悩み

【今に集中するのは難しい】今ここの感覚を知るコツと方法は「体って乗り物」

突然ですが、ご自身の体が乗り物だと思ったことはありますか?

乗り物になっていないからこそ、体は自分という存在認知の道具になり、今に集中するのが難しくなっているかもしれません。

乗り物?
体は自分の存在認知道具?

はてさて、詳細の紐解きを始めましょう。

ここでは、今に集中する難しさを気楽にするために、私自身の体験理解と共に、コツと方法をわかりやすくお伝えできればと思います。

  • どうして今に集中するのが難しいの?
  • 今に集中するコツとは?
  • 今に集中する方法とは?

これらを紐解き、「学校を卒業した途端に勉強しなくなっていることと同じなんだ」と知っていただく内容となっております。

「今」の理解には「今ここ」の感覚を知ることがポイントになりますので、ご参考になれば幸いです。

今に集中するのは難しい

今に集中できない原因

今この瞬間、この空間の認知。

子供は今に集中するプロ。

家の中にある唯一の水溜まり場、水洗トイレで今日もピチャピチャやっている。

虫は今に集中する師。

台所の洗い皿置きに二日前からいる虫の頭には、鳥の羽のように美しい触覚が生えている。

師は二度と皿置き場を離れないで死を迎える。

今に集中できないと子供でも虫でもなくなり、コーヒーを飲みながら別のことを考え、旅行中に傷害保険を気にし、仕事しながらスマホをいじり、将来の日本を危惧して貯蓄に走り、虫の頭から生えているものが鹿の角に見え、蚊に刺されたらチェッと思います。

今に集中できない原因は明確です。

過去と未来に行っているためです。

実際に行くことはできないので、起きているのは脳内の記憶シアターへ行き、博物館のように飾られた過去の記憶を、ガラス越しに眺める脳内滞在

さらに記憶を基に思考を働かせ、空想や妄想など未だ起きぬ未来の想像を広げます。

過去と未来に行く場合、目の前の現実ではなく頭の中を観る状態になり、今に集中したくてもできず、今を生きるのも難しくなります。

しかし、現に今この瞬間も生きている私達。人間は不思議な機能を持っています。

 

今を生きなくても今を生きられる便利機能

記憶の中に入って過去と未来を観ている、それは映画館の中。

にもかかわらず、肉体は今この瞬間も息をスーハーし、心臓はバクバク動き、血液はゴゴゴと流れます。

胃は消化活動をし、腸は栄養を吸収し、喉は菌の混入をフィルタリングし、肝臓は毒を分解し、筋肉は伸縮を、細胞は生死を繰り返し‥‥。

もはや無限に広がる活動を意識せずともしている肉体

無意識の活動です。

潜在意識、長期記憶、癖、恒常化、防衛本能、ホメオスタシスなど、活動規範をインプットして、意識せずとも勝手に活動してくれます。

AIが記憶を自動的にプログラミングして、一度経験したことは勝手にできるようになっていく、そんなイメージです。

今を生きようとせずとも自動的に生きる機能がある私達人間、気づけば今を生きなくても困らなくなり、当たり前が増え、今に集中できなくなります。

「当たり前」に潜むのは、自らが自らを観察、洞察、分析、認識しなくなったこと。

自覚しなくなることを意味します。

今に集中できないとは、「今を生きている」と捉えるための自覚がなくなっている状態、いわゆる自分自身の自動操縦モードです。

 

今に集中するのが難しい原因「当たり前」

たくさんの当たり前が増え、自覚がなくなる状態というのは、負荷が少ないから起きていると考えられます。

例えば、ラーメンやカレーを食べると即お腹が痛くなるなど、合わない食品が多い人は嫌でも今に集中し、自分が何を食べるか自覚します。

筋トレや運動は今に集中しやすく、ランニングよりもジョギングの方が今感じているものを自覚します。

社会的にも、生活的にも、経済的にも、精神的にも負荷が少なければ少ないほど、今に集中する機会が少ないので、自然と当たり前が増えます。

「当たり前」が多ければ多いほど、今に集中するのが難しくなります。

自覚しない積み重ねによって意識しない活動が増えるので、今に集中できなくなっていくのは至極当然です。

インドには下っ腹の太ったおじさんやおばさんが多く、チャパティを食べる時に噛んで味わわずに、飲むように食べたりします。

「今」ではなく、「行為や結果」という記録を求めているのかもしれません。

肉体・精神・心理の負荷が少なくなり、当たり前が多くなった性格・生活習慣・余裕によって、今に集中するのは難しくなります。

まるで夏休みの解放によって、宿題ができなくなる時のようです。

※今に集中できない本気の喪失は、【本気になれないのは当たり前】心理にて安泰環境と自分を要確認 をどうぞ。

 

