スピリチュアル

嘘をつく人のスピリチュアルな覚悟は硬く軽い|末路は常に決まっている

嘘にはついていい嘘とついてはいけない嘘があるのかどうか。

嘘とは言い方を変えると娯楽になり、遊びの提供になり、妄想になり、パフォーマンスになります。

言い方を変えなければ嘘とは一つの意味に特定され、本物と偽物の嘘つきが明確に区分けされます。

嘘をつく人にはスピリチュアルな認識にて理解できる共通点があり、それは、「私は幸せにはならない」と覚悟をした人が嘘をつく人になることです。

そこには、スピリチュアルな心の認識にてわかる嘘をつく人の意味があり、平気で嘘をつく人の真意の状態と苦しみがあり、嘘をつく人が教えてくれる幸せになる方法があります。

嘘をつく人をスピリチュアルに紐解き、嘘の意味を共有します。そして、嘘をつくことの理解から、嘘をつくかどうかの動機作りの一助となれば幸いです。

嘘をつく人のスピリチュアルな認識

嘘をつく目的

嘘にはさまざまな解釈があり、良いようにも悪いようにも捉えることができますが、嘘の本当の意味には、良いも悪いもないシンプルな目的があります。

嘘をつく人には嘘をつく目的があります。
その目的には、自分のためになるのか、自分のためにならないのかの二つの効果があります。

嘘をつく目的
  • 自分の利益のため
  • 自分の利益にならないため

 

自分の利益のために嘘をつく人はパフォーマーや詐欺師

自分の利益となる嘘の場合、自分の喜びのためとなり、遊びや妄想、人のための嘘や人を喜ばすためのパフォーマンスの意味があります。

妄想や空想で自分が喜ぶための創造をします。
娯楽や遊びとして自分が喜ぶために人に表現する嘘(映画やドラマや小説など)をつきます。
人のことを考えた優しさからの嘘(相手が喜ぶことが自分の喜びとなり、自分が困らないことが喜びとなる)をつきます。

自分の利益のために嘘をつく人は、自分の喜びを優先しており、そこに他者を含むことで他者の喜びも同時に生み出すことができます。

おもしろい作り話を人に提供することで人が喜ぶ際には、嘘をパフォーマンスとして表現して自分が喜び、他者も喜ぶ行為になります。

同時に、人を騙す詐欺やペテンとして、お金や名誉や権利や権力などを得るために嘘をつき、自分の利益を得るための方法にもなるのが嘘です。

スピリチュアルな話には科学的な認識ではないことから、事実確認が困難であるために嘘が多くなる傾向があり、その際も同様に、自分の利益のためか、自分の利益にならないためかの二つの目的があります。

 

自分の利益にならないために嘘をつく人が本物の嘘つき

嘘つきには本物と偽物があります。

本物の嘘つきとは、嘘をつく際に自分にも嘘をつき、全てを嘘で埋め尽くします。

パフォーマーや詐欺師は嘘だと理解した上で嘘をつくので、嘘をつく自覚があり、嘘というよりも“演技”に近くなります。

自分の利益にならないために嘘をつく人は本物の嘘つきでして、そこには嘘をつく真の目的があります。

 

嘘をつく真の目的とは

本物の嘘つきを知るためにも、嘘をつく目的である、“自分の利益にならないため”という訳のわからないことを紐解きましょう。すると、嘘をつく真の目的が見えてきます。

 

自分の利益にならないための嘘とは

“自分の利益にならないため”の行為を人に提供することで、自分に嘘をつき、他者に嘘をつくことで矛盾を生み、自分の利益にならないだけではなく他者の利益にもならない謎行為となります。

それが、嘘をつく意味です。

  • 自分の喜びにも利益にもならない戯言を提供する行為
  • 他者の喜びにも利益にもならない戯言を提供する行為

「どうしてこんなことをするのか?」
この行為の意味、嘘をつく本人にもわかりません。

自分のことのみを考慮して他者を巻き込む行為であり、自分を考慮しているのに自分のためにはならない結果にはスピリチュアルな理解があり、嘘をつく真の目的が現れます。

 

嘘をつく真の目的は“全部嘘固め”

