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【洞察結果】電車やバスで隣に座られないのはなぜ?心理とスピリチュアルな答え

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「あれ、もしかして鼻くそ付いてる?」

電車やバス内で隣に座られない時、何かおかしなことになっていると危惧。

実際おかしな点はない、にもかかわらず誰も座ってこない。

「みなさん見えてますかー、ここ二つも空いてますよー、ファファー」と拡声器音量MAXですが、自分の中で儚く響く心の声。

理由がわからないと不安になってしまいますので、ここでは体験にて気づいた、隣に座られない謎の紐解きを見ていかれてください。

  • 隣に座られない心理的な理由とは?
  • 隣に座られないスピリチュアル的な理由とは?
  • 隣に座られない体験にて気づいたこととは?

これらの理解にて、「隣に座られないのは、知らぬ間の個の主張」と知っていただく内容となっております。

座られる時と座られない時を体験したことで洞察結果を導き出しましたので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

電車やバスで隣に座られない理由

隣に座られない理由は二種類

理由にはわかりやすいものと、わかりにくいものがあります。

隣に座られない理由
  1. 顕在的な理由(自覚)
  2. 潜在的な理由(無自覚)

顕在意識に基づく理由は自覚できるので、とてもわかりやすいです。

  • においが強烈、耐え難い
  • 見た目がいかつい、けばい、不潔
  • 他とは違う状況、目立つ格好、特異なさま
  • 音楽がうるさい、ガムのくちゃくちゃなどの雑音
  • 態度の大きさ、横幅の広さ、座席の食い込み利用
  • キョロキョロしている、不審で何をするかわからない言動

違和感や心地悪さを与え、距離感を取りたくさせます。

これらは自覚できるはっきりした理由。自らの在り方を直すことで解消できますので、もし該当すれば既にわかりきった理由だと思います。

注目したいのはもう一つ、潜在的な理由です。

 

潜在的な言動は隣に座られない理由を知らぬ間に作る

潜在意識とは95%以上の思考や行動を作ると言われ、自らの言動のほとんどが無自覚なまま披露されているのが私達人間です。

知らぬ間に鬼顔、小指ピクピク、鼻クンクン、あんなことしている、こんなことしている。

気にかける価値観がなかったり、当たり前だと思っていることは、気づかぬ内に隣に座られない理由を作っている可能性があります。

この最たるものが、他者に不安を与える言動です。

言い方を変えると、「相手に余計に詮索させたり、思考を稼働させる言動」です。

例えば、上述の顕在的な理由の一つにある、目立つ格好。

潜在的にも不安を与えるもので、目立つ人の近くにいると自らも目立つ括りになります。

私達日本人は恥ずかしいことをとにかく嫌うので、目立たないためにも目立つ人の近くに行くことはしない人が多いです。

何か少しでも思考を稼働させる理由が多い場合、人々は不安を抱き、自己防衛が稼働して難を逃れようとしたり、巻き込まれないように身を案じます。

 

不安を与える言動「気にする心理」

わかりやすく不安を与える言動はありますが、ここでお伝えしたいのはわかりにくいものです。

目立つ格好でも、キョロキョロしているわけでもなく、潜在的に知らぬ間に周囲に不安を与える言動となるのが、「気にする」です。

他の席はどんどん埋まっていくのに、自分の両隣だけ空いていると気になると思います。

この時、「目立つ席」になっていき、「目立つ人」にもなっていきます。

目立つ席になると、ただ座るだけの行為だったのに、「なんかあるのかな?」「あそこは危険なのかな?」と周囲は考えるようになります。

「もしかしてあの人が危険なのかな?」「あの座席は何か事件があったんだ」など、ありもしないこともどんどん脳内に広がっていきます。

詮索や空想に思考体力を取られてしまうので、なるべく考えないようにその場を離れようとする人も出てきます。

誰も隣に座らないことを気にすると、無意識に落ち着かない言動を作り、自らでは気づきにくく、周囲からは顕著にわかる雰囲気を作ります。

冷や汗がジジジ、膝カタカタカタ。

スマホのぎこちない取り出し方、額を触る頻度が増え、髪をいじり始め、視線はキョロキョロし始めるなど、人によってさまざまな言動が発生します。

気にすれば気にするほど知らぬ間の言動が起き、周囲はそれが気になり、空いている座席も気になり、より座らない理由を見出しやすくなり、座る以上に不安をなくし身を案ずることを潜在的に優先し、スススと離れていきます。

