心理

【重要点と注意点】噂話やゴシップが嫌いな人の大切な心理

精神を骨にするニオイがクンクンする。

人の不幸は蜜の味、奴隷根性に反吐が出る。

噂話が嫌いなみなさま、常日頃お疲れさまでございます。

噂とは楽しく嬉しく、なんだか利益を貰って安堵感がある。嫌いだと思っている一面、「ふむふむ、ちょっと気になる」なんてこともあるかもしれません。

しかし、実際に他者の噂話やゴシップ好きを垣間見ると、ゾゾゾと嫌悪や苦手意識が表れる。

この心理、非常に重要であり、危険でもあります。

ここでは、噂話やゴシップが嫌いで苦手な心理に潜む、重要点と注意点を見ていかれてください。

  • 噂話やゴシップが嫌いなのはなぜ?
  • 苦手意識や抵抗感の正体とは?
  • 噂話やゴシップが嫌いであって欲しい大切な理解とは?

これらを紐解き、「人の形骸化に憤る意識があるんだ」と知っていただく内容となっております。

ご自身を護り、理解を深めるための一つの考え方となれば幸いです。

噂話やゴシップが嫌いで苦手な理由

噂話やゴシップ好きへの抵抗感

「どうしてそんなに他人に関心があるの?」

なかなか理解し難い他人の言動の一つに、噂話やゴシップ好きがあります。

私達人間は基本的に噂好きです。

自分と近過ぎず、遠過ぎない距離感の人であればあるほど、なんか気になる。頭では興味ないと思っていても、上司が仕事後に行っている新宿二丁目の隠れ家は知りたいかも、とかなんとか。

他人に興味がない人でなければ、大なり小なり他者との繋がりを意識しており、自分との関係性があれば他人の出来事が噂であっても興味を持っていたりします

しかし、問題はここではありません。

自らが利益を得るために、裏でコソコソと噂話に陰口する。

芸能人やタレントなど、実際に存在するかもわからない映像上の生き物に対するゴシップ。

極めつけは根も葉もない上っ面、表面のみを削り取ったチーズのカビ的内容は、完全なる中身や本質を逸脱した空虚な飽和。

これらに興味関心を抱く人のさまには、「他人を使って自分の利益を得ながら、自らの行為を自覚しない逃避」があります。

他人のことは誰しもわかりませんが、“噂”を使って利益を得ているさまには、「理解できてもしたくない」。そんな抵抗を感じる理由があります。

 

他人を自分のために利用するさまに反吐が出る

“噂”によって切り取られた他人の表面を、自分の情報網や会話のネタ、自己価値や評価取得材料にすることへの抵抗感。

まるで他人の不幸にニタニタする自分の顔を鏡で見る嫌悪感であり、腐ったピクルスの耳ピアスを他人に自慢して悦に浸かっているさめへの反吐、そんなイメージです。

ゴミを応用して洋服にして着たり、喜んで再利用する、大切に使うための創作性ではなく、本当に要らないゴミを自分の外側に装飾し、他と比較して優越感に浸り、空虚な思い込みにてプライドを守る。

他人を自分のために利用しながら、思い込みの疑似現実を正当化して、自らを高めている妄想浸り。

自己盲信による空想の正当化は現実を認識せず、自己都合の世界でのみ生きる無自覚の不変主張。

必要であれば噂を収集し、必要なければ他人に興味など一切ない。

一方的に他人を自分のために利用し、使えれば使い、使えなければ捨てる冷酷無比なさま、をさらにひたかくす無知か無自覚に、私達人間は強い嫌悪と拒否感を抱きます。

 

噂話やゴシップが好きな人の特徴8選

「ただ噂話をしているだけなのに?!」

そう思えるほど、辛辣な内容を書かざるを得ない理由があります。

噂話やゴシップ好きの心理にある、他人に興味がありながら、張本人の認識や存在、本音や事実の度外視。

他人に興味がある表現をしながら、一切他人に興味がないさまが露呈するためです。

これは噂話やゴシップに飲み込まれた人に関してです。

上述したように私達は基本的に噂好きです。噂によってコミュニケーションを図り、人間関係を繫げ、集団構造を維持します。

噂は他との繋がりを作る大切なアイテムの一つ。雑談という意味がないことに意味がある時間には持って来いです。

問題は「噂」に飲み込まれると人間の精神は蝕まれ、虫歯のように心が褐色し、噂の効果を上手く使えないことです。

そんな人には共通した特徴がありますので、順番にご覧ください。

 

1,他人の言動に一喜一憂する

自分がないと知らない特徴です。

他次第で喜びも憂いもする、自らの在り方の構成材料が他です。

 

