生き方

【愛の破壊とAI化】わがままで自分勝手な人の末路は人間の逆行

大きな赤ん坊は今日も気分屋、周囲を振り回してジャイアントスイング、ポーン。

わがままで自分勝手な本人はいい、納得、喜び、安心の利益でザックザク。

しかし問題は、私達知的生命体は社会性を持ち、他者と共有し共存していること。

この前提があるために、わがままで自分勝手な振舞いには厳しい末路が待っています。

末路を紐解くと、好き勝手に他者を巻き込む行為は人間の在り方に反しているとわかります。

そこで末路を詳しく紐解き、わがままや自分勝手に潜む人間として重要な意味を言語化します。

  • わがままで自分勝手な人の末路を知りたい
  • わがままや自分勝手に潜む人間的意味を知りたい

本人が改善する際のお役立ちになると同時に、末路の意味を活用する一つの考え方となれば幸いです。

※一部辛辣な内容ですので、棘を避けながら読み進められてください。

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わがままで自分勝手な人の末路

わがままな人、自分勝手な人の迷惑

わがままとは、
:他を顧慮することなく自分勝手にふるまうこと。身勝手なこと。また、そのさま。
※コトバンク 引用

自分勝手とは、
:自分の好きなように図って、他人の都合は考えないこと。自分の都合だけを考えること。
※コトバンク 引用

両方とも似ている言葉ですが、少し違いがあります。

わがままは純粋に自己愛を貫き他を見ないさまであり、自分勝手は自己愛に正当性を含めて他に押し付けると考えられます。

ジャングルで一人になればわがままな人は即死か強者に変貌、自分勝手な人は例外なく即死、になるかと思います。

違いはありますが、共通しているのがこちら。

わがまま、自分勝手は、自分以外の他に対する認識がありません

他を見ていない、または自己都合でしか見ないため、思い込みや決め付けが増え、無配慮に無尊重、無自覚に巻き込み干渉します。

周囲に我を貫くため、自己利益を得るために必ず他者を巻き込みます。

我慢できず、自制がなく、責任がなく、気分屋で、感情の抑揚が激しく、良悪のムラがあって両極端、機嫌が悪いと取扱注意。

例えば、お腹が減って何か食べたいのに食べられない時。

思うように欲を満たせず、モンモンとするだけで終わらないのがわがままで自分勝手な人。

来ます、あれが。

「おっれっはジャイ〇ーン!ガッキだいしょー!」

「なんで何も食べられないんだよ?!なんとかしろよ、俺様は腹が減ってるんだ!」

「あ、ハンバーガー持ってるのに手を付けてない、要らないってことだよな、もらい!」

「おい、私のためにあれをちょっとつまんで来いよ、早く取ってこい!」

癖のように他者を利用し、当たり前のように他者から利益を得るだけでなく、不利益を与えるダブルパンチ。

わがままな人、自分勝手な人は、他者に干渉して利益を得るため、迷惑をかけます。

 

わがままな人、自分勝手な人の末路

キーワード:他者を認識せず、自己利益のために他者に干渉するさま

認識していないのに干渉すると、一方的な利用、思い込み、決め付け、依存、執着が増え、不平不満を押し付け、責任を他に負わせ、認知が歪みます。

レストランで今まさにかつ丼を食べ始めたお客さんに、「お食事はお済ですか?」と聞きかねません。

自己都合の世界、妄想空想に自己ルールガチガチのフィルター透かしで物事を捉えるため、罪悪感がない、恥がない、相手の気持ちがわからない、他者認識がない、自己認識がない、のにあると思い込む。

壮大なご都合世界を生きることとなり、個人が社会に対して支配を目論むようなハチャメチャな見方になり、関わる人々や司法が黙っていません。

末路にはこのようなものが待っています。

わがままで自分勝手な人の末路
  1. 信頼されず人が寄ってこない
  2. 嫌われて友達がいなくなる
  3. 孤立してひとり
  4. 必要とされず、邪魔者扱い
  5. 年々人間関係が辛くなる
  6. 精神弱体による情緒不安定
  7. 誰にも助けてもらえない