 

気にすればするほど不安を周囲に与える

気にすると知らぬ間の言動が生まれ、周囲に不安を与えます。

気にする心理には、自己肯定感や自己評価の低さが関わり、自信がなければないほどに不安を内包しやすいため、周囲との違いを気にしやすくなります。

さらに電車やバス内の完全なる個室・密封・密着空間では、不安と恐怖心はちょっとしたことで一気に高まります。

自然と不安感が増長される環境ですので、少しの異変(大衆的ではないさま)は直ぐに目立ち、ちょっとしたことでも変な人だと認識されたりもします。

環境や国民性も相まって、少しでも普通じゃない何か、言動やさまや雰囲気があると、隣に座られにくくなります。

不安要素を作る潜在的な言動や心理によって、周囲に詮索や思考体力を使わせる影響があり、なるべく余計なことから身を案ずるために隣に座らなくなる、という考え方です。

 

不安を与える言動「気にしない心理」

反対に、気にしなくても隣に座られなくなります。

「気にしない」と本人は不安ではないのですが、周囲が不安になります。

この心理となるのが、「知らぬ間の個の主張

特別感や独自性、自惚れやプライド、自意識の強さや自信過剰など、「私は他の人とは違う」「この私が私」などと「個」を持つ在り方です。

舞台は、[日本+電車やバスなどの集団空間]がマッチングした環境。

日本という集団主義国家、狭い空間でさらに集団、密封、何が起きるかわからない、起きても逃げにくい状況では、少しでもその場の雰囲気に同調しない人がいると、自己防衛が稼働して距離感を取るスタンスに入ります。

暗黙のルールは全土にはびこり、個を持つだけでも環境次第で主張になり、不安要素になる我らがジャパン。

集団に属さない大衆と違うさまは、見た目や態度だけでなく、心理的な在り方として周囲に伝わり影響します。

席に座る人は車内に乗ってきた際に一瞬で座る位置を決めるので、潜在的な決め手を瞬時に把握し、無意識に少しでも不安を煽る、または煽りそうな人がいれば、距離感を持とうとします。

 

気にしない個が強い人は没人格化を拒む

電車内などの知らない人同士の関わりでは、パーソナルスペースを確保して自らを保持・管理・維持する働きをして、周囲からキャッチする情報を減らそうとします。

人を人として捉えず、物のように認識することで、必要な情報以外を無視して、情報量を抑えます。

これを心理では、「没人格化」と言います。

知らない人が多ければ多いほど、周囲に人が多ければ多いほど、情報過多・思考過多・思考体力やエネルギー消費しないために、没人格化を進めていきます。

電車内は没人格化を要する最たる場所かもしれません。

個を持ち、集団に同調せず、電車内の雰囲気に同化しない人がいると、没人格化できなくする障害になるため、不安が多い人ほど隣には座らずに距離を保とうとします。

※電車で変な人と遭遇する仕組みは、電車は変な人の巣窟か楽園か?怖い変な人と遭遇する理由と対処法 をどうぞ。

 

電車やバスで隣に座られないスピリチュアルな理由

隣に座られないスピリチュアルな仕組み

スピリチュアルな捉え方は意識のお話。心理に該当しない場合はこちらが該当するかもしれません。

上述で顕在意識や潜在意識と言葉があったように、私達は何かしら思考や行動する際に意識が働きます。

意識は時間も空間もなく見えもしない、しかし確実にある自分そのもの、というわかりにくいものです。

意識状態や使い方、向ける矛先へのフォーカスの強さによって、見えない領域で周囲の人々に影響を与えます。

この影響が他者に不安を与えているのが上述の心理です。

不安ではなく、不合致や反発を作っているのがスピリチュアルな理由となります。

 

