生き方

根拠のない自信があるのはなぜ?根拠があったら自信ではない魂の意志

「あなたはどこから、何のためにやってきたの?」「私にどれほどの利益をもたらしてくれるの?」

理由を知りたくなるのはこの世の常か、自信の裏返しか。

根拠のない自信とは自信なのでしょうか?

「何だか知らないけど大丈夫だと思う」「失敗する感じがしない」

そこにあるのは恐怖がない自分です。

根拠のない自信を紐解くと魂として明確なものが現れます。そこにはスピリチュアルな概念にてわかりやすくなる正体があります。

根拠のない自信とは何なのかを理解することで、自信の本当の意味を知り、自分を理解することに繋がりますので、ぜひ自分のために使用するアイテムにしていきましょう。

根拠のない自信

自信とは

“自信”とは : 自分の価値や能力を信じる、信頼すること

自信がない場合には自分を信じずに疑います。

“自分を疑う”とは悲しい現実ですが、そこにあるのは“恐怖心”です。

「信じたくても信じられない」「あなたが私だという証拠を見せて、さぁ早く!」「私は私でしょ?!違うの…?」という葛藤があるかもしれません。

恐怖心があることで自分がわからなくなり、信じたい気持ちはやまやまでも猜疑心や何か引っかかりがあり、スムースに信頼できなくなります。

自信がなく信じられない状態は、自分らしさを見出せなくなります。

自信とは恐怖心に対処して自分を見出す方法

※恐怖を持っていなければ持つことができないもの、それが“自信”

自分を自分だと認識するために、恐怖心を取り払う行為が自信です。

 

自信は必要?

自信を抱く際は恐怖を抱えていることが前提です。

「みんなの前でピアノ演奏できるかな?」「起業して独立できるかな?」「この人と結婚できるかな?」「このまずいご飯をバレずに残せるかな?」

できるかどうか不安になり、恐怖を抱えます。

「大盛りスペシャルラーメン、制限時間15分か、いけるかな?」「今日の卵焼き、5回巻でピッタリで作れるかな?」

できるかどうか不安になり、恐怖を…んっ?抱えませんね。

恐怖を抱えるかどうかは、自分を守ろうとする度合いに比例します。

結果が自分にどれほどの影響を与えるか次第で恐怖の大小が変わり、自信の必要有無が変わります。

それは、結果にて他者からの評価を気にする概念が強くあるか否か、そして、それ以上に“結果が起きた時の自分を受け入れられるか否か”にて恐怖心の大小が変わります。

恐怖の大小は、自分自身で自分を受け入れらえるか否かにて変わります。

ピアノ演奏で失敗して、周囲から蔑まれ落胆され、自分の評価が落ちて否定される自分を受け入れられない。

自分を傷つけられると思うほど、自分を受け入れる自信がなければないほどに恐怖は増えます。

大食いラーメン、失敗しても誰も気にしません。若干、観ている周囲の人が「あーあ」と言うかもしれませんが、それくらいの自分は受け入れられますので恐怖小、自信はそんなに必要ありません。

卵焼き5ロール、びっくりするほどどうでもいい話です。100ロールでも受け入れるでしょうから自信は要りません。

恐怖を乗り越えようとする以上に、自分を受け入れる自信がなければ、自信を持とうとします。

それは、自分を拒否して突き放さないための自己防衛である心理があります。

自信は恐怖心への対処と同時に、自分を愛さなくなる自分を作らないために必要なもので、自分を嫌っていればいるほどに自信を作ろうとはしない。
自分を大切にしていればいるほどに自信を持とうとする。

その際、根拠があると安心します。

 

根拠のある自信とは

根拠とは理由です。それは証拠です。

証拠があると安心します。なぜならば、それは約束になり、責任がなくなるからです。

「約束って言ったじゃない!」「今日は一緒にハイキングって話だったじゃないか!」

「もう知らない、あんたのせいだ!」と言えれば、自分に責任は一切ないと思えます。

あとは待ちです。相手や周囲の人次第ですので、王様気分で優雅です。

そこには安泰という恐怖のない様があります。

また恐怖。自信も恐怖のためで、根拠も恐怖のためです。どこまでも恐怖が出てきます。

自分を突き放ち、受け入れないことで嫌いになる自分を作らないために自信を持とうとします。

ですが、本当に自分を信じる気持ちがなければ、自信を持つことはできません。

自分を受け入れて愛そうとして、嫌わないようにするために自信を抱くので、自分を愛する気持ちがなければ自信を持つことはできません。

そこで根拠が役立ちます。

 

