生き方

根拠のない自信があるのはなぜ?根拠があったら自信ではない魂の意志

「何だか知らないけど大丈夫だと思う」「失敗する感じがしない」

根拠のない自信とは自信なのでしょうか?

自分を信じる意味である自信は、根拠によってもたらされるのか否か、わかりにくいものです。

根拠のない自信とは何なのかを紐解くと、自信の核となる大切な理解が判明します。

ここでは、根拠のない自信とは何なのかの考え方をお伝えします。

  • 根拠のない自信とは?
  • 根拠のない自信を持つ人とはどんな人?
  • スピリチュアルな理解とは?

紐解きをしていくと精神的な理解が表れるため、スピリチュアルを一部含めて、これらの疑問の詳細を知っていただく内容となっております。

自信に含まれる意味深な信仰。自らを信じる意味を知る一助となれば幸いです。

根拠のない自信、根拠のある自信

根拠のない自信とは

自信の意味は、自らの価値や能力を信じ、信頼することと定義されています。

自信がない場合、自分を信じずに疑うというものです。

自信があるかないかを考えると、自信がある場合にはあるもないもないかもしれません。

自分を信じている意味ですので、「私は私を信じているよ」とわざわざ認識せずとも信じているのが当たり前で、「私を信じる?…どういうこと、当たり前でしょ」と。

「自信がある」と認識する場合には、自分を信じられない何かがあり、状態や状況によって自信があったりなかったりと変動します。

自信がなくなる(自分を信じられなくなる)原因として考えられるのが、恐怖です。

 

恐怖があると自信がなくなり、自信を持とうと思える

自信があるもないも持っているのが当たり前であれば、自信を持とうと思うことすらありません。

恐怖によって自分を信じられなかったり、価値や能力を疑う原因となって自信がなくなり、「自信がない」と自覚することも、「自信を持とう」と思うこともできる状態になります。

自らを信じずに疑う原因となる恐怖とは、危険や苦痛や拒否したくなるさまを意味し、何かに失敗したり、誰かに負けたり、否定されたりと、知りたくない、認めたくない、味わいたくないものです。

自信とは恐怖を抱えていなければ作り出せない概念で、「自信がない」と思う前提がなければ存在すらしないと考えられます。

自信がなくなる理由を解消すれば、自信は後にも先にも認識できないというものです。

 

根拠のない自信とは自信がない状態を知った上での「当たり前」

自分を信じられない状態がない時、根拠のない自信を抱く時となります。

朝起きました。
「よし、9:00には朝ごはんにしよう」

これが根拠のない自信です。

「もしかしたら、8:55に裏の森からダチョウがやってきて、朝食用の卵をかっさらっていくかもしれない」となれば、電流ピカチュウ線をにわとり小屋の周りにガンガン巻いて、スイッチオン。

「はっはっは、これで9:00には朝ごはんが食べられるぞ」となります。これが根拠のある自信です。

恐怖を認識しなければ、自信があるかどうかを自覚することもなく、根拠のない自信を持った在り方が自然と表れます。

しかし、何かしら恐怖にて疑心があると、自信をあえて持とうとする在り方や行動になり、根拠のある自信を持とうとします。

根拠のない自信とは何も考えてない訳ではなく、恐怖を知らない訳でもなく、「ダチョウにやられるかもしれない」と認識する上で、「あぁ、まぁ大丈夫っしょ」というもので、恐怖を知った上で認めて受け入れている状態を表します。

根拠のない自信とは、恐怖を抱えて自信がない状態を経て、当たり前にできると認識している領域に入ることで持つ在り方です。

 