意識の不合致や反発があると隣に座られない

意識とは自分そのものであり、思考や行動する際にはエネルギーが矛先を持って発されます。

自分そのものであることから、意識状態も使い方もエネルギーの強さや弱さも人それぞれ違います。

自分が電車内にいる時、常に意識状態や使い方があり、さらに思考や行動するとエネルギーが自分の周りからブワンブワン出ているイメージです。

意識を誰か他者に向けると、ピュンピュンと相手に矛先が向き、潜在的に相手は「ん、なーに?」と感じ取っていますが、顕在的に気づくか否かは人それぞれです。

見えない領域でさまざまなことが私達人間には起きており、人と人の関わりや繋がりは全て[意識:意識]に基づきます。

この意識が多くの人々と不合致・反発する人がいます。

意識が周囲と合わない人
  1. 自意識が強い(逆エンパス)
  2. エネルギーが強い(オーラが強い)

二つの可能性があります。

 

①自意識が強い(逆エンパス)

一つ目は自意識が強く、意識の使い方は広げて周囲を飲み込むタイプです。

スピリチュアル的には逆エンパスとも言います。

自らの意識を広げ、電車などの密封空間では他者の意識を覆うように飲み込みます。

故意や悪意は一切なく、意識の使い方に気質や性質、自意識の強さが関わり、無意識に常にそうしています。

電車内では他者一人一人の意識と干渉し合い、見えない領域でカンカン、ギシギシと押し合いへし合いが起きます。

パーソナルスペースにも大きく干渉し、近くにいればいるほど自覚しずらいけど確実にある違和感を感じ、「なんとなくあそこには座らない」と自然に周囲の人々は行動し、席が空きます。

※逆エンパスの詳細は、逆エンパスの幸せは明確な線引き|エネルギーの活用で気楽に生きる をどうぞ。

 

②エネルギーが強い(オーラが強い)

意識の使い方以外にも、エネルギーが強いと周囲の人々と潜在的に反発します。

オーラが強いという言い方もします。

周囲が同じようにエネルギーが強い人であれば問題ないのですが、エネルギーが弱い場合には干渉に抑圧されてしまうため、自己防衛が発動して距離を保とうとします。

周囲を寛容に受け入れるエネルギーではなく、個の意識が強かったり、他者への興味がないほど、他者のエネルギーと反発して隣の席が空きやすくなります。

電車内は知らない人だらけで、強制的に集団にさせられる環境であるため、自然と個の意識が強まり、他者に興味・関心が薄れます

電車やバスなどの空間では、エネルギーの強さをコントロールしないと、他者への反発になりやすい特徴があります。

意識の使い方や矛先、エネルギーの強さによって、知らぬ間に他者の意識に干渉し、隣の席に座られないという仕組みです。

※意識同士の人の繋がりは、【嫌いな人がいなくなる方法】自然と去っていくスピリチュアルな仕組み をどうぞ。

 

隣に座られない洞察結果

これまでの内容をわかりやすくするためにも、ここからは私自身の体験から気づいた詳細をご覧ください。

電車内で隣に座られない時の心理と意識

私は昔から隣に座られない人間でしたが、私以上に隣に座られないのが父でした。

父は態度がでかく、姿勢が異様に良く、真正面からしっかり目を見て人と関わる人でしたので、とてつもなく威圧感があり、知り合い以外で周囲に人が座るのを見たことがありません。

私も隣に座るのが嫌なので、少し離れたところでかなり小さくなって座っている子でした。

父は誰も隣に座らないことを一切気にしておらず、私の方が気にしているほどでして、今考えれば自意識も個も強いので周囲を飲み込んでいたように思います。

そんな私は自己肯定感がとにかく低く、父と電車に乗れば余計に自信がなくなるので、とにかく周囲を気にしており、小さく座っている私の周りは老人以外座りませんでした。変な一家です。

