生き方

【我慢しない人は幸せになる】我慢してきた経験が活きると知った出会い

嫌々の我慢、しなければならないと強制し、自らを抑圧して縛ると、不幸を作ってしまうかもしれません。

できれば我慢したくないものですが、気づけば我慢して気を使い、自己犠牲、いい人を演じているかもしれません。

私が我慢してしまう人として海外を旅していた時、我慢しない人の正体を知りました。

我慢しない人には特徴的な共通点があり、我慢をたくさんしてきた人でした。

ここでは、我慢しない人になるために、我慢する経験が物を言うお話を見ていかれてください。

  • 我慢しない人とできない人の違いとは?
  • 我慢しない人は我慢する人?
  • 我慢しない人と出会って学んだこととは?

これらを紐解き、我慢しない大切さと、我慢してきた経験の重要性を知っていただく内容となっております。

我慢経験は私達人間の基盤とも言える材料になっていますので、幸せ作りに変換する考え方となることを願います。

我慢しない人とできない人

我慢しない人とできない人の違い

初めに、ここでの主旨である「我慢しない人」を明確にしたいと思います。

我慢しないとは、我慢するしないではなく、我慢しないことができるかできないかです。

我慢できない人や、したくない人とは全く別物だと思ってください。

 

我慢しない人は、するかしないかの選択ができる

我慢できない人や、したくない人と大きく違うのは選択肢有無です。

選択肢がないと我慢しない一辺倒になり、本人は良いと思いますが、周囲に迷惑になる可能性が出てきます。

[自ら制御・コントロールできない=自制心がない状態]です。

我慢するかしないかの選択肢がある場合、自制心がある上で自らの意思と意志によって、時と場合で使い分けられます。

人それぞれに、「もう基本的に我慢なしでいこう」「仕事場では我慢しないよ」「社交場では半分くらい我慢しようかな」「先週頑張ったから今週は一切我慢なし!」などど調整できます。

 

我慢しない人は認識力が高い

自制心有無は認識力の違いを表します。

どれほど物事を見て、知って、考えて、判断して、理解しての認識は、記憶をどのようにどんな感じでどんな具合に吸収するか決め、観念や価値観を作る材料となり、自らの在り方も考え方も生き方も決まります。

認識力はその場その時の状態や状況を把握したり、物事の事実や本質を捉える材料集めとなり、一つの物事や出来事を捉えて細部まで理解したり、一つの場所や人を見て全体的・多角的に幅広く認識する能力です。

洞察するための基盤となり、自らの内観や外観理解に関わり、さらに他者目線を把握し、全体目線の理解にも続いていきます。

自制心をもたらし、知性を高め、自己理解を深め、相手のことをより考える目線を養えるのが認識力、我慢しない人の大きな特徴と考えられます。

 

我慢できない人は認識力が低い

一方、認識力が低いと自制心がなく、周囲を配慮して鑑みるのが難しくなるかもしれません。

我慢できない場合はこの状態が考えられ、感情を抑えられずに表し、願望を抱いて押し付け、欲求を剥き出し、感情的に本能的に衝動的に行動します。

周りが見えないと他者に迷惑をかけてしまう可能性が高まり、なりふり構わず怒ったり泣いたり、怒鳴ったり周囲を気にする余裕がなくなります。

認識力が低くても感性の高さや行動力などの利点が多いので、良い悪いは人それぞれです。

 

我慢したくない人は一時的に認識力が低い

我慢ばかりしていた反動で、我慢したくない人もいます。

無理矢理の我慢は自己抑圧となり、それ以上自らを苦しませないためにも、溜まったうっぷんを晴らすように強情に我慢しない一辺倒となります。

認識力があっても、反動による自己主張は一時的な自己喪失となり、認識力が低くなって捉えるものが限定されていきます

自分を縛らない、抑圧しない、強制しない、不納得を味わわない、嫌なことを強いない…。

全て嫌なことを味わわない欲求フォーカス状態です。

我を押し付け、欲を貫くさまは、見える世界が自分の外側(自分に嫌なことが起きていないか?)の確認になってしまい、せっかくの認識力が欲に使用される状態です。

 