日本では気を使う人が多いので腫物を触るように関わられ、年齢を重ねるごとに周囲は我慢しないため、溜まりに溜まった鬱憤を晴らされ、本音をズバズバ言われて精神を保つのが難しくなります。

年々人間関係が辛くなり、何がいけないのか、原因はなにか、どうして当たりが強いのか理解できず、改善できなくなると社会を憎み、自ら末路を険しくする可能性もあります。

厳しい末路と考えられますが、ここでお伝えしたいのは別にあります。

わがままや自分勝手の原因となる、自己愛の歪みに着目

自己愛を自己利益のために使い、知らぬ間に歪ませ続けた結末がありますので、掘り下げていきましょう。

※自己中な人の末路は、【支配か成功】自己中心的な人の末路は二つ│自己中は大切な土台 をご覧ください。

 

わがままな人、自分勝手な人の厳しい末路:愛の破壊

わがままな人、自分勝手な人は、自己愛に基づいて他者を利用します。

「利用している」なんて微塵も思っていないのがわがままな人。

自らの言動を正当化し、「利用されるのが悪い、私の方が優れているんだから劣等者が使われるのは当然だ」などと自己都合のルールをかざすのが自分勝手な人。

自己愛によって他者を利用して利益を得て、自らは否定される存在ではないと思い込み、不納得や不利益もなくします。

人によって、自分を悲劇のヒロインや被害者にして、周囲の賛同を得ようと同情を誘います。

人によって、自己肯定するために他者を蔑み馬鹿にして、シーソーの上下優劣を一方的に決め込んで、納得を得る見方をします。

人によって、見栄が強く嘘を平気でつき、他者承認欲求を求め、攻撃的に支配や私物化を強め、過剰なナルシシズムにて自己存在価値や意義を見出します。

人によって、依存心を強め、必要とされる存在だと思えるように他者を誘導、利用し、愛されることを強く求めます。

どれも自己愛の使い方が徹底的に、「誰か他から愛してもらうため」

愛をもらうために自己愛を使い、他に干渉して利益を得る在り方を作ります。

生存戦略の一つであり、人によって大切な策だと思いますが、どうしても見逃せない大きな問題がありそうです。

そもそも愛がないことです。

愛がないのに自己愛があると思い込み、かたどった自己愛という何かを持って他から愛を得ようとする行為を続けると、末路が表れます。

自己愛の間違った使い方によって愛を破壊し、愛がわからなくなります。

わがままや自分勝手な行為が愛の本質を破壊しながら気づけなくなり、恋愛は利用し合いになり、友愛は消滅し、家族愛は崩壊し、真実の愛とやらは塵となります。

立っている砂漠が自分の作った現実世界だと気づかず、水がなくなり枯れていく、そんなイメージです。

 

わがままな人、自分勝手な人の末路に分かれ道

末路の重点ポイント

愛を破壊する末路は、人と関われば関わるほど愛せなくなり、人から愛されなくなることを意味します。

他者を認識しないわがままで自分勝手な状態は、自己都合の見方が全てですので、自分を喜ばせる利益を他から得れば得るほど、「愛されている」と思おうとします。

他者を認識しないというのはそもそもこの世の原理の逆行です。

ジャングルや無人島など一人だけの環境であれば問題ないと思いますが、社会性を選択して使用している以上、自己都合の世界を配慮なしで貫く行為は、他を尊重しない態度になります。

行為そのものが無慈悲で共存無視、そういったことを自覚できない在り方を自ら作ります。

自己愛を使うことで、「無慈悲ではない、共存を無視してない」と思い込めますが、自らの在り方が他に影響を及ぼすリアルそのものに着目しなければ現実は見れません。

現実を知ることがないこの世の見方をしながら、自己愛という名の「愛されたい我欲」を使用し続けるさまは、自分を愛することもできなくします。

自分を愛せなければ、自分以外の他を愛せません

認識ベースが思い込みの空想世界になり、非現実な世界に逃げ込むようになります。

潜在領域では愛の枯渇が把握され、とにかく愛をもらおうとして、与えることがなくなります

自分を愛しているからこそわがままや自分勝手になると思えますが、実際には自分を愛せないからこそ愛してもらおうと他者に干渉し、自己愛の喪失をなんとか防ごうとしているのかもしれません。

