意味

【スピリチュアルの異常性】頭がおかしいと思うのは無理もない

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スピリチュアルってなに?洗脳?カルト?

「頭がおかしい、異常だ」という意見は多いかもしれません。

科学的、物理的に証明できたらスピリチュアルではなくなる、そんな怪しい世界。

さまざまにネガティブなイメージを持ちやすく、懐疑を超えた恐怖すら感じる人もいることでしょう。

どんな世界にも狂った状態はありますが、スピリチュアルの異常性とはいかなるものか?

ここでは、スピリチュアルに抱く頭がおかしい異常性に迫ります。

  • 「頭がおかしい」という印象の中身を把握したい
  • どうしてスピリチュアルな人はおかしいか考えたい

霊能力や心理的揺さぶりによる明らかな詐欺や、霊媒商法的なビジネスに関するおかしさではありません。

人をいとも簡単に依存させ、妄信にハメ、思い込みを激化させる世界の真相。

こういうおかしさについて見ていきましょう。

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スピリチュアルを頭がおかしいと思う理由

「頭がおかしい」と思う理由3つ

スピリチュアルは心へのアプローチに重きがあることで、人間が拒否したくなる理由を生み出します。

頭がおかしいと思う理由
  1. 人助けにて人の弱みを利用しやすい
  2. 堂々とした押し付けと決め付け
  3. カルト風味満載

順番に見ていきましょう。

 

①:人助けにて人の弱み(恐怖心)を利用しやすい

スピリチュアルな能力や認識によって、人の弱さや不調和が見えます。

例えばオーラの色や光沢を見たり、気やチャクラを霊視すると、欠陥や病気がわかります。

「霊の縛りを取り、呪いと呪怨を浄化する」
「エネルギーを晴らし、辛さや苦しみとはさよなら」
「苦悩をなくすために邪念と邪気を払い、体の淀みと停滞を解く」

辛さや苦しみ、心配や悩みといった”恐怖“を扱います

恐怖とは私達人間が最も嫌がるもの。

人助けは恐怖心を取り扱うため、良いも悪いも人の心を支配しやすくなります。

スピリチュアルに頭がおかしいと思う理由
:善意の活動でありながら、人を支配したい人にとっては悪徳なビジネス、霊的商法に使われやすいので、強く否定したくなる

苦悩や苦しみである恐怖を解消する喜びが見えれば、人間は未来への輝きを期待し、心を躍らせます。

人によっては闇に光が差し込むように、神を崇め奉りたくなります。

 

②:堂々とした押し付けと決め付け

原因不明でわかりにくいものに対しての独特な理解があり、見えないけれども存在する気やチャクラやエネルギーといった認識。

相互理解の責任が薄くなるのが、スピリチュアルの特徴の一つです。

「自分だけ理解していれば、相手がわからなくてもかまわない」といった認識になりやすく、一方的な洗脳や支配が容易に作り出されます。

見えない怖さであり、犯罪心理にも共通する、他者の目や証明責任がなくなることでの気抜け。

責任がなくなると起こるのが、悪意のない押し付けと決め付けです。

「あなたの背後にキツネがいるよ」
「既に全ては在ると信じればいいの、わかる?」
「最近変なことあったでしょ、運気が悪い、オーラに出てるよ」

「見えるよ、だって見えるんだもん」が言う側の答えであるため堂々とした態度になり、なんだかわからない方がいけないような気分。

納得しない内になんとなくで受け入れようとするものなら、自分軸がブレ、支配やマインドコントロールにも繋がるため、信念や軸が在る人ほど心が強く拒否反応します。

スピリチュアルに頭がおかしいと思う理由
:責任追及しにくい奇妙な世界の一方的な押し付けになりやすく、支配やコントロールされる懸念を抱く要素が多い

“見えない認識”という責任追及できない領域にて、人の弱味を握るかどうかが人助けする側にしかないという状況から、一方的な関係を作りやすいです。

 

③:カルト風味満載

恐怖という弱味が私たち人間にはあります。

スピリチュアルな世界は、支配するしないのスイッチが人助けする側次第になる危険性があります。

さらに弱味を持つ人の依存心が強ければ、人の内部や内面を把握できる人ほど洗脳が容易になります。

「人助け」「責任追及できない」の二つが揃い、そこに依存の関係性があると、おかしさ満点になります。

規模が大きくなり、思想や価値観を提唱して他者を巻き込み始めたら、傍から見れば怖くなります。

実際にはスピリチュアルかどうかではなく、弱い心や信念のない精神同士共依存、利用しあった関係性に基づきます

人間の内面である意識や魂を取り扱う場合、愛や恐怖との距離感が近くなるため、スピリチュアルはより依存や執着との距離感が近いです。

例えば、仏教では執着を手放す大切さを説きます。

悩みを解消するだけでなく、幸福になるだけでなく、悩みと向き合い、現実とは何かを知る理解や、ネガティブな出来事を認める責任を学びます。

しかし、一方的に悩みを解消して苦痛を取ってあげるだけの場合、どうなることやら。

スピリチュアルに頭がおかしいと思う理由
:依存や執着させやすい世界であるため、依存や執着しやすい人との合致にて妄信的カルトができ、承認欲求や現実逃避や刺激願望が目的の欲求願望集団になる

