人生哲学

働く意味とは実は常に目の前にある│目的を明確にする生きる話?!

仕事して、働いて、食べて、寝て、生きて。ここに意味を求めるには少し難しさがあります。

ですが私達は考える種族であり、答えや納得を求めると面白さがニュっと現れたりします。

働くことや仕事の意味を知ることで、「なんで働いているの?」への答えは確実に一人一人に見つかります。

一人一人の世界と認識があるので、“自分にとっての働く意味”が判明します。

求めましょう、答えを探りましょう。

ここでは、乏しいながらの私のわかる理解ですが、経験と出会った人々との話からわかる回答をお伝えします。

働くことへの違和感や心の引っ掛かりが解消されれば幸いですので、ぜひ一緒に見ていきましょう。

働く意味とは

働くことに意味があるのか?

言葉の定義を見てから始めましょう。

働くとは、

・仕事をする。労働する。特に、職業として、あるいは生計を維持するために、一定の職に就く。「朝から晩までよく―・く」「工場で―・く」「―・きながら資格を取る」

・肉体・知能などを使って仕事をする。一生懸命にする。 「 - ・いたあとは飯がうまい」 「このプロジェクトの中心になって-・く」

※引用 コトバンク

辞書にあるように、肉体と知能などを使用して“仕事をする”ことが働くことです。

生計を維持してとは=生活するためですが、そこにお金を稼ぐための概念があるかないかは人それぞれです。

自給自足生活をしている人は私が知っているだけでも数知れずですので、とんでもなくたくさんいると思います。

そして、生きることは義務ではないので生きるも死ぬも自由です。そのため、生きるために働くかどうかと言われると、好き好みです。

しかし、今生きているのであれば、実は誰しもが働いている事実があったりします。

そこに、「働くとは何なのか?」の理解の一歩があります。

 

働くとは生きるための一つの手段

働くことは生きるという目的のためですが、“生きる”とは幅が広過ぎてどんな状態かわかりません。

生きることには、健康的か、病的か、アル中的か、満足的か、悲壮的か、憐憫的か、または嫌なことが一切ないためか、人それぞれに求めるものの可能性を高めるために“働く”という選択肢があります。

お金が目的か、ご飯を食べることか、ご飯も高級食材か自然食品かジャンクかさまざまです。

趣味を増やすためか、選択肢を増やすためか、またその目的は?と続きます。

働くことは生きることでもありますが、その中にもさまざまな意味と目的があり曖昧です。しかし、はっきり言えるのは“生きるための一つの手段ということです。

生きるためではなく、生きるための方法に働く行為があります。

誰しもが生きていたい訳ではないので、気楽に死ねるための資金集めかもしれませんし、そのように生きる選択肢を増やすことでの喜びや恐怖のなさのためかもしれません。

食べるために働くかどうかも人それぞれで、そこら辺の雑草を食べてもいいわけで、それが嫌であれば食べることの目的は、“健康的に寿命を延ばすこと”だったり、“活力的な喜び溢れた肉体を持つ”だったりします。

そんなことを考えると、働らくことも食べることも寝ることも同じで、それをしたいかどうか、そしてどんな状況や状態(良さげな食材、良さげなベッドなど)でそれらをしたいかによって目的も意味も変わります。

言わば、今生きているのであれば誰しもが何かしら生きるための手段を使用して、それが働いていることの意味でもあります。

 

働く意味などない

「いきなり答えっ?!」という感じですが、働くことに意味を見出す際には働く目的が必ず要ります。

目的は一人一人に、

  • 「生きるため」
  • 「お金をもらって社会性を活用するため」
  • 「生活安定のため」
  • 「不安のない未来を作るため」
  • 「人から好かれるため」
  • 「認められるため」
  • 「生きている意味を見出すため」

などなど…。

「今日のご褒美のチョコボールを買うため」という目的かもしれません。

目的はほぼ無限にあるので“統一的な働く意味は出せません”

ですが、一人一人に働く意味があり、仕事をする目的がわかればそれがそのまま意味になるので、自分にとっての働く意味は誰しもにあります。

それを知るためにも、働く行為である“仕事”についてを見ていきましょう。

 

仕事とは

働くことと同義の“仕事をする”とは、仕事という何かを駆使して働くという意味です。

その“仕事”とは一体何でしょうか?

