『DNAシフトセラピスト養成講座』
・セラピストになりたい方・自己理解を本格的に始めたい方
・専門的に人を癒し、サポートしたい方
著名な心理セラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生プロデュース。
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※本気で人生を変える方専用。
あの人は笑顔が多く、周囲に人が多い。
みんなどう思っているのか、身近な人ほどわかっていることがある。
「心を開いていない」
人懐っこく、人といるのも好き、友達は多いにもかかわらず、心を開いていない。
現代、自分を主人公とみなしていい解放が憲法と共に広がる中、だからこその作用として心を開くことが難しくなっている現実がありそうです。
ここでは、友達は多いのに心を開かない人の内情を紐解き、才能と改善できる点を探求します。
- 友達は多いのに心を開かない内情を知りたい
- どういうメンタルと意識状態なのか考えたい
人との関わりにおける強味や才能をより活かすために、自己理解を深める一つの考え方となれば幸いです。
意識に潜む“ある行為”の解放を始めましょう。
Youtubeもありますのでぜひご覧ください。
Contents
友達は多いのに心を開かない人の特徴
友達は多いのに心を開かない人の特徴16選
1,すぐ仲良くなる
堅苦しさや重さのない気楽なさま。
「その話し方面白いね、はは」
「なんか困ったら連絡してよ」
「今度家に遊びに行くよ、うちにも来てよ」
寛容的で受け入れてくれる雰囲気に、物事を縛らない解放感があり、関わる他者はとても気さくに話せます。
2、ノリがいい
ルールや常識に従う生真面目なタイプではなく、おちゃらけて面白おかしくふざけたい、笑うことを好む陽気な人です。
特徴的なのは、“ノリ”がいい。
「今日、カラオケ行かない?」
「モチ!」
嫌々を取り繕っているのではなく、社交場やみんなで集まる場を好みます。
やんちゃな一面もあり、面白いことを好み、おふざけもします。
ゴミ箱に入れる時はバスケや野球投げでテイッ、あ、外れた。
なんでもかんでもノリがいい訳ではありませんが、誘われた時に「え、メンド」からスタートではなく、「お、いいね」から行くか行かないか考える、そんな起点のポジティブさが特徴的です。
3,適応型の人懐っこさ
人懐っこい特徴です。
同時に、その場の空気や雰囲気に合わせる適応力があります。
あるグループでは、「パーティーいえーい!」
あるグループでは、「そうだね、その理論だとカメムシの甲羅の模様はアート以上の暗示があるということだね」
合わせるのが上手であり、「それいいね」「そっちでもいいよ」「あなたの好きな方でいいよ」と相手の選んだ方に適応したり、意見がコロコロ変わると思われることもあります。
適応型の人懐っこさは総じて、相槌や聞いている様相が目立つため、聞き上手だと思われやすいです。
4,人前と一人の時はまるで別人
人前と、一人の時は性格がまるで変わり、人前ではポジティブ、一人ではネガティブ。
陽性質がコロッと陰性質に変わり、明るさは冷たさに、興味は無関心に、好奇は漆黒に、コロッケは冷たくても何にも思わない。
そして、それを人前では出しません。
※出すのは距離感が近い人に限る
5,周りが気になる
外側で起きていることに敏感、人によっては過敏。内側で起きていることは鈍感。
周囲からどう見られて思われているか、周りからの体裁や評価を気にし、自らの見栄えや外観を気にします。
一方、内側のことには鈍感になりやすく、物忘れが多く、嫌なことも良いことも味わった後にケロッと忘れていたりします。
6、突然一人になりたい気分
基本的に社交的で外交的、人との関わりやワイワイするのが好きです。
が、突然何の前触れもなく一人になりたくなり、落ち込む時は隕石が落ちるくらい絶望的にガクンと落ちます。
突然黙りこくり、誰もいない所へ行きます。
思いっきり“陰”を味わう気分。
「ここは人類のいない世界の未開洞窟か?!」と思えるほどの暗い雰囲気を出して、悲しさではなく虚しさを漂わせます。
普段はおちゃらけてふざけたりするので、大きなギャップとなります。
生育家庭や環境で陰(ネガティブ)をたくさん吸収せざるを得なかった、そんな過去があったりします。
7,他人に興味はないが寂しがり屋
集団も一人も好み、誰かと旅行も行けますが一人旅もできるタイプ。
しかし、孤独という独りは嫌い、寂しがり屋です。
人が嫌いな訳ではありませんが、人との関わりにて感じる気持ちや雰囲気などを好み、人そのものへの興味関心は薄いです。
