方法

【自分の心が汚いのを直したい】心の汚さと綺麗さの意味を知る

心が綺麗という表現には、あらゆる善要素がギュッと詰まっている印象があるかもしれません。

心に善悪はありません。極悪人でも心が綺麗だったりします。

心が綺麗である場合、心が綺麗か汚いかの評価・判断がなくなります。

心が汚い、綺麗とはこのようにわかりにくいものです。

ここでは、心が汚いと思う方、直したいと思う方に向けて、心が汚い・綺麗の意味をお伝えします。

自分の心が汚れているとは?
心の綺麗さとは?
心の汚れを直すにはどうすれば?
心を綺麗にするにはどうすれば?

「自分の心が汚れている」と思う場合にはこれらを知っていただき、心を把握する一助となれば幸いです。

心とはわかりにくいために、知らない事で心が汚いと思えてしまうことも起きます。

本当に心が汚いのかどうか?

真実は全く異なるかもしれません。

心の綺麗さとは自らとの向き合いを表す意味があるため、心を知り、心との良好なお付き合いを促進していきましょう。

心が汚いとは

心が汚い人の特徴10選

初めに心の汚れの概要を明らかにしていきたいと思います。

1,感動しない

心が汚れると顕著になるのが、感動しなくなることです。

感動とは泣くことではなく、自らの心に浸かるように心の世界に入って情動を感じることです。

 

2,自己肯定と自己受容しない

自らを認めず、受け入れない特徴です。

 

3,自分を愛さない

明確な特徴となるのが、自分を愛していないさまです。

 

4,自己防衛意識が強い

不安と恐怖を多く抱えます。

常に心身は緊張・硬直状態で身を護ろうとするスタンス優位。周囲を気にかけて排他的・攻撃的になる人もいます。

 

5,自尊がない

自らを敬い尊重する気持ちがなく、自信を強引につけるか、自己否定するかに傾向が分かれます。

自信を過剰にするとうぬぼれや見栄やプライドに、自己否定すると抑圧や縛りや自己嫌悪になる特徴です。

 

6,拒否と否定が多い

物事・出来事・他者・自分自身に拒否があり、受け入れないことでの抵抗を持つ特徴です。

自らを、他者を、社会を否定し、拒否を作ります。

 

7,自らを誤魔化す

嘘をついたら、嘘をついていないと自らを誤魔化します。

拒否をしたら、拒否をしていないと自らを誤魔化します。

騙したら、騙していないと自らを誤魔化します。

 

8,思考過多

常に何かを考え、思考を巡るように頭の中を駆け巡ります。

過去と未来を行き来することが多く、過去の記憶との照合、未来への予測・予想を癖のようにします。

 

9、感覚・感情・感性の感受認識が少ない

「感じる」状態が少なく、「思う」状態が多い特徴です。

感受が減ると今を生きるさまがなくなり、過去の記憶や知識や情報を主体に物事を認識します。

 

10,ネガティブや悪への抵抗が強い

善悪のルール設定が過激な特徴です。

善=良い
悪=ダメ

善、良い、〇を求める傾向があり、正反対の悪、ダメ、×には負のイメージだけでなく否定や拒否を含めて認識します。

ルール設定の縛りが強く、「ネガティブ=良い、悪=ダメではない、ダメ=What?」と良いも悪いもない認識がなく、思い込みが強いです。

以上が、心が汚い人の特徴でした。

 

心が汚い人の特徴一覧

心が汚い人の特徴
  1. 感動しない
  2. 自己肯定と自己受容しない
  3. 自分を愛さない
  4. 自己肯定と自己受容しない
  5. 自尊がない
  6. 拒否と否定が多い
  7. 自らを誤魔化す
  8. 思考過多
  9. 感覚・感情・感性の感受認識が少ない
  10. ネガティブや悪への抵抗が強い

 

心が汚いとは?

心の汚れの有無は、感動するか否かにてわかりやすく表れます。

感動には自己世界への陶酔があり、頭の中の思考ルールに則って泣くか、心の中で温泉に入っているようにリラックスして自らを肯定して受容するかの違いがあります。

心が綺麗な人は心の温泉に浸かる自己肯定と受容の陶酔があり、自尊を認識する感動をします。

心がブルつく、心から好きなことに共鳴する、心が反応して自尊そのものになり、自分を愛しているからこそ感動し、涙を流す人も流さない人もいます。

心が汚れると感動しなくなり、思考ルールに則って、「人が死ねば感動ストーリー」「この映画は感動する評価だから」「このテレビは感動するものだから」という誰かのルールが感動の主体となり、それもなくなります。

感動しない理由となるのが、不安や恐怖を抱き、身を護るスタンスの硬直・緊張状態です。

自尊に浸かる状態への拒否や反発をしやすい状態。心に浸かる状態を許さない思考が優位、心を許さない状態が心の汚れを意味します。

 

