スピリチュアル

【ステージが変わった時のサイン】孤独と審美眼に人生のイロハ

「あれだけ鍛錬を積んだ、しかし成長したかどうか実感がない」

こう思うことがあるかもしれません。

私達は一人一人に人生のステータスがあり、ステージを上げるために切磋琢磨したりしなかったり。

成長を求めて努める方は、自らの行動を増やし、経験を積み、精神性を高め、ステージを上げていることと思います。

ステージが変わると、励む行動や人間関係が変わりますが、これらは環境によってでも変化するので、実際に成長したのかどうかわかりにくいものです。

そこで、ステージが変わった時にはっきりと表れる、サインを知っていかれてください。

  • ステージが変わるとは?
  • ステージが変わった時のサインとは?
  • サインの注意点とは?

これらを紐解き、「ステージ変化には明確なサインが二つあるんだ」と知っていただく内容となっております。

ご自身で判断するための材料として、サインの意味がご参考になれば幸いです。

※一部奇妙な内容となっておりますので、喫食時の一読にはご注意ください。

ステージが変わった時のサイン

ステージが変わるとは?

「人生(魂)のステージ」

精神的な方はよく聞く言葉かもしれません。

この世を成長や向上を糧にした人生とみなした時、自らを高めるために波動を上げ、精神性を理解し、本質を捉え、魂を磨くことが信念に組み込まれます。

枠組みに囚われず、見えない領域(次元)も含めて、物事の真実を知る育みによって、変動する生きる土台が「ステージ」です。

成長するために自己理解を深め、執着から解かれ、恐怖心を受け入れ、少しずつ自らに付帯した抵抗を手放す行動と経験を積み、愛を認知していきます。

  • ステージが上がることは、精神性や霊性が高く、現実に気づき成長するさま
  • ステージが下がることは、精神性や霊性が低く、現実を見ずに退化するさま

ステージが変わるとは、精神(魂)を成長させる自らの在り方を示します。

そんなステージ、上がったり下がったりと変動する際、明確にあることが起きます

波動の変化です。

 

ステージが上がる=波動が高まる

ステージが上がると波動が高まり、下がると低くなります。

波動の高まりは心のポジティビティを導き、活力的で軽く躍動し、輝きや涼やかさと共に、凛として人生を謳歌する基盤がもたらされます。

波動が低くなると頭のネガティビティを導くために、反対に重さによって滞留と低迷が起き、どんよりと重くて悲観的な基盤がもたらされます。

頭のネガティビティは、恐怖や悲観など必要な負を認めない状態を表します。
※心のネガティビティは負を認める

「ネガティブはダメ、要らない」などと決め付けや思い込みが激しくなり、反対に無理やりにでもポジティブになろうとする反動作用もあります。

すると、頭のポジティビティが過剰化し、自己都合の空想を生きる危険性もあり、成長しなくなります。

このように、人生のステージは波動の高低が顕著に変わり、波動の影響を基にした変化がサインとして表れます。

※人生のステージについては、魂レベルの段階(人生のステージ)に8つのステップ|最後は宇宙行?!をどうぞ。

 

ステージが変わった(上がった)時のサイン一覧

波動の影響によって起きるサインは、このようなものがあります。

ステージが変わったサイン
  1. 人間関係が変わる
  2. 所有物の量が減る
  3. 興味有無が急変する
  4. 未知の経験が増える
  5. 価値観や観念が変わる
  6. 行動量とやる気が上がる
    (ステージが変わる直前にやる気がなくなることも)
  7. 周囲の目が気にならなくなる
  8. 好き嫌いの認識と許容が広がる
  9. イライラが減り、穏やかになる
  10. 周囲の変化(嫌いな人が退職、隣人の引っ越しなど)
  11. 突然の出来事による環境変化(出会い、分離、機会など)

ステージが上がる際には、これまで関わっていた人と関わらなくなり、関わる接点がなかった人と関わり始めます。

所有物が減り、これまで好きなものが突然嫌いになったり、好き嫌いの概念そのものも変わっていきます。

例えば、「嫌い=遠ざける」だったものが、「嫌い=だからこそ興味がある」となったり、認識が幅広く許容が増えます。

反対に波動が低くなると、関係性は変わらずに物が増えて、経験が減ります。

イライラしやすく、自己理解が遠のき、認識と許容が狭くなります。

さまざまな変化が人それぞれに起きますが、これだけたくさんあると何がサインなのかわかりずらいと思います。

環境が変われば心理も変わるので、ステージうんぬんではなく環境が変わったのかもしれず、健康やメンタルや気分によって変わる事柄もあります。

そこで、実際にステージが変わったかどうか明確にわかるサインをお伝えするのが、ここでの主旨です。

 

