生き方

誰しも自分の価値なんてわからない│改善方法は価値を知って共同創作

自分に価値なんてありません。

「えっ?!」

突然ショッキングな事実をお伝えしましたが、ここにはお伝えしたい真意があります。

価値は自分ではわからないということです。

いえ、見出せるかもしれません。しかし名前が変わります、“自己満足”に。

自分の価値がわからないと思う場合、自分に価値がある存在だと思っているのかもしれません。

自分の価値とは何かを知ることで、価値がわからない理由も原因も、価値を見出したいのかどうかも、その際の改善方法もわかります。

自分の価値がそんなに大切かどうか?

真相を掴み、自分らしく生きる一助となることを願います。

自分の価値がわからない

自分の価値がわかるはずはない

自分の価値がわからない場合には次のことが考えられます。

  • 価値とは何かを勘違いしている
  • 自信や自尊がない
  • 喪失や空虚感がある

私は無価値のシンボルだと思い込んで生きていた時があるので、「無価値バンザイ」とはなりませんが、「価値がないからどうした?」と思ってしまう節があります。

誤解されないでください。私は人を蔑み馬鹿にすることで、優越感や他者からの評価を得て自らの価値を見出す人間ではありません。

そして、それは価値ではありません。

価値とは遊びであり、仕事であり、娯楽であり、快楽であり、何より人と人の共有であり、共同創作です。

人によって価値はお金になり、得になり、徳になり、差になり、武器になり、他であり、思想であり、恐怖であり、不安であり、喜びであり、楽しみであり…いろいろです。

価値に共通しているのが、“満足や納得”です。

自分の価値がわからなくなるといろいろ考えます。

  • 何のために生きているのかわからない
  • 私は社会のために何ができるのかわからない
  • 人に役立つことができない
  • あの人より優れている所が見当たらない
  • 存在する意味がわからない

 

  • どうして息吸ってるの?
  • なんで私なんかがご飯食べるの?
  • 人と口なんか聞いていいの?
  • 蹴とばしてもらえば価値になる?
  • 鬼ごっこはずっと鬼役でいい?
  • 毎月20万円送ればいい?
  • 何ができる?何を与えられる?
  • 生きている意味は?存在意義は?私の価値は?

「うるせー!」

失礼しました、飲み込まれました。

自分の価値を知りたくても、自分ではわかりません。

価値がないから生きている意味がないということには一切直結しません。“価値がない=存在意義がない”ではないので、死んだからといって価値を見出せません。

何が言いたいか。

価値は他者にしか見出せません。他者の反応・評価・笑顔・喜び・感動・感激・感謝・愛・敬い。

他者が“良さげ”な反応を示すことで、「あ、価値になっている」と認識できます。

自分の価値は自分でわかるものではなく、他者の反応によって認識できる。

しかし、価値とは他者が見出すものでも創るものでもありません。

自分の価値は自分ではわからず、他者が見出すものでもない…はて?

詳細を見ていきましょう。

 

自分だけでは価値を認識できない訳

自分という存在に価値を見出す時、他者の反応や評価や目などの“他の存在”がないと、何も価値はわかりません。

それは鏡がなければ自分の顔を知ることはないように。

しかし、価値を認識する際に“良い悪い”、“正しい間違っている”などの正否にて人をジャッジしようとすることで、価値ではなく自己満足をしようとします。

価値とは他者の反応によって認識できる満足や納得ですが、それは自分の満足や納得だけのことではありません。

他者によって見出せる価値であるために、自分だけでなく他者の満足や納得を含めて“価値”となります。

価値は自分ではわからない。この意味は、“価値は自分だけではわからない”ということです。

自ら見出そうとすることで自己満足をします。そのために他者の反応を使用する場合は、自分が満足するために人を利用することです。

  • 価値を自ら見出す行為・・・他者を利用する自己満足
  • 価値を他者の反応にて自ら見出す行為・・・他者を活用して自他が満足する価値

他者の反応によって自ら見出そうとすることで自分の価値がわかります。その際には、自分も他者も満足する活用になります。

価値は自らのみでは創れません、見出せません、ありません、わかりません。

 

