悩み

人にどう思われるか気になるのは解放待ちサイン。気にしない方法は「知る」

「人にどう思われるか気になる」の翻訳となる、「自分に嫌なことを味わわせたくない」

誰しも嫌なことは「嫌だ」と認識しますので嫌なものであり、人にどう思われるかを気にするのは当たり前だと思います。

しかし、世の中には人の目も評価も何を思われても気にしない人がいます。

一体何が違うのでしょうか?

ここでは、人にどう思われるか気になる原因と改善と共に、気になってしまう詳細を下記の内容にてお伝えします。

  • どうして人にどう思われるか気になるの?
  • どうすれば気にしなくなる?
  • 気になっていたのが全く気にならなくなった体験談
  • 気にしない方法とは?

私はかなり周囲を気にして生きていた仮面人間でしたが、海外を旅して気づいたのは居る環境が違うことでした。

そんな気づきの体験談と共に、具体的な気になる原因と改善の考え方をお楽しみください。

人にどう思われるか気になる原因

人にどう思われるか気になるのは居る環境が違う

人の目や評価や反応を気にし、どう思われるかを気にかけるのは、他人に干渉したいからだと考えられます。

反対に、人にどう思われるかを気にしない人は他人に干渉しません。

干渉しないので、自らのことは自らが認知して認識して意識して自覚して認める意志があります。

干渉したい場合には、人を含めて自分を認知して認識して意識して自覚して認めたい願望や欲求があります。

自ら自覚して認められない表れであり、自信と自尊のなさ、不安と恐怖に対処できず、人を介入させる必要があるから干渉すると考えられます。

自分のことであれは自らが向き合い、自ら使用し、自ら対応し、対処したいものですが、他者との共存環境で生きているので、他者から干渉されて生きてきた場合には干渉するのが当然のルールだと思うものです。

私達の思考や行動を作る価値観や観念は、自らの生活環境や幼少期の周囲との関わりにて作られるので、人にどう思われるかを気にする世界にいれば、気にするのが常識です。

ここで着目したいのは、気にするのが常識なのに、「人の目を気にしてしまう」と自覚しているのはどうしてか?です。

考えられるのは、今いる世界か自分自身に違和感を感じていることです。

 

自分で認めない世界に抵抗がある

人への干渉は言い方を変えると執着です。

自分以外の他の存在によって被る影響や被害があり、「嫌だ」と思える何かをされ、対処を誰かにしてもらうと、自分で世界を認識して自らを認知する経験ができません。

自信が育まれず、「嫌だ」と思う強制や強要や否定や抑圧で干渉されると自尊を穢されもし、より人への干渉・執着が増え、「嫌だ」と思えることに自己対処ができず誤魔化しや逃避が増えます。

人への干渉が当たり前になり、人に執着し、執着されるのが当たり前になります。

しかし、「人にどう思われるかを気にしてしまう」場合、干渉と執着が当たり前の人とは一線を画します。

自らが執着していることや、他から執着されることに抵抗があり、自らのことは他に干渉せずに自らが認めたい、誤魔化さずに自覚したい、逃げずに対処したい意識が見られます。

人にどう思われるか気になるのは、自らが自らを認めたい真意があるからこそ抱くと考えられます。

 

気にしたくないのに気になるのは居る環境が違う

自らのことを自らが認めたいならば、どんな自分でも意見でも行動でも周囲を気にせず、他の反応があればあったで、その結果の後に自己対処しようとします。

気にしてしまうと嫌なことを味わわないように、結果が起きる前に制御してコントロールし、現実との向き合いを事前になくして自らとの向き合いを誤魔化します。

周囲に何を言われるかわかったものではありません。笑われ、恥をかき、否定され、馬鹿にされ、悪口を言われ、陰口で楽しまれ、コソコソとゴキブリのようなことをされるのは嫌、自己対処できないので気にして有耶無耶にする術を施します。

自己対処できない自信や自尊のなさが関わりますが、それ以上に気にする原因となるのが、気にしたくない自分の真意を貫き通しにくい環境です。

「本当は気にしたくない」と思いながらも実際にはゴキブリだらけというイメージです。

どう思われても気にしないと、[1対他の集団]といういきなりドアウェイを作ってしまいます。

対多数の中で、「気にしないぞ!」と勇気を振り絞ることができる勇者は特例です。出来ないのは致し方ありません。

居る環境が合っていないというレベルではなく、違うことが原因の可能性があります。

 

人にどう思われるか気になるのは当たり前

私は日本で生まれて日本で育っています。そんな目線から言えるのは、日本で生まれて人にどう思われるか気になるのは当たり前です。

日本の社会は大衆意識を作り、大衆教育を重んじます。一人でも違う人が現れては集団意識に邪魔が入り、統率が取りにくくなるので、なるべくみんなが同じことを言うようにさせたいものです。