詳細:ステージが変わったサインは二つ

捉えておきたい項目は二つです。

明確なサイン
  1. 孤独
  2. 審美眼

これら二つを分解していきましょう。

 

ステージが変わる時の孤独と審美眼

①ステージが変わる時は孤独になる

「孤独」

ステージ変化に欠かせないと言っていいほど、常に起きます。

ステージは段階的に向上します。その都度、人間関係に変化が起き、常に共通しているのはこれまで関わっていた人々との接点が薄くなり、これまで関わって来なかった人々との接点が濃くなり、関わる選択肢が自分に委ねられていきます。

この関係性の入れ替わり時に、孤独になります
※選択肢が自分に委ねられることで、あえて孤独を優先する人もいる

段階を昇る毎に孤独を味わいますので、「またこの時か」と捉えるようになることと思います。

孤独という言葉にはネガティブな印象があるかもしれませんが、ステージが変わることでの孤独にはプラスの意味しかありません

価値観や認識が変わり、好き嫌いや興味有無の変化もある波動の影響。孤独の本質的な意味を知り、向き合う時間となります。

孤独との向き合いが起きることは、自分とのより深い関わり合いが加速される機会を意味します。

 

孤独=自分の恐怖心との向き合い

これまで関わっていた人々と別れ、合わなくなっていきます。

自然な形で分離が起き、自身の波動が高まると同時に自分自身との向き合いが起きます

「向き合いたくない、認めたくない、やりたくない」こととも向き合う時空となり、恐怖心との対峙が起きます。

波動が低い際にはできません。

波動が高まることで、潜在意識が向き合えるものと向き合わせます。

この機会によって自らの認めていない部分、すなわち抵抗や反発として内在する滞留意識やエネルギーを流し、手放すことで自己理解の深まりが起きます。

簡単に言うと、「見たくない」と目を瞑っていたものをしっかり見て、「あるものはある」と認めることで自己細部が見えやすくなり、感情や思考のコントロールがしやすくなる、というイメージです。

ステージが変わる都度起きる孤独、初めは難しいこともありますが、一度孤独を味わうことで恐怖心の許容が広がり、その後の孤独を楽しむことができます。

さらに新たな出会いも増えるので、孤独と共有の両方が進んでいきます。

孤独を愛して謳歌する際には、自立と自責がクリアで純度の高いものとなり、孤独によって生まれた時空を活用して、自己能力や才能を高める使い方など、人それぞれの個性に合わせた堪能具合が顕著になります。

例えば私で言うと、孤独だからこそ虫をジーっと眺める時間を持ち、自然界にある法則や摂理や真理を日々学ばせてもらえる、なんてことです。

 

孤独を楽しむ成長と向上

ステージが上がれば上がるほど、[孤独=時空理解]という意味合いが強くなっていきます。

孤独によって時間や空間の概念を体感し、理解します。

「今ここ」の体感を意味し、さらに時空を回転させて、回転を増やし、みなぎり、揺らぎ、うねり、輝き、別物へと変化させていきます。

話が飛んでしまうので詳細は割愛しますが、孤独を理解すればするほど起きるのは、自分を如何にこの世に合わせて使うかの明瞭です。

今ここの理解の加速が、自分の回転数を上げて、透明度を上げていくイメージでして、孤独を心から楽しめば楽しむほど、恐怖心との向き合いが深まれば深まるほど、成長や向上が走ります。

そこにあるのは苦しみではなく、楽しくて気楽な成長です。

ステージが上がることは、自分を思う存分に使って、発揮して、輝きを作り、この世(自然)と調和させる、楽しい成長。このために孤独はとっても重要です。

※孤独の詳細は、【頭がいい人は孤独になる】人間関係の本質を教えてくれる見本 をどうぞ。

 