辞書にはこうあります。

仕事とは、

何かを作り出す、または、成し遂げるための行動。
生計を立てる手段として従事する事柄。職業。

※引用 コトバンク

仕事の意味を紐解くと、仕事とは自分が作り出せる価値を他に提供することです。

その他とは、他者でもあり、社会でもあり、自分以外の何かです。

あらゆることが価値になり、それによってお金になったり感謝されたりと何かしらの価値の報酬があるものです。

言い方を変えると、喜びを自分にも他者にも作り出す基が“価値”でして、それを提供することで他に影響を与え、関係を作り、何かしらの始まりとして作り出す発信を意味します。

仕事とは、価値、影響、喜び、成長などを作り出す発信動機であり行動。

 

やらされることは仕事ではなく契約

仕事の意味がわかると“働くことの意味”がわかりやすくなります。

しかし、仕事を知る上で一つ明確に区分けしたいことがあります。

それは、やらされることは“契約順守”ということです。

言葉の定義としては、会社に従事して業務を行えばそれは仕事となりますが、見方を変えるとそれは契約上の相互関係です。

「あなたは朝の9:00~17:00まではこの会社内に居てください」
「その間はこの業務をしてください」
「そうすれば一か月で休みを10日間与えます」
「そうすれば一か月で給料を30万円与えます」

「わかりました承諾します、ポンッ」と判子。契約成立です。

雇用主であるお店や会社の社長が契約として求めた内容に従事すれば給料を与えます。

契約という決められた制限の中では何かを作り出したり、成し遂げたり、価値や影響を与えることはできますが本領発揮は困難です。

ウォーターボールの中で、「はい大暴れして」と言われても、「何だかな」と消沈しちゃうように。

言葉としての仕事は業務に従事することですが、行為としての仕事では“契約”と“仕事”を区分けすることが“働く意味”をわかりやすくさせます。

そして実際に、契約の中で働く意味を見出すことは、仕事をする=働くとは別概念になります。

 

働くことと、契約の中で働くことの違い

契約とは制限であり保障でありルールです。

ただでさえ、社会性という常識やルールがある中でさらにルールに中に入るので、捉え方を変えると抑制や縛りになります。

すると、働いて価値や影響を与える発信的な行動は全て契約内容の範囲内に収まり、自分の価値も会社やお店などの価値になるので、自分の価値なのか何なのかわかりにくくなり、働くことの意味を知るための目的がうやむやになります。

 

契約の中で働く意味とは

契約の中で働くとは契約内で価値や成果を出すことで、働いている会社やお店などにとっての価値であり成果を、自分という存在を使用して見出すことです。

ここに意味を見出すと明確にあることが示されます。

お金。

お金をもらうために働く意味です。

そして、お金のためとは生きるためです。

将来という未来の空想物語を良きものにするため=嫌な予想ではなく、良さげな予想ができる材料としてお金や安定があります。

この働く意味は誰しもが同じことに行き着きます。

社会のルールに沿わせるためです。

心理的に言うと、社会から逸脱して一人で生きていく恐怖を味わわないため。未知の状態に足を踏み入れて不安に駆られないため。他者から排他され攻撃され、自分を否定されず、存在価値と意義を守るため。

全て恐怖を味わわないためです。

働くことに本来制限はありませんので、働く目的次第で一人一人に働く意味があります。

しかし、契約の中で働く場合には統一的に同じ意味として、“社会のルールから逸れないため”=“恐怖を味わわないため”が働く意味になります。

これに疑問がなければ、働く意味を考えることなどありません。

しかし、答えを求めている方はそんな現状に何かしら違和感を覚えているのではないでしょうか。

安心してください。これは契約の中での働く意味ですが、そのような制限をなくした本来の働く意味を知ることで、契約の中での働く意味にも“自分なりの答え”が見出せるようになります。

先を見ていきましょう。

※仕事の意味を知るとわかりやすくなりますので、スピリチュアル的な仕事の意味│命がけの暇つぶしは良いこと尽くし をご覧ください。

スピリチュアル的な仕事の意味│命がけの暇つぶしは良いこと尽くし仕事最高かよ、楽しい、会社を家にしたい。 仕事つまらない、辛い、会社行きたくない。 賛否両論です。 仕事って何なんでしょう...