そんな環境で生育すると自力と自責と自律と自立の育みがないので、自ら作るしかありません。

人にどう思われても気にしない勇者を筆頭に、「私もああなりたい」と影響をもらい、道を切り拓いて作って行きます。

しかし、そうではない人々は大衆意識の中でみんなと同じ価値観を持ち、「みんなと同じ食べ方かな?」「ちゃんと歩けてる?」「言われた通りにボタン付けられた?」「みんなと同じスーツだよね?」と確認します。

大衆意識を重んじるには一人一人が自らみんなと同じように合わせようとする必要があり、同じだと思うためにも自らを正当化し、そのためにも他者を排他すると効果的です。

「人と違うなんて変なの」
「あの人、箸の持ち方おかしいよ、はは」
「あの子のドレスだけ柄が凄いよ、恥ずかしい~」

大衆意識で自らの個や意識がなくなると苦しくなるので、大衆ルールに則った上での独自性強化、または反発という形でも自らを他によって見出そうとする人も現れます。

周囲にどう思われるか気にするのが当たり前ですので、「気にしてしまう」とは思いません。

 

ポイントは「気にしてしまう」こと

当たり前なのに気にしてしまうことが重要ポイントです。

「気にしてしまう」という認識が表すのは、自意識の高さ(または強さ)です。

自意識とは自分と他の区分け意識であり、自我意識とも言います。自と他の区分け能力の高さでもあり、気質や人間性として生まれた時から自意識が高い人もいます。

自意識を抑圧される幼少期など、「自分」という概念を押し潰し、曖昧にし、有耶無耶にされる場合には自意識が強くなり、自意識過剰というあえて強くしようとする欲求になる人もいます。

自意識が高いと強いは全く異なる概念ですが、どちらも「自分」を認識したい意志の強さがあり、大衆意識や他への干渉・執着に違和感や抵抗を感じる基となります。

この内容が気づきの機会となれば幸いです。
「人にどう思われるか気になる」と自覚している人は自意識があるので、「誰しもみんな同じにしましょうね」という大衆ルールには合いません。

合うのはルールをしっかり解釈し、納得した場合です。さも当たり前のように強要し押し付ける場合には反発感を抱きます。

「それでは自意識がある人は勇気を持ちましょう」とそんなことを言いたい内容ではありません。

自らを知り、自らの環境を知る。すると自ずと解決への道が見えてきます。

 

自意識がある人は自らを知り、環境を知り、自らを解放すると吉

自分を認める勇気、自信、自尊、不安と恐怖に自己対処する認識、認める力。頑張って鍛える必要はありません。

既にあります。

どこかにありますが潜んでいると考えられるのが、自意識がありながら大衆意識に埋もれている状態です。

「おりゃーゴキブリどもがー!」とスプレーを振りかざすように巻くと、ドアウェイですのでやめましょう。自らが傷ついてしまいますし、周囲は敵ではありません。

人にどう思われるか気にしないためには、自意識があり、「気にしてしまう」と何か違和感や抵抗を感じていると自覚することが大切です。

その上で現状の環境を把握します。気にしないとやっていけない環境かもしれません。

気にしないと排他され、攻撃され、否定される環境であれば、別の世界を知ることで人生の物語は始まります。

環境を変えるのも大切ですが、知ることがメインです。

別の環境を知ると自らに潜んでいたものが解放され、人にどう思われるかを気にするかしないかの選択ができるようになります。

気にする世界と気にしない世界を両方知る経験が物を言います。

※人の評価を気にする心理は、【他人からの評価を気にしないために】アフリカから戻った時に知ったこと をどうぞ。

 

人にどう思われるか気にしない方法

人にどう思われるか気にしなくなった体験談

私はどう思われるかを気にして自らの在り方を調整し、コントロールし、とにかく嫌なことを味わわないために勤しんでいました。

気を使い、配慮し、相手の言動に合わせて自らの発言も変え、愛想笑いで面白くもないのに笑う演技をします。

「人を利用して自己満足している」と現実を自覚したくないので、まるで人のために自らを抑圧しているように思い込ませ、誤魔化し、自らに嘘をついて本音を隠します。

この状態では人に干渉・執着しているとは認められません。それは自己否定になるのでなんとしても誤魔化して対処し、自己対処していると思い込んで自らを強引に肯定します。

認められないのは認めてはならないという自己防衛が働いていたと気づいたのは、長いこと浸かっていた環境から離れて海外へ旅をした時でした。

 

人の目や反応を気にしない人と出会うと気づく思い込み

日本を離れた段階でどれほど特殊な国だったのかと気づき、インド・ネパールや南米、特にアフリカにて大きく知ったのは、どう思われるか気にする状態は思い込みの世界で生きていたことです。

どう思われるか気にする場合、他者に干渉され執着される環境にいるので、常に周囲の人は周囲を伺い、他への監視を強めます。目的は自らを大衆に沈めて嫌なことを味わわないため、同じ目的です。