心が汚れているのか見失っているのかは違う

心は社会というルールによって仕組み作られた環境で、他者と共存して影響し合っていれば汚れるのは当然だと思います。

私達人間は否定や拒否や非難、愛を肯定されず無視され敬われないと自尊を穢され、心が汚れます。

愛と尊重があり、否定されずに自尊の育みを促す環境であれば心は汚れず綺麗です。環境次第で誰しも綺麗にも汚くもなります。

心が汚れると自尊があっても穢された影響にて見えずらくなり、心の認知以上に思考である脳を優先します。

これが恒常化して当たり前になると、心を見失う可能性があります。

「私は心が汚れている」とは一切思わなくなります。

「直したい」はもってのほかになるため、心の汚れの自覚があるか否かは大きく違います。

 

心が汚いとは心が見えにくくなっている認知度のこと

心の汚れとは心が見えにくくなっていることです。

見えなければ認知度が下がります。

脳があっても使用しなければ認知度が下がることと同じで、どこに意識を向けて使用するか否かによって私達の才能も能力も変わります。

見えなくなり、元々あったことも忘れた時に心を見失い、心の認知度がなくなったことを表します。

見えにくい状態の際には、心を使用する意識を持つと心がヒョンと表れます。

その心を見るとわかるのは、汚れているのではなくそのまま。しばらく使っていなかった埃を被った状態です。

心が汚いと自覚できる場合、心は汚れておらずそのまま。見えずらくなって心の使用から脳の使用にシフトして時間が経過した状態と考えられます。

 

心が汚いので直したい

心の汚れを直すために:心が綺麗な意味を知る

心の汚れを直したい時は、心を使用して認知度を高めることが方法です。

  1. 心を使用するためにも心が汚い状態(見えにくくなっている)を知る
  2. 心が綺麗な意味を知る
  3. 心の在り方を知る

これら三つが大切です。

心が汚れると、思考過多にてインプットしたルール・知識・情報が主体になり、自分ではなく「他」からの影響にて構成された思考を使用します。

何も悪いことはないのですが、心に対する固定観念が作られる可能性がありますので、ここで一旦「心とは何?」をはっきりさせましょう。

 

心とは自尊であり覚悟

「自尊」という言葉をここでは多く使用しています。

心とは自尊であり、自らを敬い尊重する意志であり、自ら喜びを作る覚悟の源です。

自尊は過剰になるとうぬぼれになります、自尊がないと自己否定や自己嫌悪を抱きます。

うぬぼれは自尊がないからこそ自信を当てはめ、思考によって過剰にします。

自己否定は自尊がないために自信や価値を見失い、思考によって嫌悪を引き立てます。

思考はとても大切ですが極端に使用するとバランスを崩し、心にも肉体にも影響を与えます。

心は常にそのまま。上にも下にも行かず一定。善悪のルールもなく、自らを尊重して敬います。

問題を作ってしまうのは思考の組み込みが激しくなり、思考の影響が強くなるためであり、思考の使い方に歯車が合っていない可能性があります。

 

心が綺麗とは自らに拒否せず誤魔化さない誠実さ

心とは自尊であり自分の源。自らを敬い尊重するための道具であり、心を使用することで愛を認知し、心温かい心地良さを感じます。

心には綺麗も汚いも実際にはありません。しかし、自らが生きてこの世に存在するためにはなくてはならない自尊であるため(自尊がないと生きている意味を喪失する)、存在しようとする自然なさまに対する誠実さと考えることができます。

肉体や内臓器官は意識せずとも潜在的に動き、生きようとします。事実を事実としてそのままにすることが自然です。

心が綺麗とは自然なさまであり、起きたことは起きたこと、したことはした、することはする、しないことはしないとそのままをそのままにする意味。

拒否しないことです。

拒否したら拒否したと認め、受け入れることです。

拒否しても拒否していないと誤魔化さないことです。

汚ければ汚い(見えにくければ見えにくい)と認めることです。

心が綺麗とはそのままをそのままにするための抵抗を作らず、拒否しない、または受け入れるさまを意味します。

※心の汚れの見極めは、心が汚れているのか脳なのか│心を綺麗にするには汚れの見極め要 をご覧ください。

 

心の汚れを直す方法①:ネガティブへの拒否ルールを手放す

心の認知度が低くなる大きな原因は思考過多であり、ルール縛りや思い込みの多さです。

「心が汚い」という自覚には自らが物事に対する拒否をし、その自分に対する拒否があり、受け入れないさまがあります。

他者を否定して拒否して、悪口や愚痴を言って、という自分に対する拒否は、[ネガティブなこと=ダメ]というルール順守がありながら、ルールへの自己理解がない可能性があります。

[ネガティブ=ダメ]でもいいんです。ルールとは自己満足ですので、好き勝手にインプットして価値観や観念を作ります。

しかし自己理解がないと、「どうしてダメなの?」がわからずに自らを拒否してしまい、思考に飲み込まれて心の認知が遠ざかります。

心が綺麗な人は、「あんたの話くっそつまんないよ」と言った自分を大いに愛して敬います。

重要なことは、「そんな私を愛したい」と認識するか否かです。愛したくないのに強引に愛そうとすれば誤魔化しですので、さらに心は見えにくくなります。

ネガティブなルールへの拒否認識がある場合には、「自分はどう思うか?」を考え、その認識を持つ自分を信じられるか否かに着目します。

心に善悪はありません。心とは自然。そのままをそのままに拒否しない自尊です。

 

