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心の声に従うことの真意│実はどうでもいいそんな声の秘密。

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心の声を聞き、そこに耳を傾ける際、何を思いますか?

心の声は思考ではなく意志から生み出されるために、頭の声とは違います。

心の声を聞く際には心から感じる賛同があり、それは自分の喜びに繋がることを意味します。

そのために、何も考えずに心の声に従うことで、良きこととなり幸せがもたらされる。

そんな心の声に従えればいいのですが、従えたら誰も苦労しません。

従えないことで自分を卑下して、頭の声を爆発させるように自分を責め立てるかもしれません。

心の声に従うことの真意には、そんなものはどうでもいい捉え方があります。

心の声に従うことの真意を紐解くと、より理解した上で自分のために活用することができるので、私の体験を含めた意味と理解をご覧ください。

心の声に従うとは

心の声とは

私達は自我意識を持つことで自分を認識します。

そのため、体と脳と心を持ち、スピリチュアルを含めるのであればそこに魂があり、自分として存在します。

自我意識があることで、体の声があり、頭の声があり、心の声があります。

 

体の声は生きる喜びのため

肉体を維持するために体の声を基に行動します。
呼吸をして、ご飯を食べ、睡眠をとり、健康的に活力を持ち、癒しや快楽など自分の喜びを求めます。

生きることが自分の喜びとなり、自然な体の行動や、無意識な行動として臓器を働かせ、肉体器官を働かせ、機能を発揮しながら生きていきます。

そのため、生きることに喜びがなければ体の声に従うことはなく、食べる行為をせず、眠らないように耐え、寒い時には服を着ず、暑い時には布団を被りと、自然な状態とは正反対の行動をします。

 

頭の声は自分を守るため

脳があることで思考をして感情を作り、顕在意識の記憶を保持します。

記憶を基に物事を比較して、評価や判断して、さらに記憶を保持して引き出すことで物事を憶えます。

頭の声があることで社会性の常識やルールを基に、レストランでスープの皿に頭を突っ込んでズーズーして恥をかくことがありません。

同時に、会社の隣の席の人に、楽しいからと思いっきりコーヒーをぶっかけて一人で遊ぶようなことをしません。

そこには、自分の評価や体裁を守り、他者から排他されて攻撃される危険性を防ぐ防衛意識があり、存在価値を見失わないように他者と比較して優越感や劣等感を基に卑下して否定して、うぬぼれて思い込んで決め付けて、認めて褒めて求めてと、自分の存在を守りながら、生きている意味を見失わないようにする声があります。

恐怖に対処して、ネガティブで危険性のある攻撃や排他や否定を味わわないようにする利益への行動と思考にて自分を守ります。

 

心の声は自分の喜びのため

心があることで気持ちを感受します。波動感受による感覚を気持ちに変換し、愛とエゴによる気持ちとして、“心地良い、心地悪い”というシンプルな想いを生み出します。

心の声は自分の意志のことでもあり、自分らしい喜びに対する真意を生み出し、顕在意識と潜在意識を共に使用した心からの意見として、自分の喜びに繋がる声を出します。

喜びは言葉のままに、満足やうれしい気持ちや思いを求める声として、自分に嘘や誤魔化し、抑制や忍耐による思考を入れず、今この瞬間のみに生まれます。

それは今を生きることができる声であり、過去の記憶との比較や照合はなく、あくまで今この瞬間のみに生み出せる意志として、唯一無二で保存料・着色料のない無添加の天然そのものの声です。

※心を知るとわかりやすくなるので、心を知るとモヤモヤの理由がわかる│スピリチュアルな心の働きとは をご覧ください。

 

心の声に従うとは

そんな心の声に従うかどうかを決めるのは自分です。

心の声は自分の意志そのもので、自分の喜びを求める行動や思考となる動機です。同時に体の声も自分の意志そのもので、“生きる”という無意識の喜びを求めた行為です。

心の声は自分の意志であることから、心の声に従う際には自分の意志を明確にする必要があります。

自分の意志は体の声からわかるように喜びを求める自然な認識があり、言い方を変えると、“自分らしく受け入れられることをする”という自然体な状態です。

そのため、心の声に従うとは、自分として自然に受け入れられることをする意味で、それは結果的に自ずと自分の喜びになります。

心の声に従うとは : 自分として自然に受け入れられることをする

 

