悩み

【言った言わない問題の解決法】家族・夫婦・友達間争いは疲れる

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「今日のご飯はカレーって昨日言ったじゃないか!」
「言ってないよ、気が向いた時にって言ったんだよ」

言った言わない論争。戦いはどちらかに勝負をつける行為。

一度戦場に入った場合、引くに引けなくもなります。

引けないと疲れ、どちらかが妥協するか傷つかなければ終わらない。なんとかしたいものです。

ここでは、家族や夫婦や友達間での水掛け論、言った言わないの解決法を見ていかれてください。

  • 言った言わないの争いはなぜ起きるの?
  • 言った言わない論争を目の当たりにした体験談とは?
  • 言った言わないの解決法とは?

これらを紐解き、どうして水掛け論が起きるかを心理的に理解し、解決策に繫げる内容となっております。

言った言わないの両者の目的と原因を知った体験談と共に、疲れる争いをなくす一つの考え方として、ご参考になれば幸いです。

家族・夫婦・友人間の言った言わない問題の原因

言った言わない問題はなぜ起きるのか?

お互いの意思疎通とは難しいものです。

これをさらに難しくするのが、過去に遡る意思疎通。

言ったのか、言わないのか。あなたの記憶はどう残ってる?それじゃああなたはどう?

お互いに頭をパカッと開けて、両者の記憶を見せ合いっこして、お互いに考え合えればいいのですが、なんともできない。

私達は目の前の亀を見ても、全く異なる認識をします。色ですら違う色としてお互いに知覚します。

「この亀は緑だねぇ」「スイスイ泳いで平和だねぇ」

言った人の意味や真意がわかる人は本人以外に存在しません。ただ、社会ルールやこれまでの経験から、「緑ってあの緑だ」「スイスイってこれか」「平和ってこういう意味だ」と自分の認識で照合して、それらしいものに近づける努力ができます。

「言った、言わない」と思う時に明確なのは、自分にとって言った言わないであることだけだったりします。

ここに言い争いが起きる原因があると考えられます。

[自分にとっての言った言わない=自分が認めたか否か]

 

家族・夫婦・友人間で言った言わないは重要ではない

言った言わないの争いは解決が難しいです。

なぜならば、言った言わないの価値や影響は限りなくミニマムだからです。

社会的なルールに順じた状況、ビジネスや、客と店員のやり取り、裁判や証拠などは、言ったという音や言動に価値がありますが、そうではない状況、家族や友達とのやり取りや会話では、実際に価値があるのは認めたか否かです。

ここにトリッキーな点があり、「認める」とは本人にのみできる行為です。

本人が認め、それを相手が理解した時、初めて意思疎通できます。

「これがエメラルドグリーンなんだ」
「この人は今、この色をエメラルドグリーンだと言った」

「この亀はエメラルドグリーンだね」
「うんそうだね」となります。

認めていないとこうなります。

「この亀はチャイルドモンブラン?」
「違うよ、この前これと同じ色を見て、エメラルドグリーンなんだって言ってたじゃない」

どうやら言っただけで認めていなかったようです。

相手が認めたかどうかは他者にはわからないため、言ったか言ってないかの音や、会釈の言動など、相手の外側の捉えられる部分を意思疎通材料の主体にします。

「そういえば、ポメヨン精霊がポメ基地でポメ降らせたんだって」
「へぇーそうなんだ、それは良かったね」

「良いわけないじゃないか!ポメポメがポメってポメーン!」

相手が認めたか否かは本人にしかわからないので、意思疎通できたと思っても全く異なる認識をお互いがしていたりします。

すると、言った言わない問題は起きやすくなります。

 

言った言わないを貫きたい理由は、自分を信じたい

自分のことは自分が知っている、自己理解した内容を曲げられない。

「私は子供の誕生日プレゼントを買ってきてと確かに言った」「旦那が言われていないと言っても、私の記憶では言ったのが事実」

事実としてはっきり記憶があるものを、違うと言われて変えると、自らの記憶を疑わなければなりません。

目の前にりんごだと記憶した赤い果物がありながら、「これがトリュフです、さぁそうでしょ、この名前は何?」と言われた時、「り、いや、トリュフですかねぇ」なんて言えるかどうか。