②ステージが変わると審美眼が高まる

この内容で最もお伝えしたいのが、「審美眼」です。

審美眼とは、
美を見わけることのできる眼力。美を識別する眼識。
※コトバンク引用

私の理解では、精神的な方にとって審美眼はとにかく重要です。

ステージが変わっていくさまの表現はさまざまにあり、上がれば上がるほど表現方法は難儀を極めます。

最終的には、何も言わないことが神秘にすらなります。

そこで、残したいのは言葉以上に、「美しさ」です。

美しさとは感性であり知性、さらに心であり精神そのもの、魂の認知でもあります。

審美眼は輝き、努力、卓越、超越、神秘、確たるもの、真価、真理など、それは芸術だけでなく科学、数学、星々、人の行列から何から何までに含まれる美しさ。

それらの深みを味わう、歓喜の美を知る力です。

ステージが上がれば上がるほど、審美眼が高まります。

「何を美しいと感じ、どこが美しいと思い、何を持って美しいと想うのか?」

ある人が見た絵画は、何にも代えがたい感動を与え、人々を美しさで魅了します。

しかし、ある人が見ても、はて。何が美しいのかわかりません。

夕日を見て涙する人もいれば、興味がない人もいます。

審美眼には認識力、感性、知性、心の余裕、知覚認知、許容、恐怖心、愛。あらゆる人間性が内包され、「美しい」という言葉になります。

ステージが上がれば上がるほど、一つの物事から美しさを見出します。

目を瞑っていても関係ありません。

音、におい、味、見た目、感触。

第六感を含めてもよし、スピリチュアル能力を含めてもよし、含めなくてもよし。

美しさを見出す力は精神性や霊性の高まりであり、心や魂との距離感の近さであり、ステージが変わった時の明確なサインです。

 

精神性や霊性が高い人の審美眼

ステージを昇っていくにつれて、美しさを見出す能力が高まり、「美しい」と思い感じることが増えます。

審美眼が高まれば高まるほどに、とっても特徴的なさまが表れます

ルールの縛りから解かれた美の眼識です。

一般的な穢れ、汚れなど、「嫌だ、見たくない」と思う概念を超えていきます。

嫌よ嫌よも好きの内。

好き嫌いの認識が広がり、嫌いだからこその美しさも出てきます。

「好きだから良い?」
「好きだから何?」
「嫌いだから良い?」
「嫌いだからこそのwhat?」

どんどん昇っていきます。

何が美しいのか、生だけではなく死(陰、ネガティブ)の細部にも入ります。

ミクロに向かう道には創造性があり、如何に自らの認識を透明にするか、自分を理解した上で手放すかのステージにも入り、恐怖心が麗しになります。

一輪の花を細部まで見ることで、一日が過ぎてしまうほどに見惚れる。

配色、綾なり、重なり、数列、脳作用、感覚作用、価値観の見出し、記憶の照合、投影、忘失、滅失、生死、生命の意味、時空の超越、自然の美徳。

人によって、美しさはルール上の概念がないとわかりません。

「目はクリクリ、目上に二本くらい線があるといい、鼻の頂きを三センチ高めて、唇はギザギザをクリアに、あごはシャープにしつつ尖り過ぎず、頬骨は鹿を見本にして‥‥」

体はボンキュッボン、またはムキムキでお腹はアイスボックスみたいなのがいいかな。

審美眼の高まりにルールは皆無。ルールがあれば全てプリプリ飛ばします

言葉使いが間違っているか正しいか、そんなものはどうでもよくなります。如何にそこから美しさを導き出せるかに集中します。

「プリプリ飛ばす…美し…い?」

こんなもの美しくなどありません。

それを考えていることに美しさがあるかもしれません。

審美眼は精神性や霊性、スピリチュアリティの高まりを表します。

ステージが変わる毎に認識が肥える感覚。

味の深みを噛みしめるような、苦みが美味になるような、醜いと言われたからこそ味わえる唯一無二の経験が光るような。

それはルールに反発したいからでも、これまでにない概念を導きたいからでもありません。

一生懸命に働く人の汗が純粋に輝いて見えるのは、働く人が美しく、それを捉える人の心が美しいからです。

「ステージが上がれば上がるほど、何もかもが美しく見える」

そんな世界、いつか見てみたいものですね。

※成長してステージを上げる方法は、精神的に成長しない人の特徴は一つ。精神的に成長する方法も一つ をどうぞ。

 

ステージ変化の確認ポイント

ステージが上がったかどうかの見極めには、ぜひ美しさを活用されてみてください。

  • 美しいと思うことが増えたか
  • 美しさを追い求めているか
  • 美しいものと関わるようになったか
  • 美しいものに囲まれるようになったか
  • 卓越性と歓喜を認識しているか
  • 深みを味わい、真価を認める姿勢があるか
  • 味、におい、音、見た目、触感に美しさを見分けるか

美との関わりが増えるのは、自己内部に美しさがあり、審美眼がある表しです。

 

注意点:美しさはルールではない

確認の際、間違えて認識しやすいことがありますのでご留意ください。

美しさとは造形の配置や角度、一般常識による大衆観念など、他を主体にしたルール上の概念や縛りではありません。

利益取得の社会的価値になるのも“美”ですので、価値あるもの、本能的に食い付くものが美しいと思えるかもしれませんが、ここでお伝えしているのは如何に美しさを識別し、見出せるかの本人の力です。

審美感が高い人は、美しい顔の人と関わっていたとしても、顔の美しさ以上にホクロの先に生えているチョビ毛、なんと三本、に魅了されていたりします。

こういうお話をしています。

今日も腸は快調快便。なんと美しい形、艶、長さ、存在感、まるで話し出すかの威圧感、もはや幾何学模様にすら見える。

何者であるか?

