人生哲学

【変化を怖れる目的】変わるのが怖いと本当に必要なことがわかる

「時代がどんどん変わり、今では農村地に放牧民がいなくなった」

あらゆる現状、浮き沈みのない安泰、惨事が起きても対処できるホーム状態の崩壊。

警報を鳴らす鐘がなった。カンカンカンカン!

何かが変わる時、恐怖心が表れます。

特に自分が変わることに対して、怖れる人は多いかもしれません。

私は変わるのが怖くて、逃げ続けていた時があります。そんな自分を洞察するとわかるのは、変化を怖れる目的です。

ここでは、変わるのが怖い原因と、「怖いからどうする?」の先を見ていかれてください。

  • 変わるのが怖いのはなぜ?
  • 変わるのが怖かった体験談と洞察結果とは?
  • 変われない時に本当に必要なこととは?

これらを紐解き、「愛は人生に豊かさを与え、恐怖は人生に意味を与えるんだ」と知っていただく内容となっております。

若干の哲学を含めながら、私の実体験の洞察内容と共に見ていく、気楽で深い恐怖の掘り下げ物語。

刺激の強い内容となっておりますので、本当に知りたい方のみご覧いただき、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

変わるのが怖いのはなぜ?

変わるのが怖い原因

変化したい人もいれば、変化を拒む人もいます。

変化を拒む心理にはバイアスがあり、怠惰欲(エゴ)の活動があり、ホメオスタシス(生態恒常性)の働きがあると言われています。

何か新しいことを挑戦するよりも、現状に安泰や安心感があれば、自然と不変の現状維持、自己保存の活動を継続し、コンフォートゾーンを保とうとします。

しかし、中にはそれらをドーンッ!

新しい道へ進み、自ら作り進んでいく人もいます。

開拓者は新しい未来を探しに砂漠へ向かい、変わるのが怖い人は今の村で今のままの生活をキープします。

どうして怖いのでしょうか?

怠惰だから、行動動機がないから、目的が曖昧だから、本能だから、自己防衛だから。

言いぐさはさまざまにあり、変わりたくない気持ちが強ければ強いほど怖くなります。

しかし、ここでお伝えしたいのはこんなことではありません

現状維持は自己防衛であり本能的活動の一つ、多少にかかわらず私達は誰しも変化を怠惰にて拒みます。

変わるのが怖い原因には、もっと大切な深みがあります

自己愛です。

 

自分を愛しすぎていると変わるのが怖くなる

自分を大切にする意識が少し強すぎるかもしれない。

これがここでお伝えしたい原因です。

自己愛は、自分を護り大切にしようとする大切な意識です。

しかし、自己愛が強くなると自我がムムムと大きくなり、まるで、「私はここにいるよ!」と言い聞かせるように、自己愛を主張していきます。

そんな状態で変化が起きる。

自分、関わる人、ルール、仕組み、仕事、環境、時代が変わる。

これまで通りにはいかない」と思える変化は自意識を強める動機になり、ますます自己愛を強めます。

ここで変化を怖れるか否かの分かれ道があります。

  1. これまでと変わることで新しく自分を作り出そうとする
  2. これまでと変わることで自分が消えてしまう危惧を感じる

変化を怖れるのは②。

「変化とは、自分の認識を阻害し得る可能性」と抱く場合、変化が怖くなります。

 

自分が消えてしまう可能性が怖れを抱かせる

自己愛が強くなるには人それぞれに原因があり、感受性が高い気質も人によっては関わります。

愛の欠乏、トラウマ、執着、心理的な心の傷、不信感の育み、インナーチャイルドが癒されない、自尊の穢され経験など、幼児期からのさまざまな要因が考えられ、他からの影響によって自分がいなくなればなるほど、自らを愛そうとしたり、愛されようと頑張ります。

自己愛を強めて主張が起きると、自分という存在を他によって認識していながら、自らが認識をコントロールしていると思い込みます

環境、ルール、他者、意見、雰囲気などの他によって、自らの評価と価値を判断してもらう在り方。

でありながら、自らが自らのことを評価・判断していると思い込み、「私は私、他は他」と認識。

この結果、思い込みと決め付けが多くなり、空想と妄想が癖になります

自己肯定感が低く、無意識の我慢が多くなり、気を使い、周りに合わせながらも個を主張し、嫌われるのを強く気にして、孤独を怖れる兆候が表れます。

この状態で変化が起きると、「自分の存在は、価値は、何ができて、何に貢献できて、何に強みを見せられる?」がわかりにくくなる危惧との直面(恐怖との対面)が発生します。

