悩み

【逃げ癖の末路はタブー】本当は逃げていない理解が直すポイント

巨人の星という古いアニメを観ていた時、思いました。

「どうしてこの主人公は辛い鍛錬から逃げないんだ?」

父親に対する絶対的な信用、自分自身に対する絶対的な信頼。

私自身逃げないで戦うこともありますが、多くは逃げてばかりです。

逃げない人はおそらく存在しません。栄光を掴み取った主人公も、父親の束縛から離れ、自ら人生を切り開く選択から逃げたのかもしれません。

逃げるのは大切な行為です。しかし、“癖”になる場合は意味が一変します。

ここでは逃げ癖によって起きる末路、そこに潜む“本当は逃げていない真意”を見ていかれてください。

  • 逃げ癖とはどういう状態?
  • 逃げ癖の末路とは?
  • 逃げ癖を直す方法は?

これらを紐解き、「逃げ癖を直すには、しっかり逃げればいいんだ」と知っていただく内容となっております。

そんな逃げる大切さを知る一つの考え方となれば幸いです。

逃げ癖の末路

逃げる or 逃げ癖

逃げる行為はとても大切です。

悪いことはなく、本能に紐づく恐怖心からの逃避、自己防衛でもあります。

「逃げるとは何なのか?」を考えると、私達人間の基本原理である“行動”を基準に、(物事や人と)関わらず離れるための行動が逃避になります。

嫌で危険で恐怖で危惧のある何か、拒否したい何かから逃げることは、自分の恐怖心(拒否感)と向き合わない選択です。

恐怖心と接点を持たないための行為が逃げ。

逃げることで恐怖心を避け、恐怖心のない状況や環境を作り、接点を持てる物事と関われます。

変化作りであり、ネガティブな接点をなくし、ポジティブな接点に変える行動です。

誰しもに嫌なことがあり、できれば避けたい恐怖心との向き合い、陰口に気づいた時にソソソとその場を離れるように、無意識や本能的に逃げることもあると思います。

人それぞれに意識的か無意識的かの違いはありますが、深掘りしていくと何かしら必ず逃げる目的があります

この逃げる目的、あることになると行為が一変し、逃げ癖になります。

 

目的の違いによって逃げる意味が一変

逃げる目的は大きく二つあると考えられます。

逃げる目的
  1. 自分を喜ばせるために逃げる
    (自己愛による逃避)
  2. 自分を喜ばせないために逃げる
    (怠惰欲による逃避)

自己愛に基づく目的は、自らに利益を与えるための逃避となり、現状嫌なことがあれば、「これ以上嫌なことを自分に味わわせたくない、苦しみたくない、もっと別の楽しいことがしたい」と意志を持って行動します。

怠惰欲による逃避は、「不変&維持」が潜在的な目的になり、恐怖と不安のない楽な状態をキープするために逃げます

この場合、嫌な仕事や環境でも働き続けることが、逃げになる人もいます

例えばブラック企業、楽しみも自己成長もない辛さが凝縮した労働、仕事探しや転職による新規人間関係構築を拒み、慣れた苦しみを味わう不変を取るなどです。

逃げ癖になるのが、②自分を喜ばせないために逃げる行為。

怠惰欲による逃避は、意思と意志を持った自主的な逃げる目的がなくなり、無意識に行為する“癖”になります。

 

逃げ癖の末路はタブー(禁忌)