若干、技のような名前です。

自分の利益にならないためとは、“自分を苦しめるため”の意味があります。それは嘘をつく人のみが体感できることです。

本物の嘘つきとは、全てに嘘をつきます。真実がなくなるほど嘘をつくので、何が真実か誰もわからなくなるほどに嘘をつきます。

それは、自分を苦しめるための矛盾のばら撒き行為でして、他者を巻き込むことで、より自分に苦しみを作り出す行為です。

嘘をつくことは矛盾を作り出す行為であり、事実とは異なることを空想して矛盾を作り、行為の目的が自分のためではない矛盾と、さらに自ら自分を苦しめる矛盾から、純粋に全てが矛盾となる不思議な世界の出来事です。

少しわかりずらいかもしれませんが、少しずつわかりやすくなるかと思いますので、先を読み進みてみてください。

※嘘をつく状態については、自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を見つける機会 をご覧ください。

自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を見つける機会自分とは何なのか? 迷子なのか? 彷徨い人なのか? 演技なのか? 自分がわからないとはどういう意味か? 本当の自分がいるのか?...

 

嘘をつく人のスピリチュアルな認識

嘘をつく人によって困る人はあまりいません。そのため、嘘に良いも悪いもないのですが、“偽物の嘘つき”は演技をして自分の利益を上げようとするので、他者を巻き込む際には被害として困ることがあります。

そんな偽物は抜いて、“本物の嘘つき”に関して言えば、嘘に良いも悪いもありません。

嘘をつく人の戯言を信じたことから裏切られたと思うことで、嘘をつく人を嫌いになる場合がありますが、それは信じていたのではなく依存や執着をしていたことを表し、嘘をつく人同士にしかわからない依存し合いの理解があります。

嘘をつかれても、その人に依存や責任転嫁となる執着をしていなければ、嘘をつかれようと影響はなく、悪い印象を持つことも反感を持つこともありません。そして、同時に関わることもありません。

 

嘘をつく人は自分と他者の両方に嘘をつく必要がある

嘘をつく人に依存や執着がなければ、嘘を鵜呑みにすることはありませんので、「嘘でした」となっても、「ガビーン!信じていたのに…」とはならず、「なるほど、そうですか、ペラペラ」と雑誌を読みながら冷静に対処して終わります。

スピリチュアルな認識では人々の関わり合いには引き寄せや波動の仕組みがあり、嘘をつく人が目の前にいることには、自分に嘘をつく人との同調があることを意味しており、自分も嘘をつく気持ちがわかったり、嘘をつく人だったり、または嘘つきと一緒にいるのを楽しむ人だったりします。

嘘をつく際には、嘘に対する反応や結果が伴わなければ、嘘をつく人はドギマギしてしまいます。

嘘をついても他者の反応が、「ふーん、そうなんだぁ、モグモグ」とお団子を食べながら流されたら困ります。

すると、自分に対して嘘をついていた事実だけが残り、自分の中での決着が必要になります。

「私は今嘘をつきました」という自分との直面状態からバトルモードに入ります。

闘う意志も勇気もなければ、居ても立っても居られなくなり、イライラしたりモワモワしたり、不安感の対処に勤しむこととなり、その場を逃げ出したり自分を見ないようにして、自分にも嘘をつき続けます。

そこには、嘘をつく際に残る未解消のカルマが発生します。

 

嘘つきは未解消のカルマを生むスピリチュアルな意味がある

自分自身の発した気持ちは、自分で責任を取る必要があります。
※カルマ(因果応報)とは、自分の発する気持ちと動機に対する生み出しと責任の完結

嘘をつくことで、他者にその責任をなすりつけようとする意図があったのに、反応や影響がなければ自分で責任をとらなければならない明確な事実が残ります。

しかし、自分で責任を取らないで自らにも嘘をつき、嘘をついたことすら嘘にして、嘘などなかった嘘にして、気持ちなど発していない嘘をつき、自分は嘘をついていないと嘘をつきます。

このように本物の嘘つきは、全部嘘固めをすることで、自分を苦しめるスピリチュアルなカルマを生みます。

カルマは自分が嘘をつく際の気持ちと動機によって、いつか返ってきます。そのようなことを日常的に繰り替えすことは、“自分の利益にならないため”以外の何物でもなく、謎にカルマを蓄積し続ける行為です。

