心理

負けず嫌いの心理は極端に二つ。ルサンチマンはストレスへ

「負けたくない」という気持ちが自分に対してか他人に対してか。

負けず嫌いはとても大切な動力であり、モチベーションを引き出す行動力、成功へ導く力。

一方で、他人との比較による上下区分けの見方が離れず、他を主体に自らを存在させる義務にて自己支配し、ストレスになってしまうことがあります。

負けず嫌いには全く異なるタイプがあり、心理がそれぞれに分かれます。

ここでは、負けず嫌いの心理を見ていかれてください。

  • 負けず嫌いな人の二つのタイプとは?
  • 負けず嫌いでストレスを溜めるのはなぜ?
  • 負けず嫌いの心理を知った体験談とは?
  • 負けず嫌いの本当の意味とは?

これらを紐解き、負けず嫌いを力にするかストレスにするかの違いから、力にする理解を知っていただく内容となっております。

海外にて負けず嫌いな人と出会ったことで、「負けず嫌いの本当の意味はこれでは?!」と気づく体験談がありますので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

負けず嫌いな人の心理とストレス

負けず嫌いな人のタイプ

負けず嫌いの意味です。

負けず嫌い、
他人に負けることを嫌う勝気な性質であること。
※コトバンク引用

「他人に負けたくない」「負けるなんて嫌だ」と思う人。

勝負にこだわる人もいればこだわらない人もおり、こだわらない人からすれば負けず嫌いな人の様子や在り方は理解し難いものかもしれません。

「どうして負けるのが嫌なの?」という前提の疑問があり、どんな自分ルール(観念)に則っているかによって答えが変わると考えられます。

例えば、インドでは多くの人が、「負けてはいけない」という思いが強く、「負ける」という概念すら存在しないほどに、家系や宗教やカーストなど、人それぞれに観念形態を持つ影響があるように思います。

日本はどういう観念に基づいているかを考えると、一つ特徴的なものがありそうです。

「誰かに認めてもらいたい」

これほどまでに集団がギュッと狭い土地にいる国は稀ですので、嫌でも周囲の影響を強く受け、自分を自分で認めることも、認めてもらうことも困難になります。

私達には暗黙のルールに順ずるという、「みんなと同じ」を無意識に求める見えない仕組みがあり、常に周囲の人や物や情報やルールなどの他に基づいて在り方を決めるメンタリティを常識に持っていると思います。

みんなと同じで他に埋もれやすい環境では、認めてもらうことは難しく、他人より上・優・勝になる、下・劣・負にならない、または独自性や個性を見出してみんなとは違くなることで、認められる材料を見出します。

認めてもらうための自分の価値が、負けるとなくなる、負けないとなくならない(または高まる)。

負けるのが嫌になるものです。

 

認めてもらうための価値の見出しによってタイプが分かれる

社会性や常識やルールなどの他の情報を用いる場合、勝負にて上下優劣に分け、勝ったり負けないことで自分を評価・判断してもらう材料になり、価値になります。

自らの価値を求める人、認めて欲しい人ほど、勝ちたい・負けたくないと強い思いを持ちます。

この価値創出を自ら作るか、他との比較によって見出すかによって、負けず嫌いのタイプは極端に変わります。

負けず嫌いのタイプ
  1. 価値を自ら作る負けず嫌い
  2. 価値を他との比較にて見出す負けず嫌い

二つのタイプの心理を一つずつ見ていきます。

 

①価値を自ら作る負けず嫌い心理

認めてもらう材料となる価値を自ら作るタイプです。

価値を作るために負けず嫌いになっていると言えるかもしれません。

負けず嫌いな人には明確な特徴として、強い意志があります。

負けたくない気持ちによって自らを奮い立たせ、逆境でも打ち勝つ躍動を見せ、負けたら負けたで次は負けないように向上し成長し、努力して自らを克服し、改善し、高めようとします。

負けたくない気持ちを自らの向上のために使い、必ず行動する人です。

負けないためにどうするか、負けたくないから何を改善するか、何を向上させるか、考えて感じて行動します。

向上するための爆薬のようなもので、勝った、または負けなかった結果をもたらすと、自らを向上させる動機がなくなり、負ければ再度向上という繰り返しです。

競争社会、ランク付け、スポーツ界など、常に他との比較・競争環境では、終わることなく向上し続ける人で、成功するまで行動し続ける力となります。

どれほど負けず嫌いな気持ちが重要かを教えてくれる存在です。

 