我慢しない人は我慢してきた経験がある

我慢しない人の大きな特徴となる認識力は、自分の世界を深く広げ、他の把握量・範囲・度合を高める大切なものです。

認識力が生まれつき備わる人も少なからずいると思いますが、私達人間は生まれてから日々の経験にて育んでいきます。

育む経験となるのが、我慢することです。

 

我慢してきた人は認識力を育む経験値が高い

我慢とは目的を持った行為、自らを留まらせ、不変を作り、嫌々耐え、無理矢理自己抑圧し、自己犠牲、演技、誤魔化しを使用します。

思い通りにならない不条理、不納得を抱く自らを納得させるために上記の方法を使い、「ウンウン、これでいいんだ、仕方ないんだ」と頷かせます。

子供のように認識力が低い内は我慢が難しく、自らを納得させる解釈や材料集めが足らず、他者から納得させてもらったりと他の力を用いて対処します。

甘え、なだめてもらい、慰めてもらい、肯定してもらい、さまざまに我慢とは違う形にしてもらいます。

しかし、我慢してきた人は一人でやってきました。怖いから、どうしようもないから、一人でなんとかするしかないから、我慢してきました。

自らを納得させるためにあらゆる視点を持ち、自己内観を深め、他者の行動を読み、気持ちを汲み取り、切れた糸と糸を結ぶように納得行く思考を作り、我慢という行為で不納得を鎮める対処をします。

思い込みや決め付けを用いて、空想や妄想を広げて納得させたり、さまざまに自己対処して不納得を抑えます。

我慢する経験は認識力を高め、自制心を育み、知性をもたらし、経験値の高まりによって我慢しない人になる基盤が整います。

 

我慢しないのは難しい

基盤が整っても、実際に我慢しないことは難しいと思います。

理由として考えられるのが、我慢への執着です。

例えば、「本当は仕事なんかしたくない、でも家族のためだから身を削って、心を殺して我慢する」となった時、思い通りにならない現実への不納得を鎮める方法となるのが我慢です。

不納得で落ち着かず、どう解決すればいいかわからない不安や恐怖が現れても、我慢すると納得できるので、嫌々の自己抑圧は恐怖心を緩和する方法になります。

恐怖心と向き合いたくない気持ちが強ければ強いほど、我慢は効果的な作用をもたらします。

周囲からの影響で納得いかないことが起きた時、我慢ムムムと一時的に対処。

疲れや辛さやストレスが蓄積し、さらにその不納得にも我慢ムムムと続けていくと、嫌なものを対処するために対処し、それをさらに対処するために対処し‥‥と負のサイクルが構築します。

我慢経験が多くなると、我慢は不納得が起きた時の鎮静剤になり、手放せなくなることがあります。

※感情を抑える我慢の意味と目的は、感情を抑え込む癖に潜む「自分」│抑え続けると起きる爆発防止策 をどうぞ。

 

我慢しないようになるポイント

我慢をやめると恐怖心との向き合いが待っており、「我慢しなくていいけど、それじゃあどうやってこの不納得を解消するの?」と自分に問われます。

言いたくないことも言わなければなりません。戦いも起き、話し合いになり、意見が必要になり、感情を出して自分を露わにし、見られたくない自分も見られ、不納得を解消する勇気、度胸、行動、変化、創作、打破、許容を要します。

嫌な不納得を味わわずに鎮めるために我慢を使用すると、我慢する方が気楽になります。

かといって嫌々の我慢による反発や違和感は心身内部に蓄積し続け、ストレスが溜まり感情も抑えてエネルギーも蓄積して濁って鈍化するので、やめなければならないけどやめられないジレンマになります。

我慢とは経験値として使用するもので、欲の解消や満たしに使用するものではないかもしれません。

我慢する意味や目的を自覚し、我慢経験となる認識力を自分のために活用することに価値があります。

経験値を活用するためにも、実際に我慢しない人との出会いにて学んだことがありますので、見ていきましょう。

※我慢しすぎた時の対処は、我慢しすぎて辛い時は早めに対処│とんでもないのが出て来る前が肝心 をどうぞ。

 