心の声に従うと自然に自分の喜びを求めることになる

「自分として受け入れられることは何か?」と考えてみると、真っ先に体の声が来ると思います。

“生きるための行為”は最も意志との繋がりが強く、体の声は無意識に行動して、最も心の声である意志に近いものです。そこから意識できるものへと続いていきます。

それが“自然と受け入れられる”ことでして、臓器が無意識に動くことや、自然と呼吸をしたり睡眠をしてくれることが自分の喜びとなり、意識的にご飯を食べたり飲み物を飲んだりしていきます。

そのようなことから、意識的に自然と受け入れられることを考えてみると、心の声に従うことのキーワードは、“自分として”“自然”“受け入れる”となります。

自然と受け入れられることを考えてみると・・・

愛する人と一緒に過ごすことや楽しいことをすることは受け入れが容易だと思います。

しかし、嫌いな人と一緒に居ること、ましてや、そんなことを考えるだけでも受け入れられないかもしれません。

自分の好きなことや愉快でポジティブなことは受け入れられ、恐怖や苦しみや辛いことは受け入れ難いです。

受け入れられることは自分の喜びに繋がり、嬉しければ嬉しいほどに受け入れが容易で受け入れたいものとなり、それはそのまま心の声である自分の意志ということになります。

そのため、心の声に従うとは自分の喜びを求めることで、そこに抵抗がなければないほどに心の声だということがわかります。

 

心の声に従うために必要な理解

自分の喜びを求めるために心の声に従うのではない”ことにポイントがあります。

そんな心の声に従うために必要な理解をご覧ください。

心の声に従うために自分の喜びを理解する

自分の喜びを求める際には、受け入れるかどうかの認識がぶっ飛びどこかに行きます。

すると、頭の声が入ってきます。

頭の声は社会性を持って常識やルールをインプットすることで、他者から排他や攻撃をされないための防衛として働きます。

同時に脳の機能として、思考や感情を司り、記憶を保持する役割を持ちます。

頭の声が防衛であるのは、例えば会社の社長に、朝の出社と同時に、「おはよう!」と言いながらべったりたっぷりの生クリームホールケーキを顔面にドンッ。

「ケラケラケラ」と自分は楽しくてしようがありません。その際に周囲から排他されて蔑まされ馬鹿にされ攻撃されと、その後に予想されるあらゆる仕打ちやお返しに対して、「ん?それがどうしたの?」という鉄人であれば、頭の声は必要ありません。

しかしなかなかそういう訳にはいきません。まず会社をクビになるでしょうから、そこで結構ズーンとなり、自分を守る意識が必要です。

恐怖や排他がなく、自分を否定されて存在価値を消されることを阻止して、エネルギーを奪われずに防御することに利益があり、それを“喜び”だと思い込むことで、受け入れがなくても自分の喜びを求めることができます。

実際にそれは喜びではないのですが、利益があることで“ネガティブにならない喜び”として、さも自分に喜びを与えているようになります。

心の声に従うには自分の喜びを求めるのではなく、受け入れられることをすることが大切です。それ以外は頭の声によって交錯して事実を曲げられる可能性があります。

自分の喜びのために心の声に従う

受け入れられることをすることで自然と自分の喜びになる

自分の喜びのために心の声に従うことは、「バツだからダメ」ということではないのですが、自分の喜びを明確に理解している前提が必ず必要な道です。

それは、ボロボロの錆付きティースプーンとカップを、ゴールドスプレーでシューっとして、綺麗に梱包して、「これ、フランスまで行って買ってきたよ。誕生日おめでとう、愛しの人よ」と言われるようなものです。

「キャー素敵」
「バカやろう、コーヒー飲んだら、舌が金色になったわ」ということです。

頭の声は思考があるために、過去の記憶を使用して何でも答えを導き出しますので、「何が自分にとっての喜びなのか?」を事後ではなく事前に明確に理解している必要があります。

 