言えます。

しかし、認められません。

言うか認めるか。これは外側か内側かの違いであり、天と地の差があります。

りんごという既に認めて疑わない記憶があるのに、別のものを認めることは、はっきり間違っていると自分にレッテルを貼ります。

自分が正しいと思った記憶を、間違っていると認めることは不利益です。

不利益を得るとわかっているのに記憶を強引に変えることは自らを傷つける行為ですので、「私が正しい」と思いたくなります。

「自分が正しい」
「自分を疑いたくない」
「自分を信じたい」

これらの気持ちが強ければ強いほど、言った言わないが起きると引けなくなり、論争や問題になります。

 

「傷つきたくない」vs「傷つきたくない」

誰しも自分を疑いたくありません、信じたいものです。

この心理は裏返すと、現状の自分を信じきれていないからこそ信じたい、疑いたくない願望の表れかもしれません。
※または相手に信じて欲しい、疑って欲しくない願望の可能性もあり

自分を護るためにプライドを強め、他者との比較にて優越を求め、不安や恐怖心を嫌がり、正当化、自己主張、押し付け、思い込みが激しくなります。

「傷つきたくない」という気持ちがあればあるほど自己防衛意識は強まり、自分を疑わずに信じるためにも、記憶を貫こうとします。

これは非常に大切な在り方、自らの心は自らが護る責任の表れです(相手に信じて欲しい心理は他責)。

しかし、他者が関わる相互の意思疎通の場合、大きく道を逸脱する可能性があります。

目の前の人には目の前の人の認識があると忘れてしまうのが、自己防衛稼働状態。

他者には他者の認識があります。言われた時にどう聞こえ、理解し、認めたのか、認めたとみせかけてスルーしたのか、重要なことを言っても内心「どうでもいい」と思っているのか、千差万別です。

自らの記憶では言われていないのが正しい、「言った」「“うん”って言ってたじゃないか」と言われても、そんな記憶がない。なぜならば認めていなかったから。

「疑いたくない、信じたい」と傷つきたくない心理が表れ、引けなくなります。

お互いに自分を信じたいので、折り合いをつけるには妥協するか、泣き寝入りか、恐怖で打ち負かすか。どちらかが傷つく戦いが勃発します。

 

言った言わない問題のポイントは認めたかどうか

記憶を信じて疑わないのは、自らが認めた記憶だからです。

自責が強く、責任感があればあるほど自らの行動、発言を認める頻度が高く、「これは言って」「それは言っていない」に対する確固たるものがあります。

しかし、世の中にはさまざまな人がおり、認める行為を知らない人もいます。

「言った」「言わない」「認めていない」の三つは、意思疎通になりにくいです。

自分の常識は自分にしか適応されず、思い込みや勘違いが起きるのがこれらです。

真に意思疎通になるのは、「認めた」を如何に理解するかの一択だったりします。

 

言った言わない問題の原因とポイント

これまでの内容を一旦まとめます。

  • 自らの記憶を信じ、正しいと思い、疑いたくない心理によって主張したくなる
  • 主張が始まると引くに引けなくなり、防衛意識過多にて他者の認識にフォーカスする余裕がなくなる
  • 認めたか否かではない意志疎通をしている場合、言った言わない問題が起きやすい

※聞いているようで聞いていない脳内理解は、【脳内洞察内容】人の話が頭に入らない原因と改善策。をどうぞ。

 

言った言わない問題の体験談

これまでのお話がわかりやすくなればと思いますので、言った言わない問題の詳細を体験談にてご覧ください。

お互いの認識が全く噛み合わないモロッコ人と日本人

私がモロッコを旅していた時です。

砂漠の中にある小さな町。家は全て土で作られ、毎日決まった時間に嵐が来る風の地。

私はとある宿に約二ヵ月間滞在していました。この宿、モロッコ人の男性家主が営んでおり、ほっとんどお客さんが来ません。

一ヵ月ほど過ぎた頃、若い日本人男性がやってきました。

めずらしくお客さんだ。家主は喜んでいます。

この宿、家主がラクダやジープで砂漠へ行ったりとツアーを開いています。

ツアーが稼ぎ柱。久しぶりですのでここぞとばかりに接客し、仲良くなっていました。

そして、家主と男性は一日中どこかへ一緒に出かけ、夕方頃に男性が帰ってくると、「いやぁ、楽しかったです、いろいろ連れて行ってもらっちゃいました」と笑顔。家主もさぞ喜んでいることでしょう。