自信を作る際には根拠が必要

根拠は証拠となり、失敗や自分を受け入れられない結果が起きても対処が容易になります。

「あれは私のせいじゃないんだよ、だって相手は私のことを好きだったんだ、結婚を断られるなんて何か理由があるんだよ、私が嫌われたんじゃない」

根拠を基に誤魔化します。事実を受け入れられない自分を正当化できます。

根拠があることで自分を見失わないように対処できます。受け入れない自分を見てしまうと、自分がないことを自覚してなおのこと恐怖です。

自信を作る際には、根拠を抱くことで二重対策となり、ネガティブな状態に陥っても大丈夫な“保険”と捉えるとわかりやすいかもしれません。

 

根拠のある自信は自分を信じるためではない

根拠のある自信を抱こうとする場合、自分の主観が誰かあやふやな状態です。

恐怖に対処して自分を見出すために自信を付けていたのですが、本当は自分が嫌われないための保険です。

誰に嫌われないため?

自分にです。

その自分とは?

思い込みの虚像です。自分がいなくなり、主観が空想で誰かわからなくなっています。

「起業したいけどできるかな」
「日本は資本主義で、自己破産制度があるからいくら借金しても一度はお国が助けてくれるよ」
「よっしゃ、やってやるー!」と安泰です。

自信に根拠があれば、それは恐怖を感じないと約束された安泰です。

自分を信じるのではなく、自分を信じない有り様を作らないための自己防衛で、恐怖を味わわないための対策、作戦Aです。Bはお金や地位や容姿です。

根拠がある自信とは自信ではありません。

 

根拠のない自信とは

根拠のない自信は、本当の自信の意味になります。

前提理解として、恐怖がなければ自信も何もありません。

恐怖があることで自分を見失い、過小評価をして事実を見えなくします。それが思い込みであり決め付けです。

思考にて未来を想像し、周囲からの評価や価値概念にて自分を嫌い、受け入れられない様を思い込みます。

その際に、ポジティブに想像する自分や未来を考えない自分がいれば、恐怖を作ることはなく、「自信を抱こう」と思うこともありません。

そのため、自信とは恐怖を抱えていなければ作り出せない概念で、「自信がない」と思う前提がなければ存在すらしません。

自信がなくなることで自信を作ることができます。

言い方を変えると、自信がなくなる理由を解消すれば、自信は後にも先にもないというものです。

 

根拠のない自信とは自信がない状態ではないこと

自分を信じられない状態がない時、根拠のない自信を抱く時です。

朝起きました。
「よし、9:00には朝ごはんにしよう」

これは完全に根拠のない自信です。

「もしかしたら、8:55に裏の森からダチョウがやってきて、朝食用の卵をかっさらっていくかもしれない」となれば、電流ピカチュウ線をにわとり小屋の周りにガンガン巻いて、スイッチオン。

「はっはっは、これで9:00には朝ごはんが食べられるぞ」と、根拠のある自信を抱きます。

ここでわかることは、恐怖や不安を感じなければ、自信があるかどうかを自覚することもないことです。

朝ごはんを食べることに対して、食べられることが当たり前だと思えば、“朝ごはんを今日も食べる”ことに自信を抱くこともありません。予定になります。

しかし、当たり前でなければ自信だと認識して、期待や願望を抱きます。

自覚があるかないかの違いがあるだけで、常に自信があるかないかの状況を過ごしているのが私達です。

そのため、ダチョウにやられた経験にて自信がない自分が前提にいて、「何だかわからんけど、今日はダチョウを追い払える気がするぜ」と根拠のない自信を自覚できます。

それが当たり前になると、「ん?8:59か、今日もダチョウをいっちょガオッとやってやるか」と自信の有無を自覚すらしなくなります。ですが、そこには確固たる自信があることには変わりありません。

