心理

かわいそうと言う人の心理にエゴ臭プンプン【極端に違う二つのタイプ】

「あの人はご飯も食べるお金がないんだ、かわいそう」

「かわいそう」と言う人には二つの心理があり、それぞれ極端に人間性が違います。

愛とエゴです。

エゴによる「かわいそう」は、周囲に違和感を与え、言われる側は憤りやイライラを感じてしまうことが多いかもしれません。

ここでは、かわいそうと言う人の心理を見ていかれてください。

  • かわいそうと言う人のタイプとは?
  • タイプそれぞれの心理とは?
  • かわいそうと言う人の対処法は?

これらの紐解きにて内情を知っていただき、関わる際の対処を気楽にする内容となっております。

「かわいそう」の意味を明確にして、気持ちを含めて使用する一助となれば幸いです。

かわいそうと言う人のタイプと意味

かわいそうと言う人の二タイプ

「かわいそう」の発言には意思や気持ちが強く含まれ、全く異なる二つのタイプが見られます。

かわいそうと言う人のタイプ
  1. 愛を持って言う
  2. エゴによって言う

両者は共通して同情することでかわいそうと思います。

 

①愛を持ってかわいそうと言うタイプは本当に同情する

一つ目のタイプは本当の意味で同情する人です。

イメージはマザーテレサさんのような人。

同情とは自らを相手の感情に同調させることであり、極端に言うと自分を完全に消して相手に委ねます。

相手の感情に合わせる際には、自らの感情や思考は除外して、相手の認識に近づける努力を要しますので、相手を知り・信じ・認める気持ちを持って、相手の立場や目線になって相手と自分を重ねます。

「実は彼氏と別れたんだ…シュン」と悲しんでいる友人がいたとして、友人がどんな気持ちなのかは友人本人にしかわかりません。

そこで友人の立場や目線で理解できるように、一切の思い込みや決め付けや予測をなくして、相手を尊重して知る認識力を持って寄り添える人は、「かわいそう」と同情できます。

同情とはとても難しいものですので、するしないではなく、できるかできないかの同調行為であり、一切干渉しないで身を委ねる尊重や敬いの愛を意味すると考えられます。

 

②エゴによってかわいそうと言うタイプは同情できない

もう一つのタイプは明確に同情できていない人です。

しかし、本人は「同情している」と思い込むことで、「かわいそう」と言うことを善や正義にする特徴があります。

思い込みによって自己ルールや自己認識に基づいてかわいそうと同情するため、同情とは何かを考えることもなく、自分にとって同情していると思えば同情になります。

我の押し付けであり思い込みであり決め付け行為となってしまい、本人はそう思わないので自分以外の他の認識が限りなくない、または少ないと考えられます。

他の認識がないことに何も問題はないのですが、「かわいそう」と言う自分を作り、同情していると思い込むことで悦に浸かり、フォーカスが同情する相手ではなく己になると、発言に違和感が表れ、言われる側はイライラしてしまいます。

かわいそうと言うことで相手をイライラさせるという、ある種の攻撃になってしまい、本人はそれに気づかないので自己世界の陶酔による盲目状態で踊る、自己満足の極みに他者を利用する状態になりかねません。

 

かわいそうの意味とは

同情できるか否かによってかわいそうの心理が変わります。心理をわかりやすくするためにも、「かわいそう」の意味を先に明確にしていきましょう。

かわいそうには、“可哀想、可哀そう、可愛そう”などの字があります。

かわいそうとは、
:人の同情をさそうようなさま。ふびんなさま。かわゆそう。かあいそう。
※引用 コトバンク

元々は「可愛そう」だったと言われています。

辞書によると、“かわいい”の意味は元々“不憫なさま”だったのですが、同じく“愛らしい”の意味もあり、時代と共に移行して“不憫なさま”が消えていき、表記も“可哀想”に変わり、今に至るそうです。