自分の価値がわからない理由

商品の価値でも自分の価値でも同じです。

価値の仕組み、それは[自+他]の兼ね合いや共有の関わり合いにて生まれる満足や納得です。

自分の価値がわからない場合、この[自+他]がありません。

そのため、価値がわからないのか、自己満足できないのかは別の話です。

自己満足を求めて他者を利用する。ここに価値はありませんのでわかることはありません。

 

価値を勘違いしているかも

価値を知らない理由には、人それぞれに過去の生育環境や人との関わりがあります。

周囲に従い認めてもらうために生きることで、存在意義を粘土で作るように、自分の価値や生きている意味や関わる意味を求めます。

酸素吸入が少なくなり、血液不足、血もリンパも気も流れません。不安になり、イライラし、その内にだるくなって気力がなくなっていきます。筋肉量も姿勢も栄養素も時間の使い方も体内時計も崩れてバランスがなくなります。

あらゆることは“自分”という存在の中で巡り繋がっていき、細胞レベルで違和感と不調和を生み出します。

価値を知らないために起きることは勘違いと思い込み、そして他を利用することです。

価値がわからなかった時の私自身を思い出すと、わからないこともわからないという状況がありました。

自分の価値を見出すために他者と比較し、他の情報である常識やルールと区分けして差別して、上か下か、勝ちか負けか、正否、自分は正しいか、優れているか、誰が自分より劣っているか、誰か劣れ、自分が優れていればいい、いやそんな自分が嫌だ、こんな私は私じゃない、否定し、嘘をつき、自分がわからない、生きている意味もわからない、息しているのはなぜ、わからない、価値はどこ、あなたが見出して、私の価値はどこ、どこなの、早く教えて、あぁこんな自分はダメ、嫌、わからない、何もわからない。

自分の価値がわからない理由は、価値を知らず、価値の見出し方を知らないことが考えられます。

 

自分の価値がわからないのは自分のことしか考えていないから

価値を知らないと自分の価値を見出すために、他と関わることができなくなります。

他との関わりに共有や協調、調和や共感がなく、人や知識やルールをとにかく自分のためだけに利用しようとします。

その行為が、偽善、嘘、気を使う、心配、同情、疑い、他者否定、自己否定です。

特にわかりやすいのが“気を使う”ことです。

気を使うのは、完全に自分だけの満足と納得のために他者を巻き込むことです。

我慢して取り繕って、無理に頑張って、評価を欲し、否定されないように演技し、納得を見出して損失しない。

自分のことしか考えなくなると、価値の意味が“他者から肯定されること”での自己満足になります。

褒めてもらい、認めてもらい、評価してもらい、必要としてもらい、愛してもらい、否定されない、非難されない。あからさまな見栄を持ったり、無難に静かにしたり、媚へつらったり。

さんざん言っていますが、これは過去の私自身に対しての言葉だったりしますので、気に留めず気楽に読まれてください。

 

自分の価値がわからないと価値の本当の意味がわかる

自分の価値がわからない経験の恩恵として、価値とは何かの意味が知恵としてわかります。

価値は自分だけでは見出せません。

自分として生きて存在する以上、そこに意味も何もありません。何で空気吸っているのかは肉体がそのように動くからです。

そこには潜在意識という無意識の自我である“自分”がいます。無意識なので答えがわかりません。

自分ことを可愛いと思おうが、大切な存在だと思おうがそれは自由です。やりたければやればいい、満足があるなら喜びのためにすることも嬉しいものです。

ですが根本の理解としては、生きている以上はそこに良いも悪いもありません。生きて存在することが答えです。答えに〇も×もなく、存在することが自分のわかる全てであり答えです。

そこに価値を見出すことは、生きている意味や存在意義とは全くの別の話。ここは明確に区分けしたいところです。

価値とは他との関わりにて見出す認識です。満足と納得です。

自己満足?と思いきや、自他満足。

他が加わることで価値が生まれ、必ずあるのは自らが価値を見出そうとすることと他者が満足すること。

人は喜ぶことで褒めたり認めたり敬ったり感謝したりします。正否判定にて社会性や常識のルールに順じているかどうかの肯定に価値はありません。

正しいから認めるのと、満足させてもらったから認めることは全く意味が違います。

人が満足したことに対する反応によって自らが満足する利益、それは感謝や愛や敬い、気持ちだけでなくお金や環境、名誉や誇りや徳をもたらします。

価値とは他者を満足させて自らが満足する“良き影響”のことです。

価値がわからない状態になることで価値とは何かをしっかり考え、経験する行動に繫げることができます。それは知識だけでなく知恵となる本当の理解です。

※生きている意味がわからない話は、生きている意味がわからない│そんな自分を観察するとわかる答え をご覧ください。

生きている意味がわからない│そんな自分を観察するとわかる答え生きている意味はわからないから答えを出そうとするのか、ないから考え続けるのか。 生きている以上、その事実に答えや意味を求めたくなる...

