生き方

普通に生きるのは超能力的に難しい|変人どころの騒ぎではない生き方

ここ日本に居る人々の能力の高さを物語る言葉が、「普通に生きる」です。

普通の状態で生きること、とてつもなく難しいです。

日本人が世界の中でどれほど優秀なのかの理由はここにあるかもしれません。

普通に生きることの難しさを、普通の人の特徴から共有します。

普通に生きることは本当に難しいので、普通の人になりたいと思ってやまない人は、普通の人には残念ですがなれません。

しかし、普通の人寄りとして普通っぽく生きることは可能ですので、普通に生きることを望まれる場合、ここでの内容が参考になることを願います。

普通に生きる難しい生き方

普通に生きるとは

“普通に生きる”ことへのイメージはどのようなものでしょうか?

今の時代は資本主義の学歴社会ですので、“肩書”と“お金”というキーワードが普通を構成します。

大学などの学歴を持って就職をすることが、安定的な給料を得ることに繋がる価値観があり、社会のルールに則って65歳まで働く、その後は国の保障制度にて自由に暮らす。

安定的な資金にて病気や保険への出費を賄い、ごはんを1日3回食べて毎日シャワーを浴びて清潔感を保つ、娯楽を適度に求めて休日を楽しみ、不安感と恐怖心を抱かない日常生活を送ることを主体として生きる。

「結婚やパートナーが必要だ」という考えは少し前まではあったかもしれませんが、今ではそれほど普通のことではないかもしれません。

普通に生きるとは何かを考えると、普通を作る要素が言葉として一つ表れます。

それは、「お金」です。

 

普通に生きる価値観はお金にて作られる

普通に生きるためにはお金が必ず必要になります。

言い方を変えると、「恐怖を味わわないための材料」です。

100年前の普通に生きることと、今の普通に生きることは何もかもが違います、その前はさらにとんでもないことになると思います。

時代背景と社会環境と国民性から、“普通”の概念がさまざまにありますが、今の日本で普通に生きる場合には、「恐怖(苦痛や不安や危険)を抱かず幸せに過ごすためにお金が必要だ」という価値観を持つことで、普通に生きる道を人それぞれに目指します。

普通に生きるとは : 恐怖を抱かないためにお金を安定的に得られる生き方
※お金があることで困らない = 安泰

普通に生きるためにはお金が必要で、そのためには社会的なルールや統一的な思考に基づく資本主義にて、一人でも多くの人が言っていることをすることとなります。

それは、「みんなが言っていることに従って、お金を得る」ことが普通に生きることです。

ポジティブを求める以上に、ネガティブにならない生き方を目指し、そのためにみんながしていることをしてお金を得ることを目指すことが普通に生きる道。

 

普通の人とは

普通に生きるためには、“普通の人”になる必要があります。

国や生きている環境によって考え方や定義のルールが違い、世界中にはさまざまな普通の人がいます。

日本には日本の普通の人がいて、その上で普通に生きる難易度の高い難しい生き方があります。

普通の人になるためには幼少期からの生活環境が大切な基盤となり、今、「普通に生きたい」と思っても、それは既に普通の人ではないので非常に難しくなります。

ですが、脳機能の兼ね合いで、幼少期から英才教育をされていた人がペラペラと流暢に話せるのと、成育後に勉強してもペラペラ話せるようになるのと同じで、「普通の人になる」という意志がある人は、何歳から勉強を始めても完璧に普通の人になれます。

しかし、その意志を保てるかどうか、保ちたいかどうかが問題です。

 

普通の人の特徴

そんな普通の人にはいくつか共通の特徴があります。

普通の人の特徴
  1. 自分を優先しない意思を持つ
  2. 自分の個性を出さない
  3. 周囲の影響を受け入れる許容がある
  4. 脳の使用頻度が高い
  5. 記憶力が良い
  6. 忍耐強い