カルマの責任とは受け入れ(受け入れには、受け入れないことを受け入れることも含まれる)。
受け入れるも受け入れないもせず、他者に全ての反応や結果を依存する行為が嘘。
嘘をつく行為のカルマを生み出す責任者(本人)が、その責任をとらないことの矛盾が生まれ、それは不調和として波動が残り、さらにカルマとして嘘をついた気持ちと動機の責任はまわりまわっていつか返ってくる。

嘘をつく人のスピリチュアルな認識では、嘘をつく際に他者の反応があることで自分の責任を見ないようにする逃避術を持ちますが、他者が嘘に対する反応をせずとも、カルマは常に生み出されています。

※嘘をつく人とつかれる人の関係性は、嘘をつく人が嫌いなのは自分を知るから。つく人とつかれる人の関係性 をご覧ください。

嘘をつく人が嫌いなのは自分を知るから。つく人とつかれる人の関係性嘘をつくことは、世の中のルールでは良し悪しの両面を持ちます。 自分に損害を与えられなければ迷惑と感じませんし、イライラもしません。 ...

 

嘘をつく際の大切なこと

嘘とは全てを完璧に矛盾にすることによって、嘘の意味となる“求めていない自らの苦しみ”が作られます。

嘘をつく行為に意識や理解があると、嘘にはならず演技になります。演技をすることで嘘の意味がなくなり、それは嘘ではなくなります。

嘘をつく際に大切なことは、嘘をついている自分が嘘であることと、嘘をつく目的を知らないことです。それが本気で嘘をつく“本物の嘘つき”です。

嘘をつくポイント : 自分ではない嘘の自分で、嘘をつく目的を理解しない

※理解しないのは何も考えないのではなく、間違った理解をしていることが望ましい

嘘をつく人は自分の利益のためだと思って嘘をつきます。
自分を偽るために嘘をつき、自分を卑下するために嘘をつき、嘘をつく目的は困る状況や状態がないように他者を利用します。

しかし、事実はカルマを積み、自分を偽る行為によってより自分を失う状態を作りますので、より自分ではない自分として生きることを促します。

そこにあるのは、苦しみを味合わないための他者の利用によって、自らを苦しめる矛盾です。

「嘘をつくことは自分のためにならない」と知識で頭に入れていても、受け入れて理解していなければ問題はありませんので、嘘をつく本当の意味としての効果がもたらされます。

ですが、ここでの内容を自覚することで本物の嘘つきではなくなりますので、自分の真意に合わせてご活用ください。

 

平気で嘘をつく人の末路にスピリチュアル

嘘をつく人のスピリチュアルな覚悟

嘘をつく際には自分に利益にならないための目的である、“自分を苦しめる目的”があります。

しかし、嘘をつく人は目的を知らないことで矛盾と共に苦しみを作るので、自分の行為や目的を理解していないことに嘘をつく意味があります

スピリチュアルな概念では、人と人との関わりでは波動認識を基にしたエネルギーの奪い取りや搾取がありますが、嘘をつく人はそういった攻撃性を持ちません。

あくまで自分の不解消や不調和の違和感を拭う目的として、人を利用する目的を持ちます。

その為、攻撃性はなく、自己否定や自己非難を主体として自分の存在価値を見出す行為をしていきますが、嘘をつく行為は全てが綺麗に矛盾となるので、嘘をつく意味を本人は理解することはできません。

しかし、結果として嘘をつくことで本人のみがわかることとして、より自分を見失い、罪悪感を持ち、自己否定をして苦しみを増します。そしてカルマを生み出して、いつか帰ってくる責任を多くしていきます。

そこには矛盾を基にした矛盾があり、心の認識がないことによる想いの逸脱があります。

 

矛盾に矛盾を重ねることで、平気で嘘をつく人になる

人々の感情や想いを発する際には波動による心の想いが生まれます。それは、心地良い気持ちや、心地良くはない気持ちを感じ、脳の思考と感情とは別に、その瞬間に生み出されて感じるものです。

嘘つきは、思考優位で心の想いがないことで、嘘をついた時の心苦しい想いを無視できます。

嘘をつく行為からの情動を感じないようにすることで、平気で嘘をつきます。
※心の想いとは、喜びや幸せや感謝など、心で感じる愛の含まれた気持ち。

平気で嘘をつき続けると同時に、自分ルールとして思い込んで決め付けた“罪悪感”を作るので、カルマのように罪悪感を自ら作って味わい続け、それを味合わないためにもさらなる嘘を重ねていきます。

