心理と特徴

【洞察力の先にある眼】本質を見抜く人のタイプ別特徴&怖い理由

何も言っていないのに、まるで丸裸な気持ち。

「核をどう突いてくるか、心臓をえぐり取ってくるか、自分にもわからない事実を知っているかもしれない」

怖い。

稀にいる本質を見抜く人。

怖いと感じるほどの見抜く力は、慧眼(けいがん、えげん)と言う類まれな能力。

洞察力とは違うために、どうしても怖くなる理由があります。

ここでは、怖いと感じるほど本質を見抜く人の世界を言語化します。

  • 本質を見抜く人への恐怖心がある
  • どうして怖くなるか知りたい
  • 怖い時の対処法を知りたい

本質を見抜く力を紐解くと、「怖れる以上に自分のためにしてしまえばいいんだ」という考え方が見出されます。

怖さを緩和し、「人の眼」を知る一つの考え方となれば幸いです。

本質を見抜く人のタイプ別特徴

本質を見抜く人のタイプ

本質とは現実、それそのもの、その人そのもの。

SDGsの本質は何か、環境か、子供か、人間の欲望理解か。

物事や行動に対する意思や意志本人自らの深い力やエネルギー源心や魂とも言える部分です。

例えば、ハエの本質。

ブーンと煩わしさやエイリアンチックな見かけ(外面)があり、花の蜜や果物を口から出す消化液で溶かして食べる実態(内面)があります。

本質は排泄物を吸収分解して、地球の掃除役を買って出ていることかもしれません。

何を持って本質とするかはハエのみが知っているため、ハエを知れば知るほどにわかります。

人間であれば、一人一人に歴史があり、肉体、脳、心、魂があります。

意識があり、メンタル、思考、感情、想い、意志があります。

目の前の人にとっての現実、あらゆる自分という乗り物を基にした認知・認識の構成世界があります。

嘘や誤魔化しなく、その人をその人として捉え、そのままをそのまま捉える先に本質があります。

そのまま捉える際の邪魔となる抵抗や曖昧性をなくすことに、本質を見抜く力があると考えます。

そんな本質を見抜く人は大きく二つのタイプに分かれます

本質を見抜く人のタイプ
  1. 洞察力が高い人
  2. 慧眼(けいがん、えげん)を持つ人

一つずつ見ていきましょう。

 

本質を見抜く人の特徴:洞察力

洞察力とは、物事の本質を見抜く力。

洞察力が高い人の特徴には、このようなものがあります。

洞察力が高い人の特徴
  1. 認識力が高い
  2. リーダー向き
  3. 思考フリー
  4. アーティスト、哲学、心理好き
  5. 自分や人間の理解や興味が深い
  6. 子供っぽい
  7. 直ぐ遊ぶ
  8. 一点集中型、飽き性
  9. 自分が他人のよう
  10. 人にあまり興味がない
  11. キャラ設定多

洞察するためには、まず対象をよく見て捉え、次に自らの思考に戻って情報を整理して考える必要があります。

その後に、自分から離れて相手側の立場や思考や気持ちになって本質を見抜きます。

順番はこうです。

①観察 → ②考察 → ③洞察

①観察は自分を主観に、相手をジーッと見ます。

②考察は自分を主観に捉えた情報を、脳内でコネコネします。

③洞察は自分の主観をなくして相手の立場になった認識も含め、総まとめします。

スポーツを覚える時と同じイメージです。

テニスの上手な人をまずはジーッと眺め、「こうかな、シュッ」とフォアストロークしてみて、上手な人に後ろから腕を持ってもらい、「こうやるんだよ、シュッ」と実際に教えてもらい、最終的に自らでシュッを理解する。

人を見たり、物事を見る時は、何もわからない事前状態ではなく、これまで生きてきた経験によって情報取得、整理、循環、処理が上手くなっているため、段階を踏んで洞察まで行くと本質を見抜く力になります

例えば、私が英語も話せずに海外へ旅立った当初、毎日恥ずかしい思いばかりしていました。

バスの到着地がドライバーのアナウンスしかなかったので、バス停に停まる毎に、「Tauranga?ここあるか?」とドライバーや他の乗客に聞いており、みんなに笑われていました。