愛を破壊するとわがままや自分勝手をやめられなくなり、止まらない負のサイクルに入ります。

 

末路が表す意味:愛の大きさ&人間逆行の報い

愛を破壊する末路には重要な意味があると考えます。

私達は自己愛があるからこそ自らを喜ばせようと行動します。

わがままな人や自分勝手な人は、自己愛が強くありながらも使い方が間違っているために、他者を巻き込む迷惑をかけながら自己利益を得ます。

しかし、そもそも他者に迷惑をかけようとはしていないと思います

自らを愛したい気持ちがありながらもそれができない。

我慢や自制以上に利益を求めて他の都合を度外視するさまは、相当に愛が枯渇している、または愛がありながらも使い方がわからない彷徨いであり、反発心が制御を取っ払って好き勝手するのかもしれません。

原因は人それぞれにあり、多くは幼児期~幼少期に甘やかされた、または愛を与えてもらわなかった可能性があります。

自己愛(自意識)が強い人ほど、甘やかしや愛を与えられない経験は、自己愛との関わりをわかりにくくします。

あがき、もがき、暴れるように、なんとか自らを喜ばし、納得し、安心できるように行動したくなります。

なんとか利益を得て、愛されていると思えるように行動しますが、使い方を間違えていても貫き通すと、バリバリバリ。

掘る穴の場所を間違えたら水道パイプが壊れ、それでも掘り続けて水が出てこなくなる。

周りが見えないからこそ、他者を認識しないからこそ、自らのやり方を変えようとできません。

愛がありながらも、使い方を間違えてなお貫き通す不変の在り方には、人間は独りで生きていないこと、他者への無尊重がもたらす大きな報いを意味すると考えます。

  • 使い方を間違えても不変を貫く頑固
  • 物事の事実を知ろうとしない態度
  • 愛の強さが空回りした自惚れ
  • 他者を尊重しない独りよがり

現実を知らない裸の王様舞台を実際に行うと、人間に欠かせない愛を壊す

この世の原理に逆行するわがままと自分勝手は、人間にとって欠かせないものを失わせ、人間にとって欠かせないものを周囲に教える、という考え方です。

※人を傷つけた人の報いは、『罪と恥と地獄』人を傷つけた人、苦しめた人の因果応報&末路 をご参照ください。

 

末路の分かれ道

愛があるからこその末路は、わがままか自分勝手かで少し変わると考えられます。

それぞれの末路
  1. わがままな人の末路
    …自己愛による愛の破壊
  2. 自分勝手な人の末路
    …エゴによる愛の破壊

両者は愛を破壊する際の違いがありますので、一つずつ見ていきます。

 

①わがままな人の末路は自己愛による愛の破壊

わがままな人は純粋に我を通すさまがあり、他に押し付けたり正当化を狙うエゴや我欲が少ないです。

一方で、支配や私物化など、他人をモノやぬいぐるみのように所有することで、自分の中の愛を認識しようとする利己的なエゴと我欲があります

例えば、子供や動物が好き、だけど可愛くなければ育てもしない。

我が道を貫く際に他を見ておらず、そもそも見る気もないために自分勝手に思われますが、本人は勝手であるとは思っていないことが多いです。

自分のことしか考えず、他人への興味がなく、自分に興味が強くあります。

自己愛が強く、ナルシシズムと自己中心性が関わります

どちらも私達人間誰しもが持つものでして、特に自己中心性はセルフィッシュとは違い、自分を中心に物事を認識するさま、人間としてあるべき自らを主観にする大切な認識方法です。

動物的であり、感覚的で感情的な傾向、本能に基づく三大欲求(睡眠欲、食欲、性欲)が強く、自分を喜ばすために自己愛を注力します。

が、これまでお伝えしたように自己愛の使い方が間違っており、自己中心性に偏って他者を認識しないために、愛を崩壊させる末路となります。

末路は改善次第で変えられます

周りが見えないのは自己世界に閉じこもったまま出てこないからですので、自らの思考と行動を逐一自覚し、認識する対象を自分から他、徹底的に他にする癖をつけると改善されます。