空想や妄想世界に入り込んで見ていた世界に変化が起きると、「現実はこれだ」と見せつけられる。

これまで築き上げてきたものがおじゃん、突然ホームがアウェイになる。

他者、環境、ルール、仕組み、社会、時代、自分が変わることで、認識がこれまで通りにはいかず、
「どうすれば自分としていられるの?!」
「自分がわからなくなってしまう!」
「これまでの頑張りが無駄になるなんて嫌だ!」
と不安や恐怖に襲われます。

まるで大好きだった子供の時の夏祭りが終わって欲しくないような、ずっとその中にいたいような。

自己愛があればあるほど自分に対する認識が強いので、自分を見出しにくい影響に対しての拒否感、反発、危惧、危険性認知が強くなり、「怖い」と感じやすくなります。

自己愛の強さは、変化することへの恐怖ではなく、変化することで自分自身が自らを認識できなくなる危惧への拒否感を生む、という考え方です。

空想世界を見続けていたホームが、突然現実世界というアウェイに変わるのが変化です。

※変わるのを恐れる詳細は、【変化を恐れない方法をドゴン族に学ぶ】変化を嫌うと疲れちゃう をどうぞ。

 

変わりたいのに変わるのが怖い心理

変わりたくない気持ちが強いからこそ、変化が起きることを嫌がり怖れる人もいますが、変わりたい気持ちがあるのに怖くて行動制御する人もいます。

恐怖心とは私達人間の根源的感情であり、拒否です。

奥深くに潜む自分自身が、自然に抱く心の反発というイメージです。

ここに怠惰欲がピョンと出て来ますが、今回は外にいてもらいます。

怠惰で変わるのを怖れる人もいると思いますが、ここでお伝えしているのは自己愛です。

怠惰欲とは頭の中にあるエゴ、根源的感情や心の反発とは全く別物だと考えてください。

愛は恐怖と表裏一体。自己愛が強いからこそ恐怖心も強くなり、反発も強まります。

変わりたいのに変わるのが怖い場合、愛と恐怖が天秤にかけられています。

[自己愛 or 恐怖心]

  • 自己愛を貫き、自分を認識して存在を確保する
  • 恐怖心で自分を認識できなくなる可能性をなくす

自己愛は[自己]の認識をとにかく尊重します。

自己愛が強くなると恐怖心の克服ではなく、自分の存在危惧の一掃が優先されます

これが自己愛の主張、変化を怖れる心理です。

※変わりたいのに変われない原因は、【大前提】変わりたいのに変われない=変わりたいから変われない をどうぞ。

 

変わらない原因:怠惰欲か自己愛かの違い

再三、怠惰欲ではなく自己愛だとお伝えしているのは理由があります。

私達人間とは本当に怠け者で、怠惰な生物、エゴに浸かり悦に浸りたい、そんなヒト科ヒト属ヒトです。

同じ生態でも、怠惰欲によって不変を望むか、自己愛によって変化を怖れるかには大きな違いがあります。

怠惰欲の場合、「嫌だ、認めたくない、怖い、痛い」などの恐怖心が表れた時、見ないように認めないようにします

怠惰欲とはエゴの活動主軸であり、脳内に住みつき大切にし続ける、子熊のぬいぐるみとのお昼寝タイムです。

恐怖心が表れた時、自分の中にあると認めないように誤魔化します。

何かしら自己納得できる理由や言い訳を作る習性があり、責任を持たずに他者のせい、環境や社会などの他のせいにしたり、現実をうやむやにしたり、とにかく納得して変化しない状態を思考的に作ろうとします。