根拠のある自信とは

根拠とは理由であり証拠。証拠があると安心します。

「約束って言ったじゃない、今日は一緒にハイキングって話だったじゃないか!」「もう知らない、あんたのせいだ!」と言えれば、自分に責任は一切ないと思えます。

あとは待ちです。相手や周囲の人次第ですので、安泰という安心があり恐怖のないさまがあります。

安心や恐怖対処ができる恩恵があるため、自信がない時には根拠のある自信があればあるほど、「自分を信じられるはずだ」という確約に役立ちます。

根拠のある自信とは、恐怖を認められずに拒否する状態の時、自分を信じていると自らが認めやすい方法になります。

捉え方を変えると、自分を嫌いにならないための方法です。

 

自信を作る際には根拠が必要

根拠は証拠となり、失敗など自分を受け入れられない恐怖があっても対処が容易になります。

「あれは私のせいじゃないんだよ、だって相手は私のことを好きだったんだ、結婚を断られるなんて何か理由があるんだよ、私が嫌われたんじゃない」

根拠を基に誤魔化します。事実を受け入れられない自分を正当化できます。

自信を作る際には、根拠を抱くことで自分を信じていると認めやすくなり、恐怖という認め難い拒否をなくす二重対策となります。

 

根拠のある自信は自分を信じるためではなく、恐怖をなくすため

根拠によって自分を信じやすくする方法となりますが、あえて自信を作り、根拠という確約を得るさまは、実際に自分を信じるためではなく、恐怖をなくすためだと考えられます。

恐怖を認めずに「嫌だ嫌だ」と言っていると、自分を信じていない事実すら認めなくなり、そんな自分を直視しないように根拠だなんだとなります。

根拠も何も自分を信じる対象も主観も自分しかいませんので、約束や確約というのは自分以外の他を自らを信じるために介入させます。

「ダチョウが来ても電気ビリビリで卵は取られないぞ」という根拠は、電気装置や電線配置の知識有無、または商品販売会社に責任を置く在り方となり、何か認め難いことが起きても、「仕方ない」と自らを信じていないことを直視せずに済む方法となります。

恐怖とはとにかく嫌なものですので拒否したくなりますが、恐怖がある自分を拒否するか認めるかにて根拠を要するか否かが変わり、拒否する場合には根拠のある自信を作り、恐怖を味わっていないと思い込む方法になります。

 

根拠のない自信を持つ人の特徴

根拠のない自信は突然出てくるわけではなく、必ず理由があります。そんな人には特徴があります。

1,意志が強い

自らを喜ばせる気持ちや覚悟があり、喜びへ向かう動力を持ち、行動力がある特徴です。

 

2,信念や生きる上での強い糧がある

一本核として絶対に曲げない強い想いがあります。

生きる理由や意味が自分の中であり、生きている間の時間を自分らしく生きるために使用し、妥協しません。

 

3,失敗や学びなど経験値が高い

自信がなくなる経験が多く、たくさんの失敗や恐怖を認められない過去から学びを得て来た人です。

嫌なことを見たくないと封印せず、経験を無駄にせずに自らの力にしてしまいます。

 

4,自信家ではなく楽観的

根拠のない自信を持つ人は無自覚で自信があるので、「私は自信がある」とは認識しません。

「なんとなくだけどできる気がする」という気楽なノリで、物事を楽観的に捉えます。

 

5,自尊がある

自らを尊重し、心を持って物事を認識します。

思考以上に感性や心を主体にし、理屈以上に今何を感じて、何をしたいかを主体にします。

他の情報以上に自らの経験や意思を尊重し、他者への干渉や比較にて自尊をプライドや自惚れにしない特徴です。

 

6,物事に依存と執着しない

主体的に自らが主観の意識が明確です。

他や物事を引きずらず、いつまでも執着せず、依存はもってのほかです。

他への興味や執着以上に、自らが自らを喜ばすことに興味があります。

 

7,個性が強い

自らの世界観があり、生き方があり、在り方を尊重するため、変人に思われることもあります。

個への意識をあえて強めている訳ではないので自己主張せず、自らが主体で主観が当たり前の認識であるために、個性が強いと周囲に思われる特徴です。

 

8,美しい(凛々しい)