我慢力と知性がありすぎる日本人は、今に集中しにくい

負荷が少ないのではなく、多いがために今に集中できない人もいます。

負荷の多さが好転しないのは、我慢できすぎるからだと考えられます。

我慢力は負荷を耐え、慣れてくると気にならなくなり、当たり前枠が広がります。

自覚したくない現実が多い心理です。

「嫌なこと、認めたくないこと、拒否したいこと、危険、危惧、未知、不安、恐怖」と関わりたくない。

「現実には嫌なことが多い」と捉える場合、無意識に今を生きる拒否が起き、不利益を味わわないように防衛機能を使用します。

向き合いたくないと思うことが多いと、「今を生きない、ピピピ」と脳内にインプットされ、恒常化するイメージです。

我慢でなくても、嫌なことを知性で対処する偽りや誤魔化し能力が高いと、防衛を高める体の使い方にシフトします。

頭を使って負荷だと思わなくすると、現実は頭の中で別物にすり替えられ、今を生きている自覚ができなくなります。

利益を得る以上に、不利益を得ないことを求める心理があると、今を生きる以上に過去や未来を観るのが、本人にとっての無意識の利益取得行為になります

典型例は、じっとしていられない、過去に囚われる、先のことばかり考える、将来が不安、なかったことにする、などです。

我慢力と知性を多用する私達日本人は、今に集中するのが難しくなる在り方を知らぬ間に作っている可能性があります。

 

今に集中できないのは当然

今を生きないことに利益があれば、「今を生きたい」と思っても、潜在意識は今を生きない活動をせっせと進めます。

顕在意識と潜在意識が真逆を言い合い、ガシガシと交錯します。

意識下の意思は、無意識下の意思に勝ることはまずありません。

と言っても、ご安心ください。

過去は変わりませんが、未来は今この瞬間にいくらでも自由に変えられるのが、私達人間の性質。

人間の可能性は無限であり、潜在意識は意外と簡単に変わります。

重要なのはしっかり現状を把握して、新しい記憶をインプットして、継続によって自分にとって大切な記憶にすることです。

この前提理解が改善に大切ですので、自己理解としてお役立ちできればと思います。

それでは、実際に「今」の世界へ入っていきましょう。

※自分を認めるのが難しい件は、【自分を認められない苦しさは心のサイン】認めるのが難しい時の自己理解 をどうぞ。

 

今に集中するコツと方法は、「今ここ」の感覚

今に集中するコツ:今ここの感覚を知る

「今ここ」=「現実」のことです。

現実とは今この瞬間のみに存在します。

巨大蜂が玄関に巣を作っているのを見つけて、「はっ」とする今が現実。

「すまんな」と言いつつも自分の利益を優先して、巣をプチ壊す今が現実。

蜂の気持ちがわからないので、一方的な配慮として裏の森に誘導しつつ、「ここで作れ、ポテ」と置く今が現実。

シチュエーションによってさまざまな感覚や気持ちがありますが、今ここの感覚は一つに集約されます

今ここの感覚とは、
体が乗り物(または借り物)だと自覚する状態
※はっきり自覚できればできるほど、今に集中できる

自分にしかわからない所が、今に集中することをより難しくしますので、[今ここの感覚=乗り物認知]を如何に理解できるかを鍵にされてください。

それでは、さらに理解を深めていきましょう。

 

深掘り:今ここの感覚とは自分を使用している感

体が乗り物(または借り物)だと自覚する状態は、「自分が自分を使用している」と認識する状態です。

自動操縦モード、解除。

ガシャガシャーン。

肉体がまるでロボット。操縦席に座って思考や行動を作っている今。

「右脚を前に、左肘を後ろに、歩けー」と言って歩くイメージ。

一時的に中に入って肉体脳機能を使っている感じです。

この感覚が今を生き、さらに今に集中するための全てと言えるくらい重点です。

なんとなくでも把握できると現状は変わりますので、試しに目を瞑って深呼吸し、「私の体は乗り物である」と思ってから、目を開いてみてください

自分の体を触るとどうでしょうか?