一方、自己愛の場合には恐怖心があると認めているので、拒否します

拒否とは恐怖心そのものであり、「怖いから嫌だ」というはっきりした答えです。

自分の中にはっきりと拒否感があると認めるため、変化させようとしてもできるのは他者でも何でもなく、自分の愛だけです。

(自己愛による)変わりたいのに変わるのが怖い場合、変わらないことが現状の自分のためになるというはっきりした答えです。

このように違いがあるため、怠惰欲(エゴ)なのか、自己愛なのかは、明確に区分けする必要があります。

※インナーチャイルドによって変わらない詳細は、インナーチャイルドの癒し方は受け入れる│傷なんて負っていない自分の破片 をどうぞ。

 

変わるのが怖い体験談と洞察結果

変わるのが怖かった体験談

怖くて行動できなかった経験はたらこ一腹の卵ほどあるのですが、一つ大きな記憶となっているものがあります。

私が18歳の時、専門学校へ入学してすぐのことでした。

私は入学式で、「やっちまったぁ、ここには私がしたいことはない」と気づく出来事がありました。

今退学するので授業料を返してほしいと伝えますが、不可能ということで諦め、私は深夜バイトをしながら興味のないことを学び続ける生活が始まりました。

バイト先ではダンサーで海外公演をしている男性先輩と出会い、私の向かう安定した仕事とは別世界の人でしたが、仲良くなっていろいろと話すようになりました。

「本当にやりたいことは写真を撮りながら海外を周ることで、今の学校に行っても意味がないんです」なんて話していました。

するとある日、先輩が重大なことを話してくれます。

「実は知り合いに写真家がいて、話してみたらアシスタントで働いてもいいって言ってるんだ、どう?」

私のことを伝えてくれたようで、興味があれば一から写真を教えてくれるという、有難い話でした。

当時の私の夢はまさに写真家。願ってもない希望でした。

「えっ、本当ですか?!」と目が輝いた次の瞬間、本当に瞬間的でした。

「いや、怖い」

一瞬の光を見た後、トンネルに入ったかのように闇に包まれました。

「ちょ、ちょっと考えてもいいですか?」

返事する猶予をもらいましたが、既に答えは決まっていました。

「有難いお話ですが、お断りします、すいません」

 

変わりたいのに変わるのが怖い心

「写真家になりたいけれど、頑張って苦労して、嫌々でも我慢して築き上げてきた軌跡、自分という存在のこれまでがなくなる」

私は大学に進学するお金がなく、かなり無理をしてなんとか専門学校へ進学しており、やりたいことも何もかもを諦めてきた幼少期からの長い軌跡があったので、これまでの自分を護るためにも、写真家へのシフトに対して強く拒否の念を抱きました。

  • 変わった私を受け止めたくない
  • これまでの私を切り捨てたくない
  • 自分を認識できなくなる恐怖を乗り越えたくない

変わるのが怖くて、嫌で、拒否したい。拒否によって変わらない結果を作りました。

自分を認識できなくなる危惧を怖れ、恐怖心を味わわないように愛を優先しました。

光を作る愛ではなく、闇に入らない愛。光でも闇でもないグレーの維持です。

これが怠惰欲(エゴ)であれば、写真家にならなくて良かったと自らを言いくるめ、誤魔化し、「タイミングじゃない、私には無理、学校を卒業した将来の方が大切」などど口上を述べ垂れることでしょう。

しかし当時の私は、はっきりと写真家になった方が良い、今がタイミングであり、私にはそれがベストであり、重要な道だとわかっていました。

にもかかわらず怖いと拒否し、自分の存在、これまで築いた自意識の在り方を護った。

エゴとして生きる自分を護る自己愛でした

 

エゴで構成された自分に愛を抱くと、新しい自分を拒否する

少しわかりにくいのですが、私の体験を洞察すると現れるのは、既にエゴそのものになっている私に対して愛を抱く私です。

私そのものが、既にエゴ(他によって自らを見出す意識)。

エゴの中で感じる明確な恐怖を認め、嫌な恐怖心をなくそうと拒否する私を認める愛を持った私。それが変化を怖れる主人公

エゴを愛した自分です。

自己愛とは本来強いも弱いもありません。しかし、エゴによって自分がいなくなり、他にすがって自らの存在や価値を見出していると、他なくして自分を認識できないため、「私は私、これが私なんだ!」と自己愛を意図的に強調して、自我を強めます。

