心理

他人の心配ばかりする人の心理と演技│心配なんてできない真実

他人の心配をする行為は、人をおもい気にかける優しさのように見えますが、本質的な中身には全く違う意味があります。

人を心配する気持ちにある、優しさの対象はこの世で一人のみです。

他人の心配をするのはどうしてか?
心配されるのはどうして?

心配する気持ちには優しさと同時に、人の私物化と押し付けのエゴが存在します。

他人の心配ができないことは正常です、普通です、一般的です。

人の心配をする本当の気持ちと、心配ばかりする人の特徴と心理を知ることで、他人の心配ができないことに違和感がある場合の解消に役立ち、周囲から心配をされる場合の対処を作ることができます。

心配とは平和的で、攻撃的で、人間的で、虫的です。

「心配の対象は一人、それ以外に心配する必要はありません」という内容を見ていきましょう。

他人の心配ができない

心配とは

他人の心配ができる人などこの世には存在しません。

もし他人の心配をしている人がいれば、それは心配をしているように見せたり、思い込んで満足している人ですので、趣味とか遊びの話です。

そんな事実は、“心配”の意味を知ることで判明します。

心配とは

物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、そのさま。気がかり。「親に心配をかける」「将来を心配する」「心配な天気」
気にかけてめんどうをみること。世話をすること。「近くに住む娘が食事の心配をしてくれる」

※コトバンク 心配 引用

心配とは、物事や人などを気にかけ、その対象に役立つように行動したり、心を配ることです。

 

心配とは優しさの心配り

対象となる物事や人をおもう気持ちや行動にあるのは、優しさです。

字の如く、〔心〕〔配る〕〔心配り〕のことです。

心配りとは、対象をおもい気にかける優しさです。

心配の意味は、心配りをする対象である、[物事や人に優しさを提供する動機]が最も重要なポイントです。

その動機とは、心配りをする前の“気にかける”にあります。

気にかける行為をするきっかけとなるのは、対象となる物事や人に起きる未来(結果)に対する不安です。

  • ペットの猫が人間っぽくなってきて、自分のベッドを占領されるのではないかと不安なので、心配します。
  • 家がボロボロ過ぎて、次に雨が降った時に屋根が落ちてきそうで不安なので、心配します。

不安を抱くことで、先行きや結果を気にして心を悩ませます。そのため、「不安を解消する」という明確な目的を持つことで、“心配”という行為に及びます。

起きる結果に対する不安があるために、気にかけて心配りをする優しさが心配です。

すると、不安を抱くのは不安を抱く本人の話なので、心配とは“自分のため”ということがわかります。

心配とは : 自分が抱く不安感を解消するために、自分に対して気にかけて心配りをする自分への優しさ
※心配できるのは唯一自分だけ

対象である物事や人に不安感を抱く前提があり、不安感を抱いているのは自分であり、心配をするのも自分なので、心配をするのは全て自分を中心にした、自分の自分による自分のための行為。

※優しい人の話は、動物が教える優しい人のスピリチュアル|人を想うと思うの違い をご覧ください。

動物が教える優しい人のスピリチュアル|人を想うと思うの違い優しさを持つ際には演劇が始まる思考舞台と、自分を敬ったスピリチュアルな自己表現があり、人を想うのか、人を思うのかの違いが明確に表れます。...

 

他人の心配ができない

心配とは全て自分のことなので、他者を心配することはできません。

そのため、他人の心配ができないのは当たり前で、他人の心配ができる場合には何かがおかしなことになっています。

何がおかしいのか?

自己満足を自覚していない、奇怪な演劇舞台を披露しています。

自分のための行為であるにも拘わらず、「他人のためだ」「他人のことを想っている」「他人への優しさだ」などと思い込み、事実を捻じ曲げて自分を偽ります。

すると、他人を心配することで自分を見失ってしまいます。

自分の意志や意見がなくなり、自分で自分を認識できなくなり、他人と区別したり比較しなければ自分を見出せなくなります。

すると、「人の心配ができないなんておかしい」「自分の心配ばかりで自分勝手だ」などと他を蔑み自分を持ち上げようとしたり、攻撃性と排他性を持ち、集団意識を強めて自分の存在を見出す努力にひた走ります。

心配の意味から、他人の心配はできません。

できるのは自分の心配です。

 

