対処・解消法

感謝の気持ちを持つために知りたいこと│感情ではなく想いという話

感謝の気持ちを持ちたくても持てないのは、「感謝の気持ちとは何かを知らないから」という可能性があります。

感謝とは気持ちであり感情ではありません。

感情ではなく心の想いです。

感謝の気持ちを知らないと感謝することはできず、口から音を発する行為や、規範に則るお辞儀などの物理的概念になります。

ここでは、感謝の気持ちを持つための理解をお伝えします。

  • 感謝とは?
  • 感謝の気持ちとは?
  • 感謝の気持ちを持つための方法とは?

感謝の気持ちを持つためのベースを知っていただき、感謝する人間味を高める一助となれば幸いです。

私自身の感謝を知る体験談にお付き合いいただきながら、感謝の気持ちを持つために必要な理解と、方法をご覧ください。

感謝の気持ちとは

感謝とは喜びの認識と愛の表現

感謝の気持ちを知る前に、「感謝」についてを紐解きたいと思います。

感謝とは、謝りを感じるさまを表すと言われます。

謝り、ありがとう、お辞儀、お饅頭をもらって肩をポンッとすることも感謝です。

意味や語源、他国の認識を踏まえると、大きく二つの意味があります。

  1. 感謝とは喜びの認識と表現
  2. 他者へ愛を伝える気持ち

 

感謝とは①:自らの喜びや嬉しさの認識と表現

一つ目の意味は、自分が対象の感謝です。

他者が何かしてくれた、自らが何かした。自らを喜ばせ嬉しくさせる満足や納得がもたらされたと認識した時に感謝します。

自己表現として、「ありがとう」と言葉を発したりお辞儀したり、何かしら内側にある喜びを外に発することで表現されます。

子供がプレゼントを貰う時に、与えてくれた人そっちのけで喜ぶイメージ。その際の「ありがとう」は他者へのものではなく、自らの喜び表現というものです。

 

感謝とは②:他者への労いや敬いによる愛を伝える気持ち

二つ目の意味は、他者が対象の感謝です。

プレゼントを貰った時に自らを喜ばせてもらい、利益を貰えたことに着眼した感謝です。

「この人は私は嬉しくさせてくれた」という所を認識したり、相手の行為や労力に対する労いと敬いとして、自らの愛を伝えることでお返しや尊重を気持ちとして渡します。

相手の行為や気持ちを貰えたことに対して、お返しの愛をお渡しするというものです。

 

ありがとうとは自らを受け入れるさま

感謝する際の方法として、「ありがとう」という言葉があります。

言葉には言霊があり、波動があり、感情や想いを込めることができます。

言葉にチカラが宿るように、利益付帯の貰って渡してができる感謝の大きなツールです。

「ありがとう」は「有り難い」と書き換えることができ、仏教に由来すると言われています。

「貴重なことが起きた、有り得ないことが起きた」
とんでもない奇跡を目の当たりにして、何としてでも受け入れたいと思えるさまでもあります。

「ありがとう」とは自らを受け入れる行為やさまでもあり、貴重な出来事によって喜びの認識をした表現とも考えられます。

対義語は、[有り難い ⇔ 当たり前]となり、当たり前ではないと理解している状態が感謝とも考えられます。

※感謝の詳細は、言霊のスピリチュアルに神々が宿る|感謝のありがとうは波動の引き寄せ をご覧ください。

 

感謝の気持ちとは自分の愛

感謝や謝りには、喜びの認知や、自らを受け入れたいと思える状態があります。

喜んでいる時、自分か他を敬っている時、受け入れたいと思っている時は感謝の気持ちが発生しています。

この気持ちを自己表現として発するか、愛を伝えるために発するかは人それぞれ。

国の文化・慣習により、日本は言葉の意味から自分にフォーカスして自己表現として発する傾向があります。他者にフォーカスする人は愛を伝えるために感謝します。

自己表現としてであっても自らの喜びの認知であるため、自らに対する労いや敬いなど、受け入れたいと思える自らへの愛を認知します。

感謝の意味は二つあれど、どちらも自らの愛を自らに伝えるか、他者に伝えるかの違いで、共通して自らの愛の認知があります。

感謝の気持ちとは、自分の愛のこと。

感謝するのが恥ずかしいと思う時は、愛を伝える感謝なので、ちょっとこそばゆいなんてことですね。

 

