生き方

人として成長するために必要なことは知ること|事実は常に裸を見せる

人として成長する、魂が成長する、心が成長する。

成長することにはさまざまな言葉があり、成長するために必要な理解がばらけます。

そんな中でも、人として成長することは私達人間の基本原理かもしれません。

そのため、人として成長することは誰しもに大切なこと、という考え方がここにあります。

ここでは、人として成長することの意味と、成長するために必要なことをお伝えします。

必要なことは知ることであり気付きです。

大切な気付きがあることを願いますので、ゆっくりご覧ください。

人として成長する

人としての成長とは

人として、動物として、虫として。

人であるからこその成長があり、仕事のスキル向上や、自分を理解することでの自己価値や自己承認の認識である自己満足とは別となる、人としての成長があります。

一体何なのでしょうか?

それは、「裸のあなたは何をしますか?」ということです。

スキルや外的にわかる見た目としての生育や熟練ではなく、成長とは自分自身にしか認識ができません。

人としての成長とは、自分で自分の変化にどれだけ気付けるかという認識力であり、自発的に成長するために行動する自立心であり、裸という何にも依存と執着しない状態で何をしようとするかの意志と自分の理解度です。

人としての成長とは : 認識力、自立心、意志、自分の理解
※これらを過去の自分と比較して、自分なりに向上を認められるか否か

なんだかたくさんありますが、これら全てを集約させて成長を認識できるのが、「裸の状態で何をするか」です。

詳細を見ていきましょう。

 

人として成長することの意味

そもそも、別に成長する必要などありませんし、義務でもありません。

成長したい人だけ成長して、成長しない人は成長しないと思います。

そのため、「過去の自分以上になりたい」と、スキルでも価値でも評価でも、キャラとしてでも自分としてでも人としてでも、何かしらの向上を求める”意志”がなければ成長することはありません。

そして、成長したかどうかは社会的な常識やルールではなく、”自分にとって成長したと認められるか否か”なので、他者と比べたり区別するのではなく、自分という存在のみを対象にした”自分の理解”が成長することには必要不可欠です。

あとは、成長したいと思う気持ちの強さとなる”意志+自立心”があることで、成長への制限を作らずに辛いことも起きることとして認めて、どんな状況でも自分を把握して周囲を観る認識力と共に、行動して経験して継続します。

そんな成長がわかりやすくなる、“裸の状態で何をするか”

裸の王様になるかどうかは、成長の意味をわかりやすくします。

 

裸になってわかるのは依存と執着と意志

あなたは目を覚ましました。

すると、目の前は知らない場所。国も違い、人の多い街のようです。

ここは一体どこでしょうか?夢の世界?

いいえ、紛れもない現実です。自分自身を見てください。

裸です。

いきなり裸だと捕まっちゃうので、服とサンダルだけ着ておきましょう。あとはお金も荷物も何もありません。場所もわかりませんし、もちろん知っている人もいません。

「さぁ、何をしますか?」

いきなりの「はっ?!」って感じですが、人として成長するとは、この状態での自分自身の思考と行動でわかります。

ある人は、怖くなって泣き出し、「携帯は?お金は?知っている人は?仕事はどうすれば?どうやって生きるの?ってかここどこ?」と質問だらけ、言葉も通じない人々にすがり、助けを求めます。

ある人は、初めは怖くなりますが自分の状況を理解して、警察へ行ったり、人に助けを求めながら自分のできることを考えて、他の人やものにすがります。

ある人は、自分のできることを考えて行動します。

ある人は、状況を理解して、考えて行動して、生きる術を探り、自分の目的を作ります。

ある人は、生きる術を探り、目的を作って行動して学び、その状況を受け入れます。

ある人は、初めから受け入れ、新しい自分を知り、学び、行動して、経験することを喜びます。

人それぞれにさまざまな行動をしますが、何も荷物やアイテムがなく、頼れる人も自分の思考も行動もわからない時に理解することは、どれだけ依存と執着して生きているかです。

生きたいと思う場合には生きるための思考を持ち、行動します。そこでわかるのは”意志”です。

裸の状況でわかることは、恐怖に対する自分の在り方と、真意となる意志を持つ自分自身であり、それが人として成長することです。

さらに詳細を見ていきましょう。

 

人として成長することは恐怖と自らの意志の理解

依存と執着がわかることで、どれほど他者や荷物や付属品、拠り所やすがる寝床として”他”を頼ることで、安心があり恐怖のない”安泰”を得ていたかを知ります。

そんな自分を知ることで恐怖からどれほど逃げてきたか、どれほど嫌がって遠ざけてきたかを理解します。

同時に、依存と執着なく生きることには自分としての自立や強さとなる”意志”が必要となるため、どれだけ自分のことを自分で責任を持って生きる気があるのかを教えます。

仕事のスキルや、キャラクターとしての自分の成長であれば、自己価値を高め、他者からどう思われるか、どう評価されるかに重きが置かれるので、”自分の力”という外面以外の内面にある人間性はなくてもできます。