普通の人は自分の意見を持たず、周囲の考えやルールに順ずる生き方で、脳を使用して生きる特徴があります。

それは、自分がないという自分ですので、そこに違和感はありません。

普通に生きるとは、「困って恐怖心を抱かないためにみんなが言っていることに従ってお金を得ることを目指す」ことだと考えると、そこに自分の意見はありません。

これは無色透明で、柔軟に誰の意見でも受け入れて、変幻自在に自分を変えられる、ポケモンでいうメタモンとは違います。

普通の人とは

普通の人は周囲の反応や影響によって生き方を作るので、脳を使用する頻度が非常に高くなり、記憶力がとても良くなります。

自分の意見よりも他人の意見を優先するので、周囲の影響に揉まれながら生きられる忍耐力を持ち、そこに日本人ならではの普通に生きることを成し得る強さがあります。

※普通の人の真実は、普通の人とは覚悟を決めた強い意思│類まれな努力を作る特徴と人間性 をご覧ください。

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普通の人からわかる普通に生きるとは

普通の人についてをお伝えした上で、普通に生きるとは何かを考えてみると、普通に生きることが難しいことだとわかります。

何の思い込みも決め付けもない状態のフラットな心持ちで読むと、より普通に生きることが難しいと理解できるので、ぜひそんな感じで気楽にこの先をご覧ください。

 

普通に生きる状態とは

普通に生きるとは普通の人である前提があり、社会のルールに準じて生活をすることができることです。

それは自分よりも他を優先する生き方となるので、自分をまず消すことや控えて我慢する状態が生まれ、自らが自らを抑えつける状態を作ります。

  • 自分よりも他人を優先する生き方に、さらに生活をするための考え方を、社会環境からの常識やルールとして“自分の世界”に色付けをする。
  • 既に自分というキャンパス紙の上の透明紙は多種多様な色付けでありながら、自分の世界という“周りの空間”も自分以外の他からの色付けとなり、全てが他の存在によって構成される。
    ※自分の世界とは、自分の人生を生きる空間(場所や考え方の認識となる環境)

普通に生きることは、自分の意見としての考え方以上に、他人や周囲の考え方を優先することを意味します。

「自分はこうしたい」と思っていても社会がそれを許しませんし、「そんな甘くない」「自分一人で何ができる」という周囲の意見があり、自分の意見を持つことがなくなっていきます。

自分の意見と反した行動を自らがしても違和感を感じないルール設定をして、ありのままに生きる自分ではない状態を“自分”として認識しようとする強さと難しさがあります。

 

普通に生きることは戦い

自分を消し、作られた自分として生きることはとても難しいことです。

これを成し得るのが脳を多用して生きることと、忍耐強さを持つ普通に生きる人の真髄であり、超能力的な脅威です。

日本はそういった超能力的な脅威者が多いことから、「普通に生きることが当たり前」というルールをさらに作ることができます。

普通に生きるために“思い込み”を使用することで、難しい状況を耐えて頑張るための工夫思考を持ちます。

普通に生きるとは : 自分を消し、作られたルールの上でストレスと戦い続ける戦士の生き方
※普通に生きるためのお金を得た瞬間に、普通に生きることの意味を初めて実感する

普通に生きるとは、他の意見の上で生きる生き方ですので、目指した目的であるお金からの安泰を得た時に初めて、普通に生きることの意味を体感することになります。

それは人それぞれに、「やった!これで安泰だ、最高だ!」と思いながら65歳まで働き、そこから自由な時間かもしれません。

「これが欲しかったものじゃない、なんだよこれぇ!」と自分の欲しいものではないと気付くかもしれません。

 

普通に生きることを難しくさせる存在

普通に生きることは目的を持つので、生きる喜びを与えます。しかし、目的を目指す過程を続けることに難しさがあります。

その理由が、“自分”の存在です。

自分の存在が常にあって自分として生きているので、意見や感覚、特に気持ちを抱きます。

「好きなことは何?」という話をしている際に、個性があれば自分が好きなものを自分の意見として伝えますが、普通に生きる人はこれをしません。

自分の意見ではなく、誰か他人や親やテレビなどの情報でインプットした知識で、その時に流行っているブームだったり、周囲の体裁を気にした好評とルール設定されている社会的な意見を伝えます。

普通に生きる人はここに違和感がありません。

「なんか最近太っちゃって、どうすればいいかな?」と言われた時に、「あんだけ食ってれば太るでしょ、食べなければ?」と思っていても、空気を読むことや体裁から、「そうなんだ、ちょうど良い機会なんじゃないの?運動しちゃえば、ジム行っちゃう?」という柔軟性。