「ぼく、うん多丸ゲリ兵衛」

「なんと話したぞ。いつの世からやってきたことか?」

「うん、あなたのうん、それはうん、そしてうん、うんうんうんうんうん!」

ジャー。うんうんぅぅぅ…

美しい最後の去り行きだった。まるで手を振っていたな。

はぁ、今日も綺麗な一日だ。

美しさはルールではありません。

苦楽を経験する中で見出す感性と知性の合わせ技であり、物事を如何に現実として認めて受け入れるかの認識力。

そのままをそのままに捉える抵抗の手放しによる力の引出しであり、現実を現実として捉えるために一切の拒否がなく、敬い受け入れる愛です。

上述の清物談は、全て愛の物語り。

頂く命に敬いを持って感謝し、しっかり現実を捉えて食し、自らの肉体を俯瞰して大切に使用する前提があり、死物として排出される長い洞窟を抜けた冒険者、もとい土の養分に、生命のプロセスや神秘、美しさを感じます。

人生を成長する行動、気持ち、意志、結果そのものに、美しさの源があり、ステージを昇っていくさまがあります。

愛、それはう、はい、ここでストップです。

※レベルを上げると見える人間性は、精神レベルが高い人はふざけている│特徴はレベル低い人間性?をどうぞ。

 

ステージが変わった時のサイン まとめ

社会的に生きる私達人間。

成長の概念も定義も人それぞれであり、ルールに縛られる大切さも、儚さもあります。

精神的な方は精神の成長を求め、人生の本質を知るために、成長に信念を合わせて日々を行動し、努力することが多いと思います。

物事は一歩一歩進みますので、ぜひステージ変動のサインとして、孤独と審美眼を確認材料にされてみてください。

ステージが変わると孤独が訪れ、美しさを認識することが増えます。

両方を求めるようにもなり、自ら見出し、作るようにもなります。

何を美しいと思うか、ご自身を洞察してみてください。

美しいものを美しいと思うことも大切です。

ただ確認したいのは、ダイヤモンドが美しいのは誰でも知っている。裏庭に埋まったコケ付きの石の美しさはどうだろう。

ダッシュでひどい顔をしていようが、本気の姿が美しいのは何でなのか。

この世は美しいもので溢れています。

気づく基盤を育みもたらす行為に精神性の高まりがあり、常にサポートしてくれる自然界があります。

自然界の植物、雲、海、川、石、土、火、風…あらゆる存在は審美眼の錆び取りをして、心に響きを与えてくれる美の原形です。

そこにあるのが生死、ありのままという自然です。

ステージが変わる毎に違って見える世界は、見方が変わるのではなく、認識の制限を取り除くことでの見える範囲が広がるさま。

本来のご自身を見出す道は、いばらもありますが楽しみが圧倒的に多いです。

ステージ変動を楽しみながら、日々を成長していく糧としてご参考になれば幸いです。

それでは、ステージが変わった時のサインのお話を終了します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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POSTED COMMENT

  1. ちっち より:

    ステージが変わる、まさに私にピッタリな記事でした。
    実際、ステージが変わりつつある私ですが
    本来の”自分”に気づき、自覚し、自信を持つ流れにのって
    行こうと思ってます。
    あーー 怖い怖い!(>_<) が本音です(笑)

    • 北斗 より:

      ちょうど良かったです。
      本音と向き合えていると思うので、素敵な兆候ですね。

  2. おたま より:

    拝読しただけで波動が上がった気になって
    たまたま夜空を見上げたら
    高速でランダムに動く光る物体を見てしまいました。
    誰に言うこともできなさそうなので
    (かといって消化もできなさそうなので)
    御礼がてらご報告します。
    主さまありがとう!

    • 北斗 より:

      良かったです。
      なんというか、新鮮で斬新な美しさですね。

  3. ガビチョウ より:

    お久しぶりです。
    審美眼、たしかにそうですね。審美眼が変わるからさらに孤独になるのもある気がします。都心を散歩して、よその家の洗濯物が干してあったりどぶ川に落ち葉が浮いてたりするのを見て「最高に美しい」って言っても変な反応しかされません。
    けどそれを表現するのがアーティストの仕事なのかなと思ったりもします。世界の美しさを賛美して思わず歌い出しちゃうみたいな。
    世界はいつもわたしを喜ばせようとしているんだなと思うようになりました。毎日ギフトがたくさん贈られていて、開けるかどうかはわたしたちの意識次第という感じですね。
    いつもはっとする記事をありがとうございます。

    • 北斗 より:

      よかったです。
      わたしを喜ばせようとする世界がある。いいですね。
      美しさの表現は、人生が遊びである語りかもしれませんね。

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