根拠のない自信とは、恐怖を抱えて自信がない状態から、自信も何も自覚しない状態に向かったことを意味し、当たり前にできると認識している領域に入ったことを表します。

それは、自分の意志を明確に認識し始めたことで、ここに魂としてのスピリチュアルな理解があります。

 

根拠のない自信 スピリチュアル

スピリチュアルな理解を加えることでよりわかりやすくなりますので、根拠のない自信の紐解きを見ていきましょう。

根拠のない自信を持つ人の特徴

根拠のない自信は突然出てくるわけではなく、必ず理由があります。そんな人には特徴があるのでご覧ください。

根拠のない自信を持つ人の特徴
  1. 自分の意志を明確に持っている
  2. 絶対に曲げない信念や生きる上での強い糧がある
  3. 失敗での学びなど経験値が高い
  4. 魂レベルが高い
  5. 自信家ではなく楽観主義
  6. 自分を愛している
  7. 物事に依存と執着をしない
  8. 変人、個性が強い
  9. 美しい(凛々しい)

「子供の頃とそんなに変わってないかも」という人です。

大人になっても子供のようで、自分を敬い、喜びを尊重して、自分の意志を持って生きています。

そのような人が、「何だかわからないけど行ける気がする」みたいな発言をすると、世の中の攻撃的な人に排他されますので、根拠のない自信を持つ人は時に嫌われやすい特徴もあります。

楽観主義で物事をあまり考えていないように見えるので、努力をしていないと思われます。

実際には物事をたくさん考える過去の経験や失敗などの学びがある人なので、脳を理解して考える時と考えない時を区分けしているのですが、物事の表面や外見のみで中身を見ない人には勘違いをされます。

そのような人は信号のようなものですので、赤の時だけ止まって(逃げて)、あとはさようならです。

明確に自分を持ち、自分を見失う経験をしても、どこかで意志を貫く決意があり、「これだけは絶対に曲げない」というような信念を持つ強い人が、「ははぁ、何だか今日は当たる気がするー」と馬券場に向かいます。

 

根拠のない自信とは自分の意志

自分を信じることとは、自分をそのままに存在させることです。

それは、自分として生きることに抵抗がなく、恐怖があっても抵抗がありません。

自分らしくあることで自分に疑いも違和感もなく、信じたいけど信じられないという拒否や受け入れない状態がなく、自分の意志を貫くことができます。

そのため、自信とは自分の意志そのものと捉えることができ、意志を尊重することが自分を信じる様や、信じられる自分を見出します。

「意志とはなんなのか?」
そこにスピリチュアルな魂の概念が加わります。

 

意志とは自分で自分を認識する意識

意志があることで自分の意見が作られます。意志がなければ自分の意見ではなく、他者の意見となり、それを自分の意見のように口から発することはできます。

そのため、自分の意志があるかないかは外見や他人からはわかりません。しかし、嘘や誤魔化しと同じように、自分自身は自覚して理解します。

その意志とは本心や真意とも言い、自分そのものと言えます。

スピリチュアル的には“魂”と言い、変えることのない絶対的な普遍として、誰しもが持つものです。

赤ちゃんを見るとわかるのですが、意志の塊みたいな存在です。意志があると自分に一切の抵抗を作りません。在りたいように自由にして、恐怖を味わってもそのままに、「怖いんだよーバブバブ!」と表現するので抵抗がありません。

それは、思い込みや決め付けがないことを意味して、思考的に抵抗を作ることがないために、自分らしくあらゆることを表現します。

その状態は、「意志を尊重しているからね、バブ」みたいなウィンクはなく、当たり前として意志を貫き、全ての行動や根拠のない自信を基にしています。

そんな意志、言い方を変えると、自分を自分で認識する意識のことです。

自分で認識することで、自分の行為は全て自己責任でそれが当たり前になります。自分の行為を認識していることで、自分がしたいからしていることを知っています。

自分がピアノ演奏をしたいから、自分で結婚したいと思うからプロポーズします。

自分の意志を持つことにそれ以外はありません。全て自分を主観にして、自分の責任の基に自分のためです(人の為になることが自分のためになることも含まる)。

そのように認識することで、恐怖があれば、「えぇ、怖いです」とただ認め、自分を嫌いになる理由も機会もなく、受け入れないことがなくなります。

とてもシンプルに、「ご飯を食べたいから食べる」となり、晴れても突然雨が降るように良いことも嫌なことも起きて、それをそのまま受け入れて認識します。

「あぁ、鳥の糞、ちょうど私に落ちるとは、とほほ」とそれだけです。ただ、現実として起きたことを認識して、現実を拒否しません。

受け入れない様がないことで恐怖を作る自分が存在せず、常に根拠のない自信を持っているがそれを自覚していない状態で生きます。

 