成育後も私の隣はなぜか人が寄り付かず、それが楽だったので喜んでいました。

寄ってくるのは同族召喚魔法と言うのか、変な人ばかりでした。

しかし、都内で会社員になった頃から、私の隣に人が座るようになりました

自転車で一時間ほどかけて通勤していたのですが、天気がかんばしくない時は嫌々仕方なく電車とバスに乗っていました。

隣が空けば直ぐに誰か座るので、「あれ、なんで座るんだ?」とこれまでとの違いに初めは変な感じでしたが、徐々に違和感がなくなり普通のことになっていきました。

ある時、自分の違いに気づきました。

 

自分がいなくなっていた時、隣に人が座っている

都内での会社員時代、さらに自転車で行けないから嫌々電車とバスを利用する時。

これらは明確に自分を消す心理状態でした。

「自分という個を掻き消す、私は私ではなく、何者でもない一匹のハエ、名前はかろうじて憶えている」

誰でもない他と同じ、風化、錆びつき、個のない密封空間、家の最寄り駅まで運ぶ箱舟利用、以上。

空虚です。

これはネガティブではありません。電車やバス内という強制的に集団密封する空間を、余計な力を消費せずに使用するフラットな状態。

同調です。

同調は思考体力を使わず、余計に詮索したり、意識を稼働させない方法。周りの大衆と一体化、没人格化です。

無意識に一体化する私は周囲に不安を与えなくなっており、隣の席が空けば誰か座ります。

 

電車内で自分として座ると、隣が空く

「自分がいない=電車内の雰囲気や大衆観念に同調」している時は隣に座ると気づき、私は実験を始めました。

休日、電車で買い物に出かける際、自分を消さないで乗車、ガタンゴトン。

下北沢駅までの井の頭線車内、私の隣は誰も座りませんでした。
中央線の新宿駅までの車内、誰も座りません。
東西線の中野駅までの車内、誰も座りません。

「なんだこれは?!」と楽しくなってたくさん実験してみたところ、自分という個の有無で隣に座るか座らないかが変わると気づきました。

「気にする・気にしない状態」の両方がまさに個を主張する状態でして、集団箱舟に同調しないと、無自覚に目立ったり意識が強まると考えられます。

これは海外でやっても通用しませんでした。海外で個を主張しても直ぐに誰か座ってきます。

日本では、自分という個や意識を消さなければ消さないほど、主張すれば主張するほど、隣には誰も座ってこないと考えられます。

「自分を消したくない」「自分を出したい」「自分が出てしまう」など、自分に対する意識が強いと隣に座られにくくなります。
※ちなみに意識やエネルギーの強い人が、他者への敬いを持って集団尊重すると、自分の周りだけ人が集まります

※人が寄る・寄らない違いは、人が寄ってくる人の人間性は一つ|特徴からわかる人が寄ってこない訳 をご覧ください。

 

電車やバスで隣に座られないのも良い まとめ

幼い頃には父の価値観は全くわかりませんでしたが、今なら少しわかる気がします。

座らないなら座らない、座るなら座る。

一人一人の意見や認識である「個を尊重」していたのかもしれません。

誰も隣に座って来ない父でしたが、立っている人がいればよく席を譲っていました。

立ったら立ったで目立つので、立っても周囲には人がいませんでしたけどね。

私達の住む日本は集団主義ですので同調や大衆を重んじると思います。そこが日本の良さであり、まだまだ個を大切にできる伸びしろにもなる点かもしれません。

今ではあまり電車に乗る頻度は減りましたが、乗ると私の周りはいつも空席、座るのは変人と言われる楽しい人達です。

私は私を消しません。

なにがあっても消しません。

個を消さないと大衆から外れるので不安になることもありますが、席を譲ったり、他者の状況を配慮して自らの在り方を柔軟にできます。

それは自分の尊重だけでなく、他者のためにもなるかもしれません。

誰も隣に座らない。

大いに受け入れてやりましょう。

そんな自分がより大切にしたいと思える自分なのだと思います。

洞察結果に該当するかわかりませんが、何か少しでもご参考になる内容であれば幸いです。

それでは、電車やバスで隣に座られない心理とスピリチュアルなお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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