2,自分がない自覚がない

自覚がある人は明確に自分があるから認識できますが、自らを自らで認識できないと自覚したくてもできなくなります。

 

3,中身がない空っぽ

空虚であることに無知な特徴です。

理由は自覚しないためであり、自己防衛と捉えることもできます。

自らを認めていない心理があり、思考と行動が同じになります。

「大衆従順」です。

 

4,集団主義の中で個人主義を貫く

噂に飲み込まれた人は、大衆従順である自分に反発を抱きます。

「自分はみんなと同じではない、違う存在だ」と思い込みたい独自性欲求や特別感願望に繋がります。

「何者でもないことはダメだ」という強迫観念による欲求は、喜びを求めるのではなく、怖れから逃げる目的があり、日本という集団主義の中で個を主張するために頑張る、というさまが表れます。

 

5,外面、見栄え、体裁、上っ面が主体

中身がないと認めない人の典型的な特徴が、外面を主体にして自らを護るスタンスです。

自ら学び、知り、勉強して向上するのではなく、「嫌なことからとにかく逃げる」に重きを置き、自分の外側を気にします。

この結果、周囲の目線や評価や判断が気になり、「自分はちゃんと存在しているのか?」を知るために他人の目を気にします。

 

6,他人に本当の意味で興味がない

噂などの表面情報にて他人を利用しながら、実際には自分の利益にならなければ興味がなく、他人に興味があると思い込んで事実を誤魔化す人もいます。

自分の利益にならなければ興味を持たない人は、最も他人への興味から離れています。

 

7,影響力がない

「軽い、薄い、中身がない、チャラい」などと表現される特徴です。

軽さは恐怖心との向き合いが一切ないさまであるため、恐怖を嫌がり逃げる人にとっては、関わりやすい存在になります。

その場凌ぎでの一時的対処が主体になり、軽いので行動量が多く、芯がないので影響力が一切ないのが特徴的です。

 

8,対面で何も言えない

裏や影などの非対面では流暢に話しますが、人前や対面では口ごもります。
※対面では気を張ってストレスを溜めやすい

恐怖心(危険・苦痛・拒否)と一切関わらず、自己都合の世界以外を見ない逃避と誤魔化しによる虚言癖が根付いている特徴です。

少しでも、「嫌だ、怖い、辛い」と思えば逃げ、自己利益のみにフォーカスするさまは、あらゆる他との関わりが、「自分のために利用する」になりがちです。

以上が、噂やゴシップにゴクンと飲み込まれた人の特徴でした。

※似た心理の特徴は、かわいそうと言う人の心理にエゴ臭プンプン【極端に違う二つのタイプ】をどうぞ。

 

人間性を垣間見るルサンチマン&シャーデンフロイデ

上述の特徴から離れて真逆であればあるほど、噂話やゴシップ好きへの距離感が強まり、とにかく合わなくなります。

買ってきた炊飯器を粗末に扱ったにもかかわらず、「こいつもう壊れやがった、最悪だ、マジ使えねぇ、要らねぇよこんなの」

これを炊飯器ではなく人に変換したのが、噂に飲み込まれた人です。

炊飯器などの物に対してですら人間性を疑う言動ですが、人に対してこんな態度をあからさまにとってしまうわけにはいきません。

社会性に反して不利益を被るため、外枠装飾として他の情報やルールや常識をインプットして、自分のために利用していると周囲に思われないように体裁を気にして、嘘や誤魔化しにて演じ、嫌な不利益(恐怖心)がないように取り繕います。

この人間性が露になるのが、噂やゴシップを使って利益を得ようとしているさまです。

 

ルサンチマンとシャーデンフロイデに対する拒否感

  • 弱者が強者に対して抱く憤り、妬み、恨み、復讐、怨恨を意味する言葉、ルサンチマン
  • 他人が不幸に見舞われた時に感じる快い感情を意味する言葉、シャーデンフロイデ

哲学者ニーチェは、シャーデンフロイデの精神性に対してこのような言葉を残しています。

「平等性の勝利と回復についての最も卑俗な表現」

不公平や不平等を感じた人が、他者に見舞われた不幸によって果たされる消極的な復讐がシャーデンフロイデにあると言われており、そこに恨みや妬みのルサンチマンも入り乱れます。

噂話にて他から利益を得るさまには、ルサンチマンとシャーデンフロイデがあると考えられ、人間性に潜む本人も自覚したくない真意は、周囲からすると拒否感を生み出す基になります。