この時、周囲を観察すると笑顔が見えます。

笑顔やみんなが隣の人と話し出す様子を、一度私の脳内に持ち帰って考察します。

そして、相手の立場で私自身を捉えて洞察すると、周囲が笑った意味やみんなの本質がわかります。

相手を下に蔑み虐める見方をしていないので、私は恥ずかしくても一切嫌な気持ちになっておらず、微笑ましく思ってくれる優しさだとわかります。

より相手側の立場や思考や気持ちに寄り添えると、相手が何を考えて、どんな気持ちでいるか、その真意は何か、正確に本質がわかります。

洞察力が高まると人それぞれに仕事場でのリーダーシップになり、先見性になり、悩み相談ができ、問題解決能力が高まり、相手に合わせて調整もでき、あらゆる力に応用できます。

 

本質を見抜く人の特徴:慧眼(けいがん、えげん)

  • 慧眼けいがん
    …物事の本質を鋭く見抜く力。
  • 慧眼えげん
    …仏語。五眼の一。二乗にじょうの人がもつ、一切の事物を空であると見通す智慧ちえの目。

※コトバンク引用

意味は本質を見抜く、見通す力です。

どちらも同じ意味を持ち、仏教では慧眼(えげん)と言います。

意味合いは洞察とも同じですが、仏教の意味合いを含めると、自分や他者という個体の呪縛から解かれた状態にいます。

初めに、慧眼を持つ人の特徴をご覧ください。

慧眼を持つ人の特徴
  1. 認識力が高い
  2. 他者自身も知らない本質まで見える
  3. 分析を好み、無意識レベルで常に思考中
  4. 謙虚でありながら、自分の興味事にわがまま
  5. 一点集中、没頭型
  6. 飽きずに一つのことをやり続ける
  7. 固定観念がなく、善悪・正否の空虚を知る
  8. 仏教にある「空」の理解者であり、無と有の意味を体得
  9. 他人に興味がないだけでなく、世の中にも興味がない
  10. 楽しいことへの興味と好奇心がとにかく強い
  11. 偉人の知恵から学ぶ合理性&怠け癖
  12. 常に認識をアップグレードしている

慧眼を持つ人の魅力は、自分の意見に対する正解や間違いへの執着がない点です。

「あなたは正しい」と言われれば、「ふーん」
「あなたは間違っている」と言われれば、「ふーん」

善悪や正否への固執がないさま、他の評価や反応を一切気にしないさまでもあり、時と場合に応じて正しさや答えが変わることを知っている意味でもあります。

必要に応じて他の意見や情報を受け入れ、自らの認識をアップグレードし続けるがゆえの様相。

慧眼は洞察力が高い人以上に、「怖さ」を与える理由があります。

詳しく見ていきましょう。

※勘が鋭い人の詳細は、【第六感がある】勘が鋭い人の秘める力は現実主義者の象徴 をご覧ください。

 

本質を見抜く人が怖い理由と対処法

慧眼にて本質を見抜く人は怖い

洞察力も慧眼も共に本質を見抜く力です。

しかし、慧眼の持ち主は本質を見抜く際の深みが、洞察の先にあるのが大きな特徴です。

順番はこうです。

①観察 → ②考察 → ③洞察 →④慧眼

③洞察の段階で自分主観を手放して相手の立場になった後、自分と他者両方を俯瞰します

「私が正しい、この意見が正しい」と思うことはなく、常に移り行く物事や人間を洞察しながら、自分主観でも他者主観でもない、まるで空高く飛ぶ鷹のように全体を主観に捉えます。

これが善悪や正否の概念を手放し、物事への執着をなくし、仏教でいう「空」の理解になり、悟りの段階へ入ります。

「悟るなんて高宗だ」と思えるかもしれませんが、仏教には五眼[肉眼、天眼、慧眼、法眼、仏眼]があり、慧眼の次にはまだまだ先があります。

「慧眼は物事の本質は見えるけれども、分別がないので人々に利益を与えられない」とすら言われています。

これが怖いと思われる理由に繋がっていきます。

 