その際は、本来の大きな愛を持つ人間性が表れることと思います。

 

②自分勝手な人の末路はエゴによる愛の破壊

一方、自分勝手な人はわがままとは違い、純粋性が欠如しています。

他に我(エゴ)を押し付け、正当化を貫く頑固が根付き、自己愛の使い方は徹底的にエゴに肩入れします。

エゴ(我)とは他によって自分をあえて認めようとする意識。

自分が大切で重要で価値ある存在であることを、他との比較による優劣、他者承認欲求、外装の取り繕い、物欲、肩書などで認めようとします。

甘やかされて育った人に多いと考えられます

エゴによる自己愛は、他から愛を得る、与えてもらう一辺倒。

自分の思い通りになることで我欲を満たし、不満を他によって解消することで、「私は愛される大切な存在なんだ、さぁみんな私を守りなさい、言うことを聞きなさい」というカルト的なにおいがし始めます。

そもそも愛ではない上に、もらうだけで自ら与えることを知らない。

エゴによって自己愛という何かを他から得ると、愛をよりわからなくします。

一方的に愛を破壊し続けながら、そもそもエゴだから愛でもないという人間の逆行。

動物でも人間でもなく、機械やロボットやAIのようになりかねず、人間味から離れていく末路を自ら作ります。

しかし、私達は人間、いくらでも本人の成長次第で未来は変えられます。

もし変える気がなければ末路へまっしぐら。

生きれば生きるほど人間味に嫌悪を感じ、感情が邪魔になり、感性に抵抗を抱き、他者認識の必要性がなくなり、自己認識すら不要に。

ピッと側頭部のボタンをワンプッシュ。

ウイーン、ガッシャン、ポンッ、プー。

今日も脳内に必要栄養素が注がれ、網羅された感情体を視覚情報から選別して自動制御。

必要時に電気信号をボイスで送り、快楽を感じた気分の思考認識が組み立てられる。

そう肉体など要らない、脳みそがあればいい。

あぁ、早いものでもう362歳の誕生日。

めでたいのかわからないけど、一応祝っておこう、ピッ。

シュシュー、パー。

今日も良い日、だと脳が思っているんだ…。

 

わがままな人、自分勝手な人の末路 まとめ

愛をわからなくする行為。

友愛、家族愛、母性愛、人類愛、真実の愛など、たくさんの言葉がある愛。

元々わかりにくいものですが、わがままで自分勝手な人にとっての愛とは、利益を与えてもらうこと、自分が喜ぶこと。

もらう一辺倒に見出す自己愛は、わがままが故の末路、自分勝手が故の末路を作り、最終的に愛を破壊する末路へ向かいます。

スピリチュアルな理解を含めると、これらの在り方は人生そのものを不変に固着させ、輪廻転生にて何度も何度も同じ人生を繰り返す無限ループに入る可能性もあると知られています。

魂や潜在意識に怠け癖が付き、現実を見ることが恐ろしく嫌になり、前に進めなくするあらゆる特徴が表れます。

わがままと自分勝手は似たニュアンスですが、改善には大きな違いがあります。

わがままな人はエゴがあるとはいえ、純粋な自己愛に近く、改善の道が開かれています。

愛を抑圧され、使い方がわかりにくくなっていることがスタックを作るため、とにかく自分の世界から抜け出して自覚を増やすのが重要です。

末路は厳しさだけでなく、根底に大きな愛がある重要な意味を持ちます。

人間が他者と調和して共存するために、自らの問題や悩みを解決するために、そして自らを愛して人を愛するために。

他者を認識する大切さ、自分だけでなく他者に利益を与える大切さを示す末路です。

自分の世界から抜け出さない状態は、人によって愛着障害や自己愛性パーソナリティ障害、神経症や病気の可能性もあります。

見極めながら温かく見守る大切さがあると思いますので、内情を把握する一つの考え方となれば幸いです。

それでは最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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