我慢しない人との出会いと学び

我慢しない人は幸せ

旅する人には、全てを捨ててきた人、人生を再スタートした人、解放を求めて好き勝手にする人など、実にさまざまに我慢しない人がいます。

出会うと、我慢しない人、できない人、したくない人の違いは明確でした。

なんというか、我慢しない人は全員が幸せそうです。

それ以外の我慢しないさまは、外観が幸せそうに見えても違和感が強くあります。

「何がこうも印象を変えるんだろう?」と初めは疑問だったのですが、少しずつ違いが見えてきました。

自制心と切り替えの速さです。

我慢しない人は自制心があり、我慢を強いられたり、「我慢が必要かな?」と思うシチュエーションでは一旦自らを抑えます。

しかし、その後パパパッと切り替えて行動、直ぐにどこかへ行っちゃうんです。

「逃げたのかな?」と初めは思ったのですが、違いました。

その場に喜びがない、楽しみを作れないと判断する認識力を使い、我慢にてその場での不納得を無理矢理納得させるのではなく、別へ目を向けて行動して納得に変えます。

我慢できない人は、不納得が起きると怒りを露わにしたり泣いたり、その場の状況に固執して自分ではなく他を変えようとしたり、他に責任を持たせます。

我慢しない人は、不納得が起きれば自分を変えて納得を作るために行動します。

不幸に陥る隙間がありません。

常に幸せを作る意識があり、自らのことは自らが責任を持って喜ばし、楽しもうとします。何か不都合や不納得があれば、直ぐに喜び作りに認識をシフトして自分を変える柔軟性がありました。

我慢しない人は固執や執着がなく、常に自分を変えようとします。後ろを知っているから前を見れる在り方、我慢してきたからこそ認識力を使って自らを喜ばす行動・変化を作ります。

 

我慢しない人と出会って学んだこと

私は我慢してしまう人でしたが、出会い関わることで、我慢経験を活用するための理解を学びました。

一人目:我慢は自分のためにしていると教えてくれる

オーストラリア在住の日本人男性。

彼とは半年ほど一緒に暮らし、自分の望むものがあれば常に動き、「待つ」という概念がないほどの人。

「それ嫌なの、じゃあなんで嫌なのやってんの?好きってことなんじゃないの?」とはっきりものを言う人でした。

彼との生活では、私の抜け切れていない我慢癖の真意をはっきりと教えられました。

彼はシェフであり、いつも作った料理をくれます。

「これ食べる?」と聞かれた時、「えっ(なんか一方的に貰うの申し訳ないな)、いや、いいよ」と答えました。

彼は私が本当は食べたいのに我慢して遠慮したと気づき、「食べるか食べないかだけ教えて、俺がただあげたいだけだから」と言ってくれました。

「それじゃあ、悪いけどちょっとだけちょうだい」とあやふやなことを言うと、これまた私の心理に気づき、「量はこっちが決めるから、食べるか食べないかだけ教えて、食べられなかったら残して、俺が残りは食べるから」と言います。

「食べる!」とやっと元気よく我慢しないで伝えられました。

とても些細なシーンだったのですが、彼は私の我慢癖に対して間接的に真意を表してくれました。

「我慢するのは俺のためじゃなく、自分が納得するためだよ」

直接は言われていないのですが、私の我慢は彼にとってはむしろ迷惑であり、料理をあげたいという彼の優しさや配慮を踏み潰していました。

自分の勝手な価値観や思い込みを押し付け、我慢して気を使っているのは相手のためではなく、自分が心地悪くならないため。他者のためだと自らを誤魔化しながら、実際には彼の気持ちを何も配慮していない無知、我、うぬぼれ、高慢。

「相手のことも考えずに自分のためだけに我慢していた」と教えてもらった気がしました。

 

