心理と特徴

嘘をつく人が嫌いなのは自分を知るから?!【つく人とつかれる人の関係性】

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嘘をつくことは、世の中のルールでは良し悪しの両面を持ちます。

嘘は使い方によってお笑い芸人さんのように楽しい話になり、世界を広げたクリエイティブな能力にもなります。

しかし、嘘をつく人を嫌いになり、許せないと思う場合、それは自分の損害を気にするのではなく、自分も嘘をつく人であることへの反応なのかもしれません。

嘘をつく人と嘘をつかれる人の関係性があり、見えざる自分を知ることで、嘘をつく人が嫌いになる理由が判明します。

そんな紐解きから、嘘をつかれる人の向上と、嘘をつかれないために役立つことを願います。

嘘をつく人が嫌いな理由

嘘をつく理由

嘘とは、「事実ではない事柄を事実であるかのように相手に伝えること」です。

言い方を変えると、「事実とは違う事柄を事実であるかのように変換すること」とも言えます。

これは私達が生活する上で日常的にたくさん起きています。

妄想です。

嘘とは妄想でもあり、創造性の賜物でもあります。

「夜ご飯はこれにしよう」という想像とは違うのですが、「あれがこうなったら良いな」と考え、そのことを現実として起きたかのように妄想。

妄想はとても大切な創造性、人生を楽しく豊かにする方法でもあると思います。

ですが、アウトプット有無によって妄想も嘘も結果が変わってきます。

  • 妄想をアウトプットすると…嘘つき
  • 妄想をアウトプットしないと…幻想者

嘘つきか、ファンタジー好きかに変わります。

そのため、妄想も嘘も同じですが、自分以外の他に伝えた段階で別物に成り変わります。

このことから、嘘とは誰か他者に伝えるのが必須だとわかります。

他者に伝えたり表現することに嘘をつく意味があり、そこにはいくつかの嘘をつく理由が見出されます。

嘘をつく理由
  1. 自分自身を自覚しないで済む
  2. 周囲の注目を集め、自分の存在意義を見出す
  3. 承認欲求や自己顕示欲や支配欲や独自性欲求などの価値を他者の反応にて見出す
  4. 自分の真実や真意を他者に知られずに済む
  5. 「この人は何もわかっていない」と相手を見下し優越感に浸れる
  6. “優しい自分”などの作り物の姿で、疑似現実を生きられる現実逃避

嘘をつく理由は、人に妄想を伝えることで自分にとっての利益を得られるからです。

全く関係のなさそうな嘘をつくとしても、最終的には自分の利益に繋がります。

例えば、人の話を「うんうん、そうだよね」と相槌をたくさんいれて聞いている時、その「うんうん、そうだよね」が嘘の人がいます。

全く賛同なんかしていなくても、話しを聞いてあげるのがその人にとっての良い人、優しい人という価値観の場合、演技という嘘をつく。そんな人もいます。

「聞いてあげるのがこの人のための優しさ」として嘘をつき、実際はその人を考えてはおらず、その人との会話の時間を利用して、優しい自分を作り、良い人でいられることでの自分の存在価値を見出す利益や、優越感を味わう利益を得る。そんな人もいます。

このように嘘をつくことでの利益として、自分という存在の在り方や価値を見出す満足や納得があるため、「嘘をつくのは=自分のため」と明確です。

嘘をつくことでの自分の利益よりも、相手を利用している後ろめたさの気持ちの方が強ければ、「嘘をつくのをやめたい」と思います。
それでも嘘をついてしまう場合、罪悪感よりも自分の利益を求める気持ちが強いことを表します。

 

嘘をつく原因

嘘をつく理由の根本に原因があります。

嘘をつくのは状況や状態、価値観や観念によって良くも悪くもなりますが、嘘をつくことを悪いように捉えている場合、嘘をつかれることで迷惑を被っている事実があるためだと考えられます。

「嘘つくのをやめたい」と思う場合、嘘をつくことで周囲に迷惑が被っていると知っているので、嘘をつくと感じる違和感や嫌悪感を嫌い、「これ以上苦しい思いをするのはやめよう」と思います。