しかし、裸の状態ではそのような成長はできず、できるのは自らを知り、自らを信じることによる成長で、その先で必要であれば仕事のスキル的な成長なども好きなだけできます。

それが、依存と執着にある恐怖を知り、意志を知ることでの成長であり、人としての成長です。

言い方を変えると、”あらゆる成長をするための土台作りとしての成長”が人としての成長です。

人としての成長することの意味 : あらゆる成長のための土台作り
※人として成長することで、恐怖に対する自分の理解、意志を理解できる(それが自分の理解、意志、自立心、認識力の向上となる)

「裸の状態で何ができるか?」ではなく、「裸の状態で何をするか?」の認識が人として成長するためのキーとなります。

※成長速度の話は、ゆっくり成長する人と急に成長する人|地球には変化の適正速度がある をご覧ください。

ゆっくり成長する人と急に成長する人|地球には変化の適正速度がある成長するかしないかの違いには、自分の意志があるかないか、生きているのか生かされているのかの違いがあります。 成長する人は何をしよう...

 

人として成長するために必要なこと

これまでの内容から、次は人として成長するために必要なことをご覧ください。

人として成長するために恐怖を知る

依存に執着、他者にすがり、自分では何もできない。

自ら安心を得ることができなければ、自分に名札を付けるようにあらゆるものを装飾して、仕事の有無、職業名、肩書、ブランド名、友人の数、結婚有無、靴の光沢度に洋服の値段まで使用します。

さらに、社会的な常識への順応度や従順度、「私は日本の犬です」と言わんばかりに胸を張ることで排他されず価値を否定されず、存在意義を見失わないルールとして恐怖への対処をします。

恐怖とは暗闇の無知の自覚であり、自分の嫌がるゴキブリであり、否定されることです。

自ら対処できなければ、自分以外の他やルールを使用して、安心を得て恐怖なしの安泰ゲットを試みます。

これで恐怖と関わらずに済みますので、一安心。

普段ならこうなりますが、ここでは人としての成長の話をしているのでそういうわけにはいきません。

これでは成長しません。

恐怖を味わい、恐れおののき、自らの弱さ、意志のなさを味わいましょう。というのは言い過ぎですが、成長のためには”恐怖を知る”ことが大切です。

 

恐怖を知ることが人としての成長を促す

あくまで”恐怖を知る”ことで、恐怖を味わい克服する、または打ち勝ち、「やってやったぜ!」というものではありません。

それができる人はそれで成長しますが、見栄や優越感を作り自らを見失う可能性もありますし、恐怖とは怖いので味合わないに越したことはありません。

「だって、怖いんだもん。」と可愛いく言う感じで良いと思います。

人として成長するためには、依存と執着にて自分がどれだけ他に頼り、すがり、自分の非力さを見ず、認めず、逃げているかを知ることが必要です。

そこにあるのが”恐怖”であるために、自らが抱く恐怖を知ることで、既に過去の自分と今の自分が別人のようになり、既に成長しています。

さらに、俯瞰して過去の自分を見れる状態になることで認識力が向上します。

さらに、自らの思考と行動次第で自立心を駆り立て、活力と共に行動を継続することで大きな成長があります。

※成長するための恐怖の理解は、恐怖との関わり方が重要|正体を知るとわかる恐怖必要説 をご覧ください。

恐怖との関わり方が重要|正体を知るとわかる恐怖必要説あはははは。楽しくて無我夢中、ワクワクしたからジャンプしてみたら、それは崖だった。 同じことに対して、恐怖を感じる人と感じない人が...

 

人として成長するために意志を知る

恐怖の次は”意志”です。

意志とは、成長したいのかどうかを明確にする真意であり、自分として生きたいのかどうかを明確にする自分そのものでもあります。

意志を知ることは自分を理解することです。

それは、「どれほど自分を信じられるか?」ということですが、成長するために何か鍛錬や修行が必要なんてことはありません。

ですが、修行や苦しみがあることで恐怖を知り、その根底に自分の意志を知ることができるため、半ば強制的に意志を明確にするための方法として、素早くクイック成長することができる効率的な策でもあります。

ここでは、私の経験上の理解でしかありませんが、修行にて成長を求めようとすると死んじゃう、または結構命を軽く見ちゃうところが私達人間にはあるので、「もっと気楽に行きましょう」という具合です。

 