手にも肉体にも感覚があると思います。

両手を目の前にして見つめると、「今、私は両手を見るために手を広げて、それを見ている」と思えます。

「指がピロピロなっているのも、全て私がやっているんだ」などの自覚が、今ここの感覚です。

この時、「なんで親指をこうしようと思うだけで、ピクピク動くんだ?」と探求したくなる人もいれば、「はは、クネクネして面白い」と喜びを認知する人もいたり、人それぞれに自分を使っている感覚があります。

今ここの感覚は、体が乗り物であることに疑いがなくなればなくるほど強まります。

 

困っている時ほど今ここを感じやすい

今ここの感覚は慣れていない、困る、負荷がある状況ほど感じやすいです。

例えば、私は左右両方の手で字を書くのですが、左は後から練習して身に付けたので、左手で字を書く時は今ここの感覚を感じやすいです。

左で書くと「な」の右上「`」を書かないなど独自の書き方になり、自分の行為を自覚しやすく、自分が自分を使っている感覚を強く感じます。

より自分の体を使っている認知が起きやすいのは困る状態であり、これが今を生きるさまを作ります。

しかし、利き手と逆でご飯を食べる時のように、「もう、めんどくさい!」と思える、いわゆる不安と恐怖が発生し、嫌がって向き合わないと今ここの感覚は一瞬で消え、今を生きない無意識が優先されます。

これを自覚するためにも、自らが自らを捉える認識や自己理解が重要になります。

※今を生きる詳細は、今を生きるとはどういうこと?│以外に知られていない意味と目的 をどうぞ。

 

今に集中する方法:自己観察

集中力を高めるのではなく、今ここの感覚の自覚頻度を如何に増やせるかがポイントです。

【どれだけ体が乗り物であり、自分を使っていると思えるか、疑いをなくせるか】

信じる信じないではなく、実際に現実だと思えるかどうかですので、感覚がわからない場合には、実体を掴みにくいと思います。

何より重要なのは自分で感覚を掴むことですので、体験が物を言います。

実際に今ここを感じる頻度を増やすためにも、自己観察は役立ちます。

思考、行動、感覚作り、感情作り、選択は、私達人間の基本行為です。

「何を考えて、どんな行動をして、どんな感覚があって、どんな気持ちになって、どんな選択をしているか?」と自らを知る目的を持つと、今に集中するための基盤ができていきます。

「お腹空いた」と言えばボンッとハンバーグが目の前に出てくる現実ではないので、必ず自分が自分を使って現実を作っています。

自己観察は今を生きるための材料集めになり、客観視ではなく、自らが自らを捉える目的が大切です。

 

自己観察の最たる方法が、マインドフルネス

マインドフルネスは今感じられる感覚と向き合う方法です。

私の理解では、マインドフルネスの集中した状態が、体が乗り物だとはっきり自覚できる状態です。

座り方は自由にして、気楽に自己観察できる体制になります。ゴロンと仰向けになってもOKです。

呼吸の観察から始めてみてください。

心臓の振動、肺の動き、体内の空気との触れ合い、かゆみ、痛み、痺れ、肉体のあらゆる感覚を感じます

感覚にフォーカスすると、「痛み=嫌だ」と思うのは感覚に思考を紐づけ、記憶に入っている状態だからだとわかるようになります。

今ここではないから、感覚ではなく記憶にフォーカスしているから、痛みが嫌味になります。

思考がポンポン浮かび、感覚に集中できないのは、今を生きる以上に今を生きないで記憶シアターにいるのが自分にとっての利益だからです。

「思考が出て来るのは自分のためなんだ」と安心してみてください。自然と思考は消えていきます。

マインドフルネスは今ここを感じられる最も効率的な方法であり、不安と恐怖が多い場合には、それらを目の当たりにして向き合うための最たる方法でもある、とても活用的なものです。

 