自分の意志が明確でなければ心の声に従はない方がいい

自分の意志は、あらゆることを自然に受け入れる認識があります。

そのため、「自分の喜び」に紐づくのが意志ではなく、受け入れることで自分に喜びがあるという解釈です。

その反対になると、前述のように頭の声と交錯する可能性がありますが、自分の喜びが何かを明確に理解していれば、心の声に従っても頭の声に惑わされることはありません。

例えば、本当は仕事を続けたくないと思っています。

しかし、生活のこともあり、仕事を辞めた時の再就職や、また面接やらなんやら、新しい仕事が見つかるか、職場の人はどうか。

あらゆる心配がある場合は、辞めないで続けている現状に“ネガティブにならない喜び”があり、頭の声を優先して聞き続けているのが事実です。

仕事を辞めることに自分の喜びがあれば、「さっさとこんな会社辞めて、もっと自分を喜ばすために新しい仕事を探そう」と意志が明確です。

自分の喜びが明確でなければ、辞めたとしてもネガティブにならない喜びを求めて頭の声を聞き続けます。

その際に、心の声に従いたくてもできない自分を見て、さらに頭の声を広げてしまいます。

心の声とは思考ではないので今この瞬間にしか出ません。それは意志も同じで、自分の喜びも同じです。

今自分の意志を明確にして喜びを理解していなければ、自分を卑下して否定し続ける結果にて苦しみを積み重ねることになるので、心の声に従わない方がいいです。

わざわざ自分の喜びを求める必要はありません。心の声に従うことは、受け入れられることをすることです。

自然と受け入れられることをすることが自分の喜びになるために、抵抗なく今の自分としてそのままであることが重要です。

恐怖を抱えていても、頭の声がガンガン爆音でも、その自分が必要です。その自分でないとダメなんです。

今の自分であることが重要で、現状の状態で受け入れられることをすることで心の声に従うことができる。
わざわざ頑張って受け入れる必要はなく、抵抗を作り、我慢や忍耐をする必要はない。

 

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心の声に従うなんてどうでもいい

本当は心の声なんてどうでもいいんです。そんなことを知った私の体験談にて、より心の声に従うことの意味が分かりやすくなると思うので、一緒に見ていきましょう。

心の声を知る体験談

私は自分を見失っていた時がありました。

そんな時、自分を見つけるために森の中へ入り、一人でテントと寝袋で生活していました。

えぇ、突然おかしなことを言い出しましたが安心してください。初めからおかしな話です。

私は誰も人のいない森を奥へ奥へと14日間歩き進めていました。その道中では、頭の声と心の声が激しく入り交ざり頭が暴発するのではないかという状態で、さらに体が疲弊しきっていたために体の声も参加しててんやわんやです。

バックパックを背負いながら川沿いを歩き、バックの重みに耐えられなくなり、曲がった腰を真っ直ぐ立てると、そのまま後ろに倒れてしまいます。

一度止まると動き出すのが一苦労で、ゼーゼー、ハーハーの吐息が大げさに森に響きます。

私は所持していた食料が少なかったために一日のご飯は白米二口分で、森の中を毎日歩き続けます。

そんな状態でビーフジャーキーが数口分残っていたために、声達は私の中で激しさを増します。

「ちょっと止まって、これ以上は無理だよ。一旦休憩でビーフジャーキーを食べよう!」

「ダメだよそれは!ここで食べたらこの先の森生活をどう過ごすの?命綱として食べないで残しておこう」

「ぎゅーぐるる」とお腹は叫び続け、脚は軋み、腰は痛く、肩は真っ赤でパンパン。

「ここで食べれば、体も元気になってより先に進められるから二口分頂こう」

「ダメだよダメ。ここで食べたら自分の喜びのための目的が遂行できない」

「そしたら、一口分だけ食べよう、一切れだけ」

これは森生活の1シーンでして、私は結局一口分のビーフジャーキーを食べました。

こんなことが毎日常に起きていました。

一体どれが心の声かわかりません。

当時の私には大きな目的があったので、あそこでビーフジャーキーを食べることは自分にとって喜びではありません。

しかし体が持たず、自分の中の声が、「食べろ食べろ」とうるさくて、常に食べ物のことを考えさせられます。

それを止めるために、別の声が食べようとする自分を止めて、自分の目的のための行動を促進させてくれます。

結論から言うと、ビーフジャーキーを食べろ食べろと言っていたのも、ダメだと制止していたのもどちらも“頭の声”でした。

たくさん食べろと声が聞こえ、ダメだと声がして、最終的に一口食べます。

どの声が頭の声で、どれが心の声かわからないまま、結局食べる。賛同か拒否か妥協かわからないが食べたのは自分であり、その行動は自分のためです。

それが、“心の声に従っている行動”でした。

 

心の声は自分を許す声

私が体験からわかったことは、心の声は自分を許してくれる声だということです。

それは、森生活のその後にわかります。最終的に辛過ぎて何もできなくなった時があり、テントから動けなくなり、自分の中の声を聞き続けて気づきました。

自分の喜びはいくらでもたくさんあるけど、実際に喜びかどうかは今生きている自分にしかわからず、行動をしてみなければわかりません。

どれだけ心の声があり、「これが自分のためになる、喜びになる」と感じても思っても、実際に行動をした時にその事実がわかり、心の声は“自分らしく受け入れができる行動の動機”を作るだけです。