目的次第で逃げる行為は意味が一変します。

癖になる場合、嫌なことがあれば逃げる、困れば逃げる、楽な方に逃げるのが当たり前になります。

現状維持のために逃げないことや、我慢や頑張り自体が逃げになる、少し不思議なものです。

癖、当たり前、反射的な行為は、目的自体を意識しなくなり、自然な行為や反応に従って退きます。

努力、耐える、改善するか否かの選択前に逃げることが増えます

「これは嫌だな、ピュン」という状態。

「これは嫌だな、ところで何が嫌?耐えられる?耐えない方がいい?」がなくなります。

忍者のようにドロン、行動が早すぎる上に引き返すことがない。

「あれ、さっきまで一緒にカボチャ取ってたのに…」と周囲が気づいた時には家でカルピスをゴクリ。

逃げる目的がない、または自分を喜ばせない目的の場合、実際には逃げているのではなく、現実を誤魔化している可能性があります。

不都合な(認められない)ことと向き合わず、現実として捉えず、まるでなかったかのようにする、または自己都合で認知を歪ませる。

現実の偽りです。

逃げ癖は起きた現実と向き合えない自分ではなく、起きた嫌なことそのもの(現実)を見ない行為。

この世の禁忌。

実行すると現実が荒唐無稽になる行為

実際に行うと自他の関わりが合致しなくなり、現実がわからなくなり、何が現実で、何が本質で、何が自分なのかわからなくなります。

怪しい言葉でお伝えすると、神の所業の真似事が現実改ざん。末路が見え始めます。

※虚言癖の末路は、【実体験】虚言癖の行く末に非現実化の報い。原因と改善に欠かせない気持ち

 

自分を認められなくなる末路

逃げるとは恐怖心と向き合えない自分を認めて、目の前のことから離れる行為ですので、必ず「怖い私、嫌がる私、向き合えない私」を認めて初めて成せます

現実を偽り、逃げが癖になると、嫌な気持ち(自分にとっての不利益)を感じ、その次の恐怖心と向き合えない自分を認める段階に入らず、ピュン。

嫌であればピュン。
不安になればピュン。
勇気を出す前にピュン。
心配事があればピュン。
覚悟を決める前にピュン。
ドギマギと心地悪ければピュン。

逃げるとはただその場を離れるバックレではなく、恐怖心と向き合えない自分を認める必要があります。

癖の場合は物事を意識的に捉えず、無意識(無思考、感情的、本能的)に逃げるので、過程がゴッソリ空虚になります。

中身のない行為は、逃げる本質的意味を喪失しやすく、人によって在り方が変わります。

在り方によって二つのタイプが表れます。

末路を分けるタイプ
  1. 他責逃避
    …逃げる原因を他にして、自らを正当化する
  2. 自責逃避
    …逃げる自分を目の当たりにして、自己嫌悪に陥る

他責で「○○のせいだ、こんなものは逃げた方がいいんだ」と言うか、自責で「何もかもから逃げる私って一体……」と思うか。

他責か自責かによって末路は異なりますが、共通しているのは自分のことを自分で認められなくなることです。

現実を偽り続けると、現実そのものを認識する自分を認められなくなります。

※認められない心のサインは、【自分を認められない苦しさは心のサイン】認めるのが難しい時の自己理解 をどうぞ。

 

他責者の末路:依存症

他責か自責か、責任を自ら持つか否かの在り方によって、末路は大きく二つに分かれると考えます。

他責の場合、自らを認めて存在認知するために他の物や人や情報を使い、自らを正当化する必要があります。

逃げる自分を他によって正当化するのは、誰か子分のような人に無理に言わせるくらいが方法ですので、一般的には何も正当化できません。

すると起きるのが、物や人への強い依存です。

典型例が、アル中、薬物中毒、DV、ハラスメントです。

例えば、褒められるのは良い気分、しかし何か気にくわないことを指摘された時に、恐怖心と向き合えない自分を認めず、現実を偽る結果、お酒に逃げます。

他律系快楽刺激物は、脳内牛耳りの容易な方法

心地良く飲むのではなく、嫌なことを忘れるために酔いつぶれる必要があり、使い方が薬物的になります。

厳しい末路にはなりますが、現状の環境や周囲との関係性が原因の可能性もあるため、専門家のいる環境で療養することで大きく改善し、人生にプラスの影響をもたらす失敗体験の機会になります。

 

自責者の末路:自己嫌悪・自己否定をやめられない

自責者の場合、特徴があります。

逃げ癖がある自責者の特徴
  1. 完璧主義
  2. 肯定願望が強い
  3. 断れない、嫌われるのが嫌
  4. 幸せになってはならない願望
  5. 自分を何者かに特定したい願望