 

働く目的とは

働く意味となる目的

働く意味は働く目的によって決まります。

上記でお伝えした、契約の中での働く意味は恐怖に行き着きましたが、それは契約という未来を見越した思考の上で働くつもりだからです。

未来を含めて契約していれば未来のために働くことになるので、そこで着目しているのは未来という空想に嫌なことがない、良いことがある自分です。

しかし、働くという意味には過去も未来もなく、あるのは働いている今この瞬間です。

言い方を変えると、働く意味は今起きている現実にしか見出せません。

そのため、今働くことの目的を考えてみると、自ずと働く意味がわかります。

 

今働いている目的はなに?

今どんなお仕事をしていますか?

私を例にすると、絵描きですので絵を描く仕事をしています。

その目的は?

人の世界を描いているのでお客さんやクライアントさんが喜ぶためであり、自分の創造性を高めて成長するためであり、卵焼きを食べるためのお金をいただいて生きるためであり、自分の人生の目的を達成するための一つの重要項目の段階を踏むためです。

ややこしいのでまとめると、自他が喜び、好きなように時間を使うためです。

ここに誰しもが同じ答えはありません。

生きることが目的の人は多いかもしれませんが、私は生きるためよりも遥かに好きなように人生の今を使うことが重要です。

なので、私のような勝手な変人野郎は嫌なことは絶対にしません。元々会社員でしたが辞めて色々あり、今の形になりました。

人それぞれに目的があり、それがそのまま働く意味になります。

上記例での働く意味は、自分の満足いく時間の使い方をするためです。

ここでわかることは、働く目的とは=生きている目的であり、働く意味とは=生きている意味ということです。

今生きている意味は何でしょうか?

 

働く意味とは生きている意味

見えてきました働く意味。

それは“生きている意味”のことです。

働く時間は一日の1/3ほどあり、睡眠時間ほどあります。

「人生ってほぼ睡眠じゃん?!」という私の勝手な気付きは置いておいて、働く時間が一日の大半を占めるので、何だか大きな意味があるように感じます。

しかし、「何で寝ているの?」という生存維持活動や夢を楽しむことと同じように、働くことでお金や価値を作り、やりがいや生きる意味、活力や生活基盤を作り、なにより人生の動力となるこれまた“生存維持活動”です。

そのため、睡眠時間が8時間の人も1時間の人もいるように、働く時間が8時間の人がいれば1時間の人がいます。

もはや働かない人すらいるように思えますが、働くことは価値や影響であることから、お金を貢がせたり、親に支払ってもらうことも何かしらの価値や影響による報酬の一つです。

価値の恩恵と言うと違和感がありますが、親と子供という両者の契約上の権利施行や義務行使という仕事で、契約の中での働いた結果で生きています。

何が言いたいか。

生きている意味と同様で、睡眠時間と同様で、働いている意味は何でもいいということです。

生きている意味は何?
「死にたくないから」であれば、死にたくないから働いています。
「死にたいけど死ねないから生きている」であれば、死ねないから働いています。
「楽しむために」であれば、楽しむために働いています。

そのまんまです。

“今”がキーワードであることから、生きている意味も働いている意味も一人一人にしっかり見出せます。

 

働く意味とは今の自分

今生きていること、働いていることに意味を見出す。

今自分がパソコンを目の前にキーボードをカタカタして仕事をしている、その答えとは?