人によっては寂しいが故に人と関わる動機があり、いつも一緒にいるけど単独行動が多く、距離感があります。
寂しいのが嫌いであることは、限定的で一時的という条件の元に一人になることを好む前提があります。
8,名誉や誇りを重んじる
自己利益への優先度が高い一方、大判振る舞いする寛容さがあります。
節制するところは節制しますが、使う時は一気に消費する性格があり、気分がよければ大いに気前のよさが表れます。
自分の好きなものをドカンと買うこともありますが、他者に奢る、与える、引き継ぐなど、他者を喜ばせます。
相手側に大きな利益を与えることに満足があり、それによって自分のために働いてもらったり、尊厳や威厳、名誉や誇りを得ることに重きがあります。
アマゾンの森の中で生活していた(いる)インディアンの集団のリーダー特徴と似ています。
9,好きでもないことをする
「それ、なんでやってるの?」と思えることをします。
明らかに理不尽なことをされても働き続けていたり、「どう考えても付き合わない方がいいのでは?」と思える人とも関わり続け、痛い目を見ることがしばしば。
ポジティブな見かけと似ても似つかない思考と行動があり、「なんかの試練?」と周囲は思えますが、本人は違う、「いや、そういうもんよ、これでいいんだ」と納得しています。
我慢ではなく妥協や諦め、ある種の正当化、または自戒だったりします。
10,思い込みが多い
自分の世界(認識)を信じる念が強い特徴です。
自己認識特化であり、他者認識が低くなりやすく、思い込みが多くなります。
※他者認識=他者側の目線や思考で把握する認識
例えば、隣の友人が山の方を見てボーっとしているので、
「あの山キレイだよね」と言ったら、「え、山?私は山じゃなく目の前を飛んでるコバエを見てたんだよ」なんて具合です。
思い込みによって無意識に決め付けることが増え、コミュニケーションの失敗に繋がりやすくなります。
性格が正直で真っ直ぐな人でもあります。
11,変わっていることが好き
独自性を好み、“変わっていること(普通とは違う)”を好みます。
自分らしさになる人もいれば、特別感や万能感を思い込む人もいます。
一般的な人(=普通な人)と区分けして自分を認識している意味でもあり、「変わっているね」と言われることを好む人もいます。
12,自分が好きだけど嫌い
自己愛が強く自分好き、でありながら、自分を嫌います。
基本ベースが自分好きで、嫌いな部分があることを許せない結果、自分が好きだけど許せない状態になります。
これによって二面性は強くなり、自分のことを知りたいのに知りたくない気持ちにもなります。
自分を知りたい気持ちはありながら、他者に知られることは恐れます。
13,行動力、目的達成力がある
思い立ったら吉日、パパッと行動します。
衝動的な一面があり、物事を進める起爆力になります。
目的が明確であるほどゴールに向かってまっしぐら、進む力が強まるため、ブーストスタートと加速パワーの持ち主です。
一方、目的が曖昧だと瞬く間に力がなくなり、アンパンマンが濡れた時のように浮き沈みと気力の上下変動が激しいです。
14,勝負、強弱で見る癖
人や物事は自分を基準に、勝・負、強い・弱いで見る癖があります。
「あの人だったら私の勝ちだ」
「あの人は私より強いな、顔に出てる」
比較して区分ける自己基準があり、それによって話し方や態度が無意識に変わります。
偉そうになるというよりは、自分が勝ちであれば自信にみなぎり、反対の時は自己否定気味になる傾向です。
15,我慢弱いが切り替え上手
我慢や忍耐は苦手です。
一方、認識を変換する術を持っています。
一瞬で別世界に切り替え、嫌なことがあっても翌日にはケロッとしており、鈍感力の活用や切り替えが上手。
“天然”な人に似ており、物事の認識する角度を変えて、見える感じることを一変させられる人です。
メンタルが弱い強いの概念が要らない人であり、認識する世界をパパッと変えていっちょ上がり。
世界の背景をグレーからカラフルオレンジにしちゃえば、「あぁ、ラッキーだったな」と今日も幸せです。
16,飛び級タイプ
あくまでイメージですが、罪や穢れがあっても辛さや恐怖を乗り越えて進歩する以上に、罪を洗い流して一気にパーッと覚醒する。
突然宝くじを当てたり、金の鉱山を見つける、とんでもない功績を上げるなど、常識を超えるタイプ。
いついかなる時に開眼するかわからない、そんな人です。
以上、友達は多いのに心を開かない人の特徴でした。
※似て非なる心を開かない人の特徴は、【人見知りに見えない人見知り】社交的なのに心を開かない人の秘密 をご覧ください。
友達は多いのに心を開かない原因
決定的特徴1選(心を開かない原因)
「強がり」
友達は多いのに心を開かない人は強がりです。
