてみると、確実に見出されるのは、「自分が辛いと思っている」ことかと思います。

辛いと思うか否かは全て自分が鍵を握っています。

他からの影響にて嫌なことをさせられたり、納得いかず、満足いかず、認められず、受け入れられないことが起きる。

ここにあるのは、「認めたくない状態」

認めたくないのに認めなければならない。受け入れて行動しなければ、味わって辛い思いをして、知って、見て、感じて。

人生が辛い状態とは、認めたくない物事を強いられる状態。いわば、自分の人生なのに自分として生きられないことかもしれません。

言い方を変えると、自分の思い通りにならない。

私がそうでした。

環境や自分の状況を他人と比べて、テレビと比較して、本や常識やルールなどの勝手に決め込んだ情報と区別して、「なんで自分だけ」「なんで自分の人生を生きられないんだ」「みんな何なんだよ」と。

他人によって辛い人生を作られている状態です。

「自分のやりたいようにできない」という憤りと、他人に作られた環境で生きたくないのに生きている矛盾があると、自分を見失います。

自分がわからなくなるとさらに辛くなります。

人生が辛いと思うのは、他からの影響にてそう思える状態を作られているからかもしれません。

  • 他人との比較によって見出した思い込み
    「私の人生は彼らと比べて辛い」
  • 周囲の影響にて思わせられる辛さ
    「自分の思うようにできない」

他の影響によって辛いと思う材料を与えられ、自分の思うようにできない・ならない現状から辛さを認識します。

この状態、他人が人生の中心になっていたりします。

人生が辛い状態とは、他人が人生の主観で主体になっている。

ここで一つ疑問があります。

「なんでその環境に居るの?」

過去の自分自身に言ってあげたい言葉です。

 

人生が辛い理由

自分のやりたいようにできなければ、その環境を離れるといいかもしれません。

いわば、自分で環境を作り、人生を創る。

7歳にもなって家で干渉・強制・強要が凄まじい。
「それじゃあ家を出ましょう」となった時、「人生、辛っ」と数日後には言っているかも。

この場合、他の影響が辛さを作っているのではなく、自分自身で作っていることがわかります。

自らの意志と意見を持って物事を考え、目的を持って行動し、主体性を持って自らが人生を創る。

「これができれば誰も苦労しないよ」と思っちゃいますが、行動や意見を抑制して、「しない理由」を作る場合、そこに人生が辛い理由が潜んでいたりします。

「他人が主観になっている」
そんな人生が辛い状態によって、明確に起きているのは、「自分がいない」ことです。

私の経験では、自分がいないと生きている意味や目的がわからなくなり、何がしたいのかどうかもわからなくなり、物事を拒否し始めます。

すると、認めないことが起きます。

  • 自分がいないのにいないと認めない
  • 自分の人生なのに、自分の人生だと認めない

あくまで私事ですが、このことを振り返ると、人生が辛い理由が明確にわかりました。

現実を認めない(自分自身を認められない)状態や状況が、人生が辛い理由。

他からの影響にて人生が辛いと思える材料になりますが、実際には他の影響にて人生が辛いと思っている自分が人生を辛くしているというものです。

 

人生が辛い理由の核

認められず辛い状態、それは他人の影響を被り、他人と比較することで自分がいなくなっている時です。

自分の真意と意見に従ってやりたいようにできないことで、空虚を感じて周囲に翻弄され、「右へ行け」と言われれば右へ行く。

拒否すれば強制され、「はいちゃんと右に行って、この角度で真っ直ぐね」

真意と行動の差が生まれ、その差が怒りや憤りになります。

すると、憤りという自らの在り方に反発がありながらも、そんな自分を認めない。

この辛さは、大嫌いなヤギの目ん玉を食べろと言われ、泣きながら食べている自分に対する嘆きかもしれません。

「なんで嫌なのに食べるんだよ!」と自問し、「わかんないけど食べなきゃいけないんだー」と泣きながら自答する。

自分がいなくなると訳がわからなくなり、嫌なことも無理強いして、認めたいのかどうかもわからず、認めないという拒否だけできる状態に。

ですが、自分を認めないと思わない所に、人生が辛い理由の核が潜みます。

核として明確にしておきたいのは、自分がいるのにいない認識

いると理解しているからこそ、いないことを認められず、自分を拒否できない。

いるのにいなくなっていることで対処不能が起き、苦しいのにあがけない、辛いのに打破できない、認めたいのに認められない。

ここにあるのは、自意識の高さです。

自意識とは、自分と他を区分けする意識であり、自分のことを自分で認識し、自己に気づく能力。

自分に対する意識が高ければ高いほど、他の影響にて自分が消えて見えなくなる状態に辛さを感じます。

それは、自分らしく在りたい気持ちが強い人だからこそ、思い通りにいかない状態への不調和や憤りを感じ、さらに自意識が高いからこそ、他者が主観になった状態で自分を探そうとするので、対処ができなくなります。