②価値を他との比較にて見出す負けず嫌い心理

二つ目のタイプは、価値を上下・勝負・優劣・正否の他との比較にて見出します。

必ず人や常識やルールや情報などの他を要し、他によって自らの価値なるものを探して発見します

作るか見出すかの違いは、自らを主体にするか他を主体にするかの違いとなるために心理が一変し、このタイプは他を主体に自らの価値を比較にて見出します。

大きな特徴が行動しないで思考納得を図ることです。

「負けたくない」となった時に、自らを克服・改善するのではなく、「負けていない、下ではない」と思える対処をします。

対処のために他との比較を要し、誰か自分より下にする人を探すか、相手を下にできるように否定や非難をして、人の価値を下げようとします。

自分の価値を認識することが目的ではなく、負けだと思う思考を落ち着かせるための外部(他)を変えて自らを正当化し、価値を保持したと納得する目的があります。

認められない自分の思考を落ち着かせるために、他を用いて鎮めるという具合です。

この心理は疲れてしまいます。

喜んで他を下にして、自らを正当化していれば憤りにはなりませんが、自らのしていることに違和感や不納得があればあるほど、ストレスを作ってしまう負けず嫌いです。

 

周囲の人々を疲れさせる

このタイプは自らを向上させるのではなく、現状維持を図る意識が強いと考えられます。

正当化を目的にする在り方。自分を変えるのではなく他を変えたり、思考を支配することで現状の価値を保持します。

価値がなくなることへの恐怖心を持つ心理が考えられ、周囲から否定や批判され、肯定されず自ら価値を作る経験がないと、他との比較にて見出す以外の方法がわからなくなり、自らの価値を自らが否定しないためにも今の在り方を肯定して他との比較を激しくします。

上になって価値になり、下になると価値が喪失するルールが作られ、思考過多になり他の情報を脳内に埋め込んで思い込みを強めていく対処をします。

克服や改善ではなく対処。変化ではなく嫌なことをとにかく見ない、味わわない、認めないという、恐怖心から遠ざかる癖が構築します。

負けないための対処癖は、他人を下にするために否定や非難や攻撃へ向かい、周囲を疲れさせてしまい、嫌われる理由にもなります。

 

負けず嫌いでストレスを溜めるルサンチマン

負けず嫌いとは大切な気持ちですが、もしストレスを溜めてしまう場合、自らの在り方に違和感があるかもしれません。

自ら価値を作る場合には違和感を感じずらく、向上し続けます。違和感となるのは他との比較にて誰か他人を下にしたり、その感情にて自らを正当化しようとする場合です。

他人によって下ではないと確証を得る働きは、責任を持っている人であればあるほど思考と行動に矛盾が起きて違和感を作ります。

この在り方をわかりやすくする言葉に、「ルサンチマン」というものがあります。

哲学で使用され、心的状態を表す言葉としても使用されます。

ルサンチマンとは、
主に弱者が強者に対して、憤り、怨恨、憎悪、非難の感情を持つこと。
※Wikipedia引用

ルサンチマンは自らを優れた存在だと思いたい願望の強い人が持つ傾向があり、心理の根底には優れていない自分を自覚しており、それを認めたくない心理が優位になって拒絶している可能性もあります。

負けず嫌いという感情は、相手に負けるかどうかではなく、自らが負けだと認めたくない拒絶感情になり、他を下にする批判や非難が自己価値を下げない対処になるため、憤りが強くなりストレスが蓄積していく悪循環になります。

 

ルサンチマンは負けず嫌いのエネルギー活用が皆無になる

負けたくない感情は自らを高めるエネルギーです。

エネルギーは行動力となり、恐怖に打ち勝つ克服力になり、改善と向上へ向かいます。

しかし、「負けたくない」と負けていない状態を欲する願望を貫くだけだと、行動しないのはもとより、エネルギーを自分のために使わない選択になります。

エネルギーは自ら生み出されているので使用するか流すことで動力になりますが、使用しないと心身内部に蓄積して、留まります。

気が流れないように心身の抵抗になり、憤りとして蓄積します。

この状態で他に責任を負わせる概念を加えると、憎悪や非難と言った負のエネルギーになります。

憤りにて流れずに蓄積すると疲れやすく、ストレスになります。

憎悪や非難にて負のエネルギーを流すと、周囲を疲れさせます。

※自分に対する負けず嫌いの心理は、【自分に負けたくない気持ち】勝ちたいわけではない大切な心理 をどうぞ。

 

負けず嫌いを知る体験談

負けず嫌いな人は能力を高め続ける

私がニュージーランドにいた際、都内で会社員だった私はこれまでとは全く違う経験をしようと、ファームで働きました。

キウイフルーツをひたすら収穫する仕事をした際、そこには多くのインド人がいました。

インド人は私の理解ではとにかく負けず嫌いで、勝つ以上に負けないのが大前提です。

当時の私はインド人が大嫌いでしたので、毎日のようにどちらが多く採れたかの競争をして、すさみきった表情で彼らを負かし続けました。

キウイフルーツの仕事は傷つけずにどれだけ多く速く採れるかの働きを求められ、採れば採るほどにお金を頂けるので、もはやキウイフルーツが小判だと思える状態です。

インド人はお金が絡むと目の色をカレー色にして猛烈に働きますので、日々の競争は激化しました。

私は絶対に負けたくないので必死でしたが、彼らは何度負けようが、「明日は今日より速くして負けない」と自らを高めていきます。

私はインド人が張り合ってくれるおかげもあり、謎にキウイマスターとしてファームでの立場を確立しており、途中からキウイと話し出すという奇怪なことになり、赤ん坊をあやすように収穫するただのキウイ変人と化していました。