かわいそうの意味自体は変わっておらず、不憫さによって同情をさそうさまを表します。

かわいそうの意味となる“不憫”とは、かわいそうなこと、あわれむべきさまのことです。

あわれむには憐れむと哀れむの二文字あります。

  • 憐れむ:気の毒で同情をさそうさま
  • 哀れむ:悲しく哀しいさま

どれも同じような意味ですが、まとめるとこのようになります。

かわいそうとは同情を誘うさまであり、悲しく気の毒に思えるさま。

あわれむの意味が二つあることで、かわいそうの意味は同情する悲しみを感じるの二つになると考えられます。

 

「かわいそう」の真意は愛

かわいそうと言う、思う、感じる際には同情がキーワードになります。

同情とは、他者の気持ち、心情や感情や状態を自分のことのように思い感じ、「かわいそうだ」とあわれんだり思いやること。

相手に同情するためには相手のことを知らなければなりません。

認識力によって自分を知るのを初めに、他者を知る力を育み、自我を押し付ける状態がなくなり自意識を手放し、相手も自分のように大切に敬えるようになります。

同情と似たニュアンスに共感があります。

共感は自分を持った上で相手に寄り添うので相手に飲み込まれれず、自分の気持ちや意見を持った上で相手を考えます。

相手の気持ちに飲み込まれないため、「この人かわいそう」とあわれむことはありません。

共感は自己認識を高めることでできますが、同情とはとにかく難しいもので、同情しているかどうかは同情される側が直ぐにわかるため、多くの場合はこのように感じさせると思います。

「同情するなら金をくれ!」

「同情できないなら無用な干渉をしてくるな」という意味にも捉えられる有名な言葉です。

 

同情できればかわいそうと思える

相手の心情は相手にしかわからないので、あくまで近づく、または寄り添うという形になります。

それをしたいと思う人は、本当に相手を大切にしている証拠です。

自分をなくす行為には相手を思いやる気持ちがあり、とても強い意志が存在します。

それが愛です。

「かわいそう」と思い同情する人は愛のある人であり、本当に素敵な人です。

インドでしつこく物乞いする人にお金をあげて追い払うのではなく、自分が悲しい気持ちになるのを晴らすためにお金をあげて納得するのでもなく、心からその人を想い、何ができるか。

他者を完全なる主観にして、他者の喜びが自分の喜びとなる慈しみを持ち、愛を持って敬う動機がかわいそうです。

 

かわいそうと言う人の心理

かわいそうと言う人の心理:愛がある人

愛を持つ人の心理はとてもシンプルな特徴があります。

かわいそうだと思う対象を第一に考え、実際に相手に寄り添う行動をします。

行動するか否かで、かわいそうのタイプは明確にわかると考えられます。

相手に寄り添うことができる人ですので、自我の押し付けなど「自分」を持って関わらず、とにかく相手第一で、他者の認識に近づきます。

この状態に自意識はありません。

「私は私」と思っていない状態であり、自と他の区分けがなくなります。

相手を知ろうとすればするほどに自我が表れて、自分の見方、捉え方、認知方法になります。

愛を持ってかわいそうと言える人は、自分を消します。

エゴがない人はこれができます。

エゴがあると、かわいそうの意味が完全に消えます。

 

かわいそうと言う人の心理:エゴ

同情できない人は、「かわいそう」と言う自分にフォーカスします。

かわいそうとは真逆の状態で、完全なる自我の象徴である我です。

同情できないと同時に、初めから同情する気がない場合もあり、「かわいそう」という言葉や相手を利用する心理がいくつか見られます。

かわいそうの利用方法
  1. かわいそうと相手を捉える
    …相手の状況を理解しやすくするため
  2. かわいそうと言う
    …自分を肯定し承認を求める利益追従
  3. かわいそうと自分を正当化する
    …他者に過去の自分を投影する

詳細を見ていきましょう。

 