いわば、人生が辛い理由は自分自身で作っているのに、他者に目がいっているので辛さの先が見えず、辛くなるという話です。

少しわかりにくいと思うので、より詳細を見ていきましょう。

 

人生が辛い人の意識

右に行けと言われて右に行き、左と言われれば左、ごはんは右手で食べて左手で茶碗を持ちます。

そこに苦しみなく受け入れられる回答や理解があれば認められます。

しかし、否定や強制にて、答えも理解もないことを押し付けられて認めることは、人生が辛いと思う人は困難かもしれません。

それが自意識の高さから来る人間性です。

言われたことをそのまま飲み込んで従うことに違和感がない人は、自分が消えてなくなりますが辛いとはそこまで思いません。

自分が他によって作られることを認めています。

しかし、自意識が高い人は自律を重んじ、自らに従い、人生を創り、自分を作ろうとします。

そのため、他者から影響を受け合って生きる環境、特に幼少期や生育期では辛さを自ら作るかの如く、認められない真意がありながら嫌々認めることで自分を自ら失くす決意を強いられます。

それは、恐怖(認めたくないこと)を味わわない道を優先して自分を消す選択。

嫌々でも他からの影響を認めた場合、恐怖を味わわずに済むため、人生が辛いとは思わなくなります。しかし自分がいなくなります。

恐怖 or 自分を消す?

他者の力が必要な自立のない状態では、常に自分を競売にかけた選択が起きていたりします。

なんとも嫌な選択ですが、人生とは辛いものなのかもしれません。

どちらかを選ばずとも、自分で人生を作ることができますが、自立のない状態では困難でして、日本の仕組みや常識やルールの中では、自らを抑制する理由がポンポン出て来ます。

そんな共存社会にて自分を消さない意志を持ち、決意した人がいます。

人生が辛い人です。

恐怖を味わってでも自分を消さない決意をした人は、揉まれながら生きるいばらの道を選択します。

「もうそりゃ辛い」と。

自立のない状態で恐怖を選ぶ人は、自意識から来る強い意志を持つと考えられます。

人生が辛い人は強い意志と自律があり、人生を自ら作ることを選んだ人(自立を求める在り方)。

※人生が辛いのは当たり前かもしれない話は、人生が辛いのは当たり前。でも辛いと幸せになれるよって話 をご覧ください。

 

人生が辛いことの意味

人生が辛い意味

自分を認めない状態を作るのは、他人にしかできません。

赤ちゃんとして生まれた時から振り返ると、初めは自我意識なく、自分のことを自分だとも認識していません。

その状態から辛いと思ったり、幸せと思う基盤を構築していきます。

赤ちゃんは大きくなると共に自我が芽生え、さらにエゴを生み出します。

自我が芽生えるのは他人との共存にて影響を受けることで起きるので、他人から教えてもらい学んで育みます。

その際に脅しや否定などの恐怖として、自尊を穢す行為があればあるほどに、拒否する基盤が作られます。

生活環境に“嘘・偽り”が多い場合、否定していないように否定し、脅していないように強要し、まるで喜びの選択をさせているかのように言われるがままに育つかもしれません。

すると、自分がないことや、人生を辛いとも幸せとも思えない自分が生まれ、「お金があって一日三食食べられたら幸せなんだよぉ」と言われて、「おぉ、私は幸せ」と思い、自分の意見がないことを疑問に思わなくなります。

どんな生き方が良いのかは本人にしかわかりませんが、辛いと思えることは、他者から飲み込まれる影響以上に、自分自身で成長して選択して影響をもらう主観を一切与えない決意の表れでもあります。

いわば、「絶対に自分で自分を作りたい」という意志。

人それぞれに気質があり人間性があるので、他の影響を喜んで受け入れて[他+自=自分]とする人もおり、[他+他=自分]の人もいます。

人生が辛くなりがちなのが、[自分(+他)=自分]で、自らの意志と選択にて他を加えていく人かと思います。

自意識が高い人は人生が辛くなりやすいかもしれませんが、辛いと思えることは自分が消えていない意味でもあります。

 

人生が辛いと役立つこともある

親などの他人によって認識の基盤を作ってもらい、さらに他人との比較や影響によって人生が辛いと思うことができます。

この辛い認識、成長機会になります。

人生が辛いと思う場合には苦しみや悲しみがありますが、自分の意志を消さずに成長できる良さもあります。

幼少期だけでなく、学校でも成人後の社会人でも仕事でも何でも、人との関わりにて受け入れず認めない自分がいることで、辛い・苦しいと思う理由になります。

そのため、自分を受け入れてしまえば人生を辛いと思うことができません。

どれだけ辛いと思っていても、自分より辛そうな人を目の当たりにすれば、自分を受け入れて辛いと思わなくなったりします。

アフリカに行けば辛いと思えなくなっちゃうかも、という話です。

初めから認めて受け入れてしまっては、変化や向上、克服や改善意欲が生まれません。

何より自分を理解して、自分で自分を認識して、自分で喜びを作り出す意志を持つことができません。

辛さの糧があることで成長を求め、人として強くなる意欲を持ち、自己認識を育んで自ら創造する人生創作を育む動力になります。

この生き方こそ、自意識が高い人に見合ったもので、自律があることで成長意欲を高め、自らの認識を深めて理解することができます。

気づかないことや無知は幸せの一つだと思いますが、人生が辛いと思う人は、自分の目で見て、頭で考えて、心で感じる意志を持ち、自分が幸せだと思うかどうかを認識し、自分で変化を求める覚悟を持ち、喜びも辛さも選択する人間になれる糧があります。