人間性の垣間見は生理的拒否感にも、愛を見出す心の温かみにもなり、生理的拒否感を導き出すのが噂を上手く使えずに飲み込まれた人、という考え方です。

※人の不幸を喜ぶ人の心理は、人の不幸を笑う人の心理と特徴。アハハとニヤニヤの大きな違い をどうぞ。

 

噂話やゴシップが嫌いな人の心理

人に興味がない人と興味がある人の遠い距離感

噂話やゴシップが好きな人を一言でまとめると、他人に完全に興味がない人と言えるかもしれません。

反対に噂話やゴシップが嫌いな人は、他人に興味を持って関わる人です。

両者はエッジからエッジ、とんでもなく遠く離れた位置関係におり、とにかく合いません。

噂話やゴシップが嫌いな人は認識力の高さがあり、自己都合の見方ではなく、他人側の目線や思考や気持ちを認識します。

私達は他のことはわかりませんので、できるのは他の認識に少しでも近づき、現実を捉える努力です。

これをして生きている人は、人と関わる時にその人を尊重したいと考えるので、関わる人とは深く関わり、関わらない人とは一切関わらない傾向があります。

表面ではなく内面もしっかり捉え、本質的な人間同士の関わりを重んじるさまに共同体意識があり、男女や人や動物や物などの区分け関係なく、愛を持った人間関係を育みます。

噂話やゴシップが嫌いな人は、空想以上に現実を重んじる心理があると考えられ、自己都合の世界からだけではなく、他の世界も含めて物事を認識します。

他人に興味がなく、自覚もせず、認識を現実に向けない人とは真逆の在り方であるため、反発を抱きやすくなります。

 

人への興味を自覚しない人への反発

「知ってる?お隣の旦那さん、三股で修羅場。奥さん憤慨してビールで頭ぶん殴っちゃったんですって。あはは、最高だよね、笑えるにもほどがあるってーの」

おそらくこのように明確に自覚して、他人の不幸を密にして吸っている場合、嫌悪や苦手意識は若干減るかもしれません。

「他人の噂が大好き、だって使えるじゃない、私はこれで喜べる、いいネタだよまったく、もっと欲しいね、ちょうだいちょうだい」

もちろん危険思想ですが、もっと危険なのはこれを自覚せずに、世間体やルール従順によって自らを偽り、他に対する見栄えや評価査定を気にして他人をも偽り誤魔化す人です。

他人に興味があるようで実際には一切興味はなく、興味があるのは自分が得られる利益だと知らずに行為している人もいます。

このような方とはとにかく合いませんので嫌い、苦手になりますが、反発を抱く心理には大切な理解が潜みます

 

共同体意識からの反発 or 自己正当化心理

「なんでわざわざ自らの精神を穢し、他者の尊厳も穢し、卑劣な方法で自らの復讐心や劣等感を拭おうとするの?」

無自覚でも心のどこかで感じる叫びがあると、噂話やゴシップ、またはそれらを好む人に対して、憤りや怒りからの嫌悪感を抱きます。

共同体意識から来ている憤りの心理です。

他と一体である根っこの意識から宿る反発心

「人と人の繋がりを重んじ、心では人間同士繋がっている」

そんな精神を物語る共同体意識は、普段から自覚できるものではありませんが、人によっては心の底にあることをどこかで感じ、観念や価値観を作り、調和や反発を抱く基となります。

共同体意識の中では、私達はみな平等です。

共同体意識があるからこそ、「どうして本質を見ないんだよ!」という憤りにもなるのが、ここでお伝えしている考え方です。

人間味からとにかく離れてしまった存在に対して抵抗や反発を感じ、嫌いや苦手、疲れたりストレスを感じます。

 

噂話やゴシップ好きを批判したい噂話やゴシップ好きもいる

噂話やゴシップ好きであるにもかかわらず自覚なし、またはそんな自分を認めたくない、個を主張して自分を何者かにしたい人の自己正当化によって、嫌いになる人もいます。

噂に飲み込まれた人と全く同じです。

が、「噂好きとは違うんだ」と思い込むことで自らを主張し、存在認知を果たし、存在意義や価値を見出し、集団主義の中で個人主義を持つことで蜜を吸います

噂話やゴシップ好きを否定・批判することで自分を正当化し、悦に浸かります。

共同体意識の憤りとは全く異なる同族内反発、自己嫌悪を他の責任にする空虚です。

「私は同じではなく、この人達とは全然違う、噂なんて最低だ」と他を下げることで自らが上になるシーソーゲームに入ると、自己世界しか見ない檻である自覚がなくなります。

 