人として成長するために自分をどれほど大切にしているか理解する

意志とは自分の真意であり、目的を持って行動する際の動機となる自分自身そのものです。

目的を持つことは、「~したい」「~する」という自らの意志が必ずあります。それは、自らに目的達成するための機会を与えて、達成した暁の喜びをもたらす源です。

そのように意志を紐解くと、意志とは”自らを自らで喜ばす自分”だとわかります。

そのため、人として成長するために意志を知ることは、自分をどれほど大切にして喜ばそうとしているか、そんな自分自身を理解することを意味します。

修行は要りません。ただ、知って理解するだけです。

しかし、なかなか簡単にはいかないかもしれません。

自分の真意を隠す別の自分がいたりします。邪魔ですがザコですのでボコボコにして、というのは冗談ですが、自分を偽り誤魔化し、嘘をついて思い込もうとする正直ではない自分がいることで、意志の理解を邪魔します。

そのため、人として成長するためには自分に正直になる必要があり、そこで大切になるのが、成長する目的を持つことです。

原点に戻るというやつです。

人として成長するためには、「どうして成長したいのか?」に対する目的を明確にする

そもそも、「成長したい、成長する」など、言葉は向上でも練習でも修行でも何でもいいのですが、「過去の自分以上になりたい」と思わなければ成長するための行動に向かいません。

それは成長しない人の典型であり、成長する意志が根底にあるからこそ行動し、行動しなければ成長することなどありません。

その成長意志には、紛れもなく自分のことを喜ばせようとする意志があり、それを明確に確認することが大切です。

 

魂の成長とは

人としての成長以外にも、魂の成長という言葉があり、スピリチュアル的な成長の意味があります。

魂の成長は人としての成長と関連性のある別概念があり、魂の成長についてを知っていることは人としての成長を理解するためのヒントやアクセントになります。

魂が”人として”と違うのは、魂とは過去の全ての記憶であるためです。

魂とは輪廻転生にある過去世やカルマも含めた記憶の集大成である”自分”のことです。

その”自分”は今世の今存在する自分という特定のものを指すのではなく、全ての記憶や別次元のハイヤーセルフと言われる存在、顕在意識に潜在意識、ワンネス超意識と言ったあらゆる記憶を保持する意識も含めた”自分”です。

ちょっと訳わかめですが、見方が今という点ではなく、過去も今も未来も全ての認識できる概念(自分の記憶にある理解が対象)を俯瞰して円のように捉える”自分”に対するものが魂の成長です。

 

魂の成長とは受け入れる許容を広げること

人としての成長は恐怖への理解と、自分の理解となる意志の認識ですが、魂の成長に必要なことは受け入れる許容、それだけです。

簡単に言うと、コジコジを目指すということです。

さくらももこさんのアニメは置いといて、受け入れる許容を広げることが、俯瞰した捉え方の自分の成長となり、過去も未来も含めた大切な成長になります。

受け入れるとは認めて迎え入れることですので、必ず必要になるのが”敬い”です。

それは言い方を変えると”愛”のことでして、自分も他者も敬うことができると受け入れることができます。

魂の成長は人として成長した後に始まるものでして、人としての成長になる恐怖や自分を理解する”意志”を知ることが大切なのは、自分を大切にする気持ちが”自分への敬い”だからです。

初めに自分への敬い=自分への愛を知ることが人としての成長をもたらし、その後に他者への敬いに広がることで自他を敬う受け入れへと繋がる仕組み。

※魂の成長についての詳細は、魂の成長とは遊びへの気付き|成長すると真面目になるかふざけるか をご覧ください。

魂の成長とは遊びへの気付き|成長すると真面目になるかふざけるか成長の対象を魂にすることは、あらゆる認識を知り、大きな飛躍をもたらします。 成長には、人としての成長、心や精神性の成長、仕事上の成...

 

人として成長するために大切な自分への敬い

魂の成長を知ることで、人として成長するために最も必要なことがわかります。

それが、“自分への敬い”です。

自分への愛というと抵抗があるかもしれないので、敬いという言葉を使用します。

敬いは尊重であり尊敬ですので、完全に自分のことを信じる気持ちです。

それは、裸の状態でも自分を信じ、自分のできることをする意志を見出し、自立心を持って一生懸命に思考して行動する自分を誕生させます。

そんな本気な自分は、自分の最大限の能力と内なる力を発揮して、あらゆる認識を広げ、自分の知らないことや予想もしなかったことができるようになったり、新しいスキルが見つかったり、大きな自信や活力と共に行動する自分を見ることになります。

自分の理解、意志、自立心、認識力は、自分で制限をかけていた縛りを吹き飛ばして新しい能力を見せ、新しい自分を開拓し、邪魔する抵抗となる恐怖との関わり方を教えます。

私達人間は基本的に怠け者です。

それは変化を恐れ、現状維持の安泰を守ろうとする恐怖であり、恐怖を知らないが故に起きる、「後でいいや、明日やろう、時間がない」というその場しのぎです。

自分への敬いは、そんな”逃げ”を明確に認識させてくれます。

自分への敬いがあることで、「仕事か、後でやればいいや」と思った時、「後でやることになんの喜びがあるの?」と確認させ、本当の喜びとして恐怖からの逃げではなく愛の真意であれば後でやり、そうでなければ今すぐ片付けます。