そこに家主がやってきて、「これからジープでさらに砂漠奥地へ行くけど行くか?」と私と男性に尋ねました。

私はツアーも参加したことがないくらいなのでさらさら断りますが、男性は行きたいと快く賛同して出かけて行きます。

結局、朝から晩まで二人は一緒にあちこち行っており、宿に一人の私はいつものように屋根で就寝です。

この宿は夜がとても心地良く、屋根の上で星空を見て、落ち着いたそよ風を感じながら寝られる最高の場所なんです。

「結局あの二人帰ってこないな」と思って私は就寝、グーグー。

夜中でした。

タタタ。帰ってきた男性が物凄い勢いで屋根にやって来て、私を叩き起こします。

「助けてください!!」

 

言った言わないの争いに巻き込まれる

言葉通り叩き起こされた私は、心地良かった時間から急に最悪な状況に巻き込まれます。

「助けてください、殺される!」と言う男性は直ぐに私の背中に周り、私を盾にしました。

すると家主が物凄い形相で駆け登ってきます、ダダダ。

「コノヤロー!」

なんと大きなナイフを持っています。

「こっちに来い!」という家主。

「嫌だ、ふざけんな!」という男性。

私は日本人男性によって強引に巻き込まれます。初めに盾にしてきたので、屋根から落としてやろうかと思ったのですが、まずは私が冷静になります。

次に家主をなだめ、落ち着いてもらいたいのですが、興奮状態が高まり過ぎて激昂。もはやパニック状態で非常に危険。自制心が完全に外れているのがはっきりわかります。

何度も説得して、結局私がちゃんと解決するという約束によって、少し落ち着いてくれました。致し方なく戦場にインです。

状況を聞くとこうでした。

  • 家主は朝から晩まで案内したから、ツアー代を支払って欲しい
  • 男性はそんなこと言われていないから払いたくない

答えは決まっています。男性に向かって言いました、「今直ぐ払いましょう」と。

「え、何でですか?!嫌ですよ、俺は悪くない、何も言わなかったからタダだと思ったんだ!」

どうも日本の価値観をモロッコの砂漠の中に持ってきているようでした。

「値段が異常に高いのかな?」と思って値段を家主に伺うと、むしろ安いくらいの請求でした。

この状況には、言った言わないではなく、認めたか否かの意思疎通のなさがありました。

 

意思疎通がないと問題になる

一人一人価値観が違うのは当然です。

詳細を二人に伺うと、お互いの認識が違うのはもとより、お互いに利用しようとしたふしがありました。

男性はタダで目の前の人の時間、労力や車やガソリン代など、さまざまに消費させ、自分だけ欲を満たそうとしました。

家主は久しぶりの客だったので、たくさん案内してお金を稼ごうとしました。

家主は案内に賛同した時点でツアーに参加したものだと認めましたが、男性は値段やツアー内容を言われずについていき、支払いを要するツアーだと認めていませんでした。

私の価値観では、行くと賛同した時点で何かしら対価を払うのが決まり、支払いはお互いの交渉かなという具合です。

  • 家主からすれば、賛同するかどうかが認めるかどうか
  • 男性からすれば、言った言わないが認めるかどうか

これは極端な例ですので、意思疎通する気がお互いにさらさらない状態です。

自分が喜ぶから目の前の人と関わるので、相手を理解するのではなく、自分が理解したと思うかどうかが主になっています。

結局この件は、男性が頑なに支払い拒否。

家主に価値観の違いと、共通認識のなさ、そして利用概念があったのではと内情を伝え、折り合いを打診すると、家主が落ち着いて勉強代だと飲み込んでくれました。

「今直ぐに出て行ってくれ」というので、男性に出て行ってもらって終了。

何も間違っていないと主張すると解決は見えなくなり、どちらかが傷つくまで続く戦いはお互いに疲れてしまいます。

※自分が正しいと思う人の対処は、「自分が正しい」と思っている人の心理と対処法│人間は誰しも思い込みたい をご覧ください。

 

言った言わないの解決法

言った言わないの解決ポイント

意思疎通がない状態でのやり取りは、いつでもどこでも言った言わない問題が起きます。

一つ終わっても、一定時間経過すれば次から次へと起きてしまいます。

一度戦いにインした瞬間、引くに引けない心理が表れ、自らを疑いたくない、信じたい気持ちが強まり、認識に固執が起き、解決策は第三者なくして困難になります。

解決法のポイントは、如何に争いに参加しないかです。

 