マインドフルネスをする際のポイント

マインドフルネスの目的は今ここの感覚認知の高めであり、感受機能を働かせることです。

呼吸のスーハーを感じると、肺が体内で動きながら、内部で空気と密着している感覚があり、空気温の違いを細胞が感じ、さらに細胞の動く感覚へと続いていきます。

どんな感覚があるかを探る必要はありません。とにかくこんな感覚がある、そんな現実を実際に体験して知ることが大切です。

今ここの感覚感受が高まると、呼吸を感じるのではなく、観察するようになります

この一線超えは大きいです。

呼吸を感じている時は、「これだけ吸って、ここで吐いて」と意識的にスーハーしていますが、観察は無意識にスーハーしているのがわかる状態です。

超リラックス状態ですのではっきりした意識ではありませんが、極端に言うと、「あ、勝手に動いている」と自覚するさまであり、潜在意識の認知状態です。

目的がないと継続する理由が見つけずらく、不安や恐怖が現れるとやめてしまいやすいので、この状態を目指してマインドフルネスされてみると、役立つと思います。

 

今に集中する方法:喜ぶ気の見出し

今ここを感じるのは今を生きる状態であり、今に集中するための基盤構築です。

実際に今に集中する場合、もうワンステップあります

創作です。

自らを喜ばせるために、作る行為によって今に集中できます。

創作ポイントは何をどう作るか、誰にどう評価されるかは一切不要。自分を喜ばせることを目的に、自分を使って行動することにフォーカスです。

誰かに言われたからするのではなく、自分のためだと自覚してマインドフルネスするなど、目的を持って自らを使う主体性や能動性が創作になります。

例えば、私は週一頻度で指パッチンのスピードダンスをします。

両手で指をパチパチ弾きながら、腕を左右上下前後に猛スピードで自由に動かして踊ります。

両足の接地を地面から離さず、膝を使いながら猛烈に上半身と腕を奇怪踊らせるのが肝、自己満足創作。

えぇ、これは非常に危険な光景です。

踊るスタイル、型、ルール、何もありませんが、グルービー感は満載です。

この時、まさに今ここの感覚で創作中。

「自分の体と頭と心、使ってる!」という状態です。

日常生活では嫌なことは自然と起きますので、そんな中でも喜ぶ気を見出すことには、勇気と覚悟が要ります。
※勇気と覚悟がない喜び作りは三日坊主のようにすぐ飽きる

不安や恐怖と向き合わず、逃避や誤魔化しの癖がある場合、せっかく今を認知できても集中が切れてしまいます。

私を例にすると、「いやちょっと何恥ずかしいことしているの?」と思えばダンスストップ、シューン。

集中を継続させるには、自らを使って喜ばせる気を見出します

ダンスを止めないのは自分を使ってもっと遊びたいからであり、もっと喜びたいから」なんて具合です。

今に集中するためのおすすめ方法は、「自分を使っている」と意識しながら運動か勉強をすることです。

※集中できない改善は、直ぐに別のことを考えてしまうのは自然。集中できない原因と改善 をどうぞ。

 

今に集中するのが難しい時のコツと方法 まとめ

現実とは今この瞬間にのみ存在しますが、私達のいる社会は不安に溢れ、過去に囚われ、将来を案じやすいかもしれません。

単純にYoutubeのサムネイル群や電車広告を見ているだけで、思考が過去と未来へ誘導されて今に集中できなくなりますので、至る所に喜び作りの抵抗がはびこります。

私自身、18歳からマインドフルネスと瞑想をしていますが、始めた当時はマインドフルネスをしなければ現実認知できないどころではなく、生きることすら難しかったです。

そのため、「どうしてみんな普通に生きられるんだ?」と疑問にすら思っていました。

今に集中できない人は我慢力が強すぎるのかもしれません。

恐怖対処の知性が発達しすぎているのかもしれません。

我慢できすぎると今ではなく過去や未来へ向かいます。不安と恐怖を恐れすぎても、対処しすぎても同様です。

今を生きないとは現実を生きていない意味であり、今に集中できないとは現実と向き合えない意味。

自分自身の使い方や、使っている現実を今一度考える時だと教える合図かもしれません。

体が乗り物だと体験することではっきりわかるのは、「全て人生は自分で作っているんだ」という現実です。

脳内の記憶シアターも楽しいですが、現実はもっと楽しく、考えている事前予測や空想とは似ても似つかないものだったりします。

その世界では、不安は喜びを見出す材料であり、恐怖は強さの礎です。

本来の世界、それは子供の頃に住んでいた今ここに集中する世界。

どちらの世界も経験することで、より楽しみを作り出せるようになりますので、これまでの時間を活かすためにも今を生きて、今に集中されてみてください。

そのための一助となれば幸いです。

それでは、今に生きるのが難しい時のコツと方法のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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