①かわいそうと相手を捉える心理

言葉として使用し、気持ちが入っていないかわいそうです。

相手の悲しみなどの状態を認識するための方法とします。

猛ダッシュで電車へ。
おりゃああああ!プシュー、ガッタン。
はい、乗れませんでした。

ガタンガタンと走り去る車内で一言、「あ~あ、あの人かわいそう」

「はい、あの人はダッシュして頑張ったけど報われず、悲しい気持ちでしょうね」と相手を自分なりに理解するための認識方法として使用します。

愛やあわれみの気持ちはなく、自分を知るための方法であり遊びです。

また、相手の状態を把握して自らの立ち位置や価値を高める人もおり、かわいそうと言う対象を下にする、または自らを上にして優越する心理です。

東南アジアに行くと急に自信満々で誇らしくなる人のように、無意識に自分を上にすることで悦に浸る利益を得るイメージです。

 

②かわいそうと言う心理

『誰かに聞こえるように』が絶対条件となる心理は、声や表情など外観の見栄えを重要視します。

同情している、あわれんでいるように見える外観を利用する思考があります。

「他者からどう思われるか?」がメインの目的となる心理。他者の悲しみやあわれむ状態を利用して自らの肯定や承認欲求を得ようとします。

かわいそうと言う心理の特徴は何もしないけど、何もしないように見せないことです。

正論や社会性の常識などをかざして何か言い、顔をしわくちゃにしたり、声をあげたり。誰かに「かわいそう」と言っている自分を知ってもらうことに目的があり、自分の存在を見出す狙いがあると考えられます。

「かわいそうと思っているこの人、素敵、優しい、思いやりがある」など、評価や判断を周囲にされることを望みます。

 

③かわいそうと自分を正当化する心理

かわいそうと言ったり思うことで自分を正当化する目的があり、自分を正当化する動機となる傷があると考えられる心理です。

子供の時、周囲に褒められず、認められず、否定されることが多くあると、自分をあわれむ記憶が根深く残ります。

誰かを助けようとして助けられなかった過去の自分、何もできなかった過去の記憶も同様に自分をあわれむ記憶です。

自分のことを認めてあげられない記憶が滞りとして傷になり、かわいそうだと思える他者の状態や状況を見た際、自分を投影する癖がつきます。

まるで自分を見ているようになり、無意識に仲間意識を持ち、親近感からの同情(愛ではない)をします。

または、誰かを助けようとして助けられなかった自分を投影して、当時の自分にフォーカスします。

「かわいそう」と言うことで他者をあわれむのではなく、初めから最後まで投影した自分をあわれみます。

かわいそうに思える人を見つけると(特に自分の過去と似ている状況であればあるほど)、かわいそうと言わずにいられなくなります。

発言することで自分を撫でてあやします。

かわいそうと言うのは過去の自分を否定しないための対処であり、「自分は正しい、間違っていない」と思い込むことで、過去の認められず否定された自分を守ろうとする心理が考えられます。

否定され続けた過去を認めず、そんな自分を今の自分が否定しないようにする対処として、「かわいそう」を利用する、本人にとっては大切な自己対処です。

 

①②③の共通がエゴ

愛のある人とは違うこれらの心理には共通して、エゴがあります。

エゴとは多くの人が持つもので、成長するためには欠かせない意識。自分のことを他によって見出そうとします。

このエゴが強いと他者を利用して自分の利益を得ようとし、さらに強くなると利用している自覚をしないように自らの認識を誤魔化します。

自らの認識を誤魔化して利益を得るとは、安心を貰って恐怖をなくす両方取りを意味し、この方法となるのが、「かわいそう」と言う心理です。

愛とエゴによってかわいそうの意味と中身が極端に変わり、どちらなのかによって人の内側である心理が表れます。

※かわいそうと言う心理と同じ口だけの詳細は、【行動しない口達者】口だけの人の心理と見分け方│職場での対処法 をどうぞ。

 