感謝の気持ちは自らが自らによって作り出す

自らへの愛と、他者への愛の二つの感謝の気持ちは、共に自分自身の認識や意識など、「物事をどう捉えて、考えて、感じて、想って」の基盤によって生まれます。

毎日ご飯を三食食べられ、両親が居て、何かあれば心配してくれる人が居る。これが普通である人は感謝しにくく、それが貴重であれば感謝しやすくなります。

しかし、それらの外部状況や自分以外の他の環境によって作られるのが感謝の気持ちではありません。

どれほど「当たり前」が恒常化しやすい環境でも、自らが物事を自らの意思と意志(覚悟)で捉え、物事を受け入れることに拒否をしないかの人間味が感謝の気持ちを作ります。

外部環境や他の影響では感謝しやすくなりますが、感謝の気持ちとは自らが自らによって作り出す自分の愛です。

感謝の気持ちとは、喜びを認識したい意志(覚悟)+拒否の概念のなさ、によって自らが認知する愛。

言い方を変えると、自分らしくありたい気持ちと、受け入れる愛の認知です。

これらがある人は感謝し、ない人は感謝しない(またはできない)と分かれます。

 

感謝の気持ち①:喜びを認識したい意志(覚悟)

感謝の気持ちを作る一つが意志です。

意志とは喜びを自ら作る動機、自分を喜ばせる覚悟。心のことです。

他者主観、自分がない、ルールに飲み込まれた、他への依存や執着、受信的、受動的、それらの度合が多ければ多いほどに心の認知が薄れ、感謝の気持ちがなくなります。

この人生は自分のもので、主人公であり、人生を創り、現実を創造し、と意志を持つことで自分が主観で中心である認識をもたらし、感謝の気持ちを作ります。

これが行き過ぎると一方的な歯車のズレが生じ、感謝の気持ちがなくなることが起きてしまうため、もう一つが重要です。

 

感謝の気持ち②:拒否の概念のなさ

受け入れずとも拒否がなければ自然と受け入れるため、そのままにして拒否しない自然なさまを意味します。

心にて自らを喜ばせる覚悟をし、物事を拒否して認めないさまをなくす。

二つ合わさることで感謝の気持ちを生み出します。

拒否の概念のなさは脳に依存しないさまを表します。思考は大切なものですが、思考に偏ると自らを主張して誇示し、押し付けるように他を変えようとすることが起きます。

思考にて拒否し、判別して否定し、評価して拒絶し、本能的性質にて拒否し、肉体反応の制御にて拒否し、自己防衛にて拒否し、感情にて拒否し…と脳の機能や反射反応によって受け入れられなくなっていきます。

生存のために必要不可欠な拒否ですが、多すぎると感謝の気持ちがなくなってしまいます。

行動がなくなると起きる出来事がなくなり、現状維持を図ろうとすることも起き、無自覚で拒否が多くなって感謝の気持ちがなくなることもあり、自らが自らを把握して自覚することが大切になります。

※親に感謝できない時の詳細は、【自分のためになる気づき】親に感謝できない原因と改善 をご覧ください。

 

感謝の気持ちを持つ体験

感謝の気持ちを持つとは?