 

スピリチュアルへの反発心

人間の抱く違和感や拒否感、相容れぬ気持ちには、共通して反発心(拒否したい恐怖認知)があります。

私自身、スピリチュアルに違和感を抱く理由はいくつかあります。

  1. 思い込みの激しさ
  2. 周りが見えていない認識
  3. 偏った考え方、知の固執
  4. 他者の恐怖心を掴む優位性
  5. 余裕のなさを認めない現実逃避
  6. 自己の特別視、万能感、エゴの強さ
  7. 願望だけして利益を得ようとする態度
  8. 既存の社会やルールへの無自覚の無視、無尊重
  9. …etc

例えば、「私は〇〇星から来た」だけでなく、「あなたは私の星で部下だったのよ」と言われたら。

「おろ、この方は頭がおかしいのかな」と思うのはおそらく自然です。

自分が何を思おうが自由ですが、独特な己の世界に他者を巻き込む、または入れ込まれる懸念を抱いた時、強烈な違和感や反発心を抱き、自己防衛したくなります。

このことから考えられるのは、「頭がおかしい」という強い反発心は、自分の世界観や価値観を侵食される懸念に対する拒否や防衛反応かもしれません。

私自身、ネパールの教会でエクソシストを生み出す儀礼を見た際に、「あなたも参加するべきだ」と言われ、「やだよ(頭おかしいじゃない)!」と瞬時になりました。

浸食される懸念を認識し、防衛するために拒否感を強めた状態です

 

「頭がおかしい」とは、防衛・正当性・危険視

異常を警鐘する状態、脳内はカンカンカン!

この内情は防衛だけでなく、正当性と危険視する心理が考えられます。

例えば、ラーメン屋に来たお客さんが、「そば一丁ね」と注文。

店主は、「このお客さん、頭おかしいのか?」と思う。

「頭おかしい」と思うのは、自分が圧倒的に信じてやまないものを守り、正当させる意味があります。

「こいつ、頭おかしいんでねぇの!」と強く否定する場合は、危険視して敵のようにみなします。

表沙汰にしないだけで他の否定と同時に己の肯定が行われています

スピリチュアルや傾倒している人に対する反発心は、信じてやまないものがスピリチュアルにて侵される危険性があり、現状の自分が持っている信仰を正当化させ、対象を強く否定します。

「頭がおかしい」の意味となる浸食懸念、最も危ぶまれるのが[心(意志や信仰)に不利益を与える可能性]です。

 

スピリチュアルは良い関係になりずらい分野

スピリチュアルな世界には精神性、魂的、霊性、神秘など幅広く、解説の難しいものが多々含まれます。

霊、魔術、宇宙交信、ワンネス、スーパー能力、輪廻転生や死後の世界…、なんだか色々あり、理論とかけ離れた感覚的なものが主体。

理解したくても実際に経験側がないと理解できず、「わかりたくてもわからない」となります。

まるで条件があるような、特別な人しか介入できないような、寄り添いたくてもできない

そんな時のために言葉という共通認識がありますが、「カルマっていうのは、なんというか、月がくるっとお仕置きよ」なんて言われたらもう終わり。

繋がりの断絶。

言語化できない、または理解してもらおうと寄り添う気持ちがスピリチュアル側になければ、繋がる理由も気も可能性もなくなり、忌み嫌う理由にもなります。

この寄り添い有無を表してくれるのが、仏教の創始者であるゴータマ・ブッダ氏の在り方。

仏教とは科学的見地を初め、物理、心理、量子、スピリチュアル(他にも医術、建築など)の総合体形であり、全てを含めて真理や人生を学びます。

言語化の難しい分野がスピリチュアルですが、少しでもわかるように学術的に描写し、私たち人間にわかるように継承され、理解度を高めるためにも他分野を含めて学ぶ宗教。

誰に対してもオープンで身分も立場も差別なく受け入れるスタンス。

学ぶ側次第で繋がりは太くなり、「頭がおかしい」なんて抱く可能性すらなくなっていきます。

このような寄り添いには絶大な努力を要しますので、「人生って幸せなことしかない!」とポジティブを徹底し、願望を叶えようと行動せずにお祈りばかりするなど、自分のことに忙しい場合は悪意なく繋がりが遮断されます

もし「あんたもやりなさいよ」と押し付けられたり、親近感のある人がハマって人が変わってしまうと浸食懸念まで追加されるため、「頭がおかしい」と思うのは自然です。

 

スピリチュアルは本当におかしいの?