「知るかーい」というのは冗談ですが、答えは『したいことをしている自分自身』です。

これは真理です。主旨が変わってきましたがまだ大丈夫です。初めのタイトルはまだ見えています。

今働いていることは今呼吸していること。それは、呼吸したいから呼吸している自分です。

そこに、「生きていたい」「苦しみたくない」などの過去と未来を行き来した思考はありません。フォーカスは今です。

すると、全ての行動は“自分がしたいからしている”とわかります。

極端な例ですが、死ねないから生きているのは死ぬことができないということであり、それは恐怖を味わいたくないから、そんな勇気がないから=恐怖がない状態を望み、勇気がなくて行動できない自分を理解した上で、今したいことをしている(生き続けている)現状を物語ります。

嫌々働いているのは、働いていない状態や未知の自分にならず、嫌だけど働いている方が良いことを意味します。

生きていたいから息をして、ご飯を食べて、働いてお金をもらって、生存維持を図ります。

働く意味とは今の自分のことであり、今生きている自分が全ての答えです。

この“意味”とは言葉で解釈するものではなく、在り方で体感するリアルです。

働くのが辛ければ、それは生きているのが辛いこと。
働く意味がわからなければ、それは生きている意味がわからないこと。

働く意味は自分の鏡写しです。

 

契約の中にある働く意味

契約した上で仕事に従事すると働く意味がわかりにくくなるものですが、働く意味の捉え方を変えると“自分を知るための機会と環境”になります。

そのため、契約の中でお金を目的にしていても、その中で自分を知るという働く意味を見出せます。

働ける環境を与えられることで、その中で自分が何をして、何ができて、どんな価値を提供できて、どんな影響を与えられるか。

物事は見方を変えることで、いくらでも良きものにも悪しきものにも一変します。

契約を抑制や縛りと思うか、環境設備や成長機会とするか。

それは宗教と同じようなもので、「一日何回お辞儀すりゃ気が済むんだよ、めんどくせぇ」と思うか、「何度も神聖で大切な時間を与えられるなんて幸福だ」と思うかで意味が変わります。

どんな状況でも仕事でも、大きな会社でも小さな会社でも、経営でも起業でも何でも同じです。

制限の幅がそれぞれに違うだけで、如何にその中で意味を見出すかによって、生きている意味も同時に変わります。

働くことは生きる手段の一つであり、自分を知る方法であり、自分を喜ばせ楽しませることができる機会でもあります。

 

働く意味はどれだけ自分を認識できるかでわかる

綺麗ごとを言っても、働かせられて、やりたくないことをやらなければならない状況では働く意味を見出しにくいかもしれません。

働く意味を知るためにはどれほど自分を認識できているかが重要です。

嫌々仕事をしていれば仕事に満足を得ることなどなく、それは自分を見ようとしない表れになります。

最も大切なことは、働いている時の自分を認めることです。

それは、「よくやっているぞ、こんなクソみたいな仕事を」という肯定や妥協ではありません。

  • 嫌なら嫌な仕事をしていることを認めます。
  • 楽しければ楽しいことを認めます。
  • 喜びがなくても自ら喜びを作れることを認めます。
  • 喜びがなくて自ら喜びを作れないことを認めます。
  • 嫌な中でも働く仲間が素敵で楽しいことを認めます。
  • 大変な仕事なのに楽しそうに働いている人がいることを認めます。

何かしら自分の見ているもの、知ること、感じるもの、わかること、思うことなどの認識を把握して、ただそれを認めます。

良いも悪いも関係なく事実をそのまま認めること、自分の視界に入っている現実を認めることで働く意味がわかり、生きている意味がわかり、それが自分自身という答えであることがわかります。

働くために会社を活用するか、個人でやるか、社会性を使用するか、森にこもるか、地底へ向かうか、何でも良くて、何でも意味がある。

働くってすごく楽しいことです。それは全部自分次第。

 