他人を心配する際は、応援や見守りや信じる行為になる

他人の心配ができないと言っても、あくまで心配の意味に対する“できるできない”なので、他人のために気にかけたり優しさを抱くことはできます。

それは、言葉が“心配”ではなくなりますが、“応援”、“見守る”、“信じる”、“サポート”、“共感”、“協力”などのものです。

例えば、家族の誰かが病気になります。その人を心配することは自分が心地悪い不安感を持っており、それは家族への依存や執着を表します。

「いなくなったらどうしよう」と自分を心配します。

その人をおもい敬うのであれば心配はできないので、心配りの優しさとして看病や応援、協力や見守る行動をします。

心配は不安感を発端にするので、不安感を解消するための目的は心配をする本人のためです。しかし、単純に優しさや他人の不安を解消してあげるための行為であれば、優しさを提供する際の主観が他人になり、他人のための行為になります。

 

他人の心配ができない人の特徴

他人の心配ができない人には、言葉の意味を理解しているかどうかに関わらず、人としての在り方や人間性に特徴があります。

他人の心配ができない人の特徴
  1. 自分に嘘をつけない
  2. 自分を大切にしている
  3. 自分で自分を認識している
  4. 愛を認識している
  5. 他人を敬っている
  6. 自分の喜びは自分で作る意志がある
  7. 依存や執着をしない
  8. 感覚と感性が優れている

他人の心配ができない人は、自分を明確に持ちます。

他人を利用する概念がなく、自分の喜びは自分で作り、人生の責任は自分であり、自分を大切にして、自分に嘘をつきません。

それは、感覚や感性が優れている意味でもあり、自分の感じる感覚や気持ちを認識して、自分のためになるかどうか、受け入れられるかどうかなど、全てを自分として考えて判断して思考します。

そんな特徴が他人に依存や執着をしない在り方を作り、意志を明確にします。

しかし、周囲から排他や否定される経験が積み重なることで、自分を見失うことでの苦しみや辛さが人一倍強くもなります。

※心配は偽善者の特徴になる話は、偽善者の特徴からわかる本当の意味と治す方法|気付かぬ内に偽っている をご覧ください。

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他人の心配ばかりする人の心理

他人の心配ばかりする人の特徴

人の心配をする際は初めに他人か自分か、どちらをおもうかの対象を決めることになります。

他人の心配はできませんが、心配りとして他人のためを思う場合は、対象となる人に対する優しさを持ちます。

人に優しくすることは人を大切に敬い想い、人の利益となるように心配りをしたり行動をすることです。そのため、人が嬉しくなったり楽しくなったり幸せになったりすることを目的にします。

人の利益を目的として献身的に、「他人の喜びが自分の喜びだ」と、博愛や慈愛の無償の愛を持つ人は、他人に心配りの優しさばかりを持つ人になります。

しかし、愛の塊のような人でない場合、演技、嘘、取り繕い、思い込み、誤魔化し、偽善、偽り、私物化、強欲、自己喪失、エゴ、恐怖の対処、不安の塊と、よりどりみどりです。

そんな人の特徴をご覧ください。

他人の心配ばかりをする人の特徴
  1. 自分がない
  2. 思い込みと決め付けが激しい
  3. 人を比較して評価・判断をする
  4. 否定・文句・批判・非難が多い
  5. 恐怖と不安を抱えている
  6. 自分で自分を見出せずエゴが強い
  7. 依存と執着をする
  8. 承認欲求が強い
  9. 人を利用して私物化する
  10. 干渉する
  11. 気を使う
  12. 他人の言動が気になる

これらの特徴に共通しているのは、自分を見失い恐怖に苛まれている状態ということです。

そこには、心理的に他人の心配をする理由があります。

※心配する人の持つ不安の正体については、不安を取り除く方法は言語化と創造性|不安の正体に明確な自分がいる をご覧ください。

不安を取り除く方法は言語化と創造性|不安の正体に明確な自分がいる不安と共存する生活は本来の形なのでしょうか? 「何に不安を感じているか?」の答えをピックアップしてみるとわかることが、不安は作られ...