思い込まないとスピリチュアルにならない

スピリチュアルには、チャネリングやヒーリングやリーディング、オーラ霊視や霊媒、異次元交流に波動認知など、さまざまな認識があります。

言語化の難しい分野、因果律に則った、「こうなるからこうなるんだ」というプロセスを踏んだ理解が困難です。

理論がないと思い込みが自然と強まります

「霊はいるよ」「こういうもの」「見えるもんは見える」と決定事項になり、周囲の意見が聞こえなくなるだけでなく、聞く意味を持たなくなることも。

周囲の意見を聞かなくなり、レベル分けした人の見方になったりもします。

無意識なもので、意図せずとも差別化した見方や分類をしていたり、他者の意見が耳に入らないように防衛していたり。

なぜならば、スピリチュアルな認識に欠かせないのが、“一切の疑いなし”だからです。

見えるもの、感じるもの、思うものを受け入れる際の抵抗があってはならない。

言い方を変えると、”エゴ”があるとスピリチュアルな認識はわからなくなります。

魔女の宅急便の主人公が急にほうきに乗れなくなったことと同じ。

スピリチュアルに”思い込み”は大切でして、周囲から否定や批判をされようが己を貫こうとするのは、ほうきに乗れなくなっちゃうからです。

スピリチュアルな人にとっての”思い込み”とは、正当化したり、他者の目や反応を気にした自己防衛などではなく、自分を信じるためのものです。

周囲に信じられるものや人がいなければいないほど、思い込んで傾倒しやすくなります。

そういった内情や事実を踏まえずに判断する場合、外面のみを捉えた感想として、「頭がおかしい」と言う人もいます。

 

結論:スピリチュアルはぶっ飛んでる

精神やこの世の仕組みを取り扱う学問、人に幸も不幸も与える心や魂の分野、人が瞬く間に変わる恐怖と愛を扱う世界。

手からリンゴやぶどうを出した宗教の創始者がマイケルジャクソンの比にならないくらい大スターであるように、人生や人間という大きな括りを取り扱う分野は、良いも悪いも快と不快、益と失、安心と危険、生と死に関わるため、影響力がとにかくあります。

その上で、「死の概念など存在しない」なんて言いますので、一般的な観念ではぶっ飛んでいると思います。

スピリチュアルの影響力は脅威ですらあります。

占い一つで人の心を牛耳る分野が正常な訳ありません。

私の父親は元々占い師でしたので、たくさんの占いに関する古書があり、読んでみるともう。

「占いは100%当てられる仕組みが古くに発見され、悪用する人間が出たために封印。適合率を調整する学問にするために統計学を含め、今に至る」

これ以上はお伝えできませんが、私の理解ではスピリチュアルは頭ぶっ飛んでます。

これに関わる以上、どこかおかしく飛んでいくのは当然かもしれません。

何かを得れば何かを払うのがこの世の自然の原理、等価性でありカルマです。

スピリチュアルという心や魂、本質や根源に触れる以上、得る利益は多く、それに対しての見返りも大きくなります。

頭がおかしいと思うのは脅威に対する責任であり、関わらない選択が人によって大いに欠かせません。

関わるからには見返りがあり、責任を持つ必要性がある、精神性がないと取り込まれる脅威でもある世界。

頭ぶっ飛んでるくらいの認識が丁度いいと思います。

 

まとめ:頭がおかしいからこそのスピリチュアル

何も考えずに傾倒すれば、もぬけの殻になるほど影響力の強い分野です。

“人助け”が関わるものには責任と強い意志が伴うため、スピリチュアルに限らず医療も科学も農業も、おかしくて怖いものです。

国を滅ぼす動力開発にもなり、同じ農薬でしか育たない食べ物にして、全員に農薬を食べさせることだって可能です。

結局、おかしいと拒否や反発することは、何かが自分の予測や願いとは遠く離れることへの反応です。

信念や軸がある人ほど、

正当化や自己防衛意識が強い人ほど、

自分の信仰を守りたい人ほど、おかしいと反発します。

個人的には、スピリチュアルはおかしくあるべきだと思います。

おかしいと思うからこそ、自らや信仰を守り、育めます。

だからこそ、ハマって失敗した人は気づき、責任を持つか、離れることができます。

何を信じるかは人生で重要な課題の一つ。私たちは一人で生きられないため、科学でも物質でもスピリチュアルでもなんでも、思想の信仰は大切です。

問題は何も考えないこと、何も信じないことかもしれません。

スピリチュアルという信じるために思い込みの重要な分野、これを否定するからこそ別のものを信じることができ、実はどこまでも信じる力を育ませる分野だったりします。

そんな見方も楽しいかと思いますので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

それでは最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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