二人目:嫌なら作ればいいと教えてくれた女性

世界中を旅している日本人女性。

同じ場所で仕事して出会い、シェアハウスで一緒に住んだり、会って別れて会って別れてを繰り返す不思議な縁のある人でした。

彼女は自由奔放そのものを象徴する人で、行きたいと思えばどこにでも行きます。

「あれ、そういえば見ないぞ」と思えば、いつの間にか少し離れた川沿いでキャンプしており、裸で川を泳ぎ、洗濯までしています。

彼女は行動力が凄まじく、我慢する状況になると直ぐに移動します。

我慢はしないのですが忍耐力があり、瞑想を毎日行い、過酷な農場業務も猛烈な気合でこなします。

耐える意味を知っており、自分にとって無用な我慢は、自らの創作力で嫌なものにはせず、変化の機会にしてしまいます。

彼女は直ぐに移動し、嫌なことには耐えず、耐えたいことは進んで耐え、自らを変えるために行動します。

そんなさまを見ていると、「嫌なのにどうして私は我慢しているんだ?」「彼女のように自分を変えればいいのになぜ変えない?」と考えるようになっていきました。

はっきりと我慢は恐怖心から逃げて誤魔化すためなんだと自覚でき、自ら行動して変化を作る大切さを学びました。

 

三人目:良いことも悪いことも受け入れて次に進む大切さ

最後はチリ人の大学生男性。

南米の特色や精神性の高さから、良いも悪いも起きたことを現実として受け入れる認識があり、「人は人に迷惑をかけてしまうから、迷惑はかけられるもの」と寛容に物事を受け入れる人でした。

同じ仕事をしていたこともあり、約半年間一緒に住んでおり、彼との時間は本当に何も我慢する必要がないと思える日々でした。

「これをしたい」と思えばただ行動し、行動しない選択肢が綺麗にゼロ、ありません。

台風の日に、「いやぁ、波が荒れ狂って風が気持ちいいね」と言うと、「泳ぐ?」と聞かれ、一緒に泳ぎます。

危うい場面もありましたが、生きていれば生きていることを一緒に笑います。

「我慢=行動しないこと」と理解しており、何もかも自責を持って、「自らが我慢したいからする、行動したくないからしない」とシンプル。

常に変化していく在り方があり、自国で大学に行く学費を作るために大麻を栽培していたら、全て盗難されて大学に行けなくなるも、へこたれず犯人を恨みもせず、やり方を変えて一生懸命に働いて一年後には大学入学します。

一つに留まらずに動き続けていくことは、物事を拒否して留まるのではなく、受け入れて流す大切さがあると教えてくれました。

彼との時間はメリハリがはっきりしており、休む時はマテ茶を飲んで自然を感じ、瞑想する時は瞑想、運動する時は運動、「やりたいことをするかしないかは全て自分次第」と教えてくれるさまがありました。

※我慢しない方法は、【我慢してしまう癖をやめる方法】いつの間にかうぬぼれている?! をご覧ください。

 

我慢しない人は我慢してきた経験がある まとめ

出会った我慢しない人々全員に共通していたのが、過去にさんざん我慢してきたことでした。

我慢してきたこれまでの経験を使わない手はありません。

我慢する人は認識力の自然な育みがあり、我慢しないことができる人だと思います。

認識力は自制心を高め、知性に繫げる基盤であり、自分という存在そのもの、とてつもなく重要な私達人間の知る力。日々たくさん経験して少しずつ、本当に少しずつ育めるものです。

我慢という自己内部を認識し、他者を認識し、自らを孤独の中で納得させる経験は、実に多くの認識力を育める貴重なものです。

我慢経験による認識力は人それぞれに活用方法が違い、フォーカス対象があります。

  • 自分と他者の欲求を含めた認識
  • 自らの真意、誤魔化しのない認識
  • 起きた現実を拒否せずに受け入れる認識
  • 社会のルールや価値観など他の認識
  • 我慢してきた経験によってわかる認識

フォーカス対象は人によって違いますが、共通して「自分」を主体にして物事、他者、自分自身を自覚するための認識です

現実から目を逸らさず、物事の真意を知り、自覚し、自ら決めて行動へ向かう。

そのための材料が我慢の経験。我慢するからこそ我慢しないことができる。そんな考え方です。

せっかくの経験です。我慢しないための行動と変化作りにする一つの考え方となれば幸いです。

それでは、我慢してきた人だからこそ我慢しない人になれるお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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