自責者が現実を偽る逃避を使うと、嫌なことと向き合えない自分を自覚しながら無視する努力を要します。

見ているけど見ないようにするさま。

自らの不甲斐なさ、諦めの早さ、罪悪感を感じなくなっている開き直りを認識しながら、目を瞑って逃げることは、自分を嫌う最たる原因になります。

自己嫌悪、自己否定が激化し、自分を信じられなくなり、自信がなくなります。

自らを否定することは、自らを喜ばせない戒めになり、責任を持つからこそ幸せになってはいけない念を持ちます。

「幸せになってはいけない、喜んではならない」と制約することで、所業による罪の意識を緩和する思考策となりますが、自己否定と戒律縛りは鎖でグルグルにする罰を自ら与えてしまいます

潜在的に幸せになることを拒否する観念が構築します。

自らを縛り苦しめる戒めは、不変を貫くための見えない努力となり、行動しても直ぐに元のさやに戻ろうとします。

または、強引に辛い中で頑張り、無理矢理我慢して、厳しさを押し付ける罰を与え続ける人もいます。

自分に厳しすぎるかもしれません。

誰だって、幸せになっていいんです。

※嫌なことから逃げる利点は、【甘えでいい】嫌なことから逃げるメリットとデメリットに甘えの真意 をどうぞ。

 

逃げ癖を直す方法

末路を変えるポイント

末路を変える一助となることがこの内容の目的です。

末路に該当するものがあれば認める大切さがありますので、お伝えしました。

私達人間は[肯定and拒否]によって、現実と自分の関わりを工夫して創作する生物です。

自己愛やナルシシズムに基づく精神で生きています。誰しも自分にとって良いことがあれば肯定し、嫌なことがあれば拒否するのが自然です。

嫌なことがあれば嫌だと言う。

自分を苦しめてしまうようであれば逃げる。

拒否することは非常に大切であり、欠かせない現実創作の片割れ。

他者との共存社会で生活していますので、自分の思い通りになることは一部であり、ほとんどは他からの影響を受け、納得いかない出来事も起きます。

問題は“癖”になってしまう点であり、何も考えず、感情的に、本能的に、恒常的に、目的も持たずに逃げることです。

この“癖”に、末路を変えるポイントが潜みます

ポイントは、本当は逃げていないこと。

逃げることができていないという表現が正確です。

癖による無意識は、逃げているように認識させますが、実際は偽りや誤魔化し、現実認知の歪み(思い込みと決め付けのタッグ)と考えます。

※逃げ癖による自己犠牲は、【自己犠牲をやめる見極め】嫌なのに断れない原因を知った体験談 をどうぞ。

 

逃げ癖を直す方法は「逃げる」

方法はシンプルです。

しっかり逃げることです。

逃げる行為をおさらいします。

逃げるとは変化作りであり、ネガティブをポジティブに変換するための行動。

嫌なことがあれば逃げて、次に向かいます。

逃げて終わりという行為は存在しません

例えば、お寿司屋に行き、「私は生魚がムリ」で終われば、まるで世界が一時停止したままになります。

「ムリだから食べない、代わりに食べて、私はかっぱ巻きを食べる」などと次へ向かうと、再生されて現実が流れます。

人間は行動してなんぼの生き物ですので、逃げるとは行動そのものであり、さらに行動を促進させる変化作り、柔軟性を持った社会を生き抜く巧みさです。

 

必須:恐怖心と向き合えない自分を認める

しっかり逃げるために重要なのが、恐怖心と向き合えない自分を認めることです。

「無理、嫌、関われない」といった拒否は、自己内部の恐怖心が表れるステージ。

恐怖心と向き合えない、向き合わないことを認めて初めてできるのが、逃げる行為です。

「私にはできない、私には無理、私には関われない」
「だから逃げる、よしっ」

一度本当に逃げてみるとわかります。自責者は逃げ癖になりません。

逃げ癖になるのは他責者です。

※上手な逃げ方は、逃げるのが上手い人は逃げ方を知る│ピューっととんずらはご法度 をどうぞ。

 

