悩み

気を使う人は嫌われて疲れること必須?│改善は気の使い方説明書で

「元気なさそうだからこれ買っといたよ、蛇の瓶漬け」

「それじゃあ順番に鍋をよそっていくからね、あ、グラス空いてるよ」

「あはははは、なんて面白い人なの、あはははは」

「私が残りの仕事はやっておきますので」

自分のルール、思想、思い込み、決め付けの押し付け。我欲の解消行為、承認欲求、肯定材料集め、他者利用、支配、大衆従順による正当化、大きなバックアップによる恐怖回避、安泰確保…。

気を使うと嫌われることがあります。それも異様に。

気を使うことは、使い方如何で良いようにも悪いようにもなります。

その最たる例が、気を使うと気が利くが全く異なること。

気の使い方、これは説明書要ではないかと私は思っています。

良かれと思ったことが嫌われる理由になるとは、いかんせん不調和の極みであり、わかりにくいことです。

ここでは、気を使うことで嫌われる詳細をお探しの方に、些細な私の理解をお伝えします。

嫌われる理由と改善方法。そんな理解が役立つことを願います。

気を使う人は嫌われる

気を使うとは

“気”を“使う(遣う)”

気とはエネルギー概念や精神における心やその働きのことですが、状態や様にある動き(働き)という捉え方が一般的かと思います。

そのため、気を使うの意味にある“気”とは、目の前や周囲の状態や状況。

いわば状況把握。

それを使うことで、「気を使う」

言い方をシンプルにするとこんな感じです。

気を使うとは、周囲の状況を把握して、そこに見合ったことをする。

心配りや配慮、気を配るとも言えるものです。

 

気が利く人と気を使う人の違い

気を使うと似た意味を持つ言葉に、「気が利く」があります。

「あ、久しぶりに友人から何か送られてきたぞ」
「あ、コーヒーだ」
「しかも、鮮度を保って冷凍保存できるように既にジップロックに入れてくれている」

「気が利くー!」

これ最強。予知能力かと思うほど、こちらの状態や状況を把握し、良き効果をもたらす行為。

気が利くとは、状況や状態把握から効果や作用をもたらすことです。

そのため、気という状況把握の着眼は己ではなく他。それは他者や物や事。

気が利くプレゼントを渡すのであれば着眼は相手。相手の状況や状態を把握して、相手にとって利益や効果となるように作用させることです。

しかし、気を使うことは全く違います。

状況や状態に見合っていればいいので、フォーカスが相手でなくても通用します。

言い方を変えると、常識やルールなどの規範に則っていれば、相手のことを考えていなくても気を使えます。

少しわかりにくいかもしれませんが、ポイントはこちらです。

  • 気が利くとは、結果的に相手が喜ぶ効果や作用をもたらす行為
    =常識などはどうでもよく、如何に相手を知り、理解し、思いやるかが表れる心配り
  • 気を使うとは、結果的に“見合う”という枠組みに収まればOK
    =常識やルールなどに準じていれば他者のことを思っていなくても心配りになる(思いやりや優しさとは違う)

上記から、気を使うとは思いやりや優しさとは違うことがわかります。

人それぞれ、状態や状況それぞれにある“見合う”という枠に収まることが重要でして、ビジネスシーンなどでは気を使うことが大事になり、使い方や使うタイミングがあります。

一方、気が利くとは人と人の関わりに深みを付ける相互交流・理解でして、気を利かす時の着眼は己ではなく他です。

気が利く人と気を使う人の違いは天と地、他に優しさがあるかないかです。

※優しさがない人の詳細は、思いやりがない人の心理と改善│本当に気にしたいのは思いやり偽善 をご覧ください。

 

気を使う人が嫌われる理由

淀みの美学はただのヘドロ。そんな言葉があるとかないとか。

気を使うことは片や善、片や悪。悪意のない悪、騙す気のない勘違いや思い込みといったものもあります。

気が利く人は優しさや思いやりによる心配りから、相手に効果をもたらしますが、気を使う人に優しさは必要ありません。

大切なことは何がその場に、その状態に、この人に、この状況に“見合うのか?”の理解。

気を使う人の真骨頂は自分のための状況改善、または対処です。

状況に見合った対処が上手で、行為の目的は明確に自分のためです。

私達は自分のために生きて、喜ぶため、満足するため、納得するため、恐怖を味わわないため、苦痛を感じないため、危険を選ばないために日々を過ごしているので、これに何も悪いことなどありません。

ですが、気を使うことを一歩取り違えて解釈すると、状況把握を自分のために利用することが起きます。

いわば、他者を自分のために利用する。

嫌われます。

 