噂話を嫌いになる重要点

噂の効力を理解して使用する分には大切なアイテムになりますが、噂の効力に飲み込まれてしまうと、精神は形骸化します。

まるで骨になって中身がなくなり、空虚な形だけになる。

私達人間は人それぞれに何かに執着や依存し、アディクトしてハマり、飲み込まれています。

お酒やドラッグや毒親に飲み込まれるとおかしくなるように、何に飲み込まれているかで大きく在り方も結果も変わります

その一つになる[噂、ゴシップ]

他の表面、もはや表面であるかすらわからない風言に飲み込まれると、精神は形骸化して中身がなくなります。

精神とは心技体の基盤であり、自分の底にある土台。ほねっころの空っぽになると、心も脳も身体も他に頼るしかなくなり、スッカスカになりかねません。

スッカスカの注目点は、精神を穢しながらも自覚できないことであり、精神崩壊という気づきの機会すらもたらされないこと。中身がないと気づけないので、進展がなくなる可能性があります。

噂話とはこのようにややこしい性質を持っているため、嫌いで苦手になるのは非常に重要だと考えます。

噂話そのものや噂話をする人に距離を感じることは、噂に飲み込まれずに人との内面的関わりや繋がりを重んじ、中身を持って生きる際の抵抗撤廃になります。

 

噂話を嫌いになる注意点

一方で、噂話を度外視すると起きることもあります。

心の余裕の欠落自己正当化意識の増長です。

噂話や戯言は余白を作り、物事に余裕を設けてくれる大切なものでもあります。

人と会話する際に中身や意味のあることだけ話すのも重要ですが、功利主義の利益換算、恩徳計算して資本主義の沼にハマる、なんてこともあり得ます。

一方的に噂話に嫌悪を抱き、型にはめると、他人を批判・否定して、いつの間にか自分を正当化するためのエゴが増長されてしまいます。

雑談は意味がないからこそ意味があるように、会話しなくてもその場の空間共有に真の意味があるように、感覚的に会話をコロコロ変えて流すことで脳内整理していたりするように、物事は顕在的以上に潜在的な領域がほとんど重要な役割を占めています。

噂が嫌いだと飲み込まれない自衛策ができているので、噂を人間関係の繋がりやコミュニケーションの息抜き、一時休息として活用すると心の余裕がもたらされ、ご自身のためになることと思います。

※自分のことを話す人と話さない人の違いは、自分のことを話さない人の特徴と心理│そもそも何で話すのか?をどうぞ。

 

噂話やゴシップが嫌いで苦手 まとめ

噂話やゴシップが好きであることは、人それぞれの好き好みによるものです。

しかし、傾倒すると飲み込まれ、空虚に色を染めるそれは既に何もない、なんてことになる危険性があります。

噂好きの心理はとても辛辣です。

私自身、噂話やゴシップが非常に嫌いで苦手な時期がありました。

他人の上っ面を利用して自分のためにするさまは、どうしても人間を人間として受け止められず、「スパイなんだ」と思い込んで人間として認識する努力すらしていました。

しかし、海外を旅していた時にあることに気づきました。

もちろん人によって違いますが、海外の多くの国では噂話とは暇つぶしの雑談であり戯言。他を下にして自らを上にし、復讐心を自覚せずに正当化するための誤魔化した使い方ではありませんでした。

日本はあらゆることが特殊な国です。その一つが噂話の使い方だと思います。

使わずに飲み込まれるさまはまるで外交政治ですが、これは国民性ではなく、自らを認めず知らず、何者かにしようと欲し、恐怖心から逃れる中身のないさまだと考えます。

中身がないと物事は何もかもが本来の姿・形から逸脱し、全くの別物になります。

日本での噂話やゴシップはいつからか精神安定剤になったのかもしれません。するとまたゴシップの価値が見出され、人によっては大切で欠かせないものになります。

どこまで続くのかわからない異形の極みは遊びが無知か、行き着く先を知っていて欲しい限りでございます。

ここでは、噂話やゴシップが嫌いで苦手な方がご自身の心理と向き合い、重要点と注意点を知っていただく一助となれば幸いです。

戯言はどでかくなると、離れられない蜜になる。

「自覚のない復讐お菓子は嫉み味、人工調味料と同じでなんともうまい」

噂話の蜜をこの世ではこう言うとか言わないとか。

中身のない戯言に対する一つの考え方となれば幸いです。

それでは、噂話やゴシップが嫌いで苦手な心理のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. りんご より:

    とても勉強になりました。噂話が本当に苦手で、しかしそれは性格が良いからとか誠実だからという理由で説明できるように思わず我ながら不思議だったのです。会話の内容はともかく、雑談の一つとしてただ聞き流す訓練をしたいなと思いました。

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