 

一人では生きられない自覚が人としての成長を促す

敬いは事実を知ると自然と生まれるものかもしれません。

事実とは、一人で生きることはできないことです。

生きるためには他者との関わりがあり、社会性があります。お米一粒にも人が関わり、社会性があるおかげでお金を払うだけで得られます。

自分一人で生きることは森や無人島にて裸で暮らすことですので、ナイフすら存在せず、生存は宝くじ一等を当てるみたいな確率の話になります。

そのため、一つ一つが存在することの意味や事実を知ることは、必ず誰か人の関わりがあることを知ります。

それは、ナイフを作った工場の管理人や、材料運搬トラックドライバーとの関わりなどの特定したものではなく、人と人が関わりあって作られる社会性の認識であり、それを紐解いていくと数えきれないほどの多くの人が、一人一人に人生があり守るものがあるたくさんの人が関わって成り立ちます。

実際に誰が関わったかはわかりにくいですが、そうやって多くの人と力が組み合わさることで社会が成り立ち、そこに過去の過程も自分も含まれることで作られて社会も成長していく、そんな事実があります。

それを知ることは、一つ一つの大切さや自分の大切さを教えてくれます。

目の前にあるコーヒーが体内に入るまでには、本当に数えきれないほどの人が関わり、最後にカフェの綺麗なお姉さんは、本人の成長のために豆をガリガリ削って、あなたの成長のためにコーヒーを500円と交換します。

その黒い液体を飲もうとするあなたはどんな人でしょうか?

コーヒーを飲むことは自分への敬いであり、カフェにいることも自分への敬いです。

そして、コーヒーを飲めること、喉を通り胃に入るのは肉体があり、脳があり、認識があり、過去の記憶があり、今の自分がいて、未来の自分に託す意志があるからです。

全部愛ってやつです。

※成長にある段階の話は、心の成長段階を知る│9つの成長全てに受け入れがある意志と精神性 をご覧ください。

心の成長段階を知る│9つの成長全てに受け入れがある意志と精神性心の成長とは精神への繋がりである精神性を高める意味があり、一歩一歩進んでいく段階があります。 心や精神とは、日本では馴染み深い言葉...

 

人として成長するために まとめ

以上が、人として成長するために必要な理解についてのお話でした。

成長というと、練習や鍛錬、修行や苦労的なイメージがあるかもしれませんが、それは人それぞれの選択で決まります。

誰しもに苦しみは必要ではなく、「なんだか現状がやるせないから猛烈に成長したいぜ!」という強気のギンギン野郎というのは口が滑った冗談ですが、物事はゆっくり一歩一歩、自分を知ることから始まります。

裸の王様は自分のことを知らず、外的な他によって安泰を得続けていたために、自分を他者が認めて評価してくれる生き方となり、自らの成長どころか自らを見ることもなくなってしまいました。

そんな人間が王として人々のために国を治めることなどできるわけはなく、人々を利用して生きることが精一杯の未熟のコスプレ王冠変態野郎でした。

日本に生まれて、子供として守られ育てられて生きる環境があると、人としての成長を求める動機がなくなってしまうので、何も頼れない依存なし状態はマイナスであるように思えてしまいます。

ですが、実際には頼るものなしがゼロ状態で、真っ新な自分として生きることから成長は始まります。

後は敬いの認識であり気付きです。

本当は自分のことは誰しも敬っています。だから今も生き続けています。

敬いを認識することで人としての成長をグングン促し、「何をするか、何をしたいか、どうして喜ばせようか、どうやって喜ばせてやろうか、この親愛なる自分を」と止まることのない成長=常に自分を喜ばせようとする在り方をして、幸せになります。

「成長したら幸せになったー」とは幸運なことですが、「成長しようとして生きていると幸せー」という更なる幸運、そしてそれは自分次第でもたらされるという最高さです。

人としての成長とは良いものです。

喜びを認識する時間となり、より向上して過去の自分よりも成長できる経験となり、あらゆる記憶を蓄積していき、おいしい豚のように幸せ細胞を作り、おいしい自分が作られていきます。

そんな自分は輝きを艶として付け、活き活きした捕れたて新鮮魚のように生きることになります。

さっきから例えがどうしようもないですが気にしないでください。

大切なことは中身です。内側ですので、ここでの内容から役立つものがあることを願います。

人として成長することの良さ、大切さ、必要なこと、「やるっきゃない!」ですかね。

それでは、人として成長するために必要なことの話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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