感謝の気持ちを持つことはとても大切ですが、何が大切でどんな意味があるのかわかりにくいかもしれません。

感謝の気持ちを持つとは、感謝できる人になったり、「感謝」という感情を感じることではありません。

感謝するための愛を自らの中に認知できることです。

感情ではなく、どれほど自らの愛を知り、どれほど自らが愛されていると知っているか。愛に関わる自分を知っているさまが感謝の気持ちを作ります。

他者を愛するかどうかは人それぞれです。自己愛があることで自らの愛の認知にて喜びの自己表現となります。

他者を愛していれば、他者に対して愛を伝える感謝もできます。

他者を愛する場合には自らを愛している、または誰かから愛されていることが必要になるため、まずは自らを愛し敬うことが感謝の気持ちを持つ意味です。

 

感謝の気持ちを知った体験

ここで私事ですが、感謝を知らずに生きてきた人間が感謝の気持ちを知った経緯にお付き合いください。よりわかりやすくなるかなと思います。

私が海外を旅していたある時のことです。アラスカの森にて一人で住んでみようと思い立ちました。

いざアラスカに到着し、森へ向かう前に暮らすための準備として、必要な備品を大型倉庫店にて調達していました。

何も考えていない能天気な私は銃が購入できず、「まぁ、熊が出てきたらナイフで戦えばいいか」と無知無能でした。

すると、お客の一人である現地人おばちゃんが声をかけてきます。
「そんな恰好でどこに行くの?」

「森に行って、野生動物と暮らそうと思うんです」と伝えると、おばちゃんはガシッと私の手を掴んで店内を連れ周ります。

「何すんだ?!」と思ったのも束の間、おばちゃんは私に蚊除けスプレーと熊除けスプレーのことを教え、「これだけは絶対に何があっても持っていきなさい、いいね!」と強めに伝えました。

若干引いていた私は、「は、はぁ、わかりました…ありがとう」と曖昧に答えますが、執拗に言われて結局購入することに。

おばちゃんは笑顔で去っていきました。

「一体何だったんだ、あの人?」と思っていましたが、あの「ありがとう」がただの上っ面の腐りきった死んだ言葉であることは、その後森の中で痛感します。

いざ森の奥地へ入ると、異常な蚊の量。スプレーを塗っても一日何百回刺されているかわからないほどでした。

森の中には熊が多く、スプレーがなければどこに移動することも恐怖に苛まれてできませんでした。

実際に熊に襲われ、スプレーによって熊との難事を逃れ、「単純にスプレーがなければ死んだだろうな」と率直に思いました。

涙を流しながら、遠い森の奥地にて気づく感謝。

見ず知らずの人に見返りも求めずに知恵を本気で伝え、こちらを敬い想ってくれるおばちゃんを思い返し、本当に心から感謝の気持ちをまざまざと知りました。

この経験により、これまでの感謝とは何だったのか考えざるを得ませんでした。

助けてくれた張本人がいない中でも心から抱く感謝があることを知った時、感謝とは気持ちであり、想いであり、心であり、意志であり、何より自分の愛なんだと理解する経験でした。

感謝の気持ちが少しわかりやすくなれば幸いです。

それでは最後に、感謝の気持ちを持つ方法をご覧ください。

 

感謝の気持ちを持つ方法

感謝の気持ちを持つ方法①:自己認識のバランス

一つ目は自己認識のバランスを持つことです。

認識とは見たり、感じたり、思ったり、想ったり、評価したり、判断したりのこと。

自己認識とは自らを主体にして己の内側を知り、外側から客観的に知り、他者の目線にて自らを知り、全体の見方を知ることです。

多角的な自己があり、内外と他と全体の自分がいます。

自分を一辺倒から認識するのではなく、内側と外側の自分を知ることで内外バランスを図ります。

多角的な自己を知ると他者の立場に立った認識が育まれ、他者への労いや敬いを自然と持ち、感謝が育まれます。

 