かわいそうと言う人の対処

他者に介入するわけでもなく、実際に行動するわけでもないので、他者に迷惑をかけなければ自己満足で終わる心理状態です。

しかし、周囲が聞いていないから、「ねぇねぇ、かわいそうだよね、ね、ね」と迫ってきたり、「かわいそうだね」と言ったことへの反応を気にかけ、押し付けるように無言の強要をしてくるようでは迷惑になってしまいます。

常に他者の目を気にしたり、評価や判断を気にして比較や差を作り、他者の存在にて自分を認めようとしますので、マウントや承認欲求が強くなる人もいれば、「かわいそう」に賛同しない人を卑下して自らを優越や正当化させる強引な方法に走る人もいます。

このような人の同情の意味は異形を極め、さらに自覚がないため、かわいそうと言うことに違和感や嫌悪を感じることがあります。

かわいそうと言われることで嫌な思いを感じる時は、エゴの押し付けをされている意味であり、自らの欲求を満たして蜜を吸うために人を利用していると思ってください。

この場合には離れなければなりません。

「かわいそう」と言っただけで離れることは心もとないと思うかもしれませんが、エゴの押し付けは違和感や嫌悪を作る塊のようなものです。

離れる動機を見出すためにも、心理の理解があると離れやすくなると思います。

 

かわいそうと言う人を見守る目線

かわいそうと言う人には見守る目線が大切になります。

かわいそうだと言って自分を正当化することは本人の傷の守り方であり生きる術です。

かわいそうと言う人のエゴを理解して、より俯瞰した目線で相手を思いやることで、「かわいそうと言ってくる人はかわいそうだ」と敬う気持ちで思えます。

優しく見守るためにも距離を取ることが大切でして、自分のためにも相手のためにもなる対処です。

相手の意向に沿わせて過去の傷を癒せるように、誘導や援助してあげるのも大切になります。

しかし、本人の問題なので押し付けや決め付けはせず、相手が欲すればカウンセリングやセラピーなどにて過去の傷を癒し、拒否し続けている事実と直面して恐怖から逃げ続ける日々に終止符を打ち、より自分らしく生きる時間を手助けできるかもしれません。

そんな俯瞰的な目線は対処にお役立ちできると思います。

※かわいそうに含まれる愛とエゴの話は、愛とエゴを知る│無償の愛以上に大切な人との関わりにある敬い をご覧ください。

愛とエゴを知る│無償の愛以上に大切な人との関わりにある敬い愛とエゴは二つで一つです。 その一つが分かれることで、まるで正反対の関係性を持ちます。 そんな愛とエゴを知ると、世の中にはあ...

 

かわいそうと言う人の心理 まとめ

表現することで人間味を表す、そんな言葉が「かわいそう」だと思います。

不憫なさまを見ると、人それぞれに次への繋がりが違います。

人によっては、馬鹿にします。
人によっては、悲しみます。
人によっては、笑います。
人によっては、愛を与えます。

愛をエゴに変えることで、相手のためのかわいそうは自分のためになり、過去の自分のためにもなります。

かわいそうはあらゆる自分を教え、他者の人間性や在り方を表現します。

かわいそうと言われて嫌な気持ちになれば、かわいそうと言ってくる人の問題ですので何も気にすることはありません。

その際には、ここでの内容にて相手をより理解して、俯瞰して関わることが大切です。

かわいそうの意味や言う人の理解が深まると、同情の難しさがわかり、共感に向かう気づきにもなります。

私達人間は誰しも未熟ですので、同情できるまでには程遠い距離があり、まずは自分を自分で認め、自己認識を高めて共感する大切さがあると思います。

共感の先に待っているのが同情であり、同情は自分を消すために必要有無は人それぞれに分かれますので、同情の意味を明確にして共感へのフォーカスを強めると、エゴをなくして他者と調和・共有する形が加速されます。

そんな理解の気づきやきっかけに繋がる心理理解となれば幸いです。

それでは、かわいそうと言う人の心理のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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