顔や肉体造形のルール適合評価ではなく、人間として凛々しい美しさが醸し出されている特徴です。

人間性によって表れるにおいのような、オーラのような雰囲気があり、見ていたい、関わりたいと思わせる人です。

以上が、根拠のない自信を持つ人の特徴でした。

 

根拠のない人は子供のような人

一つ大きな特徴がありますので、別でお伝えします。

「子供の頃とそんなに変わってないかも」と思える人です。

大人になっても子供のようで、自分を敬い、喜びを尊重し、自分の意志を持って生きています。

「何だかわからないけど行ける気がする」みたいな発言をすると、世の中の攻撃的な人に排他ターゲットされ、根拠のない自信を持つ人は時に嫌われやすい特徴もあります。

楽観的で物事をあまり考えていないように見えるので、努力をしていない能天気で、経験値が低いと思われます。

実際には物事をたくさん考える過去の経験や失敗などの学びがある人であり、そのさまが表れない人です。

明確に自分を持ち、自分を見失う経験をしても意志を貫く決意があり、「これだけは絶対に曲げない」という信念を持つ強い人が、「ははぁ、何だか今日は当たる気がするー」と馬券場に向かいます。

※自信過剰の心理は、【自信過剰な人はハマり中】うざいと思える大切さと過剰心理 をご覧ください。

 

根拠のない自信のスピリチュアル

ここからはスピリチュアルな精神を含めた紐解きをご覧ください。

根拠のない自信のスピリチュアルは意志

自分を信じるとは、自分をそのままに存在させることを意味します。

自分に疑いも違和感もなく、信じたいけど信じられないという拒否や受け入れない状態がないと、自分として生きる抵抗がなく、恐怖があっても抵抗にしません。

自分を信じて抵抗がない状態は、捉え方を変えると緊張感がなくヘラヘラしています。

根拠があれば周囲にも理由や証拠という恐怖回避の確約になり、他者からの評価や反応を対処する方法にもなります。

根拠のない自信とは自らにとってのものであり、自らが自らにフィットした状態であり、「意志」というものが大きく関わります。

 

魂と繋がった時に根拠のない自信の在り方になる

意志は自信の源となり、自分を信じるも信じないもない、信じているのが当たり前である自尊を意味します。

意志には自分のことを自分で喜ばす気持ちがあり、必ず覚悟が伴います。

恐怖があっても受け入れるさまには覚悟があり、思考して行動して自らを喜ばせようとする動力になり、自尊の表れとなります。

自尊とは心を意味し、自らに抵抗がなくなった時、心は魂と繋がります。

いろいろと連動しますが、要約すると意志とは魂と繋がる動力を見出す気持ちであり覚悟自分のことを自分で喜ばす力です。

意志の強さは自らを受け入れる意味であり、喜びでも恐怖でも受け入れようとし、自らに抵抗を作らない在り方です。

意志の強さによって魂と繋がり、「根拠はないけど自分を信じている、当たり前でしょ」と、このように自覚はしませんがこういった状態となります。

 

魂状態に自信がない状態を加えると自信が表れる

受け入れるのが当たり前になると、赤ん坊のように恐怖をそのままに表現して、「怖いもんは怖いんだ」と自信満々です。

実際には自信があるもないもなく、自分を自分で認識しているので自信100%が標準状態になります。

そこにベタベタ塗っていくのが粘土とヘドロ、時にあんこにきな粉。別名恐怖です。

自分を自分で認識しなくなり、自分らしさを表現することに抵抗を作ります。

恐怖があるので自信がなくなり、より確約のある安心ありと恐怖なしを得るために、根拠のある自信を作ろうとします。

そこで自分に集中して他を含めず、自らが自らを喜ばす意志を持つと、恐怖への対処ではなく自分らしさを表現する在り方と共に、根拠のない自信を自覚します。

  • 「お金ないけど、何となく生きられるような気がする」
  • 「今は成功していないけど、その内に日の目を見る気がする」
  • 「ヘロヘロで臆病者だけど、一人でできる気がする」

 