自分のために気を使うと嫌われる

「気を使う」の「使う」

これは完全に気を使う本人に主導権がある意味です。単純に使うか否かは本人次第。

「気が利く」の「利く」

これは効果がある=利いているかどうかは相手など周囲の他者が決めることで、主導権の概念すらありません。

行為の主導を持ち、他者のための行為だと認識することで、気を使う行為を自分のために利用する概念が生まれます。

気が利くをちょいちょい出しているのは、この意味がわかりやすくなると思ってです。

気を使う行為の着眼が己になることで、自分のためにみんなの分の鍋を取り分ける、適格に相槌を入れる、話の腰を折らない、みんなが嫌な顔をしないように休日イベントに参加する、くそつまらない話に愛想笑い、最早自分のためにアハハが癖に…と行為が加速します。

悪意なく自らが喜び、満足し、納得し、恐怖と苦痛と危険から逃れる利益のために、他者を利用した気遣いが起きます。

すると嫌われます。

愛想笑いしていればテキトーに合わせていることぐらいわかります。

優しさではないことだってわかります。世間体であることや、常識に合わせた行為や、その場の対処、本人自身のための行為だとわかります。

わかる人は利用されていると気付くので、嫌います。

 

気を使うとルールに飲まれて優しさを押し付ける

気を使う時の行為には、常識やルールを使用することが多くなります。

それは、状況や状態や働き(動き)に見合った行為をするために、既に大枠として定まった規範に則ることで対処が容易だからです。

ご飯を食べる時には箸を取ってあげる。
グラスが空いていれば、注文を聞いてあげる。

そこに優しさがあれば相手の状態や状況や心理を加味して気が利く人になりますが、それが自分のためであれば常識的行動をとったことでうまく収まります。

ここで一つ起きていることがあります。

常識やルールに則って気を使うことで、自分に気が利いています。

言い方を変えると、自らに喜びや効果をもたらしています。

ここでどや顔をしている可能性あり、要チェックです。

嫌われる理由はそこにあり、他者利用が見え見えとなります。

もちろん本人に悪意はないと思いますが、常識やルールに準じた「これをすれば心配りだよ、優しさだよ」という行為は、時に優しさの押し付けとなります。

とにもかくにも、気の使い方を逸脱することで、利益のための無意識の他者利用、ルールに準じて正当化し、価値や肯定材料を見出す他の利用、それは悪意のない他者の存在無視や否定にもなります。

気を使われる側は大きな違和感と嫌悪を抱き、嫌いになるというものです。

※嫌われる理由がわからない話は、嫌われる理由がわからない時に知ってほしい│何故か嫌われるスピリチュアルと心理 をご覧ください。

 

気を使う人が嫌われる時に知りたいこと

気を使うと疲れる理由

気を使うと疲れます。

そしてそれは、気を使われる側を疲れさせます。

気の使い方を間違えると起きること、それは自分がなくなってしまう、常識やルールにゴクンと飲み込まれてしまうことです。

例えば、みんなのために良かれと、焼き鳥を串から全て取り外す人がいます。

私は、「焼き鳥を馬鹿にしているのかな?」と初めは思ったのですが、これは常識に則った状況把握からの“見合った行為”であることを後々知ります。

私は生涯で二回この串外し芸をしたことがあるのですが、異常に疲れました。

「みんなのために串から外してあげると良いんだよ」と素敵な笑顔で同僚に言われたのでやってみたのですが、「なんだこの違和感は?」という感じが否めず。

いざ食べてみるとまずくなっているじゃないか!
しかもぬるくなってる。
しかもギュッとした時に焼き鳥の脂を追いはぎしてしまった。
しかも乾燥が早いし、みんなが手を付けるスピードが遅くなっている。

おもわず、「あの同僚はこのお店が嫌いなのか?」と思わざるを得ませんでした。

「いやー、なんだか色々考えちゃった」と、どっと疲れる謎行為。もうやらないと強く思いました(子供や鋭利恐怖症の人がいたらしてあげたい)。

気を使う際に理解していない常識やルール=意味がわからないことに準ずると、自らを否定する行為になりかねません。

それは、自らを我慢させる行為となり、気を使うことで嫌々友人の買い物に付き合ったり、つまらな過ぎて笑える隣のおばさんの話を適度にオホホと笑うことが起きます。

抑制、縛り。
自らの支配が起き、疲れます。

 