意志とは魂であり、自分を愛する気持ち

自信の源となる意志は魂のことで、魂は顕在意識と潜在意識と超意識というあらゆる記憶を持って自分を構成します。

魂とは過去世も全て含め、超意識というワンネス認知となる宇宙の記憶ともアクセスします。

あらゆる情報を持ち、自分という存在を見出す記憶庫のようなもので、自分らしさの源となる記憶を全て保持します。

魂状態となることで自分らしさ100%となり、それと繋がる“心”があることで、自分の意志を心が認識します。

心は気持ちを感じることで自分を認識します。その気持ちとは魂との繋がりによるものなので、自分らしいか否かにて気持ちを両極端に分けます。

それが、自分を受け入れている時の気持ちか、受け入れていない時の気持ちです。

以上から、自分を受け入れる時は心が魂と繋がり、「自分らしい」という気持ちを意志として表し、それがそのまま根拠のない自信になります。

根拠のない自信とは、自分らしい気持ちを認識する魂との繋がり

※魂と繋がる状態が自分を受け入れている時

自分らしくあることは自分を受け入れていることで、それは自分の意志を尊重することで、魂と繋がっていることで、心が自分を大切にする愛を認識していることです。

魂とは自分らしさを作るために、受け入れないことや拒否となることがなく、ただありのままに記憶を保管して、「これが私です」という在り方のみをする意志です。

自分らしさそのものを表現することが自分を信じる自信の意味です。

自分らしい時は抵抗が一切ないため、心地良く解放されたような気持ちになります。

 

魂状態に自信がない状態を加えると自信が生まれる

受け入れることが当たり前になることで、赤ん坊のように恐怖をそのままに表現して、「怖いもんは怖いんだー」と自信満々です。

その際には自信があるもないもなく、自分を自分で認識しているので自信100%が標準状態になります。マックスが標準です。

そこにベタベタ塗っていきます、粘土とヘドロ、時にあんこにきな粉。別名恐怖です。

すると自分を自分で認識しなくなり、自分らしさを表現することに抵抗を作ります。体裁、偽善、嘘、誤魔化し、恐怖に不安といったところです。

その状態、他人で自分を認識しています。

すると、自信を自覚することができるようになり、根拠のある自信を作ろうとします。

しかし、そこで自分の意志を持ち、恐怖への対処ではなく自分らしさを表現する在り方をすることで、根拠のない自信を自覚します。

  • 「お金ないけど、何となく生きられるような気がする」
  • 「今は成功していないけど、その内日の目を見る気がする」
  • 「ヘロヘロで臆病者だけど、一人でできる気がする」

自信がなくなる状態があって、そこから自分らしい状態に戻る時、自分の意志が見えて根拠のない自信を自覚します。

それは、「止まない雨はない」「日はまた昇る」と同じことで、雨が降り続けなければ、雲で隠れ続けなければ自覚しない事実の認識です。

ネガティブな状態を味わい、そこに自分の意志が表れることで根拠のない自信を自覚します。

それはまるで、子供の時の自分を取り戻すような、そんな感覚かもしれません。

※意志についての詳細は、意志が強い人と弱い人の特徴│自由なる意志を高くする曇りなき口癖 をご覧ください。

意志が強い人と弱い人の特徴│自由なる意志を高くする曇りなき口癖この世は狂っていて、狂っていない。それは全て意志次第で決まる世の中。 意志とは何か? これを知ると人生を知ることになります。...