慧眼の持ち主は相手の心を傷つける可能性がある

怖くなる大きな要因と考えられるのが、本質を見抜きながらも、善悪や正否概念を手放しているので、「これが相手のためになるかどうか」の分別がなくなることです。

「これを言ったら相手が傷つくかもしれない」と思わない。

「世の中は無であり、常に移り変わっているのだから、傷つくこともまた意味がある」という考え方になります。

人それぞれ相手側が持つ固定観念や善悪ルール、社会の常識やルールなどの固執をも一緒に手放してしまう状態です。

本人にとっては何の問題もなく、これからまだまだ成長していけるのですが、関わる周囲は大変です。

真理の体得によって本質を見抜く力が高く、一般的には隠し通せること、嘘や誤魔化しが通用せず、本人でも知らない本人の内面を知っています。

まるで心臓をいつでも抜き取れる立場にいるので、関わる側は恐怖心を抱きます。

私達多くは直視したくない、認めたくない、許せない、罪、逃げたい過去や現実を抱え、コンプレックスに心の傷やトラウマを内包します。

慧眼の持ち主は、「これが空であり真理なんだよ、ガバッ」と心を開くお節介を悪意なくする可能性があり、ここに怖ろしい問題点があります。

なんせ真理であり本質的には相手のためになると思っています

実際に相手のためになると思いますが、それはその人の100年後か、1000年後か、はたまた10000年後かもしれません。

悪意なく、本質的には重要なことをする前提認識で世界を見ているため、関わると一体何を知られて、何を言いだすかわからない未知があります。

宇宙人との遭遇と同じ。

頭ドデカ人が突然玄関の前に立っていた時、「わわわ、what?!!!」と急に英語が出てくるように、脳内で対処できないとパニックになり、受け入れるとは到底かけ離れたます。

未知であり、一切相手のことが把握できず、自己内部で恐怖対処するための想像や思い込みも働かない時、怖くて関わるのが嫌になります。

私の理解では、慧眼者は孤独であり、孤独を愛します。

慧眼から洞察に一旦戻る大切さがあり、俯瞰も大切ですが一旦相手側に寄り添う、そんな[戻る=進む段階]になる空の領域にいます。

※怖さにてわかる心理は、頭の回転が速い人に怖くなる理由&体験談【ついていけない時の改善策】をご参照ください。

 

洞察力が高い人の怖さは別物

慧眼と洞察を分けてお伝えしているのは、本質を見抜く人に対する恐怖レベルが違うためです。

慧眼は心の奥底まで捉えているので、仕舞い込んで鎖グルグルして南京錠100個付けた隠し事、見たくないと誤魔化して逃げ続けている現実を、「あ、500円玉落ちてるよ、はい」くらいのノリでベロベロンと露呈させてきます。