心の汚れを直す方法②:心とは愛と恐怖である理解

心の汚れを直すために必須の理解があります。

心とは愛であると同時に恐怖でもあることです。

心は心地良さと心地悪さを感じる器官である感受機能を持ちます。脳とは別に存在して機能し、「自分」という存在を構成する一つです。

心に誤魔化しは通用せず、嘘をつけば嘘をついている感受をそのまま感じます。

心が綺麗だと愛に溢れたイメージがあるかもしれません。しかし心が綺麗な人は恐怖も同時に感じます。

恐怖を受け入れた時、善悪の悪を喜んでするようになります。そこに自尊があれば世間的には穢れていても心は綺麗です。
※悪を喜ぶ際には心を見失うことを喜ぶため、ピュアな悪人は明確に極悪人になる(例:サイコパスの一部)

善悪を決めるのは脳であり思考です。

心とは自分そのものを表します。ありのままに自らに抵抗を持たずに生きれば生きるほど心は綺麗になり、怖ければ怖い、嫌であれば嫌、やるならやると覚悟します。

悪いことだと知らずに無知で覚悟して行為する人もいます。結果的に行為は世間的に悪でも、本人がそれを肯定して敬えば心は綺麗です。

心とは愛でもあり恐怖でもあることを知ると、ポジティブでもネガティブでも拒否するか否かが心の汚れ(見えにくさ)を作っているとわかります。この理解が大切です。

 

心の汚れを直す方法③:自分に正直になる

拒否をなくすには自らに正直になるのが改善方法です。

自分への向き合い、関わり方を表すのが心の認知度。自らと真正面に関わると心の汚れは直されていきます。

意見があれば隠さない。
自己表現を抑えない。
感情表現はそのままする。

いきなりは難しいと思います。まずは意識を向けることが大切です。

「私は自分に正直になる」
「私は自分に誠実に関わる」
「自らの思考や行為に拒否しないようにする」

これらをはっきりと認識し、自分がどうしたいかを明確にすると意識が向きますので、言葉にして発したり、頭の中で繰り返し唱えてみてください。

意識を向けることで自らに正直かどうかの自覚が増えていきますので、誤魔化しをスルーしなくなります。

あとは勇気と覚悟と行動次第で改善は加速していきます。

 

心の汚れを直す方法④:何も考えない、感じる

効果的な方法には瞑想があります。

何も考えません。ただ感じます。

感覚を、感情を、感性を、感受する状態を作ります。方法はリラックスです。

リラックスとは思考を止める意味。しかし、思考はなかなか止まりません。止めたくないんです。安心がないからです。

安心できる環境作りから始めましょう。

安心できる経済、心理、精神、健康状態。何か一つでいいので安心を感じられる状態を作ります。

好きなこと、没頭できること、集中できること。何か安心の時間・地・人を作ります。

安心できない状態で瞑想しても意味はほとんどありませんので、安心できる自分を作ることが心の汚れを直す方法となります。

私を例にすると、コーヒーを飲む時間、独りチェス、虫の観察、植物の模様観察、風を感じる、自転車に乗るなどです。気楽にいきましょう。

※心が綺麗すぎても大変ですので、【心が綺麗な人】心にこもると生きづらい│改善は人間の三位一体 をご覧ください。

【心が綺麗な人】心にこもると生きづらい│改善は人間の三位一体心が綺麗であることは自分自身との向き合いがあり、心の認知を高める自然な在り方を表します。 しかし、生きづらいと感じることもあります...

 

心の汚れを直したい時 まとめ

心に善悪はなく、一人一人千差万別に心の在り方があり、自らとの向き合い方があり、自尊の表れがあります。

愛は心地良さをもたらします。
恐怖は心地悪さをもたらします。

心は「愛が良いよ」とは言いません。頭が言います。

心は頭と肉体と連動して、自らの認識・在り方を作ります。

愛が良いに決まってます。ですが、「良いから何でしょう?」というのが心。心単体では自然な在り方ですが、脳があるからこそ具体的に方向を決めて詳細を詰めて自分という存在を構成することもできます。

恐怖は嫌なものですが、嫌がるのは頭です。心と肉体は拒否しません。拒否するのは頭。頭は大切でありながらやっかいでもあります。使い方を逸脱すると自分に影響を与えて、心を見えなくします。

使い方がわかれば頭も心も自らの在り方そのままに稼働し、表現し、創作し、人生を創っていきます。

「自分を知る」とこのことがわかります。

「自分」とは一体なんでしょうか?

自分とは自分ではありません。意味のわからない、しかし明確にわかる存在です。その基盤となるのが心。自己理解を深めながら心との関わり方を意識していきましょう。

人間とは常に未完成。少しずつ知り、理解を深めて、向上と成長していきます。

心の汚れと綺麗さの意味が、ご自身の心を知る手がかりとなれば幸いです。

自分にしかない心との関わりを楽しまれ、心の認知を増やして使用し、自らを敬い尊重する気持ちと共に過ごされてください。

それでは、心が汚い人の特徴と、汚れを直したい時のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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