感謝の気持ちを持つ方法②:不便を定期的に体験する

物事の認識が狭まると当たり前が多くなり、受け入れに抵抗が作られて感謝から離れやすくなります。

この状態、当たり前とも思っていないことに少し問題があり、物事を自分なりに認識しなくなります。

スマホがあることを当たり前とも有り難いとも思わないような状態です。

感謝とは無理矢理すると大きく心から離れるので、わざわざ有り難いと思う必要はありません。

現状の環境恩恵や、自分独りでは生きられない現実を知ることが方法となり、そのために不便を活用します。

便利はありがたいのですが、行き過ぎると何も考えなくなり、何も感じなくなる可能性があるので、自らの意思と意志を自覚するためと、起きている現実の「当たり前」に変化をもたらすために、少し不便にします。

炊飯器を使わないで鍋でご飯を炊いてみたり、一日電気なし生活など、何か一つでも不便さを作ることで、意志を持って行動し、受け入れを増やし、感謝の気持ちを持つことに繋がります。

 

感謝の気持ちを持つ方法③:旅をする

最後の方法は、上述の二つが全て含まれたもの、旅です。

観光ではなく、旅行ではなく、旅。

感謝の気持ちを持つための旅ですので、自らの責任を持って行動することが重要項目です。

何をするか、どこに行くかはどうでもいいんです。旅をすると自然と自己認識が養われ、嫌でも自分だけの認識では通用しないため、外側の認識、他者の立場を考えざるを得なくなります。

便利さもなくなり、自らの肉体と脳と心をフル稼働させることが起きます。

便利を求めると元も子もなくなるので、自分の中で調整しながら、便利と不便を見られるようになると自己認知が高まり、感謝の気持ちを作る基盤の構築になります。

旅をするのは時間や資金や制約など縛りが多いかもしれませんが、旅でなくともこれまでしたことがない新しい何か、知らない分野の世界に足を踏み入れる、別概念の人と関わるなど、新しい挑戦が同じように効果をもたらします。

※感謝できない人の改善として方法もお伝えしているので、感謝できない人の心理と原因に核がある│真意は内から外へ向かう紡ぎ糸 もご覧ください。

感謝できない人の心理と原因に真意│感謝は内から外へ向かう紡ぎ糸感謝できる人がいれば、できない人もいる。したい人もいれば、したくない人もおり、する人もいれば、しない人もいます。 感謝とはするかし...

 

感謝の気持ちを持つには まとめ

感謝の気持ちとは自らの愛の認知。

どれほど自らに関わる愛を知っているかです。

自らを愛している人、周囲を愛している人、周囲から愛されていると知っている人は、感謝の気持ちをたくさん作って持ちます。

自分を愛するさまは喜びの尊重、自らを自らが喜ばせようとするなど、どれほど自分という存在を客観的に捉えて把握し、自覚しているかの自己認知を意味します。

感謝できないと思う場合には、私がそうでしたが感謝の気持ちを知らないという可能性があります。

生きている以上は自らへの愛があり、自己愛の中点として存在している証そのものです。

毎日毎時毎分毎秒、何かしら喜びに溢れるのがこの世であり、気づくか否かが重要です。

自己認知に基づく気持ちであるため、感謝したいのは自らの喜びであり、自分を敬うために愛を知り、他者を敬う気持ちを抱けます。

感謝とは無理矢理に作れるものではありません。少しでも違和感があれば自らの抵抗となり、喜びの認識とは離れていき、外枠の形としての感謝になります。

ぜひ試しに、ゆっくりと一文字一文字堪能するように言ってみてください。

「本当に、ありがとう、ございます」

言ってみて喜びや嬉しい気持ちがフワッと出る場合、感謝を知らないだけで感謝の気持ちを持っています。

その際にはここでの内容を理解していただくと、自然と感謝の気持ちを持つご自身になっていくことと思います。

大切なことは気づきです。

自己認知の先にあるのが感謝、基盤にあるのが愛であり、心です。

感謝の気持ちを知る方法にて、心の体感をお楽しみください。そんな内容となることをお祈りいたします。

それでは、感謝の気持ちを持つためのお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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