 

自分の価値がない人

これまでの内容から、自分の価値とは一体何かがわかります。

価値を自分に当てはめた“自分の価値”とは、自らの経験や知識や能力にて他者を満足させることで自らが満足すること。

すなわち、自らの行為によって良き影響を与える自他の満足が自分の価値です。

自分の価値とは人と人の関わりにある影響であり、お互いの喜びを生み出す行為と結果を併せたものです。

自分の価値がない人は人と関わらない人のことです。または、人との関わりが自らの利用のためだけの人です。

誰も自分に価値なんてありません。

人との関わりにて良き影響を与えることで価値が出てくるので、価値とは自らが他者と関わって創り出す創作であり創造、または共有であり調和です。

そのため、自分の価値がない人とは価値ではなく創造性がない、人との関わりを知らない、価値を知らない、敬いや共有がないことです。

自分の価値は創り出さないとないので、誰も価値はありません。

自分の価値はあるかないかではなく、創るか創らないかということです。

 

自分の価値がわからない 改善方法

自分の価値がわからない時にしたいこと

私達人間に価値などありませんので、価値が欲しい場合には創ることになります。

創って欲しい、価値を認めて欲しいというスタンスでは価値を見出せません。

ですが、自己満足による正否判断や常識に則ったルール内の肯定=教科書通りにできている〇は付けてもらえます。

私がそういうのを欲しない人間なのでこういった言い回しですが、これはとても必要で大切なことです。

ですが、ここでは“価値”の話をしているので、自己満の話はプイプイプイっと焼却炉行き。アディオース

自分の価値がわからない場合、価値のことが全くわかりません。

私が完全にそうでした。

他者から認めてもらったり否定されないことで、「自分に価値があるんだな」と思い込むようにしていたので、初めから価値を創る気がありません。

そのため、自分の価値がわからない場合はこれまでお伝えした内容を知ることがとっても大切です。

その上で価値を見出す場合に必要なことは走り出しの一歩目。

行動ってやつです。

 

自分の価値がわからない場合は人との関わりを見直す

価値は自分だけではなく他者との関わりにて生まれることですので、人を利用するのではなく共有や共存という形に、関わり方を見直す必要があります。

「こいつが居ると満足できないから関わらねぇ」「こいつ私を褒めてくれないから必要ねぇ」ポイポイっとするのではなく、一人一人との関わりではまず相手から見ます。

笑顔で挨拶、「おはよう♪」

相手が喜んでくれて笑顔になる。そこに挨拶した意味があり、喜びがある。

これはもう自分の価値です。さらに相手が挨拶を返してくれて笑顔もくれるかも。価値に価値、朝からワンサカ大漁です。

自分の価値とは本当にいつでもどこでも創れます。そのために自分から行動して相手をまず見ることが大切です。

 

自分の能力を伸ばせるように努力する

自分の価値は能力や経験や知識によって創りやすくなります。

上述の挨拶のように価値とは気楽なものですので、とくになければならないものではありませんが、能力があることでより人を満足させ、それによって自らの満足となる喜びや利益が気持ちやお金としてもたらされます。

それはこのブログもそうですが、あらゆる自他の満足があることで価値になりますので、自分の知っている知識や経験を基に人のために行動することで良き影響を創ることができます(と願っています( ゚ ρ ゚ )ボー)。