 

他人の心配ばかりする人の心理

恐怖を抱えている状態で生き続けることで、自分を見失う考え方と生き方が作られていきます。

その理由には、自分で自分を見出せない在り方があります。

エゴが強くなり、他人を利用することで自分の存在価値を見出し、存在意義を見失わないようにする考え方と生き方を持ちます。

生きるために他人の存在が必要不可欠となり、自分のためにとにかく利用します。

それは人を恋しく思う寂しさでも、虚しさでも、悲しさでもなく、恐怖をとにかく恐れる在り方です。

その心理状態には愛の欠如があり、嘘偽りにて自分を真正面から見ることを拒む原因として心の傷やトラウマがあり、他人を利用することで自分が生きている意味を見出せるために、他への干渉をやめることができません。

自分のために他人を利用する在り方が根強い
※自分を否定され、存在価値を見失う恐怖に対処する生き方が定着している

 

他人の干渉をやめられない心理

“否定”が恐怖へと直結します。

「否定されている」と思い込む認識が強く、自分ルールをたくさん持ちながら、「これはみんなのルール」「こういうものだ」と正当化して決め付けます。

それらは全て恐怖への対処であり、自分を見出すための自己防衛です。

恐怖を味わわないことが喜びとなる利益の在り方をして、「自分は間違っていない」「この子は私の子、それは私を見出してくれる存在だから」と依存と執着をして、人への干渉にて私物化して離しません。

自分の唾を付けるように、猫のマーキングのように物事を強制・強要し、決め付けて押し付けることで、まるで自分のお人形さんのようにして、自分を見出す遊びの道具とします。

愛の欠如があり、そこには寂しさや自分を知ってほしいと願う思いがありますが、そんな自分を認識することで自分を否定することになるために、そのような自分は遠い過去として記憶を奥底へしまい込み、その後は恐怖に対処することを喜びとして生きていきます。

自分のために生きて、恐怖を味わわないことをモットーにするため、自分を見出すための他人の存在は必要不可欠となる。
他への干渉をして、自分の世界を押し付けて自分色にマーキングすることや、自分なしでは生きられない状態を他人に作ることに必死になる。

もうやめられません。という具合です。

※心配にて悩みになる際は、悩みを解決する方法で正体が見える│紐解くとわかる解決しない案?をご覧ください。

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他人の私物化

自分の意見や考え方を押し付けて他人の心配をすることで、心配は優しさを装う我欲の解消となり、自分のみの利益追従になります。

そこにあるのは、「自分のもの」という独占欲と権利主義です。

他人を心配することで、その人の行動や考えを抑制して縛り付ける場合は、人を私物化しています。

人をもののように捉え、自分が不安や恐怖にならないため、困らないため、悲しまないため、否定されないため、エゴのために人を利用します。

そこにあるエゴは、「私は親だから」「結婚相手だから」「妻だから」「彼氏だから」「家族だから」「血が繋がっているから」「友人だから」「知り合いだから」と理由を付けて、自分の権利を剣として、社会的な観念である作られた常識やルールを盾に堂々と振りかざします。

これらの独占欲や権利を主張する姿にあるのは、恐怖です。

つねに、恐怖に対処しながら人を利用して生きていきます。

※他人の心配の演技が勃発する環境は家族間ですので、家族は他人、全員他人、自分以外他人。そして全員家族。をご覧ください。

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他人の心配ばかりする人 まとめ

以上が、他人の心配ができない意味と、他人の心配ばかりする人についての詳細でした。

おさらいします。

心配とは
  • 起きる結果に対する不安があるために、対象をおもい心配りする優しさ

※心配するには不安を感じる前提があり、その後に優しさである心配りをすることで、応援する、見守る、信じるなどに形を変える。

人の心配の本当の意味
  • 心配できるのは自分のことのみで、他人を心配することはできない

※自分のことに対して不安感を抱き、その不安感を払拭するために自分を大切に敬い想い、心配りである優しさを自分のために与えることができる。

心配とは、先行きに不安を感じる自分のみが対象となる自分のための心配りであり、自分を大切に敬い想う優しさの気持ちです。

そのため、他人を心配することはできません。しかし、別の形として優しさの心配りをすることで、“他人のため”に気持ちを抱き、行為をすることができます。

心配によって、自分自身に喜びや幸せなどの利益をもたらします。
同時に、心配を利用することでエゴとなり、自分を押し付けて不安や恐怖の対処に使い、依存や執着や私物化にて干渉します。

どのように認識するかによって、相反する人間性や在り方を作るのが、『人の心配』です。

一方でエゴとなり、恐怖への対処となりますが、もう一方で優しさや愛となり、強さや覚悟にもなります。

人から心配されることに違和感を感じている場合、それは人から私物化されているかもしれません。

私物化をする人間は悪とは限りません。過去の記憶や経験にて構築された人間性と在り方ですので、悪意なく無自覚の行為となる人もいます。

ですが、無邪気なヘドロのようなものですので、燃やしてジュッと浄化されてください。

人の心配の本当の意味を知り、違和感や不調和の解消に繋がることを願います。

それでは、他人の心配はできない意味と、他人の心配ばかりする人の話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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