根拠のある自信を作ろうとする自分がいるから、根拠のない自信の存在がわかる

根拠のない自信とは抵抗のない在り方なので、自覚が困難です。

自覚できるのが上述のような、「なんとなくだけどブラブラブラ」という状態です。

根拠のある自信を作ろうとする自分(ネガティブな恐怖を認められない状態)を捉えて、それを受け入れようとした瞬間に、魂と繋がって信じるも信じないもない状態になり、「うん、何かできる気がするー」というお話です。

これが根拠のない自信であり、自らに抵抗を作らない在り方は、普段は自覚しませんが行動は常に根拠のない自信に基づきます。

 

根拠のない自信に兆候がある

本当はわざわざ自覚する必要はありません。しかし、自覚は自分の意志を取り戻した意味となり、心の気持ちを認識します。

「心地良い」という気持ちです。

魂と繋がり、自信を感じる際にはいくつかの兆候があります。

根拠のない自信の兆候
  1. 楽観的
  2. 自分で自分を認識している
  3. 物事の受け入れが多く拒否が少ない
  4. 他との比較がない
  5. 胸が開く、顔が上向き、姿勢が良くなる
  6. ポジティブな状態
  7. 自分を大切にしている
  8. 怖いかどうかどうでもいい
  9. 自分らしくて心地良い感じ

根拠のない自信を自覚する際は、自分との繋がりを認識して受け入れが多い状態です。

自分を大切にする意識を持ち、他と区別したり比較する意識が薄れています。

とても楽観的で適当で、なるようになる的な感じをポジティブに抱く特徴があります。

思い込みや決め付けにて未来を予想したり、期待して思考をフル稼働させなくなった状態であり、物事に大小の線引きや自分ルールを適用させることをポイッと投げた状態です。

怖くても、突然隕石が家に落ちても、「まぁ、それはそれでいいんじゃない」という具合に気楽。いいものだと思います。

※スピリチュアルを信じる信じないのお話は、スピリチュアルを信じる人と信じない人の心理│信じない私が変わった体験談 をご覧ください。

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根拠のない自信 まとめ

自らを信じるも信じないも、自信があるもないもないのデフォルト。何もないのではなく、信じて自信があるのが当たり前という考え方です。

これが意志であり、自尊です。

誰しもがそんな根拠のない自信を持って日々を過ごしていたのかもしれません。しかし、生まれてから今日までの日々は、あらゆる他者との関わりがあり、ルールと制約があり、抑制と制限があり、自分という存在は干渉と影響によって塗り替えられてきました。

最たる原因となるのが恐怖です。

恐怖によって自尊は引っ込み、心を閉ざし、傷を負う人もおり、恐怖との関わりは誰しもにとっての重大課題、生きている間の宿題です。

早い所終わらせたのが、根拠のない自信を持つ人だと思います。

物事を愛でも恐怖でも受け入れるのは、心があるさまそのものを表します。

共に受け入れるためには自信がない時があり、根拠のある自信をたくさん作った経験があり、恐怖に苛まれた時があります。

全て自分の経験にしてしまった人は、根拠のない自信を持ちます。

中には、本当に何も考えずに能天気な人もいるかもしれませんが、ポジティブ一辺倒の偏りは心ではなく脳、思考であり、ここでお伝えしている人とは大きく違うことは明白かと思います。

根拠があるもないも共に重要です。どちらもあることで自信の大切さがわかり、フワフワすることも考える時もあり、自らに抵抗を作らない工夫や努力ができます。

経験の中で根拠のない自信によって起きる成果・効果は本人が最も明確に体感します。

根拠がある自信とは比べものにならないほどの成功があり、どちらを選ぶかは明確になります。

根拠のない自信を持てるのであれば、断然そちらがおすすめです。

そこには魂との繋がりが知らぬところで起きていますよ。そんなお話です。

自信の中身を知るように、自分を信じる意味が深まる内容となれば幸いです。

それでは、根拠のない自信のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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