周囲や他人の常識やルールを基に脳を使用するので、脳の使用頻度が常に高い状態で、物事を多角的に考えて、自分の意見を抑えたり伝えたりの調整があり、さらに他者や社会の常識なども含めて言動が決まります。

そのため、一つのことをするのにたくさん頭を使い、歩き方までも脳を使用して、周囲を気にかけたりします。

これは大忙しです。

このような生き方に慣れてしまえば、脳の順応性から大変ではなくなります。しかし、そこに普通に生きることを邪魔する存在として、自分がいます。

 

普通に生きることを邪魔する“自分”

自分とはありのままの自分で、矛盾も違和感も感じずに生きたい自分です。

それは本来の自分であり、幼少期に居た自分のことです。

普通に生きることを邪魔する存在 : ありのままの自分
※エゴも矛盾も違和感も感じず、調和のとれた心地良さを感じる時の自分

ありのままの自分がいることでストレスを感じます。

居なければイライラもしません、憤りも不満足も不調和も違和感も何も心地悪いものは感じません。

しかし居るんです。

私は普通に生きることを目指して生きてきたので、この邪魔者をよく知っています。

みんなが言うようにして進学して会社員になって、働きまくって、昇給して、昇格の時に、ありのままの自分は語りかけました。

「Who are you?」

「英語かい!」ということではなく、邪魔でした、えぇ。気付いちゃいましたから。

そして私は退職して海外へ行き、旅して、気付くと絵描きになって、安泰はないけど恐怖なく最高に自由に暮らす今。

すいません、話がずれてしまいました。

ありのままに生きる自分には心地良さと満たしの幸福感が常にあり、楽しく嬉しく喜びに溢れています。

自分を消して違和感をなくすことを目指す生き方となる普通に生きること、そこに自分がまだ居ると、違和感や心地悪さを作ります。

ありのままの自分とは完全なる自由ですので、自分のやりたいようにしかやらない自分であり、それが当たり前だと思っています。

そんなものが社会で生きられるかという話でして、ありのままの自分で生きなければならないルールはありません。

ですので、普通に生きようとする自分を“あるがままの自分”として受け入れることで、普通に生きる生き方を邪魔する存在をなだめます。

※普通に生きるとつまらない話は、人生がつまらない理由は明確に一つ、普通だから。それを変えていく話 をご覧ください。

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普通に生きる仕組み

エゴを主体に生きる

普通に生きるためには、社会環境や生活の中にある常識やルールへの順応性と従順性が求められます。

そのためには脳を使用することとなり、脳の使用に慣れる必要があり、それはエゴを増長させる意味を持ちます。

脳を使用して、社会の常識やルールを自分の意見としてプログラミングします。

そこに違和感をなくすには、「それをするのが当たり前」という思い込みをプログラミングすることで自分の思考力はなくなり、さらにルールをインプットする脳の記憶力が良くなります。

思考力とは自分の頭で考えることであり、知識以外にも経験が必要になります。
自分自身で経験をすることでの知恵を基に、過去の経験と知識を組み合わせて思考します。

記憶力があることで組み合わせる必要がなく、記憶した一つ一つの知識を必要都度、脳から引き出して会話や仕事などで使用します。

知識量が多ければ多いほど思考をする必要はなくなり、脳にインプットして→保持して→引き出して、という一連のシンプルな脳機能でまかないます。

ルールのプログラミングが上手にできる理由は、脳を主体に生きていることが理由です。

例えば、人を好きになった時に理由もなく心地良い想いを心臓辺りから感じますが、エゴは脳内プログラミングにある好きになった時の感情ルールを使用するので、全てに理論的な理由があります。

そこに喜びの感情と、恥じらいの感情を使用する場合、「人からこう言われたら喜ぶ」「恋事で異性に興味を示されたらモジモジする」とプログラミングされたことで記憶した感情があります。

その感情を他者の意見や社会のあれそれと比較して、当たり前だとプログラミングすることで違和感はありません。

“自分”というありのままの自分とは心のことで、心の想いがなくなることでAIによる記憶データを使用した思考ロボットのようになります。

脳の使用が普段の生活でのほとんどの割合を占め、瞬間瞬間に感じている感覚や気持ちを感じなくなり、心の想いを使用せずに生きられるのが普通に生きる人であり、普通に生きることが難しい理由を作っています。