気を使うと相手を疲れさせている

気を使う人が最も知ってほしいことがこれです。

相手を疲れさせている可能性が大いにあります。

気を使う行為は、「労力を尽くし、嫌なことも、我慢をしてまでもあなたのためにしている」と思えたりします。

そこには、常識やルールに準じて正しいことをしている自負があり、正当化を図るに足りる基盤として、気遣いできている認識があります。

ここで大きなことが起きています。

相手が実際にどう思っているかの内側を知らないで、相手のためだと思うこと。

「思い込み」です。

思い込むことで常識であり大人としての配慮自負が強まり、実際に相手が気を使われてどう思っているのか、どう感じているのか、どう想っているのか、どう結果をもたらしているのかを鑑みなくなります。

この自負、少しやっかいでして、正当化を貫く動機になります。

すると起きることが、気を使うことで相手にも気を使わせます。

言い方を変えると、社会性の“正しい”という土台に座ることで、自らが主導権を握ったり、不利な状況や嫌なことが起きないという空間を無意識に作ります。

相手をアウェイにする空間創作。これが恐怖や苦痛を味わわない利益を生みます。

見えない空間でいきなりバトルモードを展開させるイメージでして、相手を1vs大多数(社会性のみんなの意見)にしようとします。

すると相手は嫌がり、主導権を放棄するか、同じ土台の大多数vs大多数にするために、同じように気を使うことで対応します。

「気を使わせられた」と思い、嫌う理由となります。

わかりやすい例として、自宅に訪れた人に対してお茶を出そうとして、「あ、お気遣いなく」と気を使った時。

「あ、そうですか、じゃあ出しません」とはなかなかいきません。

気を使うとは気を使わせることでもあり、使い方を知ることが大切です。

場所や環境によって使いどころがあり、いつでもどこでも気を使うことは使い方の逸脱になりかねません。

※我慢にて気を使う際の対処法は、我慢しすぎて辛い時は早めに対処│とんでもないのが出て来る前が肝心 をどうぞ。

 

意味を知らずに疲れることをなくすと嫌われる改善になる

気を使うか否かは、一つの大きな選択を誰しもにさせます。

喜びを選ぶか、恐怖(苦痛)のなさを選ぶか。

気を使えば否定や馬鹿にされることが減り、道徳の教科書に反しない姿を作り、他からの影響による不利益をなくせます。

その際に自分らしくなくとも、常識やルールに準じた姿を善とした価値観や観念を持っていれば疲れることもなく、違和感なく空気を読んで見合った行為に及べます。

気を使って疲れることは、自らの意志や目的や利益を理解できていない状態が考えられます。

気を使う際の選択は無意識なので気付きにくいものです。

気を使っている意味を自覚しないと、選んでいる利益の恩恵がなくなり、ただ疲れる。そして疲れたことで人との関わり方に抵抗が作られ、自分らしくないことでより嫌われることも起こり得ます。

物事には全て意味があるので、認識に気付き、疲れに納得や理解があれば、お風呂に入ってスッキリなんて対処ができるようになります。

気を使う際にしている選択の自覚が大切です。

※先天的な気質によって気を使って嫌われる話は、逆エンパスが嫌われる無意識の言動|実は人を恐怖に陥れているかも をご覧ください。

 

気の使い方説明書

嫌われる改善となることを願い、これまでの内容をまとめて“気の使い方説明書”を作成したいと思います。

嫌われる理由をまとめるとこのようになります。

気を使うと嫌われる理由
  1. 自分のために他者を利用している
  2. ルールに飲み込まれて自分らしさに抵抗と反発を持っている
  3. 他者のために気を使っていると思い込む優しさの押し付け
  4. 相手をvs大多数のバトルフィールドに乗せている
  5. 人との関わりにて主導権争いや利益追求を自らしている
  6. 思い込みにて正当化を主張している
  7. 気を使う意味や目的を理解していないことで自らと周囲に抵抗を作る
  8. 相手を疲れさせる
  9. 気を使うことで相手に気を使わせている

嫌われる理由は無意識であるために気付きにくいことが多いと思います。

ほとんどの理由は、気の使い方が本来の形から逸脱してしまっており、自らのためである自覚なく他者を利用することが起きてしまいます。

 