そのため、人に迷惑をかけたくないという気持ち以上に、自分が心地悪くなりたくないことを考慮し、自分のことしか考えていなかったりします。

嘘をつく人の根底には自分の利益のみを欲する思いがマジマジと見え、これが嘘をつく原因となる正体です。

嘘をつく原因は、自分の存在価値を見失ったことでの不安感や恐怖心への対処
※自分を満たすために周囲の人を利用するエゴが出る

エゴとは、自我によって生まれたネガティブな思いの意識で、もう一人の自分です。

自分のことを自分で認識せず、他によって自らを見出そうとします。

そのため、他者の反応や評価、自らとの差や優劣によって自らの価値や存在意義を見出そうとします。

自分の存在価値を見失わず、存在価値を見出すために嘘をつくことで、不安感や恐怖心を味合わないように対処します。

人それぞれに、過去の記憶にある否定や拒否された経験により、自らを自ら認識しなくなり、できなくなり、危険や苦痛や拒否したくなる様を恐れ嫌がり、自分のために嘘をつくようになります。

※平気で嘘をつく人の詳細は、【実体験】虚言癖の行く末に非現実化の報い。原因と改善に欠かせない気持ち をどうぞ。

 

嘘をつかれる人

嘘をつく人は自分の利益のために演技し、人を巻き込んで自分の存在価値を見出そうとします。

その際に利益を生み出してあげるのが、嘘をつかれる人です。

嘘をつかれる人は嘘をつく人に同情をします。

同情して相手を信じます。

しかし、嘘だとわかった時に、「ガビーン、嘘を、つかれた、ドボーン」と落胆、怒り、悲しみ、憂いと、さまざまに嘘をつかれる人は反応し、表現します。

表現は全てネガティブなものかと思いきや、嘘をつかれる人には楽しむ人もいます。

嘘をつかれる側が嘘に気づいていても、気づいていないと嘘をつくことができるので、“嘘をつく人”として関わる嘘and嘘も、嘘を善として捉えて受け入れることで、嘘を楽しむ人として関わることもできます。

嘘をつかれる人とは、同情する人 or 嘘を楽しむ人

  • 嘘をつかれてネガティブになる場合、同情する人
  • 嘘をつかれてポジティブになる場合、嘘を楽しむ人

嘘をつかれる人は大きくタイプが分かれます。

「嘘でしたー」と判明した時にネガティブな表現をする際は同情していたことになり、それは信じていた行為への裏切り、嘘をつく人を嫌いになり得ます。

しかし、嘘をつかれる人でも楽しむタイプは同情しません。

嘘を楽しむタイプは嘘で演技してあげることで、その光景を楽しんだりする人です。

「嘘だよーん」と嘘をつかれた際には、「ふーん、で」みたいな反応になるかと思いますが、嘘をつく人は同情してくれない人と一緒にいることを好みません。

なぜならば、自分の利益が得られなければ一緒にいる意味がないと思っているエゴが嘘つきですので、同情されなければ利益を見出せません。

楽しむタイプは全てを理解した上で嘘をつく人と関わります。

そこに楽しみが見出せなければ、おそらく嘘をつく人と一緒にいることはなく、嘘をつかれることもありません。

そのため、本気で嘘をつかれる人は同情するタイプに絞られます。

同情したのにまるで裏切られたような気持ちになると、嘘つきを嫌いになる可能性があります。

が、楽しむ人は嫌いになる理由がないので嫌いになりません。

嫌いになる場合、嘘をつく人と嘘をつかれる人の隠された秘密が相互関係としてあります。

 

嘘をつく人が嫌い

嘘をつかれることで嫌いになったり、許せないと感じる場合、自分を知ってしまうことへの反応が表れているのかもしれません。

騙されるなどの損害や損傷を受ける場合には、嘘をつく人を嫌いになるのは自然な形かと思いますが、そうでない場合でも嘘をつかれる人がネガティブに嫌悪感を出す場合には、自分が嘘をつく人であることを自分自身で見てしまうことへの反応と、自分の存在価値を守れないことへの抵抗があります。

嘘をつく人を嫌いになるのは、嘘をつく人に同情する人で、見たくない嘘つきである事実が露呈してしまうことへの嫌悪感があります。

嘘をつく人に同情して信じる時には、信じることに自分の利益があるので信じます。

信じるのは相手を敬い想う愛の気持ちですので、相手のための行為であり、裏切りも何もありません。

しかし、信じることが委ねたり依存の場合には、嘘をつく人を利用した自分の利益を得ようとする行為となり、「裏切られた!」と思います。

裏切られたことで、自分の信じる行為への利益が得られない。

自分に嘘をついて相手を信じたように取り繕い、自分のために相手を利用していることが露になります。

見たくない自分や知りたくない自分をマジマジと観察する瞬間となり、そんなことをしてくれた嘘をつく人を嫌いになります。

嘘をつく人が嫌いな理由は、自分に嘘をついていると自覚してしまうから

知りたくないことを知らされ、利益が得られないだけでなく喪失までするので、「嫌なことをされた」と嫌いになります。

嘘をつかれる人と、嘘をつく人の求める利益は同じです。

  • 嘘をつく人によって、自分に嘘をついて演技している事実を突きつけられる
  • 嘘をつかれることで、自分の存在価値を守ろうとしている自分に気づく
  • 嘘をつく人は他者に嘘をつき、嘘をつかれる人は自分に嘘をつく