解決法①:相手の認識を知る

争いが起きると、自らの主張と相手の主張で、空間はブワンブワンと反発し合います。

お互いが自らの世界に飲み込もうとする見えない空間バトルです。

争いに参加しないためには、この自己主張バトルモードをスススと避け、相手の世界に自ら飛び込みます

「言った言わない」になった時に、相手はどういう認識なのかを知ろうとするのが方法です。

フォーカスは、「この人はどういう認識だったのか?」の確認です。

相手の世界を知る状態にシフトし、相手を知ることに集中。

「どうして言っていないと思っているのか?」
「どうして言ったと主張するのか?」
「どうして言ったけど、実際には認めていなかったのか?」

「どうして私はこの人が言ったと思っているのか?」という自己理解の目線も大切ですが、解決するためには相手がメインで、サブが自分です。

まずは相手。とにかく相手の認識理解に重きを置くのが解決法です。

 

解決法②:妥協しない

「はいはい、いつものね」と妥協すると、自らの不利益を緩和できますがおすすめはできません。

妥協せずに相手をとにかく知ることに追力すると、全て自分のためになります。

妥協は自らの主体性を消してしまうので、妥協せずに相手を知るために行動することが、解決するために大切です。もちろん戦いもせずにです。

※第三者を介入させると妥協に終わる可能性が高まります。

 

解決法③:自分の成長機会にする

言った言わない問題は、成長する大きなチャンスだったりします。

認識力向上の機会

他者側の目線や気持ちや思考や立場で、他者の認識を理解する数少ない機会になります。

普段の生活では物事をどのように捉えるか、自分主体の目線が当たり前になりやすいので、他者を理解する動機を見出すのが困難です。

他者を他者側から捉える目線が追加されると、私達人間の認識力は格段に上がります。

物事の本質や事実、そのままをそのまま認める力が高まり、なにより自らの認識との向き合いが向上し、主張する前に一旦見つめる余裕が生まれます。

私達はこう見て、こう思って、こう感じてという自分の認識は知っていますが、それらは他者にとっては不明確なもので、事実ではなくなる淡いものです。

「自らがこう捉え、さらに相手からはこう捉えられている」という認識によって、より事実とは何なのかの答えに近づきます。

自分の常識とは自分にしか適応されない前提がはっきりし、他者も含めて事実が存在しているとわかります。

そんな見方をした時、物事の捉え方も、家族や友達との関わり方も一変し、認識力は人を知る力、コミュニケーション能力でもあり、意思疎通する能力にもなります。

※認識力の詳細は、【決定的に違う認識力】気がつく人と気がつかない人の特徴と能力 をどうぞ。

 

言った言わないの解決法 まとめ

解決を図れるのは、解決を図ろうとする人のみです。

正しいと主張したい問題ですので、多くは自分が疲れないため、苦しまないためにと、フォーカスが自分から離れなくなります。

しかし、解決を図ろうとする意欲がある人は、お互いの問題であり、相手は引かないのがわかっているのだと思います。

既に着眼が自分だけではないので、認識力向上はまさにうってつけのアイテムです。

物事は自ら行動する人が利益を得て、成果を上げ、成長し、気楽な時をもたらします。

まずはご自身のために相手を知ってみてください。

相手を知れば知るほど、お互いの意思疎通有無がわかります。私達は誰しも価値観が違うので、自分の言っていることと相手の理解していることは変わります。

共通性を作るために社会性や教科書、常識やルールをたくさん用いますが、家族や友達間のやり取りでは、ルール適応以上に気持ちや感情を含めた関わりになると思います。

ルールから外れた人間味同士の関わりでは、物事をどのようにどれくらいどうやって認めるかは千差万別です。

相互理解は自分ではなく、相手の理解がメインです。

まずはご自身のために相手を知ります。認識力が高まると起きるのが、相手を捉える余裕、そして敬いや尊重の気持ちです。

相手を尊重した時、自らを正当化しようと主張するさまは自然と変わります。

主張せずとも、安心できる人が目の前にいると思える自分になっているからです。

そんな関係性を作るためにも、言った言わない問題を活用しながら解決していきましょう。

そのための一助となれば幸いです。

それでは、言った言わないの解決法のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

著名なメンタルセラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生とのセッション機会。
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