※エゴとは何か? 詳しくは、二人の自分と一つの身体。自我とエゴの正体にあるそれぞれの違い をご覧ください。

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普通に生きるための家庭環境

心が感じる想いは常にあるので、これを感じないのは非常に難しいことであり、それを成し得るのは、普通に生きる人の幼少期からのサラブレット環境があります。

幼い頃からの押し付けと強制による家庭環境です。

そこにあるのはエゴを存分に拡大させる材料となる、『存在否定』です。

押し付けや強制は、人に意見を持たせず存在を消す行為です。

存在を否定されると生きている意味が見出せなくなるために、生きていることが難しくなります。

しかし、エゴを使用することで自分の存在が消えないように対処することができます。

それは、存在価値を見出すための人との差にある優越感と劣等感です。

人を蔑んだり、自分を評価されるように仕向けることで存在価値を見出し、存在価値を消さずに済み、生きている意味を作ります。

そのため、優越感と劣等感を大切に見出しながら生きることで、モチベーションとして普通に生きる人生の糧にすることが可能です。

家庭環境にて“普通にしか生きられない”と思うことで、目的のためにまっしぐらで生きていくことが可能で、その際にはエゴを自分を守る必要なアイテムとして活用していきます。

自分を守るために大切であることで、普通に生きるための手助けをしてくれるのがエゴであり、家庭環境にて作られる生き方の基です。

家庭環境や周囲からの否定にて、自分の存在価値をなくすことでエゴは拡大されていき、自分の意見を持たずに他者や社会の意見を基にしたり、比較しながら生き方を構成する。
脳を多用して、「当たり前」という認識をすることで、心の想いを感じずに対処をしていく。

 

普通に生きることの難しさ

人間である以上、ありのままの自分を完全に消すことは困難です。

普通に生きることに抵抗がありながら、難しい生き方に耐えながら生きることでエゴを生み、ストレスと戦い、対処しながら生きるようになります。

それができないことで妥協や諦めを持って人それぞれに調整します。または、私がそうですが完全にその生き方を捨て去ります。

人は個性を持っています。
一人一人自分の世界を持ち、自分の心を持って、自分として感じて、自分として考えて生きているので、必ず個性や特性が生まれます。

普通に生きることは嫌なことでも悪いことでも何でもなく、シンプルに難しい生き方です。

自分を消さなければならないことには大きな努力が必要になります。

その際の努力というのは苦労や忍耐のことで、自分の本意ではないことを極めようとする汗と涙の努力です。

その結果、自分の意見がない人になり、自分の存在意義を見出して自分を守るために、体裁や見栄の外観を気にしてルール通りに生き、ストレスを持つエゴとの共存生活が起き得ます。

普通に生きることの難しさ : 自分を消せない

※消したいと思えなければ消せない

忍耐による努力の結果、限られた人が普通に生きることを成し遂げます。

65歳は雄たけびの瞬間であり、ついに自分で自分を観る時が来ます。

普通に生きることが難しいのは、自分の意志では自分を消し去ることができないから。
周囲の否定による押し付けや強制の幼少期からの環境にて、普通に生きることを成し遂げる可能性が高くなる。

心で感じる想いを無視することはできても、自分の存在を消すことはできません。
なぜならば自分だからです。

そこに心を主体にした認識における、普通に生きることが難しい理由があります。

※普通の人生には大切な意味がありますので、普通の人生にある幸せと不幸せ|両方味わえるつまらなく羨ましい生き方 をぜひご覧ください。

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普通に生きる難しい生き方 まとめ

普通の概念は常に変化を続けます。
それは20年前の人々の価値観が今はわからないように、バブルがどうとかこうとかがその当時は普通であったように、その前は別の普通があり、続いてきました。

普通に生きることは難しいことですが、現状の生き方を変える必要はなく、違和感がなければとても良い生き方だと思います。

一人一人に人生があり、自分の世界を基に生きていくので、全てが尊重される価値のある生き方だと思います。

環境によって自分の生き方を見出し、エゴやストレスと戦いながら自分の脳機能を高め、苦しさや辛さの中でも喜びを見つけられる普通に生きる人は、紛れもない強い人です。

忍耐力は人間としての強さを表し、自己の成長を促す強力な意志となります。

ここでの内容が、普通を知る一助であることを願います。

それでは、クレヨンしんちゃんのかざまくんってスゴイねという話を終了します。

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ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ

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