心の声に従うことは事前に心の声を気にするのではなく、実際に行動をした事後に自分の意志を尊重して許すことです。

それは、何をしても自分の行動であれば、自分の意志であることを理解して受け入れることで、心の声はどんなことをしても許してくれる自分のことです。

心の声とは、何をしても許してくれる自分自身のこと
※心の声に従うとは、自分のための行動をしたことであれば全てを許し受け入れること

「ビーフジャーキーを食べろ、食べるな」と言っていたのは全て頭の声でした。しかし、その声があっても、結局行動をするのは自分を受け入れているからで、自分に喜びをもたらしたいから行動をします。

その後にどんな結果があろうとも受け入れてくれるのが心の声で、それは自分自身を大切にしている結果です。

心の声を事前に聞いても、それを行動できずに頭の声の行動をした自分がいたとしても、その自分を許し受け入れることが心の声に従う意味。

 

心の声に従っても従わなくてもどっちでもいい

結局、自分の中にある声は、満足でも恐怖への対処でも、喜びでもネガティブにならない喜びでも、何でも“今の自分のため”です。

心の声に従うかどうかを意識することは重要なことではなく、とにかく自分の選んだ選択や行動を受け入れることこそが心の声に従う意味です。

そのため、心の声に従うためには今の自分を大切にする意志が必要で、どんな喜びでも今の自分にとっては喜びであることを認めて、“自分にとっての喜び”を理解することが大切です。

自分の行動をした後に否定したり卑下したり後悔するのは、全て頭の声に従っています。

頭の声は自分を傷つけるために存在するわけではなく、自分を守るために思考して記憶を使用します。

頭の声にも心の声にも従おうと意識する必要はありません。どんな行為でも受け入れることで、結果的に心の声に従ったことになり、受け入れやすいことから行動することで、より容易に心の声に従うことができます。

行動する前に理由なんか要りません。でも理由を作りたければそれが自分のためなので必要です。

そんな感じです。

今の自分であることが全てです。心の声に従うかどうかは、心の声が聞こえた時に決めることではなく、心の声が聞こえても何でも結局行動するのは自分の意志です。

行動をする瞬間は今です、今この瞬間に意志が決めて行動をします。

意志は心の声です。行動をしたということは、既に自分を受け入れている証拠です。

あとは、自覚して自分を受け入れることで心の声に従うことになりますが、それも自覚しようが何だろうがどっちでもいいんです。

ただ、頭の声で否定をすると、自分が受け入れた行動であることをなかったことにしたり、嘘をついて誤魔化し、忘れようとします。

それだけは要りません。ただ、そのままに、です。

※自分らしくあることが大切になるので、自分らしいの本当の意味とは│らしさなんて存在しないエゴの大切さ をご覧ください。

自分らしいの本当の意味とは│らしさなんて存在しないエゴの大切さ何が自分かを理解しているならば、わざわざこの地球で生きている意味はあるのかどうか。 自分らしく生きるとは、どんな意味なのでしょうか...

 

心の声に従う まとめ

心の声を聞くことで、「従った方が自分のためになるよなぁ」と思ってしまいます。

しかし、そんなことを考える必要はなく、最終的に行動することは常にどんなことでも、今の自分を受け入れた上での結果です。

それが頭の声か心の声かは大きなことではありません。行動をしたからには既に受け入れていることを自覚し、あとはそれをそのままにすることで心の声に従う意味になります。

自分の喜びがどんなものでも、それが自分のためであることには変わりありません。

自分を受け入れて大切にできるのは自分だけです。そのため、自分のために行動できるのも思考できるのも、自分の意志があるためです。

その意志を見失うことで頭の声が思い込みをして、牛耳ろうとするかもしれません。そのため、自分を認識して意志を明確にすることが大切です。

それが自分の行動と思考に責任を持つ、自分として生きる意味にもなります。

あらゆる受け入れが増えていくことで、自分の喜びを求める無意識な姿となり、それは自分を敬い愛する意味だと気づきます。

すると、自分をどれほど大切にしているかは、どれほど愛して受け入れているかということで、心の声に従うとは自分の愛を信じることだとわかります。

そんな心の声に従う本当の意味の紐解きを、ぜひ自分自身のためにお役立てください。

それでは、“本当の意味”とはおこがましいですが、心の声に従う意味についての話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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