 

罪悪感を作り続けることで覚悟が生まれる

心の想いがないことで、嘘をついた際の心苦しさは脳の思考のみとなります。その際には、「嘘をつかれた人は困っているだろう」と自分の主観で決めて、罪悪感を作り出します。

心の想いを無視できることでやりたい放題に嘘をつくことが可能ですが、心の認知がますますなくなります。

罪悪感は思考次第でいつでも消すことができますので、罪悪感が消えた時には嘘をついて生きる選択をしたこととなり、それは、「私は幸せになりません」という中身のない無意識の覚悟を意味します。

嘘をつく人は心の想いを感じないことから、自分を苦しめて幸せにならない結果を作り、それが生きる上での覚悟として、「幸せにならない」と決めることになる。

 

嘘をつく人の末路

嘘をつくことは純粋なる矛盾の連鎖を作りますので、嘘をつくことで嘘を塗り固めて止まらなくなります。

嘘を解消するために嘘をつき、嘘をやめるために嘘をつき、嘘をごまかすために嘘をつき、自分を嘘にして存在も嘘にします。元々嘘の自分が嘘をついて、その自分を嘘にしていきますので、嘘の上塗りの全部嘘固めは止まりません。

そして、自分を守るための嘘は中身のない自分を作り、嘘は“プライド”になります。

プライドを持つことは嘘をつき続けることを意味しており、プライドにて自分を隠すための嘘をついていき、嘘をついている自分にも嘘をついていない嘘をついて、自分を守るための嘘が自分を見出さないための嘘となり、その行為も嘘となり、自分が何をしているのかがわからない状態を作るがそれも嘘であり、平気な顔も嘘であり、全部嘘なのも嘘かもしれず、そこには嘘をつく人の終着点となる末路が表れます。

長い道のりの末にあるのは、毛むくじゃらで自分を包み込んだゆで卵であり、そのゆで卵の脇腹にあるプニプニスイッチを押すと、半分から割れて出て来る、「ドッキリでした」という嘘フラッグ。

そこに書かれているのは嘘をつく人の末路。

嘘をつく人の末路 : 不幸

嘘をつく人は不幸になります。

嘘をつく人は矛盾を作ることで、“自分がしたいことをあえてしない”という謎の状態を作り、意味がわからないままに自分を行動させることで、自らを強制し押し付けて義務を生み出します。

そして困ることで嘘をついてごまかすというさらに矛盾を積み続け、おわることのないジェンガのプロとなっていきます。

自分に嘘をつくことで自分を苦しめ、一瞬のその場凌ぎの行為には効力がほとんどありませんので、気付きからのぶり返しの落胆の即効性があります。

そして、嘘をつく人の行為は、「私は幸せになりません」という無意識の覚悟となります。

 

嘘をつく人の意味は誰もわからないのが嘘のスピリチュアル

どういう意味か?これは誰にもわかりません。嘘とは中身のない空です、マジックです、イリュージョンのファンタジー。この世はスピリチュアルな作り物?

いえ、不思議屋さんがはびこる楽しくて謎だらけのアミューズメント空間、「わぁー、なにこれー、楽しいー♪」と言った瞬間に全てシューと空気が抜けるように空間がなくなり、現れるのは赤ん坊の自分。

「ばぶ(ヨッ)」と右手を可愛くちょっと挙げて挨拶し、後ろを振り返ってヨチヨチ歩いていきます。

「どこに行くの?!」と声を掛けると、こちらを振り返り、「ばぶー」とにやけると元の世界に戻ります。

しかし、ここはどこでしょう。そうです、嘘の世界、あなたは初めから存在していません。あなただと思っている自分は、着ぐるみを着たゆで卵…。

すいません、取り乱しました。続きをお読みください汗

 

嘘を見抜く方法

嘘は誰にもわかりません。スピリチュアルな内容には嘘が多くあります、この内容も嘘かもしれません。

しかし、嘘をついているかどうかを見分けるとても簡単な方法が一つあります。

オーラが見える、お化けがいる、守護霊や指導霊がいる、ヒーリングやチャネリングやポンデリングがあり、霊媒だか商売だかがあり、宇宙人だか昆虫人だかがいて、スピリチュアルだかアル中だかがある。