発信的な嘘か受信的な嘘かの違いで、中身は同じだったりします。

そこに共通しているのは、“自分がいないために自分を偽る”ことかもしれません。

この事実を知ることができるのは嘘をつかれる側のみです。

いわば、改善機会に溢れているのが嘘をつかれる側でして、自覚することで自分に嘘をつかない選択ができるため、嘘をつく人を嫌いになることもなくなります。

 

嘘をつく人、嘘をつかれる人の共通点

嘘をつく人と嘘をつかれる人には、共通している点があります。

特に目立つものをいくつかご覧ください。

1,エゴによる違和感を感じている

エゴとは自分と他によって見出そうとする意識のことです。

この状態に違和感がなければ、他者と比較して上下、勝ち負け、優劣と差を見出すことを喜んでします。

が、嘘をつく人もつかれる人も、この意識状態に違和感を感じます。

すると、嘘をつく行為に心地悪さを感じます。

そこには、「何しているんだ私」という感覚があり、自己否定や罪悪感を感じる人もいます。

ですが、それらを感じると嘘をつくたくないのについていることを自覚する自己否定の完全なる自覚が起きてしまうため、そんな自分にさらに嘘をつく人もいます。

 

2,自分を見失っている

満たされていない状態があり、自分自身で何かが違うと違和感や不調和を認識しています。

 

3,見栄、強がり

自覚をとにかく嫌がり、認識に制限をかけて見える、感じる、思う状態を抑制します。

自分を否定されること、自分がない事実を指摘されることを嫌がり、自分を見ないように見栄と強がりを持ちます。

以上が共通点でした。

虚言癖になると、嘘をつく際に感じる違和感を恒常化し、心地悪い感覚が自然となり違和感ではなくなります。

※嘘つきの真意は、嘘をつく人のスピリチュアルな覚悟は硬く軽い|末路は常に決まっている をご覧ください。

嘘をつく人のスピリチュアルな覚悟は硬く軽い|末路は常に決まっている嘘にはついていい嘘とついてはいけない嘘があるのかどうか。 嘘は言い方を変えると娯楽、遊びの提供、妄想、パフォーマンスになります。 ...

 

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嘘をつかれる人、嘘をつく人が嫌い まとめ

嘘をつくことは良いこととなり悪いこととなり、形を変えます。

何が自分の利益かをしっかり認識すると、嘘をつくのは良いか、嘘をつかれるのは良いか、嘘をつく意味が明確になります。

私は嘘をつく人でしたが、嘘つきを直した時に気づいたのは、「嘘をついている時、完全に自分のことしか考えていない」事実でした。

とてもショックでしたが、「自分は人を想っている振りをしていただけで、それらの振りも嘘で、全てが嘘で塗り固められ、全ては自分のエゴの行為だったのか」と気づけたのは大きかったです。

嘘をつかない生き方には、自分を大切にする嬉しく楽しい時間があります。そこでは、満たされない状態を満たし放題です。

嘘は悪いものではありません。妄想である嘘の意味を知り、自分のために楽しく活用する道もありますので、良い嘘をつきながらの生き方も良いと思います。

嘘をつかれる人が嘘をつく人を嫌いになるような怒りや憤りを覚えるのは、見たくない自分を見てしまうことで、偽りの自分を見てしまう現実からの逃避で、恐怖心への対処だったりします。

自分に嘘をつくことは、他者に嘘をつくよりもわかりにくくなり、自分で見えなくする誤魔化しが容易です。

しかし、自分を偽っているとしっかり受け止めて自覚すると、自分を知り、嘘つきを直すことに繋がっていきます。

すると嘘をつく人に同情することもなくなり、「嘘だよー」と言われた時に、「あ、そうなんだ、良かったじゃん」と雑誌でも読みながら反応する、そんな情景を体感すると思います。

嘘つきを直し、妄想をしているのが一番楽しいかもしれません。

それでは、嘘をつく人が嫌いな理由と嘘をつかれる人のお話を終わります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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