自己愛は欲求願望とは違い、意志です。

意志は誤魔化しをせず、嫌なものは嫌と拒否を認めます。

認める主体が既にエゴであるため、不変を求めるエゴを容認し、恐怖を拒んで愛を貫き、現状の自分がいなくなる可能性を排除します。

新しい自分になる可能性は自らを消す危険となるため、変化を拒否します。

自分のための愛ですが、愛を押し通す強引な主張であるため、変わらないエゴを維持する結果も同時に伴ってしまいます。

※人間関係が怖い心理は、【人と関わりたくない、面倒くさい、怖い訳あり】心理とスピリチュアル合体 をどうぞ。

 

洞察結果:変化を怖れる目的

当時は全くわかりませんでしたが、変化の怖れには明確な目的がありました。

怖いから拒否する。

怖いから逃げる。

怖れは逃げを作り、逃げることを認めるのが愛です。

愛とは受け入れ、恐怖とは拒否であるため、このような式になります。

[現状のエゴの受け入れ+変化拒否=現実逃避]

現実逃避です。

変わるのが怖いとは現実から逃げたい、そんな目的があると考えます。

自己愛主張の大きな特徴は、空想世界に入り込みながら、自覚しないようにすることです。

空想世界に入り込む自分を認めながら、認識を誤魔化すエゴも認め、結果的に空想世界を貫き自分を護る愛の使い方になります。

ここに大切な意味があります。

 

ポイント:怖れに大切なサインがある

変わるのが怖い時に着目したいのは、現実逃避したいことです。

これが欲求願望ではなく意志であるため、「どうして逃避するのか?したいのか?」を理解すると、今の自分に本当に重要なことがわかります。

自分が消えて欲しくないからであり、自分をはっきり認識できないからです。

思い込みにて空想世界から出ない自分がいます

自意識の詰まりです。

本当に自分を知ろうとする場合、独りで自分のことを知るのは不可能です。なぜならば自分とは何者でもなく、他によって認識できる存在だからです(独りだけでは自分とすら認識できない)。

自分は何者かであり、何者かにならなければならない強迫観念、自分への期待、護らないと消えてしまう思い込み、空想、妄想の広がり。

変化とは現実です。

自分の世界から一歩足を出し、現実と向き合った時、本当の世界を垣間見ます。

怖れる時には無理矢理変わろうとしたり、変化を受け入れようとする必要はありません。

それ以上に大切なのが、怖さによって自分を見て、現実とどう向き合っていくかを考えることです。

この機会を与えてくれるのが変化への恐怖。本当はとても大切なサイン、でもちょっと怖いという具合です。

 

変わるのが怖い まとめ

恐怖とは自然に発生する心の反発。

反発するのが役割なだけで、実際には心そのものです。

恐怖心を抱えている人はおそらく能力の半分も出せていません。如何に恐怖心と関わり、仲良くなるかによって、まだまだあらゆる開花が待っています。

そのためにも、恐怖が現れた時は自分のために使います。

愛は豊かさをもたらしますが、恐怖は意味をもたらします。考える機会であり、知性の育みを与えるのが恐怖です。

あらゆる問題解決に必要なのは知性、恐怖との関わりです。

問題を誤魔化してなかったことにもできます。それをエゴがしてくれます。

強引に恐怖をぶっ飛ばしてメルヘンの国でパタパタすることもできます。それを自己愛の主張がしてくれます。

愛は恐怖であり、恐怖は愛。両方で一つですので、変化を怖れる時には恐怖を活用するのが最も重要な現実作りであり、誤魔化しや逃避しない在り方です。

意味を見出し、意志からのメッセージを紐解く。これが恐怖の活用となりますので、この内容がお役立ちできれば幸いです。

ぜひ今一度ご自身を見つめ直し、考える機会にされてみてください。

現実と変化はとても楽しく魅力に溢れます。

「あなたはどんな世界に生きますか?」

全ては選択であり、自分次第です。

自己愛は本当に重要な自己への敬意。主張するとエゴがはしゃぎますので、恐怖の大切さを知っていただき、愛のバランスを取っていきましょう。

変わるのが怖いと、何が大切なのかを自らが教えてくれる。そんなお話がご参考になることをお祈りします。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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