 

人生が辛いと自分を理解しようとする

辛いと思うから変化・向上意欲を持ち、楽しもうと思います。

楽しもうと思うと、自分で喜びを作ろうとします。すると創造性が高まります。

「紙がなかったら、筆がなかったら、お金がなかったら絵を描けない」ではなく、砂場がキャンパスだと思い、指が筆だと思える自分を作れます。

自己理解を深める欲求は意志だけでは持つのが困難です。他人の影響があり、助言があり、サポートがあることで成長への道を歩みます。

他人の負の影響を自らの力でプラスに変換できるのが、辛い人生を味わえる人。言い方を変えると、自分を消さない選択をした人です。

成長することは視野を広げ、俯瞰性を広げ、人の理解を深め、自分の理解を掘り下げることです。

すると、恐怖を受け入れる強さを持ち、恐怖を恐れることがなくなります。

自分を知れば知るほどに可能性が見えます。すると楽しくなり、心が躍り出すような躍動感と活力がみなぎり、喜びに溢れます。

それが、喜びを作る力となります。

辛いことは近道を作ることではなく、前に進む速度を速めます。歩くのか走るのかを自分で決められる選択を広げます。

※辛くない人生もありますので、苦労知らずの特徴と人生に超レアパワー│行く先はとんでもない闇か光か?をご覧ください。

 

辛い人生を与える方も楽じゃない

最後に、辛いと思わせる他の影響、他者側の目線で辛い人生の見方をお伝えして終了します。

辛い人生だと思わせるための基盤を与える側、「こいつのせいで人生が辛くなった」と思ってしまいますが、実は凄く大変です。

それは使命だと思うほど、人生を捧げる行為だったりします。

辛さの基となる影響を与えた人がいる場合、おそらく確実なことがあると思います。

「その人、辛そう(幸せではない)」

自らが幸せではない状態を維持した上で、辛いと思わせる基盤を与えます。

自らが苦しみの中にいなければならず、その上で他人に押し付けや決め付けの強制をして、罵倒や暴力をふるい、人格や性格を踏みにじらなければなりません。

それをすることは容易ではないと、辛い人生を自分のために有り難く思った時に認識するかもしれません。

人生は自分のものですが、人と人が関わり合うことで色付けされていく人生がリアルだと知ると、人生が辛いことによる成長は、他者との関わりにて育まれている理解に繋がると思います。

少し認識を変えると自己認識の育みになるので、こういった考え方もありかな、なんて。

※辛い人生のスピリチュアルな話は、辛い人生とは一体なにか│スピリチュアルは愛の勉強会を設ける をご覧ください。

https://nandemoii.com/hard-time-is-worth-of-love/

 

人生が辛い理由 まとめ

人生が辛いことは受け入れがなく、認めない拒否が理由となります。

そこには、他からの影響と自らの自意識の高い人間性が大きく関わります。

認めないから悪いなんてことはありません。

人それぞれに周囲の影響や環境があるために、思うようにはできない憤りと苦しみがあり、それを動機と動力の糧として、人それぞれに成長や向上の変化を促すことができます。

そのため、認めることに本意がなければ、事実を見ない生き方となり、偽りを作り現実をひん曲げて心をぐにゃらせる戸惑いの在り方が作られ、全く別の意味での辛い人生が広がります。

すると、「人生が辛い」と思うこともなく、自分を作ってくれた周囲の人や環境がなくなった時に、「なんで生きているんだろう?」「私の人生って何なんだ?」「私って一体?」と空虚や喪失にて、自分だけではどうしようもできなくなり得ます。

何が良くて悪くてという概念はなく、人それぞれに全てに意味があり、必要な理解があると思います。

そのため、認めるも認めないも、周囲に従うも従わないも、全ては大切な行為。

そんな中でも、自分を消すことをとにかく守る強い意志を持つ人は、辛い人生を送ります。

それは現実を受け入れる自分の成長を促し、意志を忘れさせない経験となり、糧を基にして恐怖を克服し、自分を理解して人生創作の時間をもたらします。

人生が辛いことは良いものかもしれません。

そんな考え方が、人生を自ら彩る認識の一助となれば幸いです。

自己理解を深めて悩みを解決する個別相談。心理セラピストとのセッション。心理セラピストになる養成。
やる気を見出し、悩みを解決し、使命を得る機会があります。
現状打破と今後の飛躍。人生を変える選択の一つにされてください。

※あらゆる知恵の詳細。無料プレゼントのお受け取りはこちらからどうぞ。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です