働く意味を知るポイント

最後に働く意味を知るためのポイントをお伝えして終了します。

哲学的で真理の一端となるようなことをお伝えしましたが、「働く意味などない」と捉えることも気楽なものです。

働くことはそんなに大それたことではありません。

家族や養う人などがいると責任を負うような気持ちになってしまうかもしれませんが、責任とは負うものではなく持つものです。

持つとは認めることであり、一人一人に責任があると認めるだけで気は楽になります。

そもそも私達が生きている意味などわかりませんし、実際どうでもいいと私は思ってしまいます。

いつ死ぬのかわからず、それを恐怖にして保全に保障に保険、命の安全は我が国家で守ります。

なんて国でしょうか。最高なのか最低なのかは人それぞれの認識と理解次第です。最高って思った方が楽しい意味を見出させるので、そっちがおすすめです。

どっちでもいいんです、そんなもんです。

社会に属して生きている以上は何かしらの契約があり制限があります。その中で生きている前提では生きている意味すら、“平均寿命まで死なないため”というルールに則って考えてしまうかもしれませんが、結局生きているのは自分ですので何もかもの意味は本人が実際に行動してその時その時に見出せるものです。

どんな仕事をしていようが内容は重要ではなく、働く自分の認識が何よりも大切です。

私が海外を旅して周っていた時、さまざまな職種の人々に会いました。

芸術家に音楽家、映画監督に俳優、モデル、パソコン一台でどこでも働いている人や、会社員、大工、経営者、漁師に船のキャプテン、ハンター、農業家、銀行員、プロサッカー選手、自然保護員…数えきれないほどの職種がありました。

私は癖で、「なんでその仕事をしているの?」と質問していましたが、大それた目的や意味などありません。私が絵描きであることと同じです。

楽しいから、喜んでもらえるから、お金が良いからなど完全に人それぞれで、「ふーん、そっかぁ」というような答えです。

それは、会社員でもプロサッカー選手でも同じです。

私が出会ったプロサッカー選手二人はチェコとオーストリアとドイツではとても有名な選手のようでした。

そんな二人も、「なんでサッカー選手になったの?」と聞いたら、「うーん、サッカー得意で、お金が良かったからかな、あとモテるから」と言っていました。

働く意味とはそんな気楽なことだと思います。

実際に自分のしていることを理解して、自分自身を認めて認識することが何より大切で、自信を持っている出会った人達はみんな仕事が好きで、楽しんでいました。

それは、やる前にわかることではなく実際にやり続けてみて、大変だけど自分のできることがわかった時に一生懸命になって、楽しくなっていったというものです。

そのためにも、今働いている自分を見て、何を思い感じるか。

「辛い」
「じゃあ辞めよー」ということです。

「辛い、でも自分にできることがあるかも、何か身に付くことがあるかも」
「じゃあ続けよー」ということです。

そんな感じかと思います。

楽しみましょう。

※生きている意味の詳細は、人生どうでもいいことの真意│人生の意味から見える本当の捉え方 をご覧ください。

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働く意味とは まとめ

働く意味、意外にも人間真理に繋がる話でしたね。

仕事内容や種類は関係なく、「仕事をしている自分自身に何が見えるか?」が大事になるのが働く意味です。

そのためにも、実際に働いてみて継続することが大切で、嫌、辛いと思えることに意味があり、最高、楽しいと思えることに意味があります。

それは、その先があるということであり、成長や変化がもたらされるのが仕事のおもしろいことだと思います。

そこには、自分で発信する価値があり、価値はお金にも評価にも恩恵にも成り代わる幅広さがあり、もたらされる結果や影響は自分の働き次第で変わります。

そこに契約や制限があっても、その前提を認めて認識することで、その中で何ができるかを見出すことができ、辛さも喜びも自分に与える影響や成長機会になります。

命か、時間か、お金か、肯定か、愛か、生きていることか、常識か、恐怖のなさか、喜びか、幸せか。

何が大切なのかが人それぞれなので、自分にとっての喜びや利益を明確にすることで、より働く意味である生きている意味がわかりやすくなりますのでぜひお試しください。

そんな働く意味とは何かの話、何か道を開き、光が一筋通る内容であれば幸いです。

それでは、働く意味についてを終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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