育ち

【選択権のはく奪】人のせいにする人の育ちは完全に矛盾

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ガシャンガッチャン、シャンシャンシャン!!

レストランで辺り一面にカレーが落ちた時、「おい、お前が余計なことを言うから落ちたんだ!」と旦那さんが奥さんに言った。

ギャグの一種かなと思いきや冗談じゃない、誰も笑わない、なにこれ。

「人のせいにしている」

嫌なことがあった際、人のせいにして現実を捻じ曲げ、堂々と責任を擦り付ける人がいます。

一体どんな育ち方をしたのか、気になるところ。

ここでは、人のせいにする人の過去、特徴的な育ち方について詳しく洞察します。

  • 人のせいにする人の育ちを知りたい
  • 責任転嫁する人の人間構造を考えたい

私自身、幼い頃は親のせいにすることがありました。

そんな私の体験と視点も含めて、人のせいにする内情をかなり詳細に掘り下げていきます。

人間が構造される仕組みがわかりますので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

人のせいにする人の育ち

人のせいにする人とは何者?

人のせいにする人とは、自分を強く愛したい欲求が強く、他からの評価にて心に傷つくことを怖れ、その防衛を自分だけではできない人と言えそうです。

一言で、ナルシシスト。

二言で、プライドとエゴの強い人。

三言で、自己肯定感が低く、防衛力が弱く、他責な人。

まとめると、責任を擦り付けることで自己愛を貫き、防衛力の欠点を補う人

[自己愛が強い+防衛力が弱い=心を剥き出しにしながらふんどし一丁みたいなもの]

「心を隠すか、服着てよ」と思えますが、心を野ざらしにしながら守るという堂々と苦しむスタンスがあります。

結果的に、自己防衛意識を強め、ネガティブプライドやエゴを強めて心を守ることに。

失敗や醜態など認めたくない嫌な現実が起こった時、プライドやエゴは現実に反発し、納得できるように(自己愛を貫けるように)現実を変えます。

人のせいにすることで嫌な現実は一変、自己都合の認められる現実になり、一件落着。

人のせいにする人とは、自己愛が強く、防衛力が弱い、そんな在り方を貫く結果、人を利用して心を守ろうと頑張る人です。

特定の人だけを対象に人のせいにする場合、その人といる時だけ自分を見つめたくない(責任を持ちたくない)理由があり、ここでお伝えする内容とは少し違くなります。

この場合、許せないことが人のせいにする原因と考えられます。

 

人のせいにする人の育ち:着目ポイント

心を守るために人を利用する人は、心が傷つくことへの徹底的なまでの嫌悪があると考えられます。

「嫌だ、認められない、納得できない、恥ずかしい、自己価値を損ないたくない、存在意義を失いたくない」

自己愛が強いだけでなく、防衛力の弱さにて傷つきやすいため、求めるものは多く、拒否するものも多いワガママさ。

怒られる、見下される、疎外される、孤立する、ダサいと思われる、ダメ、嫌いと思う…など、あらゆる自己存在の否定に繋がると本人が思った現象は、拒否して人のせいにします。

そんな精神構造に大きく関与する、着目したいポイントがあります。

育ちの着目ポイント

「どうしてそんなに自己愛が強いの?」

「どうしてそんなに防衛力が弱いの?」

これらの原因となる育ち方がありますので、掘り下げていきましょう。

 

育ち①:自己愛を強める環境

自己愛が強くなった要因と考えられるのが、「私は大切な存在である」と他力で認めやすい生育環境

こちらです。

人のせいにする育ち環境
  1. 甘やかされる
  2. 過度に期待される
  3. 機嫌を取ってもらう
  4. 人のせいにする親がいる
  5. 自己愛を満たす人形のように扱われる

全てに共通点があります。

自分だけ特別扱いされたと思いやすい生育環境。

自分が絶対的に中心(他者は自分の一部でしかない)と思える環境です。

親や兄弟姉妹など、身近な人によって世話されるのは自然ですが、人のせいにする人の育ちは本人がするべきことも周囲が代わりにし、良いも悪いも干渉が多い。

特に機嫌を取ってもらうさまは特徴的です。

機嫌を取ってもらうことで、「機嫌が悪くなった原因は自分にない」と認めるのが容易になります。

例えば父親が母親に対して、「この子の機嫌が悪いのはおまえのせいだ!」と人のせいにすることでその子は自分が大切にされ、守られる感覚を覚え、プラスの記憶となります。

親は可愛いお人形さんとして私物化を始める可能性もあります。

自分が喜ぶために可愛い服をたくさん着させる、思うように進路を決め、将来までレールを敷くなど、愛情ではなく自分が満足するために使われる場合もあります。

 