その際は行動によって能力向上にもなり、自らの能力を上げられるように努力することが大切です。

能力にて価値を見出す際に特に大切なことは、価値とは自他の満足なので、自分だけでなく他者が居ることで価値になる意識です。

他者が価値にするかどうかですので、如何に喜んで満足してもらえるかの“敬い”があることが重要です。

これもまた人と人の関わりになります。

※好きなことがわからない時は、好きなことがわからない時│見つけようとしている自分を一旦ブン投げる をご覧ください。

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自分に価値がないと思う場合の改善

自分の価値がわからないと思う状態には自信や自尊がなく、生きている意味がわからないことでの喪失感があるかもしれません。

すると、価値を見出す以前に、“私には価値がない”と決め込んでしまいます。

“価値がない”と、“生きている意味がわからない”ことは全く別の悩みにも拘わらず、一緒くたにしてしまいます。

喪失感や虚無感がある状態か、自信や自尊がない状態かで段階を分ける必要があり、私の経験にてわかる範囲ですがそれぞれに改善方法があります。

 

喪失感や虚無感にて価値がわからない場合の改善方法

喪失や虚無感にてやる気が起きずだるさがあり、自分に価値がないと思い、生きている意味もわからなくなります。

すると、悩みを求めるように抱き続けます。自分を大切にしたくない心理です。

この状態は“気”がありません。

やる気も気力もなく、自分の価値を見出すことが困難ですので、エネルギー吸収をとにかく考えます。

エネルギーは栄養素とも血液量とも同じです。

これらの自分の中にある“気の材料”が不足しているために行動動機が見出せず、価値がわからないと言うだけで行動する気にもならなくなるので、価値以前に自分を見る必要があります。

悩みを作り続けることで生きている意味を見出す対処をし、ネガティブな状態に利益が見えているため、悩みを持つ自分を見つめるためにもカウンセリングやセミナーなどを受けることをおすすめします。

この際も、自分で自分を変える意志がなければ何も始まりませんので、自らの行動にて物事を始めることが何よりも大切です。

私はこのことがわからず路頭に迷い、壁にぶつかり、我を失い、行くとこまで行ってしまいましたので、他者の協力や助けを得ることを迷わずされてください。

※悩みについての詳細があるので、悩みを解決する方法で正体が見える│紐解くとわかる解決しない案?をぜひご覧ください。

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自信や自尊がないことで価値がわからない場合の改善方法

エネルギーがあっても足りていない状態が自信や自尊がない症状です。

自らに価値を見出そうとする意志が弱くなり、恐怖と不安に飲み込まれている状態が考えられます。

その理由は、自らを認識できないために他者と比較して区別する人間性にあります。

自分を否定されることで価値を見失うと思う思考やルール設定を持ち、他の反応が自分の人生や価値や存在意義を見出す全てになってしまいます。

正しいと言われれば価値を得て、間違っていると言われれば価値を失う。

思い込みと決め付けです。

求めているものは価値ではなく生きている意味になっています。それは生かされている現状にあらがい生きている認識を求め、思考過多で“刺激”を欲します。

自分を敬うことが必要で、価値を他から得ようとするのではなく、自らが創るための行動が何より大切になります。

※参考になれば幸いですので、他人より自分の利益を優先することに常識がある|全ては自分のため をご覧ください。

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自分の価値がわからない まとめ

自分の価値とは自らでは見出せず、人と人の関わりにて創られる創造の産物です。

価値を求める必要はありませんが、人と関わる以上は自らの、そして相手の喜びを見出す意識を持つことで価値になります。

私達は共存して共有して、調和して共感することで未完成な社会を築いていると思います。

未完成であることに意味があり、価値がわからないことに意味があり、その先には常に向上を表す笑顔があります。

しかし、それは待っていれば得られるものではなく、自らが創り育む意志を持ち、掴み取るように得るものではないかと思います。

物事の意味は経験することで初めて理解します。情報が知識となり、その後に経験があることで体感と共に心の気持ちも加わり、自分としての理解となり知恵となります。

そのため、自分の価値がわからない経験はとても大切な崖からジャンプした状態。

「いや、死んじゃう」と思いきや飛べちゃうやつ。

そこにあるのは飛ぼうとする気持ちです。

自分の価値なんてわかりません。私のこの内容に価値があるかどうか、私にはわかりません。

ですが、読まれる貴方に喜びがあることを願い書きます。ここまで読んでいただけたのであれば創作完了です。

価値は私と貴方が創る共同創作です。

人間っていいねって話。日本昔ばなしの最後の歌って深いねって話でした。

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