 

根拠のない自信の兆候

本当はわざわざ自覚する必要はありません。ですが、自覚することは自分の意志を取り戻した意味となるので、心の気持ちを認識します。

それが、「心地良い」という気持ちです。

魂である自分らしさと繋がり、自信を感じる際にはいくつかの兆候があります。

根拠のない自信の兆候
  1. 楽観的
  2. 自分で自分を認識している
  3. 物事の受け入れが多く拒否が少ない
  4. 他との比較がない
  5. 胸が開く、顔が上向き、姿勢が良くなる
  6. ポジティブな状態
  7. 自分を大切にしている
  8. 怖いかどうかどうでもいい
  9. 自分らしくて心地良い感じ

根拠のない自信を自覚する際は、自分との繋がりを認識して受け入れが多い状態です。

自分を大切にする意識を持ち、他と区別したり比較する意識が薄れています。

そして、とても楽観的でテキトーで、“なるようになる的な感じ”をポジティブに抱きます。

それは思い込みや決め付けにて未来を予想したり、期待して思考をフル稼働させなくなった状態でして、物事に大小の線引きや自分ルールを適用させることをポイッと投げた状態です。

そのため、怖くても、突然隕石が家に落ちても、「まぁ、それはそれでいいんじゃない」という具合に気楽です。

そんな状態が心地良く、自分らしく違和感なく自分を大切にする意識が芽生え、「チョコボールは1日5個食べよう」と自分なりの愛を持って自分と関わります。

 

根拠のない自信を持つ人は美しい

男性でも女性でも性別関係なく、根拠のない自信を持つ人は凛々しくて美しい様が抽出されます。

それは、内側から醸し出されるような、熟成されたチーズやワインのうま味が隠せていないような輝きです。

物体としての在り方や人との接し方に外見からの違いが表れ、肩は開き、顔が上向きになり、姿勢が良くなります。

隠せない自分らしさの表現をする土台に恐怖がない様となり、美しさや輝き、艶や肉体美として、身体に芯が通るように、部位それぞれもありのままになります。

「なんか、違う」という、恍惚を周囲に与える美しさが根拠のない自信を持つ人に醸し出されます。

 

根拠のない自信を持つスピリチュアルな理由

最後に、魂としての根拠のない自信を持つ理由をお伝えして終了します。

自分の意志が強く、受け入れが多い人は、魂レベルが高い特徴があります。

魂としての成熟度が高く、愛を持ちます。それは自分に対しての愛から始まり、人によっては他者への愛や、動物や自然や地球など、他の生命への愛を持ちます。

その愛とは敬いのことで、ありのままに尊重する“受け入れ”です。

魂レベルが高いことは受け入れる許容が広いので、そのまま愛を強く持つ人という意味になります。

突然、根拠のない自信が生まれることもあり、その際には、何かしら受け入れや気付きの経験を伴い、魂レベルの上がる成長があることで自覚が生まれます。

それは、自分の意志を持つ在り方に戻る段階を踏んだ合図となり、より自分らしく生きる時間が始まります。

その際には、感覚や感性を主体にして、楽観的に気楽に物事を認識して、直感や第六感などを感じることが増えていき、魂としての気付きと共に成長が促される楽しい時間を堪能です。

 

根拠のない自信 まとめ

根拠のない自信とは、自分を取り戻し、自分の意志を明確にして、自分らしさを表現する在り方を意味します。

そのため、自分らしさの塊であれば、赤ん坊のように根拠のない自信の有無を自覚することなく、常に“自信満々です”という顔をして自然体で生きていきます。

それはどや顔でも、どろ目でもありません。

自信があるもないもない状態では、ただありのままに自分らしく、魂としての過去の全ての記憶を基にした集大成として、最高の状態を表現します。

それを見るのは自分です。

“自分を信じる”ことが自信ですので、自信がなくなる状態があることでそれを取り戻したり誤魔化したりと、人それぞれに自信を気持ちとして認識して、思考として作り出し、意志として根拠なく自覚します。

何を自信と言うかは人それぞれですが、根拠のない自信こそが自分を信じる機会と動機になります。

それはとてもわかりやすく、自分らしくなっていることを表し、自分で自分を認識させてくれる様です。

根拠のない自信、バリバリ持って、自覚して、表現していきましょう。

そんな気楽な自信を持たれる一助であることを願い、根拠のない自信の意味とスピリチュアルな解釈の話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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