他責者の直し方:自責を持つ

他責者の場合は自らを自らで見つめる認識が育まれていないと考えられますので、物事に責任を持って取り組む経験を増やす大切さがあります。

しっかり物事を認識する意味。

自らのしたこと、他から受けた影響、それによって変化した自分の気持ち、思考、観念。

あらゆる出来事によって起きる現象、リアルを捉えることで、「自分のことは自分でする」

自立するための経験を増やすと自責が育まれ、執着や依存のステージから抜けます。

効果的な方法は、ひとり暮らしや孤独経験(ひとり行動)を増やすことです。

 

自責者の直し方:戒律の手放し

自責者の逃げ癖を直しにくくするのが、思い込みと決め付けです。

「こうあるべきだ、逃げてはならない、負けたらダメ、頑張らないと、我慢してでもやらないと、自分でなんとかしないと」

他者への信用のなさ、不信感の蓄積、個人主義、自責の念、完璧主義の心理が考えられます。

過去の生活ではさまざまなことがあったと思います。

思うようにならない経験が多いと自然と諦めも増え、自己保持のために人それぞれにさまざまな対処をして、「この私が私なんだ、影響されないぞ」と強く周囲を拒否するかもしれません。

中には頑張って我慢し続けることが、「現実を偽っている、逃げている」と自覚しないための思い込み術になります。

しかし、「逃げていると認めたくないから誤魔化している」と潜在意識ははっきり捉えています。

自責が強いとあらゆる偽りや誤魔化し、自己欺瞞に思考を用い、現実を歪めながら歪んでいると思わないように人生を作り、無意識の戒律にて自らを縛り、年々縛りが強まり、エゴは怠惰欲を増長させます。

人によっては自作因果応報と言えるような、自らの所業の償いを自らで行う戒めが起き、自己世界(空想と妄想)から抜け出せなくなる危険性もあります。

逃げるためには自己内部の戒律(縛り)を手放す必要があります。

「逃げてはいけない」というルールを初め、「幸せになってはならない」「幸せになるのが怖い」などの縛りを解きます。

自分自身の紐解きと解放が直す方法となるため、今直ぐに改善できるものではなく、自己理解が物を言います。

どれだけ自分を知れるか、知ろうとする意志があるかによって、縛りは一歩一歩手放されていきます。

※逃げる力の活用方法は、忍耐力がない人の改善は逃げる力の活用。鬼ごっこが強ければ辛抱不要 をどうぞ。

 

逃げ癖の末路と直す方法 まとめ

嫌なことから逃げ続ける結果、本当に好きなことを見つけられます。

しかし、逃げる目的を持たず、行動するための逃げではなく、自分を喜ばせないための逃げになると、現実を偽ることで自分の存在を認められなくなります。

現実がわからなくなると他者との人間関係は相互がなくなり、一方通行になります。

関わってくる人は一方的に搾取、利用狙いが多くなり、変な人に寄り付かれやすくもなります。

自らも知らぬ間に一方的になっており、そうは思わないように認知を偽るなど、嫌なことを誤魔化す思考的対処が癖になり、現実逃避と言う名の現実の偽り、禁忌に触れます。

私達は起きたことを変えられません。

記憶は意識に練り込まれます。

重要なのは、嫌であれば嫌だと拒否すること。

はっきり態度を示すと不利益が多い日本、ルールや仕来りが張り巡りますが、「態度をはっきり示さないのはなぜ?」と向き合うことが逃げる方法です。

答えはシンプルに、「自分が嫌な思いをしたくないから」かもしれません。

現実とはそういうものです。

人間とは自己愛とナルシシズムを精神基盤にして、自分の喜びのために生きています。

自らを認められなければ自分は確立されませんので、自分のことをとにかく考えようとするのが自然です。

自らを敬い大切にした時、私達はついに他に向かい、自他両方の喜びを考えて生きられます。

物事には段階があり、そこに成長があります。

逃げ癖がある時、ほとんど全ての理解が思い込みだと思った方が自分のためになります。

その上で現実を見るとわかるのは、「はっきりした現実は自分のことしかない」という本質です。

素敵に、素直に、心と向き合う時、末路を変える道が広がります。

逃げ癖の改善は一歩一歩になりますので、少しずつ自己理解を深める走り出しの一助となれば幸いです。

それでは、逃げ癖の末路のお話を終了します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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