育ち②:自分のことは自力で護らなければならない環境

もう一つ、育ちのポイントとなるのは、防衛力を育む環境です。

「私は大切な存在である」と認めやすい環境でありながら、実際には大切にされている以上に使われている状態であるため、心は潜在的にあることを認識します。

自力で心を護らなければならない

この強制が課される環境がこちらです。

人のせいにする育ち環境
  1. 否定される
  2. 自分のせいにされる
  3. 言う通りにしないと責められる
  4. 誰も助けてくれない

潜在的に自力で護らなければならない意識が芽生え、親など周囲の言うことに従い続けるか、猛烈に反発するか分かれます。

責められた時は自らで護らなければなりませんが、甘やかされ、機嫌を取ってもらうなどの育ち方によって責任を持てなくなっており、親への依存や執着なくして生きられなくなってしまうと、人のせいにする行為が恒常化します

責任を持てないために精神的に自立できなくなり、自力で心を護りたくても方法がわからない。

すると自己愛によって自分は大切な存在である記憶と、どうしても防衛しなければならない現実の化学反応によって、あるものが練りあがります。

過剰なプライド(見栄、ネガティブプライド)です。
※エゴによる自己防衛意識

プライドの強さによって、自分に非を認めたくない。

日常的なことであれば責任を持てても、嫌なことがあると責任を持てず、他者に責任を擦りつける結果、「人のせいにする」のが当たり前になります。

※エゴプライドが強い人の否定心理、否定ばかりする人の心理と対処法│否定癖は「エゴ」を知るチャンス もあります。

 

自己コントロールがなくなる育ち方

責任を持てないとは、自らの思考と行動を自覚して認められない意味です。

自らを客観視できないさまであり、現実と向き合う勇気や意志がないことと同義。

責任を持てない人の典型例が、自分の機嫌を自分で取れない人です。

あからさまに不機嫌を表し、感情と欲求に翻弄されやすく、怒りやすくイライラが顕著、思い通りにならないと不納得でガタガタ震えだします。

[責任を持てない=自己コントロールできない]

実際のところ、多かれ少なかれ人のせいにする人は多いと思います。

一方的に責められれば、「ちぇ、なんだよ、みんなで寄ってたかって、私だって失敗したくてした訳じゃないわい」なんてなるかもしれません。

しかし、表に出さず自制するかどうかで道が分かれます

自制できないと、「嫌だ、怖い、気に食わない、認めたくない!」と思えば、即座に表に出します。

恐怖心の抗体や経験がないので、嫌な気持ちを自己内部に留めて向き合うことができず、選択の余地なくベロベロっと表に出します。

自分に責任を持っているからこそ、自他の線引きがあるからこそ、責任割合を見ながら人のせいにするかしないか考えて自制できます。

自制がない人は利益事の責任は持てても不利益や不納得の責任は持てず、他者の責任との割合が見れず、自他の線引きもできず、感情的に「おまえのせいだ」と発します。

そんな責任を持てなくなる育ち、究極的な核があります。

 

人のせいにする人の家庭環境

人のせいにせざるを得ない育ち方

自己愛を強め、防衛力が発達しない、むしろ弱くなる育ち方には、嫌なことと向き合うための自立を育みにくい環境があると考えられます。

育ちの核となるのが、矛盾。

絶対的なまでの矛盾です。

「大切な存在であると認めやすい生育環境でありながら、かたや否定され責められるなんてやってらんない」

「親のせいだ、家のせいだ、過去のせいだ、みんなのせいだ、私は悪くない」

こうなってしまう育ち、家庭環境として私の経験からお伝えしたいことがあります。

選択肢のはく奪です。

自ら物事を選択する場がない、機会がない、そもそも私が選んでいいんですか?なんて具合。

こうなったら執着と依存なくして選べず、他に従う以外に生きる道を見出しにくく、責任を持たない人生が加速します。

人のせいにせざるを得ない育ち方は、選択肢のない家庭環境です。

この考え方に基づく私の経験があります。

 