強がりが友達を増やす要因になりながら、心を開かない原因にもなる、という考え方です。
※見栄、ネガティブプライドが強いと同義
「自分が弱い、負け」と思わないための自己防衛意識が強く、否定や批判されることへの恐れが人一倍強くなります。
この恐れが心を開かない自分を意図的に作ります。
心を開こうと思ってした行動なのに、拒否や否定された暁には極端に自らで心をバスッと閉じます。
心を開いて行ったことに対する相手の理解のなさがあると、強い反発にて怒りを露わにします。
例えば、良かれと思って親戚の子にお小遣いを奮発して与えたら。
その子の親は、「いや、こんなに貰っては申し訳ないので受け取れません」
「そしたら余った分はみんなで食事にでも行ってよ」
「いや、本当に受け取れません」
子供のために心を開いた善意だった、しかしこのように否定されると、「もう二度と…クッ」と憤る。
他にも、心配したのに喜ばれなかった、良かれと思って買ってきてあげたのに否定されたなど。
良かれと思った行為を踏みにじられれば誰だって嫌な気持ちになりますが、特出しているのはその際に心を意図的に自ら閉じることです。
他者側の目線が少なく、思い込みにて自分がしていることは善意だと決め込んでいる場合もあり、とにもかくにも強がりによって自分の在り方を貫こうとします。
こういった経験の積み重ねによって心を開くことへの抵抗が増え、その際の痛みが強いと強がりと見栄にて心を守る防衛意識をより強めます。
孤独を嫌う、かつ、根本的な陽寄りの気質があるため、心を開かなくなるからこそ自然と人との関わりを求める外向性や社交性がより発揮され、友達は多くなります。
この結果、友達は多いのに心を開かないさまが確立されていきます。
心を開きたくても開けなくなるジレンマ
心を開きたくても開けなくなるジレンマ、抜け道が見つかりにくくなります。
心を開かないことは自己防衛にて心を守る、メンタルや精神を保護する目的があると思います。
上述の例のように、反発や怒りによって意図的に心を閉じてきた人は、心を他者が開こうとしてくることに強い拒否(恐怖)を感じます。
心を開く場合は必ず自分で開く。
強引に開こうなんて人がいたら、はっきりと拒否感と反発を露わにします。
強がりによって、自分の許可が出ない限り心を開くことがなくなります。
※開くための縛りや条件付けにてより開きにくくなる
こうなると、相手が確実に否定や批判してこない、自分の意思をしっかり汲み取って理解してくれる、これが心を開く第一条件になります。
さらに、相手も心を開いているかどうか。
実際に自分の心を開いても相手は豹変しないかどうか。
さらに、心をまた閉じる懸念なく、継続的に好状態を保持し合える関係性になるかどうか。
いろいろなことを査定して、評価して、判断して、「90点でもまだ、95点ならなんとか」と基準も厳しくなっていきます。
心の受動性。
心を開く勇気がない状態。
相手次第でどうするか。
関わる時にも相手を評価判断する目線があり、自分の中の基準をクリアしているかどうかという見方になります。
それを自覚すると自分が嫌いになり、許せなくもなり、自己肯定がなく否定が増え、メンタルや精神が弱まってしまうことも起きます。
強がりとはエゴの比較意識を基にした心の鉄壁であるため、エゴが強まりながら心を開けなくなる作用があります。
孤独にならないためにも排他や仲間外れにされることを強く恐れ、人間関係に執着する可能性もあります。
心を閉じる原因:人への期待
この内容に該当する方の特出ポイントが、
「心を開かないのではなく意図的に閉じてきた」
心を閉じる行為は、心を開かないのではなく閉じた状態であるため、精神的に捉えると闇へ向かい、悪の性質を増します。
悪とは弱さです。
この際、人によって道が分かれます。
・怒りによって心を閉じた場合、悪へ向かわずに自分を自制する
・失望や落胆、呆れや無関心によって心を閉じた場合、悪へ向かい自制がなくなる
悪へ向かった場合には人間関係の明るさは明確な演技となり、自己利益を得るための取り繕い、平気で嘘をつくようになり、人を自分のために利用します。
依存や執着し、自己中心性的で、モラハラやDVなどにもなっていきます。
怒りの場合は自己愛に基づいて心を閉じているため、悪へ直行せずに虚しさを抱き、自分のエゴとの戦いが起きます。
戦うことで自己保持し、定期的に虚しさを感じる“落ち”を味わいながら自制を頑張ります。
本来、怒りとはポジティブなエネルギーであり心を開くからこそ抱く感情です。
しかし、「心を開いて相手のためにしたのに…」という裏腹には、相手への期待、人への期待があります。
強い期待があるからこそ心を閉じる意図を生みます。