毎日の競争は何ヵ月にも及びましたが、最終的にはインド人達と同じチームで働くようにもなり、お互いに知らぬ地でキウイ採り能力を高め合う、良きキウイメイトになりました。

インド人ではない別の人と働いた時、負けず嫌いの別の心理が明確になりました。

 

憎悪と非難だらけの負けず嫌い

何ヵ月も採り続けると自分達のチームが構成されていき、別のチームや、別のファームとの競争が幾度と起きました。

インド人達と離れたファームでは負けず嫌いのヨーロピアンが多くおり、私達のチームはボリボリボリボリ!と極めた高速腕動かしによって、瞬く間にキウイ達を貪り採っていきます。

勝負にならないほどの差になり、他のチームは憤り、非難し、陰でボスに嘘偽りにて私達の価値を下げる工作をし始めました。

「あのチームはかなり汚い、採り方が酷い」

結果は明らかで、ボスは私達の速さ、量の多さ、そして綺麗に採れていることを評価してくれました。

インド人達が極端に負けず嫌いだったので、別の人々と関わることで、全く異なる負けず嫌いのさまを目の当たりにする経験でした。

その後もいくつものチームと戦いましたが、キウイフルーツを採る仕事は、毎年その時期だけ海外から人々が集結してお金を稼ぎに来るほどで、腕自慢の負けず嫌いばかりでした。

私が出会った人々に限った話ですが、圧倒的にインド人の負けず嫌いは心理が違い、自らを向上させるために負けず嫌いの気持ちを使用していると知りました。

負けず嫌いの嫌な気持ち。この心地悪さとどう向き合うかに、負けず嫌いの意味があると考えます。

 

負けず嫌いの本当の意味とは

負けず嫌いの人は実感があるかもしれません。
「負けたくない」と思う時、見ている対象は相手ではなく自分の負けたくない気持ちだと思います。

極端に言うと、誰に負けているかの「Who?」は重要ではなく、負けたくないと思っている自分と向き合う状態です。

負けるという事実を認めたくない自分と向き合う機会をもたらすのが、負けず嫌いの気持ちだと考えられます。

「負けなんて認めない、だから拒否する!」という負けず嫌いの気持ち。

拒否すると決めた時に、「それじゃあどうする?」への答えがニ分けされます。

「自分を認められるように現状を克服・改善する」
「認められない自分から遠ざかるように思考を納得させる」

負けず嫌いの気持ちを使用して自らを高めるか、負けていると思わないように現状を誤魔化すか。

意志があるかないかで認識が変わります。

  • 意志がある場合、負けず嫌いは自らを律する力になる
  • 意志がない場合、負けず嫌いは自らを誤魔化す癖になる

自らを律したい人と、自らを誤魔化したい人が負けず嫌いと捉えることができるかもしれません。

どちらなのかは人それぞれの選択で変えられます。

変えるためには負けず嫌いをなくすのではなく、どう使用するかの理解が最も大切です。

※負けず嫌いで人と比べる際は、【人と比べてしまうのをやめる】ポイントは1つ。方法は4つ。をご覧ください。

 

負けず嫌いの心理 まとめ

負けず嫌いとは性格ではなく、観念や性質にてもたらされる在り方だと考えます。

自らの人格の一部となるアイデンティティであり、自分らしさを協調するアイテム。自分との向き合いをもたらす気持ちという考え方です。

「負けたくない」という気持ちは心地悪いと思います。この心地悪さは拒否であり、自分で認められないサインを心が表します。

「認められないなんてダメ」なんてことはあるはずがありません。私達は人間ですので、常に変化向上でき、認められないからこそ認められるようになれる生き物です。

認められる自分になるための動力源となるのが負けず嫌い。とても重要な気持ちであり性質だと思います。

日本にはあまり褒める文化がなく、認めてあげられる人の絶対数が少ないので、認められる(または否定されない)ために他と比較することが方法の一つになりますが、「そんなに認められたい?」について深く考えてみると、認識は一変するかもしれません。

「認められれば嬉しいけど、他を下にする努力をしてまで求めるものではないかも」なんて考えがあれば、自らを主体に価値を作って生きる気楽な道が表れます。

負けず嫌いは着眼がどこにあるかによって自分勝手にも迷惑にもなり、私はインド人が初めは大嫌いでした。

しかし、真相を理解するにつれて、奥深く自らと向き合う人達なんだと知れました。

負けず嫌い。外見だけではわからない大切な気持ちですので、一つの考え方としてより自らのためにする一助となれば幸いです。

それでは、負けず嫌いの心理のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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