この世界を仮に動物世界と呼びます。動物世界では集団を重んじ、ルールが多く、規律によって集団維持を図るため、自然と思い込んでしまう事柄があります。

人にどう思われるかを気にする思い込み
  1. 人は人に興味がある
  2. 人から常に見られ、干渉される
  3. 執着し合いながら人間関係を作る、これを同情、助け合い、人間味と呼ぶ
  4. 恥ずかしいことは悪いことである
  5. ルールに順々なさまは高評価を得られる
  6. 人との関わりでは上下関係、敬語などルール把握と従順が自立
  7. 人は自分のことを知っている

全部ぶち壊れました。

人は人に興味がなく、興味があるのは自分にとっての喜び(価値や利益)があるからだったりします。

人は自分として存在しているので自分を知っていると思い込みますが、自分を知っている人などこの世にはいないかもしれません。

思い込みに気づくのは環境を変えたからでしたが、日本だから海外だからという概念は関係なく、日本でも同じように気にする環境も気にしない環境もあります。

これに気づけたのが、人にどう思われるかを気にしない環境を知れたからでした。

 

人にどう思われるか気にしない方法は「知る」

一度別の環境、少しでも違う環境を知ると、自らの中に潜むものが解放されます。

気にすることを気にしてしまう自意識がある人は、気にしなくてもいい環境を一度知ると自然と抑制されていたものが出て来ます。

人にどう思われるか気にしないための方法は、普段関わらない人と関わり、別の環境を知ることです。

 

「知る」と思い込みのストッパーが緩んでいく

人にどう思われるか気にする世界にいると思い込みはルールであり常識ですので、気にしないようにするのは勇者の道でありいばらの道です。

ゆっくり行きましょう。人それぞれにペースややり方があります。

少しずつ自らの世界を広げるように、思い込みを自覚していく別の環境、これまでとは別の人と関わり、別の場所に行く機会を増やし、別の概念や価値観を知ることが大切です。

 

「知る」ために関わる

「まずはホームレスになりましょう」とこういうイメージのお話をしています。

実際になる必要はありませんが、自分の世界を広げるためには多くの人との関わりを要します。

人との関わりは人と居る時間ではなく、多種多様な人と関わる時間でもありません。これまで関わったことがない類の人の概念や価値観を知るのが目的です。

「あなたは何をしている時が楽しいですか?」なんて要りません。
「あなたにとっての幸せの定義とは?」「箸を二本使う意味は何ですか?」という意思や意見や価値観を知る関わりです。

「知る」とは「考える」意味です。

実際にしてみるとわかりますが、知るためには聞く力、人への興味が要ります。

人への興味とは自らの利益があるからこそ抱ける興味であり、自らへの興味です。

現状知らないことを知りながら自らへの興味を持つと、気にしない選択ができるようになります。

※気にしない方法がわかりやすくなりますので、【考えないに潜む適当さ】何も考えない方がうまくいく仕組みと秘密 をご覧ください。

【考えないに潜む適当さ】何も考えない方がうまくいく仕組みと秘密考える状態と何も考えない状態を比較するとわかるのは、自分という存在の認知と、力の入り具合。共に無意識領域のお話です。 あらゆる先読...

 

人にどう思われるか気になる まとめ

どう思われるかを気にしない人はおそらくいないと思います。

周囲を気にするからこそ自制し調整しコントロールでき、一切気にしなくなると犯罪が当たり前になってしまうように、「嫌なことを味わいたくない」という願望が、「自分だけ満たされればいい」という周囲の概念がゼロの危険思想になります。

人にどう思われるか気になるのは当たり前です。

当たり前なのに違和感があるのは、自分に当てはめようと頑張ったルールであり環境にある「しなければならない思想」に原因があり、自意識が関わります。

自意識がある人が抵抗を表すことは、自意識を抑圧して制御しようとする何かが自分の居る環境にあると教えてくれます。

外付けのルールは悪いも正しいも記憶するだけですので抵抗がありません。しかし、精神という誰も強制し干渉できない領域に手を出すと、私達は誰しも自意識があれば声を出し、反発を持ちます。

自意識があると自覚し、抑制されて解放したいありのままの自分がいることを知り、別の環境を知ることで、抑制した自分をどうするかの選択ができるようになります。

気にする世界か気にしない世界か。

意識である精神の在り方が千差万別にある以上、誰しもが同じ世界にいることは困難です。

「日本」とは一つの世界ではありません。人それぞれに自らの周囲との関わりによって環境があり、一家庭毎にも環境があります。

あらゆる環境であり世界が存在するこの世をどう生きるかは、如何に選択肢を増やすかで幅が広がります。

誰しもいつまで生きるのかはわかりませんが、持てる時間を「知る」に費やしてもいいのかもしれません。

人にどう思われるか気になる際は、「知る」に重きを置いてみてください。

「気にしてしまう」という意思に全ての答えが含まれていますので、大切にされてください。

そんな考え方がご参考になれば幸いです。

それでは、人にどう思われるか気になる際の気にしない方法のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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