気の使い方

気を使える人は空気を読むプロのようなものですので、状況把握能力に長けていると考えられます。

そのため、気がつく。

気がついた時、あの人の状態、この時の状況、あの様の意味は、何を求めている?とさまざまに認識する段階に入ります。

すると、気を使うか使わないか。または気を配るか利かせるかという一区切り、選択の有無をする段階があります。

気を使うとは気がついたことから選択の余地があり、自分次第で使い方を選ぶことができます。

これまでの内容のように、他者を利用すれば嫌われますが、自分の利益は増やせます。自覚すれば、「これが常識だ」と開き直って疲れても対処が容易になります。

気を利かせれば優しさの提供として、目の前の人に喜んでもらうことができます。

使い方によって良い悪いが極端に分かれるのが気を使う行為であるため、気を使うためには、気がついている前提があると知ることがポイントになります。

そして、状況や状態に見合う行為をするために、まずは自分に気を使います。

詳細を見ていきましょう。

 

気の使い方は状況や状態の自分に見合わせる

ポイントはの状況や状態ではなく、そこに居合わせる自分に見合わせた行為をすることです。

これが自分に気を使う行為。

例えば、大多数の居る環境では気を利かせた行為には限界があり、一人一人違う認識を理解して効果をもたらすなんてことは、スーパーおもてなし浴衣美人でなければ不可能です。

そのため、気を使うことは対集団、ビジネスシーンなどの型や枠組みがある前提では大活躍。

自分らしさが必要な環境か否かを初めに判断し、ビジネスシーンなど必要ない場所であれば、社会性に沿わせて苦痛や恐怖のない利益のための行為だと自覚して気を使います。

友人や家族など身近な存在の環境では、気を使わずに好き勝手やったり、それが嫌であればその場に見合わせた行為をしたり、気を利かせて相手のために優しくしたりと調整します。

自分に気を使うとは、いわば気を使うチューニング(調整)。

チューニングすることで自覚が伴い、自覚して気を使うことが気の使い方のベストを見出します。

気を使うとは自らの行為を認識し、常識に飲まれずにその場その場に見合わせた自分らしさを作ることです。

さらに、行為によって不利益や嫌われることがあれば、都度都度の変化を作り、気の使い方をより理解して育めます。

気を使うとは自らの軸と主体性を持ち、気がついたことを如何に自分のため、または他者のために活用するかです。

 

気を使う人の自覚例

わかりやすい例となるのが、交番や見回りにて職務質問をする警察官の方々だと思います。

義務や業務として人々の配慮をして気を使った関わり方をしてくれます。そこには、気の使い方として自覚があり、明確な線引きをした上で自らのために気配りや配慮をします。

もちろん中には気が利く方もいて、気を使わない方もいますが、業務という大前提があるために、常識やルールに飲み込まれることもなく、まずは自分(業務)を第一に目的を把握した上で、相手の利用に対して嫌な思いをさせない気遣いがあるように思えます。

※気を使う前提の気がつく人の詳細は、【決定的に違う】気がつく人と気がつかない人の特徴と能力│認識力が起こすこと をご覧ください。

【決定的に違う】気がつく人と気がつかない人の特徴と能力│認識力が起こすこと気づいちゃったー。 ん、何が? 今仕事さぼってるでしょ。 …。 気がつく人と気がつかない人には決定的な違いがあります。 ...

 

気を使う人が嫌われる まとめ

気が使えることはとても大きな能力だと思います。

空気を読めるというのは気がつくということですので、認識力の高さを物語ります。

しかし、気がつかないにもかかわらず気を使うことは困難であり、状況状況をパターン化して常識やルールを紐づけるように記憶する必要があるので、なんとも大変、そしてめんどくさい。

これを無理強いすることは社会に準じたり従う以上に、飲み込まれて自分がなくなる可能性があります。

そのため、気がつくのか否かは大前提の必須理解。その上で気がつく場合には気の使い方を知ることが大切です。

気を使うことは一歩違えば嫌われ、一歩変えれば気が利いて好かれます。

使い方が重要になる気、すなわち状況把握。

使い方を知る肝となるのは自らに気を使うことです。

気を使うチューニングによって、気配りにも気が利く人にもなり、その場その場によって使い方を変える工夫も作られていきます。

私は気を使いまくって生きていた時がありますが、気の使い方がわからなかったもので、自らを苦しめる矛盾を作り、他者のためだと思い込み利用していると認めなかったところ、自分が消えてなくなるというマジックを味わいました。

マジックは楽しいものでありたい。そんなことを深く理解した学びでした。

今では焼き鳥の串から外す人がいれば、「私にはしないでください」と言えるようになりました。

「お気遣いなく」と言われれば遠慮なく気遣いしなくなりました。

些細な一歩は他者への気づきともなるため、できるだけやんわり伝えていきたいと思う次第です。

そんなヤバい人間にもなりかねませんので、気を使うことはとても大切です。

使い方がとっても重要な話が伝われば幸いです。

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