気づき体験:選択肢のない育ちが人のせいにする人を作る

私は貧血の激しい真っ白な青年でした。

小学生の時、体育館で行う朝の全体朝礼。

立ちっぱなしで校長先生の自己愛活動に付き合わされ、毎回我慢し続けていたのですが、ある日ドタンと失神してぶっ倒れました。

どうして倒れたのか考えると、選択肢がなかったからです。

「立って聞け」と言われたら立って聞く。途中から意識がもうろうとしても我慢、そしてドタンッ。

それからの私は選択肢が増え、二度と校長先生の話を聞くことはありませんでした。

話し出せばそそくさと一人勝手に外に出て、「はぁ~、楽だ~」と座ったり散歩したり。

そんな休憩をしていたある日、小さな私は一人ぼーっと考えていました、学校に来る前、家でのことを。

「やだっ!絶対に学校に行かない!行きたくない!!嫌だー!!!」

これは小学四年生頃まで毎日のように続いていた朝の戦い行事、号泣しながら叫んで拒否。

ほとんど話すことのない私でしたが、学校参加を本気で拒否していたので声が大きかったのをよく憶えています。

答えは毎日決まっています。

「早く行きなさい!叩くよ!バシンッ!!」

(本当に叩くんか~い)と無言で思いながらも、折れずに抵抗、スト続行。

泣くしかない、でも誰も助けてくれない。

するとそこで、

「いつまでそうしているんだっ!」と父親登場。

バッ、タタタ。

即座にスト終了、無言で逃げる。

父親と対峙したら恐ろしくて心がブラックパープル色になるので、声がした瞬間に泣きながら走って学校へ向かいます。

私は何か嫌なことがあると親のせいにしていたのですが、学校に行くというとてつもなく嫌なことに対しては親のせいにしたことがありません。

どうしてなのか考えると、泣きながらストをするという行為が、自ら選択肢を作っていたからです。

さらに母親と父親に罵倒されることで、「学校に行くor家で本当の地獄を味わう?」の二択があったからです。

私にとって学校に行くことは選択した上での行為。

当時に自覚はありませんが、今思うとこのことに関しては責任を持っていました。

どれだけ嫌でも耐え続け、少しでも楽しもうと頑張ったり、自発的に授業を受けたり、受けなかったり。

受けないならグレるのではなく、授業に参加だけして私の席は別空間、自分のしたいことをするという責任ある行動をしてガッツリ怒られる、そんな人間でした。

こんなことから、選択肢がない家庭で育ち、自らでも選択しない作らない結果、責任を持てる育みができず、人のせいにするのだと考えます。

 

[選択肢のはく奪=自立の撲滅]

自ら選べないと、従う以外にぼーっと突っ立ってるくらいしかできません。

こうなると恐ろしいことが起こります。

どれだけお腹が空いていても、自らを犠牲にしてでも、何もしなくなる。

辛くて苦しくても率先して食料を求めず、与えられるか、「食べていい」と言われるまで待つ。

食べたくもないものを食べながら、それが嫌いだったことすら忘れていく。

出かけたくもないのに連れていかれると、ニコニコしながら洗脳されていく。

好きでもないオモチャと遊びながら、信念が溶けていく。

喜びながら自分が消えていく。

消えることに問題はなく、むしろ調和や共同体として家庭間の関係性や集団での共存能力は高まります。

しかし、問題は意思をなくす影響を与える側(親など)が、自らのしている行為を自覚しないこと

まさに責任を持たないさまでして、選択肢をはく奪しているとは思いもせずに奪い取っている現実。

実際のところ何が起こっているのか、誰も気づかなくなります。

これによって悪意なく自立機会をなくし、自覚なく個人の無尊重が起こり、一人の人間として敬わない無意識の私物化、支配化になる可能性があり、人を利用していても無意識なので気づきません。

子供は選択肢を与えれば選択します。

北欧が良い例だと思います。

選択肢がないと責任を学べず、自立できなくなり、自己コントロールもできなくなります。

そんな家庭環境に、自己愛の増長と防衛必須の条件が加わると人のせいにする、という考え方です。

 

まとめ:人のせいにする人の育ち

人のせいにすると人生の選択は自分ではなくなります。

選択肢をはく奪される育ちには、日本の価値観や文化も大きく関わっていると思います。

日本では子供はまるで親の所有下、自分の好きなように育てるという奇妙な価値観を持つ人もおり、キラキラネームたるものも存在します。

親ガチャという言葉ができるのは無理ないかもしれません。

しかし、育ちの影響は大きくありながらも、私たちには自我が一人一人にあり、生育後に自発的に選択する力があります。

これを創造力と言います。

育ちによって人のせいになるのではなく、育ちはあくまで影響の一つ。

人のせいにするからには選択しない自分と、選択していないと思い込む自分が必要ですので、防衛力を強めたいのか弱いまま逃げ続けたいのか、確認したいところです。

人の過去を知ることで、現状に影響を与えた理由や原因を知ることができますので、人間理解を深めるご参考になれば幸いです。

それでは最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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