ダウン、速攻ダウン。

「心臓えぐり取ってますけど?!」と傍からみると驚愕ですが、本人はいたって気にせず、「大丈夫、恐怖心とは愛だから、ね」とかなんとか言ってます。

社会的には、心の領域は他者が介入する場所ではないので、絶対的に尊重や敬いが大切ですが、真理の体得者には通用しません。

「え、家が爆発、じゃあ今日はお祭りだっ、いえ!」と、概念がないとてんで自由な世界を生きています。

人によっては技術を社会に持ち込み、「これは100年早い」と暗殺や欲望を巻き込み、大変なことも起きます。

一方、洞察力によって本質を見抜く人は相手に与える影響力が下がります。

下がると言っても既に相当高いですが、慧眼という心の奥底ではないので、恐怖心を抱くレベルが変わります。

もちろん怖いと感じることに違いありませんが、洞察力にてできるのは頭の牛耳り、洗脳であり利用。

心ではなく、思考である価値観や観念を読み取り、相手の想像域を把握して先読みするなど、既存の概念や情報に基づく範囲に限定される特徴があります。

私達は自らの経験を除いて、ほとんどの事柄は自分以外の“他(人、影響、情報、ルール、常識、文化、歴史…etc)”からインプットして脳内で練り込んでいます。

社会行動学がわかるとなんとなく人間の概要が把握できるように、知識を入れ込んで洞察すると、相手の状態、状況、思考、心理、精神状態が予測しやすくなります。

後は如何に相手側の立場や思考や感情を把握するかによって、本質を見抜きます。

「このターゲット層を狙えば、この土地であれば5年後には元が取れる」

「平気を装っているけど、嬉しくてしょうがないんだ」

「十中八九この人は嘘をついているだろう」

「今、本当はこう思っているだろうな」

まるで見透かされているような気持ちになり、「一体何を企んでいるのか、信用できないな、心を開かないようにしよう」と思える怖さになります。

怖いけれども事前準備や対策を講じられるので、未知への恐怖ではなく予測できる恐怖になります。

「人を信用できない、相手を理解して優位性を取りたい、正当性を見出してメンタル保持したい」など、本質を見抜く人による怖さではなく、自らの固執や執着によって一方的に恐怖心を膨らませる人もいます。

 

怖い時の対処法①:チャンスにする

慧眼を持つ人は稀ですので、関わっている場合は自らの本質を知るチャンスです。

突然何を言いだすかわからず、いつでも心を見ているので、心を開きたくない抵抗があると疲れてしまいますが、いっそのこと心を開けば解放されます。

真理の体得者であり概念に固執しない人ですので、如何に自らに固執と執着せず関われるかがポイントになります

自分次第で、怖さは心の固執を強める可能性にもなり、恐怖心を克服して前に進む機会にもなります。

恐怖心とは誰しもが嫌だと感じるものですが、無理矢理怖さに飛び込んで耐えるのではなく、「自分自身にある執着の原因を知る」という目的にフォーカスすると物事は好転します。

機会がある方は、「自分を変える」など何かしら目的を持って関わるのがおすすめです。

※変わった人が多いので、見極めをお忘れなく

 

怖い対処法②:心を開かない

慧眼者ではなく、洞察力が高い人への怖さも対処したいものです。

物事の先読みができ、周囲によく気がつき、相手をしっかり見ているため、関わると気が抜けない気持ちになるかもしれません

心の領域に踏み入られたくない防衛意識が高まり、何を知られるか、弱味を握られて利用される可能性もあり、相手への不信感が強まります。

この怖さを感じる場合、最初にしたいのがこちらです。

「この人に心を開いて関わりたいか否か?」の答えを出します。

「この人は心を開く対象ではない」となれば、心を開かずに関わりましょう。

深い話をせず、濃い内面ではなく、雑談や表面上の娯楽、その場を如何に楽しみ、流すかにフォーカス。

心を開かずとも私達には社交性という共通ルールがありますので、当たり障りなく、適度に楽しみ、円滑な人間関係を作れます。

怖くならないために自他の境界線をはっきりさせ、関わり方を決めると対処しやすくなります。

 

本質を見抜く人が怖い まとめ

本質とは一体なんなのか。

見抜くからには相手側の立場になり、自分からも他者からも離れて全体をクリアに見通すスタンスがあります。

さらに、根底の価値観や観念に従うのではなく、今この瞬間のリアルをリアルとして見透かし、嘘や誤魔化しに翻弄されずにあらゆる抵抗がある中をかき分け、真実を捉えます。

物事を認識する量が多く、幅が広く、質が深く、邪魔に惑わされないクリアな眼。

人の眼を極めて行く過程で、「人間とは、怖さとは」という哲学へ向かっていきます。

その先に見える本質とは、本人でも知るのが難しいリアルな世界。

おそらく、誰しもが本当に素晴らしく愛に満ち、そして恐怖に溢れた美しさだと思います。

そのため、実相の理を見る慧眼者は、何の躊躇もなく美しさを表現します。

しかし、美しさは恐怖でもあるのが私達人間であり、より奥を深める複雑さや人間味です。

本質を見抜く人の怖さを知っていただくとわかるのは、自分のことは自分が最も知っていたい、そんな気持ちかもしれません。

己の歴史を築いたのは紛れもなく本人のみ。あらゆる経験、気持ち、記憶を保管し、全てを体感してきたのは本人のみ。

自分を知りたいという気持ちも本質、その先にある自分自身も本質。

怖いからこそわかることがお役立ちとなれば幸いです。

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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