そこで悪へ向かう道を選ばずに頑張った人は、落ちと虚無を味わいながら進み、心を開かなくなっていきます。
何も考えず欲望に身を任せれば私たち人間は自然と悪へ向かいます。
その場合、心を開かず人を利用する自己中心になり、なんでもかんでも貰うばかりなど努力と責任のなさが特徴的になります。
後者は強がりや期待だけでなく精神性や意識そのもの、経験値の少なさなど心を開かない要因が他にたくさんあるのでこの区分けは明確にします。
※心を開かない人の心理は、【本音を言わない男と女】本心を表さない心理に意味と目的がある をご覧ください。
改善ポイント:強がりをやめる
強がりは、「心が傷つく」という不安と恐怖を回避し、自分を強い者として見積もれます。
心のケアを徹底する必要があったからこそ、使用してきたものだと思います。
しかし、エゴを増やして心を開きたくても開けないジレンマを作り、根本的に恐怖心を理解し、受け入れることから遠ざかっていきます。
心を開く必要はありませんし、人それぞれです。
ここで着目したいのは、心を開くかどうかではなく、“強がり”の弊害の多さです。
正直で真っ直ぐな性格がありながら、素直さから遠ざかっていくのが強がり。
本音や真意を言えなくなり、自己世界に入り込ませるのが強がり。
強さ(優しさ)から、遠ざかっていくのが強がりです。
何より変化が必要であったり、改善したい点があっても認めにくくなるため、強がりは私たち人間に不変をもたらすエゴです。
強がりは怖いからします。
怖いと思いたくない、認めたくないからします。
恐い気持ちを味わいたくない、誤魔化したいからします。
強がりをやめる、利点はたくさんあります。
- エゴが手放される
- 素直さが増えていく
- 自分を知ることができる
※思い込みではなくなる意 - 本当にやりたいことが見つかる
- 突然“落ちる”ことがなくなっていく
- メンタルの上下変動が緩和され、穏やかになる
- 思い込みと決め付けが減り、他者認識を養える
- 自分の弱さと直面でき、本当の意味で強くなれる
- 真意がわかり、心を開きたい相手か否かがわかる
- 心を開きたい時に開くことができる
強がりはやめられます。
注意点:期待をやめるのではなく、強がりをやめる
改善する際に強がりをやめるのではなく期待をやめると、他者に無関心になる可能性があります。
期待しないとは精神の育みと理解によって少しずつもたらされるものであるため、突然できるものではありません。
すると、いざ期待しないようにすると無関心になりやすいです。
「もう人に期待するのや~めた」と思ったら、その人に興味なくなった、なんて具合です。
上述でお伝えしたように、失望や落胆、呆れや無関心によって心を閉じた場合、悪へ向かい自制がなくなります。
悪化の道。
期待しないことは大切ですが、精神的成長と共に育むもの。
無関心は今後関わらない、縁を切る際には必要ですが、見極めて使い分けなければ自制がなくなり自己中になっていく。
お伝えしたいのは、強がりをやめることです。
その後に期待をやめるフェーズが現れます。
※心を開くための作戦は、「特定の人にしか心を開けない」を「開かない」に変える精神作戦 をご覧ください。
最後に:友達は多いのに心を開かない人
友達は多いのに心を開かない人の意識は根本的に“陽(ポジティブ)寄り”です。
しかし、生育後の後天的環境に“陰(ネガティブ)”をたくさん吸収する家庭や環境があったと考えられます。
すると、陽の上から陰を被せるように気質が構造され、自分の中で強引にネガティブ性を持とうとする気性ができます。
その際、ネガティブに負けんと自己内部でエゴとの戦いが起き、頑張る人ほど強がりを使って何とか凌ごうとします。
強がりは自分と戦えば戦うほど強固になります、それが負けないために役立っているからです。
陽気質が自分と戦うと、『強がり』になり。
陰気質が自分と戦うと、『我慢』になる。
ここでお伝えしているのは陽気質が根本にある人です。
「人懐っこさ」や「ノリのよさ」は大きな特徴ですので、ご自身を照らし合わせる際の材料にされてみてください。
自分との戦いに終止符を打てるのは、本人だけです。
そんな考え方、自己理解を深める一つのご参考になれば幸いです。
ありがとうございました。
『心理とスピリチュアルの学び場』
誰しもに人生を変える機会と選択があると信じています。著名な心理セラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生プロデュース。
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※これは長期的に本気で変わりたい方専用です。