ただ一つだけ、嘘をついている人は幸せではありません。

私にはそれしかわかりません。

嘘をついているかどうか、幸せな人はわかります。本当に幸せなら、わかります。

 

嘘をつく人からわかる幸せになる方法

最後に嘘をつく人が教えてくれる“幸せになる方法”をお伝えして終了したいと思います。

嘘をつく人が不幸になることから、幸せになる方法が見出されます。
それは、素直になることです。

素直とは一切の嘘なく、受け入れて生きることです。
嘘をつく人とは正反対に、カルマも陽のカルマとしての引き寄せを生み出して、幸せを寄せ集めていきます。

幸せになる方法 : 素直な人になる

※自分に嘘をつかないことで、受け入れる許容が広がる

素直な人にはスピリチャルな心の認知があり、幸福をもたらす仕組みがあります。

嘘をつく人はスピリチュアルな心の認知の反発による矛盾となるので、幸せになりたい心からの想いが強いことを示します。

想いが強いことは、心の認知である愛が強いことを意味しており、より一層矛盾を生み出して不幸になっていきます。

ですが、嘘をつくことは体の反応による中毒性はありませんので、自分次第でいつでもやめることができます。

私は根っからの嘘つきでしたので、ここでの話は過去の自分に向けた内容としても書いています。そして、嘘をつく人が改善したい場合には、必ず改善できることを知っています。

どうして嘘をついているかを認識してみてください。何のために嘘をついているかを理解してみてください。

答えがないはずですので、理解はありません。しかし、謎の行為をしている自分の認識が残ります。

その自分をどう感じるかを受け入れることで、嘘をつくことを望むのか、素直な人への道を望むのかを選択することができますので、残りはご自身の意志に沿っていきます。

嘘をつく理由を紐解くと、自分を出すことへの恐怖と不安が現れる。
嘘をつかない自分を作るのではなく、嘘をつかない本当の自分を探し出すことによって、嘘をつかない自分を取り戻す。

赤ん坊の「ばぶー」は、「素直にね」という愛の囁きでした。

※嘘を直す方法については、虚言癖を直す方法は嘘をつく人が知る。子供から始まる空虚にさようなら をご覧ください。

虚言癖を治すにはジーっと感じる|子供から始まる嘘をつく癖とお別れ口から出る出るでまかせが。 虚言癖の嘘は止まりません。なぜならば、嘘をつきたいとかつきたくないとかの概念はなく、「嘘は私の身体機能...

 

嘘のスピリチュアル まとめ

嘘をつく人にはスピリチュアルなカルマと波動の認識があり、自分がいないことから嘘をつく矛盾の始まりがあります。

嘘をつく人は自分自身で歯止めが効かなくなっていきます。
それは、「なんのために嘘をついているのか?」を認識していないので、目的がわからず、「その場のみ対処できればいい」「困った状況を一時的に凌げればいい」と思います。

そこには完全に中身のない状態が生まれ、なにもかもに意味を見出すことのない矛盾があり、嘘をついた人のみに与えられる苦しみと不幸、そしてスピリチュアルなカルマの積み上げです。

その際には、スピリチュアルな心の認識はなく、脳の思考もなく、肉体の感覚もなく、何もない状態です。

自分の行為にも拘わらず何もない。そんな空白の中に、「これで自分のためになる」と決め込んだ嘘の自分を置くことで、嘘の意味が生まれます。

完全なる純粋矛盾の始まりです。

いくら嘘をついても、嘘をやめたければやめることができます。

その際には自分に打ち勝つ勇気を持つか、心の傷から作られる恐怖と不安を紐解いて、ありのままの恐怖のない本当の自分を探してみてください。

生まれた時から嘘をつく人はいませんので、本当の自分を取り戻すことで嘘をつかなくなります。

大切なことは、嘘をつくらない自分をつくるのではなく、本当の自分を探し出すことです。

嘘をつく人には攻撃性がありません。エネルギーを奪い取る人とは別概念であり、自分を見失って何をどうしたらいいのかがわからないことでの対処として嘘をついていますので、本人にとっては必要な行為です。

ぜひ自分がどうして嘘をついているかを考えてみてください。
必要なものかどうかを考えて、必要がなければ自分の心の傷である過去に遡って、自分のペースで自分との対面をしてみてください。

それでは、嘘をつく人のスピリチュアルな覚悟と意味についての共有を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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